影山姉弟   作:鈴夢

24 / 28
ヒカリアレ

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2012年10月25日――

――仙台市体育館

 

"全日本バレーボール 高等学校選手権"

宮城県代表決定戦 2日目

 

 

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歓声が止むことの無い会場内。

試合が進むにつれて熱気はさらに強くなる。

 

 

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『"才華女子高等学校 決勝戦進出が決定しました"』

 

試合が終わると同時に女性のアナウンスが響く。

コート上で疲労にまみれる選手たち。しかしその表情は明るく、華々しいものだった。

 

 

「――音羽先輩!肩に腕まわしてください!」

「ベンチ!座ってください!」

 

「こっちはエアーサロンパス持ってきて!」

「クールダウン手伝います!」

 

「マネージャー!直ぐにドリンク――」

 

試合終了後、双方の挨拶を終えた後に才華の控えの選手たちがスターティングメンバーの元へと駆けつける。

 

「ごめんね、ありがとう。」

 

ながれる汗をタオルで拭う。さっきまで暑くてたまらなかったのに今は不思議と体が冷えきっていた。

乾いた喉を湿し、呼吸を整える。

 

「音羽。脚の調子は?」

「ウチらで出来ることある?」

 

ベンチメンバーの同期達も心配そうに駆けつけた。どのメンバーも試合に勝利したことを喜ぶ前に身を按じる。

――いや、というより"このチームなら勝つ"とだれもが考えていたからこそ賞賛の言葉よりも先に次の試合のことを考えているからだろう。

 

「大丈夫。みんなありがとう。」

 

"準決勝に勝利した"――そして次はついに決勝

 

「………」

 

音羽はふと観客席へと視線を向けた。

視線の先に佇むのは"新山女子"の面々。こちらを静かに見据え緊張の糸を走らせる。

 

彼女たちは一足先に準決勝トーナメントにて勝利していた。ということは決勝の相手は宿敵"新山女子"。

 

「((……脚が震える……疲れなのか緊張のせいなのか…。))」

 

明日の試合で全てが決まる。

春高への道、未来への道さえも――

 

 

 

「"影山、体調は?"」

 

刹那、背後から監督の声がかかる。

凛とした低い声。監督は微かに心配の色を見せているが決して大きく表情には見せない。

 

決勝戦進出への喜び、同時にキャプテンであり このチームの主砲ともいえる音羽への心配。

対して音羽は口元に笑みを浮かばていた。

 

「バッチリです。2セット目のタイムアウトの時に整えれたおかげです。ありがとうございました。」

 

決して無理せず、チームバランスを見定める監督とコーチの判断力はさすがだった。

疲労が見え始めたその時、容赦なく人員を入れ替える。才華の主砲は音羽だけでない。間違いなくチームは強くなっているのだから。

 

 

「明日の決勝、絶対勝ちます。」

 

タオルを肩に羽織り 真っ直ぐと監督を見上げる。

 

「絶対…何がなんでも。春高にみんなで行くんです。」

 

曇りのない真っ直ぐな瞳。

それは美しいとか、華があるとか――そういうものでは無い。

 

野心に満ち溢れ、マグマのような熱を感じる。漆黒の彼女の瞳は間違いなく燃えていた。

 

「…………」

「監督?」

 

強い気持ちが溢れた瞳に胸が熱くなる。

影山音羽とは人をその気にさせる、そういう人間だった。

 

「影山」

「はい」

「この大会次第で…進退が決まることも理解してる。」

「っ…」

 

無意識に 音羽の手に力が篭もる。

 

 

「"決勝には雲雀田さんも来ると。"」

 

全日本代表監督――そして日本の未来のバレーボールを背負う若人たちの育成強化チームの監督でもある"雲雀田 吹"。

 

音羽の才能を見出した人物。

そして音羽にとってかけがえのないキーパーソンでもあった。

 

過去、雲雀田からとある連絡があった時――

まだバレーを続けようか悩んでいたあの日、義足という選択肢を選んだあの時。

 

雲雀田からの言葉。

それは思いもよらぬ内容だった。

 

 

 

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突然 自宅にかかってきた電話。

母が手に取り 音羽へと代わる。

"雲雀田監督からよ"と母は口にし、受話機をそっと手渡した。

 

まさかの人物からの連絡にドクドクと胸が強く脈打ったあの時の感覚は決して忘れられない。

なにか大きな歯車が動く予感がしたのだ。

 

 

「…もしもし?影山です。」

『音羽さん、久しぶりだね。』

「ご無沙汰してます。雲雀田監督。」

 

雲雀田の声を聞くのはかなり久しぶりだった。最後に会ったのは事故の後、見舞いに来てくれた時だ。

 

『体調はどうかな?元気にしてるかい?』

「はい。監督は?お元気ですか?」

『特に変わらずだよ。…まあ強いて言うなら、音羽さんがいなくて刺激不足かな。』

「ふふっ、何言ってるんですか?」

『本当の事だよ。合宿の時、いつも君とバレーの話をすることが密かな楽しみだったからね。』

 

合宿の時、いつも雲雀田はそばにいてくれた大事な監督だ。それはひとえに雲雀田か音羽を心底頼りにしていたとも言える。合宿でのチームメンバーの様子、調子の悪い選手に手を差し伸べてほしいと言われたことも。佐久早の件が記憶に新しい。常に人を見て人のために行動する雲雀田と音羽だからこそ話せる内容があった。

 

「あの、ところで監督。何か用があったんじゃ…?」

『ああ。そうだったね。』

 

"コホンっ"と咳払いが受話器から飛び出す。

そして少し間を空けると再び雲雀田が言葉を放った。

 

『"また一緒にバレーをしたい"』

「――え?」

 

予想外の言葉

 

『"また君と 一緒に世界を目指したいんだ"』

「……また……一緒に?」

 

その言葉の意味を飲み込む度に身体中の血液が出口を探し、通路に殺到するかのような――そういう興奮で身体が揺れはじめる。

 

『もちろん無茶を言ってるのは自分でも理解しているよ。大腿切断をした人に対して言う言葉ではないということを。』

「……世界を…一緒に…」

 

受話器を持つ手が興奮で震える。

 

『聞いた話だと 音駒高校の猫又監督に義足師の紹介をしてもらったとか。それとリハビリテーション施設もね?』

「情報がまわるのが早すぎますよ?」

『ハハッ!君は自分のことを本当に理解してないね?高校バレー界で君のことを知らない人はいないだろう?』

 

また再び立ち上がろうとする音羽の行動はどうやら知れ渡っているらしい。

 

 

「…なんだか夢を見ているようです」

 

ふわふわと地に足がついてない気分だ。これは夢か?思わず頬を指で抓るが間違いなく現実だ。まだ決意をして少しの期間しか経っていなかった。やっと前へ進もうと 人の繋がりを頼りに動き始めたばかりの今。

まさか再びチャンスが訪れるなんて、こんなにも早く希望の糸を手繰り寄せる事ができるなんて。

 

こんな非現実的な幸せな出来事を、夢物語のような今を、誰が信じる?

 

 

『やっぱり、諦められなかっただろう。』

「ッ……」

『"また飛びたい"――そうだね?』

「っ!」

 

コートに立つ自分の姿を脳内で再生する。

沢山の声援を浴び、傍らには仲間達が居る。

 

ボールを高く上げ しなやかな動きで床を蹴り、高く高く飛び立つ。

手のひらにはボールを打ち込む感覚、相手コートに落下するボール――

 

 

「…ふぅーー……」

 

胸いっぱいの感動を吐きだすように、未明の空をふり仰いで大きく息を吐いた。

 

「はい……また……飛びたいです。」

『うん。』

「両脚で、床を蹴って、ボールに触れて繋いで!もっともっと強くなりたいです!」

 

両手で受話機を握り締め直すと熱意を伝え続ける。

 

「脚を失ったことがバレーボールをすることにおいて…不能の要因じゃない!私はそれを信じてます!」

 

音羽の言葉の気迫。雲雀田の体の最奥に武者震いのような戦慄が電流のように駆け抜ける。

 

『"…期待してるよ。君のバレーボールを"』

 

 

 

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私は立ち上がる。

何があっても、どんな壁が立ちはだかろうとも。

 

――"闇を滑走路にして

己の道を敬虔に駆けろ"――

 

 

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"勝利があれば敗北がある"

勝者と敗者――それは 戦友でもあり親友でもある"彼"も―

 

 

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2日目の準決勝を終えた体育館。

観客の姿は既になく 大会関係者と数校の学生たちのみが片付けに終われていた。

 

 

「バス来たら荷物積んでくれる?まだ来てない奴ら呼んでくるから。」

「はい」

 

白地に青いライン、背面に"AOBA JHOSAI"の文字が記されたジャージを纏う集団が外のバスへと乗り込んでいく。

 

「…あとは岩ちゃんが忘れ物チェック…まっきーとまっつんはさっき乗り込んでたし――」

 

青葉城西高校 バレーボール部キャプテン "及川徹"

 

テキパキと仕事をこなし がらんと静まり返る会場。吹き抜けになったホールで及川は立ち止まると壁に飾られたオブジェに視線を向ける。

丸い太陽のような円盤型のオブジェ。小さい頃は不気味としか思えなかったが毎度毎度ここで大会がある度に目にしてきたオブジェ。

 

"いつも音ちゃんと気味が悪い…"なんて話したことがあったな。

 

懐かしい記憶がふとよみがえった時、及川の背後から足音が近づく。少し奇妙な足音、これは"あの子"の音だとすぐに理解した。

 

 

 

「"徹"」

 

優しい音が鼓膜を叩く。

大好きな彼女の声に及川は優しく微笑んだ。

 

「やっほー、音ちゃん。」

 

黒いジャージを纏う綺麗な彼女。

真っ直ぐと立つ彼女の姿はとても凛々しく輝かしかった。

 

そして突きつけられる事実

"勝者と敗者"

 

青葉城西は烏野に敗れたのだった。

 

 

「音ちゃん。決勝進出おめでとう。」

「うん。ありがとう。」

「試合が別会場で被ってたから見れなかったけど話は聞いたよ?」

「………」

「フルセットでも音ちゃんは負けなかった。最高のトスでボールを繋いだって。」

「…徹もお疲れ様。」

「………」

 

一歩一歩 及川は音羽に歩み寄る。

そして音羽を優しい眼差しで見下ろしたと思えばすぐに呑気な表情へと変化するとわざとらしく声を上げた。

 

 

「へっへーん!泣くと思った?泣かないしー!」

「……」

「絶対泣いてやらない!クソ可愛い後輩に負けたのは今日だけだし!いつか飛雄ちゃん泣かしちゃうもんねー!」

 

刹那、音羽の右手が及川の右腕にそっと添えられた。

 

「お疲れ様。本当に。」

「っ…」

 

自分のふざけた行動に音羽は乗じることなく 真っ直ぐと曇りのない眼差しで見上げられると胸が苦しくなる。まるで全てを見透かされているような気分だ。でも内に秘めているであろう感情を聞き出すこともなければ音羽は優しく寄り添うだけ。その距離感が昔から心地よかった。

 

「…はぁ…でも心残りだな。」

「ん?」

「中学最後の大会で、ベストセッター賞を音ちゃんと取ったとき――」

 

及川の真剣な眼差しが音羽に降りる。

 

「俺は絶対 また音ちゃんと隣に並ぶって決めてた。」

 

中学の時、この会場で共に肩を並べて表彰状を受け取った事を思い出す。

ベストセッターという名誉ある賞を貰えたことも勿論嬉しかった。でも及川はそれ以上に…

 

"音羽の隣に立てたことが何よりも嬉しかった"

 

 

 

「――残念ながら今回は叶わなかったけどね。」

 

また隣に立ちたかった。

一緒に喜びを分かち合い、一緒に春高に出場したかった。

 

俺の大好きな音ちゃんは、俺の大好きな親友はこんなにすごい人なんだともっともっと近くで見ていたかった。

 

及川は腕に添えられた音羽の手を包むように掴むと慈しむように目を細める。

その表情はあらゆる感情が混ざったようなものだった。発する言葉とは矛盾する感情の気配が表情から読み取れる。

悲しくて、愛おしくて、悔しくて、好きでたまらなくて、喜ぶ自分もいて、憎む自分もいる。喜怒哀楽が複雑に入り交じっていた。

 

「…あのね、徹。」

 

音羽は優しく及川の手を握り返した。

 

「私、徹に言ってなかったことある。」

「え?」

 

及川は詰め寄るように1歩さらに近づく。

音羽は真剣な眼差しをさらに強め 彼に食いかかるように口を開いた。

 

「徹のお陰で、私は今ここにいるの!」

「っ…」

「徹の積み重ねてきた努力。仲間の力を最大限に引き出す力。仲間を信じる気持ち。」

 

及川の感情が波のように揺れる。

 

「いつもどんな時も、私は徹を目指してた。」

「……音ちゃん」

 

泣いてしまいそうだった。

いっその事このまま彼女を強く抱き締めてしまいたい――

 

 

「…まあ"その捻くれた性格"は 真似しないようにしよって決めてたけど」

「……え、ん?」

「強がるとことか、子供っぽいところ」

「ねーえ!いい雰囲気だったよね!?オチがそれなの!?捻くれ者はどっちなのさ!」

「うーー!いたたたたたたた!!」

 

及川の両手に顔を挟まれる音羽。ぐりぐりとこめかみを指で拗られると地味な痛みにわざとらしく声を上げる。

 

そんないつもの空気に戻る2人。ふざけ合う姿を第三者が見たら呆れられて笑われているだろう。

 

「とにかく!徹!ありがとう!」

「……お礼なんて、言われる側じゃないよ。」

 

再び向かい合うふたり。

ハツラツと歯をみせ、ニッコリと笑う音羽の少女らしい表情が昔の彼女と重なると何故か胸が苦しくなった。

いつも隣で競い合ってきた相手 それが突然遠くに行ってしまうような感覚。

 

 

「ありがとう。音羽。」

「…うん。」

「大好きだよ。ずっと…ずっとね?」

 

彼女の黒髪を優しく撫でる大きな手。さらに近づこうとしたその時、及川の視線の先――音羽の背後に大きな影が現れる。

 

 

「…牛島。」

「え?」

 

及川の言葉に驚くように声を漏らす音羽。

つられるように及川の視線の先を追うと まっすぐと2人を見据える牛島の姿があった。

 

牛島の表情は険しく無表情。いつも音羽の前で見せるような優しさは感じられなかった。

 

「"忠告だ" 及川。」

 

彼の瞳は完全に及川にだけ向けられていた。音羽がいることは関係なく、ふたりで対峙し合う そんな空気が漂い始める。

 

「もう道を間違えるな。お前は道を間違った。もっと力を発揮出来る場所があったのに 取るに足らないプライドの為にお前はそれを選ばなかった。」

「…それは青城じゃなくて 白鳥沢に入るべきだったってことでオーケー?」

 

及川は音羽と牛島の間に入るように立ち塞がる。音羽の視界には及川の背中だけが映っていた。

それはとても大きな背中だった。

 

「成功が約束されたチームなんかないだろ。」

「少なくとも今ここでは 俺のいるチームが最強のチームだろうが。」

 

対立し合う2人。

音羽自身、及川と牛島が対立する場面は何度か遭遇したことはある。昔からのライバル。それぞれがバレーに対してプライドを高く持っている。だからこそきっとこの2人は死ぬまでライバルという関係は変わらない気がした。

 

「ヘン!相変わらず面白いくらいの自信だな!」

 

残念ながら及川率いる青葉城西は敗れた。牛島の言う通り彼らが強いということは真っ向から否定はできない。

だが及川の胸の奥には強い野心、様々な感情を含んだ心があった。

 

「取るに足らないプライド……確かにね。」

 

音羽はハッと目を見開く。

背中だけで伝わる及川の変化。それは凄みを感じる強いオーラだった。

 

「聞けよ牛島。俺は自分の選択が間違いだと思ったことはないし 俺のバレーは何一つ終わっていない。」

 

及川の口元が微かに弧を描く。

 

「取るに足らないこのプライド――"絶対に覚えておけよ"。」

 

黒い目が、意志となんらかの感情を宿して輝いていた。貪るような鋭い瞳。牛島は思わず息を飲んだ。

 

 

 

「ああ〜それとね!俺ばっか注視してると思ってない方向からブッスリ刺されるからね?…ね?音ちゃん?」

「…このタイミングで私に振らないでよ…」

 

真剣な声から呑気な声へと反転し、こちらに笑みを向けながら振り向く及川。この空気感の中、突然私に振らないで欲しい…と心底ため息を漏らした。

 

「俺の後輩。まだ頭悪いし まだぜーんぜん俺にかなわないけど。それでも"独りじゃなくなったあいつは強い"よ。」

「……っ…」

 

及川の思いもよらない台詞に音羽は胸を射抜かれた。今の今まで弟を真っ向から認めるような事を口にしたことは無い及川。そんな彼が弟を僅かに称えたのだ。

 

「ははっ!烏は群れで 大きな白鷲さえ殺すかもね?」

「……」

「せいぜい殺されないように…頑張ってね?ウシワカちゃん。」

 

及川の挑発的な台詞。

牛島はそれに更に返すように挑発を仕掛ける。

 

 

「音羽」

「は、はい?」

 

及川に向けられていた眼差しが突然自分に向けられると動揺する音羽。牛島は及川とは違いやはり何か恐ろしいものを感じる。強くブレない眼差しはいつも胸の奥に強く突き刺さる感覚があった。

 

「決勝、お互い頑張ろう。」

 

ゆっくりと彼が歩み寄る。

そして大きな手が音羽の前へと差し出された。

 

「音羽の隣に立つのは…俺だ。」

 

大きな重厚な手のひら、それは音羽の左肩を強く掴む。その光景に及川は悔しさを滲ませるが何も言い返すことはなかった。

 

「ずっとこの先も。それは変わらない。」

 

 

しんと静まりかえるホール。

交差する3人の視線、底知れない空気を纏う3人。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

それを傍らで隠れるように静かに見据える1人の青年――"澤村大地"

 

彼は興奮と熱意のために、再び以前のように男々しく逞しく輝き出した。

 

 

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午後16時過ぎ

 

 

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あれから学校に戻り 明日の決勝に備え早くに解散した才華の面々たち。

 

音羽は興奮を何とか抑えながら部屋で寛いでいた。

 

沢山の仲間たちから送られてくる賞賛の声。

改めて喜びを噛み締め 感謝を伝える。

 

 

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机に向かって課題を進めていたその時、傍らに置いていた携帯電話が通話を知らせる音を鳴らす。

 

「――はい、もしもし?」

『"うーっす、音羽"』

「クロくん!」

 

クロくん、こと黒尾鉄朗。

気だるげな低音が鼓膜に流れ込んでいく。

 

『無事!決勝進出 おめでとうございます。』

「ありがとう。…って、なんで知ってるの?」

『調べたんだよ宮城の試合結果。無事に烏野も生き残ってるし安心しました。』

 

調べてくれていた事実に喜びを感じた。遠く離れた仲間たちに思われていることが嬉しかった。

 

『脚は?怪我とかしてません?』

「なにも怪我とかしてないよ?…むしろ、クロくんが教えてくれた飛び方がすごく役に立った。今回の試合ですごくそれを感じたの。」

『お役に立てて良かったデス。』

 

スマートに心配してくれるところは彼らしい。電話越しで表情は分からないが何となく彼がどんな顔をしているのか想像がついた。

 

『明日、がんばれよ音羽。』

「ありがとう。クロ君もね?東京の方が学校も多いし…負けないでね。」

『任せてください。俺たちは絶対負――』

 

その時、ドタドタと慌ただしい音が電話越しにとびこむ。

 

 

『"おーーー!黒尾みーーっけ!!!"』

 

紛れもなくこの爆音は木兎光太郎の声だった。

 

「…あれ?木兎くん?」

『ちょっ!うるさいんですけど!』

『休憩始まってどこにもいなかったからさー!こんな所で電話??誰!?』

『音羽!音羽サン!』

『おおぉおお!!!代わって!俺も話したい!』

『まだ俺が話してる途中でしょーが!!』

 

慌ただしい音の数々に思わず音羽は耳元から一瞬携帯を引き離す。そして少し落ち着くと彼に問いかけた。

 

「なんで木兎くんが?練習試合?」

『そう。今日明日 梟谷と予選前の練習試合してんの!……って!木兎!!』

 

『おーーーー!!音羽!!ひっさしぶりだな!!』

「……耳が壊れる……」

 

恐らく奪われたであろう黒尾の携帯。爆音レベルの木兎の声のトーンに音羽は目を丸くしていた。

 

『決勝進出おめでとさん!!まあ才華なら余裕だっただろ!!絶対大丈夫って分かってたし!!……あ!そーだ!』

「木兎くん、もう少しゆっくり…」

『思い出した!!そういえば!赤葦と連絡よく取ってるんだろ!?』

「え、うん?」

 

コロコロと話が変わる木兎のスピード。それについていくのに手一杯でなんとなくでしか返答ができない。

そしてまさかの発言に隣に座っているであろう黒尾がギョッと目を見開いた。

 

『え!?何その情報。俺知らないんですけど!!』

『いやあ〜あかーしがコソコソしてた事があってよー?覗き込んだら画面隠すし!』

「…赤葦くん、本当にお疲れ様だね。」

 

いつでもどこでも赤葦のそばに木兎がいるのだろう。毎日毎日このキャラクターが近くにいること自体、赤葦にストレスにならないのか…ほんの少し心配になる。

 

『内容は見せてくんねえんだけど、音羽と頻繁に連絡しあってんのが分かったんだよなー。』

『えぇえー!主将を差し置いてコソコソ話ですかァ!?』

『まさかふたりで隠し事!?それはいただけませんなあ!』

「……えーーっと……」

 

音羽は携帯を片手にもう片方の手の指で頬を擦る。戸惑うように天井を見上げ 冷や汗を流した。

 

((言えるわけが無い。"しょぼくれモード"の対処法やら木兎くんの話をしてるなんて。))

 

赤葦の悩み相談――その事をはっきりと言うのは危険だ。

 

『なーなー!教えろよー!あかーしとコソコソ話しぃ!』

『音羽さん。まさか年下の男の子を弄んでませんよね!?』

「………」

 

『『おーーーーーい!!!!』』

 

 

"あとでクロ君にはちゃんと言っておこう"と心に決めた音羽。

 

そして通話は休憩をちょうど終えたタイミングで切られ、何とか危機を回避したとかしなかったとか。

 

 

 

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「……繋がらん。ずっと通話中や。」

「いい加減あきらめえや。」

 

同時刻、もんもんと部屋で携帯とにらめっこする侑。そしてその傍で漫画を片手に呆れ顔の治。

 

「……」

「試合終わってまだちょっとしか経っとらんやろ。時間置いてかけ直せ…」

 

治が言葉を言い切る前に侑の瞳が今日1番輝きを放つ。

 

「おぉぉぉ!コール音!繋がった!!」

 

通話中というストレスからの解放。

そして数コール後に大好きなお姉ちゃんへと繋がると嬉しそうに笑顔をこぼした。

 

 

『…もしもし?"あつ"』

「お姉ちゃん!決勝進出おめでとさん!!」

 

名前を呼ぶ前に祝福の言葉を受ける音羽。間髪入れず興奮する侑の言動に思わず笑い声をこぼす。

 

『はははっ!なんか笑っちゃった。』

「ほんっっまに…!侑くん泣いてまうでっ!」

「うわーキショ。マジでないとるし。」

「じゃかあしいわ!クソサム!」

 

ポロポロと本当に涙を流す侑に冷徹に突っ込む治。いつも通りの双子のやり取りに音羽はホッと口元を緩ませた。

 

『本当に"みんな"情報早いね?』

「ん?みんなって何?」

『ほかの県の人から連絡来るんだけど 情報早くてびっくりで…』

 

ユース時代の仲間たちからの連絡も耐えない。

みんなよく情報を仕入れるなと関心していた。だがその言葉は侑にとって負でしかない。なんせ1番ではなかったのだから。

 

「はぁぁぁぁあ!?どこのどいつや!教え」

「ツムやめえや。有名人のお姉ちゃんやったら知り合いのひとりやふたりから連絡くらい来るやろ。」

「負けた!俺が一番に電話したかった!さっきもずーーーっと繋がらんかったのはそーいうことやな!!」

 

さらに涙する侑に容赦なく冷たい視線を浴びせる治。机に突っ伏す侑から携帯を奪い取ると今度は治が話す主導権を手にした。

 

「お姉ちゃん おめでとさん。」

『治まで…まだ代表になったわけじゃないのに大袈裟だよ。』

「いや、お姉ちゃん凄いで。ほんまに。」

 

治は手に持っていた漫画を机に置くと落ち着いた様子で話し始めた。

 

「片脚で歩くこと、立つこともできんかったお姉ちゃんがコートの上で飛んどるんや。」

『………』

「語彙力なさすぎて恥ずかしいけど とにかくお姉ちゃんは"凄いんや"。」

『…治。』

 

ブレない真っ直ぐとした言葉にうるっと来てしまいそうだ。治の落ち着いた声がやたら胸に熱を与える。

 

「代表とか 勝ったとかそういうことはともかく お姉ちゃんがやってきた努力が結果に繋がったんや。もっと自信もってええんやて。もっと自慢したらええ。」

『……ありがとう、治。』

「俺は分かっとったで。こういう未来が来ることは分かっとった。お姉ちゃんならどんなことも成し遂げる。せやろ?」

 

"な?"と優しい声。

きっと彼は優しく微笑んでいるに違いない。

 

すると今度は予想通り 侑の声が治に攻撃し始める。

 

「何ええ雰囲気なっとんねん!!代われ!」

「じゃかあしいわ!!まだ話しとるやろがい!」

「サムの方が10秒は多かったで!次は俺や!順番こやろ!!」

「ちょっ!離せやボケェ!」

「さっさと離せやボケェ!」

 

"いつも通り"の流れに音羽の涙は一気に引いた。

 

『ちょっと!2人とも喧嘩は…』

 

「クソサムーーっ!!貸せ!!」

「絶対渡さん!こンのクソ豚!!」

「ちょっとええこと言って株あげんなや!」

「お前より理性的に話せるからな!いっつもお姉ちゃん困らしとるんはどこのどいつやドアホ!」

「理性的言うわりにいっちばんヤラシイ事考えとるやろが!変態クソサム!!」

「あ゛ぁん!?お前もやろがボケェ!」

「お姉ちゃんにぜーーーんぶ!バラしたるからな!これでお前は終わりやサム!」

「なんやとおぉぉぉぉぉ!?」

 

終わらない喧嘩。

きっとこのまま通話を繋げていても意味は無い。いつも通りであればこの後彼らの母親が部屋に訪れて怒鳴り込んでくるところまで容易に想像できる。

 

「((…なんでいつもこうなるのだろうか。宮ツインズ…))」

 

音羽はそっと 通話終了ボタンを押し込んだのだった。

 

 

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――そしてその数分後。

再び携帯電話が鳴り響く。

 

 

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『やっほーー!音羽さん久しぶり!』

「古森くん!久しぶりだね!」

 

声を聞くのはかなり久しぶりの相手。

相手は井闥山学園の古森元也だった。

 

『聞いたよー!決勝進出おめでとう!相手は新山女子!リベンジだね?』

「わざわざありがとう。うん!リベンジ!」

 

古森も侑たちと同じくひとつ下の弟のような存在。その中でも彼は子犬のように人懐っこく侑達とは少し違う雰囲気だった。

――そう、それはもう1人の彼も同じく。

 

 

『ほら"聖臣"。せっかくだから話したら?』

 

彼の隣にいるであろう人物の名前。

音羽はそんなレアキャラの存在に嬉しそうに声を膨らませた。

 

「え?臣くん居るの?」

『うん!隣にいるよ。……ほら、せっかくだから話したら?』

 

『…………』

 

 

『ほーら!』

 

予想通りの間。

きっと隣でムッとしているだろう。

 

 

 

 

 

 

 

『……もしもし』

「もしもし?…臣くん?」

『…………』

「久しぶりだね!元気…」

『"元也、返す。"』

 

まさかの会話が続かず 結局まともに声さえも聞けず仕舞い。

 

 

「んー、残念…」

『ごめんねー!聖臣さ、どうしても直接会った時に話したいんだって。』

「え?どういう…」

 

本当ならば佐久早らしくない台詞だ。直接会った時…だなんて。彼がそんなことを言うのが想像つかない。

 

『聖臣ってば恥ずかしがり屋で…』

『おい 余計なこと言うな。そういうことじゃない。』

『久しぶりの音羽さんの声に緊張したんだと思うから、多めに見てあげてね?』

『おい。』

『ほら!マスクの下!顔赤いよ?聖臣〜』

『違う。気のせいだ。』

『まあ春高で会えるし!その時はいーーーーっぱい話せるね?』

『元也』

『ちょっと!怖い顔しないでよ!』

 

彼らもまた"いつも通り"

天真爛漫な古森に若干ツンデレ?(勝手な分析)な佐久早。

 

 

「臣くん。直接会って話そうね!」

 

 

音羽のハツラツとした分け隔てないその言葉に 微かに頬を染めていたとか染めてなかったとか。それは佐久早自身しか知らない感情だった。

 

 

 

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午後19時過ぎ

 

 

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「…この時の田中くんの反応速度すごいね?」

「うん。すごかった。」

 

夕飯を食べ終えた影山姉弟。

2人は音羽の部屋で今日の準決勝の試合を見返しては明日に備えて復習していたのだった。

 

「飛雄のトス。2セット目の時より繊細になってるね。お姉ちゃんでもこの動きは無理かも。」

「っ…あざっす!」

 

「…うわー!一くんの一撃!強烈だね。」

「岩泉さん、及川さんのトスの反応すごかった。…ほら、あれ…"なんとかの呼吸"…的な」

「"阿吽の呼吸"ね?」

「そっ、それ!!」

 

「((……ある程度落ち着いたら ちゃんと勉強も叩き込まないと……))」

 

姉弟の幸せな時間。

数週間前の状況からは想像さえつかなかった今のこの時間。音羽は飛雄と決勝戦に出られること以上に 今の時間が幸せでたまらなかった。

 

「次は姉ちゃんの試合。分析して 俺も吸収…」

 

飛雄が違うディスクに手を伸ばしたその時

 

 

「"おっとちゃーーーーんっ!!"」

 

「「???」」

 

開けていた窓の外から声が聞こえた。それは紛れもなく音羽を呼んでいて、且つその声に姉弟は聞き覚えしか無かった。

 

 

「徹!?」

 

音羽は窓へ近づき2階から外を見下ろす。

するとそこにはトレーニングウェア姿の及川が居たのだった。

 

そしてついて行くように飛雄もひょっこりと覗き込む。

 

「え?及川さん…」

「ちょっ!飛雄!なんで音ちゃんの部屋にいんのさ!」

 

「なんでって……なんで?」

「ほっといていいからね飛雄。」

 

いや、姉弟だし家族だし。…なんでその説明さえすることが面倒だ。

 

「なんでこの時間にここに居るの?」

「ランニング!今日さ、あの後みんなでラーメン食べてそのままバレーしてさ?そのまま何となくランニングしてるの。」

 

「さすが……及川さん。」

「飛雄ちゃんはシッシッ!!顔も見たくないもーん!」

 

"べーーー!"と舌を出して小馬鹿にする及川、対し飛雄はそれにはノーダメージ。

 

そんな戯れの後、及川は姿勢を質し咳払いすると言葉をなげかけた。

 

「ね、音ちゃん!」

「何?」

「ちょっとランニング付き合ってくれない?もしくはウォーキングでも!もちろん音ちゃんのパパとママがいいって言ってくれたらだけどね?」

 

及川からの誘いに音羽は目を輝かせる。

 

「私も少し体動かしたくて!聞いてくるね!」

「うん!俺も後で挨拶するね!」

 

バタバタと部屋から出ていく音が微かに聞こえた。

そして残されたのは勝者と敗者、先輩と後輩。

 

及川は飛雄に向けて意地悪そうに笑みを向けた。

 

「ごめんね〜飛雄ちゃーん!お前は誘ってやんない!ムカつくから!」

「あ、俺のことは気にしないでください。大丈夫ッス。」

「ぐぅぅぅぅう!その天然の返しムカつく!!」

 

何を言ってもド天然な後輩に最早怒りというより呆れを感じる。

 

するとその直後、飛雄は真剣な眼差しを向けた。

 

「あの…及川さん。」

「ん?」

「今日はありがとうございました。」

 

真っ直ぐな言葉。一切濁りのない敬意。

 

 

「…絶対、白鳥沢に勝ちます。」

「…………」

「なので!応援よろしくお願いします!」

 

深々と頭を下げる。

そんな後輩の姿に及川は胸が熱くなった。

 

生粋の天才。

才能に満ち溢れた後輩。

かつて 彼に嫉妬し、真っ直ぐなその瞳に苛立ち 手を挙げそうになったことを思い出す。

 

"孤独の王様が仲間とともに前に進む"

 

彼の成長に心の底から喜んでいた。

 

 

 

「フン!やーーだねっ!!バーカバーカ!」

「…………」

「いつかボッコボコにひねり潰してあげるから覚悟しといてよね!!」

「はい!よろしくお願いします!」

「少しは言い返しなよ!」

 

どこまでも真面目で天然な後輩に笑いがこぼれる。なんて可愛い後輩だ――改めて及川は飛雄の存在が大きいものだと理解したのだった。

 

 

 

 

「――お待たせ!了承得たから私も行くね!着替えてすぐ降りるから!」

 

そして音羽が再び窓から顔を出す。

準備するね!と慌ただしく部屋の中を歩き回る。

 

「姉ちゃん 夜道気をつけろよ?無理すんなよ?」

「大丈夫大丈夫。徹もいるし、大丈…」

 

音羽の部屋から漏れる音。及川は敏感に反応を見せると声を荒あげた。

 

「ちょっと!まさか!飛雄いるのに着替えてる!?弟の目の前で!」

「あ、はい。姉ちゃんなら今トレーニング用の服に着替え…」

「ストーーップ!いくらキョウダイだからって!ていうか実況しないでよね!」

 

まさに天然姉弟。

 

「姉ちゃん。義足用意しとくから。玄関でいい?」

「気が利くね飛雄!……あ!そこに投げてるショートパンツ取ってくれ…」

「こンの!天然姉弟〜〜〜ッ!!!!」

 

 

 

 

 

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「音ちゃんのお母さん、お父さん…あと飛雄ちゃん!行ってきます。」

「行ってくるね!」

 

自宅前で見送る家族たち。

及川となら――と快く承諾してくれた両親に感謝だった。

 

 

「及川くん、頼んだよ。」

「何かあればいつでも連絡ちょうだいね?」

「姉ちゃん!帰ったら才華の試合見直すぞ。」

 

それぞれの台詞に反応すると いよいよふたりはランニングに向けて呼吸を整え始める。

 

「…よーし。とりあえず15分。2キロ目標でいこうよ。」

「オーケー!音ちゃんに合わせるから何かあったら直ぐに行ってね。」

「うん。ありがとう。」

「明日もあるから無理は本当にしないで。クールダウンのひとつくらいに思って気楽に走ろうね。」

 

2人は腕時計のタイマーをセットし確認し合う。

 

「徹、ルートはどうする?」

「ん〜……とりあえず いつもの公園目指そうか?」

「了解。」

 

そして2人は同時に息を吐く。

肩を並べ 目的地方面のルートへと視線を向けた。

 

「じゃ、行こっか。」

「うん。」

 

踏み出す足。コンクリートを蹴る音。

 

「…っ…」

 

いつも、どんなときも

隣には君がいた。

 

 

 

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「すごい。本当に義足で走ってる感じしないね。視野も狭いなんて嘘みたい。」

 

目標ペースで走り切り 公園にたどり着いたふたり。ベンチに腰かけると涼しい夜風に汗を乾かす。

 

「……ッ……そう?」

「うん。ペースも乱れないし。……ほら、これ飲んで。深呼吸深呼吸。」

「…ふー……ありがとう徹。」

 

差し出されたスポーツドリンク。喉に冷たい感覚と潤される気持ちよさに大きく息を吐く。

 

そんな彼女の横顔を見つめた後、及川は夜空に視線をうつした。

 

星が降ってきそうな程に綺麗な、圧巻の夜空だった。遠くにはまん丸の月。音羽も及川につられるように空を見上げると穏やかに微笑む。

 

「月、綺麗だね?」

「音ちゃんの方が綺麗だよ?」

「はいはい。ソウデスネ。」

「もー!たまにはノッてよね?」

 

ギザな台詞。どんなときも自分に笑顔をくれる及川には敵わない。

 

「…なんか変な感じ」

「何が?」

「音ちゃんとこうやって夜にランニングしてさ、いつも通り変わらない感じ?」

「何それ。いつもと変わらない感じなのに"変な感じ"なの?」

 

"訳分かんなーい"なんて及川の肩を突く。

しかし及川の神妙な面持ちは変わらず、夜空をじっと見上げたまま真剣に言葉を続けた。

 

「昔からこうやって走ったりしてたからさ。余計に変な感じなんだよ。」

「…んー?」

 

彼の綺麗な顔がこちらへと向けられる。

月明かりに照らされた彼の顔はいつもよりうつくしく映えていた。

 

「俺も音ちゃんも気づいたら高校3年生 18歳。あと2年もすれば成人。」

「早いね。あっという間だ。」

「そう。だから"変な感じ"なんだ。」

 

及川は音羽が手にしていたスポーツドリンクをそっと受け取ると自分も口に含む。

いつものやり取り、いつもの距離感、いつもペットボトルを回し飲みしているような関係性。

 

「…こういうことが明日も明後日も、来月も再来月も、来年も再来年も続いてきたのに。」

「……」

「きっと、もうそれが無くなっちゃうんだ。」

「……」

「こうやって2人っきりで……音ちゃんを独り占めして走ることなんてできなくなるんだろうなって。」

 

及川が言っていることを何となく理解した音羽。この当たり前がずっと続くことはありえない。分かっていたことだが奇妙で不思議だった。

 

「俺、実は最初音ちゃんのこと嫌いでさ。」

「え?そうだったの?ショック。」

「さっ、最初はだからね!!最初!!今は違うから!」

 

ブンブンと手を大きくふるい大袈裟に振る舞う。そして手元のスポーツドリンクに視線を落とすと懐かしむように語り始めた。

 

「女の子なのに強いし、生意気で真正面から何でも言ってくる感じ?天然も混ざってて……ほら!飛雄とかそうでしょ!」

「うーん。分からないなあ」

「そういうとこ!」

 

頭がいいくせに変に天然。

決して曲げない強い心の持ち主。

だが相手を誰よりも想う優しい女の子。

 

「めちゃくちゃズバズバ言ってくるけど的確だし、飛雄とは違って優しい物言いでさ。"あ、この子口うるさくてプレーはおざなりタイプだろうな"って思ってたんだけど――」

 

及川の脳内に幼い頃の音羽が蘇る。

 

「バレーボールがとにかく上手で、生粋の天才だった。」

 

バレーボールを手に 高く高く飛ぶ彼女の背中。

 

「だから最初は余計腹立たしくて。美人で可愛くて、勉強なんてする時間もないのに頭は良いし、嫌味言われても笑ってプレーで返すし。」

「へへへ。ありがとう。」

「っっ!なんかそういう顔もさ!ムカつくけど可愛いし!」

 

ツンっ!と額を指で突かれると音羽はムッと口をとがらせた。可愛いくせにバレーは恐ろしい程に人格が変わる。

 

「クソみたいな天才に俺は嫉妬したよ。だから嫌いだった。」

 

スポーツドリンクを音羽へと手渡し 夜空を見上げるとまぶたを閉じた。

 

「でも、俺勘違いしててさ。音ちゃんのこと。」

「勘違い?」

「うん。"生粋の天才"……実はそうじゃなかったってこと。」

 

音羽はじっと彼の横顔を見据える。

 

「とんでもない努力家で、実は泣き虫で、弱いところがあったところ。」

「……」

「中一の初めての春合宿の時。晩御飯食べたあと、音ちゃんが一人で体育館の裏で練習しててさ。」

「すごい。よく覚えてるね?」

「覚えてるよ。その時のことは鮮明に。」

 

まぶたを閉じたままの及川。

脳内に何度も再生される彼女との思い出の数々。

 

「他のみんなはその日の練習が終わってリラックスしてるのに 音ちゃんはずっと練習してた。」

 

そして目を開けると 再び視線は音羽へと向けられる。

 

「"泣きながら"ね?」

「……あっ」

 

 

 

 

 

 

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時は遡り――

 

影山音羽

及川徹

 

北川第一中学 一年

 

――まだ2人が出会って間もない時のこと

 

 

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「……影山さーん。」

「っ!」

 

薄暗い体育館裏スペース。

壁に向かってボールを打ち続ける音羽に声をかけた及川。

 

「あ、ごめんね。ひとりで練習してるのに驚かせちゃって。」

「……えっと、及川くん。」

「どーも。」

 

音羽は小さく会釈をすると壁打ちをやめ、バレーボールを抱きしめるように体を丸めた。

 

「壁打ちの音が聞こえたから何してんのかなーって。」

「…………」

「お風呂は?女子のみんなそろそろ用意し始めてるけど?」

「あ……もうそんな時間……」

 

"うわっ!"と驚いた様子で目を見開く。

わざとなのかは分からない、だが及川はこの時彼女の行動にほんの少しイラッとしていた。

 

「へえ。時間も忘れて個人練習。さすが天才は違うね?」

「えっ……と」

「顔、泣いたあとって分かるから時間置いてから出てきた方がいいと思うよ。」

「ッ…」

 

夕方の練習の時に音羽は上手くプレーが出来なかった。きっとそれを悔しがってずっと泣きながら練習していたらしい。それが及川に見られたと微かに恥ずかしそうに顔を手で覆う。

 

 

「……じゃ、さよな――」

「あの!及川くんのトス!コツとか……教えてくれない?」

「え?」

 

及川が引き下がろうと踵を返したその時、音羽は彼の腕を掴み引き止めたのだ。

 

「膝の使い方とか、ボールの落下地点の中心にいつも素早く入る感じとか!あと!トスする時に無駄な回転いつもかかってなくて!…その、手首の使い方とか指とか!……男の子だから手の大きさが違うのは仕方ないけど、それでねっ!!」

「あ゛ぁあーー!早口でいっぱい言わないでくれる!?」

 

機械音のように早口でベラベラと話す音羽に耳を塞ぐ及川。しかし掴まれた腕は離されることなく彼女は本気だということが分かった。

 

「別に俺に聞かなくたって影山さんはいつも何でもこなしてるでしょ?全部できてるよ?」

「そんなことないです!」

「はあ!?意味わかんないんだけど!」

 

意味がわからない!と及川は大きく腕を振り払う。まだ力の差が大きかったこの時、音羽はそれ以上彼につかみかかることなど出来なかった。

 

「そもそも君はさ?小学生の時から大注目されてるスターの卵でしょ?月刊バリボーにも載ってるし。天才で凡人の気持ちも分からないと思うけど!生まれた時からその才能に恵まれてるんだし!」

「ッ……」

「いい人ぶらなくていいからさ?別に泣いてたことは誰にも言わないし。」

 

"じゃあ 今度こそさよなら――"と背を向けたその時。

 

 

 

「てっ、天才なんかじゃない!」

 

音羽は持っていたボールを落すと今度は両手で及川の腕につかみかかった。

 

「そこ言い返す!?ていうか離してくれる!?お風呂行きたいんだけど!」

 

何度振り払っても彼女は引き下がらなかった。

というよりとんでもない力。この細い体のどこにこんな力が…

 

「ッ……ぐすっ……」

「え?泣いちゃう?」

「違うもん!天才じゃないもん!」

「わっ分かったから!落ち着いて……」

「うわぁぁぁぁぁぁあん!」

「ごめんって!」

 

心のダムが溢れたのか、コップの水が一気に溢れ出したような、そんな荒ぶれ方で泣きじゃくる音羽。

まさかここまで泣かれるとは予想外だった及川は戸惑うばかりで必死に背中を摩ることしかできない。

 

「ねっ、ねえ!とにかく泣きやみなよ!?」

「うぅぅっ!違うもんッ…私だって…できないことあるもん!!」

「かっ、影山さん!とりあえず落ち着こ…」

 

刹那、今度はそんなふたりの元にまたまた少年が現れる。

 

 

 

「!?…おい!

先生ーー!及川が影山さん泣かしてます!」

 

同じ学年の岩泉だった。

パッと見 及川が音羽を虐めて泣かせているかのような光景だ。

 

「岩ちゃん!?違う!!違うから!!」

「うわぁぁぁぁぁぁん!!!」

「ごめんってば!!!!」

 

「おいクソ川!女子泣かすなよ!」

「だから違うって!誤解だよ!」

 

 

 

 

 

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あの時は"天才"と言われるのがコンプレックスだった音羽。まるで努力を見られていないかのような周りの言動に悩まされていた時期があったのだ。

 

それを最初に 形はアレだが打ち明けられたのは及川だった。

 

 

「…ああー……思い出した…かも。」

「はははっ!!あの時の音ちゃん、今より飛雄にそっくりだったよね!早口で畳み掛けてきて超負けず嫌いで! おしとやか装ってたけど顔には若干出てたし!」

「ちょっと!バカにしないでよね!」

 

言われたい放題は気に食わない。

音羽もお返しと言わんばかりに及川に食いかかる。

 

 

「あの時から一君は優しかったんだよね〜。徹みたいに女の子にチャラチャラしてなかったし?私がいつも男の子に絡まれてたら守ってくれてたし。」

「岩ちゃんの話は今いいから!ていうかあの時 岩ちゃんめちゃくちゃ誤解してたし!大変だったんだからね!」

「でも意地悪言ってきたのは徹でしょ?」

「あの時は若かったんだよ。中一男子なんてそんなもんだよ?」

「でも!夏合宿の時だって――」

 

終わらない懐かしい話の数々。

昔と変わらないこの関係性が心地よくてたまらない。

 

中学で出会い、気づいたらお互い尊敬し合える大切な友人に。高校は違えどこうやってふたりで高め合うこともあった。大会で会う時、いつも女の子に囲まれている及川を見るとなんだか面白くて堪らなくて、遠くから眺めては目が合うと手を振ってくれたり。休みが合えば一緒にラーメンも食べに行ったっけ。確か一くんも、松川くんも、花巻くんも一緒に。

 

あの事故の後、何度も何度もお見舞いに来てくれた。可愛いお花を抱えて"音ちゃんの王子様だから"なんて。

足が痛くて苦しい時、徹は他の人と違って過剰に反応はしなかった。それはひとえに私の性格をなんだかんだわかってるんだろう。

 

その優しさに救われてきた。

今も隣にいて笑ってる。

 

 

"あー…確かに、変な感じがする"

 

この当たり前の日常が無くなっていく――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"音羽"」

 

及川の目付きが突如変化する。

 

「ん?なに――」

 

その瞳の色をじっと見つめる間もなく、気づけば彼の腕の中にすっぽりと引き寄せられていた。

 

「んぷっ!」

「……ありがとう。音羽。」

 

制汗剤と及川特有の甘い匂い。

少し汗が混ざっている匂い。

 

ドクドクと聴こえる彼の心音がやたらリアルに鼓膜に飛び込んだ。

 

 

「ちょっ!汗臭いから私!!」

「…………」

「徹…ねえ、聞いてる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"大好きだよ"」

「ッ!」

 

 

 

耳元に 彼の声が滲む。

 

 

「ずっと。……ずっとね。」

 

大きな手が、暖かい手の温度が服の布地を通じて体に染みていく。

 

「音ちゃんが俺の光になってくれた。だから俺は今もこうして飛べてる。音ちゃんの存在がどんなときも照らしてくれた。」

 

優しくて甘い声。

いつもこの声が隣にいた。

 

「俺も音ちゃんのために頑張る。」

「…うん。」

「たとえ、一寸先に絶望があろうとも…きっと二寸先には輝く未来が待ってる。」

 

 

ゆっくりと引き離す体と体。

彼は満面の笑みを向け 音羽に再度感謝を述べた。

 

 

「"音羽"…本当にありがとう。」

 

 

 

 

 

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光あれ

君の今日の輝きが

迷える友の明日を照らすよ

 

未来への祈りを合図に

火蓋切る

無限大の夢

十字架のように背負い

楽園を目指す

戦士達に光あれ

 

 

――"ヒカリアレ"

BURNOUT SYNDROMES

 

 

 

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