「痛い痛い痛い痛い痛い!?」
「ハイじっとしてー。痛いっていうのは生きてる証ですよー」
なんだかんだとあっての、同日23時。
熾烈な激戦を乗り越えたソラは、今──ウツシタウンの一角に立てられたテントの中で、涙目になっていた。
「打撲に切り傷……命に関わるほどじゃないけど、ほっとくと酷くなりそうなものばかり。どうしたらこんなになるんですか?」
「ええっと……直撃したのは、パタパムの“むしのていこう”だけだったと思います、多分。ナミノルロスの“ウェーブタックル”は2回受けましたけど、どっちもシェラさんのドードリオに守ってもらって、余波だけでしたし」
「『だけでしたし』じゃありません! いくら直撃しなかったからって、オヤブンの攻撃の余波をまともに受けて無事なんて訳ありますか! ああもう、女の子が青痣なんか作っちゃって……。早く治療しないと長引きますよ」
打ち傷で青黒くなった腕に、消毒液が染み渡る。
それがなんとも痛くて泣き言を漏らす少女を、動かないようしっかり抑えながら、神官の女性は治療を進めていった。
……ヴォイド団によるウツシタウン襲撃を退けてより、ざっくり1時間ほど。
ナミノルロスの無力化と捕獲に成功して以降、それ以上の異変も起きない事から、一先ず事態は解決したと見做された。
あの後、シェラが町に戻ってきたのは、事態が収束してすぐの事だ。
町が危ない時に何をやっていたのだと責める声もあったが、そんな声は彼女の姿を前に、すぐ収まったのを覚えている。
『いやーっ、ごめんね? ほんっとうにごめん。シェラちゃんの方でもちょっと手間取っちゃって……っていうのは言い訳だね、うん。とりあえず……縄くれないかな? 人数分』
右手には、ズタ袋の中に詰め込まれた大量の木彫りのボール。
天高く掲げられた左手には、気絶したヴォイド団の
そんな2つの重量物を、それぞれ片手で持ち運びながら現れたシェラは──その場の誰よりも、ボロボロの出で立ちをしていた。
ポケモンの攻撃を、多種かつ大量に受けたのだろう。
彼女がいつも身に着けているエプロン風のドレスは、所々が引き裂かれたり焼け焦げていたり、或いは溶けていたりと、見るも無惨な有り様だ。
髪も砂に塗れてボサボサで、強引に引き抜かれたかのように荒れている箇所さえあった。
それでもいつも通り、朗らかで“ようき”な笑顔を浮かべたままなのは、流石と言うべきか。
『21番エリアにいたヴォイド団は、シェラちゃんが運んできたので全員かな☆ あ、
結局、シェラが根こそぎひっ捕まえてきた
とはいえ、彼女のボロボロ具合を見る限り、誰も知らないところで、したっぱたちを相手取る以上の激戦があったのだろう。
少なくとも、ソラはそう思っていた。
そしてそれをおくびにも出さず、また誇りも弁明もしないシェラの姿に、得も言われぬ格好良さを覚えるのだった。
……尤も、そんな思考を吹っ飛ばすほどの痛み(具体的には、傷に塗り込まれた薬の染みる痛みだ)に、すぐに顔を
「薬臭い……」
「ワガママ言うんじゃありません。ここがウツシタウンで助かりましたね。この町で作られている薬は、“マハルの地”でも随一の品質と有名ですから。“死出の森”のポケモンたちも、この町で手当てしてもらいたいが為に、森から降りてくる事があるそうですよ」
「ルスティカ博士からも、似たような事は聞いた事があります……って、そうだ。博士は大丈夫なんですか?」
「立って歩けるくらいには回復してますよ。と言っても、あなたのところまで行くのに全力疾走したせいで、傷が開いたって呻いてますけど……はい、これでもう大丈夫」
くるりくるりとソラの腕に包帯を巻き、巻き終わりにテープを貼る。
包帯越しのツンとした匂いに眉を寄せつつも、痛みが先ほどよりマシになっている事にソラは気付いた。
「とりあえず、今日1日は安静にしていてください。できれば明日も様子を見て、激しい運動などは控えるように。巡礼を再開するのは、明後日くらいが丁度いいと思います」
「ありがとうございます。こんなによくしてもらって……手当ても優先的にしてもらっちゃって」
「当然でしょう。あなたたちは町を救った英雄なんですから。……ま、あんな無茶や無謀は2度としてほしくない、っていうのは、我々プルガージムの総意ですけどね」
ぐ、とくぐもった声が溢れる。
若く未熟で無鉄砲なきらいのあるソラだが、だからと言って、自分のしでかした事の重大さに理解を寄せないほど、向こう見ずな訳でもない。
危険極まりない事をした自覚はある。
あるからこそ、反論もできずに押し黙るしかなかった。
「とはいえ、それを分かってあなたたちを危険な場所へ向かわせた我々に、あなたたちを糾弾する資格は無いんですけどね」
「そんな事……。間違った事をしたのは、わたしたちの方なのに」
「あら、間違ってたんですか? 町を守る為に戦って、勝って、町を救ったのは」
「それは……」
気持ちの行き場を失った拳を握り締め、俯くソラ。
そんな少女を前に、神官の女性は仕方ないなと苦笑し、その肩を軽く叩いた。
「ごめんなさい、今のは意地悪過ぎましたね。さ、治療は終わったので、早く博士たちのところへ行ってあげてください。私は次の怪我人を診ないといけませんし」
「は、はい……。その、ありがとうございます」
「いえいえ、それが仕事ですから。それに、まだ安心はできませんよ。これからあなたたちには、
「あはは……」
頬を掻きつつ立ち上がり、今1度神官に頭を下げてから、テントを後にする。
外はすっかり夜なだけあって薄暗く、頭上を見上げれば、“
テントの周囲は、電灯の光によって照らされている為、ブラブラと歩く分には申し分ない。
さて博士たちはと見回せば、丁度こちらを探していたらしいリク、そしてニャースと目が合った。
「ひいさまぁ~~~! お、お怪我は大丈夫で御座いニャしたか!?」
「なんとかね。今日明日はゆっくり休んで、ってさ」
「それは……それは、
目が合うや否や、泡を食ったようにこちらへ駆け寄り、べそべそと涙を零すニャース。
その姿を見下ろして、ソラは幾許かの罪悪感を抱いた。
今回は
もしそうなった時、この老ニャースはどのような反応をしていただろうか?
「……うん。ごめん……ごめんね、じいちゃん」
その場に膝をつき、ニャースを抱き締める。
ソラにとっての彼は、家族同然の存在だ。
そんな彼を悲しませた事に、じくりと、己を誤魔化せないほどに胸が痛む。
「おいらも、今さっきまで手当てしてもらってたところだ。自分の体が薬臭くなるのも、なんだか久々って感じがするよ」
「わたしの方も、大体似た感じ。薬が傷口に染みて、叫ばないように“こらえる”のは大変だったけど」
「そんなもんさ。おいらだって、小さい頃からあっちこっち行ってたせいで、しょっちゅう怪我してさ。その度に薬を塗られるもんだから、もう痛いのも染みるのも慣れちまった」
そう言って笑うリクもまた、腕や足などに包帯を巻いていた。
聞けば、彼も彼で、幹部の男が繰り出したロゼリアにかなり苦戦したらしい。切り傷の数で言えば、ソラ以上だったとか。
「おいらたちのポケモンも皆、アネキたちに預けて治療中だ。ポケモンは人間より傷の治りが早いからな。一晩経てば、また元気になるだろーさ」
「そっか。……ありがとうね、リク。そんな怪我を負うくらいの戦いがあったのに、わたしたちに加勢しに来てくれて」
「当然だろ? この町はおいらが生まれ育った町だし……それに、前も言った筈だぜ」
頭の後ろで腕を組み、ニカッと笑う。
痛みも疲れも見せない、晴れ晴れとした笑みが、電灯の下で柔らかく映えた。
「あんたはおいらの友達だし、それに仲間だ。ヤバい時に助け合うのも、力を合わせるのも、当たり前の事さ」
「……うん」
なんでもないように言ってのけるその姿が、なんともこそばゆくて、嬉しくて。
自分に縋り付いてきているニャースを思わず強く抱き締めながら、ソラはリクからの言葉を強く噛み締めた。
(……
「ひいさま? あの、ひいさま? ニャー、ちょっと苦しいのでニャすが……ちょっと? ひいさま? ひいさmぐえニャスっ」
ニャースの苦悶も耳に入らず、考えに耽る少女。
その脳裏に蘇るのは、地上で自分に優しくしてくれていた、数少ない恩人たち。
プラターヌ博士に、彼の教え子であるデクシオにジーナ。
そして……彼ら以外にも、寄り添ってくれた誰かが、いたような。
そこまで思い至って、ふとソラは顔を上げる。
こちらを見下ろすリクと目が合って、その素朴で屈託のない表情に、暫し目が揺れた。
(リクって、まるで──)
「──ちょっと! ちょっと、待ってください!」
既視感の正体を探ろうとする試みは、横合いから飛んできた叫び声に掻き消された。
思わずそちらを見やると、そこではテントから出てきた名無しの少年が、神官の男性に呼び止められて、何やら言い争いをしているところだった。
「治療は必要無い。診てもらうほどの負傷はしていないし、していたとしても自分でどうにかする」
「そんな訳にはいかないんですって! それに、どこに行くつもりですか!? もう夜の11時ですよ!?」
「詮索される謂れも無い。ポケモンは返した。それで終わりの筈だ」
「あ──ちょ、ちょっと!」
一方的に話を打ち切り、町の外へ歩き出す少年。
振り切られた側の神官は、彼を追おうにも、まだ怪我人の治療が終わっていない事もあって、どうしたものかと頭を抱えている。
そのやり取りを見て、ソラとリクは視線を交わした。
丁度そのタイミングで、ニャースもどうにかソラの腕の中から脱出する。
「追いかけましょう」
「だな。あんだけ一緒に戦ったってのに、挨拶も無しにさよならは無いだろ」
「へふぅ……し、死ぬかと思ったでニャス」
「──待って!」
「……」
ウツシタウンから1番エリアへと続く、その境にて。
後ろから飛んできたソラの声に、名無しの少年は立ち止まり、ゆるりと振り向いた。
思った以上に足早だった彼を追いかけた事で、ソラはすっかり息も絶え絶え。
その隣のリクもまた、手当てを受けた筈の傷がじくじくと痛んできていて、ニャースに介抱してもらっている。
「はぁ、はぁ……やっと追いついた」
「……何の用だ。ヴォイド団を一先ずは退けた以上、もうおれと関わる理由は無い筈だ」
「大アリだろうが! 一緒に肩並べて戦って、力を合わせて町も皆も守ったんだぞ? なのに、何も言わずに行っちまうなんて……」
「何も語る事など無い」
切れ味鋭い視線が、少年少女2人を貫く。
街灯の光は遠く、周囲は薄暗い。それ故に、少年の血のように赤い瞳が、いやに輝いて見えているようで。
「今回、おれがお前たちと協力したのは、そうする必要があったからだ。結果として奴……“三司祭”の1人は去り、ナミノルロスは無力化され、フルスリもお前たちに返した。それ以上の馴れ合いを続ける意味は無い」
「あるでしょ!」
ソラの青い、透き通ったような目が、少年の視線と交差する。
赤い眼光に射抜かれてなお、少女は彼から目を逸らす事は無い。
「あなたがヴォイド団とどういう関係なのか。そこまでは聞くつもりは無いわ。けど、あなたは彼らと敵対してるんでしょう? なら、これからも力を合わせられる筈じゃない」
「……」
「相手が何者で、何が目的で、なんで悪さをしようとしてるのかとか。そういうのも聞く必要があるし……ううん。それよりも、そんな事よりも」
すぅ、と。
小さく息を吸い、鼓動を整えて。
「まだ……あなたの名前も、聞けてないんだよ……?」
か細い、絞り出すような声だった。
どこか懇願するような、縋るようなその声に──少年は、「チッ」と舌打ちを零す。
「最初に言った筈だ。ヴォイド団に関わるな。深入りもするな。お前たちはただ、呑気に巡礼の旅を続けていればいい」
「おい、そんな言い方無いだろ!? おいらたちだって、ヴォイド団と……」
「戦ってどうする。言っておくが、今回の一件なぞまだ序の口だ。
「それ、は……」
言い淀むリクに鼻を鳴らし、背を向ける。
その背中は、それ以上の対話を拒絶するかのように、冷たい雰囲気を這わせていて。
「もう、おれに関わるな。勿論、
「……あなたは、どうするの? これからも、あいつらと戦い続けるの?」
「それも言った筈だ。おれの旅の目的は、奴らを潰す事にある。巡礼も、その為の手段に過ぎない。分かったら、とっとと町に帰れ──ッ!?」
突如、気配を感じた少年が振り向き、己へ飛来した
あまりに突然の事に、ソラたちもまた驚き、
「──それは餞別だ、有り難く受け取っときな」
「ルスティカ博士……!? な、なんで……」
「どうせ、事が終わったらすたこら逃げるだろーと思ってな。研究所の瓦礫ん中から掘り当ててきたんだが、間に合ってよかったぜ」
そこにいたのは、果たしてルスティカ博士だった。
まだ傷が痛むようで、どこか疲弊したような表情を浮かべているが、いつものようなふてぶてしい態度で、ソラたちの背後に立っていた。
その傍には、デルビルが随伴している。
彼はふんすと鼻を鳴らし、どこか誇らしげに博士の傍へ侍っていた。
そして、博士が指差す先。
たった今、名無しの少年へと投げて寄越されたものの正体は、モンスターボールが1つに──
「あたし用に師匠が送ってきたモンだが、あんたにやるよ。町を救ってくれた礼ってヤツだ」
「いらん。それに、お前に何のメリットがある」
「あーん? 礼にメリットデメリットなんざあるかよ。ありがてぇと思ったからくれてやる。それ以上の意味は
ブルブルと、モンスターボールが震える。
それに少年が気付いた時には、既にボールは独りでに開き、中から1匹のポケモンが飛び出してきていた。
「
「──りーりーっ! りーりりー!」
飛び出すと同時、嬉しそうに少年としがみついたのは、あのフルスリだった。
すっかり彼に“なついて”しまったようで、すりすりと頬ずりを繰り返し、少年は思わず鬱陶しそうに顔を歪めた。
「これは、驚きニャした……。あの暴れん坊が、あんなに大人しく……」
「なんだ、結局“なつかれ”てんじゃん。前に研究所から脱走した時は、ソラもあいつの捕獲に失敗してたってのによ」
「その話は掘り返さないでほしいなぁ……。でも、“むじゃき”なあの子がべったりしてるって事は、やっぱり悪い人じゃないじゃない」
「ケケケ。人は邪険にできても、ポケモンを蹴飛ばす事はできねーだろ?」
「……」
反論しようと口を開くも、やがて押し黙る。
そうしている間も、フルスリは彼の頭頂部に上り詰め、嬉しそうに体を揺らしていた。
「あたしもシェラも、あんたが
「……礼は言わんぞ」
「だぁから、こっちが礼を言う側だってのな。……ありがとよ。あんたが力を貸してくれたおかげで、この町は救われた」
その言葉には、何も返さず。
名無しの少年は受け取ったモンスターボールを開き、フルスリをその中に格納すると、ガプリコやフカシオのボールと同様に、己のボールホルダーへと嵌め込んだ。
ポケモン図鑑はポケットの中に押し込んで、それから溜め息をひとつ。
そうしてこちらへ向けられた赤い目は、ソラたちにそれ以上の接近を許さなかった。
「今回は、互いの利害が一致した。それだけだ。ヴォイド団を潰すのに都合がよかったから、お前たちを利用した。それ以上でも、それ以下でもない。これからも、おれはお前たちを仲間などとは思わない」
「あんた……」
「仲間なんてものは必要無い。いや……そんなもの、初めから持ってなどいない」
風が吹く。
21番エリアで言葉を交わした時と同じく、一筋の風が、少年を撫ぜる。
ジャケットの袖から垣間見える、病人めいた白い肌。
ターバンの狭間に覗く、色素の失せた白い髪。
そして、血のように真っ赤な瞳。
「ニャ、ニャスッ!? そのお姿は、もしや……」
「……」
少年は何も返さない。そしてそれは、ソラたちも同様だ。
彼と同じ特徴を持つ者たちを、ソラたちは今日、何人も目にしてきた。
「おれには何も無い。仲間も、故郷も、家族も……名前も」
「名前、も……? あなた、名前が無いの?」
「ああ。すべて、奴らに……ヴォイド団に奪われた。だからおれは、奴らに復讐する。その為だけに生きている。今のおれにあるのは、
だから、と。
少年はソラの目を見て──その透き通った青い目に己を映されて、ほんの一瞬、微かに瞑目した。
「
「……!」
「何も無い。何も必要無い。名前さえ必要無い。
それだけを言って、今度こそソラたちに背を向けた。
最早、その歩みを止める者は、今この場にはいない。
「おれは巡礼を果たす。世界の果て、“縫いの霊峰”に至り──そこでおれは、“
リクも、ニャースも、ルスティカ博士でさえ、彼の背中に声をかける事はできなかった。
彼の目的や、その真意を聞こうと開いた口は、しかしそれ以上の声を紡げない。
そうして、誰にも止められる事無く去っていく、その後ろ姿へと。
この場でただ1人、ソラだけが。
「──またね! また、旅の中で会いましょう! ナシさん!」
その声を受けてもなお、遠ざかる背中は止まらない。
やがて、名無しの少年──ナシの姿が、宵闇の中へ溶け消えていく、その刹那。
「……“さん”は必要無い」
その一言を、ソラは確かに聞き取っていた。
《手持ち更新:ナシ》
NEW!
【フルスリ(♂)】
とくせい:しんりょく
せいかく:むじゃき/あばれることがすき
わざ:
このは/エアカッター/やつあたり/なきごえ