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2012年10月25日――
――仙台市体育館
"全日本バレーボール 高等学校選手権"
宮城県代表決定戦
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人々のざわめきはま空間を埋めつくす。
期待と緊張感が低い唸りのようなざわめきとなり、会場全体をおし包んでいた。
笑い声、鼓舞する声――さまざまな音ははじけ、エネルギーが爆発する。外は青い秋空。今日という今日の舞台に相応しい眩しくてたまらない光。
――颯爽と集まる戦友たち――
「……なあ、おい。……あれって――」
1人の男子生徒が隣の仲間の肩を叩き 玄関ホール前に現れた集団を指差す。
「「"才華女子"」」
黒いジャージ姿の女子生徒の集団。
颯爽と静かに現れたその姿にほんの一瞬その場の空気が一気に変化した。
可憐で華のある少女達。
どんな空気にも揺るがない強靭な精神を持ったプレイヤー達が闊歩した。
「なんか……すげーオーラだよな。」
「女子なのに男子も恐れる威圧感っていうか。」
「綺麗系も可愛い系も勢揃い。頭もいいとかチートだろ……」
「んで、やっぱり一際目立つのは――」
チームの先頭を歩く長い黒髪の美少女。その後ろに立つエースの少女の方が遥かに身長も高いのにそれよりも何か異様なオーラを放つ。
「……"女神復活"だろ?」
「そうそう。高校女子ナンバーワンセッターの影山音羽。」
「マジで義足…アレで飛べんの?」
「いや、普通は無理らしい。"普通は"。」
「インハイの予選見てたけどさ、あれば伝説レベルだったよな。」
ヒソヒソと声を上げる人物たち。
音羽はそんな彼らに視線を向けると小さく微笑む。
そして男子だけでなく女子バレーボール部のライバルたちもその姿にゴクリと息を飲んだ。
「うち 2回戦目が才華なんだよね。1回戦の烏野突破すればだけど…」
「烏野女子バレー部もベスト8久しぶりなんだよね?ギャラリーも多いし逆に怖ー…」
張り出されたトーナメント表。
女子と男子のそれぞれの対戦相手が掲示されており そのまわりには人が集まる。
「新山と才華、このトーナメントならお互い決勝に行ったらまた試合が見れるんだよね。」
「"女王VS女神"!!激アツだよね!」
「ちょっと!私たちも勝たないと!私たちが優勝するんだから!」
同じく勝ち進んできた他の高校のメンバーたち。もちろん春高への切符を掴むこともそうなのだが他にも楽しみなことがある。
女王と女神のリベンジマッチ
義足の選手の活躍に期待が高まる。
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同時刻――
同じく黒いジャージをまとった青年たちが降り立つ。
「うおー!来たーー!仙台市体育館再び!」
オレンジ色の髪を持つ"日向翔陽"
久しぶりの会場を目の前に目を輝かせ続々と集う強者達に胸が高鳴る。
「絶対……リベンジ!」
記憶に残るのはインハイでの青城戦。
今日は彼らもこの場所にいるのだ。
「うおおおおお!!」
「フライングすんじゃねー!ボケ!!」
会場入口まで一気に駆け抜ける日向。そしてそれを追いかける飛雄。
子供っぽい言動にほかのメンバーたちは面白おかしく笑みをこぼした。
「日向と影山は脊髄反射で生きてる感じだね。」
「虫みたい。」
「「ムッフフ」」
菅原の絶妙な台詞。それにすかさず言葉を足す月島。田中と西谷が反応し和やかな雰囲気が漂う。
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"俺は知っている"
会場内に辿り着き 一息ついたその時。
日向の姿はトイレの入口へとあった?
「(("トイレは危険人物と遭遇する場所であることを"))」
さぁっ……と額に冷や汗が流れる。
視線の先には男子トイレマーク。
日向がまとう不思議なオーラにすぐ側の女子トイレから出てくる少女たちが不思議そうに足速に立ち去っていく。
「慎重に……慎重に……」
今の今まで必ず、100%…いや、120%なにかしらトイレ前で危険人物と遭遇してきた。
おそるおそる足を踏み出す。
「……"何してんの?"」
「ひいいぃっ!!!」
凛とした艶のある青年の声が背後から飛び込む。それは明らかに自分に対してのセリフだと理解すると日向は小さく震えながら声の主へと視線を移した。
「((だ、大王様と青城エースの人!!))」
青葉城西高校――"及川徹" "岩泉一"
日向にとっては宿敵とも言える危険人物。
「2メートル倒してきたんだってな さすがだ。」
「はっはい!!いいえ……」
「どっちだよ」
岩泉は1次予選での烏野の活躍を称えた。今回のこの大会で一番の高身長がいるチームを烏野は倒してきたのだ。体格、背丈、パワー ありとあらゆる部分で劣っているはずなのに侮れないのが日向翔陽。
「試合になるとこのチビちゃん ホント厄介だから…今のうちにどっか埋めちゃう?」
及川の意地の悪い笑顔と言葉。
そんな弄りに身を震わせ、日向はその場から立ち去ろうとする――が。
「しっ、失礼しまっ……うぐっ!」
なにか大きな壁にぶつかる。
そしてそれを見上げた瞬間、日向はとてつもない悲鳴を放出する。
「ぎゃあああああああ!!」
"ジャパン"こと"牛島若利"
とてつもない威圧感とオーラに日向はその場に立ち尽くしてしまった。
「日向翔陽……と及川、岩泉か」
高校生とは思えない落ち着き、声色、態度。表情は無。ただただその場にいる見慣れたライバルたちを静かに見据えていた。
まさかの人物の登場に及川と岩泉も一気に顔色を変える。
「何このタイミング」
「知るか」
トイレ前に集まる強者たち。
それぞれが引くに引けない不思議な状況。メラメラと湧き上がるさまざまな感情にただならぬオーラがその場所だけに現れているようだ。
「お前たちには高校最後の大会か。健闘を祈る。」
真っ直ぐとしたシンプルな牛島の言葉。
それは皮肉たっぷりだが本人は悪気は無い。
「ほんと腹立つ」
「全国行くんだから最後じゃねえんだよ」
「ん?全国へ行ける代表枠は1つだが?」
天然なのか、一周まわって本当に嫌味なのか 煽りなのか。
「((…嫌みで言ってんじゃねえのが))」
「((余計腹立つ))」
分からないからこそ余計に腹立たしさを感じる。
明らかに悪化する両者の雰囲気。
それを傍から見守るライバルたちも恐ろしげに様子を伺っていた。
「うわ 白鳥沢と青城。一触即発?」
「真ん中の誰?」
「あれだ!この前!1次予選で2メートル倒した烏野!」
「烏野の10番!」
「あいつ青城と白鳥沢にケンカ売ってんのか?すげー!」
全身の毛穴から汗が吹き出しているような気分だった。それほどに日向は今のこの状況が苦しくてたまらない。自分だって負けるつもりは無い。まるで白鳥沢と青城には烏野という存在が見えていないような互いの言い分に悔しささえ感じる。
勇気をふりしぼり 日向は口を開いた。
「か……勝つのは烏野で」
日向が声を発した瞬間。
"ギロッ"と擬音が付くほどに鋭い3人の視線が突き刺さる。
「ひいい!」
やはり恐ろしい。果たして本当にこんな強者たちに勝てるのか?
今更だが代表枠はひとつのみ。勝つためには彼らを倒さなければならない。
そんな現実に 日向が慄いたその時――
「"あれ?見慣れた顔がたくさん"」
男子……ではない。
可憐な少女の声が4人に飛び込んだ。
4人はその声の主へと視線を向ける。
すると各々が彼女に対しての反応と表情を見せた。
「かっ、影山のねーちゃん!」
「日向くん。こんにちは。」
"影山音羽"
既にユニフォーム姿で長い髪の毛も試合仕様に整えられていた。義足もしっかりと装着されており 自らの肉体のようにスムーズな動きを見せる。
「音ちゃん!」
「よ、音羽。」
「徹、一くんも。」
あからさまに様子が変わる及川。
片手を上げ 僅かに頬が緩む岩泉。
「音羽。」
「若利くん。久しぶり。」
牛島も彼女を真っ直ぐと見つめる。
信頼している戦友に再会する、期待に溢れた僅かな表情の変化を見せた。
「こんなところで立ち話?皆仲良しなんだね?」
「仲良いわけないでしょ!?直ぐにでもこの場から立ち去りたいし!」
「右に同じ」
「及川、あまり騒ぐな。」
「((……影山のねーちゃんってやっぱり少し天然なんだよな。やっぱり影山のねーちゃんって感じ……))」
誰がどう見ても仲良しなわけがない。バチバチの関係だ。
それをのほほんと笑みを浮かべながら口にするのだからある意味誰よりもこの場で強者なのかもしれない。
「今日からの本予選。女子は隣のコートだし 運が良ければみんなの試合も見れるから楽しみだな。」
音羽は少し離れた場所に掲示されているトーナメント表に視線を移した。いつもならば時間をずらしての男女別の試合時間だが今回の本予選は同じ時間に並行して行われる。
運が良ければそれぞれの試合も見るチャンスがあるとワクワクしていた。
「1回戦目は烏野と試合か。」
「うん。烏野女子バレー部。負けないよー?」
「体調はどうなんだ?」
「絶好調。一君いつも心配しすぎ。」
「音ちゃん音ちゃん。俺のこと応援してね!俺だけでいいからね!」
「おいクソ川、何言ってんだよ。」
「及川。音羽に余計な体力を使わせるな。」
「皆してなんなの!?扱い酷いよね!?」
容赦ない及川へのブーイング。
先程までバチバチしていた雰囲気が嘘のようだ。
そんな空気に飲まれないようにと 日向も勇気をだして声を上げる。
「あのっ!俺も頑張ります!影山と!みんなと!!」
緊張で震える両手拳を目一杯にぎりしめる日向。
そんな彼の行動に音羽は一瞬はっと目を見開くも再び笑みをこぼした。
「うん。頑張ってね日向くん。応援してる。」
「〜〜〜~っ!」
花のような可憐な表情。
真っ直ぐと自分に向けられた笑顔に日向は分かりやすく胸元に手を添えると顔を真っ赤に染め上げた。
あの牛島も、及川でさえ顔色を変える理由がわかった気がした。
そしてそれは"あの人も"――
「"日向ー!そろそろ集ま……"」
烏野高校――"澤村大地"
彼もまた 音羽の姿に気がつくと嬉しそうに笑みを見せたのだった。
「音羽!」
「大地!久しぶり!」
音羽の周りに集う青年たち。
先程のような重い空気は払拭され和やかな空気が間違いなく存在していた 。
「((……なんか……影山の姉ちゃんって……))」
日向は音羽と彼らを交互に視線を移す。
「((人がいっつも集まる。不思議だ。))」
いつも人が必然的に集まる"人気者"とは何かが違う。そういう簡単な言葉でまとめられない、そんな不思議な空気。
その時、日向はふと過去の飛雄とのやり取りを脳裏にうかべた。
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「影山の姉ちゃんってみんなと仲良いよな?」
「なんだよいきなり。」
確かあれは9月の初旬頃。
教室内で部活の話をしていた2人。
今更だけど……なんて日向は口にする。
「キャプテンもそうだろ?菅原さんも東峰さんも。清水先輩も。ていうか3年だけじゃないし、あの月島とも仲良いみたいだし?青城の大王様とも仲良いんだよな?」
「…………」
ぐんぐんヨーグルトを飲みながら飛雄は天井を仰ぐ。
「キャプテンとは小学生のクラブチームから。及川さんとは中学からの知り合い。あとはユースで牛島さんとも繋がってる。」
「うえっ!?ジャパン!?」
「それで言うなら姉ちゃんも"ジャパン"だろーが。女子のユースチームに居たんだし。」
あ、そっか……と呟く日向。
ただ人柄が良いだけでなく"影山のねーちゃんは日本代表の卵なんだ"と。
あまりにも近い距離にいすぎて非現実的だが彼女も牛島と同じジャパンなのだ。
「……すげーよな。みんな影山の姉ちゃんに駆け寄って行く感じ。」
「人望があるんだよ。姉ちゃんは。」
飛雄の口から即座に出た"人望"という言葉。
それが全てなのだと日向は理解する。
「姉ちゃんはすげーって。みんなが憧れる存在なんだよ。」
美人だとか、賢いだとか、バレーが上手いとか、そういうことだけじゃない。
"誰しもが彼女の背中を見て、憧れて、着いていきたいと思える人間性―"
「"自慢の姉ちゃんだ"」
その時の飛雄の表情に日向ははっと目を開く。
目を細め、夢見るような表情を浮かべていた。誇らしげに頬は緩み、自信が滲む。
彼のそんな顔を見るのは初めてだった。
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楽しげに澤村達と語らう音羽。日向は真っ直ぐと彼女を見つめる。
過去に飛雄が口にしていた"自慢の姉ちゃん"という言葉。それを思い出すとなんだか自分も誇らしく、嬉しかった。
「あんな所に才華の影山音羽がいるぞ。」
「…女神様に群がる男たち……」
「大丈夫なのかよあれ」
「白鳥沢の牛島、あんな顔するんだな。」
「いいなー俺も話してみてえ、女神様と。」
「なら行ってこいよ、あそこに」
「絶対無理。」
異質な集団。だがどこか楽しげで先程と空気が一変していた。音羽を優しく見守る彼らの姿は試合中からは想像できないほど穏やかなものだった。
しかし今日は勝負の日。
その空気のまま終わらせないのが"彼"だった。
「"音羽"」
「ん?」
牛島の鋭い低音が再び空間を裂く。
その眼差しは音羽へと向けられる。
「一緒に全国に行こう。」
「…………」
惑いのない言葉。
牛島の真剣な眼差し、燃えるような熱いものに音羽は瞬時に表情を変える。
「ウシワカちゃーん?それは俺のセリフなんだけど?」
「おいクソ川。"俺たち"な?」
間髪入れず青城の2人が入り込む。
「……"俺達"も忘れられたら困る。」
そして烏野――澤村もライバルたちを相手に食い気味に入り込む。そして日向の背中に手を添え、やる気に満ちた表情で堂々と声を上げた。
「絶対!全国に行く!烏野も負けない!」
「はっ!はいいい!!!」
澤村の本気の声に方をビクリと震わせ つられるように日向も声を上げた。
「音羽。」
「わっ」
そして澤村は音羽の手を掴むと力強く握りしめた。
「……俺の夢は"お前の隣に立つこと"なんだ。」
幼い頃の音羽の姿が今の音羽の姿に重なる。
「昔から隣に並ぶことは出来なかった。でも今は違う。」
いつも自分の先に行く音羽。
今度こそ隣に立ってみせると誓う。
「最高の仲間とここまで駆け抜けてきた。絶対に春高に行く!」
決意を固める澤村。
それは空気を変え その場にいる人物たちの顔色をも変える。
「「「…………」」」
誰しもこの場所に"勝ちに来た"
負けに来た人物等誰としていない。
「誰だろうと受けて立つ。」
牛島ははっきりと言い放つ。
その声と瞳に応えるようにその場にいる全員が息を飲んだのだった。
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第1試合 開始前
"第1競技場"にて
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中央コートでは烏野の才華との試合の準備が行われていた。才華と烏野のメンバーたちは監督たちの指導のもとアップを行う。
音羽は試合開始前に競技場入口で義足の調整を行う。
「ふー…」
会場内には熱気が籠っていた。
吹奏楽部の応援の音色、歓声、掛け声――
「((負けない。絶対勝つ。))」
義足の調整を終え小さく息を吐く。
今日はいつもに比べて緊張していた。
「……大丈夫…大丈」
「"音羽さん"」
「ひっ!?」
突然背後から名前を呼ばれ素っ頓狂な声を上げてしまう。大きく肩が揺れ、見た目も滑稽だったろう。
「え?もしかして緊張してるんですか?」
「つっ、月島くん…」
背後でこちらを見下ろす人物、それは月島だった。ユニフォームにパーカーを羽織り気だるげにしている姿。いつもと変わらない月島だった。
「へえ。あの女神さまでも緊張するんですね。"さっきまで"余裕そうだったのに。」
「私だって人間ですから。緊張くらいするよ。」
"さっきまで"なんていう月島の発言。
今日彼と会うのは今が初めてだ。すれ違った記憶もない。
"そんなに私の事気になるの?ストーカー?"なんて言ってみたいが更に恐ろしい言葉が返ってきそうなので音羽は黙っていようと決意した。
音羽はじっと彼を見上げる。そして彼にあったら直接伝えようと思っていたことを口にした。
「あの、その節は……うちの弟が申し訳ございませんでした。」
この前のことだ。チームにも、とくに月島には迷惑を掛けてしまった。そして同時に彼のおかげで弟との蟠りが解消された。むしろ恩人でもある。
「別に。大したことないですから。今に始まったことじゃないですし。」
「……」
冷静で静かな口調(嫌味含む)彼らしい。
試合前なのに彼は緊張の色すら見せない。
「烏野は2試合目からだよね?たしか条善寺?」
「はい。1試合目はワンセットだけ観戦する事に決まったので。」
「…男子はレフトコートで"青葉城西と新山工業"、ライトコートで"白鳥沢と新井川"」
「センターコートで才華と烏野。」
「…会場が満員なのはそのせいだね。」
音羽と月島は入口から会場を見渡す。
席は満員、メディア席も満員。
1試合目から牛島率いる白鳥沢、そしてセンターコートでは音羽率いる才華女子。
そして白鳥沢の宿敵、青葉城西――
立ち見観戦者も多く居た。より一層緊張が走る。
「………」
足が無意識に震えた。緊張なのか恐怖なのか、興奮なのか分からない。
――もし、義足の調子がわるくなったら?
この前みたいに片目が突然全く見えなくなったら?
"やっぱり羽をなくした女神は飛べない"
…なんて言われてしまったら?
過去に言われた嫌な言葉や光景が脳裏に浮かぶ。今更だ、何を怖がってる?…なんでこのタイミングで思い出してしまうのか…
「"私は両脚で立ってる"」
その時、月島は芯のある声でとある台詞を呟く。
「"気が済むまで本気でやれる場所にいたい"」
「…え」
「言ってましたよね?」
音羽が過去に月島に言い放った台詞だ。
森然での合宿、あの日の夜。
音羽が月島に贈った言葉だった。
「僕にあんな上から偉そうに言ったくせに。何怯んでるんですか。」
「うっ」
まさか覚えているなんて。
突然の彼の言葉に目が冴えてきた。
「あのセンターコートが音羽さんにとって"本気でやれる場所"。白鳥沢と青葉城西に挟まれる開幕戦。最高の舞台じゃないですか。」
月島の言う通り、最高の舞台だ。
トーナメントの組み合わせと実施時間と会場が被ったのは神様が与えた舞台だろう。
「たとえ野次が飛んできたとしても僕たちがそいつらに言ってやります。"本気の女神様はこんなもんじゃない"って。」
強情らしい、人に迫るような顔つき。
「あなたの本気がうちのセッターの起爆剤になるんで、せいぜい頑張ってくださいね。」
そして月島はその場から踵を返す。
音羽は静かにその背中を目で追った。
「…あ、それと。」
「僕、音羽さんが飛んでる姿"嫌いじゃないです"」
"失礼します" 彼はそう言い残して音羽の前から去った。
しばらく放心状態のように固まる音羽。
この数分間で彼に上手く持ち上げられ、なんだか恥ずかしい気持ちになってしまった。
「((…"嫌いじゃない"って…))」
"飛んでる姿 好きです"なんて彼はそんな言葉は選ばないことは分かっている。
ぶっきらぼうで、だけど優しいそんな彼。
「……やってやる。」
緊張は不思議と消え去る。
あのぶっきらぼうで冷たくて、でもどこか優しさに包まれた言葉に音羽は再び救われたのだった。
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第1競技場に集う選手達。
試合開始の笛の音。
同時に3校のサーブが放たれる。
白鳥沢学園――牛島若利
青葉城西高校――及川徹
才華女子高等学校――影山音羽
「「「――――ッ!」」」
未来のバレー界を担う若者達の熱き戦いが始まったのだった。
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"コート上の女神様"
なんて高貴で、輝かしい異名なのだろう。
"俺の憧れなんだ"
――澤村は目を輝かせて言っていた。
その表情は今でも忘れられない。
澤村の顔にじんわりと微笑みが浮かぶのが直ぐに分かった。幸福と興奮の混じった笑顔だった。
羨ましい。
彼にそう思われている女神様が
私にとって憧れだった。
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烏野高校女子バレー部 "道宮結"
「……はぁ……はぁ……はぁ」
目の前に落ちるボール
同時に会場内は歓声が上がる
「((負けた……っ!))」
自身の目の前で拾いきれなかったボールが哀しげに転がったその時、コートを挟んだ向こう側に立つ"女神様"に視線を向けた。
「((悔しい……っ……悔しい!))」
本当はインターハイで引退する予定だった。だが挑戦してみたかった。
もう一度、才華女子と戦えるなら――それは本望だと
「ッ……く……」
烏野高校女子バレー部 1次予選通過、そして今日。
その初戦で道宮は才華と戦うチャンスを得た。
もう一度戦いたい。才華の女神様と公式戦で戦ってみたいと心の底から願っていた。
しかしながら結果は惨敗。
1セット目は10点差。
2セット目は15点差も広げられてしまった。
圧倒的力の差。
『よくやった才華!!』
『おめでとう!!』
応援席からたくさんの声が飛び交う。
道宮は全ての負けに落胆し、暫く動けない。
「うっ……」
悔しい、悔しい!
汗と涙が永遠に止まらない。
"烏野が才華に勝てるはずがない"
そんな声も痛いほど聞いてきた。
でもそれほどに……彼女と戦えたことが――
「"道宮結さん"」
「……!」
賞賛の声が飛び交うコート。対面側から声が投げかけられ 同時に手が伸びてきた。
「ありがとうございました。」
真っ直ぐとした凛とした声。
瞳は綺麗で吸い込まれそうだった。
漆黒の黒髪は乱れることなく綺麗にポニーテールにまとめられゆらゆらと揺れる。額を滑る汗でさえも美しく見えてしまう。
何よりも"自分の名前を覚えていてくれた彼女"に感動もした。同じ1番を背負う自分に最大の敬意を示された気がしたのだ。
「ッ……ふ……」
道宮はユニフォームの裾で顔を擦り涙を拭う。そして音羽に手を伸ばすと笑顔を向けた。
「最後に……影山さんと戦えてよかった!」
微かに音羽の表情も緩む。
互いにしっかりと手を握りあった。
「はい。私も道宮さんと戦えて最高でした。」
「……悔しいけどッ……強くてかっこよくて……」
止まらない涙に笑顔も溢れる。
「絶対……代表を勝ち取ってください!」
「はい!勿論です!」
そして2人の手は離れる。
「「ありがとうございました!!」」
それぞれが踵を返し、未来へと歩みを進めたのだった。
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――準決勝
青葉城西 VS 烏野
「"音羽の隣に立つのは俺だから"」
試合開始前
及川は笑顔で俺に手を差し出し 満面の笑みでそう言った。
いつもは呑気な声で"音ちゃん"と砕けて呼ぶ彼の声、それは恐ろしく恐怖をおぼえた。
「…よろしくね?澤村くん。」
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