ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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今日2話目の投稿です。ご注意ください。


Lv.103「Tears and Oath」

「はぁっ……はぁ……は、ぁあ……

 

 

 走って、走って、ひたすらに走り抜いて。

 

 目的も無く走り抜けたのち……そうして辿り着いたのは、いつかの古井戸の前。

 10日前、研究所から逃げ出したポケモンたちを追いかけた末、まだデシエビだった頃のびぃタロが隠れていた場所。

 

 幸いにも、昨晩のナミノルロス襲撃の被害を受けていなかったらしく、砂埃を被っているものの、至って以前と変わらない状態だった。

 路地裏の突き当たりにある事もあって、周囲に人気(ひとけ)は無く、町の喧騒もどこか遠く。

 

 

ぁ……あ、ぁあ、ぁあああぁあ……っ」

 

 

 どこを目指すでもなく、無我夢中に走ってきたにも関わらず、この場所に辿り着いた。

 その事実に、少女はフラフラと井戸へ歩み寄ると、半ば崩れ落ちるようにして座り込み、石造りの井戸にもたれかかった。

 

 ぼんやりと、力無く天井を見上げる。

 遠く、遠く、手すら届かない遥か高みに、もう1つの世界“獣の大地(ローランド)”が見える。

 

  “獣の大地(ローランド)”の果てたる“縫いの霊峰”へ至り、地上に帰る為のヒントを得る。

 それが、この旅の目的だった。それが、ソラがこの“マハルの地”を旅する理由だった。

 

 その為には、こんなところで足踏みをしている訳にはいかない。

 なんせ、昨日の昼に、シェラから1つ目のバッジをもらったばかり。最果てに至る為に必要なバッジは、まだ7つもある。

 

 旅を再開しなければならない。

 プルガーシティの西を目指し、次の神殿(ジム)がある街へと向かう為にも、こんなところでじっとしている訳にはいかないのだ。

 

 けれど、だけれども。

 

 

「……ひいさま。ここにおられニャしたか」

「っ……じいちゃん、か」

 

 

 自分以外にいない筈のこの場に、何者かが現れる。

 一瞬ビクついたソラだったが、しかし現れたのがニャースだと分かると、すぐに落ち着きを取り戻し、全身がにわかに脱力した。

 

 

「いきなり飛び出しニャされて、皆様たいそう驚いておいででニャしたよ。……と言っても、ひいさまのお気持ちも分からぬ訳ではありニャせんが」

「……うん。そう……そう、だよね。うん、きっとそう……きっと……」

 

 枯れた井戸に背中を預けたまま、己の膝を寄せ、体育座りのような姿勢になる。

 膝に顔を(うず)めるようにして俯きながら、少女はすっかり黙り込んでしまった。

 

 ニャースは何も言わない。

 何も語らずに寄り添い、己の主が気持ちを整理し切るまで、ゆっくりと待つ。

 

 やがて、少しばかりの時が経った頃。

 ソラは、どこか苦痛に呻くような、か細い声を漏らし出す。

 

 

 

「……分かってたんだ。分かってた、筈なのに」

 

 

 

 その呟きは、懺悔にも似ていた。

 

「急激な進化はポケモンに負担を与える事も、“ボルテッカー”の反動が強烈な事も……どっちも、分かってた。分かって、ちゆりんにそれをさせた。わたしが、そう指示した。でも……実際のところは、分かってた()()なんだ」

「ひいさま……」

「知識はある。父さんの残した大量の研究資料を、絵本代わりに呼んだ事もある。スマホを開けば、世界中の色んなニュースやバトルを目にできた。わたしの頭の中には、ポケモンに纏わるたくさんの知識がある」

 

 でも、と少女は声を零す。

 

 

「……わたしには、経験が無い。知識はあっても、それを活かした経験が無い。だから、知識として知ってる事でも、()()()()()()()()()()()()に頭が回らない……その実感が無かったんだ」

 

 

 ネガティブな思考ばかりがグルグルと渦巻く中で、ソラが思い出したもの。

 それはウツシタウンから旅立ち、初めて1番エリアに繰り出した時の事だ。

 

 まだモンスターボールの投げ方も下手っぴで、野生ポケモンを取り逃がしてばかりだった頃。

 あの頃のソラは、資料やネットで得た知識だけが頭の中にあって、経験というものにとんと欠けていた。

 

 それから少女は、旅立ってからの1週間で、色んなものを目にしてきた。

 未知のポケモンに、初めて会う人物たち。彼らとの出会いが、少女にポケモントレーナーとしての経験を与えた事は間違いない。

 

 この世界に来てより、かれこれ11日目。

 多くのものを見て、体験してきたソラの価値観は、地上にいた頃のそれとは、明らかに変わってきている。

 

 それでも、たったの11日なのだ。

 の在り方が完全に変容し、また成長するには、2週間に満たない日数というのは、あまりにも短い。

 

 

「この世界に来て、わたしは変われる事ができた。少なくとも、地上にいた頃よりは成長してると思う。でも……やっぱり、わたしはわたしのままだ。変われてないところの方がずっと多くて……頭の中の知識に引っ張られてしまっているのは、前と変わらない」

 

 

 シェラとの決闘の儀(ジムバトル)もまた、その好例だ。

 なまじ頭がよくて、理屈ばかりが先行した結果、足元を掬われ、バトル中にも関わらず酷く落ち込んでしまった。

 

 その時こそ、「時には理屈で考えずに突っ走る事も大事」と気付き、結果として勝つ事ができた。

 けれどもやっぱり、知識や理屈に引き摺られ、足元を見落としがちになる短所は、完全には改善し切れていないのだ。

 

 

「それが、わたしだけに波及するなら、まだいい。ヴォイド団を相手にする時みたいな、命に関わるバトルとかでも無い限り、負けても次がある。取り返しのつく失敗なら、皆に怒られながらでも、その度に修正したりできる」

「……」

「でも……今回は違う。症状こそ軽いらしいけれど、もしも何かが違ってたら、ちゆりんの命そのものが危なかったかもしれない。わたしの軽率な判断で、あの子の命を危険に晒した。そして、わたしは……その結末に、どんな償いをすればいいのか分からない」

 

 

 目が潤み、涙が滲み出すのを、必死になって押し留める。

 服の袖に両目を押し当てて、涙が溢れないように、泣いていると思われないよう務める。

 

 分かっている。

 こんなところで、悲劇ったらしく泣いていても、何も解決しない。

 

 ソラが今やるべきは、決断を下す事。

 博士たちの見解を仰ぎつつ、当のちゆりんとも対話し、最終的な判断を彼女が下さなければならない。

 

 自分の失態を、浅慮を、いつまでもグチグチと漏らしていたって、状況は何も進展しない。

 そんな事は分かっている。

 

 けれど。

 

 

 

「ポケモンのする事、ポケモンにする事の責任は、トレーナーが取る。全部がわたしの判断で、全部がわたしの責任。わたし、わたしは……その言葉の意味を、これまで、本当の意味では分かってなかったんだ……」

 

 

 

 己の両肩に乗せられた、()()()()()

 ポケモンの“おや”となる事。そのポケモンの命を負う事。

 

 それを真の意味で実感した瞬間──立ち上がれなくなるほどに、ズッシリとした重責を感じざるを得なくなった。

 

 そして、己の行いがどんな意味を持ち、それ故にどのような結果を生むのか。

 その事実から目を逸らしたくて、それでも逸らす事ができないジレンマが、更に少女の心を苛んでいた。

 

 

「あの時……神官の人たちが、わたしたちが戦いに参加しようとしたのを、必死になって止めた理由が、ようやく分かった。今の……バッジも1つしかない、今のわたしの実力じゃ……わたしや、わたしのポケモンたちの命を、無為に危険に晒すだけだったんだ」

 

 

 そう話し続ける間にも、頭の中の激情は未だ渦巻き続け、ちっとも纏まりやしない。

 話せば楽になるかとも思ったが、実際はその逆で、語れば語るほどに、思考がより一層撹拌されゆく始末。

 

 早くテントに戻って、飛び出した事を皆に謝って、これからどうするかを考えるべきだ。

 分かっている筈なのに、体が動かない。足が石になってしまったかのように、力を込める事ができないのだ。

 

 

「……そうでニャス、なぁ……」

 

 

 ソラの吐露が終わったのを待って、ニャースが重々しく口を開く。

 

 彼は、彼女が生まれたばかりの頃から、ソラの事をずっと見てきて、そして世話をしてきた。

 故にこそ、こういう時にどう寄り添うべきかを知っている。どのように声をかけるべきかを知っている。

 

 

「ひいさまは、後悔しておられるのでニャスか? ヴォイド団を、ナミノルロスを止める為に、戦う事をお選びになった事を。その結果として、ちゆりんさまのお体に障りが起き、旅から外さざるを得ニャくなったが故に」

「……わかんない」

 

 

 ぽつり、と声が上がる。

 

 ニャースの呼びかけは、まるで夜に絵本を読み聞かせる時のような、穏やかなものだった。

 それ故にソラは、荒ぶる事なく、静かに声を紡ぐ事ができた。

 

「もしもあそこで、わたしたちが戦わなかったら……ナミノルロスを倒さなかったら、町にもっと酷い被害が出てたかもしれない。もしかしたら、誰かが死んじゃってたかもしれない。町にいたじいちゃんも、巻き込まれてたかもしれない」

「それは確かに、そうで御座いニャしょうなぁ……。ニャーは老いさらばえ、戦う力も持たぬ身。あのように凶暴なオヤブンには、とても太刀打ちできたものではありニャせん」

「うん……。勿論、ただの『()()()()』と言われたら、それまでだけど……。でも、だからって『助けに動かなければよかった』……なんて、そんな傲慢な事までは言えないよ。だけど、それでも……」

 

 段々とか細く、弱々しくなりゆく声。

 果たして、その先にどのような言葉が待っているのかを、老ポケモンはしっかり理解していた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ひいさまの抱いておられる後悔とは、そのようなもので御座いニャスね?」

「……うん」

 

 

 三角座りで、膝に顔を(うず)めたまま、後頭部だけをコクリと縦に揺らす。

 

 ここまでの旅の中で、ソラは、自分のポケモンたちを信じる事が肝要だと学んだ。

 ポケモンたちの力を信じて、彼らに己を託す。ポケモンたちは、そんな自分に応え、最大限の力を以て報いてくれる。

 

 それが、トレーナーとポケモンの関係性。

 だが──もしも、そんなポケモンたちの命運を、己の未熟さが故に、悪い方向へ傾けてしまうとしたら?

 

 

「わたしが、トレーナーとしてもっと優秀だったら……ポケモンたちの力をもっと引き出せて、皆の体の事にも気を使えるくらい強かったら。……おかしいよね。こんな事を今考えてたって、どうにもならないのに……そんな事ばっかりが、頭に浮かぶんだ」

 

 

 ソラは頭がいい。

 経験こそ足りないが、知識は勿論、思考力や頭の回転の早さも上々だ。

 

 だから彼女は、自分に何が足りないのかも、これからどうするべきかも、なんとなくなれども分かっていて。

 その上でなお、それ以上のネガティブな感情に絡め取られて、動く事ができずにいるのだ。

 

「怖い……怖いよ、じいちゃん。わたしが未熟なせいで、皆に迷惑をかけちゃうかもしれない。わたしが弱いせいで……わたしは、わたしを信じて、わたしに応えてくれるポケモンたちに、取り返しのつかない事をしてしまうかもしれない……」

「ひいさま、それは……」

 

 違う、と。

 ニャースが、そのように言葉を続けようとした、その声に被せるようにして。

 

 

 

「バァカ。この程度の事、いくらでも取り返しがつくに決まってんだろ」

 

 

 

 路地裏の出口から差し込む影ひとつ。

 同時に漂ってくるのは、ヴォイド団の秘薬が帯びる甘ったるい匂いではなく、鼻が曲がってしまうような煙の刺激臭。

 

 果たしてその正体は、やはりルスティカ博士だ。

 その手の内では、テントの中にいた時は持っていなかった筈のタバコが1本、もうもうと煙を吐き出していた。

 

 今の今まで俯いたままだったソラも、彼女の登場に思わず顔を上げる。

 見上げた先の博士は、いつものような、ふてぶてしい態度のままで立っていた。

 

 

「は、かせ……?」

「ルスティカ博士、お体は大丈夫でニャスか? 病み上がりの身でタバコをお()みになられては……」

「るっせ、吸ってなきゃやってられねー話題だろーが。そこは後で怒られとくさ」

 

 

 何の容赦もなしに、ズカズカとソラへと近付く。

 己の体を覆うほどの長い影に、少女の体はビクリと震える。

 

 己の浅慮を責められるのではないか。

 或いは、己の未熟さを呆れられ、失望されるのではないか。

 

 地上にいた頃は感じもしなかった──否、他者への関心を諦めていたが故に、抱く事の無かった感情。

 “マハルの地”で、暖かく優しい人たちに巡り合ったからこそ抱いてしまった、「見捨てられたくない」という恐れ。

 

 

「わた、わたし……博士、あの、わたし、は……っ」

 

 

 震える喉。震える体。揺れる瞳孔。

 すっかり怯え切った少女をまじまじと見下ろし、ルスティカ博士は──

 

 

 

()()()()

 

 

 

 ()()()()()()

 

 

「……ぇ」

「進化したばかりのピカチュウに“かみなりのいし”を使えば、どうなるか。あたしはそれを知っていた。知った上で、あんたに石を寄越した。あんたのライチュウがああなった責任は、少なからずあたしにもある」

「そ、んな……。でも博士は、あの時、ちゃんと警告してくれていて……わたしは、それを聞いてて、その上で……」

「あたしは曲がりなりにもポケモン博士だ。そう自認する立場にある。そんなあたしが、『警告はした』で責任を果たせたとは思っちゃいねぇ。それでもあの場は、ああする方がいいと判断して……町と、あんたのポケモンとを、天秤にかけた」

 

 

 頭を上げた時、博士の目に映っていたのは、ソラに対する糾弾でも、失望でもない。

 

 

「だから……そんな風に、自分を追い詰めんじゃねぇ。あんただけが悪かった訳じゃねぇし……そもそも、あたしがヘマしてこんなザマにならなきゃ、あんたらの手を煩わせる事も無かったのによ」

 

 

 己の不甲斐なさに対する怒りと、ソラへの罪悪感。

 先ほどまでのふてぶてしさはどこへやら。そこには、悲哀を噛み殺すような顔つきだけがあった。

 

 タバコを持つ指先にも、必要以上の力が入り、タバコが微妙にひしゃげているのが見て取れる。

 よほど、自分の無力さが悔しく……そして、申し訳が無いと思っているのだろう。

 

 

「だからこそ……ってのもおかしな話だが、ライチュウがこの町に残るってのは、ある意味じゃ渡りに船でね。ソラさえよければ、あいつをあたしに預けちゃくれねーか?」

「渡りに船……って、どういう──うわひゃ!?

「ジャララ!」

 

 

 ルスティカ博士の背後からヌッと現れたのは、うろこポケモンのジャラランガ。

 それも昨日、オヤブンナミノルロス相手に戦いを挑み、そして敗北した例の個体だ。

 

 やはりあの後、戦闘のダメージが響いたらしく、全身至るところに包帯が巻かれている。

 それでも元気ハツラツといった様子で、ふらつくところも見せずにノッシノッシと歩いている辺り、伊達にドラゴンタイプではないという事か。

 

 

「こいつ、元は“死出の森”を追い出されてきたはぐれなんだけどな、これがまた小生意気な奴でよ。町に居着きこそすれ、あたしらの手伝いをする事には乗り気じゃなかったんだが……今回の件で、どうも思い直したらしい」

「ジャーラァ!」

「んん? えーっと、何々(ニャにニャに)……」

 

 尻尾を振り振り、何かを主張するジャラランガの呼びかけに、ニャースが耳を傾ける。

 今でこそ人間の言葉で話すようになっている彼だが、ポケモン同士、おおまか(ニュアンス)程度であれば、相手が何が言いたいのかを聞き取るくらいの事はできるらしい。

 

 

「……どうやら、ちゆりんさまの事を『師』と仰いでおられるようで御座いニャス」

「師……? えっ、ちゆりんがあなたの師匠……って事?」

「ジャァラ!」

「こいつ、ナミノルロスにボコられてノビてたろ? 自分を負かしたナミノルロスをブッ倒したってんで、あのライチュウの事をリスペクトしてるらしい。あいつの下に着きたい……みたいのを、主張してるっぽいんだ」

 

 

 なんとも奇妙な話だが、元が野生出身ともなれば、さもありなん。

 自身より格上のポケモン相手に下剋上を果た(ジャイアント・キリング)したポケモンが現れれば、その個体が群れのボスとなる事は、そうおかしな事でもないそうで。

 

 

「今回こそなんとかなったが、またヴォイド団が襲ってくるとも限らねぇ。そこでだ。ジャラランガ(こいつ)共々、あんたんとこのライチュウを……怪我だの症状だのが完治し次第、あたしの()()()()()()()として預からせちゃもらえねぇか?」

「ボディー、ガード……博士の護衛、って事ですか?」

「ロコンだけじゃ、数で押された時にジリ貧ってのが分かったからな。数は多い方がいい。その点、ライチュウは最終進化の種族だ。それに、あたしも一応、育成(ブリーダー)にゃ一家言ある身でね。技量(レベル)の低さなんざ、後からどうとでもできるってワケ」

 

 

 確かに、博士がポケモンを育てるのが上手いというのは、シェラからも聞いた話だ。

 事実、博士のロコンのみならず、ソラが捕まえ預けていたポケモンたちも、それなりに育っているのを知っている。

 

「あたしに預けてくれりゃ、悪いようには絶対にしねぇ。ポケモン博士の名にかけてな。それに、この先どんな街に行ったって、宿屋にゃパソコンが置いてある筈だろ。あんたが言いえば、いつでも話くらいはさせてやるさ」

「……わた、わたし、は……」

 

 言葉を淀ませるソラを見て、博士は鼻から息を吐く。

 それからタバコを口に咥えて、煙を口の中で転がし、瞑目した。

 

 

「……確かに今回の件、あんたが無鉄砲に突っ走ったのも原因のひとつだろうさ。そりゃ間違いねぇよ。ライチュウがあんな状態になってるのは、あんたに力が足りなかったからかもしれねぇ」

「……っ」

「それでも、その根底にあったのは、この町を守りたいって気持ちだったんだろ? ……すげぇよ、あんた。この町の住人でも()ぇのに、見ず知らずの町だの人だのの為に、命まで賭けちまってよ。……本当は、あたしたちでどうにかしなきゃなんなかったのにさ」

 

 

 不意に、手が伸ばされる。

 ソラが抵抗する暇も無く、博士の手は、彼女の髪をわしゃわしゃと撫で回した。

 

 乱暴ながらも優しさのある手つきが、ラベンダー色の髪をこれでもかとくすぐって。

 それが終わって、少女が顔を上げた時、ルスティカ博士はタバコを咥えたまま、ニッカリと笑いかけてきていた。

 

 

 

「ありがとうな。あたしたちの為に戦ってくれて。あたしたちの為に、命を賭けてくれて。そんで……ロコンを、あたしの大事な家族を救ってくれて、本当にありがとう」

 

 

 

 そこが、限界だった。

 その言葉をかけられた瞬間、今の今までどうにか堪えていた涙が、ぶわりと、滝のように溢れ出したのだ。

 

 

「あんたから受けたこの恩は、絶対に忘れねぇよ。約束する」

「わ、わたっ、し……ごめ、ぁ……わ、ぁああぁああぁああああ……っ!」

 

 

 叱られると思っていた。或いは、見捨てられると思っていた。

 己のしでかした事の罪と、その重さを、まざまざと突きつけられるのだと思っていた。

 

 だが、違った。

 博士は、ソラの未熟さを指摘した上で、それでも町を、己の家族を救ってくれた事への感謝を告げてきた。

 

 それは、ソラにとっての救いであり──同時に、罰でもあった。

 嬉しさの内に、()()()()()()()()()()事実が介在し、少女の心を掻き乱す。

 

 

 

「強く……っ、強く、なりますっ! 皆を、守れるように……! ちゆりんを……皆を、あんな目に、合わせないくらい……っ! 強くて、賢くて……っ、()()()()()()トレーナーに……! わたしは、なりますっ……!」

 

 

 

 それは、ひとつの決意であり、誓いだった。

 

 もう、誰も傷つけないように。誰も奪わせないように。

 そして──その為に行動した結果として、自分が誰かを取り零す事が無いように。

 

 その叫びを、博士とニャースは、静かに見守っていた。

 彼女の涙が終わるまで、ずっと、寄り添うように。

 

 

 

「……ああ。あんたなら、きっとなれるさ。これは、あんたの巡礼(たび)なんだから」

 

 

 




この後【18:00】より2回目の追加投稿を行います。
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