というはなしを聞いた覚えがあったので、それを引っ張ってきました。
どこで聞いたんだっけ……
「はあ……」
おれはベンチに座り込んで、目の前の景色をみた。
背もたれに肘を載せて、体重を預ける。
毎日よくみる、きれいな広場。
特殊なレンガを敷き詰めて作られた結果、キッチンカーが複数入って営業してもなんの問題もない。おかげで放課後は大抵盛況なのだが……
広場へと橙色に縁どられた影が長く伸びている。
街灯の影だ、曲がったりすることもなくまっすぐ伸びている。
何が言いたいかというと、夕焼けが染める対象に、キッチンカーはない。
というか、広場にはおれとベンチくらいしか見えない。だだっぴろい空きスペースが赤焼けた色合いに染まっているだけだ。
そしてその、赤く色づいたレンガだが……
普段からみているからこそわかる。
普段よりずっときれいだ。……より掃除されてるって意味で。
当然だよ。
だってさっきまでおれ、他の生徒といっしょに掃除してたもん。
キッチンカーに並ぶ列の途中で、喧嘩が始まったから、仲裁しようと思って、それで話していると、だんだんと周り含めてみんながヒートアップして……
はっとする前にはもう、気が付くと派手な喧嘩になっていて、おかげで公共物の洒落た机とか椅子は壊れ……
そうなれば当然、正義実現委員会という治安維持組織が顔をだすわけで……
「はあ……」
視線をすこしだけ降ろすと目につくものがいくつかある。
ちょっと破けたスカートと、ほつれたソックスと、目に見えて傷がついたローファー。
そして制服のお腹のあたりが派手に破れているのも……
まさか、紅茶にミルクをどれくらい入れるか、なんて話題でここまで大きな騒動になるなんて……
軽い認識だったな……
そんな具合に失敗の象徴たちを眺めているとき。
ふと、足音が聞こえることに気が付いた。
こちらに歩いてくる……
……音の方をみると、先生だ。
なんでかな、とか……少し考えて、やめた。
憂鬱だから、そういう細かいことを考えたくなかった。
”どうしたの?”
「……黄昏てます……だめだなあって」
おれは手を、背もたれから膝のうえにやった。
先生がおれの横に座ったのを感じて、言葉をこぼす。
「喧嘩の仲裁をしようとして、逆に騒動を大きくして……」
先生のほうをわずかに向くと、夕焼けがまぶしい。
少し目を細める。
「もっとうまく、話とかができればなあ……」
それから、前のほうに視線を戻した。
そしたら、先生がまじめそうな声色で、
”……XXは、いいことをしたと思うよ”
なんていう。
おれは苦笑した。
「もしやろうとしたこと自体はよかったとしても、やれたことはてんでだめでしたよ」
おれは思い返して、またすこし笑った。
振り返ってみると、下手な話し方だったり、宥め方だったり……
そもそも喧嘩している子たちがなんで怒っているか、よくわかっていなかったりして……
仲裁できたかといえば、ぜんぜんだめだったな……
”キッチンカーはちゃんと守ったんでしょ?”
「……そりゃ、壊れそうだったので……」
キッチンカーのあったあたりを見て、少し思い返す。
放置していたら、騒動のあとに移動すらできなかっただろう……かなりの規模に発展したからな……
そこまで思ってから、改めて自分の恰好をみた。
やっぱりひどいもんだ。
「あとになって考えると、もっといいやりかたがあった……はずです。少なくとも制服とか、こんな具合にならないかんじの……」
おれは、ちょっと破けた裾をひっぱっておどけてみたりした。
けれど先生は真面目な顔のままだ。
視線がまっすぐこちらに伸びているから、おれは目を細めながら見返した。やっぱりちょっとまぶしい。
”XXは、譲れないものがしっかりとみえていた”
”それは間違いなく、いいことだと思う”
「……それ、結局失敗したこと自体には、なんにもいってないじゃないですか」
先生はちらりと広場をみる。
おれもちらりとみた。
やはり、きれいに掃除された広場だ。
”たとえば、いっしょに騒動を起こした子は、いっしょに掃除もしてくれたんだよね”
”少なくとも、邪険にするほど悪くは思っていなかったってことだよ”
「それは……」おれは唇をもにょもにょする。
「たしかに、掃除中に謝ってくれました……」
”XXが頑張ろうとした、その想いは通じた”
”やろうとしたなかに、できたことはあった”
おれは黙った。
それから息を吸って、大きな吐息をだす。
そして先生から視線を逸らした。
相変わらず、広場にはなんにもない。
「でも、よくない部分って、それは、よくないんじゃないかな……」
ふと、そんな言葉が漏れて。
”……いいことっていうのも、そういうものだよ”
そんな言葉が返ってきた。
しばらく、沈黙が続いた。
夕焼けはだんだんと、けれど間違いなく沈んでいて、もう空はかなり黄昏色だ。
その色の境界線の区別は、おれにはつかない。
ただ、青とか、橙とか、白とか……
そういう色があるとだけ、思う。
(そういうものか)
「じゃあ、先生……個人的にだけど、いいことをやろうとして、やったこともまあ、ちょっとはよかった……」
そこまでいって、おれは先生をみる。
変わらない表情だ。
「そう、思っていいのかな」
先生はそれを聞いて、微笑んだ。
”XXのなかではそうかもね”
「ええっ!?」
思わず、勢いよく、からだごと先生の方へ向き直した。
「なんですか、それ……そこは、そうだよ~っていうところじゃないですか!」
けれど先生は素知らぬ顔で……
”先生的には、そうじゃなかったりもする”
それから笑みをこぼした。それをみたおれは怒ろうとして、けれどつい、いっしょになって笑ってしまった。
「ふふっ……じゃあ、おれ的にもそういうこと……」
”……おれ?”
「……忘れてください」
おれはまっすぐと、なんにもない広場のほうを見据えた。
とてもしっかりとした声を張り出す。
「わたし的にも、そういうことにしておきます」
”でも、いまXX……”
「そういうことで!」
おれは両手でベンチをばんと叩いて、勢いよく立ち上がった。
そして広場から出るため駆け出して……
先生のほうをふり向いて、叫んだ。
「そういうことですからね!」
そしてまた前に向き直って、走り出した。
目指すは自転車置き場だ。
さっさと帰って寝よう!
今日はきっと、よく眠れる。
なんとなく、そんな気がした。
だから、つい笑ってしまうのは……
おれは少し、頬を撫でる風を感じてから。
(……ま、理由なんてないってことで!)
そういうことにしておくことにした。
自信はないが、理屈でみるとこれでいいと思ったので、投げる。