「たしか、マリーっていってたっけ……」
浦和さんがどういうひとと仲がいいのか、と考えた時、聖園ミカがシスターフッドという単語を出していたことが、引っかかった。
シスターフッドというのは、まあシスター的な団体で……
そこに、礼拝堂での授業で弾けた格好……という出来事も踏まえると、結構関係性が深そうに感じる。
そして、そのうえで、おれは合宿所でのことを思い返した。
あのシスターの子と、浦和さんの仲は、振り返ってみると結構近そうだと思う。
玄関まで見送っているところとか、単純にパーソナルスペース的な距離感とか……
もしその、マリーさんと、浦和さんの仲が深いなら、周りからどう思われていたのか理解するにはうってつけの人物に思える。
ただ……
おれは沈黙を保つおさげを、ちらりとみる。
赤いおさげと化したビーチェなるこの……自称もう一人のおれのいってたこと……
つい、流されるまま、聞き入れてしまったわけだが。
そもそもこれ、めちゃくちゃわけがわからない状況だ。
それは、今朝の出来事自体がそうなのだが、けれどそれとは別に、なんでおれ、こんなに素直に受け入れちゃってるんだ?
結構ひとみしりだぜ、おれ……そういう自覚があるくらいなんだぞ!?
も、もしかして、本当に、もうひとりのおれ!的なシンパシーがあるのかな……とか思っちゃったりして……
不安と興奮のどきどきが相混じっている……
おれも、お年頃なんだ……こんな非日常的出来事があると、なんだか……
つい、気になってしまう!
そんな具合で、結構複雑な想いを抱えながら、おれは歩いていた。
目的地は、シスターフッドの本拠地である大聖堂だ。
もう、遠目にみえるけど、すごく大きな建築物で、語彙力が消える……
わりと見たことは、少なくとも片手の指より多いはずなんだけど、でもそういう雰囲気がある、そんな建物だ。
正面入口から入ると、ちょっと冷たい空気が肌を撫ぜた。
壁にある地図をみようとしたら、その下にリーフレット……
開いてみると、ここの案内らしい。
シスターフッドの相談窓口は……わりと近いな。
ぱっぱと歩いて、入って、聞いてみた。
「どんなご用件でしょうか。」
「シスターマリーさんに、えと」
「なるほど、少々お待ちください。」
「あ、はい……」
「マリーさんには、あなたのように相談にやってくるひとは多いですよ。経験豊富な方です。
ですから、気を楽にして、お話してみてください。」
「あ、えと……その」
「いま連絡を送りました。すぐ来るそうですから、そちらの席で少々お待ちください」
「うあ……はい……」
おれは座った……
お、おれ……全然喋れない……
し、シスターのひとの雰囲気、つよい……
やっちまった……そしてどうしよ……
これ、ちゃんと喋るか?
悶々としているうちに、足音が現れた。
みると、あのシスターの子だ……
彼女はこちらへ歩いてきて、にこりと微笑んだ。
「今日も平和と安寧が、皆さんと共にありますように。
私は、伊落マリーと申します。
この間、先生と一緒におられた方ですね。
本日はご相談があるとのことですが……」
(かわいい……めちゃくちゃ美少女……)
「XXです!
え、えと……相談というか、お聞きしたいことがありまして……
いえ!相談も、いま思いつきました、ので……
ええと……」
「大丈夫ですよ、安心してください!
私はシスターとして未熟ですが、精一杯聞かせてもらいますね。
では、こちらのお部屋へ。」
「はい!」
おれは手を引かれるままに、部屋へ入った。
すべすべもちもち!
椅子に座り、机越しに向かい合う。
伊落さんは、座り姿もめちゃくちゃ麗しい……
おれは恐縮したが、微笑みを湛える彼女の表情に、勇気を振り絞ることにした。
で、どこから切り出そう……
改めて振り返ってみると……
そんなおれを察したのか、伊落さんは優し気に声を出した。
「わたしに聞きたいこと、とおっしゃられていましたね。」
「は、い。
えっとぉ……」
おれは背筋をぐっと伸ばし、反射的に言葉を出した。
「浦和ハナコさんと、仲良くなりたいので、彼女がどういうひとか、知りたくて……!」
「ハナコさんと、ですか。」
すると、伊落さんは少しだけ、困った表情になった。
おれは慌てて、言葉をまた出した。
「お、わたし、前に浦和さんと話したとき、彼女が……なんか、苦しそうになっちゃって、それで、謝りたかったんですけど、その理由がわからなくて……
それで、相談したら、浦和さんがどういうひとだと思われていたか知れば、わかるって、言われたんです……」
「……そう、ですか……
その会話は、どういった内容だったのか、お聞きしてもよろしいですか?」
「もちろんです!
えと、わたしが、ついみせたくないな~ってところをひとに見せてしまうので、浦和さんみたいに振舞えたらな~って、かんじでした。」
「……」
伊落さんは、目を閉じて、少し考えているようだった。
清廉な雰囲気に、おれはなんか失言したのかなって、かなり不安になってきた……
そのとき、頭のなかで、声が聞こえた。
(落ち着きなさい、私)
(ビーチェ!?)
(ここでペースを譲るべきではありません。あなたの目的はあくまで浦和ハナコに対する周囲からの認識を知ること。
伊落マリーは考えを纏めていますが、それが望む解答へ結びつくとは限りません。
このような場合、共感性のある話題を提供すれば、その流れに従って会話が形成されます。
こう語るのです……)
(う、うん。)
「う、浦和さんは、とっても魅力的なひとにみえるので、憧れるな~って思ってたんです。
でも、仲良くなるためには、ただ憧れるんじゃなくて、どういうことが好きなのか、理解する必要があるかな、って、思いまして……」
「……そう、ですね。」
それを聞いた伊落さんは、目を開いた。
なんだか、少しつらそうな表情……
けれど、話し始めてくれた。
「ハナコさんは、とても頼りになるひとだと、皆さまが感じてらっしゃったと思います。
話せば、抱えている悩みや気持ちを語らずとも察してくれて……
どのようなときも、正しい。
そして、いつでも味方になってくれるひと。
ですが……」
そして、彼女は物憂げな表情になった。
「それは、いつであってもそうだったように、振り返ってみると感じました。
もしかすると、本当にいつも、そのように振舞っていたのかもしれません。」
「……?
えっと、それは……悪いことなんですか?」
「いいえ、それはとても良いことだと、私は思います。
ですが、それは……彼女にとって、窮屈だったのかもしれません。」
(ど、どういうこと……?
いいことやってて、いいひとって思われてて、いい気分~ってなって……
でもそれが窮屈?)
(前提が違いますよ、私。)
(前提って?)
(自身が道徳的にも社会的にも善であったとしても、それを幸福に感じるとは限りません。
あなたがそれを幸福だと思うのは、普段そうではないからです。)
(ひ、ひどい言いぐさだ。)
(事実です。
そして、普段からそうであるひとにとって、それは当たり前のことなのです。
その事実単体をみたところで、幸福が生まれる余地はありません。)
(ええ……?)
おれは、ひとまず疑問を押しとどめてゆく……
このままではその濁流にのまれてしまう!
とりあえず、言葉を出そう。
「じゃあ、じゃなくて、では、浦和さんがあれこれ配慮する必要がない相手なら、仲良くなれる……んでしょうか。」
「それは……
どうでしょうか……」
伊落さんは、困ったように頬に手をやった。
(失言ですよ。
彼女はシスターであり、配慮する必要のない人物筆頭です。
今の言葉は追及に等しい……)
(えっ!?)
「ご、ごめんなさい!
なんか、そう、悪い人なら配慮する必要がないかなって意味で!
おれとか、そんな良くないから、仲良くなれるかな~って!」
「……
ふふ。
XXさんは、優しいひとですね。」
「え?
ええと……」
「ですが、そうですね。
もし、ハナコさんが気を使わなくてもいい相手だと思ってくれたのなら……
彼女と、本当に仲良くなれるかもしれません。
ありがとうございます、XXさん。
私にとっても、とてもありがたい時間でした。」
そして、伊落さんは微笑んだ。
すごくかわいらしい笑みだった。
「は、はい……
……?
あ、そうだ!」
「どうかなされましたか?」
「話は変わるんですけど、伊落さんは普段、心がけてることってありますか!?
話してて、伊落さんの雰囲気に憧れちゃって!」
(私よ、それは仲良くなりたくないと言っているに等しい……)
「どひぇ!?
え、えと!仲良くもなりたいです!」
「そ、そうですか?
もちろん、そう思っていただけて、とても嬉しいですよ。
心がけていることは、そうですね……
私はまだまだシスターとして未熟ですから、より立派なシスターとして振舞えるよう、心がけています。」
「今も立派なシスターですよ!」
「そ、そうですか……?
いえ、私はまだまだ未熟者です……!」
「いえいえいえ!
シスターマリーは、すごく美少女ですよ!」
「び……!?
そ、そんな、からかわないでください!」
「本気ですって!」
「もう……!
相談は終わりましたし、部屋を出ますよ!」
「そ、そんなあ……」
おれは伊落さんに引っ張られて、部屋を出たのであった……
情報が収集された。