「で、結局……ビーチェ?は、なんなんだ?」
「もうひとりのあなたです。」
「わかんないよ、そんなこといわれてもさ……」
もぐもぐとサンドイッチと化したスモークチキンを頬張りながら、おれは前髪に問いかけた。
前髪から声が伝わってくるのは、なんかちょっと気持ち悪い。
「……いいでしょう。軽く説明します。
私はもしかしたらあなたであったかもしれない存在です。
もしかしたら、あなたではなかったかもしれませんが、既に私はあなたではない存在という主体的な概念を失ったので、間違いなく……
あなた自身であり、そして同時に、私という個我もまた、間違いなく存在している。」
「前提知識がなさすぎて、なにをいってるのかの意味すら分からない……」
「……創作上でよく使われる概念に……
もしこのような場合があったらこのようである、というIFの世界が、無数に存在しているかもしれない、という妄想があります。
それは実際のところ、妄想ですが、だからこそほとんど正しいのです。
私はそれを利用した儀式を完遂し、それによって……
あなたであるかもしれない存在となり、そしてあなたの一部となった。」
な、なにいってるんだ、こいつ……
とりあえず、もともとおれではないけど、今はおれの一部ってこと?
(なんかこわ……)
「食事をイメージしてください。私はもともと生きた動物だったかもしれませんが、すでにあなたに吸収されて、からだの一部となりました。
綺麗に生えた爪や髪のようなものです。
そう重大に考えたところで、意味はありませんよ。」
「そ、そういわれると、なんかそれはそれで怖いというか……」
「ふむ……
では、こう定義しましょう。」
赤い前髪が、すぅっと視界から消えた。
そして、肩に違和感……
「お、おさげか?」
ちょっと長めの三つ編みになったその赤は、声をまた発した。
頭上から離れたおかげか、わりと聞きやすくなった。
「わたしはあなたのイマジナリーフレンドです。
相談にのってくれる、都合のいいあなた自身……
どうです、悪くないでしょう。」
「ええ……?」
「ちょうど、つい昨日気になっていることがあったでしょう。
それを言ってみてください。」
「……浦和さんに悪いことしちゃったっぽいから、どうしよっかな~って。」
「定義が緩すぎます。だから答えなんてものは出ません。」
「ええ……」
赤いおさげはぴしゃりといった。
「そもそも、あのとき浦和ハナコが苦しんだのは、あなたの過失によるものではなく、勝手に感情を自身へと叩きつけた結果です。
であるならば、わたしたちが見るべきことはひとつ。
浦和ハナコという人物と今後距離を保って接するか否か。」
「それは……うん、でも……」
「でも?
浦和ハナコが苦しんでいるのは、たしかに私の行動からなにかを見出したからでしょう。
しかし、それは彼女が勝手に思ったことです。
そして、私がそれをみてああだこうだと悩んでいるのも、私が勝手にああだこうだと思っているだけです。
道徳的善悪も社会的善悪もなにもない、事実がそれなのです。
そのどうとでもとれる、どうでもいい事実は、本当に悩んでいることですか?
いいえ、私はそこに引っかかっているわけではない……」
ビーチェの強い口調と論調は、なんだかすっきりと入ってくるような、けれど違うと言いたくなるような……
「XXという個人が最も気になっているのは……
つらそうに思える要因を抱えている彼女を、どうすればそうでない状態へ誘導できるか。
これではないですか?」
「……そう、かも。」
おれは呟いた。
「おれ、浦和さんが心配、なのかな。」
「それもまたどうでもいいことです。
あなたが悩んでいるのは、浦和ハナコがつらそうに振舞っていることを嫌に感じたので、その感覚を解消するために、どのように行動すべきか。
……では、行動の指針を示しましょう。」
ビーチェはその細長いおさげボディを持ち上げ、おれの目の前に移動して、まっすぐと声を投げかけてきた。
「まず、浦和ハナコがどうしてそのように感じたのかを知るのです。
やりかたはいくつもありますが、例えば彼女がどういう環境にあったのかを知ることができれば、推測ができます。
そして並行して、彼女がどう思われているか。この情報を知ることができれば、それを補強できるはずです。
それから、彼女のパーソナリティを推測し、悩みの根を切り取ってしまえばいい。」
「……なんか、プライバシーとか……」
「気にしていたら、始まりませんよ。
先生は時間を置くことで環境が変化すると考えているようですが……
しかし、私自身がアプローチすることで、環境を自ら変えることも、やりかたのひとつなのです。」
おれは、悩んだ。
たしかに、ビーチェのいうことは一理も二理もある、気がするが……
ちょっと乱暴じゃないか?
でも……
「やらないと、変わらない、か……」
おれは呟いた。
そして決めた。
「うん。
浦和さんと、仲良くなりたいな」
「そうですか。
お役に立てたようでなによりです。
ふう……」
ビーチェが揺らめいて、おさげとして自然なポジションに戻った。
相変わらず、赤いな……
「私は少々疲れたので、黙ります。用があれば、頭の中で考えてください。
そうすれば……」
(このように、返事を返しますので)
「う、うん……」
そして、静寂が戻ってきた。
そしたら、わりと鳥のぴちぴちという鳴き声が聞こえるようになって……
時計をみた。
そろそろ、登校するにはいい具合の時刻だ。
「いくか……」
おれは制服を着るため、立ち上がった。
どんどんと。