ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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Lv.102「代償」

 結局、その日は一先ず就寝し、シェラたちと話すのは明日という事になった。

 

 ウツシタウンに帰ってよりこちら、彼女は町の復興や怪我人の治療に関する指示、捕まえたヴォイド団助祭(したっぱ)たちの移送準備と、とにかく忙しそうにしていた。

 特に移送に関しては、したっぱたちはつまるところ罪人であり、プルガーシティの神殿(ジム)で拘留し、尋問などをしなければならない。

 

 同時に、彼らの使役していたポケモンたちの処遇もある。

 ソラが捕獲したナミノルロスや、幹部の男が逃がしたロゼリアも、プルガージムに引き取られ、神殿(ジム)の管理下に置かれる事となった。

 

 秘薬の後遺症で衰弱しているとはいえ、いつボールを飛び出して暴れ出すとも限らない。

 そういった事情もあり、神殿(ジム)に連絡を飛ばして、待機していた神官たちを応援に来させたりと、兎にも角にも大わらわの有り様だ。

 

 ともあれ、ヴォイド団の脅威が去った以上、ソラたちも巡礼の旅を再開しなければならない。

 

 丸1日は安静にしているよう言われていたのもあって、とりあえず今日のところは、リクたちの家に泊めさせてもらう事に。

 また明日にでも、シェラたちに今回の事をお説教されながら、彼女たちがプルガーシティへ帰る時に相乗りさせてもらおう。

 

 そう結論づけて、床に就いたソラたち。

 連戦激戦の疲労もあって、夕飯を食べる余裕すら無く、意識は微睡みの中へと落ちていき……。

 

 

 

「──ソラ! ソラ、起きろ! 大変だ!」

 

 

 

 朝の6時。

 使っていない客室で眠っていたソラは、扉を乱打する音と、その向こうから聞こえるリクの叫び声で目覚めた。

 

 朝っぱらから、それも激戦を終えた翌日の早朝に、半ば怒鳴り込むような声量。

 一見、非常識に思える行いだが、扉の向こうで喚くリクの態度は、なんとも逼迫した事態を示唆しているようで。

 

 

「なぁにぃ……? ヴォイド団なら、神官の人たちが昨日の内に全員──」

「そうじゃねぇ! アネキが、あんたに来てくれって言ってんだ! バイタルがやべぇって! 神官の人たちも慌ててんだよ!」

 

 

 慌てふためいていて、要領を得ない彼の言葉の中に、聞き捨てならないものがひとつ。

 寝起きでぼんやりとしていた意識が、目を見開くとともに覚醒し、思わず布団から飛び起きる。

 

 何があったのかと問い質し、()()()を耳にした時。

 ソラは、己の全身から、さぁと血の気が引いていく感覚を確かに覚えた。

 

 

「え……ちゆりんが──!?」

 

 

 

 

 

 

「博士っ! ちゆりんは!?」

 

 

 最低限の着るものだけを引っ掴んで家を飛び出し、傷病者の治療用に立てられた仮設テントの中へ。

 雪崩めいて飛び込んできたソラとリク、ニャースたちの姿に、テントの中にいた面々の視線が、一斉に入口へと向けられた。

 

 ルスティカ博士に、シェラ。そして幾名かの神官たち。

 彼ら彼女らは、テントの中央に設置された診察台を取り囲み、何かの計器をモニターしているところだった。

 

 

「おう、来たか。安心しな。今、容態が安定したとこだ。命に別状は()ぇさ……今のところは、な」

「今のところは、って……そんなに酷い状態なんですか?」

「うーん、そうだねぇ……。とりあえず、ソラちゃん自身の目で確認してみてほしいな」

 

 そう言ってシェラは、すい、と横にズレる。

 すると、彼女が壁となって見えなかった診察台が露わとなり──ソラは、思わず両手で口を抑えた。

 

 

 

「チュゥ……ライ、フワァ……」

 

 

 

 診察台の上に乗せられていたのは、ちゆりんだった。

 目に見えて衰弱している……というほどではないものの、それでも平時に比べて元気が無いのは明らかだ。

 

 その表情は、マハルライチュウへの進化による眠たげなものでなく、どこか体の痒みを堪えているかのよう。

 そして彼女の頬にある電気袋からは、凄まじい勢いで電気が溢れ出し、彼女の体にこれでもかと纏わりついていた。

 

 

「ちゆりん、大丈──っ!?

「ラァアイ!?」

 

 

 思わず手を伸ばそうとした瞬間、ちゆりんの体を覆う“せいでんき”が、バチリと音を立てて弾けた。

 それが手のひらに突き刺さり、強い痺れと熱を感じたソラは、反射的に手を引いてしまう。

 

 でんきタイプ、それも電気を己の体に蓄える筈のライチュウが、己の内より溢れる電気に苦しめられている。

 その異常な光景に、少女は息を呑み、しかし目を離す事ができずにいた。

 

 

「これ、って……」

「でんきエネルギーの過剰生成に過剰放出。ま、言っちまえば、でんきタイプによくある症状だわな。1度に大量のでんきエネルギーを、出力全開で撒き散らし過ぎた結果、“電気酔い”とでも言うべき状態になっちまってんだ。一種の中毒症状と言ってもいい」

「中毒……大量のでんきエネルギーを、1度に……」

 

 

 心当たりはあった。

 いや、「心当たりが無い」などと、口が裂けても言えやしなかった。

 

 

 

「……“かみなりのいし”。わたしが、すぐに進化させたから……」

 

 

 

 あの時、オヤブンナミノルロスに挑もうとしていた時。

 ちゆりんがピチューからピカチュウに進化し、そこへ駆けつけたルスティカ博士から、“かみなりのいし”を託された際に、博士は確かに言っていた。

 

 

 

『そいつは強力なエネルギーを秘めてるが、だからこそリスクもある! 急激な進化は、ポケモンに負担を与える事もある! この場は勝てるかもしれねぇが、“しっぺがえし”が来る事も覚悟しとけ! その上で使うんだ! いいな!?』

 

 

 

 分かっていた事だ。

 “しんかのいし”を用いた進化は、ポケモンに即座の強化をもたらす代わり、その肉体に負荷をかける事がある。

 

 故に地上では、2段階の進化を行うポケモンへの“しんかのいし”の使用は、慎重に行うよう呼びかけられていた。

 本来は、1度目の進化から時間を置いて、力を体に馴染ませてから、改めて“しんかのいし”を使う事が望ましいとされている。

 

 今回、ソラはそれを破った。

 ちゆりんがピカチュウに進化してすぐ、“かみなりのいし”を使用し、マハルライチュウへと進化させたのだ。

 

 そして、もうひとつ。

 

 

(“ボルテッカー”の反動が強烈な事も、わたしは分かってた。分かってた筈なんだ。だって、地上ではあまりに有名で……それを分かって、わたしはちゆりんに使わせた)

 

 

 ピチュー、ピカチュウ、そしてライチュウの3種のみが使える事で有名な専用技、“ボルテッカー”。

 本来は習得に手間と労力を要するわざだが、名無しの少年──ナシが何故か持っていた「“ボルテッカー”の“わざ巻芯(マシン)”」を使用する事で、ちゆりんに覚えさせる事ができた。

 

 しかし“ボルテッカー”は、絶大な威力を誇る事と引き換えに、使用したポケモンにも大きなダメージ……即ち、反動を与える事でも有名だ。

 特にライチュウ系は体力(HP)が低く、大ダメージの代償として、こちら側も息が絶え絶えになる事も珍しくないという。

 

 そんなわざを、ソラは大技として繰り出すよう指示したのだ。

 進化したばかりのちゆりん(マハルライチュウ)に……その上、“10まんボルト”と重ねて、更に威力を増加させながら!

 

 

「さっきも言ったように、症状自体はありふれてる。療養すりゃ、さっくりと治る範疇だが……症状が続いてる内に、またでんきわざを使ったりすると、それこそ命に係わりかねねぇ。でんきエネルギーを安定制御できるようになるまでは、バトル自体がおあずけだ」

「それ、は……どのくらい、かかりますか?」

「シェラちゃんが見てきた限りだと、少なくとも1日2日では絶対に無理かなぁ。半月……ううん、1ヶ月は見た方がいいかもね。それに完治した後も、電気の過剰生成が()みたいになっちゃって、また症状がぶり返しちゃう子もいるから、予断はできないんだよね」

 

 

 1ヶ月。つまり4週間。つまり30日。

 

 それだけの日にちを、治療に費やさねばならない。

 その意味が、分からないソラではなかった。

 

 単純に、「じゃあ1ヶ月はバトルをさせないようにしよう」で終わる話ではないのだ。

 旅という、文字通りに山あり谷ありの環境下で、病(ポケ)の容態が安定していられる訳が無い。

 

 それに、病状が安定したからと言って、すぐにバトルに出せるようなものでもない。

 経過観察やリハビリなど、やるべき事は多く──それ故にちゆりんは、この町から動けない。動かせない。

 

 でも、それは、つまり。

 

 

「最果てを目指す巡礼者のあんたを、こんな田舎の町……言うなれば、旅のスタート地点でしかない場所に、1ヶ月も縛り付けるのは酷な話だ。だから……だからこそ、あたしは今から、あんたらに憎まれてでも、言わなきゃならねぇ事がある」

 

 

 やめて。嫌だ。聞きたくない。

 そんな言葉を絞り出そうとして、しかし声はちっとも出せやしない。

 

 リクが「まさか」と呟き、己の姉を見上げる中で。

 当のルスティカ博士は、手元にタバコが無い事を恨みながらも、言うべき事をハッキリと、聞き逃す余地が無いほどに言い切った。

 

 

 

「……悪いこた言わねぇ。ライチュウ(そいつ)は、この町に置いていくべきだ」

 

 

 

 その時、自分の息が数秒止まっていた事を、ソラは確かに自覚していた。

 

 この町に置いていく。ちゆりんを、手持ちから外す。

 旅の仲間として迎え入れた筈の彼女を、この町に置き去りにして──自分たちだけで、旅を続けていく?

 

 

「ちゆりんと……旅が、できなくなる……?」

 

 

 喉の奥から絞り出したようなその声は、恐ろしく震えていた。

 瞳孔が揺れに揺れて、視界がぐにゃりと歪んでいく感覚さえ抱けてしまう。

 

 博士の言葉が、理解できないほど破綻したものであれば、どれほどよかっただろうか。

 彼女が、ソラを貶め、意地悪をする為にそう行ったのであれば、どれほどよかっただろうか。

 

 だが、そうではない。

 

 彼女は真実、いち研究者としての見解を、ソラとちゆりんの両者を慮った上で告げてきている。

 そこに込められた誠意を汲み取れないほど、少女は鈍感ではなかった。

 

 でも、だからこそ。

 鈍感でなく、むしろ人並み以上には明晰だからこそ──理解してしまう。できてしまう。

 

 つまり、この事態の原因は。

 ちゆりんが体を壊して苦しみ、手持ちから外さざるを得なくなってしまった、その原因は。

 

 

 

「……わたしの、せいだ」

 

 

 

 直後、何かが倒れる音がした。

 その場に突っ立ったままに、視線だけを動かしてみれば、リクがルスティカ博士へ食ってかかっているのが見えた。

 

 

「なんとかなんねぇのかよ!? アネキ、ポケモン博士なんだろ!? ちゆりんをパパッと治して、これまで通り一緒に旅ができるようにできねぇのかよ!?」

「舐めんな愚弟。それができりゃ苦労はしねーし、町々の魔女だって即廃業だろうよ。これでも症状は相当軽い方なんだよ。もっと酷い場合、2度とバトルができなくなる事だって珍しかねー。この程度で済んでんのは、こいつが曲がりなりにも最終進化種(ライチュウ)だったからだ」

「なんだよ、それ……なんだよそれ! じゃあソラが悪いってのか!? そんなワケねーだろ! あいつもちゆりんも、この町の為に、精一杯戦ってくれたじゃねーか! あいつらが頑張ってくれなきゃ、今頃……今頃……っ!」

「リクくん、落ち着いて。怒鳴ったってどうにもならないよ。ルスティカちゃんだって、どうにか旅を続けさせられないかって、色々考えてくれてて──」

 

 

 リクの怒声も、博士の淡々とした口調も、シェラの宥めるような声も。

 そのすべてが、どこか遠い向こう側の出来事のように感じられる。

 

 頭の中がぐちゃぐちゃになって、思考なんか少しも纏まらなくて、皆の声が遠くなって、耳鳴りがして。

 自分の心臓の鼓動だけが、まるでアラームを掻き鳴らしているかのように、強く、一段と強く感じられて。

 

 何をすればいいのか、これからどうすればいいのか。

 何も分からない。何も考えられない。何を言えばいいのかさえ分からない。

 

 救いを求めるかのように、少女の目だけが忙しなく動いて、あちらこちらを見回して──

 

 

 

「……ラァイ、チュ」

 

 

 

 ちゆりんの、弱々しい視線と、目が合った。

 

 

「──っ!!」

「あっ──おい、ソラ!」

 

 

 衝動的だった。

 理由も正当性も無く、ソラはテントの外へと飛び出した。

 

 誰に呼びかけられようとも、振り切って、背を向けて。

 どこへ行こうとしているのかも分からないまま、ただ“がむしゃら”に、現実から逃げるようにして。

 

 

「ごめん、なさい……っ! ごめん……なさいっ……!」

 

 

 うわ言のように、誰へ向けているかも分からない謝罪の言葉を繰り返しながら。

 少女は、静かな朝のウツシタウンの中を、ひたすらに走り去っていった。




この後【15:00】より1回目の追加投稿を行います。
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