それを見つけた時、つい、「うっ」と声が漏れた。
連邦捜査部シャーレのオフィスとかいう、結構立派な建物の中で、おれは噂の大人である先生と会うため、手続きをしようとしていたのだが……
そういうのは当然、書類が必要なわけで……
(問診票みたいだ……)
いやな記憶を奥底へ押し込めながら、おれはペンと書類を机において、座った。
名前とか、所属とか……いろいろと書かないといけないらしい。
少なくとも、こういうのはテストより好きじゃない。
しばらく、無言で書いた。
書き終わって見返してみると、後半に連れて筆致が美少女っぽくなくなっていて、思わずため息が漏れた。
けれどもう一度書き直すのも嫌だし……
眉をひそめながら、ペンをくるくる回す。
ちょっと悩みどころだと思ったのだ。
(こういう手書き書類って、結構筆跡から印象を受けやすいからなあ……)
空いた手が頭に触れる、その感覚ではっとした。
よくないかんじだ。
だから、おれはもうすっぱり諦めることにした。
ため息を噛み殺しながら、書類を入れるべき場所につっこもうと立ち上がる。
そのとき、ふと視線を感じた。
そちらを向くと、ひとりの大人がこちらを見ている。
見覚えがある顔だけど、どこだっけ……ええと、そうだ!
この人が先生だ。
「あ……」
おれは口を開いて、止まった。
どうしよう?
気が付くと、先生はこちらに来ていて、おれは硬直していた。
はっとして「ええと」と舌を動かす。
ど、どうしよう……
すると先生は柔く微笑んで、言葉を発した。
”こんにちは、何か困ったことがあるのかな?”
その優し気な声色に、おれは思わず頷いて、書類をゆっくり差し出した。
強く握ったせいで、書類の隅のほうはくしゃりとつぶれている。
”ここで話もなんだし、少し移動しようか”
”ミルクって苦手だったりする?”
おれは「いえ、ミルクは、好きです」と答えて、立ち上がった。
食堂らしいところで、おれと先生は向かい合って座った。
差し出されたマグカップを覗き込むと、湯気とホットミルクのあの匂いが顔を覆う。
飲むと、温かい甘みがして、なんだか頬が緩んだかんじがした。
すこし間が空いて、おれはマグカップから口を離した。
「えと」と声が漏れて、はっとして舌を回した。
「悩んでいることが、あるんです……」
そこからことばが出ない。
ここまで来たのに、いざとなるとどういえばいいのか、さっぱりわからなかった。
けれど黙っているのはいやだから、とにかく喋ることにした。
「お、わたし……」
(そうだ!)
はっとして、先生の顔を見据えた。
そうだ、これを話すんだった。
「美少女になりたいんです!」
”……え?”
「わたし、美少女っぽく振舞えなくて、だから、美少女っぽく振舞えるように、なりたいんです!」
そこまで言い切ると、先生はしばらく黙って、なにやら考えている様子だった。
情報が足りないかもしれない……そう思い至ったから、おれは続けて声を発した。
「わたし、怒りっぽかったり、いざというときとか、いえ普段も、ふとしたときに……だめになっちゃって。だから、そういうときにどう振舞えばいいのかとか、教えてほしくて。
それでシャーレの先生が頼れるって聞いて、ここに来たんです」
おれはいうべきことをいえて、ほっとした。
ちょっと手持ち無沙汰だから、ホットミルクをもう一口飲む。
おいしい。
先生は少し考えている様子だった。
けれどすぐに、こちらに顔の向きを正す。
”XXは、このあと時間ある?”
「はい!」
そう答えると、先生はにこりと微笑んで、‘‘ちょっとお菓子を食べようか‘‘といった。
立ち上がり、冷蔵庫のほうへいって、なにやらケーキらしきものを持ってくる。
どうやらブルーベリータルトらしい。綺麗な見た目だ……
”これ、かなりお気に入りなんだ”
そういって差し出された皿とフォークを、おれは恐る恐る受け取った。
先生とそれとで視線が往復する。
これは、とりあえず、食べるか。
おれはフォークを手に取った。
タルトを切り取って口に運ぶと、その絶妙な美味に、思わずおれの目は見開かれた。
みずみずしく、甘く、香りよく……
好きだ……
つい切り取った四口目を頬張ったとき、はっとした。
ちょっと、さっきのサイズ感は美少女っぽくなかったか?
おしとやかではないよな……
先生を横目にみると、なにやらにこにことしている。
とりあえず、セーフだろうか。
おれはちょっとびくついているのを自覚し、平静な美少女フェイスを形成する。
”XXって、かわいいね”
「どひぇ!?」
太い声が飛び出たから咳払いを挟む。
先生の笑みが深くなったのがみえた。
「せ、先生……からかってもらっちゃあ、困る、ますよ」
”からかってなんていないよ”
真面目な顔になって先生は向き直った。
”XX、君にとっての美少女と、私にとっての美少女は違う”
”そのうえで、君は私にとって美少女だ”
おれは絶句した。
タルトが消えたことに、皿にフォークが刺さって気づくほど絶句した。
こいつは……ええ……?
どう反応すればいいんだろう……
”XXの悩みだけど、美少女にもいろいろあるから、まずはたくさんの、美少女と思われる瞬間を知るべきだと思うんだ”
”私が手伝うのだとしたら、まずそこだと思う”
「は、はい……」
そ、そういう……ことか。
一理あるな。
”もしよければ、空いてる日を教えてほしい”
”それにあわせて、計画をたてるよ”
「はい……」
おれは、さながら川に落ちた葉っぱよろしく、流されるまま、予定を組んだのであった。
先生との初対面はこんな具合に終わった。
眠れないから書ききった。続きは形成中。