それを示すだけ。
「なんか、蚊帳の外ってかんじ。」
おれは呟いた。暇だからだ。
真昼間、だ~れもいない街の片隅の公園で、ベンチに寝っ転がって、空をみる。
真っ青な空……真っ白な雲……
風も……吹いているが、確かに吹いているが……
おれの心はぜんぜんそいつらと結びつく要素がない。
暇というか、よりいえば、進捗がないからだ。
なんの進捗かといえば……いろいろだ。
「それのなにがいけないのですか。」
ビーチェが無関心ってかんじの声でいった。
おさげボディはくたりと垂れたままだ。
おれはいった。
「おれも、非日常的な出来事に、ひとなみに興味はあるんだよ。
しかもヒフミちゃんがそのさなかにいたっぽくて、浦和さんもそうで、先生まで……
関われなかったにしても、ここから顔突っ込みたいよ!」
「不謹慎ですよ。
パテル派の長である聖園ミカが、アリウス派を使って起こしたクーデター。
こう並べてみるだけで危うさを感じるべきです。」
「でも、ぜんぶうまくいった……っぽいよね?
そっか、裏でなにか起きてたりしたのかも……
そっか……」
「……おそらく、万事うまくいったと思いますよ。
でなければ、雰囲気はもっと暗いはずです。」
「そうかな?
そっか……
じゃあ、そうかも。」
なんか補習授業部に関わる陰謀が云々で、アリウス派と聖園ミカが云々で、騒動が起きて、一夜にして静まり……
そんなこんなを経て、補習授業部はなんかすごく仲良くなっていた。
どれくらいかというと、ここに顔突っ込んで浦和さんと仲良くなろうとするのは、ちょっと……
いや、かなり気が引ける。それくらい、仲がよさそう。
でもって、その騒動に関するなにかがあったのか……
はたまた、わりと日付が迫ってきている、エデン条約調印式に関することがあるのか。
せっかく仲良くなれたマリーちゃんは忙しそうで……
「うん、やっぱり気になる。もうほかのことには手を付けられないよ。
こういう、ちょびっとだけ知って、そのあとなんにもわかんないまま~って……
そう、いけ殺し!」
「なま、殺しです。」
「生殺し!
に、されてると、もう気になって仕方なくて当然じゃない!?」
「そうですね。」
なんか、ビーチェは呆れてる雰囲気だ……
そういうの、ため息とかなくても伝わるんだぞ。
「先生も、エデン条約云々で忙しいっていうしさ……
そういえば、今日だっけ?」
「……そうですね。
エデン条約調印式は11時半ごろからの予定です。
もう、始まっているでしょうね。」
「中継とかあるかな?」
「……ふむ。
ひとつ、聞きたいことがあります。」
「なに?」
「なにもしなければ、なにごともうまくいく。
そういう場合、あなたは……
どうしたいですか?」
「ええ?
そりゃ、ケースバイケースで。」
「ふむ……」
ビーチェは、その細長く赤いおさげボディをうえに伸ばした。
なにやら真剣な雰囲気だ。
「では……なにかすれば、うまくいかないかもしれない。
けれど、なにごともしなければ、うまくいくならば?」
「うまくいかないって?」
「そうですね……
たとえば、あなたがノートをあらかじめみせれば、ヒフミさんが試験対策を簡単にできるとします。
しかし、いまのヒフミさんは補習授業部の経験を得て、勉強のセオリーを知りました。
きっと、自分で試験対策をこなせるはず……
ノートをみせる必要はありませんし、もしノートに頼ろうとして、勉強時間を切り詰めれば……
試験は、うまくいかないかもしれません。」
「それなら、なんにもしない、かな。」
「タイム!……マジ!?」「むしろこれ以外あります?」「そっ、かあ……!」「はい、続けますよ。」
おれは、呟いた。
「それはなぜ?」
「だって……ヒフミちゃんは、自分で勉強できるようになったわけだろ?
おれがそこに手を出して、自分で勉強しなくなったら、そりゃ……
だめじゃないかな。」
「ふむ……」
「ビーチェはどう思う?」
ビーチェは、ゆるゆると下に垂れた。
そして、いつものようにおさげとして垂れた。
「それもまた、間違いではない、と。」
「正しくはない?」
「いいえ。
この問いは、絶対的な解が存在するわけではありません。
少なくとも、私は……
あなたの解答を尊重したい。」
「……よくわかんない。」
「では、少し語りましょう。」
ビーチェは垂れたまま、話し出した。
「私は、過去の経験から、ひとは楽になりたがるものだと考えています。
そしてそれは堕落などといったネガティブな要素だけではなく……
進歩や、成長もまた、生み出すはずです。」
「楽になろうとして、それがつまり成長することにつながる……?
う~ん、じゃあさっきおれがいったこと、ちょっと違ってない?」
「生み出さない場合もありますし、生み出す場合もある。
そしてそれは、あるとき振り返ってみると、良い結果に繋がっていることもあれば……
悪い結果に繋がっていることもあるのです。」
「……そりゃ、なんか、極論ってかんじだ。」
「しかし、事実でもあるのです。
ものごとの構造を単純化すれば、よりわかりやすく分類することもできます。
しかしこの世界というものは、すべてを単純化してみると、むしろすべてが複雑に絡まってゆく……
だからこそ、妥協し、ひとまずの結論を生み出すことが、有効な手段として成り立っている。」
「……なんかさ。
いってること不穏なんだけど。」
おれは呟いた。
すると、ビーチェはいった。
「エデン条約調印式において、アリウス派はある儀式を起こす予定です。
それは、このままいけば失敗します。
そして、その結果、なにごともうまくいく、はずです。」
「……
先生にいっちゃだめなの?」
「それが、ノートをみせる行為なのです。
先生と生徒は、すでに自ら解答することができる、はず。」
「はず……
強調するね。」
「この世界において絶対と間違いなくいえること……
それは絶対というものが存在しないことです。
そもそも絶対とは、どのようなものか、わかりますか?」
「よくわかんないや。」
「他のものとの比較や対立を越えていればこそ、絶対と定義されます。
どのように干渉したところで無意味であるからこそ、絶対です。」
「……
なんか、やっぱり、よくわかんない。」
「たとえ奇跡が間違いなく起こるのだとしても……
それは奇跡です。奇跡だからこそ起こるのです。
もし、その奇跡が発生しないというIFが一切なかったとしても、やはり、奇跡は奇跡であり……
奇跡でしかない。」
しばらく、黙った。
互いに、黙っていた。
風の音も、あんまりしない。
車の音は、ちょっとする。
「……とりあえず、わかんないってことは、わかったよ。」
「……そうですか。」
「だから、ビーチェのことを信じる。
たぶん、雰囲気的に、これが間違いないことってわけじゃないけどね。」
「……そう、ですか。
そうですか……」
おれは、スマホを取り出した。
トップニュースには、エデン条約調印式の会場である古聖堂に、ミサイルが直撃したとあった。
そして、おれはスマホを消して、目を閉じた。
「はあ……」
「漂うものはどこへいくのか「流れゆくものはなにか「沈みしものはどこからきたのか」