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"――叩くなら折れるまで"
それが俺の座右の銘。
今までどんな相手もへし折ってやった。
精神的にも追い込んで絶望するあの顔が何よりも興奮する。
まるで"俺には敵わない"と全てに失望し、コートに膝を着く選手たち。
俺はそれをネットを挟んで見下ろすのが大好きだ。
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だけど"音ちゃん"は違った。
叩いても叩いても叩いても折れることなくバネのように跳ね返ってくる。
"音ちゃんは…何度も何度も飛んでくる。"
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――2011.5
青葉城西高校 体育館――
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春の如き暖日。
清々しい程気持ちのいい青空が広がる午後。
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「…"徹"、もう諦めたら?」
「ッ…!」
コート上に舞い降りた女神。"影山音羽"。
俺と同じセッターポジション。
相手は女の子。だけど俺は彼女をライバルとして認めていた。
「((次こそ"へし折ってやる"…俺の前に跪いて、絶望したらいい!!))」
才華女子と青葉城西の男女混合試合。
監督同士が仲がいいということもあってタイミングが合う事にそれは行われた。
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「音羽。"及川ぶっ潰すぞ。"」
「当たり前。一くんに最高のトス上げるからよろしくね。」
フロントセンターに岩泉。
そしてフロントライトに音羽。
「なら俺は最高のブロック決めてやる。"及川なんてぶっ潰すぞ。"女神さん。」
「うん!松川くんがいれば怖いもの無し!」
音羽のチーム…ことBチーム。
「((Bチームは音ちゃんと岩ちゃんにまっつん。そして才華の1年が3人……音ちゃんと岩ちゃんは俺と同じく北一出身でお互いの事を分かってる。ま!俺には及ばないけど。……ていうか"ぶっ潰す"ってアイツら俺の扱いなんなの。))」
バランスは正直めちゃくちゃ。今回の一試合目のチームはくじ引きの完全ランダム。たまたま互いのセッターが綺麗に別れたのは奇跡に近い。
「((それに…何よりも敵側に音羽が居るなんて最高だ。
今日こそへし折って泣かす!!))」
くるりと身を翻し、チームメンバーへ笑みを向けた。
「ふふっ!みんな〜!リラックスリラックス!あいつら全員へし折ってやろうね〜♩」
フロントレフトに立つ及川。
それぞれのメンバーに順々に目を合わせ、大きく深呼吸するような素振りを見せた。
「マッキー!音ちゃんの顔面にスーパーアタック決めちゃって!」
「やるわけねえだろ。アホか。」
「梓せーんぱい!!主将同士スーパープレイ決めましょーね!」
「音羽に顔面アタック決めたらぶっ飛ばすからね?カワイイ後輩及川くん。」
「………ハイ。」
対してAチームには才華3年の主将"朝城 梓"先輩。ポジションはウィングスパイカー。身長も女の子にしては高い178cm。岩泉とほぼ同じ身長。だけど女の子だし、バネはそこまで高くない。
「後ろは任せたよ渡っち!音ちゃんの強烈サーブが飛んできても絶対に拾ってね!音ちゃんの精神へし折っちゃお!音ちゃん今日こそ泣かそう!」
「……((音羽先輩に集中しすぎでしょ…))」
リベロは1年の渡親治こと"渡っち"。
パワーもテクニックもまだまだだけど扱い方は誰よりも及川が理解してる。
…残りはうちの1年、そして才華のスタメン。
「……"みんな。信じてるよ。"」
「「……」」
今までおちゃらけていたキャラクターが突如として顔色を変えた。及川はスイッチが入ると妙な空気を纏う。覇気のような恐ろしいもの。シリアスな空気を纏った及川にチームメンバーは息をのむ。
「((俺がこのコートを制す。即席のチームだろうが関係ない。))」
このコートを全て俺のものにする。
音羽になんか譲らない。譲ってやらない。
┈┈┈┈
「…"アレ"って……才華のバレー部だよな?」
「また男女混合の練習試合かよ。おっそろしー。」
「女子相手に容赦ねぇな。怖い怖い。」
体育館に響くシューズが擦れる独特な音。隣コートで練習をしていたバスケ部のメンバーたちも思わず足を止めるほどの見事な練習試合が繰り広げられていた。
「―――梓先輩!」
及川の完璧なトス。
しかしそれに上手く反応できなかった才華の朝城。
「くっ!」
何とか相手コートに打ち返すもBチームの壁に阻まれ失点。
すぐに得点板に目を向けるAチームのメンバー達。まさかの点差に大きく目を見開いた。
「((音羽のチームのマッチポイント…しかも点差は8点ッ…!))」
集中しすぎて気づかなかったがまさかの点の差。及川のAチームはどちらかというと各能力値が高いメンバーが揃っていた。互いの高校の主将、経験は浅いがセンスのあるリベロに全国経験者。
「((ここまで音羽のミスはゼロ。サーブミス、後衛のネットタッチによるミス。セッターの采配全てにおいてミスがない!))」
Bチームはそれぞれの能力値はバラバラだ。
しかし間違いなく音羽のセッターの司令センスによって上手く均衡が保たれている。焦りも見えない。
「一くん!松川くん!ナイスブロック!」
「音羽わりぃ!思いっきりぶつかっちまった!」
「怪我はないか?」
「大丈夫大丈夫。」
チーム内の雰囲気、コミュニケーションも完璧。即席チームといえど男女混合。異性という壁があるがそれを感じさせないプレイ。
「なあ、音羽。」
「なに?一くん。」
「…最後は俺が決める。」
「……」
「俺によこしてくれ。」
ここで点を取ればBチームの勝利。
点差はあるといえど音羽は勝負をしかけに来るだろう。このゲームで終わらせるつもりだ。
「((状況的に考えても最後は岩ちゃんに繋ぐのは確実。対してこっちの守りは高身長鉄壁。……岩ちゃんのパワーで捩じ伏せて"どシャット"狙いか―――))」
及川は音羽の次の行動を即座に読み取る。
きっと最後は岩泉のスーパーアタックで終わらせるつもりだ。
「…読めてるよ、音ちゃんの事なら何でもね。」
12人がそれぞれのポジションで身構える。
サーブが飛び、それを返し、再びコートを行き来するボール。
「((ほーら!そのフォームはレフトに投げる!お見通しなんだよっ!音ちゃん!))」
女神は飛び立ち、両腕を大きく上げる。
それは間違いなく岩泉の居るレフト方面へ向けられるトスの動き―――
―――のはずだった。
「…なッ…!」
しかしそれは及川の予想を翻した。
音羽は即座に片手を下ろすと大きく仰け反る。
「((まさか……フェイクに見せ掛けてツーアタック!?))」
「及川くん!止めて!」
朝城の呼び掛けに反応した頃には時すでに遅し。止め損なったボールは及川の顔真横スレスレを掠る。そして床を殴るような大きな音が体育館に響くとセット終了のホイッスル音が轟いた。
「…勝負ありだね?徹。」
「…ッく…」
俺は思わずその場に膝を着いた。
音羽の完璧なトス回し、フェイクに速攻……気づいたら俺は右往左往動き回されスタミナを消耗しきっていた。
「徹、私の事ばっかり考えてたでしょ。」
「…っ……」
「私が次に何をするのか何をしでかすのか。それに気を取られて動き回ってスタミナ消費。…前衛には梓先輩、リベロには渡くん。全国経験のある先輩たちも居るのに皆を放っといてひとりで走り回ってさ。らしくないね。」
「………」
「フェイクしまくって右往左往する徹を見るのはなかなか楽しかったよ?」
敗因を口にしつつ、ネット越しに音ちゃんは俺を見下ろす。
いつもは丸くて柔らかい目をしてるのに……こういう時は人が変わったような鋭さを見せる。
不敵な笑み。嗤い。
背筋がゾッと凍りつくような恐怖。
そこに女神の姿なんて無かった。
悪魔か、死神か。大魔王様か。
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――A、Bチーム編成変更
2ゲーム目――
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及川の殺人サーブ。
完璧なフォーム、完璧なパワーバランス。
それは見事に炸裂し相手コートへと…
「〜〜〜〜ッ!!!イッターーー!!ちょっと徹!サーブミスで私の後頭部にぶち当てるの何回目!?」
フロントセンターに立つ音羽の後頭部に殺人サーブが命中。右手で後頭部を抑えながら"してやった"と言わんばかりの及川を睨みつけた。
「ゴメーン。チイサクテミエナカッタ。」
「は!?下手くそ!」
「なにぃ!?ヘタクソ!?」
「次ミスしたらAチームクビだから!」
「うっわ〜!さすが口悪星人!そりゃ弟も口悪いわけだわー。」
「今飛雄は関係ないでしょ!試合中!」
「べーー。」
「おいおいお前ら!今度は同チームだろーが!喧嘩すんな!」
いがみ合う2人の間に入る岩泉。
それを冷ややかな視線で見据えるチームメンバー、監督達。
「――ちょっと音ちゃん!今のはどう考えても速攻でしょ!何で打たなかったの!」
「低い、ネット近すぎ、タイミング悪…」
「こんにゃろーー!」
床に落ちるボール。
音羽の頬を指で掴み傍から見れば女子を虐める悪ガキだ。
「おい!お前らいい加減にしろよ!!音羽も言い方!及川!お前は手出すなよ!ウンコ野郎!」
「うるさい岩ちゃん!」
「いっ…痛い痛い痛い!!」
「ゴラァァァ!及川徹!」
「うちの女神に掴みかかるなんて100万年早いわ!」
相手コート側からは音羽の先輩たちの恐ろしい形相…
「ひぃぃぃぃぃぃイイ!!ごめんなさーーい!」
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24対23――
Aチームマッチポイント
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互いに一歩も譲らない一戦。
序盤の和やかな雰囲気は皆無。今のコート上にあるのは正に戦場。
「…"音ちゃん。俺にトス上げてよ。"」
「………」
「最高のやつ、お願いね?」
音羽は及川の横顔を見据え意地悪そうに口角を持ち上げた。
「"信じてるよ、徹。"」
「"信じてるよ、音羽。"」
「((…ったく。スイッチ入るまでがおせーけど…入ったら最強コンビのなんだよな。))」
岩泉は背後から2人の背中をじっと見つめると嬉しそうに頬を緩ませた。
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"絶対に…俺たちはそれぞれの全国の舞台で再会する。"
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――練習試合後 市内にて
"ラーメン 珍道中"――
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「やった〜!徹のラーメン奢り!」
「音羽、せっかくならギョウザも頼めば?」
「え?オプション追加OKなの?」
「なんでも有り有り。……すいませーん、この子にギョウザ追加…」
「ちょっと岩ちゃん!変なこと教えないでよ!」
青葉城西高校 男子バレー部常連の"珍道中"。
音羽を真ん中にカウンター席に座るのは及川と岩泉。
元北川第一中学出身の3人は久しぶりのこの時間を楽しんでいた。
「徹に勝利した後のラーメンは最高だなあ。」
「違うから!全日本ユースに選抜されたお祝いだからね!」
左隣から及川が音羽の顔を覗き込む。"でも勝ったもん"なんて音羽は呟き、彼の顔をグイグイと片手で押し込む。
「んならもっと可愛げのあるもの奢ってやれよ。ケーキとか。」
「ラーメンは音ちゃんのリクエストですう。岩ちゃんは分かってないねぇ、音ちゃんのこと。」
及川の挑発に青筋を額に浮かばせる岩泉。"俺は音羽の事ならなんでも知ってるから"とひけらかすような意地の悪い笑みに小さく舌打ちをみせた。
「でも…ケーキもいいな。」
「なら俺からはケーキな?今度オフの日に一緒に食べに行こーぜ?」
「やったー!一くんありがとう!」
「な!俺も混ぜろ!岩ちゃん!」
実にくだらない会話だ。
だが3人はこの時間が、この空間が大好きだった。
試合で疲れた体に味の濃いラーメンが染み渡る。3人で肩を寄せ合い"あんな話やこんな話"で大いに盛り上がった。気づけば高校2年生。異性同士でも、違う学校に通っていてもこの関係性は変わることは無い。
「…あ!そういえば飛雄ちゃん元気?北一で上手くやってる?」
「確かに。俺も気になってたんだよな。どーなの?」
「………んー…」
及川と岩泉の問いかけに箸を止める音羽。暫く考えるような素振りを見せるとどこか神妙そうに眉を顰める。
「…"技術は"相変わらず凄いよ?家で一緒に練習してる限りセッターとしてのセンスは抜群。身長も伸びてきたし。」
「"技術は"ってことは?」
「意味深だな。」
「……2人なら言わなくてもわかるでしょ?」
音羽の弟。影山飛雄。
彼の先輩でもある及川と岩泉は音羽の発言に引っ掛かりをおぼえた。
「コミュニケーションが下手というか……飛雄はそもそも天才気質だからさ。」
脳裏に浮かぶ弟の背中。
「正確すぎるトスに高い視察眼、能力の高さは折り紙つき。だけどクールで独善的だし……ほら、何となくわかるでしょ?」
「「……」」
「金田一くんに国見くん……あの2人がどこまで飛雄を理解して許せるか。…そして飛雄がいかにチームと向き合えるか……」
飛雄は天才だ。
それは一番そばにいる姉だからこそ余計に感じるものだ。
だがあのままでは何一つ成長はしない。例え技術が跳ね上がったとしても恐らく弟についていくチームメイトは減っていくばかりだろう。
「多分…あのままだと飛雄は強くなれない。バレーっていうスポーツはチームワークで繋ぐものだってことが理解できない限り……」
チームの輪から外れていく飛雄の姿。強さ故の、天才故の"孤独"。
姉の音羽は何よりもそれを心配していたのだった。
「…出来がいいのか悪いのか。そんな弟を持つのも大変だよなー。」
「音ちゃんとは性格が正反対だからね。口は悪いけど。」
「徹?今なんて言った?」
「なんでもないよ〜ん。」
―――どうか、弟の飛雄も…
徹や一くんのような良き友が、戦友ができますように。
無邪気に笑う3人の姿は何よりも輝いていた。
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月のいい夜だった。星が高く光っている。
真青に染まった夜空は美しさを増し、まるで少年少女たちを優しく包み込むような不思議な空気感を纏っていた。
星の散らばる空を見上げる3人。
大切な仲間と共に一歩一歩未来へ向けて歩み続ける。
「…徹、一くん。」
「なーに?音ちゃん。」
「ん?」
音羽は2人より2〜3歩先へ飛び出すとくるりと振り向く。突然の行動に立ち止まる及川と岩泉。そんな2人に音羽は手を伸ばした。
「絶対!お互い全国行こうね!!」
音羽は自信に満ちた若々しい表情をしていた。
興奮と熱意。男々しく逞しく。
同時にそれは仲間たちを奮い立たせる。
"やっぱりこの子は女神様だ"
――2人は同時に視線を合わせると笑みをこぼし音羽の手に自分たちの手を絡めあった。
「当たり前でしょ。ねー?岩ちゃん。」
「ああ。コートを制すのは俺たち青葉城西だ。」
目指す先は皆同じだ。
「頑張ろうね!!」
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『…ここで県内で発生した事故についてのニュースです―――』
『―――本日…午後16時頃――』
『宮城県民体育館の駐車場…』
『女子生徒……』
『…80代男性が運転する車両と…』
『衝突したとの……』
『尚、操作を誤ったのかアクセル全開―――』
『"意識不明の重体です"』
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――2011.7
宮城県内 総合病院――
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「"影山音羽さんの面会ですね?"」
病院特有の強い消毒液のにおい
面会者らしき人々の姿
院内は外来受付が終わり、忙しない看護師や医師の足音が響いていた。
病院には独特の暗さが漂う。人の思いや感情が人工的な薬品で消されたかのような…形容し難い無表情さ。
…そう思ってしまうのは……多分自分が"そういう立場におかれているからかもしれない"。
大切な親友が
大切な戦友が
―――大好きな…俺の音ちゃんが
生死をさまよっていた。
正確に言うと彼女は命を落とさず生きている。だがしかし…彼女自身は恐らく…"生と死の狭間に立たされている"。
命があるだけ良かった、確かにそれは間違いない。
だけど彼女のことを思うと…"失ったもの"を考えるだけで
「……ッ…」
"死にたくなる"だろう。
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「……音羽の病室は……1205……この先の角を曲がったところかな。」
月曜日。部の休みの日。
俺は音ちゃんが入院している病院に来ていた。
先週の火曜日から面会可能になったと聞いて、今日という今日を心待ちにしていた。
「((…緊張…するな。……))」
病室へ向かう途中、何度も何度も脳内でシミュレーションした。
部屋に入ってまず何を話そうか。
なんて声をかける?
いつものように冗談を挟みつつ陽気に演じるか。
「……」
手に持っていた見舞いの花束を優しく抱きしめる。黄色い薔薇とかすみ草。意味は"友情"だ。
花言葉まで考えて花束を持ってきたって言ったら、音羽はきっと"相変わらずナルシスト〜"なんて笑ってくれるかもしれない。
―――今はとにかく何だっていい。
音羽が少しでも…ほんのちょっとでも元気になってくれたら――
「……あれ…"飛雄?"」
「ッ……"及川さん。"」
角を曲がったその時、視界にうつるのは久しぶりに再会する後輩の姿。そして彼女の弟でもある"彼"。
北川第一のジャージを纏った"影山飛雄"だった。
しかし何故か分からないが表情がかなり硬い。というより恐怖に震えているようにも見えた。
「何?今病室入れないの?」
「………」
「やっとお見舞いに来れたんだけど…出直した方がいい感じ?」
「いえ……そうじゃな…」
刹那、病室の扉が開くとスーツ姿の男性2人と1人の女性が現れた。3人とも同じネックストラップを首から下げ、いかにも"真面目そう"な大人たちだ。
だがなにか違和感を感じる…
……"全員身長が異様に高いんだ。"
「―――では失礼します。」
「失礼します。」
「失礼しました。」
部屋から一歩出てそれぞれが病室内に一礼する。そして及川と飛雄にも頭を下げると3人はあっという間に姿を消したのだった。
「えっと…あの人たち何者?社員証みたいなのぶら下げてたけどちゃんと見えなかったし…」
及川は呆然と立ち尽くしたままの飛雄へと視線を落とした。しかし相変わらず飛雄とはハッキリと目が合わない。何かを隠すような、言いづらい事を胸に秘めているような妙な重苦しい表情をしていた。
「マジでなんなの?……ねえ、"とび"」
「JVAの関係者です。」
飛雄が放った言葉に目を見開く及川。
うっかり手に持っていた花束を落としそうになるくらいの衝撃だった。
「…え……」
「……全日本ユースの関係者ですよ。」
JVA――"日本バレーボール協会"
特徴的なエンブレムがネームホルダーに刻まれていたのを及川は思い出す。
「……もしかしてあの一番デカい男の人って……見覚えあると思ったら…」
「
「あの女の人は女子バレーのユース担当か。……スーツなんて着てるからパッとしなかったけど。」
音羽の病室から全日本バレーの関係者達。
たったそれだけの出来事だが及川は一瞬で全てを理解した。
バッドニュースであるということだ。
「……俺、あの監督に言ってきます。」
「何を」
「姉ちゃんなら……"まだ"ッ!」
「待ってよ飛雄ちゃん。」
「離してください!」
あの3人を追おうと踵を返す飛雄の腕を掴む及川。飛雄は容易に捕まると手を離さない及川に視線を向ける。
「まだ……間に合…」
「行って何を話すの。」
「ッ……」
「"まだ"って何。何が?」
いつもの呑気な及川の声じゃない。
ワントーン低く、真剣で鋭く尖った声。
飛雄はゴクリと息を飲んだ。
及川が纏うシリアスな雰囲気に恐怖を感じる。
「全日本の関係者が音ちゃんに会いに来た。……この時期に、この状況で……あの監督達に何を言われたか分かるよね。」
「……それは……」
扉の先の病室に居る音羽がどんな様子かは分からない。だが全日本ユースの関係であの3人が来たとするならば宣告されたことはただひとつだろう。
「"脚を失った選手は日本代表にはなれない"。……しかも大腿切断。下腿切断ならまだしも、大腿切断で義足を使ってバレーをしてる選手なんて見たことない。」
「……でも……姉ちゃんなら……」
「音ちゃんは飛ぶための羽を失ったんだ。単純な話、それだけだよ。」
「それだけって…」
「酷なことかもしれないけど日本代表を選抜するっていうのはそういう事なんだよ。分かる?世界に対抗する"日本の代表"なんだ。スケールが違いすぎる。」
「っ……!」
「脚のない選手を選抜するなんて……それ以上は言わなくても分かるよね。」
言わずもがな誰もがわかる事だ。
世界と戦うための選手を育成するためにも招集されるU18の選抜選手たち。
バレーボールの才能に恵まれ、世界と対抗出来る力を持つものを集める。"当たり前のことだ"。
影山音羽はその力があった。戦力になると認められた選手のひとりだった。
しかし、人生何が起こるかは分からない。
能力値が足りず代表選手から外れることは当たり前。
……そして、思いがけない出来事に巻き込まれ仕方なく外されることもある。
"片脚を失った選手"―――しかもよりによって大腿切断。膝下ではなく殆どの脚を失った状態で戦うのはほぼ不可能だ。
「ほら、病室入ろ……」
「くっ……!」
及川が飛雄に手を伸ばした瞬間、容赦なくそれを振り払いその場から走り去っていく。
「((ま……飛雄がああなるのも仕方ない。なんせ音羽が脚を失った原因は飛雄にあるだなんて一部では囁かれてるし。))」
飛雄を追うつもりもなく、及川は再び花束を抱きしめ病室前で深く深呼吸をした。
"コンコン―――"
優しいノック音が病室内に響いたのだった。
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