ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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\祝・100話突破!/

皆様にご愛顧頂き、私の創作人生で初めての100話台突入と相成りました。
厚く御礼申し上げます。
今後とも、ビヨダイ(本作「ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ」)をよろしくお願いします


Lv.100「きみの心へ届けボルテッカー」

「2人とも……無事でよかった」

「どうにかな。ソラも無事そうで何よりだ」

「……大した事は無い。それよりも、こっちの状況はどうだ?」

 

 

 背後から現れたのは、やはりリク、そして名無しの少年だ。

 彼らも彼らで随分とボロボロで、あのヴォイド団幹部の男と、激しい戦いを繰り広げただろう事は想像に容易い。

 

 その上で、彼らは勝ったのだろう。

 勝って生き延び、そしてソラを助けにここへ来た。

 

 その事実に、涙だけはグッと堪え、今なお垂れる鼻血を無理やり塞いで、ニッと笑ってみせる。

 

 

「今は、ちゆりんとシェラさんのドードリオとでなんとか()たせてる。でも、相手の体力があんまりにも多すぎて、完全には削り切れてないわ」

「……チュゥゥア……」

うおっ!? もしかして、こいつが今のちゆりんか? やっぱり名無し(あいつ)の言う通り、ライチュウまで一気に進化したんだな」

「うん。今のちゆりんのわざ構成なら、ナミノルロスに効果的にダメージを与えられる。それでもやっぱり、この子だけじゃ、倒すまでに時間がかかるかも……」

「問題無い。予想通りだ」

 

 

 そう言い切ったのは、果たして名無しの少年だった。

 その手に握られているモンスターボールは、彼がフルスリやガプリコを入れている木彫りのそれではなく……マハルでも一般に普及している、金属製の通常規格。

 

 

「一見、ダメージが大して通っていないように見えても、実際はそうじゃない。傍目には難攻不落に思えるかもしれないが、体内にかなりのダメージが蓄積している筈だ」

「……そうなの? あの通り、ピンピンしてるように見えるけど」

「秘薬で感覚を狂わされているだけだ。大方、痛覚も鈍らされているんだろう。だが、少なくとも──ッ!」

「ゴッ、ガァァアアアアッス!!」

 

 

 長々と悠長にお喋りさせてくれるほど、オヤブンポケモンは優しくなどない。

 増援が来た事へのストレスが最高潮へと達し、両手を絡ませながら振り上げたナミノルロスは、それを一振りのハンマーに見立てて振り下ろした。

 

 

《オヤブンの ナミノルロスの いわくだき こうげき!》

 

 

「ッ──散開! 話は戦いながらだ!」

 

 

 名無しの少年がそう叫ぶや否や、3人は咄嗟に回避行動(ローリング)を行い、全員がバラバラの方向へ離脱する。

 直後、彼ら彼女らがいた地点を、オヤブンの両腕が穿ち、巨大なクレーターを作り出した。

 

 直撃こそ免れたものの、大量の岩石や土砂が巻き上げられ、周囲に撒き散らされる。

 それによって、ソラたちはより一層の回避を強いられ、各々の距離が更に離されてしまう。

 

 

「相変わらずバカみたいな威力……っ! “いわくだき”ってそんなに威力が高くない筈なのに、当たったらひとたまりもなさそうね」

「まずはあいつの動きを止めるぞ! いけ、ニャース!」

「──にゃーみっ!」

 

 

《ポケモントレーナーの リクは ニャースを くりだした!》

 

 

 さっきまでの戦闘で、ウェボムは戦闘続行が難しい程度にはボロボロになってしまっていた。

 その上にタイプ相性の問題もあり、リクはかねてよりの相棒、みずタイプのマハルニャースを、レイドバトルの舞台へ投入する。

 

 

「あいつを()()()()()んだ! できるな?」

「にゃおんぬ!」

 

 

 主の言葉に威勢よく応え、前へ駆け出す。

 身軽な動きで跳躍し、先の“いわくだき”によって巻き上げられた岩石を足場として、右へ左へ上へ下へ。

 

 ばけねこポケモンらしい身のこなしから、最後の土砂を蹴り、一気に空中へ躍り出る。

 今まさに自分の存在に気付いたらしいナミノルロス、その鼻先へと、マハルニャースは両手を繰り出した。

 

 

「ブモ──」

「にゃむっ!」

 

 

 彼が思い返すのは、“ひみつきち”を前にして起きた戦闘で、ヴォイド団の助祭(したっぱ)が繰り出していたベロバーの姿だ。

 あの時、ベロバーが繰り出していたわざを、マハルニャースはボールの中から目撃し、しっかりと覚えていた。

 

 バトルに直接参加する事が無くとも、ポケモンはバトルの経験を得る。

 それは彼らが、モンスターボール越しにバトルを観戦し、そこで起きた一部始終を見て学ぶが故の事だ。

 

 相手が使っていたわざを、もしも自分も使えたならば。

 ただの見様見真似と嘲るなかれ。その瞬間、彼は確かに学習と成長(レベルアップ)していた。

 

 

「うぅ──にゃっ!!

「ブモォアァッ!?」

 

 

《ニャースの ねこだまし!》

 

《オヤブンの ナミノルロスは ひるんで わざが だせない!》

 

 

 ねこポケモンの王道、バトル開始早々に相手を怯ませる“ねこだまし”。

 威力の低いわざを強化するとくせい“テクニシャン”も相まって、ナミノルロスの動きを食い止める事に成功する。

 

 そして、如何に強化を施されたオヤブンポケモンと言えども。

 “ひるみ”により生み出された隙は、レイドバトルという場だからこそ、挑戦者にとっての大きな機会(チャンス)となるのだ。

 

 

「よし……出番だ。もう暫く働いてもらうぞ」

「りーりっ!」

 

 

 嬉しそうに鳴き声を上げ、名無しの少年の頭上から飛び立ったのは、なんだかんだと彼の指揮下に収まっているフルスリ。

 モンスターボールの中でそれなりに体を休めたからか、ボールから飛び出すなり、元気いっぱいにはしゃぎ回っている。

 

 勢いのままに宙を飛び、眼前にそびえる土砂をすいすいと避けながら相手へ接近。

 パタパタと忙しなく上下するちっちゃな翼からは、いつしか風の流れが生み出されつつあった。

 

 その背を見送る少年の足元で、チリチリと燃えゆく()()ひとつ。

 “やつあたり”を覚えさせた時と同じように、レイドバトルにあたってもうひとつ、彼がフルスリに使用した“わざ巻芯(マシン)”がある。

 

 

「相手はデカい的だ、狙わずとも当たる──“エアカッター”」

「りりっ、りぃーっ!!」

 

 

《フルスリの エアカッター!》

 

 

 翼のはためきが生み出す、気流の刃。

 使い手の幼さ故に、小さく乱雑な形状として作られたそれらが、一斉に撃ち出された。

 

 覚えたばかりのわざであり、技量(レベル)も練度もたかが知れている。

 それでも、通常より大きな体を持ち、かつ怯んで動けないポケモンが相手であれば、一発も当てられない方が難しいというものだ。

 

 

「ゴォッ!? ブモッ、ガ、ガォオオオオッ!?

「りーっ♪」

 

 

《きゅうしょに あたった!》

 

《こうかは ばつぐんだ!》

 

 

 乱雑に振り撒かれた刃のいくつかが、ちゆりんの毒によって溶けた体表を抉り、より大きな痛打(ダメージ)を与える。

 

 “エアカッター”は、通常のわざよりも“きゅうしょ”に当たりやすい効果を持つ。

 そうでなくとも“こうかばつぐん”、そして“アシッドボム”による“とくぼう”の4段階減があるのだ。

 

 “ひるみ”から立ち直ろうとしていたナミノルロスは、間髪入れずに飛来した空気の斬撃に切り刻まれ、絶叫を上げながらたたらを踏む。

 故にこそオヤブンは、己の背後から飛びかかってくる影に気付けなかった。

 

 

「ドォリッ──ダッダァーッ!!」

 

 

《ドードリオの ドリルくちばし!》

 

《こうかは ばつぐんだ!》

 

 

 3つの首からまったく同時に放たれる、くちばしの刺突。

 ひこうタイプのエネルギーが螺旋を描き、ドリル状に渦巻くそれを、皮膚の溶けたナミノルロスの背中──“ハニーヘドロ”が侵した弱所へと、的確に叩き込んだ。

 

 

「グォオオオッ!? グルッ、ブモオォ……!!

(……名無し(かれ)の言う通りだ。ダメージを受けていないように見えるけど、よく見ると足が震えてたり、動きに僅かなラグがある。いくら痛みを感じなくなってると言っても……ううん、痛みを感じないからこそ、肉体のSOSに気付けてないんだ)

 

 

 参戦者が増えた事で、ここまで必死だったソラにも多少の余裕が生まれる。

 そして余裕が生まれれば、それまで気付けなかった事が段々と見えてくる。

 

 レイドポケモンとして持つ、不利な効果の一括解除は、何も体力(HP)を全回復するような理不尽な効果までは持っていない。

 どれだけ強化されようと、ポケモンは不死身の怪物などではない。その体力には、必ず限界がある。

 

 ソラが、びぃタロやはるりんが、そして神官たちが与えてきた攻撃は、決して無駄では無いのだ。

 

 

(それでも、ナミノルロスの攻撃は強力……相手の体力を削り切るまでの間に、こっちが全滅しちゃうかもしれない。何か、相手を一気に倒せるような大技が──)──って、わっと!?

 

 

 巡らせかけていた思考を無理やり中断するように、横合いから何かが飛んでくる。

 咄嗟に両手で掴み、まじまじと眺めてみれば、それが1本の巻物(スクロール)──“わざ巻芯(マシン)”である事はすぐに分かった。

 

 中に記されているわざの識別の為だろうか、封をしている紐の上から、技名を書いたラベルが貼られている。

 そのラベルにある名称を目にした瞬間、ソラは目を見開いた。

 

 

「こ、れ……っ!? ここに書かれてるわざって、つまり──」

()()()をライチュウに使え! 中のわざを覚えさせろ!」

 

 

 わざマシンの飛んできた方から、声が張り上げられる。

 果たして声の主、そしてわざマシンを投げ寄越してきた者の正体は、名無しの少年だった。

 

「おれの虎の子だったが、四の五の言ってられん。あのデカブツを確実に倒すには、()()()が一番適してる筈だ」

「ぇ……い、いいの? こんなわざマシン、地上でも見た事が……」

「構わん。どうせおれの手持ちには使えないものだ。切り札ってのは使ってこそ意味がある」

 

 それだけ言って、少年は再び敵へと目を向け直す。

 ゴチャゴチャと議論している時間すら惜しい。そう言いたげに、それ以上の会話を打ち切った。

 

 

「いいから使え! 時間はおれたちで稼ぐ! フルスリ、もう1度“エアカッター”だ!」

「よく分かんねーけど、そいつがお前の言ってた策か。なら乗った! ニャース、あんたは“みずでっぽう”を撃て!」

 

 

 とにかく、ソラが何かをする為の時間を稼げばいいらしい。

 状況が分からないなりに要点だけを汲み取り、リクとマハルニャースも参戦する。

 

「にゃおみー!」

「りりーりっ!」

「ドーリッ、ダーッ!!」

 

 マハルニャースが口から水流を撃ち出し、フルスリは再度、気流の刃を射出する。

 更にはマハルドードリオが、またもくちばしに螺旋状のエネルギーを宿し、“ドリルくちばし”による突撃を仕掛けた。

 

 3方向からの同時攻撃が、ナミノルロスただ1匹を狙う。

 完全に包囲された状況下において、なお──狂気に濁ったオヤブンの目が、血のように赤く瞬いた。

 

 

 

「──ゴ、ガァァァァアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

 

《オヤブンの ナミノルロスの おたけび!》

 

 

「にゃんぬ!?」

「りぃ~~~っ!?」

「ドッ、ドリ……ッ!」

 

 空気を震わせ、周囲一切を吹き飛ばすほどに強く激しい大絶叫。

 それはダメージの発生しないへんかわざであるにも関わらず、 “みずでっぽう”や“エアカッター”を打ち消し、背後から迫っていたマハルドードリオを大きく後退させた。

 

 離れた場所にいたトレーナーたちでさえ、肌に痛みを覚えるほど、大気が掻き回される。

 そうして誰も彼もの行動を堰き止めてから、レイドポケモンは今度こそ立ち上がり、その身に赤い雷のエフェクトを纏わせた。

 

 

「……! あいつ、傷が回復してやがる!」

「いや……あくまで表面、毒に侵され脆くなった箇所が癒えているだけだ。だが……これで弱体化(デバフ)は帳消しにされたな」

 

 

《オヤブンの ナミノルロスは じぶんに かかっている》

 

《わるい こうかを うちけした!》

 

 

 果たして、リクたちがこの場に駆けつける前──ソラと神官たちが相手取っていた時と、同じ事が起きていた。

 

 “おたけび”によって周囲を牽制し、“きょすうのはね”の力で弱体化(デバフ)を解除する。

 赤い雷が走った箇所から、毒で溶かされていた皮膚が立ち所に癒え、元の強靭な筋肉を取り戻していくのが見えた。

 

 

「ブルッ、ブルルルルル……ッ!!」

 

 

 元気を取り戻したナミノルロスが地面を踏めば、三度(みたび)、水が湧き上がる。

 このまま放置すれば、またも“ウェーブタックル”が放たれて、一切合切が押し流されるのだろう。

 

 そうなれば元の木阿弥。

 折角積み重ねた弱体化(デバフ)も綺麗さっぱり打ち消され、状況は再び振り出しに──

 

 

 

「だが、言っただろう。おれたちは時間を稼ぐだけだと。それも……ほんの少しの間だけでいい」

「ドォォォォオ──リッ、ダァーッ!!

 

 

 

 ジュウ、と何かが焼ける音がする。

 いや、そうではない。これは、水が蒸発する音だ。

 

 その場の誰もが、ナミノルロスでさえ、自然と視線を受けに向ける。

 天井世界より降るリバーテル結晶の光、空中を舞うルナトーンたちの光は今、それ以上の光に掻き消されていた

 

 

《ドードリオの にほんばれ!》

 

《ひざしが つよくなった!》

 

 

 “はれ”状態。

 戦場(フィールド)全体に作用する天気のひとつであり、周囲一帯を昼間の光で満たす事で、ほのおタイプのわざの威力は2倍に、みずタイプのわざの威力は半減させる。

 

 マハルドードリオの卓越したサイコパワーによって天候が操作され、一時的なれども夜が昼へと裏返る。

 “ウェーブタックル”を放つ為の準備段階であったナミノルロスは、たちまち陽の光に身を焼かれ、みずエネルギーが蒸発しゆく。

 

 神官たちに前線を任せていた少し前とは違い、今はマハルドードリオも前線に出て直接対決している。

 その為、今の彼女に“にほんばれ”の維持をし続ける余裕はなく、時間(ターン)が経てば“はれ”状態も解除されるだろう。

 

 けれど、それでよかった。

 

 

 

「今だ! “ネコにこばん”をあいつの顔面にぶつけろ!」

「“このは”だ。当てる必要は無い。視界を奪う程度にばら撒け」

 

 

 

 決定打は別にある。

 彼らはただ、相手の邪魔をするだけでいいのだから。

 

 

《ニャースの ネコにこばん!》

 

《フルスリの このは!》

 

 

「にゃおっちゃ!」

「りりりりりっ、りー!」

 

 片や、額の錆びた小判をいくつも複製し、雨あられと振り撒くマハルニャース。

 片や、はためく翼から数枚の葉を零し、それを勢いよく投射するフルスリ。

 

 それぞれの威力は低く、とても痛打(ダメージ)にはなり得ないものだ。

 だが、それら2つのわざの共通点を挙げるとすれば──視認が容易い程度には大きさのあるものを複数、弾幕のようにしてばら撒く、という事。

 

 

「ブルッ、ブルモオオォ……ッ!?」

 

 

《こばんが あたりに ちらばった!》

 

 

 散らばる小判。散らばる葉っぱ。

 1つ1つの威力は小さく決定打にならずとも、顔面目掛けて振り撒かれたそれらは、ナミノルロスの視界を塞ぎ、その動きの邪魔をする。

 

 奇襲じみた“にほんばれ”による、みずわざの阻害。

 間を置かずに放たれた弾幕による、視界の妨害と牽制。

 

 結果として、ナミノルロスが繰り出そうとしていた“ウェーブタックル”は完全に阻止される。

 大きくふらついた巨体の足元では、わざの発動に伴って湧き出しかけていた水が消え失せ、地面へと染み込んでいっていた。

 

 

「よっしゃ、大技を潰したぞ!」

「予備動作が大きいほど、発動前に付け入る隙がある。何度も上手く行く手ではないが、今この場での1発さえ防げればそれでいい。そして──」

「──ええ。時間を稼いでくれてありがとう」

 

 

 少年2人の背後から、少女の声がする。

 同時、彼らの頭上を飛び越して、昏い赤紫色の粘液が、昼の光の下を飛翔した。

 

 

《ちゆりんの ハニーヘドロ!》

 

《オヤブンの ナミノルロスの ぼうぎょが さがった!》

 

《ちゆりんの たいりょくが かいふくした!》

 

 

「ブルモォッ!?」

 

 邪魔な小判や葉っぱを蹴散らしながら着弾し、ナミノルロスの体を汚すヘドロミツ。

 またも皮膚が腐食し、力が抜けていく感覚を覚えたオヤブンは、それを為した元凶を()めつけた。

 

 

 

「こっちは準備万端。いつでも行けるわ」

「ラ、アァァァァァイ……!」

 

 

 

 “にほんばれ”の光に照らされてなお、目を眩ませるほどの強力な閃光。

 稲光そのものを全身に纏ったちゆりん(マハルライチュウ)を傍に侍らせ、ソラは不敵に笑ってみせていた。

 

 彼女の足元では、役目を終えたわざマシンが燃え尽きていくのが見える。

 即ち、その巻物に記されていたわざは、確かにちゆりんへと継承されていた。

 

 

「やっちまえ、ソラ!」

「奴に残されている体力はそう多くない筈だ……行け!」

「うん!」

 

 

 2人の頼もしい仲間たちに頷きを返し、遠くの敵を見る。

 

 リクたちが駆けつける前のソラもまた、戦いの中で余裕を無くし、見える筈のものに気付けていない状態だった。

 だから、仲間たちに支えてもらって、元の冷静さを取り戻した今だからこそ、少女は己の目に映る景色を正しく理解できていた。

 

 

(……テレネットの時と同じだ。狂乱と暴走の中に、痛みと苦しみが見える)

 

 

 ヴォイド団の秘薬と、“きょすうのはね”。

 2つの作用によって理性を奪われてなお、ナミノルロスの濁った目には、仄かな苦痛が垣間見えた。

 

 チカチカと明滅する瞳孔に、ガクガクと震える太もも。

 秘薬によって恐怖と痛みを感じないなど、大嘘だ。あのオヤブンもまた、心の奥底では苦しみからの脱却を祈っている。

 

 ポケモンは嘘をつかない。

 だからソラは、真っ直ぐに指を指す。

 

 

「今、助けるわ。……ちゆりん!」

「ラァァイ、フワァ」

 

 

 限界まで……否、限界を越えてその身に雷を纏う。

 もはや存在そのものが雷と言っていいほどに、最大出力のでんきエネルギーを宿したちゆりんが、今。

 

 

 

「“()()()()()()()()()()()──“ボルテッカー”!!!」

ラァァァァァイッ──チュウゥッ!!!

 

 

 

《ちゆりんの ボルテッカー!》

 

 

 瞬間、落雷が地を駆けた。

 

 まず始めに、纏っていた雷光の幾分かを前方へ解き放ち、それを追いかけるようにして疾駆。

 限界以上のでんきエネルギーを推進力とし、本来の鈍重さを無視した速度で前へ、前へ。

 

 そうしてちゆりんは、自分自身が放った“10まんボルト”に背後から追突する。

 “10まんボルト”の威力を己の体に上乗せし、より一層の霹靂となって草原を走り抜けた。

 

 その速度に対応できる者など、この場には存在しない。

 光り輝く矢となったねむりねずみポケモンが、オヤブンの胸部へと突き刺さる。

 

 

「ラァァアイッ!!」

「ブ、ゴォ──ッ!?!?」

 

 

《こうかは ばつぐんだ!》

 

 

 あまりの衝撃に、背中を突き抜けた余剰エネルギーが、遠く彼方へ走り去っていく。

 渾身の一撃を食らわせ、ちゆりんがその場を離脱した直後、とうとうナミノルロスは膝をつき、その場に崩れ落ちた。

 

 刹那、巨体に纏わりついていた真紅のエフェクトが、体から抜け落ちるようにして霧散する。

 その光景にソラは、“ギムレの洞穴(ほらあな)”で戦ったオヤブンテレネットを想起し──故にこそ、行動は早かった。

 

 

「行って! モンスターボール!」

 

 

《ソラは モンスターボールを つかった!》

 

 

 ポケモントレーナーとなってからの9日間で、すっかり身についた投球。

 宙で弧を描いた紅白模様のボールは、狙い通りにナミノルロスの額へと命中し、真っ二つに開口する。

 

 動く気力さえ残されていない巨体を、その小さなフォルムの中へ格納し。

 開口部が閉じられた時、ほんの一瞬、ボールがブルリと震えたのを、ソラは見逃さなかった。

 

 やがて地面に落ちたモンスターボールは、1度だけ左右に揺れて。

 次いでパチンという音が鳴り、今しがたの投球が会心の一投(クリティカル)だった事を暗示する。

 

 

 

《やったー! ナミノルロスを つかまえたぞ!》

 

 

 

 しん、と静まる戦場。

 数秒ほど待ち、ボールの中から何も飛び出してこない事を確認して。

 

 

「ナミノルロス……ほ、捕獲、完了……。終わったぁ……」

 

 

 ほんの少し前まで、激しい戦闘音に彩られていた1番エリア。

 その狭間へと、誰かが漏らした安堵の溜め息と、別の誰かが座り込んだ際の草の音が、いやに響き渡っていた。




ビビビビビビビビビ えーいっ!
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