影山姉弟   作:鈴夢

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才を信じ 華を咲かせ

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2012年10月26日――

――仙台市体育館

 

"全日本バレーボール 高等学校選手権"

宮城県代表決定戦 最終日

 

 

―決勝戦当日―

 

 

 

┈┈┈┈

 

 

 

センターコートに今までにないほどの歓声が湧く。

それもそのはず――

 

 

飛べないカラスと言われていた烏野高校が

あの白鳥沢学園高校に勝利したのだ。

 

 

 

「……」

 

音羽は観客席の一番端でその光景を静かにみていた。

敗者と勝者。敗北した者はその場で立ちつくし、白鳥沢の応援団も呆気にとられていた。

 

烏野高校―――澤村、菅原、東峰は涙を流してコート上で抱き合い喜びを噛み締める。コートの外では友人の清水も同じく涙を流していた。

この会場にいる誰もが予想だにしなかった結果――

 

 

「……」

 

音羽は最愛の弟に視線を向けた。

飛雄も同じく何かを察したのか音羽をすぐに見つけると体ごとこちらに向き直す。

 

「ッ!!」

 

飛雄はグッと力強く拳を握るとその拳を音羽へと向けた。すると音羽もつられるように笑みを向けると拳を突き出す。

 

"…さあ、次は自分だ"

 

 

数時間後、この会場で流している涙はどんな涙だろうか。

 

 

 

 

『――この後14時から 女子優勝決定戦が始まります。会場内…――』

 

会場内に流れるアナウンス。

その声に音羽はハッと目を開くと深呼吸したのだった。

 

 

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音羽の足は烏野のメンバーの元へ。

体育館の出入口には試合を終えた選手たちが集まっていた。

 

 

「みんな!!」

 

興奮した音羽の表情。

喜びを精一杯噛み締めているその顔を見た友人たちは再び涙を流す。

 

 

「音羽…」

「音羽ちゃん!」

「うっ…音羽…ちゃ…」

 

澤村、菅原、東峰

同級生でもある彼らの涙腺は未だ脆く 音羽ももらい泣きしてしまいそうだった。

 

「大地!旭くん!孝支くん!お疲れ様!」

 

しかしここで泣く訳にはいかない。

今は彼らを笑顔で讃えようと決めていた。

 

「ッ……音羽……」

 

そして清水の姿も。涙をハンカチで拭いながら音羽へと近づき互いに抱きしめ合う。

 

「潔子ちゃんもお疲れ様。本当に…本当に!」

「音羽……ッ…ありがとうっ」

 

ここまでの清水の頑張りを同性だからこそ理解していたこともある。今は谷地もいるが今までひとりで烏野のマネージャーとして支えてきた。飛べないカラスと言われ 悔し涙を流す澤村達を前に何度も何度も苦しい思いをしてきた。

 

清水の支えがあったからこそ、この勝利を掴めたのだ。

 

 

 

 

「お゛……お゛どばざん゛ッ」

「がじまじた……ッ……」

 

「2人とも顔がぐちゃぐちゃ……」

 

遅れて現れたのは田中と西谷。その背後では同じ2年生が呆れ顔で笑っている。

 

そして今度は1年生に視線を移す。

 

「山口くんと月島くんも!お疲れ様!」

 

「はっはい!ありがとうございます!」

「…どうも」

 

若干涙目の山口にいつもと変わらない月島の姿。音羽は月島の側へと向かうと得意げに笑みをこぼす。

 

 

「ねえ 月島くん」

「……なんですか。」

 

月島は音羽に何を言われるのか分かっていた。だからこそ恥ずかしくてたまらなくなり ふと視線を逸らす。

 

「″バレー、楽しいでしょ?″」

「……!」

 

月島は手に持っていたドリンクを口に運びタオルで顔を拭う仕草を見せる。″先程の試合の瞬間″を思い出すと楽しくて仕方ない。無意識に口角が上がってしまいそうになる。だからこそ月島は顔を隠す。

 

「ッ……まあ、……ハイ。」

 

あの牛島のアタックを完全にブロックした月島。

その時の、あの瞬間の、込み上げる感情を。

身体中の血液がとんでもない熱気をふつふつと沸かせ、脳天に達するようなあの時の熱い気持ち。

 

″――その瞬間があるかないかだ″

 

木兎の台詞が蘇る。

 

ネットの前で思わず拳を握り 雄叫びをあげた瞬間の例えようのない高揚感を月島は一生忘れないだろう。

 

 

 

「影山のねーちゃーーーーん!」

「日向くん!お疲れ様!」

 

太陽のような眩しい笑顔とはつらつとした笑顔で走り向かってきたのは日向。両手をこちらに向け″ぱんっ!!″とハイタッチする音羽と日向。

″小さな巨人″――その姿を音羽はしっかりと目撃した。小さな体で大きな牛島に立ち向かう姿。この数ヶ月で日向は大きく成長していたのだった。

 

「日向くん凄かったよ!」

「へへっ!あざッス!!!」

 

「おい日向!音羽さんの手に触れたな!」

「ずりーぞ!!」

 

間髪入れず田中と西谷が日向に襲いかかる。

賑やかなこの光景に音羽は思わず声を上げて笑っていた。

 

そんな空気の中、1人だけ冷静に音羽を見つめる青年がひとり――

 

 

 

 

 

「″姉ちゃん″」

 

 

落ち着きを放つ声。それは弟。

2人は向かい合うと互いに視線を合わせる。

 

 

「飛雄、お疲れ様。」

「っす。」

 

そして弟は笑う。静かな笑いだった。口角を僅かに上げ こちらを試すような笑み。

 

 

「絶対負けるなよ。」

「うん。負けないよ。」

「姉ちゃんは強い。俺の何倍も!何百倍も何千倍も努力してきた!!」

「……うんっ!」

 

差し出されたのは弟の右手。

大きくてたくましいその手を音羽の右手が掴む。

 

「一緒に 春高行くぞ!」

 

 

希望に満ち溢れた瞳と瞳。

姉弟は強く手を握りしめ合い互いを強く見つめあった。

 

 

「もちろん。お姉ちゃん頑張るよ。」

 

音羽は一瞬だけ視線を伏せて、拳をきゅっと握る。

これまでの努力、悔しさ、重圧が胸をよぎる。

それでも顔を上げた時、その目は強く澄んでいた。

 

「…頑張る……」

 

小さく笑って、一歩前に出る。

 

「一緒に、同じ景色を見る。」

 

ふたりはゆっくりと視線を重ねた。

そこには言葉よりも確かなものが宿っていた。

 

飛雄の瞳には、勝利の熱と次の戦いへの渇望が燃えている。音羽の瞳には、揺るがぬ覚悟と、飛雄と並び立つ未来が映っていた。

 

ほんの一瞬。

それだけで十分だった。

 

互いの中にある決意が静かに、しかし確かに重なり合う。もう迷いはない。

次は姉の音羽の番であり、ふたりで春高へ行くための もう一つの戦いが始まるのだと。

 

体育館のざわめきの中で二人だけの時間が流れた。

 

言葉はなくとも、心は同じ方向を向いていた。

同じ夢を、同じ高さで見据えながら。

 

 

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試合開始まで、あとわずか。

体育館の入口付近の少しだけ人の流れから外れた場所で、音羽はひとり立っていた。

 

胸に手を当て、ゆっくりと息を吸い込み、吐く。

冷たい空気が肺に満ち、心臓の音がはっきりと聞こえる。

歓声や足音、ボールの弾む音が遠くに霞んでいく。

 

「((大丈夫……私は、やれる))」

 

そう言い聞かせるようにもう一度深呼吸をした、その時だった。

 

「――″音羽″」

 

低く落ち着いた声が背後からかかる。

振り向くと、そこに立っていたのは牛島だった。

 

凛々しい顔立ち、引き締まった体。

さっきまで烏野高校と死闘を繰り広げていた強豪校のエース――

 

敗戦直後だというのに、その表情には悔しさは見えず、どこか清々しさが残っていた。

 

「若利くん!」

 

音羽が名を呼ぶと彼は小さく笑った。

 

「試合、お疲れ様。」

「ああ。ありがとう。」

 

いつもと同じ空気。真っ直ぐと曇りの無い牛島の瞳には毎回ドキッとさせられる。

 

「……影山飛雄。強くなったな。」

「……」

「正直、負けるとは思ってなかった。でも……強かった」

 

その言葉に、音羽の胸が少しだけ温かくなる。

 

「だから――」

 

牛島は真っ直ぐ音羽を見て続けた。

 

「その姉がここで止まるわけにいかないな。」

 

音羽の呼吸が、ほんの少し整う。

 

「俺たちは負けた。だが音羽が勝てば……今日の試合はちゃんと″次″につながる」

 

敗者の立場から語られるその言葉は、軽い励ましではなかった。

勝負の重さを知る者だけが持つ、静かな誠実さだった。

 

音羽は拳を握りしめ、ゆっくりとうなずく。

 

「ありがとう。」

 

牛島は満足そうに目を細める。

 

「その顔だ。コートで会うわけではないが……全力で叩き込んでこい。」

 

力強い音羽の眼差しに射抜かれた瞬間、牛島の胸にあった不安は静かに溶けていった。

 

 

「……若利くん、手貸して」

「?構わないが」

 

音羽は小さく息を整えると、牛島の真ん前に立った。

そう言って差し出した手は、わずかに震えていた。

 

牛島は迷いなくその手を握り返す。強く、けれど優しく。

その瞬間、掌から伝わる温もりと確かな力が音羽の胸の奥まで流れ込んでくるようだった。

 

「んーーー!!!!」

「?????」

「若利くんのパワー貰ったから勝てるね!」

「俺の手に何かあるのか?」

「パワーだよ!パワー!」

「……?」

「あー…とにかく!深く考えなくていいからそういうことで!」

 

そして離れる2人の手。

すっかりと緊張が解れた様子の音羽はニッコリと笑みを返した。

対して牛島も口元に笑みを宿す。

 

「背中いいか?」

「ん?別にいいけど…」

 

彼の真っ直ぐな声と共に大きな手が音羽の背中に当たる。

 

パンッ、と乾いた音が響くほど、力強く。

驚きと一緒に、身体の奥に熱が走った。

 

「飛べ、音羽。」

「ッ……」

「″ 才を信じ、華を咲かせ″」

 

才華の女子排球部のスローガン。

会場に掲げられた横断幕に記された言葉。

 

まさにそれは音羽そのものだと牛島は想っていた。

 

不思議と胸にすっと染み込む。

音羽は一瞬目を見開いてから、ゆっくりと息を吐き、牛島を見上げた。

 

 

牛島は少し照れたように視線を逸らし、短く続ける。

 

「頑張れ。音羽のプレー、楽しみにしてる。」

 

その一言で、少女の中の迷いが音を立ててほどけていった。

 

「それはきっと″俺だけじゃない″」

 

背中に残る手の温もりが、まるで″行け″と背中を押してくれているみたいで。

 

音羽は小さく頷き、コートへ向かって一歩踏み出す。

その足取りは、さっきまでとは比べものにならないほど、強く、まっすぐだった。

 

 

 

 

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「「よろしくお願いします!!」」

 

 

 

張りつめているのに、熱を帯びていて、息を吸うだけで胸の奥がざわつく。

春高予選、女子決勝。

ここまで勝ち上がってきた2校だけが立つ場所だと、空間そのものが語っていた。

 

 

「音羽」

 

仲間たちが音羽を見つめる。

 

 

「絶対勝つよ。」

 

ここまで一緒に乗り越えてきた仲間。

皆が主将を信じ ここまでやってきた。

 

 

「先輩!」

「音羽先輩!」

 

ベンチから控えの後輩たちが音羽を鼓舞する。

そして ここまで導いてくれた監督やコーチも。

 

「お前は飛べる。」

「……監督」

「いいな。お前一人じゃない。みんながコートに居る、仲間がいる!」

 

 

観客席はすでに埋まり 応援の横断幕が壁一面を彩る。

布がわずかに揺れるたび、そこに込められた想いが波のように伝わってくる。

 

 

声にならない覚悟が、無数に重なり合って漂っていた。

 

「((ここまで来た。……やっと……!))」

 

コートに反射するライトは眩しく、床に刻まれた無数のスパイク痕がこれまでの戦いの激しさを物語る。

 

ボールを打つ乾いた音、シューズが床を擦る音、それらが混じり合って、鼓動のように会場を満たしていく。

 

『″選手入場――″』

 

女性のアナウンスとともに選手たちが入場。

一気に空気が跳ね上がった。

 

歓声、拍手、太鼓の音。

すべてが渦を巻いて天井へと吸い込まれていく。

 

けれど不思議と、コートの中央だけは静かだった。

嵐の目のように、凪いだ緊張がそこにある。

互いを見据える少女たちの瞳には、恐れも迷いもなく、ただ″勝ちたい″という純粋な光だけが宿っていた。

 

今から始まるのは、ただの試合じゃない。

努力と悔しさと夢をすべて背負った、最後の一戦。

 

会場全体がその瞬間を待っていた。

 

 

 

「ファイトーーーー!!影山のねーちゃーーん!!」

 

観客席の一角が、ふっと熱を帯びた。聞き覚えのある声に音羽はふと視線を向けるとそこには飛雄の仲間たちの姿があった。

 

ユニフォーム姿のまま駆けつけた彼らが身を乗り出すようにして立ち上がる。

 

「頑張ってくださぁぁぁぁぁい!!!影山のねーちゃん!!」

「ボケェ!日向ボケェ!声デカイんだよ!集中できねーだろ!」

「ねえ、君ら本当に追い出されるよ。静かにしなよ。」「ツッキーの言う通りだよ!ほら座って!!」

 

可愛い1年生たち。

見慣れた彼らの姿にクスッと笑みをこぼす。

 

――そしてその隣には

 

 

「……"(ガンバレ)"」

「大地……」

 

幼なじみの澤村。

命の恩人でもある大切な人。

口元の動きで何を言っているのか理解できるほどに彼との距離は近かった。

 

「"(アリガト)"」

 

音羽も口をパクパクと動かし言葉を伝える。刹那、澤村は頬を緩ませると満面の笑みをこぼした。

 

 

 

「大地〜 にやけてんべー?」

「ッ……」

 

ずいずいと肘を当てる菅原

 

「相変わらず美人だよなー音羽ちゃん」

「((旭は呑気))…」

 

へへっと呑気に笑い音羽に視線を落とす東峰

 

 

「おっとはさーーーん!」

「才華のみっなさーーーーん!!」

 

「「がんばーーーーー!!!」」

 

誰よりもはつらつとした明るい声。

西谷と田中は誰よりも大きな声で観客席から声を轟かせる。

 

「2人ともうるさい。」

 

「「潔子さぁーーーん!!」」

 

あまりにも声が大きすぎるとマネージャーである清水が容赦なく彼らに注意をする。そして呆れ顔の反面、再び座席に座り直すと同じくマネージャーの谷地と共に祈るように手を合わせる。

 

 

「音羽。頑張って……!」

「……頑張ってください……ッ」

 

 

その応援は、勝敗を左右するほどの力を持っていなくても、コートに立つ彼女たちの心を、確かに支えていた

 

 

┈┈┈┈┈┈

 

 

体育館の観客席。

人の波に紛れるように及川は身を寄せていた。ただコートだけを見つめている。

 

ネットの向こう側で戦友でも親友でもある音羽がボールを片手にアップをしていた。

 

レシーブに走り、声を張り上げ、ボールを追い続けるその姿に、及川の視線は釘づけになっていた。

 

——″頑張れ。音ちゃん″

 

声には出さず胸の奥で何度も繰り返す。

そのとき、不意に肩を小突かれる。

 

「……なんだ、お前。来てたのか」

 

驚いて振り向くとそこには見慣れた顔。岩泉が呆れたようなそれでいてどこか面白がるような目で立っていた。

 

「当たり前でしょ?音ちゃんの晴れ舞台なんだから。……ていうか岩ちゃん。白鳥沢と烏野の決勝見たら帰るって言ってたよね?」

「嘘に決まってんだろ。」

「はぁ!?なんで嘘つくのかな!?まさかまた俺を出し抜くため……」

「お前こそ表彰式がどーのこーので帰るとか言ってただろーが。」

「音ちゃんのことは別ですぅー」

 

岩泉は及川の隣の席に腰かける。そして視線をコートに向け音羽をじっと見据えた。

 

「……」

「……」

 

及川は何も言わない。ただ、もう一度、音羽の飛ぶ姿を見つめる。その背中が、以前よりずっと遠く感じられて、同時に誇らしくもあった。

 

「本当に……義足じゃないみたいだな。」

「ね。前よりも動きが滑らかになってる。飛んだ後の着地も、コートに滑り込んだ後の立ち上がりも早い」

 

歩くのもままらなかったあの頃。

かつて歩行練習を一緒に行っていた頃が懐かしい。

 

「勝てよ 音羽。」

「分かってないなあ岩ちゃんは。音ちゃんは勝つよ。」

 

及川は得意げに笑う。

まるでこの試合の最後が分かりきっているかのように。

 

 

 

 

 

「うっ」「げっ!」

 

そして刹那、またまた背後から聞き覚えのある声が耳に飛び込むと及川と岩泉は振り向く。

 

「まさかとは思ったけど…やっぱ来てたんだな」

「考えることは同じってことか。」

 

及川と岩泉は顔を見合わせ、次の瞬間思わず吹き出した。

 

「なんでまっつんとマッキーがいんの!?」

「お前ら今日はふたりでボーリング行くとか言ってただろ?」

 

遅れて現れたのは松川と花巻。ふたらは肩をすくめながら及川たちの後ろの空いた席に腰を下ろす。偶然を装うには、少しだけ間が悪くて、少しだけ出来すぎていた。

 

4人が揃う。

 

「ほんっとうに!抜け駆けは許さないからね3人とも」

「何言ってんだよ。告る勇気もねえ癖に。」

「うるさい岩ちゃん!」

 

「片思いって辛いよな。」

「ははっ!マジでそれな。」

「〜!まっつんもマッキーも今に見てなよ!」

 

顔を真っ赤にする及川を相手に3人はケラケラと笑っていた。

そしてその時、試合開始前のブザーが鳴り響くと4人の表情が変化する。

 

 

「がんばれよー……」

「……なんかドキドキするな。」

「なんか泣きそうなんだけど、俺。」

 

岩泉、松川、花巻

3人はじっとコートに視線を向けると緊張感を走らせた。

 

「((みんながついてるからね、音ちゃん。))」

 

及川も同じく視線をコートへ。

そして両手を強く握りしめる、

 

ひとりの少女のために。

ただそれだけで、4人はここにいた。

 

 

 

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同時刻――兵庫

 

 

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「サム。」

「ツム。」

 

ランニングの途中、ふたりの青年は足を止める。

古い神社の鳥居が 街の喧騒から少しだけ切り離された場所に立っていた。

 

言葉は交わさないまま、自然と手を合わせる。

願うのは、ただひとつ。

 

 

「((お姉ちゃんが勝つ お姉ちゃんが勝つ お姉ちゃんが勝つ))」

 

「((絶対負けん 絶対負けん 絶対負けん 絶対負けん 絶対負けん 絶対負けん))」

 

 

――絶対に″音羽お姉ちゃんが勝つ″

 

遠く離れた体育館で始まる試合。

床を蹴る音、息を詰める一瞬、

そのすべてを思い浮かべるように、ふたりは目を閉じた。

 

「((ここまで頑張ってきたんや!絶対……負けへん!))」

 

侑はさらに祈りを込めた。願掛けなんて無意味に等しい。だが自分ができることは何だってしてやりたいと思っていた。

 

 

「……ん?」

「あれ?侑と治?」

 

少し離れた場所で、ランニングを止める北と角名。先を走っていたはずなのに何故か2人は足を止め願掛けらしき行動をしていることに不思議そうに首を傾げた。

 

「角名、あいつらランニングサボってなんしとるん。」

「……多分″願掛け″です。」

「ほん。なんの?」

 

声をかけるでもなく、茶化すでもなく、ただ冷静に北は問いただした。

 

「″音羽お姉ちゃんが決勝勝ちますように″って。確か今日、東北の方で春高予選決勝だとか。」

「…………」

 

北はじっと見つめる。

 

本気で誰かの勝利を祈る背中は、不思議と静かで、少しだけ眩しかった。

 

 

「……角名、行くで。」

「え?北さん見逃すんです?」

「今日は許したる。」

 

2人は何事も無かったように走り出す。そして"あの北″が容易に見逃すなんて――角名は思わず笑みをこぼすと北に並んで走るスピードを早めていく。

 

 

「((お姉ちゃん勝ちますよーに……))」

 

角名も胸中で呟く。

どうか、あのふたりの願いが叶いますようにと。

 

 

 

 

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同時刻――東京

 

 

 

┈┈┈

 

 

 

 

 

外を歩くふたりの青年。

秋の始まりを告げる風が、街路樹の枝をかすかに揺らしていた。

 

「ねえ、クロ。」

「ん?」

 

遠く離れた地で、いままさに試合が始まる。

ふたりにとってかけがえのない彼女の舞台。

 

「――はじまるよ」

 

孤爪がスマホの画面を確かめるように言う。

黒尾は歩みを止めず 空を仰いだ。

 

「ああ。あいつなら勝つさ」

 

雲の切れ間から差し込む光が、やけに眩しかった。

同じ空の下で音羽もきっとこの瞬間を迎えている。

そう思うと、胸の奥が静かに熱を帯びる。

 

言葉はそれ以上いらなかった。

ふたりはただ空を見上げ、自然と笑みをこぼす。

 

遠くても、届かなくても。

信じる気持ちだけは、確かにここにあった。

 

 

┈┈┈┈┈

 

 

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梟谷学園高校 男子排球部の部室。

ベンチや床に自然と人が集まり、木葉がスマホを置くと配信を探しはじめる。

 

「もう配信は始まってるな。試合開始まで残り5分…」

「木葉!音、もうちょい上げて」

 

ざわつきはあるのに、どこか落ち着かない空気。

それぞれが、理由を言葉にしないまま集まっていた。

 

「ねーえ?木兎と赤葦は?」

 

マネージャーの白福が辺りを見回す。

そういえばあのふたりが居ない?なんてざわつき始めた。

 

┈┈

 

「……」

 

校内の学習室。

赤葦は静かに席に座り イヤホン片耳だけ外して画面を見つめていた。

 

誰にも気づかれない場所。

隠れて配信を見ようとしているさ中――

 

背後から、足音が遠慮なく近づく。

 

「――あかーーーし!!」

「!?木兎さん!」

 

主将の木兎がニヤついた声で肩越しに覗き込む。

赤葦は一瞬だけ肩を強張らせ、それから小さく息を吐いた。

 

「部室で見ないんですか?」

「それはこっちのセリフ!赤葦はコソコソひとりで見るんですかーーー?」

「…木兎さん。学習室なので声を抑えてください。」

「ッ……わりぃ!」

 

容赦なく隣の席に雑に腰掛ける木兎。

そしてあいていた片方のイヤホンを耳に差し込む。

 

「俺も呼べよなー?」

 

茶化すように言いながら木兎の視線は画面に向いている。

 

コートに立つ音羽の姿を、一瞬で見つけて。

 

「相変わらず、いい顔してんなー?」

 

その一言に、赤葦は何も返さない。

ただ、ほんのわずかに口元が緩んだ。

 

 

 

┈┈┈┈

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┈┈┈┈┈

 

 

「聖臣!はじまるよ!!」

 

校内の中庭。

ベンチには古森と佐久早が並んで腰かけていた。

 

 

「ほら!画面!映ってるよ!」

 

古森はスマホを取り出し、慣れた手つきで配信画面を開く。

 

だが――

佐久早は画面を見ようとしなかった。

 

視線はスマホではなく、遠くの空。

晴れ晴れとした真っ青な空を、ただぼんやりと眺めている。

 

「見ないの?」

 

からかうようでもなく、素直な疑問だった。

佐久早は少し考えてから、肩をすくめる。

 

「……勝つって分かってるし」

 

短く、静かな声。

それだけで十分だと言うように。

 

「それに」

 

一拍置いて、続ける。

 

「春高で直接見れるから。」

 

結果も、過程も、その全部を、本人の口から聞ける未来がある。だから今は、ここで見なくてもいい。

 

古森は一瞬きょとんとしてから、ふっと笑った。

 

「…へへ」

「なんだよその顔。」

 

そう言って佐久早はようやく目を伏せた。

どこか照れくさそうに。

 

スマホの向こうで、試合は始まる。

歓声も、緊張も、ここには届かない。

 

けれど確かに、

この中庭にも、静かな確信だけが流れていた。

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

 

――さあ。はじまる。

楽しいこの時間が――

 

 

 

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"才を信じ

華を咲かせ"

 

 

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体育館の空気が、目に見えないほど張りつめる。

ざわめきはあるのに、どこか不自然な静けさ。

誰もが息を潜め、その時を待っていた。

 

コートに照明が落ち、中央に集まる視線。

 

アナウンスの声がゆっくりと響く。

 

 

「"これより 全日本バレーボール 高等学校選手権大会 宮城県代表戦決定戦 女子優勝決定戦"」

 

さらに空気が張り詰める。

 

「"宮城県立 才華女子高等学校 対 新山女子高校の試合を開始します。"」

 

両者、瞳の色が変化する。

まるで獣のように、炯々と光らせる。

 

 

「才華女子高等学校のスターティングプレイヤーを紹介いたします。――9番…」

 

 

一人、また一人。

名が呼ばれるたびに、

拍手と歓声が波のように広がり、すぐに引いていく。

 

足音。

床を踏みしめる音。

ユニフォームが揺れる。

 

そして――

彼女の名前。

 

 

「"1番 影山音羽"」

 

 

 

一瞬、空気が止まった。

 

次の瞬間、歓声が弾けるように爆発する。

声、拍手、床を打つ音。すべてが彼女を包み込む。

 

音羽は監督、コーチ、マネージャーを順に握手を交わすとコート内へと走り向かう。

 

表情は静かで、視線はまっすぐ。

 

――ここまで来た。

――あとは、やるだけ。

 

ベンチに並ぶ仲間たち。

遠くの観客席。

さらに遠く、空の下で祈る人たち。

 

すべてを背に受けながら、音羽はコートに立った。

 

決勝戦が、いま始まる。

 

 

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