「地獄は「善意と「欲望に「満ちている「という意味。」
聖園ミカが、アリウス分校の生徒を蹴散らしながら、奥へと歩き進んでいる。
それをおれはみて、カンペを読み返した。
……深呼吸。
いまだ。
「……聖園ミカ。」
ミステリアスに物陰から現れたおれを、聖園ミカは瞬時に銃で撃った。
弾は空間の歪みを通ってすり抜けるから、おれは平然とした様子で立ち続ける。
「……?」
すごくこわい。
表情が怖すぎる……
おれはそんな内心を、自らの表情には決して出さず、話し続けてゆく。
「聖園ミカがアリウス自治区に初めて訪れたときから、今日、百合園セイアが危篤になった瞬間まで、すべては仕組まれたことだ。」
「……
……?」
「不思議には思わなかったか。
百合園セイアがお前の前で血を吐いた時、なぜ先生を助けるよう頼んだのか。
なぜアリウススクワッドが狙っていると教えたのか。
お前を恨んでいるならそんなことはいわない。
それから、なぜ彼女たちはアリウス分校に狙われていて、にもかかわらずなぜ……」
聖園ミカは小首を傾げ、銃を撃った。
目が据わっている。金色の瞳がおれを、マズルフラッシュ越しに見ている。
「……お前はスクワッドを追い、その結果ここ、アリウス自治区についたわけだが……」
そして銃声は続くが、おれの声は問題なく届く。
「そもそもおかしいとは思わなかったか。
あまりにも、お前にとって、酷くわかりやすいことばかりだ。
作為を感じはしなかったか。
誰かの都合を、本当に感じなかったのか。」
「なにがいいたいわけ~?
私、そんなに頭がいいわけじゃないからさ、あなたが喋れなくなる前に言いたいことは言ったほうがいいと思うよ。」
そういいながら、彼女は空になったマガジンを投擲してきた。
壁を打ち壊して飛んで行くそれは、投げられる前からひしゃげていた。
「すべて仕組まれていた。
お前がアリウス自治区に初めて来たときから、今ここに来た瞬間までは、すべて。」
マガジンが銃にはまる、かちりという音。
そして「だから?」という声がした。
「それで、諦めろってこと?
お前の感じていたことなんて意味ないっていいたいわけ?」
「百合園セイアは既に健康な身体状況だ。」
「……え?
……そ、そんなわけないじゃん。あんな……
あんな、からだが、ぐずぐずに溶けてさ……!」
「みてみろ」
おれは虚空をひっかいた。
縦に空間を引き裂くようにして、狭間の世界に繋がる裂け目をつくる。
どうやら構造が歪んでいるらしい、百合園セイアを見下ろすような位置に開いてしまった。
……彼女は、現実と夢のはざまで動くコツを見つけたらしい。
窓のように開かれたいくつもの景色の前で、わちゃわちゃと手を動かしていた。
どうやら拡大と縮小のやりかたがよくわからないらしく、窓が大きくなったり小さくなったりしている。
「せ、セイアちゃん……」
そのつぶやきが聞こえたのか、百合園セイアはこちらに気づいたようで、驚いた様子で叫んだ。
「ミカ!
なにをやってるんだ、君は、ああそうじゃなくて……!」
その声にびくりと肩を震わせて、聖園ミカは涙をこぼした。
「ごめんね……私……私のせいで……!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……!どうしてここが……
いや、違う。そう、私はぜんぜん無事だ!命に別条はない!
だから君を責めてたりもしない!そういうわけだからスクワッドを狙うのはやめてくれ!
それより頼みたいことが……」
それを聞いていたはずの聖園ミカは、どうやら幻覚かなにかと疑っているのか、はたまた現実と妄想が混ざりだしたのか……
濁った笑みを浮かべ、額に銃口を添えた。
マズルフラッシュが走る。
「ごめん、ごめんね……」
彼女の神秘は非常に強大だから、おかげで弾丸に干渉すれば楽に無力化できる。おれは当然そうした。
それで、彼女には傷ひとつつかず、よって痛みもないはずなのだが……
「ミカ!
や、やめてくれ!
聞くんだミカ!私は無事だから気に病む必要はないんだ!やめろ!」
「ごめんなさい……セイアちゃん……私のせいで……」
なんかトリップしちゃった……
弾が切れるかちりという音。そして連射を終えた銃にも気づかず、ただぼんやりと微笑んだまま、セイアの姿を見ている……
「み、ミカ……」
セイアは泣き出してしまった……
彼女は懺悔するかのように、叫んだ。
「違う、私のせいだ……!
私が君たちを信じられなかったのが悪いんだ!
私が……私さえちゃんとしていれば……!」
……おれは少し考えて。
ミカを狭間の世界に突き落とした。
ミカとセイアは重なるようにぶつかったらしい、悲鳴が聞こえた。
なにやら下でもみくちゃになっている……
おれはそこに声をかけた。
「お前ら、ちょっと頭冷やして話せ!
百合園は先生たちがなんかやろうとしてるってことを伝えろよ!いいな!?」
裂け目を閉じる……
「ふう……」
思わず、ため息が漏れた。
「なにやってんだ、おれ……
こんなことやってる場合じゃねえよ。」
Emだかエムだか知らないけど、そいつからビーチェ……本名っぽい長い名前だとベアトリーチェだっけ?……
まあ、ビーチェたちが死にそうだと教えられたわけだから、そんなことをやらかそうとしている大人どもを止めるために、聖園ミカの力を借りたかったのだが……
「ひとりでいくか……」
ちらりと、また狭間の世界の様子を覗き見て……
こりゃダメそうだ。そう思った。
先生は、アリウス分校きっての精鋭らしいアリウススクワッドなる生徒たちとともに、ビーチェとビーチェっぽいのがいる場所へ徒歩で移動している。
邪魔をしてもいいが、そうするとおれの存在がばれてしまう。
いま、おれはおそらく、完全に伏せられたカードだ。それもかなりの影響力がある……
けれど、一枚の伏せ札でしかないともいえる。
まあトランプだと、JとかQとか、もしかしたらK……だといいな。
それくらいのパワー。
そういうわけだから、ひとりでどうにかしようとしたところで、たぶん、だめだ。
だめなんだけど……
そうするほか、ないかもしれない。
ただ……
おれはちらりと、カンペの裏の文字列をみる。
それは、Em?たぶんEm……いやエムかも……とにかく、あの謎の人物から貰った、いかにもな呪文だ。
名前を読んではいけないふたつの誓約と銘打たれたこれは、なんでも、ビーチェとビーチェっぽいのと先生をまとめて無力化できるひとが呼べるとか。
戦闘中しか呼んではいけないって言われたあたり、絶対に危ない。
それに加えて、なんか最近使えるようになったビーチェ由来っぽい、この謎のワープゲート的な能力……
ちゃんとした使い方はさっき教えてもらったばかりとはいえ、かなり便利な代物。
これらを組み合わせれば、存在に気づかれないままあれこれできる、はず。
「でも、これって……」
おれは、はっきりいって全然なにが起きているのか理解できていない。
わかるのは、なんかビーチェが自殺しようとしてるってことと……
先生とビーチェっぽいひとが、それを幇助しようとしてるってこと。
そして、それが気に食わないってコトくらいだ。
「うう……
いや、しっかりしろ、おれ。
ビーチェとこのまま会えなくなるなんて、絶対いやだろ!?」
ぱんぱんと軽く頬を叩いた。
「先生が、ビーチェかビーチェっぽいひとを十字架……十字架?」
(手すりが横に伸びたソファーじゃなくて?)
「……に座らせるときが、チャンスだ。
そこで呪文を唱えて、あとはいわれたとおり、扉とかいうのを作れば、あとはやってくれるって……」
ふと、思い返す……
ただ、あのEmとかいうひと……
ちょっと、抜けてるっていうか……「ひどくない?」
「……やるほかないんだ。」
おれはまた、頬を軽く叩いた。
正直言って、我ながらこれまで、やりすぎた気はしている。
けれど、純粋な循環は壊死を生むので。
必要ではあるかなと。