おれは美少女になりたい   作:ふぁっしょん

5 / 27
EP2.5「夜と明かり」

 自転車をこいで、そして走っている最中にこぐのをやめると、ホイールとチェーンが噛み合って、ちゃちゃちゃちゃちゃ~って音をたてる。

 特にそれ自体が好きとか嫌いとかはないけれど、今のシチュエーション……

 閑静な街並み、夜、ひとの姿も声も、ほとんど音もない世界……

 ……っていうのを含めてみると、結構好き、かもしれない。

 おれはサドルの上で風を突っ切りながら、そんなことを思った。

 

 着替えるのが億劫だったから制服のまま、自転車にのっている。

 自転車はごく普通の、荷物用のかごと荷台が前後についたやつだ。

 手荷物は、前のかごに突っ込まれた小さな袋ひとつだけ。中にはスマホと財布と鍵と……まあそんな具合。

 別に買い物にいったわけじゃあないからな。

 

 

 街灯がぼんやりと白く光って、家々の壁を照らしているのをみていた。

 夜の暗さが、多かれ少なかれ、どこもかしこも覆っているけれど、そういう光の白はつやつやとしていて、なんだか変に一体感がない。

 こういう景色をこうして眺めるのは、わりとあることだったりした。

 眠れないときの運動、ってやつだ。

 

 

 部屋にいるのは好きじゃない。

 おれの部屋は狭いし、やることもべんきょーとか、連絡とか……好きじゃない。別に嫌いってわけでも、多分、ないけど。

 だから外にいるほうが好きだ。

 たぶん、だから、外にいる。

 それだけだと思う。

 

 

 街路樹の葉が、てらてらとぬめるように色づいている。

 その下の草は、影にかくれて薄暗く、墨色だ。

 地面の色は、暗くて到底みえない。

 そういうのを流し見ながら、数十分くらい自転車を走らせて、帰る。

 そんな趣味ともいえない行為だから、やった数を数えたりとか、いつからやったか覚えてたりとかもしない。

 

 ふと、そういうものを趣味と呼ぶのかもしれない、なんてことを思って。

 そのとき、遠くの方にとぼとぼと歩く影が見えた。

 目を凝らしてみると、どうやら見知った顔らしい。

 

 自転車をそのまま走らせると、あちらも気づいたのか、手をふってきた。

 おれは片側のペダルから足を離して、尻をすこしサドルからずらす。

 そしてもう片側のペダルに体重を任せた。傾く自転車全体はハンドルと重心で制御する。

 こうすれば、乗ったまま減速する必要がないからな。

 減速したらすぐ降りた。

 

「こんばんは、ヒフミちゃん」

 

 そう声をかけると、阿慈谷ヒフミはやはり美少女的な笑顔と仕草に声で、「こんばんは、XXちゃん」といった。ふむ、けれど、なにやらやや疲れた笑顔……

 背中のほうをみると、いつものリュックサックが大きく膨らんでいて、そのチャックは半開きになって、中から飛び出すおおきなぬいぐるみを咥えていた。

 どうやらいつものグッズ収集で、帰りが遅くなったらしいな、などと思う。

 

 おれは少し笑って、

「なにやらお疲れのようだし、ちょっと乗ってく?」

 といった。

 

 するとヒフミはなにやら驚いた様子で、「いいんですか?」と聞いてきた。

 不思議そうな表情を疑問に思いながら、「もちろん」と答えると、「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」

 そして彼女は自転車の後ろ側、荷台にまたがった。

 おれはヒフミの寮のほうに自転車を動かし、こぎ出す。

 トリニティ地区は広いし、寮はいくつもある。ちゃんと覚えていてよかったな、なんてことを思った。

 

 

 しばしの無言。すこし涼し気な風とともに風景が流れていく。

 腰に回されたヒフミの両手の暖かさを感じていると、声がした。

「XXちゃんは、ええと……よくこうして散歩してるんですか?」

 

「散歩、か……たしかに言われてみれば、散歩かもね」

 おれは少し考える。

「なんとなくやってるんだけど、振り返ってみると、結構長くやってるし」

 

 するとヒフミは、「少し意外かも」という。おれはつい、「意外?」と聞き返した。

 

「うん。……なんとなくだけどね、XXちゃんは……同じ帰宅部でも、忙しそうなイメージがあったから」

「そんなことないよ、いつも帰ってからは、だいたい暇」

「そうなんですか?」

「そうだよ……予定はあんまり入れないけどね」

 

 おれはぼんやりと前のほうを眺めながら、ペダルをこぎ続ける。

 トリニティの街並みは夜でも明るいほうだ。ひとがいなくても街灯がついているから。

 ヒフミの寮があるほうに近づくにつれて、より整備されていくから、だんだんとさらに明るくなってきた。

 相変わらず、音は少ないけれど。

 

「……」

 ヒフミが少し、おれの服を強く握ったのを感じたから、おれはなるべく優しく「どうしたの」と問いかけた。

 少しの間のあと、ヒフミはいった。

 

「XXちゃんと、もっと仲良くなろうって思ったんです」

 

 おれはなんとなく、笑った。

 

「そっか」

 

 

 やがてヒフミの寮について、おれたちは別れた。

 自転車をおれの家に向かってこぎ出す。

 

 街並みはだんだんと暗くなっていく。

 白く照らされていた地面は灰色に。壁は薄闇に、地面は黒く。

 夜闇は変わらないけれど、街灯とか、そういう明かりが少なくなっていくから。

 けれど音の少なさは変わらなくて、聞こえるのはおれの自転車のたてる音くらいだ。

 

 

 ふと、今日はなんだかぼんやりしているなあ、と思った。

 ちょっと気を張らな過ぎたかな……

 おれはすこしだけ、考えて……

 

「まあいっか」

 

 声に出した。

 なんだか気が楽になったから、立ちこぎなんてしてみる。

 速度がぐんと増して、風が強く頬を撫でた。




一気に書き上げた。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。