声が聞こえる……
ビーチェがふたり?
いや、少しだけ、違う……
「Emはやはり、前のシナリオのようにするするとはいかせない予定、楽しみにしていて、と。
どうしますか?」
「……彼女は既にキャンペーンを始めているのです、それを崩すなどということはしません……
できてせいぜい、地下生活者の二の舞でしょうし。」
「ということは、試みはするのですね。」
「私はまだ、あなたではありませんから。
それはつまり、あなたはもう、私ではないということです。
あくまでそこを忘れないでください。」
「それがお互いのため、でしょうね。
ええ、よく覚えておきます。」
「ところで、気が付いていますか?」
「……いま、気が付きました。
ありがとうございました。」
「いいえ、こちらこそ。
では……」
「……」
沈黙と、静寂。
それに包まれているうちに、おれは……
布団の中で、はっとした。
なんか、意味深な夢をみていた、ような……いや。
うん、なんか意味深な会話だったな。
おさげをちらりとみると、沈黙……
赤いその髪束は、ぴくりとも動かない。
「ビーチェ……?」「……なんですか?」
……あやしい。
あやしいが、しかし……
ぜったい聞いてほしくないって雰囲気だ……
「……なんかさ、ふと思ったんだけど。
ビーチェとは別のところの髪がさ、赤くなってない?」
「あらかじめいっておきますが、私がやろうとしてやったわけではありませんよ。」
ビーチェはちょっとおさげボディを起こした。
それを横目にみながら、おれはベッドから出た。
朝食でもつくりながらきこ……
「そうなの?」
「新陳代謝のようなものです。キヴォトスの生徒は神秘による影響を受けやすいですからね。
特に髪や爪は、成長などの変化が反映されやすい部位です。たとえば精神的に変化したことで髪が長く伸びる状況は、よく観測されています。その一種でしょう。」
「まあ、たしかに、ビーチェと喋るようになってからだいぶ、影響受けてる自覚はあるな……
爪も、なにかしら変化してるの?」
「おや、気がついてはいませんでしたか。
そうですね、試しに色をみて、それから爪の中ほどを押してみてください。
はい、離して、色をみてください。」
「……
どゆこと?」
「通常のキヴォトスの生徒は、外部からの圧力によって血流が阻害され、それから通常の圧力に戻った場合、わずかな間ですが皮下組織などの色味が白くなります。
しかし、あなたは瞬時に戻りましたね。むしろ、やや色味が鮮やかになってすらいる。」
「ええ、なんかこわ……」
「健常者よりも体調がいいということですよ。
いまのあなたなら、脱臼したとしても位置さえ戻せば問題なく活動できるはずです。」
「もっとこわいよ!
そ、そこまで……?」
「強い神秘を持つ生徒ならば、この程度の自然治癒力はよくあることです。
むしろあなたのそれは、神秘性にくらべて異様に低いですよ。」
「ええ……知らなかったなあ。」
軽くものを並べた。
ベーコン、卵、レタス、トマト……まあBLTにスクランブルエッグでいっか。
牛乳じゃなくて汁を飲みたい気分だから、インスタント味噌汁でもつくろ……
パンをトースターに突っ込んで、フライパンにさっと油をしいた。
中火で二分ほど温めてから、バターを投入する。これ大事。
そしてさらに諸々だして、無心で調理して……
出来上がったスクランブルエッグを、皿のうえ、BLTサンドの隣に添えたとき、ぴろりと通知音が聞こえた。
皿とかを狭い机(ちゃぶ台ではない)に置いてから、スマホを引っ掴む。
ちょっとお行儀悪いけど、食べながら確認しちゃお……
みると、先生からのモモトークでの連絡だ。
補習授業はまだ継続予定、か……
どうやら、まだまだ悶々としないといけないようだ。
とすれば……
「ビーチェ、やっぱりだめか?」
「だめです。」
「理由を聞くのも、やっぱり?」
「だめです。」
「でもさ、気になるんだって……隠し通路。
そこまでいうからには絶対なんかあるじゃん。」
「……隠し通路から入れるエリアはおおよそ危険です。
前も言ったように、カタコンベなどの迷い込めばほぼ出られない区域がいくつもあるのです。」
「誰かに同行を頼むのも?」
「だめです。」
「はーあ……」
おれはため息をついた。
ビーチェは謎が多い。
いわないぞ、って決めてることがあるのは、察している。
それでもって、おれのことを助けたりしてくれている。
おれのためを思って話してくれているってことも、たぶん間違いない。
そう、そこはたぶん、間違いないのだ。
「じゃあ、今日もマリーちゃんとお話しするか……
何時にいこっかな」
「正午礼拝が終われば暇だといっていたわけですから、そのあとに昼食に誘うのはどうでしょう。」
「そ、そこまでいっちゃう?」
「むしろもう躊躇すべきではないと思います。
マナーを気にしないと彼女はいっていましたし、そもそも……」
「だってさあ、やっぱり、つい気を抜いちゃうのがさ……」
「ですが……」
「おれが気にするの!」
「……最近はそうでもないでしょう。」
「う!」
「そろそろ観念しなさい。」
「わ、わかったよ……」
おれは観念した。
今日こそはマリーちゃんを昼食に誘う……!
誘ってやるぞ!
「ぶつからないように鏡をみて「さあ、踊り場から出よう「かかとを打ち付けて「滑り落ちよう「下へ」