影山姉弟   作:鈴夢

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繋がる気持ち

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時期で言うと夏休み後半。

音羽の姿は東京にあった。

 

 

「――"都立音駒高校"」

 

 

とある高校の校門前で呟く音羽。

隣では母親が車椅子の手押しハンドルを握り、ゆっくりと校門を潜る。

 

「音羽、体調は?」

「大丈夫だよ?少し脚が疲れちゃったけど校内には義足で入るね。外だったら車椅子移動も楽だけど屋内はさすがに大変だし。」

「無理しないようにね?何かあったら直ぐに言うのよ?」

「心配しすぎ。」

「心配するのは当たり前でしょ?それに飛雄に言われてるのよ。"姉ちゃん直ぐに無理するから見張って"って。」

「……飛雄にそう言われてるなら仕方ないか。」

 

音羽が東京を訪れている理由。

それはスポーツハビリテーションを受けるための施設見学だった。

 

全日本男子バレー監督でもあり、音羽を全日本女子バレーのユースに選抜した雲雀田監督。そして彼と繋がりのある音駒高校の猫又監督。

 

猫又監督は過去に下腿切断の選手に関わったこともあるらしく、且つ日本でも屈指のリハビリ施設の関係者との繋がりがあるとの事。音羽の話を耳にした猫又監督の紹介によって音羽は良い技師さんやリハビリ施設に巡り会うことが出来た。

 

そして今、そのお礼にと実際に猫又監督が勤めている音駒高校を訪れたのだった。

 

 

「――音羽。体育館。」

「え?」

 

校内へ向かう途中。体育館を通り過ぎようとした時、母親がゆっくりと足を止め音羽に声をかけた。

 

体育館のニスがかった床の音が擦れる独特な音。ボールが弾ける音の数々。

 

"ナイスキー"

"ナイストス"

――聞き覚えのあるバレー用語。

 

「そっか、男子バレー部。」

「確か強豪……だったのよね?」

「うん。昔、あの烏野高校の監督同士と仲が良くて交流があったんだって。大地が教えてくれたんだけど。」

 

 

澤村曰く音駒高校と烏野高校の監督同士は昔からのライバル同士らしい。数年前までは烏野と交流があり、互いに遠征に行っていたが、両監督が引退後にそれは途絶えてしまった。そしてとある界隈で有名らしいがこの2チームで行われる練習試合は"名勝負! 猫対烏! ゴミ捨て場の決戦!"と近所の人に親しまれていたらしい。

 

かつて烏野の烏養一繋監督、音駒の猫又監督。共に全国で戦う約束をしていた。結局その約束は果たされることなく2人とも引退してしまった……が、猫又監督は復帰。いつかまた、烏野と音駒のゴミ捨て場の決戦は実現できるのだろうか――

 

 

「((……ボールの音、たくさんの足音……))」

 

音羽はゆっくりと瞼を閉じ、音を噛み締めるのだった。

そして再び車椅子は動き出す。

 

 

 

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「はじめまして。影山音羽さん。」

「はじめまして。猫又監督。この度はありがとうございました。」

「娘のためにありがとうございました。」

 

音駒高校の応接室にて。

ローテーブルを挟み革製のソファに腰掛ける猫又監督、そして音羽と母親の姿。気持ちばかりと手土産に宮城県の銘菓"萩の月"を手渡す。猫又監督はにこやかな笑みを浮かべたまま嬉しそうにそれを受け取る。

 

男子バレー強豪校の監督……勝手な想像で申し訳ないがもっと怖い人が現れるかと思った。

しかし想像とは真反対の人物。音羽はそんな猫又監督を前に少し緊張を見せるもつられるように笑みを向けた。

 

 

「わざわざ手土産まで……気を使わせてしまいましたね。――さてさて、そんな堅い挨拶はさておき。もっと気楽に、緊張しなくて構わんよ。」

 

"まあお茶でも飲んで"と穏やかな声色と微笑み。初対面だがあっという間に緊張は途切れ、応接室には柔らかな空気が漂った。

 

 

 

「それで、施設はどうだったかな?」

「はい。…なんというか何もかもがハイレベルの施設で……とにかく凄かったです。」

「ハハハッ!そうだろう!」

「すみません、語彙力が無くて。」

「構わんよ。なんせ日本一のリハビリ施設だからね。著名なスポーツ選手も通っているし申し分ないだろう。」

 

一泊二日という限られたスケジュール。

その中で音羽はお試しといういう形でリハビリ施設で過ごした。いつもなら小難しい日本語を使いながら説明しただろうが今回に限っては音羽の語彙力もそれには追いつかず、ただただ凄かったとしか例えられなかった。

 

最高の施設、最高の理学療法士に作業療法士、元アスリートの専門トレーナー。そして最高の技師。

 

とにかく"凄い"施設だったのだ。

 

 

「本当に……猫又監督が繋げてくださったこのご縁。感謝しかありません。ありがとうございました。」

 

音羽は慣れない義足を装着のままゆっくりとソファから立ち上がる、母親も隣で音羽を支え、改めて深々と頭を下げた。今できる精一杯の感謝を。音羽は猫又に向け必死に伝える。

 

 

「うん。よかったよかった―――」

 

音羽の真面目な真っ直ぐとした気迫。その佇まいに猫又は心奪われる。同じアスリートとして、バレーを楽しむ者同士。不思議と通じ合うものさえ感じる。

 

"やはり、この子は只者では無い。"

猫又は胸中でそう呟いた。

 

彼女の経歴。彼女の噂。耳にしたもの全てがそれを全て物語る。

 

 

「ところで影山音羽さん。君の活躍は知っているよ?弱小校をたった数ヶ月で全国へと導いた選手だと。」

「え?」

「県内の全国常連校を相手に苦戦しながらも勝利を掴んだ。圧倒的パワーにセンス、底なしの可能性を秘めた天才セッター……――」

 

"宮城県立 才華女子高等学校"

高校女子バレーにおいて全くの無名校だった。県内では偏差値が高く、進学校と有名だったらしいがそれ以外は何ら特徴は無い。

 

しかし、今年の一月"春高バレー"にて数々の偉業を残し名を馳せる。

県予選では全国常連の新山女子に勝利し、春高バレーでは最終的にベスト6まで残った。

そもそも春高以前は東北地区で練習試合やインハイ予選にて"今年の才華は異常"だと声が上がっていたらしい。

 

それは一重に"天才セッターの登場"だと―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――いえ、それは違います。」

 

音羽は猫又の言葉を否定した。

 

「ん?」

 

"天才セッター"

それが全てを引き寄せたと誰しもが思っていたが―――当の本人はそれを真っ向から否定する。

 

 

「"みんな強かったんです"。」

「…………」

「ただそれだけです。」

 

音羽の脳内に仲間たちの背中が浮かぶ。

先輩後輩関係なく、それぞれが仲間として認め合い高め合う。互いを信じ、繋ぎ合うボールを追いかけ、諦めない根性と精神力。

 

 

「これはあくまでも持論ですが……例え強い選手が一人交じったとしてもチームは強くなれないと、私はそう思ってます。」

「…………」

「誰一人あきらめない。繋ぐことを……地道に丁寧に、一点一点積み上げていく根性と力こそが―――」

 

音羽の真っ直ぐな瞳が猫又を捉える。

 

「チームが強くなった要因……でしょうか。」

「……ほう。」

 

彼女の持論。猫又はそれに対し同じことを思っていた。

 

しかし……"たかが"高校二年の一選手がそこまで頭で考えているとは驚きだった。というより、そう考えている選手は他にもいるだろう。だがここまでハッキリとものを言う、語源化できる彼女の姿勢にはハッと驚かされるものがある。

 

並外れた根性とセンス。

才に満ち溢れ、折れることの無い精神力。

 

脚を失っても尚、飛ぶことを決意した影山音羽という人間――

 

口だけではないというのはこういう事だろう。

 

 

 

「……ってすみません。生意気なこと言って。」

「いいやそんな事ない。寧ろ影山さんとは話しが合いそうだ。」

「え?」

「謙虚そうに見えて穏やかそうに見えて……実は誰よりも鋭い牙を持っているのは君かもしれないね。」

 

 

"参った参った"と呟き、再び穏やかで朗らかな笑みを頬に浮かばせる猫又。

音羽はキョトンと目を丸くすると母と視線を合わせ、つられるように笑みを零したのだった。

 

 

 

 

 

「さて……お話はここまでにしておいて。よかったら練習見ていくかい?」

「え?練習ですか?でもお邪魔じゃないです?」

「そんな事は無い、歓迎するよ。それにちょうどこの土日で練習試合を組んでてね。相手は"梟谷高校"。今回は三年を抜いた"一、二年のみで編成"された特別チームで――」

 

音駒高校とはまた違う高校名。

しかし音羽は聞いたことがあるらしく閃いたように目を見開く。

 

 

「梟谷って……確か……」

「梟谷と聞いてその表情……"木兎君"かな?」

「はい。"全国で五本指に入るスパイカー"ですよね?」

 

音羽は興味深そうに前のめりになると瞳をキラキラと光らせた。

 

 

「実は少しだけ……木兎君のことは知ってるんです。」

 

 

 

 

 

 

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――音駒高校 体育館

 

 

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部員たちの掛け声が次々と重なり、響く空間。

 

同時にボールが弾ける音。跳ねる音。

―――床に落ちる乾いた音。

 

 

 

 

 

「うーーっし!音駒(俺ら)の負けだ。ペナルティフライング一周!!」

 

 

癖のある黒髪の青年が声を上げた。

同時にそのチームメイトたちは試合を終えた疲れを癒すまもなく、指示通り行動を起こす。

 

 

「……しんどい。」

「"研磨"、グズグズしねぇでいくぞー。」

「……"クロ"はなんでそんなに動けるの。」

「しんどいのは同じだっての。……キッついけどペナルティはペナルティだからな。」

 

中でも圧倒的に疲れを見せていたのは"研磨"と言われた青年だった。屈強なチームメイトが揃う中、一際細い体格。額から汗を流し、肩で息をするほどに疲れ切っている様子だ。

対し"クロ"――音駒高校二年 黒尾鉄朗。

誰よりもリーダーシップを発揮し部員たちを引き連れペナルティへと臨むのだった。

 

 

 

音駒高校――対"梟谷高校"。

今回のセットも勝ち取った面々もかなり体力を消耗したのかコート内で息を切らし、汗を流していた。

……"一人を除いて"

 

 

 

 

「ヘイヘイヘーーーーイ!!次も勝ーーーーつ!!」

 

梟谷高校のチームの一人。

疲れを見せることなく声高らかに雄叫びを上げる青年。

 

「……はぁ……はぁ……さっすが!梟谷のエース!」

「次も……次も……勝ちます……木兎さん。」

 

その横で必死にエースの調子を盛り上げ続けるのは二年の木葉秋紀と一年の赤葦京治。

化け物級のスタミナを持つ梟谷のエースにチームメイト全員が引くほどだった。

 

「……ッ……それにしても……三年抜きの練習試合でどんな結果になるかと思いましたが……一先ずツーセット取れましたね。」

「赤葦のセットアップも前より良くなってきたな。木兎をよく見てる。」

「……よく見ないと大変だということに気づいてきたので……」

 

"よくやった"と後輩を称えたのは二年の猿杙大和。赤葦の視野の広さや能力には二年全員が納得だった。とくにあの木兎の力を最大限に引き出している事実に感服する程だ。

 

 

 

 

―――二校それぞれがチームメイト達と会話を交わす。三年不在というイレギュラーな試合だが"次の代を共に歩む仲間たち"。先を見据えた、近い将来新体制で何れまた戦うことになる二校。

 

互いに闘志を燃やし、高め合う仲間たち―――

 

 

 

 

 

 

「……お、監督戻ってきた

 

 

 

―――って……"女子!?"」

 

 

 

ペナルティを終え、つかの間の休息に落ち着く音駒高校。その目の前に現れたのは"猫又監督と見知らぬ女子高生"。その後ろには母親らしき姿も見受けられた。

 

「「……」」

 

一見ガラの悪そうなモヒカン頭の青年―――山本猛虎の"女子!?"の声に体育館に居た全員の視線が音羽へと向けられたのだった。

 

 

「虎、うるさい。」

「いや……だって見た事ねぇ制服だし…でも、……何か見たことあるような気も―――」

 

冷静に山本を律する孤爪。

恥ずかしいからやめろと言わんばかりの行動は見慣れていた。

 

 

 

 

「よーし!15分休憩ー!!」

 

そしてその時、音駒高校コーチの"直井学"の声が体育館内に響き渡った。

 

梟谷高校のメンバー達は現れた音羽の存在を少し気にかけつつもマネージャーが用意したドリンクで体の熱を冷ます。

 

音駒高校のメンバー達も梟谷と同様に休息へ入る。しかし黒尾だけはタオルで汗を拭うと直ぐに猫又の元へと走り寄る。

 

 

 

「―――すみません監督。ワンセット取られました。次のセットは必ず奪い返します。」

「ん。ただ焦りは禁物だ。慎重に相手を捉えたらいい。」

「はい。」

 

……第一印象"真面目な青年"

真っ直ぐと監督を見つめる彼の瞳は真剣そのもの。猫又も彼には信頼を寄せている様子だった。

 

そんな黒尾をじっと見上げる音羽。

ふと視線が合うと互いに会釈をする。

 

 

「監督。そちらの方は?」

「ああ。少し練習試合を見てもらおうと思ってね。」

 

猫又が再び音羽と母親に笑みを含んだ瞳を向けると二人は頭を下げる。つられるように黒尾も姿勢よく頭を下げた。

 

「ドーモ。俺は音駒高校男子バレーボール部の黒尾鉄朗デス。」

「はじめまして。練習中にお邪魔します。私は才華女子二年の"かげや…"」

「え!?サイカって……あの"才華"!?」

「ッ……え?」

 

名を聞く前に高校名で驚きの様子を見せる黒尾。突然の声の大きさに音羽は驚いたリアクションを見せ、続けて言葉を言い放つ黒尾にグイグイと迫られたのだった。

 

 

「たった数ヶ月で強豪を倒して全国に行ったって!めちゃくちゃ有名な話……」

「そう。その立役者になった選手だ。」

「ま、待ってください!立役者なんて大袈裟です!」

 

満更でもないと言わんばかりの猫又のストレートな言葉に両手を顔の前で揺らす音羽。

 

「女子バレーにそんな詳しくは無いですけど、才華女子の話はさすがに聞いたことがありますよ。ていうか知らない奴はいないんじゃないかって…」

「確かに強いのは事実ですが私は大したことないですから、本当に!」

 

興味津々の黒尾。対し音羽は変わらず謙遜する。その二人のやり取りに猫又と母親はクスクスと笑みをこぼしていた。

 

「「……」」

 

 

なにやら賑やかそうな雰囲気の音羽達の元に現れる音駒高校のメンバーたち。中でも孤爪は音羽の容姿を見たその時、ぼそりと呟いた。

 

 

「……"見たことある。"」

「え?研磨知ってんの?」

「月刊バリボーで特集組まれてた…影山音羽さん。」

 

孤爪の言葉に黒尾は目を丸くした。

確かに見たことはある。彼女があの才華の人物なのも理解はしているが名前までは把握していなかった。

 

「全日本ユースに選抜されてて"女子バレーナンバーワンセッター"……ですよね。」

 

「……えっと」

 

孤爪の放ったワードに戸惑う音羽。

確かにそうだった。"今は違う"。

 

 

 

「この号!この号!俺知ってるっス!!」

「虎、ウルサ…」

「女子バレーもちゃーんと調べてるんスよ俺!特にこの号は伝説級に美女が載ってて!持ち歩いてるんです!」

 

微かに漂う音羽の絶妙な空気を絶ったのは山本。

どこから持ってきたのか手には月刊バリボーがあり、パラパラとページを捲ると特集ページを掲げたのだった。

 

 

「才華女子のスーパーセッター!しかも美人で!女神って言われてるんスよね!」

 

"高校女子バレー特集!未来を担う選手達。"

巻頭に大きく載せられた文字とともに音羽がジャンピングサーブを打ち込む瞬間の写真が掲載されていた。

 

"才華女子高等学校一年 背番号9番 セッター影山音羽"。全日本ユースに早くも選抜され将来を期待された逸材。中学時代もベストセッター賞を獲得。恵まれた体格にセンス、そしてルックスも目を引くものがある。必然的に有名になるのも当たり前だった。

 

「すっげえ!マジで本物!サインください!」

「虎。近づきすぎ。」

「興奮するのも分かるけど後にしとけよー?またセット取られる訳に行かねぇだろ?」

 

山本を止める孤爪、そしてさらに背後から現れるのは黒尾と同級生の夜久。

他にもメンバーたちが声を上げるとあっという間に賑やかさは増し、黒尾は両手を組むと小さく息を吐く。愉快な光景だと呆れ顔だった。

 

しかしふと黒尾の視線が音羽の足元へと向けられた。

 

 

 

「……へぇ。」

 

 

感じた違和感。左脚の質感や色味、無機質な雰囲気に敏感に気づく。まるで作り物のような脚。あまりまじまじと見るものでは無いがどうも気になってしまう。

 

 

 

「((……義足?))」

 

 

黒尾の視線が脚元から顔へと移動する。

音駒のメンバーたちと話す姿に人見知りのような光景もなく、優しい笑みを含みながら会話をする彼女の姿はまるで女神そのもの。雰囲気もそうだが容姿も他の子とは違う。

 

現役の女子バレー選手もそうだが基本的にショートカットの子が多い。しかし音羽は肩にギリギリつくかつかないかの黒髪ボブ。サラサラと艶のある髪質は何故か惹かれてしまう。全体的な体格のバランスも良い、本当にバレーをしているのか?と疑ってしまうほどに筋肉の付き方が綺麗なのだ。

 

美しい黒髪、白い肌、知的な切れ長の瞳。

数々の仲間たちにボールをセッティングしたであろう掌に指の一本一本。そんなところにも目がいってしまう。

 

「ッ……」

 

黒尾は無意識に息を飲んだ。

秘密を秘めているような、普通じゃない彼女の様子は妙に引き込まれるものがあったのだ。

 

喩えられない、形容し難いその感情。

黒尾は様々な意味で"彼女に惚れてしまった"。

 

 

 

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「―――猫又監督と現れた親子……何者でしょうか。」

 

梟谷高校一年 赤葦京治がふと呟く。

 

 

 

音駒高校のメンバーたちが一人の少女を取り囲む。

そんな中、対面側のコートでは梟谷高校のメンバーがそれを静かに見守っていた。一緒に訪れていた女子マネージャー達も不思議そうに眺める。

 

一際異彩を放つ黒髪の少女。

見慣れない制服。きっとこの辺りの学生ではない。

 

誰も彼女のことを知るはずはない―――

 

 

 

 

 

 

「……"あの子"……」

 

その時、梟谷高校二年 木兎光太郎が思い出したかのように静かに呟く。

 

そのつぶやきを耳にした一同。

"まさかあの木兎が――"と誰もが驚きを隠せない。

 

他者と言うより……誰もその存在を知らない異性に対して"あの木兎"が反応を見せるのは希少かつ稀な事だった。

 

「え?木兎さん知ってるんですか?知り合いとか?」

「いやあ、知り合いってわけじゃねえけど……"知ってる"。」

 

赤葦の問いかけに"うーーーん"とこ首を傾げ腕を組む木兎。その光景を見た時に"いや、木兎の勘違いだろ"と未だに梟谷の面々は胸中でつぶやく。

 

 

「"今年の春高で"……ちょっとだけ……」

 

 

 

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――2011年1月

"春の高校バレー" 東京会場にて――

 

 

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「……"メインアリーナ"……じゃない。」

 

梟谷高校一年 木兎光太郎は絶望していた。

夢に見ていた春の高校バレーの舞台。

全国から強豪校が集まり、広くて大きな会場で……沢山の観客たちに見守られながら、声援を受けながら―――

 

しかし今自分の目の前にはひとつのコートだけが置かれた"サブ"アリーナの舞台。

観客もメインに比べたら疎らだ。声援も、人の数も違いすぎる。

 

 

「((高校初大舞台で……しかも一年からスタメン入りしてるこの舞台で……なんでメインアリーナじゃないんだよ!!))」

 

――体から力が抜けていく。まさに"抜け殻"と化す。

 

試合開始時間まで残り僅か。まずい、時分でも分かっている。だが力が入らない、やる気が上がらない。会場にたどり着いてサブアリーナだと知らされた時、なんとなく現場のイメージが湧かなかった為もありそこまでテンションは下がらなかったが現場現物を見た瞬間に"落ちてしまった。"

 

「おーい木兎。そろそろ準備しろよー」

「木兎、控え室に荷物置きに行くぞー」

 

先輩たちの声も耳に入らない。

唖然とサブアリーナを入口から見つめ続けては固まったまま。

 

しかしこれが"いつもの事"だと理解していた梟谷のメンバーたちは特に相手にしないまま彼を残して目的地へと向かっていた。

 

木兎光太郎――この青年、常識では考えられないほどの"気分屋"なのだ。常人からは計り知れない、超くだらないことで急激にテンションが下がってしまう。

一年にして既にエースの頭角を見せつつある木兎であるがそれが最大の難点だった。

 

 

「……サブ……サブ……サ――」

 

ゆらゆらと呆然と気抜けた様子でようやく歩き始めた木兎。巨体が会場の通路を動き始めたその時。彼の体に何かがぶつかった。

 

「ぶっ!!」

「おっ!?」

 

木兎より二十センチ程低い背丈の少女。

黒髪ボブの頭頂部が視界にうつるとその体ほ巨体に弾かれるようにその場に尻もちをついた。

 

 

「ッ……痛……」

「ごっ、ごめん!俺がよそ見して――」

 

直ぐに木兎は少女に向けて手を差し出す。対して直ぐにその手を掴み起き上がると視線と視線がぶつかり合う二人。

 

そして互いのジャージや持ち物に記されていた学校名を目にすると同時に声を上げたのだった。

 

 

「…梟谷」 「才華!」

 

それぞれがその高校名にピンと来たらしい。

少女は梟谷という高校名に何を思ったのかは不明だが木兎に関してはすぐに理解出来た。

 

 

「………"メインアリーナ"」

「え?」

「やっぱり!メインアリーナが良いよな!?」

「え!?」

 

木兎の大きな声が轟くと同時に少女は両手をがっしりと掴まれると半ば引き気味に後退する。しかしずいずいと容赦なく近づいてくる彼の力に勝てるはずもなかった。

 

 

「確か才華もサブアリーナだよな!?さっきトーナメント表見たら女子の一試合目に"才華"って書いてて」

「ええっと……確かにそうですけど?」

「やっぱり春高はメインアリーナだよな!人の歓声も!スケールが違いすぎる!」

 

とんでもない眼力と圧。

同意見を相手に求めようと必死な姿に笑ってしまいそうだ。

 

少女はふと必死な彼を前に耐えられなくなり小さく笑みをこぼす。"ふふっ"と可笑しそうに笑う姿に木兎はようやく我に返ると慌てて少女から手を離した。

 

 

「……でもさ、"勝てばいいでしょ?"」

「へ?」

「1回戦勝ち上がればメインアリーナ移動。単純に勝てばいいんじゃないですか?」

 

相手の言葉を飲み込み暫く流れる沈黙。

キョトンと気抜けたような間抜け面だった木兎の表情が途端にキラキラと輝き出した。

 

「確かに!!そうだな!!」

「えっ!わっ!」

「ありがとう!そうだよな!勝てば良いんだ!勝てば!」

「ちょっ!力強いんですけど!」

「あぁっ!悪い!……つい力が……」

 

まるで壊れた機械のように表情が一転する木兎。容赦ない力に周りを一切気にしない大きな声。いい意味でも彼は天然なのだろうか。

 

 

「……えーーっと……才華の……」

「影山音羽」

「か……カゲヤマさん。」

 

今更ながら自分よりも華奢な少女に自分はなんて失礼なことをしてしまったのだと後悔していた。別に女性慣れしていない訳では無いがいきなり初対面の相手、しかも普通にカワイイ女の子の手を掴むなど初めてのこと。

 

"音羽"は可憐に笑みを零すとジャージを翻した。

 

 

「……それじゃ、お互いメインアリーナに行けるように頑張ろうね?"梟谷高校の木兎光太郎君"?」

「え、あ!おう!……か、カゲヤマさん―――」

 

音羽が手を振ると反射的に手を振り返す木兎。

しかしその時、木兎の頭に"?"マークが複数浮かび上がった。

 

「……ん?なんで俺の名前知って……」

 

 

"梟谷高校一年 木兎光太郎"

音羽と同じく一年からスタメン入りを果たしていた将来有望のプレイヤーのひとり。

 

夏のインハイでの好成績をおさめていた木兎。

その名前を音羽は既に知っていたのだった。

 

 

 

 

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「―――って事があったんだよなー。」

「((…木兎さんらしい。))」

 

気分屋もここまでくれば酷いものだ。

というより、赤葦は既に知っていた事。

"もし春高出場が決まった時、万が一サブアリーナになった場合。前もって先に伝えておかなければ……"なんて一年ながらに赤葦は胸に刻んだのだった。

 

 

「今年の春高。才華って初めての全国出場だったんだよ。」

「そんなに強くなかったんですか?」

「あんまり詳しくは知らねえけど…女子バレーだし。ただ東北の高校でめちゃくちゃ強いセッターが居るってのは聞いたことがあって。」

「へぇ、セッターなんですね。」

 

赤葦の瞳が音羽を捉える。

そしてその横でドリンクを飲み終えた木兎が体を伸ばすと同じく視線を彼女へと向けた。

 

 

「――それが"コート上の女神様"。影山音羽だったんだ。」

「"コート上の……女神様"」

 

 

 

 

 

 

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「研磨!!」

「ッ…クロ…!」

 

 

「木兎さん!」

「あかーし!」

 

 

そして再び始まる練習試合。

コートを飛び交うボールの姿を間近に目にする音羽。久しぶりの光景に胸がドキドキと高鳴る。

 

 

「((……すごいパワー……やっぱり女子と違って全部が早いし……ていうよりこの人たちすごい……))」

 

三年抜きの練習試合と聞いているが既に仕上がっているチームに見えた。互いのチームの守備も攻撃も、セッティングするセッターも両校ともに一年だとも聞いている。

 

「((すごい……これが全国常連校の男子バレーチー……))」

 

 

刹那、梟谷高校にボールが回ってきた時。

赤葦が完璧なセッティングでボールをあげたその時―――

 

 

「うおっ!ヤベッ!!」

「木兎さん!!」

「((力みすぎちまった!!全然違う方向に―――))」

 

 

コートサイドに置かれた椅子に腰掛けていた音羽に向けて木兎の豪速球が容赦なく突き抜ける。

 

 

「ちょっ、ま!研磨!」

「くっ……((ダメだ……追いつかない……))」

 

音駒側から見てライト方向に向かう豪速球。

ライト側に居た研磨は既に体力消耗。咄嗟に動けず、汗を流しながら腕を伸ばすも届かない。レフト側に木兎のボールが落ちてくると思っていた面々は勿論レフト側に固まっていた。監督陣も即座に立ち上がるが間に合うはずもない。

 

 

 

 

 

 

 

―――"とれる。繋げる。"

 

 

 

 

 

「っ……」

 

反射的に体が動く音羽。

パイプ椅子から立ち上がり両腕を前へと構え手のひらを広げた。まさかのアンダーではなく"オーバーハンドパス"の姿勢に。

 

そしてそのボールは"繋がった"。

 

 

 

 

 

 

「「「!?」」」

 

その場にいた全員が大きく目を見開いた。

それもそのはずだ。

まさかあの土壇場であの豪速球を"あげた"のだ。

 

しかもアンダーではなくオーバーハンド。とんでもない反射力とセンスがなければ間違いなく反応できなかっただろう。

 

音羽が繋いだボールはそのまま黒尾の元へと飛んでいく。しかしとんでもない光景を目の前に反応できるはずもなかった。

 

――ボールは静かに床へと落下する。

 

 

 

「((なっ……あの位置で、あのタイミングでオーバーハンド!?しかも俺にセッティング……))」

唖然とする黒尾。

 

「((…………疲れた。))」

その場に膝を着く孤爪。

 

 

「((木兎さんの豪速球……あれをそのままセッティングするなんて……))」

セッターとしてのセンスを身をもって実感した赤葦。

 

 

「((………………))」

とんでもない自分のミスをとんでもないセンスによって"上げられた"ことによってショックを受ける木兎。

 

 

 

 

 

「……あ……」

なんとなく反射的にやってしまったと、手を出してしまったことに恥ずかしさをおぼえた音羽。

 

 

「……俺の豪速球……あんな簡単に……」

「木兎さんの乱れた豪速球サーブを……セッティングした……」

 

茫然と立ち尽くす梟谷。

 

「あのおじょーさん、やるねー。」

「……はぁ……はぁ…………」

 

疲労と驚愕に挟まれる音駒。

 

 

 

「……ん。見事。」

 

 

猫又は生き生きとした満面の笑みを浮かべ満悦。

 

バレーに愛されている女神の姿を目の前に彼女の才能の全てを実感したのだった。

 

 

 

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「どうだね?なかなか面白かっただろう?」

「はい!久しぶりに男子バレーをこんなに近くで見れるなんて刺激的でした!」

 

 

帰りの新幹線の時間があるからと試合途中に体育館を後にする音羽と母親。そして見送ると校門まで歩くのは猫又の姿。タクシーを待つ少しの時間、猫又と音羽は会話を続ける。

 

 

「女子と違ってバネもすごいし……ひとつひとつのパワーが本当に凄くて!一心不乱にボールを繋ぐ皆さんの姿を間近で見れて……本当にッ……」

 

両手を握りしめ強く眼光を輝かせ猫又を見つめる音羽。そんな彼女の姿に猫又は嬉しそうに笑顔を零す。

 

 

「うん。君はやっぱりバレーが好きだね?」

「ッ……」

 

その時、顔を真っ赤に染める音羽。

興奮冷めやらぬと言わんばかりのその光景は今更ながら恥ずかしくなってしまった。まるで小学生のようにはしゃぐ姿はかなり珍しい光景だ。車椅子を畳む母親もそれを横目に穏やかに微笑む。

 

 

「実は試合中。君の様子を見させてもらっていたんだよ。」

「わ、……私の?」

「ああ。」

 

……多分とんでもなく興奮していたところを見られていたかもしれないと思うとさらに恥ずかしくなってしまう。耳まで真っ赤にするとそれ以上言葉も出てこない。

 

しかし猫又はその様子を前にしながらも真剣に言葉を続けた。

 

「……大腿切断というハイリスクなその状態でバレーを続けたいと思った影山さんの気持ち、選択。結論を出すまでに色々と葛藤しただろう?」

「はい……そうです。」

「うんうん。……ではひとつだけ言わせてもらおう。」

 

タクシーが視界の先に映る。

猫又は"最後に"と言わんばかりの様子で音羽の手を優しく包み込むように覆う。

 

「一番無意味なのは"ただやること"。"考えて、やってみて、失敗する"はアリだよ。」

「……っ…」

「今日の影山さんの様子を見させてもらって安心したよ。絶望的な状況下でもバレーから目を逸らさずひたむきに考えてきた。その姿勢が充分伺えたね。」

 

タクシーが到着したと同時に爽やかな夏の風が二人の間を吹き抜ける。猫又の優しい言葉と表情に音羽は目頭が熱くなっていく。

 

「今後、色んな壁にぶち当たるだろうが……とにかく考えてやってみるんだ。自ずと結果に繋がるだろう。」

 

猫又の手が離れていく。

そしてその手は音羽の肩へとのせられた。

 

 

「応援してるよ。影山音羽さん。」

 

 

音羽の瞳から一筋の涙が流れ落ちた。

悲しみでもない、慈しみの涙でもない。

 

 

喜びと決心。

音羽はこの時、心の底から炎が湧き上がるような感情に包み込まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

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――2012年7月

リハビリ施設にて――

 

 

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このリハビリ施設に通うようになって一年が経った。泊まりで東京に来るのも何度目だろう。最初の頃は親も同伴で来ていたがここ数ヶ月間はひとりで来ることも増えていた。

たまに猫又監督の世話になりながら、はたまた近所の音駒高校の生徒たちに助けられながら―――

 

 

 

 

「うぃーす。音羽。」

「…久しぶり。」

 

 

リハビリ施設内の食堂に現れたのは赤いジャージをまとった二人組。音駒高校三年、同い年の黒尾鉄朗。同じく音駒高校二年の孤爪研磨。

 

 

「え?クロ君に研磨君?なんでここに?」

 

「"なんで"って、今日から東京(こっち)来てるの知ってるし。」

「…クロが監督にいつも聞いてるから、音羽さんのリハビリスケジュール。」

「シッ!!それは言うなって約束だろ!」

 

幼馴染同士のふたりは今日も仲がいい。いつも一緒にいるし見てるだけで楽しい二人組だ。

 

 

 

「あー………えっと。

今日は伝えたいことがあってよ。」

「え?何?」

 

癖のある黒髪を恥ずかしそうに掻く黒尾。一瞬視線を泳がせるも再び目の前の音羽へと戻す。

 

 

「明日から恒例の梟谷グループの夏合宿始まるし、今回ほぼ被ってるんでショ?スケジュール。」

「うん?たしか……そうだね?」

「しかも今年は烏野も参加だし。弟くんも来るんだよね?」

「赤点補習決まってるから合流は遅れると思うけど。」

「え?そうなの?」

「うん。」

「音羽の弟なのに?」

「飛雄、私と違ってお勉強苦手なんだよね……」

 

"トホホ……"とわざとらしく頭を抱える音羽。

飛雄からは別途連絡が来ていたのだ。

 

"姉ちゃんごめん。赤点でした。"と。

赤点で補習確定したら今回の合宿に遅れて参加だと聞いた後、音羽は必死に飛雄に勉強を教えていたのだ。時たま自宅に日向をも呼び寄せ、三人で遅くまで勉強会をした日もあった。

 

しかしダメだったのだ。

日向も共に赤点らしい。

 

 

 

「……ねえ。音羽さん、いつまで東京いるの?」

「えっと…とりあえず今日から3日間。で、また宮城戻って暫くしてまたこっちに来る予定で……」

 

「才華の練習は?夏のインハイも予選勝ちしてるよな?」

「参加してるし、本試合も控えだけど出る予定。新山との練習試合もあるしその時はまた宮城に戻るんだ。」

「へぇ。なかなかハードだな。」

「そうでもしないと春高間に合わないからね。」

「脚の調子は?」

「バッチリだよ。今回新しい義足に調整してもらうんだけど――」

 

孤爪と黒尾との会話。

三人の様子を見る限りこの一年でかなり距離は近くなったらしい。

 

音羽も彼らのことをとても信頼していた。東京

なれないこの土地に来る度に気にかけてくれていた人達。中でもこの二人は誰よりも気にかけてくれている。

 

 

 

「なあ音羽。7月末からの森然高校の合宿、お前も来ない?」

 

会話の一節が終わったその時、ふと黒尾が提案を出す。しかし音羽はあまり乗り気では無さそうだ。

 

「いや、なんで部外者の私が合宿に?」

「その辺もこっち来てるんだろ?場所は埼玉で距離あるけど、別に来れなくねえだろ?」

「だから私は部外…」

「各校の女子マネも居るし。なにより猫又監督も喜ぶだろうし。」

 

自分の話を一歳聞き入れない黒尾。真剣な眼差しと声のトーンを前に完全にNOと言えない空気。

 

 

「あと木兎。」

「……えー……」

「"しょぼくれモード"回避は音羽にかかってるだろ?副主将さんも喜ぶ。」

「私その要因で行くのは御免なんだけど。」

「ははっ!ジョーダンジョーダン。」

 

"冗談に聞こえない冗談"だと笑えない。

梟谷の副主将……赤葦の顔を脳裏に浮かべると完全に断る気にもなれない。

 

 

「俺たちの最後の夏だ。最後の春高にかかる大事な時期だ。お前が来てくれたら、みーんな喜ぶ。技術も向上するのは明白だろ?」

 

対面側に座る黒尾の上半身が心做しか前のめりになる。孤爪は変わらず黒尾の隣で隣でゲームをしているが時たま視線は合う。

 

 

「少なくとも音駒(ウチ)の士気は上がるね。」

「だろー?研磨もそう思うよな?」

 

ここで頷かせる気なのだろうか。この空気感で首を振るうのは気が引ける。しかし自分の状況からして迷惑をかけそうで怖いのだ。

 

 

「……行けたら行くね。」

「それ絶対来ねえやつが言うセリフ。」

「体力的な問題もあるでしょ?私も練習試合控えてるし、調整も―――」

 

"だから無理……"と言おうとした時。黒尾の大きな手がテーブルに乗せられた音羽の左手を掴む。

 

 

「なら俺が迎えに来る。それでどーよ?」

「……はい?」

「車椅子でもなんでも俺がフォローするし。参加しろよ。」

 

込められる力。有無を言わさない強い眼力。

木兎もそうだったが恐ろしささえ感じる。

 

 

音駒(ウチ)の学校のバス。席いっぱいあるから音羽さんも乗れるよ。車椅子も乗せられる余裕あるし。」

「研磨君まで…」

「音羽さん来なかったらクロうるさいし。コンディション良くなるから来てよ。」

「私はそれぞれの主将のコンディションの為に参加せざるを得ないのでしょうか?」

「うん。」

「…………」

 

 

この子、私よりも年下だよね?と混乱することが多くある。黒尾とはタイプも何もかも違うが似たような圧はあった。平然と涼しい顔でそんなことを言うもんだから錯覚してしまいそうだ。

 

 

戸惑う音羽。

自分が行ったところで気を使わせたくもない。彼らは優しい、もしかして本心じゃなかったら―――なんて不安がよぎる。

 

 

しかしそれを打ち壊すのは黒尾だった。

 

 

 

「"一緒に春高行くだろ"。」

「……」

「最後の春高だ。俺とお前は今回で最後なんだ。」

 

掴まれていた手が今度は覆うように優しいものへと変わる。

 

 

 

「みんなも待ってる。」

 

 

 

彼は優しい笑顔でそう言った。

ニヤッと白い歯を見せて、意地悪そうに笑う。

 

 

 

 

音羽の左脚がやけに疼く。興奮に震えているというような表現の方が近いかもしれない。

 

 

 

 

「飛んでる姿見せてやれよ。"女神様"」

 

 

 

 

彼は真剣な声色でそう言い放ったのだった。

 

 

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