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――2004年 7月
"影山音羽"
"澤村大地"
当時 小学校4年生――
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昼の暑さが徐々に、薄く透き通る青空に吸い込まれてゆく時刻。今は一番日の長い季節だった。五時半を過ぎてもまだ夕方という感じがしない、とある夏の日。
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「――っ!"音羽!"」
じんわりと熱気の残る田舎道。
そこにランドセルを背負ったひとりの少年の声が轟いた。
「……ん?"大地!"」
同じくランドセルを背負った少女が振り返る。ふたりの雰囲気からしてただのクラスメイトという感じではなく、仲のいい兄妹のようにも見えた。
しかし身長は音羽の方が数センチ高い。彼らを知らない人からすれば姉弟に見えるかもしれない。
「女子チーム!予選通過おめでとう!」
「うん!ありがとう!」
ふたりは道の真ん中に立ち止まると穏やかな笑みを向けあった。心の底から相手を称えるかのように、大地こと少年"澤村大地"は満面の笑みと明るい声を上げたのだった。
「……男子は……惜しかったね。」
音羽は半ば申し訳なさそうに眉を顰める。
理由は先日の全日本小学生大会の予選の話だ。
「練習不足かな。音羽のチームの方がいつも練習も早かったし。何よりも音羽のトスが凄いんだ!スーパーセッター!」
「褒めすぎだよ?チームみんなで頑張ったからこその勝利だよ!」
小学3年生から受け入れをしている音羽と澤村のクラブチーム。上はもちろん小学6年生。未だに上下関係や実力関係などがハッキリとしていない複雑なチームの中に音羽は誰よりも早く溶け込めていた。
それにこの年頃の女子小学生は難しい。
高校や中学とは違うチームワークの作り方。ちょっとした小競り合いなどもあって当たり前。男子チームに所属する澤村はそれを横目に日々を過ごしているのだがどう考えても"男子より面倒"なのはハッキリと分かっていた。
「((……チームワーク力。音羽の一番の強みはそこなんだろうな。))」
小学4年という半端な中学年。且つスターティングメンバーに選抜されているのも最年少は音羽のみ。しかもポジションはチームの要のセッター。
最初はなかなか上手くいかなかったのを誰よりもそばで見てきた澤村は理解していた。しかし今は違う。チームメンバーの持ち味を理解し、それを活かすセッターとして音羽は活躍していたのだった。
"影山音羽は憧れの存在"
異性であろうが関係ない。いつか自分も……彼女のようにチームを引っ張れる存在になりたいと心から誓っていた。
「……いつか……俺も絶対に音羽と全国大会に行くのが夢なんだ。」
「……大地……」
澤村はグッと強く拳を握ると音羽の前へと突き出し正々堂々と大きな声を上げる。
「そのために俺!もっともっと頑張る!」
気迫ある澤村の声色に表情。
音羽も同じく応えるように澤村の拳にコツンとぶつけたのだった。
「絶対一緒に!全国行こうね!」
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――2009年 5月
音羽、澤村
当時中学3年生――
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「大地!次はトスの練習!」
澤村の自宅の庭でバレーボールを打ち合うふたり。
「音羽、休む時はちゃんと休む!それも大切だって言ってるだろ。」
「もー!別に良いでしょ少しくらい!」
「お前の少しは少しで終わらない!――ということで今日はここまでだ!」
「ケチ。」
「ケチとは何だ、ケチとは。」
「なんか大地、おじさんみたい。口うるさいおじさん。」
「おじさん!?せめて"お父さんみたい"って例えろよ。」
「((……お父さんならいいんだ……))」
"むうっ"とわざとらしく頬を膨らませ腕を組む音羽。対して澤村はバレーボールを抱え小さくため息を漏らす。
まだ練習していたい音羽とそれ阻止する澤村。両者互いに睨み合いが続く中、網戸が開く音がすればふたりは音の方面へと視線をずらす。
「"音羽ちゃん、晩御飯食べていく?"」
網戸の先に現れたのは澤村の母親だった。エプロン姿に片手にはお玉。それに家の中から晩御飯のいい香りが漂う。
「え!いいんですか!?」
「もちろんよ。お家には連絡しておくわね?」
「大地ママありがとう!」
小学校時代からの仲である音羽と澤村。家は地区は違えどそこまで遠くは無い。
お互いの親同士もめちゃくちゃ仲がいい訳でも悪い訳でもないが程よい良い距離感。中学に上がったタイミングで別々になったということもありそれ以上深い関係性にもならず、時たまお互いの家に遊びに行く程度の仲であった。
「あー!お腹空いた〜!この匂いはカレーかな?」
呑気に声を上げ、その場でストレッチを始める音羽。澤村はそれを横目にふと問掛ける。
「……にしてもいいのか?」
「ん?何が?」
「弟が待ってるんだろ?」
音羽の弟、"影山飛雄"。
姉と同じく北川第一中学に通うバレーに愛された天才。
実の所、澤村は飛雄とほとんど面識は無い。小学校のクラブチームも飛雄は別だったし、家に遊びに行った時は部屋にこもってるか外で練習してるかどちらかだった。
ただ分かっていることはひとつ。
"互いにシスコン・ブラコンである事実"
影山姉弟は違いに溺愛しているという事は把握していたのだった。
「というより、待ってるも何も最近はずっと部活で家にいないよ?帰りも遅いし。まだ中一なのに。」
「音羽も同じ北川第一だろ?そんなお前はサボってていいのか?主将さん?」
「"休める時は休む"でしょ?」
「それとコレとはまた違うだろ……」
澤村は容赦なく雑に音羽の黒髪をクシャクシャと撫で回すと少年らしい溌剌とした笑みをこぼした。音羽は乱された髪の毛を手櫛で整える仕草をみせ、あっという間に背丈を越された澤村をじっと見上げる。
小学生の頃とは大きく違うお互いの容姿。
中学はお互い別々の学校に通っている関係で会う頻度が大きく減少したからかもしれないがなんとなく男女という意識が強まってしまう。
「((……大地……なんか大きくなったな。))」
「((…………音羽、モテるんだろうな。))」
心の距離は変わらずとも、なんとなく物理的に距離ができてしまった2人。
澤村の後ろをついて歩く音羽は妙な胸の鼓動を感じ始めていたのだった。
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"大地はあの烏野高校か〜!"
"東京の高校から呼ばれたんだけど…私は家から通える範囲の高校にするつもり"
"だってほら、弟が姉離れできてないし?ていうかそれは私もかな?"
"お互い、絶対に全国の舞台で会おうね!"
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"ねぇ大地!ユース候補に選ばれたの!"
"オリンピック選手とかに選ばれるチャンスがあるって事だよね?"
"もっともっと頑張らなきゃ!"
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"……ここまで来れたのは大地のお陰だよ。だからこそ……私はバレーを好きでいられてるし、ユースにも選ばれたんだ。"
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"大地。ありがとう"
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バレーに愛される音羽。
名前にもあるように"あいつはいつも背中に羽を背負ってるみたい"だった。
"皆の足音が、息遣いが……不思議な程に音となって耳に入ってくる"なんて超人染みた訳の分からないことを言ってくるけど……あれは本当だ。
ひとりひとりの音を逃さない。そしてあの羽でコートを飛ぶ。チーム全員が音羽を神様のように思っていた。
"俺もその1人だったんだ"
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"――大地……あそこにいる姉弟って……"
スガがそう呟いた数秒前。
聞いた事のない破裂音が辺りに響いた。
何かを轢いたような、ぶち当てたような、ぶっ飛ばすような、聞いたことも無い例えようの無い衝撃音。
"……才華の制服が見えたような……"
俺よりも背丈の高い旭は音のした方へと視線を向けた。
するとあっという間に一点に人集りができる。
"アレって……"
"音羽さん……"
"倒れて……"
縁下と田中、西谷も即座にその状況に目を見開く。
「――ッ!!!」
俺は荷物をその場に投げ捨て駆け出した。
勝手に体が動く。本能的に、反射的に――体は音羽の方へと向かっていた。
「音羽ーーーーーーッ!!!!!!!」
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――2011年 7月
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『"ワンワンワン!ワンワンワン!"』
「………ッ!!…」
早朝に鳴り響く犬の鳴き声のアラーム音。
澤村は悪夢に魘されていたらしく背中はぐっしょりと汗で濡れ、気分の悪い感覚と共に目覚めたのだった。
「((………夢……またあの時の……夢……))」
どうにか忘れようとしても脳内から消えない"あの時の光景"。サイレン音、人々の困惑の声、盗撮する奴らのシャッター音――AEDの自動音声。
手にこびり付いた音羽の鮮血。
ジワジワとアスファルトの地面に染みていくドス黒い赤。
救急隊員に運び込まれる音羽。
その近くで足を震わせていた……あの少年――
「……はぁ……。また寝ようにも寝付けないな、
」
澤村は携帯の時計に視線を落とす。
まだ起きるには早すぎる時間だ。
「………………」
時計に視線を向けた後、ふと部屋の壁に視線を向ける。
小学校時代のクラブチームの集合写真。自分の隣でダブルピースを突き出し満面の笑みを浮かべる音羽。その隣には新聞記事が切り取られたものが貼られていた。
"才華女子バレー部 全国へ王手"
"全日本バレー ユース選抜 影山音羽選手"
地元の新聞に写る幼なじみの姿。
美しいジャンブサーブを打ち込む瞬間の彼女の姿には魅入るものがある。まるで背中に羽が生えているように、生き生きと飛ぶ彼女の姿。
華々しい彼女の姿はもう見られないかもしれない。あんな事故の後だ。実際に何度か見舞いに行っているが以前のような溌剌とした表情は見えないままだった。
「…………」
切り取られた新聞記事から視線を外し、今度はカレンダーへと視線を動かす。
今日の日付に赤いペンで大きく丸印されている。
"音羽"とだけ書かれたカレンダー。
今日は学校を終えたあと、部活を休ませてもらい見舞いに行く日だった。
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再び時は遡り、2ヶ月前――
――2011.5
烏野高校にて――
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開いた窓から飛び込んでくる生徒たちの賑やかな声。サッカーボールが蹴られる音。野球のバットがボールを打つ音。近々市内のイベントで行われる演奏会の準備で絶え間なく聞こえる吹奏楽部の合奏の音。
俺たち"烏野排球部"も同じく、大会に備えて練習が行われていた。5月と言えど体育館の中は蒸し風呂のように暑い。だけど楽しかった。目標に向かって駆け抜ける日々は毎日が刺激的だった。
"絶対に全国に行く"
その目標のためにがむしゃらに走り続けていた。
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「大地〜!音羽ちゃんが来てるよ!」
「え?音羽?」
練習後、体育館内の片付けをちょうど終わらせた頃。同級生のスガが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「うん。校門で"才華の子が俺らバレー部呼んでる"って野球部のヤツらが教えてくれてさ?」
つい先程、菅原が外の自販機に立ち寄った際に野球部に声をかけられたらしい。
「お〜!音羽ちゃん!随分久しぶりだよな?」
「でも旭、この前音羽ちゃんに会ったんだろ?確か駅前のコンビニで。」
「会ったって言っても一瞬だったよ。……相変わらず綺麗だったなあ〜音羽ちゃん。」
モップを倉庫にしまいながら嬉しそうに微笑む東峰。そしてそんな彼らの会話に気づいた1年の2人が菅原達に駆け寄ってきた。
「えーー!なんスかなんスか!?」
「音羽さんが来てるんスか!?」
目をキラキラと輝かせながら興奮するのは西谷と田中。それを横目に澤村はほんの少しだけ嫉妬心のような妙な思いを胸に募らせると鞄を置いたまま体育館を走り去る。
「え!?ちょ!大地!?」
「相変わらず"幼馴染"にお熱だよな。」
「俺も音羽さんに会いたいっス!」
「左に同じ!」
あの澤村がバレー以外に必死になる姿など滅多にない。というよりバレーか幼馴染の存在か。
それほどに彼女に魅力があるらしい。菅原達は羨ましさを感じていた。
「よーーし!じゃあ残りも早く片付けちゃおっか。」
「そうだな?先輩たちも今日は課外講習で先に帰ってるし、こういう日だからこそ俺らも早く帰るぞ。」
「「しゃーーーっす!!!」」
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「また明日なー?」
「ねえ!週末締切の英語の課題写させてよ〜」
「帰りコンビニ寄ろーぜ!」
「明日の古文の小テストマジ無理かもー」
――夕暮れ時。空は美しいオレンジ色に染まる。
校門では部活や委員会を終わらせた生徒たちが次から次へと姿を現し帰路へと向かう。
「――あれって才華の制服だよね?」
「いいなーあの制服。私も着たかった〜。」
「身長高ー!モデルさんみたい。」
「おい、声かけろって。」
「何言ってんだよ!どう考えても誰か待ってるだろ?」
「てか才華の女子と付き合いある奴
「偏差値高すぎて会話もできねーだろ?」
「…………」
感じる視線、聞こえる会話の内容。
こういう時に思うこと。
"耳が良いことを本当に恨む。"
「((あーー!もう!あの野球部の人たち本当に呼んでくれたのかな?さすがにズケズケと部外者が校内に入れないし……))」
必死に空気を消すように門の影に隠れる音羽。"声かけてみる?"なんて男子生徒の声がする度に"頼むから声をかけないで"と胸中で念じる。
「――あ、…あのーー……誰か待っ」
サッカー部の男子生徒の集団が音羽に近づいたその時。
「音羽ーーーー!」
野太い別の男子生徒の声が轟くと辺りの生徒たちの視線がそちらへと向けられる。
「ッ!大地!」
"烏野高校 排球部"と背に書かれた黒ジャージを纏った青年、澤村大地。がっしりとした巨体が近づくとサッカー部の男子生徒達は"澤村のツレかよ"なんて呟いて足早にその場を立ち去っていく。
「…はぁ…はぁ…」
「………」
「音羽…ごめん…遅くなって…」
両膝に両手をついて荒い息を吐く澤村。
かなり慌てて飛び出してきたらしい。
「…大地って烏野のドンなの?」
「はぁ!?」
「だって見てみなよ、ほら。みんな恐れて逃げてくし…」
「そんなわけないだろー?」
「ふふっ。そういうのは旭君の役目かな?」
「アイツ見た目だけはイカついからな?」
「中身は小心者なのに、ね?」
ふたりで向かい合い、他愛のない話で盛り上がる(というより東峰の悪口に近い)。
こうやってふたりで会うのはかなり久しぶりの事だった。お互い部活に学業に忙しなく、以前のように放課後に会うということもほぼ無くなっていたのだ。
「それはそうと音羽。なんで烏野に来たんだ?」
澤村の問いかけに"あ!そうだった!"と目的を思い出す音羽。肩にかけていた鞄から小さな小袋を取り出すと中に入っているものを取り出す。
「…この御守り。烏野の女子バレー部の人の忘れ物じゃないかなって。」
「え?」
「一昨日、うちの学校の体育館で女子バレーの練習試合があったの知ってるでしょ?」
「ああ…確かに聞いてるけど―――」
朱色の生地に金色の糸で"健康祈願"と刺繍されたごく一般的な御守り。澤村はそれを受け取るとなんとなく見覚えがあることに気づく。
「烏野の他にも3校来てたんだけど……なんとなーーく…この御守りをリュックにつけてた子のジャージを覚えてて…」
「………」
「確か烏野の人のだったなって。」
御守りを片手に眉間に皺を寄せ真剣に考える澤村。なんとなく"あの子"が呟いていたワードを思い出す。
"澤村ー!御守り失くしちゃって…"
"ほら…澤村と色違いで買ったやつだよ。健康祈願の!"
少女の落胆する声。
廊下で語った今朝の出来事――
「――この御守り、多分"道宮"のだ。」
「ミチミヤさん?」
「うん。」
「よかった〜。御守り失くすってショックだろうし。安心したよ。」
"道宮結"――澤村と同じ泉舘中学出身の女の子だった。
練習試合では軽く会話を交わしたくらいだろうか。パッと名前を言われても顔を思い出すことは出来なかったが一先ずこの御守りの持ち主は無事見つかったらしい。音羽は安心したように息を吐くと"良かった良かった"と呟いた。
「…わざわざ持ってきてくれたのか?」
「別に大したことないよ?体育館の掃除してて落ちてるの見つけて…絶対に持ち主に返したいって思った。」
わざわざ御守りひとつのためにここまで来てくれた。練習で忙しいはずなのに、勉強量も烏野と違って厳しいだろうに。それなのに彼女は快く道宮の御守りを届けてくれたのだった。
「それに……さ。」
「?」
音羽はうつむき加減で視線を落とす。
「……久しぶりに大地に会いたかったんだ。」
「ッ…」
「ほら!全然会えてなかったでしょ?メールもちゃんと返信出来なくてごめんね?直ぐに私寝落ちちゃうから…」
俯いていたと思えば今度は薄らと笑を零し後頭部に手を添える音羽。多分音羽の台詞は"恋愛染みたものではない。"幼馴染として、友達として、親友として、昔から変わらない関係性だ。会いたいというのはそういうこと。
「……」
きっと"自分が望んでいるような関係では無い"と澤村はもどかしく思った。
「……なあ音羽。俺――」
「おっ!澤村!男子バレー部練習終わっ…」
澤村が言葉を発したと同時に溌剌とした明るい女子生徒の声が2人の背後から伸びる。
しかしその台詞は最後まで発せられることなく、音羽の存在に気づいた女子生徒は咄嗟に立ち止まった。
「…おう!"道宮"!お疲れ!」
澤村が手を振るう先に現れた女子生徒。
その人物こそが"道宮結"だった。
外ハネのショートカット。
音羽より身長は低く可愛らしい印象を受ける。パッと明るい笑顔を浮かべていたが音羽と目が合うとどこかたどたどしい雰囲気を纏うのだった。
「えっと…」
「こんにちは。」
「道宮!朗報だ!お前の御守り見つかったって。」
丁寧にお辞儀する音羽。つられるように頭を下げる道宮。そしてその空気を全く気にせず嬉しそうに声を上げる澤村。
「え!嘘!私の御守り!」
「才華の体育館に落ちてたって。」
「やっぱり一昨日の練習試合の時に落としちゃったんだ…」
澤村から御守りを受け取り喜びを見せる道宮。もう見つからないと諦めていたからこそ喜びは更に強まっていく。
それに…この御守りはただの御守りではない。
澤村と色違いで選んだ大切な御守りだったのだから。
「ええっと…ありがとうございました!」
「いえいえ、見つかってよかったです。」
再び深々と頭を下げる道宮。
対して音羽も再び頭を下げる始末。
そして同時に頭をあげると再び見つめ合うふたり。
「((……才華……やっぱり間違いない…))」
道宮の脳裏に一昨日の試合の情景が映し出された。
「……カゲヤマ…さん。ですよね?」
「はい。影山音羽です。先日は練習試合ありがとうございました!」
"カゲヤマ"
その名前がやはり一致すると道宮はゴクリと息を飲んだ。
一昨日の練習試合。才華を相手にまさかの2セットストレート負けした記憶。
もともと強いことは知っていたがそれ以上の実力差があったこと。…悔してたまらなかった記憶。
そして何よりも
"ウィングスパイカーである自分の行動を全て予測していた相手セッターへの恐怖"。
そのセッターが"影山音羽"だったのだ。
「澤村、影山さんと知り合いだったの?」
「ああ…まあ…なんて言ったらいいかな……」
「"大地"とは小学生の時にクラブチームで知り合ってから友達なんです。」
「そうそう!アレだ!幼馴染ってやつ!」
仲睦まじい2人の姿。
澤村の口から"幼馴染"だなんて初めて聞いた。幼馴染という存在がいた事さえ初耳。だが少しだけ引っかかっていたことがあった。
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"この前の練習試合どうだった?"
"才華、やっぱ強いんだな"
"え?なんで女子の大会に詳しいのか?って。"
"そりゃあバレーって男女は違えど同じ競技だし、興味くらいあってもおかしくないだろ?"
"なあ、才華のセッターどうだった?"
"異名が女神様?…ハハッ…それは凄い名前だなー"
"才華――"
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"そういう事か"なんて胸中で呟いた。
多分横にいる女神様の事が大好きなんだ、と。
無意識に御守りを手にする右手に力がこもると再び笑顔をこぼす道宮。
「あっ…………そ、そうなんだ!」
ネットの向こう側で
強い眼光を放ちこちらを射止める大きな黒い瞳。
あの瞳で狙われた瞬間、ゾッと背中が凍りついたのを覚えている。
「((……"コート上の女神様"))」
頭も良くて美人。綺麗に切りそろえられた黒髪のボブヘアが生える白い肌。艶のある桃色の唇。
あんなに凄いトスを上げて、ジャンプ力もあって強烈な殺人サーブを打つくせに。スカートから伸びる脚は程よく筋肉がついてて細くて女の子らしくて…羨ましい。
「………」
道宮から感じる"ちょっとした違和感"。
音羽はそれを敏感に感じ取ると一歩後退した。
「……それじゃあ用事も済んだし…私帰――」
爽やかな笑顔を向け踵を返したその時。
「おーーい!大地ー!荷物!」
「音羽ちゃーーん!久しぶりー!」
「音羽さーん!」
「ちわっーーーース!!!」
ぞろぞろと現れたのは黒ジャージの集団。
烏野高校排球部のメンバーが揃ってこちらに向かってきたのだった。
「スガ!悪い悪い!片付けそっちのけで出ってったから…」
「もう終わらせて体育館の鍵も閉めたし、今日は帰るよー。」
菅原は澤村に荷物を手渡しクルクルと指で体育館の鍵を振り回す。"しっかりしてよー"なんて呆れ笑いを浮かべ音羽へと視線を移した。
「それより、音羽ちゃんが来るなんて珍しいね?」
「コンビニぶりだな?音羽ちゃん。」
「孝支君、旭君、久しぶりだね。」
「音羽サン!今日もお綺麗っすね!」
「マジでまっぶしぃ〜っす!」
「田中君に西谷君も。…相変わらずだね?」
「音羽。久しぶりね。」
「潔子ちゃん!」
他のメンバーとも楽しそうに会話を交わす音羽。誰とでも分け隔てなく良好な関係を築いている様子は天性だろうか。そういえば練習試合の時もそうだった。
練習試合といえど少し緊張する空間。他校同士で会話も少ない中あの子だけは違った。敵味方関係なく、楽しそうにコミュニケーションをとる姿。それをお人好しだなんていう人もいたけどあの子はそんなことを気にしていない。
だからこそあんなに凄いプレーが出来るんだ。
「………女神…様。」
道宮はボソリと呟いた。
菅原や東峰に取り囲まれ、慕われる姿に嫉妬してしまうほど…
「……アイツ、凄いんだよ。」
「え?」
隣で澤村が呟く。
「俺もいつか…音羽みたいになりたいんだ。」
「ッ……」
澤村の顔は自らの描く遠い夢をうっとりと見やるような表情だった。真っ直ぐと見据えられた先に立つ音羽の姿。まるでそこの空間だけが別の世界が広がっているかのような、不思議な感覚だった。
「…私も知ってるよ。あの子が凄いこと。」
「え?」
「私も…負けていられないな!」
嫉妬してた自分が馬鹿みたいだと唇を引きしめ、気合を入れるように両頬を強く叩く。
「澤村。私、絶対に負けない!」
「え……道宮?」
「へへっ…」
道宮は澤村を見上げ、それを不思議そうに見下ろす澤村。
その光景に気づいた音羽は微かに口角に弧を描く。
澤村の鞄に付けられた青い御守りがゆらゆらと揺れ動いたのだった、
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2011年 7月――
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授業を終えた放課後。
今日"も"部活を休み、澤村が向かうは市内の総合病院。
病院に向かう途中にある小さな花屋。
少しでも明るい気分になって欲しいと、澤村はちょっとした花束を片手に病院に訪れるのが日課になっていた。
「……っ」
「!…すみません。」
ふと花束に視線を落としていた時、病院のエントランスに続く入口で向かいから来る人にぶつかりそうになってしまった。
「((……デカいスーツトリオ……))」
通り過ぎていくスーツの3人組。
身長は自分より高く、体格もがっしりとしていた。
その時はとくにそれ以外何も感じることなく、澤村は目的地へと真っ直ぐと向かう。
「((…こんな女子っぽい花束…アイツ喜ぶか――))」
「――わっ!!」
「ッ……」
病室がある階にたどり着いたエレベーターを降りた瞬間。今度は目の前の廊下を駆け抜ける"少年"にぶつかりそうになる。
「…おい!気をつけろよ少年!……って聞こえてないな。」
斜めがけの黒い鞄。白地に袖の部分が青色のジャージ。"北川第一"という文字が一瞬見えた気がした。
その少年は階段の方へと消えて言ったのが目視できた。
「…今日は厄日なのか、俺…」
さっきから人にぶつかりそうになってばかりだ。気をつけなければ…なんて呑気なことを考える。
「――こんにちは!」
ナースステーションに顔を出す澤村。
何度かここに通ったせいか顔も覚えられており、逆に自分も看護婦の顔と名前を覚えていた。
「あら澤村君。今日もお見舞い?」
「はい。すみません何度も…」
「ふふ。音羽さんは人気者ね?」
「昨日は元気な可愛い2人組が来たわよ?」
「え?可愛い2人組?」
「田中君と西谷君?だったかな?」
「……アイツら…昨日腹が痛いとかでサボったのはそれが理由か…」
昨日は日曜日。
昼過ぎ頃から腹が痛いとかで2人揃って帰った時は"何か変なもん食ったのか"なんて皆で笑っていたが…
まさか2人揃って見舞いに来てたとは、想定外だった。
「あと…ちょうど10分前くらいなんだけど青葉城西の男の子が来て、今病室にいると思うわよ?」
「え?青葉城西ですか?」
「ほら、面会者の名簿に――1205室 "オイカワ トオル"って。澤村くんも知ってるお友達?」
差し出されたバインダー、そこに挟まれている面会者の名簿。
確かにいちばん新しい項目に"オイカワ トオル"と達筆な字で記されていたのだ。
澤村は勿論知っていた。及川徹が音羽の中学時代の同級生だと言うこと。そして青葉城西はバレーの強豪だ。
「ッ…!」
そしてふと名簿全体に視線を向けた時。音羽の病室番号が記されていることに気づく。
「((……待て……名簿の上の方に……))」
「((1205室……"JVA ヒバリダ フキ"))」
「((JVA?…まさかユースの関係者……?))」
思わず二度見するほど、驚きのあまり声が出なかった。
澤村は名簿に名前を記すと足早に病室へと向かったのだった。
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