影山姉弟   作:鈴夢

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双子と姉弟

 

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――2010年 5月 午前8時過ぎ

東京駅 地下1階 八重洲口――

 

 

 

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平日の午前。

通勤通学で慌ただしく人々が行き交う東京駅。まるで荒波のように人々が次々と交差する光景は圧巻だった。

 

そんな荒波のど真ん中、ぽつんと立ち尽くす青年がひとり……

 

 

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「……"ウツノミヤセン"って

――どっっっっこやねん!!!」

 

 

"野狐中学3年 宮侑"

――背中に記された"野狐中学校排球部"の文字。ジャージ姿に大きなリュックを背負った少年は握っていたメモ紙を震わせていた。

 

「((……コガネイ行きって……東京の電車は同じ電車でも行先違うんか!?わっけ分からん!))」

 

部の顧問から受け取った手書きのメモ。

そこには"目的地"への道順がこと細かく書かれていたのだが全くもって分からない。

 

 

「((てか東京駅人多すぎやろ!そもそも乗り場も分からんし看板もぐっちゃぐちゃで意味わからん!ユース招集強化合宿初日から遅刻だけは絶対にアカン!……やっぱり"サム"の言う通り前もって調べとけば良かった……東京駅のデカさなめてたわ………))」

 

駅員に聞こうにもそもそも駅員すら見つからない。窓口は大行列。気のせいか行き交う人々全員の歩くスピードが早い。声をかけたとしても立ち止まってくれるような善人は果たして居るのだろうか?

 

 

「……っ………」

「あっ!すんません!」

 

「……チッ……」

 

 

自力で何とか向かうしかないと腹を括った侑。しかし1歩足を踏み出した時、スーツ姿の屈強な男にぶつかるとその男は舌打ちをした後にすぐ立ち去る。

 

 

「((……やっぱムリや!東京怖すぎるやろ!普通ぶつかってきたら"スンマセン"の一言くらいあってもええやろがい!東京のヤツらは人の心とかないんかい!クソポンコツ!))」

 

立ち去っていく男の後ろ姿を睨みつけていた時。ふと手元に視線を戻すと顧問から貰った経路のメモを落としたことに気づく。

 

 

「っ!ヤバい!アレ無くしたら完全迷子や!」

 

しかもよりによって携帯の充電も切らしてしまっていた。調子に乗って新幹線内で携帯を使いまくったらしい。大都会東京に知り合いも居るはずもなく、連絡手段も皆無。

 

――ヤバい。詰んだ!俺は一生路頭に迷ってまう!どないしよー人身売買とか?俺売り飛ばされる!?

ヤバい……ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!!――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あの……落としましたよ?」

「ヒィッ!!!」

「え?」

 

絶望していたその時、背後から女性の声が聞こえた。東京は恐ろしいという先入観が完全に埋め込まれた侑にとって今は全てが恐ろしかった。

 

「……あのー?」

「すっ、すんません!」

 

くるりと振り返ると黒髪の少女が立っていた。その少女は先程落としたメモを手にしており、こちらを不思議そうに見上げている。

 

「これ君のだよね?」

「はい!そうです!ありがとうございます!」

「……」

「ひゃー……助かったわ……」

 

聞きなれない関西弁。

顔は幼いが身長はやたらと高い……170後半はあるだろうか?

 

「…………」

 

"綺麗なお姉さん"それが第一印象だった。

黒いジャージに短パン。裾から覗く長い脚は程よく筋肉質……ん?どっかで見た事あんなあ……なんて侑は脳内で呟く。

 

 

「……それじゃ…」

「あっ!あの!」

「?」

 

少女が立ち去ろうとしたその時、大柄な少年が咄嗟に腕を掴んだ。

 

「うっ、ウツノミヤ線ってどっから乗ればええんか教えてください!」

「宇都宮線?」

「はい!アカバネ駅?までとりあえず行かなあかんくて……そっからバスとか乗り継がんとあかんくて……俺……東京駅来るの初めてで……分からんくて…………すんません……」

 

 

少女はふと少年の左胸に印字されていた文字に視線を移す。リュックのショルダー部分で少し隠れているが微かに文字が確認できたのだ。

 

「――"野狐中学校"……バレーボール部?」

「えっ!知ってはるんですか?」

「はい。」

「うっそマジで!?……って、すんません。初対面の人にいきなり……」

 

点と点が線で繋がっていく。

頭の回転が早い少女は目の前の少年がこの先どこへ向かおうとしているのかを直ぐに理解した。そしてその目的地が同じことだと言うことにも。

 

「君。"ミヤアツム"くんで合ってる?」

「っ!はい!……ん?なんで知って……」

 

この少年が"宮侑"だと確定。

すると少女はゴソゴソとポケットから入館証の様なものを取りだし侑へ見せる。

 

侑の視線に映るそれ。バレーボール協会のマーク。"影山音羽"と記された文字と証明写真のような顔写真。ユース選抜者である証だった。

 

 

「私は才華女子の"影山音羽"。」

「……カゲヤマ……オトハ……」

「ユースの強化合宿だよね?実は私も今回の合宿に参加するんだけど中学生の子が今回から新しく招集されるって雲雀田監督から聞いてるよ。よかったら一緒に――」

 

音羽は証明証を再びポケットに戻すとにこやかに微笑む。そして一緒に行こうと彼を促し脚を踏み出そうとした瞬間――

 

 

「先月の"月バリ"!女子バレー特集見ました!!」

 

目をキラキラと輝かせる侑。そして興奮しきった口調で音羽にグイグイと迫った。自分より身長の高い年下の男の子にここまで迫られるとは……なんとなく弟を思い出した。

 

 

「…え」

「俺も同じセッターで!どうやったらあんっっな的確なトス上げれるんです!?前の総体の動画も見てん!あ!サインもろてもええですか!合宿で会えると思て月バリ持ってきとるんです!」

 

止まらない侑のお喋り。

期待に胸躍らせる中学男児。

容赦のない圧に音羽は両手を顔の前で広げ苦笑した。

 

 

「ええっと……とりあえず時間ないし宇都宮線の乗り場行こうか?"宮く"」

「ツ厶!ツムて呼んでください!」

「は……はは……"ツムくん"」

「ツーーム!呼び捨てで呼んでください!」

「……ツ……"ツム?"」

 

戸惑いながらも"ツム"と口にした音羽。すると侑は"くぅ〜〜!!"と唇をかみ締め喜びに満ちた表情を見せる。

 

「"女神さん"に会えるなんて……やっぱ東京すっごいわ!東京好きや!」

「ははは……はよ行きマショカー」

「イントネーション違うで?行きましょか〜やで?」

「いっ……イキマショカー」

「はは!かわええな!"お姉ちゃん"!」

 

まだ出会って2〜3分足らずなんですけど?なんて思うまもなく侑のペースに持っていかれる音羽。

愉快で賑やかで可愛い後輩。同じポジションということもあり打ち解けるには時間はかからなかった。

 

 

それが――

宮侑と影山音羽の出会い。

 

 

 

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――2011年 7月

"宮家" 双子の自室にて――

 

 

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「…………」

「…………」

 

2段ベッドの上に寝転ぶは侑。

その傍で無表情でハシゴに足を掛けたままじっと彼を見据えるは治。

 

 

「おい、"ツム"。」

「…………」

「無視すんなや。」

「…………」

「アンポンタン。」

「…………」

「暴言クソブタ。」

「…………」

「ボケ、カス、ゴミ。」

「…………」

「ドアホ」

「…………」

 

いつもだったら直ぐにバズーカ砲のように言い返してくるだろうに。しかし侑が合宿から帰ってきて数時間。ずっとこんな状態なのだ。

 

心做しかこちらに向けられている侑の背中がいつもの何十倍も弱々しく見えた。

 

 

「んなあお前。合宿から帰ってきてなんやねん。いっつもやったら上機嫌絶好調やろがい。」

「…………」

「もしかして"お姉ちゃん"となんかあったん?」

「…………」

「お前が合宿から帰ってきて不機嫌なるんのそれくらいしか理由ないやろ?なあ?」

「…………」

「まさかお姉ちゃん相手にマジで嫌なことしたとかちゃうやろな?お前マジで人前でも女の子にベタベタするんのやめーや。」

「……ちゃうわ、ボケ。」

「お返事できるやんか。メンド。」

 

ようやく返ってきた返事に安心する反面、面倒だとため息を漏らす治。とりあえず大丈夫やろ、と胸中で呟きベッドから降りたその時。

 

「……"おらんかった。"」

「は?」

「お姉ちゃん、おらんかってん。」

 

侑の重く沈んだ声。

背は相変わらず向けられたまま表情は分からなかった。

 

「風邪とかで不参加やったん?」

「そないな理由で休んだりせーへん。お姉ちゃん真面目やし完璧やからな。」

「んなら何?完璧なら"おらん"事ないやろ?」

「…………」

「さっさと言えや。だる。黙っとらんとさっさと……」

 

"さっさと言いや"という前に侑の顔が治の前に現れた。ベッドから起き上がった侑は疲労に塗れた表情をしており、正にこの世の終わりという例えが正しいかもしれない。

 

 

「お姉ちゃん、脚ぶった切ったらしい。」

 

理解に追いつかない言葉。

治は時が止まったように瞬きを止め、しばらくして気抜けた声を上げた。

 

「……は?」

「…………」

「"脚ぶった切った"って……なんや意味わからん。」

 

脚を切った。それだけでは全く意味がわからない。

 

ボケっと突っ立ったままの治。その光景を2段ベッドの上から見下ろす侑。未だに理解出来ていない治に対し苛立ちを見せると侑は携帯を開きウェブサイトをあけると治に携帯を投げつけた。

 

 

「ぶっ!」

「それ見て見い。」

「イッタ!!くっそボケ!携帯投げんなや!…………って……」

 

顔面に携帯が直撃。そして開かれたウェブサイトに視線を落とした治。つらつらと"とある事故"のニュースの内容が書かれたページを前に真面目な表情へと変化した。

 

 

「……このニュースが何?」

「音羽お姉ちゃんの事やった。」

「は?」

「1週間前くらいにニュースで一瞬だけやっとったやろ。東北の方で高齢ドライバーがアクセル全開でどーたらこーたらって。」

「なんとなく覚えとる。」

「その車に轢かれて、死にかけた挙句に左脚大腿切断したって。」

 

形容し難い侑の妙に落ち着いた無の表情。

へんに真剣で引きつった治の表情。

 

そしてふたりの間に沈黙が流れた。

治は再び携帯画面を操作し、事故内容を端から端まで見落とすことなく読んでいた。

 

 

 

「……コレマジなん?」

「マジ。」

「誰かから聞いたんか?嘘かもしれんやろ。記事にも名前は出とらんし別人やないん?」

「ホンマやった。」

「……」

「昨日……合宿最終日の夜、雲雀田監督に聞きに行ってん。」

 

再び侑はベッドへ寝転び天井を見上げる。

そして昨夜の出来事を脳内で再び再生したのだった。

 

 

「……お姉ちゃんは片脚なくなって、ユースから除外されたんやと――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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午後21時過ぎ。

最終日の夜練を終えた侑は監督室へと足を運んだ。

 

 

 

「"雲雀田監督"」

 

 

扉をノックすると室内にいる人物に声をかけた。

中にいたのは男子バレーユース担当の雲雀田。音羽をユースに選抜した人物でもあり、女子担当ではないものの彼女のことを間違いなくよく知る人物だった。

 

 

「ん?宮君。お疲れ様。」

「お疲れ様です。」

「どうしたそんな顔して。何か話でもあるのかな。」

 

回転イスをくるりと回すと雲雀田は侑の方へと向き直り穏やかな笑顔を見せた。しかし侑の表情は曇ったままだ。いつもなら呑気にヘラヘラと笑い返していたのに――今夜は違う。

 

 

「……影山さん。何で今回おらんかったんですか。」

「…………」

「今回の合宿の招集メンバーのリストに名前があったんは知ってます。……でも最終日になっても来てません。」

「…………」

「連絡しても繋がらんし。監督なら何か知ってるんやないかって……思て……」

 

徐々に語尾が弱くなる。それには理由があった。目の前でにこやかに微笑んでいた監督の表情が少しずつ変化していたからだ。尾根をよせ真剣に、真っ直ぐと時分を見据える雲雀田の瞳。その圧に押し負けてしまいそうだ。

 

 

「今回不調だったのは……まさか"それ"が理由かい?」

「…ッ違います!そういう訳やないです!」

「この5日間。いつもの宮君じゃなかったね。」

「…………っ……」

「トスもサーブもレシーブもアタックも……いつもの"楽しさ"が無かった。我武者羅に自由に、且つ広い視野でメンバーを見ていなかったね。」

 

雲雀田には全てお見通しだった。

明らかに本調子では無いと言わんばかりのプレー。ミスも多かった。時たま自分が上げたトスに苛立ちを見せる場面もあった。

 

「……ちゃいます…俺はいつも通り……」

「"影山さんはユースから外れてもらった。"」

「………ぁ…」

 

侑の瞳に稲妻のような迅速な驚愕が現れた。

分かっていたことなのに……雲雀田の口から改めてその事実が発せられた時、侑は喉を詰まらせた。

声にならない小さな叫び。その声はまだ声にならない次の瞬間に咽喉の奥へ引返してしまった。

 

 

「センシティブな内容だからね。……本人の希望もあって、あまり大事にしたくなかったんだ。」

「…………」

「だがその様子だと……やっぱり皆ある程度知ってるみたいだね。」

 

 

音羽の事故をセンシティブと喩えた雲雀田。あまりにも酷な出来事は少年少女には刺激が強く、ショックを受ける者が殆どだろう。"あの影山音羽が事故で脚を失った"。それを知った仲間たちはきっと悲しみに昏れるだろうと。

 

だがユースのメンバーの殆どが何かしらの情報元から音羽の事故について知っていた。情報社会である現代。そう簡単に避けては通れないらしい。

 

雲雀田は音羽の事も、またそれを知ったユースのメンバーたちの事を危惧して居たのだった。

 

 

 

「いいかい宮君。今影山さんがやらなければならない事は"バレー"ではない。」

「……はい。」

「実は合宿初日の日、影山さんのお見舞いに行ってきたんだ。少し窶れて見えたが彼女は元気だったよ。」

「ッ……」

「……今後、彼女がどういう選択をするかは分からない。それを僕たちが強要する事も無いからね。」

 

侑は若干伏せ目になり足元に視線を落とした。無意識に拳に力がこもり唇を噛み締める。

 

連絡も取れない、顔も見れない、声も聞けない。一番に声をかけてあげたいのに、慰めてあげたいのにそれが出来ないもどかしさに表情を歪める。

 

「…………」

 

雲雀田はそんな彼をじっと静かに見つめていた。まるで本当の姉のように音羽を慕い、プレイスタイルも音羽を真似ることが多かった侑。そして音羽もまた、そんな彼を弟のように可愛がり、強化合宿の際には男女の壁を越え夜遅くまで練習場で互いに高めあっていたことも知っている。

 

侑も音羽も互いを高め合う最高の選手。

日本バレーの未来を担う特別なふたりだった。

 

 

 

「今、宮君が出来ることを考えなさい。」

「……」

「宮君が影山さんを心底信頼してたことも、目標にしていたのも皆わかってる。」

「……っ……」

「それは勿論彼女も分かっていただろう。だからこそ、今は君に何も話せないんだろうね。」

 

雲雀田の真っ直ぐな視線が侑を捉えた。

 

「彼女がまたこの場所に戻ってくるかは彼女本人が決めることだ。気にかけてあげることも大切だが……君が楽しくバレーが出来なくなってると彼女が知ったら――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……彼女はどう思うかな?」

 

 

 

 

 

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閉められたカーテン。

その先からほんのりと月の薄明かりを感じる午後22時。

 

 

「……不在着信80件、未開封メール100件超……」

 

音羽は携帯電話をそっと開くと様々な不在通知を目にした。というより分かっていたのだがあえてスルーしていた電話やメール。

 

相手は稲荷崎高校 男子バレー部に所属する"宮侑"だった。そして同じく全日本のユースに選抜された仲間でもある。……自分は過去の話になってしまったが。

 

本来であれば自分も合宿に参加していた。確か5日間の合宿で昨日の夜が最終日。新幹線に乗って移り変わる景色を横目に東京に行き交う日々はとても有意義な時間だった。

 

とくに合宿最終日……

午前の練習を終えてそのまま解散後、ユースのメンバーと東京観光をして帰るのがお決まりだったのだ。

女子チームの仲間たち、そして時たま男子チームも合流した事も。初めての渋谷に興奮したり、田舎には無い大きなバレー用品店に行ったり、建設途中のスカイツリーを見に行ったり―――楽しかった。

 

そして今回の合宿。実は侑と約束していたことがあった。合宿が終わったら2人で東京観光したいと言ってきたのだ。新幹線に乗るまでの数時間というリミットだがそれでも彼は2人で行きたい場所があると言っていた。

 

しかしそれは叶わなかった。しかも最低だ。私はまともに侑に連絡すらとらず放置状態。

 

でも……これでいいのだ。

彼は―――侑にとって今はとても大切な時間だ。自分の身に起こった事で振り回したくない。変に連絡をとって彼を戸惑わせたくもない。それが音羽の本心だった。

 

「…………2分前にも来てるし……」

 

音羽は意を決してようやくメールを開いた。未読マークのついた大量のメール。音羽は過去分から1つずつ開封していく。

 

 

 

"今日から合宿や!会えるん楽しみしとる!"

"いつも通り夜練つきおうてな?夜飯も一緒に食べよーな!話したいこといっぱいあんねん!"

 

時間的に東京に向かう新幹線の中だろうか。

 

 

"お姉ちゃんどこおる?もう着替えて練習場おる?"

"今日雲雀田監督おらんらしいで?めずらしっ"

"てかどこおんねん。まさか臣君に連れてかれた!?"

 

私の姿を探している侑が容易に脳内で再生できる。きっと練習場内を走り回って、女子チームの中に入ってきて探しているのだろう。私の同期たちに茶化される姿はいつも可愛かった。お姉さんたちに可愛がられる弟みたいだった。

 

ちなみに臣君とは"佐久早聖臣"。侑と同い年。全日本ユース合宿に選抜されたタイミングも侑と同じだ。

 

 

 

"何で合宿おらんの?風邪?"

"おーーーい、無視すんなやーい。"

"いじけたる。許さへんで!ふん!"

 

私が合宿に不参加だとやっと気づいたらしい。

 

 

 

 

 

そしてこの後からメールの雰囲気が変わってきた。勘のいい彼のことだ、きっと察したに違いない。もしくは噂が広まっているのか―――

 

 

 

 

 

 

 

"夜練終わった。今日めっちゃ不調やった。お姉ちゃんおらんからや。"

"臣君に怒られてん。臣君もいつも以上に機嫌悪いねんけど。絶対お姉ちゃんおらんからや。間違いない。"

 

 

"おやすみーお姉ちゃん。"

 

 

 

 

 

"おはよーさん。2日目始まったで。"

"さすがに今日から参加やろ?待っとる。俺は待ってんで。"

"女子チームめちゃくちゃ空気悪なっとるらしい。お姉ちゃんおらんからやろ。女神様がおらんとやっぱあかんなー?"

 

 

 

 

"アカン。元気出ん。よしよしして。"

"メールでも電話でもええから頑張れってゆーてや。"

 

 

"おーい"

"返信してやー"

"無理や、もう帰る"

"……嘘、頑張る。やからはよ来て"

 

 

 

"なんか調子悪いわ。上手くトス上がらん。"

"臣君の機嫌も変わらず悪いし最っ悪。なんとかしてくれや。"

 

 

 

 

 

 

 

――"お姉ちゃん、会いたい。"

"会いたい。はよ来てや。"―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"会いたい"

 

 

 

 

 

「……ッ……」

 

胸がきゅうっと苦しくなった。

こんなにも侑が連絡してくれていたのに返信を一切できなかった自分を恨む。

だが仕方ない。変に関われば侑のようなタイプは悪影響でしかない。一緒にナーバスになっても嫌だ。彼は未来あるスーパープレイヤーなのだから。

 

 

 

 

 

――その時、携帯のバイブレーションと共にチカチカとライトが点滅する。

 

 

 

 

「……ん?治?」

 

 

"宮治"の画面表示。

まさか双子の片割れの"サム"から連絡まで入るとは。

 

音羽は反射的に通話ボタンを押し込む。侑は出なかったくせに、何故か治の通話には反応を示した。……何となく、嫌な予感がしたからだった。

 

 

 

 

『……"あ、出た。"』

 

侑と同じ関西弁。

しかし声の質とトーンは双子ながらに若干違う。侑より若干低めで、どこか落ち着いた声質だった。

 

 

「……反射的に出てしまった。」

『なんやねんそれ。』

「通知が全部"宮侑"だらけで急にポンって"宮治"って画面に出たから反射的に。」

『意味わからんけど……まあええわ。』

 

動揺など少しもしない自然な声。

音羽が電話に出たことに対して一切驚いていなかった。

 

 

『なんとなく話は聞いたで。お姉ちゃんの事。』

「……あー……ツム、だよね。」

「それ以外から情報入るわけないやろ。」

「…………」

『体調とかどうなん?声聞く感じいつもと変わらん気いするけど。』

「サムの言う通りいつもと変わらないよ。生きてるし。」

『そないな物騒なこと簡単に言うなやアホ。』

「……ごめん。」

 

治となんの気なく話しているが実は一度しか会ったことがない。ユース合宿の時、一度だけ侑を迎えにと母親と一緒に東京に来たことがある。その時だけだ。

 

侑とは髪の分け目が逆。しかしさすが双子、全く同じ顔つきに当時はかなり驚いた。そして性格も似ているようで少し違う。どちらかというと侑はやんちゃでそれを静かに見ているのが治。でも喧嘩の内容などを聞く限り"やっぱり似た者同士"なんだと思うことが多い。

口の悪さも、直ぐに殴り合いになることも。でも何故かウイイレの一戦で仲直りすることも。

 

侑と同じく可愛い後輩に変わりはなかった。

 

 

『で、本題。ウチの片割れなんとかしてくれや。』

「え?」

『ずっと落ちてんねん。飯も食わんし喋らんし。ウイイレやる?って聞いてもガチ無視やし。どついても無視されてさすがに俺も限界や。腹立つ。』

「…………」

 

予想通りだった。やはり侑は落ち込んでいる。

 

『……こんな時にお姉ちゃん頼るんのも悪い気いするけど……他になんとか元気づけられるん音羽お姉ちゃん以外におらんのや。』

「…………」

『頼むわ。お姉ちゃん。』

 

落ち着いた口調の中にある真剣な治の言葉。もう頼れる人はおらんのやと、懇願する治を前に電話越しで音羽は眉を顰める。

 

 

「……ツム、近くに居るの?」

『おらん。消えた。』

「え?消えた?」

『おん。ランニングしてくるゆーて4時間帰ってきとらん。』

「もうこんな時間だよ?さすがに危ないでしょ……補導なんてされたら……」

 

高校生がこんな遅くに行方不明。しかも万が一補導されて警察にお世話になってしまったら大変なことになる。ユース選抜にも影響しかねない。

 

音羽の顔面が蒼白になった。

あの侑だ。何をするか分からない。

 

 

『…声聞くだけでも安心する思う。アイツ単細胞で単純やしアホやしポンコツやし。音羽お姉ちゃんおらんと直ぐに絶不調になるサイコやから。』

「……シンプルに悪口……」

『ははっ。事実やろ。しかもお姉ちゃんメンヘラ製造機やし。』

「そんなわけないでしょ?メンヘラ製造機なんて…」

『侑めっちゃメンヘラになったで?ここ数年で。』

「なにユーーテンノ…」

『下手くそ関西弁』

「うるさいなあ。」

 

少しだけ、治とのふざけた会話で不安が解消された。

 

たしかに電話一本入れれば侑は落ち着くだろう。だけど音羽は躊躇し続けていた。しかし今はそんなことを考えている場合では無いかもしれない。

 

 

「……わかった。私もロクに連絡返さなかったから悪いと思ってる。直ぐに連絡してみるね。」

『お姉ちゃんは悪ないやろ。アイツの事やからめちゃくちゃ電話もメールもしとるやろし、逆に申し訳ないわ。』

「不在着信もメールも100件超えてます。」

『うわっ引くわー。キショ。』

「ははっ」

 

重すぎるメンヘラともとれる侑の行動。普通なら治の言う通り"引く"のが当たり前だろう。しかし慣れてしまったその行動に何故か笑いが溢れた。

 

 

 

 

『…"頼んだで、お姉ちゃん"』

 

 

そして治は彼女に委ねた。

 

 

 

 

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夜の公園。

こんな時間に公園で遊ぶ子供もいるはずも無ければ人の気配もしない。

 

「……」

 

 

世界の終わりを何度となく照らしてきたような水銀灯がひとつ。それに照らされるのは"稲荷崎高校 バレーボール部"と背に記された臙脂色のジャージをまとった侑。

 

古びたベンチ。水銀灯の光に集まる虫。蒸し暑さを感じる夜の生暖かい風が髪の毛を揺らした。

 

侑は待つ。携帯電話を握りしめたまま顔を隠すように蹲り、大好きなお姉ちゃんの連絡をただただ待ち続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ッ!!」

 

 

刹那、侑は勢いよく顔を上げる。

携帯のバイブレーションと着信音に侑の心拍数が一気に跳ね上がった。

 

画面に表示される文字。

"音羽お姉ちゃん"―――

 

 

即座に応答ボタンを押し込み、携帯を耳元に押し当てた。

 

 

 

 

 

 

『……"ツム?"』

「…ッ……」

 

優しい声だった。

ずっとずっと聞きたかった声だった。

鈴を震わすような澄んだ声。

 

それは間違いなく音羽だった。

 

 

 

 

 

「……」

『ツム?』

「……」

『……ツム?』

 

何度も何度も名前を呼ぶ。

その度に侑は今にも泣き出しそうな表情を浮かべ必死に唇をかみ締めていた。

 

 

『今どこにいるの?』

「……」

『サムから連絡来て。家に帰って来ないって聞いて……大丈夫?』

 

 

―――"大丈夫"なわけないやろが。

 

 

 

「…サムの電話には出るんに何で俺の事無視すんねん。」

 

苛立ちを含んだ侑の声。

いつにも増してどす黒く低い声。音羽は彼が本気で怒っていると直ぐに察したのだった。

 

『…ごめん。』

「何回電話してもメールしてもガン無視。酷ない?」

『……ごめん。』

「謝ったって許さん。」

『………ごめん。』

「許さへんもん。……絶対…」

 

 

―――こんな事を言いたいんやない。何で……俺は素直に言えんねん…

 

 

 

「…何日も何日も…俺がどれだけ心配したとおもてんねん!」

胸の奥底にしまっていた本心が溢れ出す。

 

 

「練習場ついて、直ぐに荷物片付けて、お姉ちゃん探しに駆け回って。」

 

 

「…しまいには"あんな事故"の話聞いて……俺の気持ち分からんの?」

 

 

「俺の事、そんなに鬱陶しかった?ウザイ思た?俺の事ホンマは嫌いなんやろ!」

 

 

「話もしたないくらい…俺の事大嫌いなんやろ!」

 

 

「治とは連絡取るくせに…何で俺は無視されなあかんの?」

 

 

――ちゃうやろ…なんでこんなことお姉ちゃんに吐き出すんや。

 

 

自分の中で隠していた耐えきれない本心と別の本心が嫌になるくらいぶつかり合う。

 

 

"お姉ちゃんはきっと……俺に心配かけたないって…"

 

"俺がバレー好きなの知っとって…その邪魔したくないて思っとるにきまてるやろ…ドアホ…"

 

 

 

 

 

 

 

苦しかった。

自分よりいっぱい苦しんでいるはずの"お姉ちゃん"。

そんなお姉ちゃんの何の助けも出来ないことに悔しくて苦しくてたまらない。

 

胸を抉られるような形容し難い感情が無常に溢れ出す。

 

 

 

 

 

『っ…お姉ちゃん……ごめんなさい…』

 

ぽたぽたと地面を濡らす侑の涙。

ジャージの袖で目元を覆い、必死に泣き顔を隠すように声を漏らした。

 

『…侑は何も悪く』

『いや、悪いのは俺や。…お姉ちゃんの気いも考えずに……一方的に送り付けて…しまいには思ってもないこと…酷いこと言ってん。…最低や、俺。』

『最低じゃない。』

「ちゃう!最低なんは俺や!」

『………』

 

ズビッと鼻水を啜り声を張上げる。

まるで母親に泣きつく駄々っ子のようだ。

 

 

 

 

「会いたい。お姉ちゃんに会いたい。」

『…侑。』

「一緒に練習できるて楽しみにしとったのに。」

『……』

「今回も合宿終わたら半日だけ東京観光するって約束したやろ。中華街…」

『中華街は横浜、神奈川県だよ。』

「うっっっっ、うっさい!!今それは言わんでええやろ!」

『………』

「…デートできる思て……ホンマに楽しみにしとったのに。」

 

 

 

 

――"今度こそ…好きやって告ろと思てたのに"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…そもそもお姉ちゃんが脚ぶった切ったん…事故のせいやろ?

原因なんやったっけ。ドライバーの運転ミス…

 

 

 

…いいや…"違うよな"?

 

 

 

 

侑の胸に黒いモヤが広がっていく。

ピタリと涙が止まり、色をなくしたような無機質な瞳が真っ直ぐと地面を捉える。

 

『…ツム?』

 

音が遠くなるような感覚。

電話口から音羽の声が聞こえているのに遠くなっていく不思議な感覚に陥る。

 

 

┈┈┈

 

 

 

"私、2歳年下の弟がいるんだ。"

 

"弟もバレーが好きでね?ツムとは違うクールなタイプなんだけど……"

 

"昔から私の真似するのが好きでさ。セッター選んだのも私の影響なんだよね。"

 

"合宿から帰ると練習付き合え付き合えってうるさくて…休む間もないんだ。"

 

"え?名前?…トビオって言うんだよ?姉の私が羽で弟が飛ぶ…親もよく考えたよね?名前"

 

 

 

女神のように微笑む彼女――

 

 

 

"私の自慢の弟なんだ。"

 

 

何も言わなくてもその笑顔ひとつで今の心のさまを見通すことができる…そんな眩しい笑顔。

 

 

 

┈┈┈┈

 

 

 

"弟がおらんかったら…そいつが弟やなかったら―――音羽お姉ちゃんは羽を失わずに済んだのに"

 

 

┈┈

 

 

 

「俺が音羽お姉ちゃんの弟やったら……えかったのにな。」

 

 

抑揚のない真っ直ぐとしたトーンで放たれた言葉。

 

その言葉を皮切りに沈黙が流れる。

その間は恐ろしいもので酷く長く感じた。

 

 

侑は直ぐに我に返る。

"地雷を踏んだ"と。

 

 

 

 

『侑』

 

音羽お姉ちゃんの生真面目な声

 

『私の弟は―――飛雄だけだよ。』

 

 

深い思いを抱いているのだといわんばかりの真剣な顔つき。顔は見えずとも侑は分かっていた。

 

お姉ちゃんに弟の話は禁句やったと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈

 

 

┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

 

――2012年 12月

ユース選抜合宿――

 

 

 

 

┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

夜練を終え、練習場でクールダウンするメンバー達。

飛雄もストレッチをしていた時、ふと背後からのんびりとした関西弁が飛び込んできた。

 

「君…"影山飛雄"君よな?」

 

人の良さそうな笑み。

しかしのんびりとした雰囲気はどこか不気味さを感じる。

 

「((…セッター2年…宮侑。))」

 

飛雄は脳内で呟く。

中3でユース選抜に引き抜かれた異端児。

 

そして過去"姉とこの練習場で高めあっていた"ということも知っていた。

 

 

 

「ちなみに飛雄君はなかなかトゲトゲしい第一印象やったけど…」

 

 

飛雄の傍に更に近寄り、不気味な笑みを浮かべたまま見下ろす。

 

 

 

「"音羽お姉ちゃん"と違て…プレーはだいぶんお利口さんよな?」

 

 

 

つんとして何か影の濃い、冷たい感じのある顔。

わざとらしく姉との関係性を匂わせるような言葉回し。

 

 

2人はじっと視線をぶつけ合ったのだった。

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

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