自転車をこいで、そして走っている最中にこぐのをやめると、ホイールとチェーンが噛み合って、ちゃちゃちゃちゃちゃ~って音をたてる。
特にそれ自体が好きとか嫌いとかはないけれど、今のシチュエーション……
閑静な街並み、夜、ひとの姿も声も、ほとんど音もない世界……
……っていうのを含めてみると、結構好き、かもしれない。
おれはサドルの上で風を突っ切りながら、そんなことを思った。
着替えるのが億劫だったから制服のまま、自転車にのっている。
自転車はごく普通の、荷物用のかごと荷台が前後についたやつだ。
手荷物は、前のかごに突っ込まれた小さな袋ひとつだけ。中にはスマホと財布と鍵と……まあそんな具合。
別に買い物にいったわけじゃあないからな。
街灯がぼんやりと白く光って、家々の壁を照らしているのをみていた。
夜の暗さが、多かれ少なかれ、どこもかしこも覆っているけれど、そういう光の白はつやつやとしていて、なんだか変に一体感がない。
こういう景色をこうして眺めるのは、わりとあることだったりした。
眠れないときの運動、ってやつだ。
部屋にいるのは好きじゃない。
おれの部屋は狭いし、やることもべんきょーとか、連絡とか……好きじゃない。別に嫌いってわけでも、多分、ないけど。
だから外にいるほうが好きだ。
たぶん、だから、外にいる。
それだけだと思う。
街路樹の葉が、てらてらとぬめるように色づいている。
その下の草は、影にかくれて薄暗く、墨色だ。
地面の色は、暗くて到底みえない。
そういうのを流し見ながら、数十分くらい自転車を走らせて、帰る。
そんな趣味ともいえない行為だから、やった数を数えたりとか、いつからやったか覚えてたりとかもしない。
ふと、そういうものを趣味と呼ぶのかもしれない、なんてことを思って。
そのとき、遠くの方にとぼとぼと歩く影が見えた。
目を凝らしてみると、どうやら見知った顔らしい。
自転車をそのまま走らせると、あちらも気づいたのか、手をふってきた。
おれは片側のペダルから足を離して、尻をすこしサドルからずらす。
そしてもう片側のペダルに体重を任せた。傾く自転車全体はハンドルと重心で制御する。
こうすれば、乗ったまま減速する必要がないからな。
減速したらすぐ降りた。
「こんばんは、ヒフミちゃん」
そう声をかけると、阿慈谷ヒフミはやはり美少女的な笑顔と仕草に声で、「こんばんは、XXちゃん」といった。ふむ、けれど、なにやらやや疲れた笑顔……
背中のほうをみると、いつものリュックサックが大きく膨らんでいて、そのチャックは半開きになって、中から飛び出すおおきなぬいぐるみを咥えていた。
どうやらいつものグッズ収集で、帰りが遅くなったらしいな、などと思う。
おれは少し笑って、
「なにやらお疲れのようだし、ちょっと乗ってく?」
といった。
するとヒフミはなにやら驚いた様子で、「いいんですか?」と聞いてきた。
不思議そうな表情を疑問に思いながら、「もちろん」と答えると、「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
そして彼女は自転車の後ろ側、荷台にまたがった。
おれはヒフミの寮のほうに自転車を動かし、こぎ出す。
トリニティ地区は広いし、寮はいくつもある。ちゃんと覚えていてよかったな、なんてことを思った。
しばしの無言。すこし涼し気な風とともに風景が流れていく。
腰に回されたヒフミの両手の暖かさを感じていると、声がした。
「XXちゃんは、ええと……よくこうして散歩してるんですか?」
「散歩、か……たしかに言われてみれば、散歩かもね」
おれは少し考える。
「なんとなくやってるんだけど、振り返ってみると、結構長くやってるし」
するとヒフミは、「少し意外かも」という。おれはつい、「意外?」と聞き返した。
「うん。……なんとなくだけどね、XXちゃんは……同じ帰宅部でも、忙しそうなイメージがあったから」
「そんなことないよ、いつも帰ってからは、だいたい暇」
「そうなんですか?」
「そうだよ……予定はあんまり入れないけどね」
おれはぼんやりと前のほうを眺めながら、ペダルをこぎ続ける。
トリニティの街並みは夜でも明るいほうだ。ひとがいなくても街灯がついているから。
ヒフミの寮があるほうに近づくにつれて、より整備されていくから、だんだんとさらに明るくなってきた。
相変わらず、音は少ないけれど。
「……」
ヒフミが少し、おれの服を強く握ったのを感じたから、おれはなるべく優しく「どうしたの」と問いかけた。
少しの間のあと、ヒフミはいった。
「XXちゃんと、もっと仲良くなろうって思ったんです」
おれはなんとなく、笑った。
「そっか」
やがてヒフミの寮について、おれたちは別れた。
自転車をおれの家に向かってこぎ出す。
街並みはだんだんと暗くなっていく。
白く照らされていた地面は灰色に。壁は薄闇に、地面は黒く。
夜闇は変わらないけれど、街灯とか、そういう明かりが少なくなっていくから。
けれど音の少なさは変わらなくて、聞こえるのはおれの自転車のたてる音くらいだ。
ふと、今日はなんだかぼんやりしているなあ、と思った。
ちょっと気を張らな過ぎたかな……
おれはすこしだけ、考えて……
「まあいっか」
声に出した。
なんだか気が楽になったから、立ちこぎなんてしてみる。
速度がぐんと増して、風が強く頬を撫でた。
一気に書き上げた。