ソラと
彼はそれを、今日、目の当たりにした。
それが自分たちにもできるという絶対的な確信は無かったが、それでも。
「“ミサイルばり”を重ねて、“ひのこ”ッ!!」
「むきゅきゅっ、しゅきーっ!!」
自分と
そう信じられるだけの根拠は、いくらでもあった。
わざとわざとの組み合わせ、重ね合わせ。
ほのおタイプのわざ“ひのこ”に、連続攻撃を行うむしタイプのわざ“ミサイルばり”を組み合わせる。
結果として繰り出されたのは、連続して射出される針状の炎。
文字通り矢継ぎ早に撃ち出されたそれらは、突然の雷鳴に動揺した隙を縫い、ロゼリアの下へと殺到した。
「ろ、ぜ──!? ぜッ、ろぜッ、りィろッ!?」
己へ迫る攻撃に、ロゼリアが咄嗟に“マジカルリーフ”を撃とうとするも、時既に遅し。
一撃目が、ロゼリアの顔面に直撃し、その体を仰け反らせる。
二撃目が、無防備となった腹部を捉え、今度は体がくの字に曲がる。
三撃目と四撃目は立て続けに、隙だらけの胴体を打ち据え、相手を大きく後方へと跳ね飛ばした。
元よりタイプ相性はこちらが有利。
その上、“ミサイルばり”が組み合わされた事で、威力はそのままに連射が可能となっている。
例え彼我の
リクが打って出たこの奇策は、相手に確かな
そして、何よりも。
「約束通り、隙は作ったぞ! 行け!」
「言われずとも──やれ! フカシオ!」
本命の一撃は、また別にある。
それを確実に叩き込む為の隙は、十全にこじ開けた。
「回復する暇は与えん。“ねんりき”、最大出力!」
「シィ──ミィ、ズゥウウウ~ッ!!」
元々“どく”の消耗によって限界ギリギリだった体力を、なおも振り絞る。
これで倒れてもいい。そう思えるほどに、中央のコアからサイコパワーを引き出し、渾身の力で以て投射した。
「ろ、ろろッ……ぜェえェェッ!!」
だが、なおも足掻くのは相手も同じ事。
寸でのところで両腕を前に突き出したロゼリアは、腕の花弁から再び、サイコパワーの吸引を試みた。
狙いは、先の攻防と同じだ。
フカシオの放つ不可視のエネルギーを吸い取り、それを出力に変換する事で、こちらの攻撃を打ち破るつもりなのだろう。
ただ
どちらが打ち勝ち、どのような結末を辿るかは、容易に想像する事ができた。
そうして“ねんりき”と“ギガドレイン”が、中空でぶつかり合う、まさにその直前。
痛みに眩む視界の中で、ロゼリアが見たものは。
「まだだっ! 今度は“いとをはく”を重ねて、“ミサイルばり”!」
「むしゅー!」
今なお自身を指差す
決して先ほどの焼き直しにはするまいと、真っ直ぐに己を穿つ切っ先だった。
次に射出されたのは、ただの針弾幕ではない。
その針1本1本の尾に、長くどこまでも伸びるクモの糸が紐づけられていた。
糸を生成するウェボムの口元と繋がったまま、宙を飛ぶ5条の針。
それらはフカシオの“ねんりき”を追い越し、一足先に“ギガドレイン”の力場へと突入した。
これがただの攻撃であれば、“ギガドレイン”のエネルギーにたちまち出力を吸い尽くされ、あえなく失速・失墜するだろう。
けれども、細い針状であるが故に、それらはエネルギーを奪われ切るよりも早く貫通し、ロゼリア側へと飛び出した。
「ぜッ……!?」
突き抜けた時点でやはり出力が足りず、命中しなかったものが3つ。
それでも2発は命中し、いばらポケモンの小さな肉体に深々と突き刺さった。
それは同時に、針に取り付けられた糸がアンカーの役割を果たし、ロゼリアの動きを鈍らせる事をも意味している。
重ね合わせた“いとをはく”は、命中した相手の“すばやさ”を1段階下げるわざ。
2回当たれば、下がる“すばやさ”の値は2段階──通常値の50%減。
「むっきゅ!」
「ろ……ろ、ぜ……!?」
クモポケモンの糸は強度が高く、そうやすやすと壊せない事で有名だ。
そんな糸の末端を、ウェボムが噛んで保持している。振り払う事は容易でない。
「シ、ィィィイイイ……オッ!!」
“ミサイルばり”に食い荒らされ、使用者の動きを縫い止められた事で、“ギガドレイン”の出力もまた衰える。
揺らぎを見せる緑色のエネルギーを、サイコパワーが蹂躙し、とうとう消し飛ばしてしまった。
ここまで迎撃の試みを潰されてしまえば、最早ロゼリアに取るべき手は残されていない。
呆然と目を見張る相手ポケモンを、見えざる奔流が打ち据え、押し流す。
「ぜッ──る、るるゥ……ッ!?」
相性抜群の“ねんりき”を一心に浴び、どくに満ちた肉体にサイコパワーが浸透する。
全身を激しく強打したような痛みと、不可視の力場がもたらす熱エネルギー。
それらが収まった後、焼け焦げた体から力が抜けて、ロゼリアはバッタリと崩れ落ちた。
「──い、よォっし! 遂に倒したぞ!」
「そのようだ。……だが……」
強敵を退けた事で、思わず歓喜の叫びを上げるリク。
そんな彼とは対照的に、名無しの少年は汗を滲ませ、己の傍を見やる。
「こっちも限界のようだ。……すまない、フカシオ」
「シ、シィ、オ……」
「……ああ、よくやった。お前のおかげで勝てた」
“ねんりき”を繰り出した時点で、既に限界を迎えていたのだ。
それを押して最後の一撃を叩き込んだ事で、とうとう“どく”の侵蝕に耐え切れず、フカシオがグラリと膝をつく。
瞬間、その体を構成していた水が、形を保てなくなって崩壊していくのが見えた。
ただの水へと戻ったそれらは、その場に撒き散らされて地面に染み込んでいき、後には光の消えた真っ赤なコアだけが転がっていた。
「え、ええっ!? だっ、だ、大丈夫なのか!?」
「狼狽えるな。元々、フカシオはこのコアが本体。周りの水は、コアを守る為の鎧に過ぎない。後で回復すれば、また元通りだ。……尤も」
木彫りのモンスターボールを取り出し、その内部にコアだけになったフカシオを収納する。
そうしている間も、少年の意識は、屋根の上の男へと絶えず注がれ続けていた。
「奴が、そうやすやすとおれたちを見逃してくれるのならの話……だがな」
「……ふゥん?」
彼の仮面に空けられた穴は、目の部分のみ。
目以外から、司祭の男がどのような感情を顔に携えているかを、読み取る術は無い。
だが、それでも。
仮面から垣間見える男の目が、乾いた血のように薄暗く淀んだ、光無きものである事は、容易く理解する事ができた。
「奴が自分で言っていた事だ。ロゼリアはただの間に合わせ。奴本来の手持ちポケモンは、1匹だって出していないし、消耗していない。おれたちは今の今まで、奴が適当に用意しただけのポケモンに苦戦していた訳だ」
「っ、そうか……! ロゼリア1匹にこれだけ苦戦して、消耗してるところに、本命のポケモンを繰り出されたら……!」
リクの手持ちはウェボムとマハルニャースの2匹。
ウェボムはまだ戦えると言わんばかりに奮い立っているが、その身に受けた負担と疲労は馬鹿にならない。
つまり実質、ここから先はマハルニャース1匹で行わなければならない。
名無しの少年もまた、ガプリコとフカシオは今しがたのバトルで戦闘不能。
手持ちではないものの、彼に従っているフルスリは、ロゼリア以上の相手に出すとなると
そして最後の1匹は、どういう訳か少年が露骨に出したがらない様子。
果たして、幹部の男が持っているであろう強力なポケモンを相手に、これ以上の継戦が可能なのだろうか──
「そうです、ねェ」
ゆらり、と。
それはまるで風にたなびく柳の葉か、ゴーストタイプのポケモンのよう。
どちらの例えにしても、相手の態度が虚ろで、薄っぺらい事には変わりなかった。
「こうも羽虫がブンブンと、ワタシの耳元を飛び回っているようでは、おちおちデータ収集もできませェん。その為のロゼリアさんだったのですがァ……まァ、所詮は補欠。あなた方程度も倒せないとは、期待外れもいいところですねェ」
不可思議な機械を右手に持ったまま、左手に新たなボールを取り出す。
ヴォイド団の
「ですが、ワタシの
少年2人が身構える中、ハイパーボールが場に投じられようとして……ふと、手が止まる。
男の持っていた謎めいた機械が、これまた奇妙な音(ソラがこの場にいれば、それが
その音に、今まさにボールを投じようとしていた手を下げて、機械を操作する男。
やがてそこに表示された文面に目を通した後、彼は……
「……あァー……はァァァァァあああああ~~~~~……」
深く、深く。
そして、心底面倒くさそうに溜め息をついた。
何が起きたのか理解しかねている2人を他所に、男は機械とボールをさっさと懐にしまい、手を完全に
それから、これまでずっと注視していた筈の向こうの戦場から目を外すと、濁り切った両目でリクたちを見下ろし、口を開いた。
「
「……はぁ?」
「たった今、ここにいる意味が無くなりましたので、ワタシは撤収しますねェ」
「お前……ふざけているのか?」
「あなた方をおちょくるほど暇じゃありませェん。ですが、これ以上ここにいても、本命の計画が達成できない事が分かりましてェ。であれば、ここに居座っていても時間の無駄ですからねェ」
首だけを傾け、遠くの景色を見やる。
男が見る先には、ウツシタウンを挟んで向こう側の21番エリア、そして“死出の森”が広がっていた。
ナミノルロスのデータ収集は、あくまで
本命は、“死出の森”でのスタンピードの誘発による、ウツシタウンの壊滅と殺戮だった、のだが。
「
「! シェラさんがこっちに来るのか!?」
「さァてねェ。その前にワタシは帰るので、もうここがどうなろうと、誰がどうなろうとも、どうでもいいんですがァ……あァ、そうだ」
何かを思い出したように、ごそりごそりと袖の中で何かをまさぐる。
そうして袖から落としたのは、中身が空のモンスターボールがひとつ。
ぱっかり口を開いた木彫りのボールを、暫し爪先で弄んだ後、男は足を振り上げる。
彼が何をしようとしているのか、その意味に気付いたリクたちが介入するよりも早く、振り下ろされた足が、そのボールを粉々に踏み砕いてしまった。
「
「あんた……自分のポケモンを捨てるのか!? 1度負けただけで!?」
「役立たずを持ち歩くにもリソースを使いますからねェ。とりあえずこの場は、必要最低限のデータと……」
男が仮面越しに見下ろす先。
赤く濁った淀みに射抜かれている事を自覚して、名無しの少年は「フン」と鼻を鳴らす。
「
「……ならば、
男と同じように赤く、それでいて確かな意志の光を宿す、少年の瞳。
眼光だけで相手を射殺さんと、彼は己と同じ色の目を持つ男を睨み返した。
それを受けて、男は粘ついた所作で目を細め、それから2人に背を向ける。
とん、と彼が屋根の
「どうぞ、より良質な命を“ヨミの神”に捧げられるよう、己とポケモンたちを鍛えておく事ですねェ」
屋根を飛び降り、反対側の軒先へ消える司祭の男。
その後を追う意味は皆無に等しいと、リクも名無しの少年も、示し合わせずとも分かっていた。
「行ったか……。……はぁ、めちゃくちゃ強かったなぁ、あのロゼリア。森で戦った
「当然だ。三司祭の実力は別格。奴らに勝てる相手となると、それこそヴォイド団を束ねるリーダー……“酋長”くらいのものだろう」
「ヴォイド団の
「さぁな。……だが、それよりも優先するべき事が、今はある筈だ」
どこか話を逸らすように、名無しの少年が別の方向へ視線を動かす。
そこを追及したい気持ちはあるものの、それだけにかかずらっている場合ではないと、リクもまた、彼が見ている方向を目で追った。
その先に何があるかなど、分かり切っている。
暗い夜を何度も引き裂く光に照らされて、筋骨隆々の青い巨体が、この距離からでもよく見えていた。
「ナミノルロス……! まだ暴れてるみたいだけど、ソラたちは無事なのか……?」
「分からん。だが少なくとも、ナミノルロスがまだあの場にいるという事は、誰かが食い止めようとしている訳だ。それに……見ろ」
少年が指すのは、ナミノルロスそのものではなく、その巨体を照らす光だ。
マハルドードリオによる“にほんばれ”ではない。
わざによる“はれ”状態であれば、あんなに瞬間的な発光ではなく、なおかつこの場一帯をも照らすほどの強い光である筈。
そして、先ほどバトル中に起きた雷鳴と雷光。
目の前の相手に集中していたリクは気付いていなかったが、あれはただの自然現象ではなかった。
あの瞬間、名無しの少年は確かに見たのだ。
空より降る雷を受けて、光の中で
「あれは、でんきタイプのわざによる稲光。恐らくは……
「ライチュウ……って、事は!?」
「あの場にライチュウが現れるとすれば、可能性はただひとつ。
ならば、と少年は己の腰に手を当てる。
体を覆い隠す厚手のジャケットの下、色々なものを詰め込んだベルトポーチの中にある
「逆転の手はある。後はおれたちが、
──何が起きた?
朦朧とする意識の中、オヤブンバンギラスの脳裏に過った思考を、人間の言葉に直すならば、恐らくはそうなるだろう。
地に伏した体は痺れに痺れ、もはや指の1本も動かせはしない。
そうでなくとも、全身にこれでもかと刻み込まれた痛みが、バンギラスの起き上がる気力を、その傷口から流れ出させていた。
「グ、グル……ギィ、ラァ……」
「……RU、GI、GA……」
霞む視界の隅に、オヤブンギルガルドもまた、傷だらけで地面に転がっているのが映った。
“ブレードフォルム”のまま倒れ伏しているあちらは、肉体たる刀身も、手放された盾も、ズタボロのなまくら同然に成り果てている。
“すなあらし”はとっくの昔に収まっていて、遥か頭上から降り注ぐルナトーンたちの淡い輝きが、2匹の敗者を嘲るように照らし出す。
周囲に転がっていた他のポケモンたちは、バンギラスたちが戦っている間に起き出し、既に森の中へと逃げ帰っていた。
今この場に残っているのは、もう戦う力の残されていないバンギラスとギルガルド、ついでに開戦当初からノビていた、ヴォイド団の
そして……この場で唯一、今なお立っている人間が1人に、ポケモンが1匹。
「──なーるほどねい♪ 貯蔵エネルギー量から考えて、
「チュ~プ、ワァ~」
先ほどまで使っていた
彼女の傍らに浮かぶトゲキッスは、
「とりあえずお疲れ様、トゲキッスちゃん♪ 体の調子はどーお?」
「チュワワッ、プワ~ン♪」
「おっけおっけ☆ でも、後でちゃーんとバイタルチェック受けよーね♪」
よしよしと相棒の頭を撫で、朗らかに笑う。
そんな1人と1匹の姿を見上げながらも、バンギラスは何もする事ができなかった。
“でんじは”による、“まひ”状態の付与。
絶え間ない“エアスラッシュ”による、“ひるみ”の連打。
これが通常のポケモンであれば、何もする事ができずにすり潰されるだろう必殺のコンボ、人呼んで“まひるみ”。
だが、仮にもオヤブン個体であり、タイプ相性的にも有利なバンギラスやギルガルドであれば、そんなチャチな
──であれば、
野生のポケモンであるバンギラスは、タイプ相性という概念を、厳密には理解していない。
しかし自分が使えるわざが、どういう相手には有効に働き、どういう相手には効き辛いかを、長年の経験から学んでいた。
だからこそ、理解できなかった。
自身の放つ“ストーンエッジ”も、ギルガルドの“アイアンヘッド”も、その他の多様で強力なわざも。
本来ならば、そのすべてが、トゲキッスに対しての致命打になる筈だった。
けれど実際は、こちらの放つあらゆるわざが意味を為さず、トゲキッスに大きな
そればかりか、反対に相手の放つ“エアスラッシュ”など、こちらが耐性を持つ筈のわざが、尽く手痛い傷をこの身に刻んできたのだ。
「ギ……ギラ、ラァ、ァ……」
一体、何が起きたのか。
間もなく気絶しつつあったバンギラスには、それを理解する術は無い。
ただ、チラリと頭の隅に過ったもの。
それは、自身の住む森の奥深くに住まう、
あれも確か、目の前の奴と同じように、淡い緑色の光を──
「さって、ソラちゃんたちは大丈夫かな? 町の方からは、なんだか