おれは美少女になりたい   作:ふぁっしょん

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EP8「鏡の裏のような位置で」

 自転車をしゃこしゃこと忙しなくこいでいるから、正面から強めの風がずっと吹いている。

 おかげで髪は流されて、後ろのほうへたなびく。

 ビーチェのことだ、赤いおさげは後ろの方へと揺れていた。

 

 数日前からずっと、ああだこうだと悩んでいる。

 先生と連絡したらやはり忙しそうだったし、となれば浦和さんは当然忙しいだろうし、おれは暇で、やることは全然なくて、やりたいことはできないから……

 それで、ずっと悩んでいる。

 

 

 ふと、横目に空をみた。

 夕焼けから黄昏に移っていたはずの空は、もうすっかり夜だ。

 街灯の光が、夜空を薄いけれど確かに覆う雲にあたって、なんだか白っぽいような黒いような、中途半端な具合に仕上げていた。

 おれの気分が似たり寄ったりだから、ちょっとシンパシーを感じるけれど、だからといって好転するものは特にない。

 

「……ふぅ~。」

 

 細長いため息が、口からこぼれ、頬を撫でていく。

 あたたかい吐息だった。

 

「……私に聞きたいことがあります。」

「ん?」

 

 おさげのビーチェはたなびいていたけれど、そのボディをぐんと前に持ち上げた。

 声が一気に聞き取りやすくなった。

 

「このままずっと悩みを抱えているよりも、はやく解消しにいったほうがいいと思います。

 確かに、浦和ハナコや先生の邪魔になるかもしれませんが、しかし……

 いえ、言葉を変えましょう。

 あなたが心配です。」

 

「心配?」

 

「私は必要以上にこの件を重要視しているようにみえます。

 気にするにしても、そこまでしなくていいように思うのです。」

 

「それは、そうだな。」

 

「……

 ではなぜ、ほかのことに視点を向けないのですか?

 たとえばクレープを食べるときに頬にクリームが付かないよう気をつけること……これは結局、ノートに書いたっきりやろうともしていませんよね。」

 

「うう……それは、うん。」

 

「手を付けられるものからやればよろしい。」

 

「うん……」

 

「けれどそれは嫌と。」

 

「うん……」

 

「もう少し、自分を優先してもいいのでは?

 もっと、ほかのひとを信用し、頼ってもいいはずです。

 先生は頼りになる人物であり、同時に浦和ハナコは非常に優秀であることが明白です。

 補習授業部の件は、きっとどうにかなるはずです。

 そう考えて、すこしお邪魔をしても、いいではないですか。」

 

「ビーチェ、それは、ちょっと違う。」

 

 おれは自転車のペダルを、変わらない力加減でこぎ続ける。

 運動をしているからか、そのことばはすっと出てきた。

 

 

「おれは浦和さんにもっと幸せになってほしいのであって、いやな気分になんてちっともしたくないんけどさ。

 それはたぶん、おれがそう感じたいから、そうしたいってことなんだ。

 根っこはそこなんだよ。

 やりたいことをやるために、やりたくないことをやる必要は……

 少なくとも、これが義務とかに結びついてない以上、ないんじゃないかな。

 だから、ビーチェのいうことは間違いないし間違いじゃないけど、おれは多分間違ってる最中だけど、それでもこうしたいから、このままだ。

 もう決めた。なにいってきても変えません。」

 

 それから少し、風の音だけが続いて……

 おれはちょっと不安になって、ビーチェをちらりとみた。おさげは、風にたなびいていた。

 そのとき、小さな声がした。

 

「実に、興味深い……」

「え?」

「私はいま、感動しました。」

「え???」

 

 ビーチェの声は上ずっていた。

 

「主体性を失うことによってこそ得られる知見ですね……

 あなたが私でよかった。

 いえ、私は、あなたの一部になれてよかった。

 本心からそう思いました。」

 

「な、なに?ちょっとこわ……」

 

「ふふ……

 気にする必要はありませんよ。

 こんなにすっきりした気分は、いつぶりでしょうか……

 あらためて、ありがとうございます。」

 

 おれは少し唇をもにょもにょした。

 よくわからん……

 そのときふと、疑問が浮かんだ。

 

(そういえば、ビーチェの過去って教えてくれるのかな?)

 

「……過去ですか。

 そう楽しいお話にはできませんよ。」

 

「教えてくれるの?」

 

「あまり、気分はのりません。

 ですが、多少は教えても、いい気がしています。」

 

「教えて。」

 

 ビーチェはやはり、その細長く赤いボディで、たなびいている。

 

 

「私は、崇高とよばれるものを目指していました。

 それがなんなのかはさておき、それを目指した理由なのですが……

 それが立派な手段だったからです。」

 

「……ん?」

 

「私はやりたいことや目指したいものがなかったのです。

 幼少期から人格形成をするにあたって、適した刺激を受けなかったためだと、自己分析できます。

 そして私にとってそれは、それまでただ生きるために生活を積み重ねてきましたから、当たり前でした。」

 

「……」

 

「やがて成長するうちに、大人と呼ばれるひとを知り、真似をして、大人が行うような行動というものを知り、真似をして……

 そうして、立派な手段である崇高に至った結果が、いまです。」

 

 

 おれは、どういう話をすればいいのかわからなかった。

 深刻な話に聞こえるが、それがなぜそうなのか、わからなかった。

 少しして、ビーチェはまた、言葉を投げてきた。

 

「そういうわけですから、先ほど感動したのです。

 ……私ははじめて、やりたいという気持ちを理解できた気がします。」

 

「そ……っか……」

 

(重!)

 

 おれは唇をもにょもにょする。

 どう受け止めればいいんだ!?

 わからない……

 

 けれどビーチェは(おさげだからよくわかんないけど)満足した雰囲気で、ずっとたなびいたままだ。

 おれは悶々としながら、自転車をこいでいく。

 

 そしてずっとして、とりあえず帰るか、という気分になって、帰って、寝た。

 そういう夜が、あった。

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