詫び番外編として、年越し特別編を拵えたのでこれで許してください。
なお、いつも以上に私のやりたい事全開というか、
カオス理論、或いはバタフリー
詳細かつ正確な解説は専門家に譲るとして、ざっくりと説明するならば「ほんの僅かな小さな差が、予測できない大きな結果を生み出す」とする理論だ。
カントー地方でバタフリーが羽ばたいて起こした風が、巡り巡って、遠く離れたカロス地方で大きなハリケーンを起こすように。
最初はほんの、“かぜおこし”にすら満たない小さな動きが、最終的に“ぼうふう”すら超える大きな事象を引き起こす。
世界という複雑なシステムにおいては、始まりがどんなに些細なものだったとしても、それがどんな結末をもたらすかは、誰にも予想する事ができないのだ。
或いは、発端となった出来事が、世界の誰にも知覚されないままに、事態だけが独りでに動き出す事もあるだろう。
それは例えば──1人の少女が、人知れず地下3万メートルの世界へと迷い込んだ時のように。
世界を揺るがす一大事は、既に水面下で静かに始まっているのかもしれない。
無敵のチャンピオン・ダンデに勝利してより、早2年。
新たにチャンピオンとなった少女が「意外だな」と思ったのは、チャンピオンというのはそれほど忙しくないという事だ。
無論、公式試合などには出ずっぱりだし、メディアへの対応などもある。
特に、年に1度のジムチャレンジの時期が近付けば、関係各所との事前準備や対応で目まぐるしく働く事になるが……逆に言えば、忙しいのはジムチャレンジの時期くらいだけ。
それ以外の時期であれば、イベントや試合への出場以外の時間を、自己研鑽や趣味、プライベートに費やせるだけの余暇が許されていた。
そんな訳で、チャンピオンになってから2度目のジムチャレンジも恙無く終わって(当然、少女がファイナルトーナメントで優勝して)より暫く経ち、いつものように“げきりんの湖”のほとりでカレーライスを頬張っていた折。
幼馴染からの連絡を受けた彼女は、すぐさまワイルドエリアを飛び立って。
「──やっほ、ホップ! 無敵
ポケモン研究所のドアを、半ば殴るようにして開け放ち。
少女──ハロンタウンのユウリは、いつものように天真爛漫な笑顔を振りまいた。
「うおっと!? ドアはゆっくり開けろよ、ユウリ。オマエの“ばかぢから”じゃ、いつか壊れちゃうぞ」
「あーによー。こんな可愛い幼馴染に向かってゴリランダーだなんて。私の相棒はもっと厳つくてカッコいいんだから」
「はいはい、知ってるぞ。オレはユウリのゴリランダーに負けたんだからな。こないだの試合も見たぞ、すごい大立ち回りだったな」
「トーゼン! 私のポケモンたちはみーんな最強だからね!」
ドヤ顔浮かべてご満悦なチャンピオンを前に、彼女の幼馴染──ポケモン博士見習いのホップは、やれやれと苦笑する。
つい口が滑って“ばかぢから”だなんて言ってしまった時は焦ったが、上手く話を逸らす事ができた。
あのままあの話題を続けていれば、すっかり擦り切れてしまっているドアの蝶番に続いて、今度は机辺りが彼女の怪力の犠牲となっていただろう。
「で、用件は何? 私の優雅なランチタイムを中断させるだけの話なんでしょうね?」
「優雅、って……どうせまたカレーライスだろ?」
「どうせ、なんてご挨拶ね。我らがガラルのソウルフードじゃない。私は毎食カレーだって全然問題無いわよ」
「そりゃオマエはそうだろうけどな……いや、いいか」
目の前の少女が、インタビューで「強さの秘訣はなんですか?」と問われ、躊躇無く「毎日カレーライスを食べているおかげです!」と胸を張って答えた事は、誰の記憶にも新しい。
オマエがカレーライスを食べて得たのは、バトルの強さじゃなくて、かくとうポケモンも裸足で逃げ出す戦闘性能だろ。
そんな言葉が喉まで出かかったが、当然ホップはそれを口に出す事は無い。命が惜しいからだ。
「それで、話なんだけど……悪いけど、他の皆がまだ来てないみたいだぞ」
「皆……って、他にも誰か来るの?」
「──やれやれですよ。元はぼくらが、ホップくんに持ちかけた話なんですけどね。仮にもチャンピオンに対して、報連相というものがなってないんじゃあないんですか?」
少女の背後、研究所の入口から聞こえてくる嫌味ったらしい声。
この2年でよくよく聞き慣れたそれに、ホップは「げ」と声を漏らし、ユウリはぱぁと顔を輝かせた。
「ビートくん! 来るのはキミだったんだ」
「正確には、ぼくが会う約束を取り付けたんですけどね。それに、ぼくだけじゃありませんんよ」
「……こ、こんにちは。ぼっ、ぼくもいます……」
「あ、オニオンくんもやっほ。珍しいコンビだね。いや、立地的にそう珍しくもないのかな?」
ユウリに続いて現れたのは、アラベスクスタジアムの現ジムリーダー・ビートと、ラテラルスタジアムのジムリーダー・オニオン。
彼らのホームは、いずれもナックルシティの西方に位置する街──それも“ルミナスメイズの森”を挟んだ隣同士である為、ユウリの知らないところで親交はあったらしい。
「2人とも久しぶりだねー。前に会ったのは2ヶ月前の大会だっけ?」
「直接会うのは、ね。どこかの誰かさんがバカみたいに電話してくるから、久々ってカンジはありませんが」
「だってビートくんの育成論、すっごく勉強になるんだもん。ね、今度またご飯食べに行こうよ。2人きりがイヤなら、ホップもマリィちゃんも誘うよ?」
「どうあれ嫌ですよ。食べに行くと言って、どうせカレーライスでしょう? いい加減ぼくも学びましたよ。どうしても行きたいなら、行き先はぼくが選ばせてもらいますよ」
「……なぁ、あいつらってまだあんな調子なのか?」
「は、はい……。り、リーグで顔を合わせる時も、だいたい、あんな……」
「やれやれ、これは先が思いやられるぞ……」
それなりの時間を彼女と同じ町で過ごした幼馴染として、彼女がどんな視線を彼に向けているかも、それを受けた彼が彼女を口ほどには拒絶していない事も、見ていれば大体理解できる。
理解した上で、2年も時間があってまだ
「──未知のパワースポット反応?」
一先ずテーブルを囲み、お茶を淹れて一息。
それからビートは、本題について語り出した。
「ええ。2年前の一件の後、ソニア博士から“パワースポット探しマシーン”という、センスの欠片も無い名前の装置を頂いていたのですが……昨日の夜、それに反応がありまして。と言ってもほんの一瞬で消えたので、その時は装置の不具合かと思いましたが」
「……ぼ、ぼくのところでも、反応がありました。時間は……ビートさんのところと、同じくらいでした。ろ、ログも……あります」
「他のスタジアムにも問い合わせたんだが、他のところのマシーンには反応が無かったらしい。だから、ビートたちのところ……もっと言うと、ナックルシティより西のどこかで反応があったのは確かみたいだぞ」
2年前の一件、そう言われて思い浮かべるのは大きく分けて2つある。
そのいずれも、ポケモンたちの予期せぬダイマックスによって、あわや大惨事となりかけたのだが……。
「うーん……でも、シーソーコンビは今も元気に大会出てて、また何かやらかすって感じでも無さそうだけどなー。ムゲンダイナも、いつも通り元気いっぱいで、特に異常とかは見当たらないし」
「そうですね。元気いっぱいに試合を蹂躙してますよね、あなたのムゲンダイナ」
「3000年前にガラルを襲った大災厄が、今じゃすっかりユウリのエースポケモンだもんなぁ……」
しみじみと、そしてどこか遠い目をする男衆。
この2年間、ガラルリーグに関わるトレーナーの大半は、1度はユウリのムゲンダイナにどつき回された経験があった。
「とにかく、スタジアムの外でパワースポット……ガラル粒子の反応があったとなると、調べない訳にはいかないからな。ソニアもその関係で出かけてるんだ」
「でも、なんで今更……? このところは大きな事件も何も無かったのに」
「
「じ、実は……ここに来るまでに、ビートさんと、その……ど、どこで反応があったかの検討をつけてたんです」
オニオンの言葉に、ビートは首肯してカップに口をつける。
その様子を見て、ユウリは頬に指を当てて数秒考えた。
彼らの共通点。アラベスクタウンとラテラルタウンの共通点。
そこから彼らが導き出した結論は、つまり。
「……もしかして、“ルミナスメイズの森”?」
「あなたの足りない頭でも、流石に思い至りますか。ええ、その可能性は高いと見ています。そもそもジムチャレンジで通る道だけが、あの森の……そして、ガラル地方のすべてではありませんからね」
実際、ガラル地方が誇る“ワイルドエリア”も、人が入ってはいけないエリアというのはきちんと設定されている。
それは野生ポケモンの生態系を守る為でもあり……何より、未熟なトレーナーが立ち入るには危険な地形、環境、そして強力なポケモンが多いからだ。
その境界線を超えた向こう側に立ち入れるのは、ジムリーダーなどの限られたトレーナーのみ。
そしてそんな彼らでさえ、すべてを知り得ない未知の領域なのだ。
そんな危険エリアであるからして、当然ながらユウリの「探検しに行こうよ! 珍しいポケモンとか住んでるかも!」という提言は常に却下されている。
無論、それに乗っかろうとした前チャンピオンは、もれなくナックルシティのジムリーダーからコブラツイストを食らって鎮圧される。
「今のところ、偶発的なダイマックスが起きたという話は入ってませんが、もしかしたら何かの前兆かも──」
「……ウワサをすれば、って感じだな。見てくれ、今ソニアから送られてきた画像なんだけど」
会話を中断させながら、ホップがテーブルの上に置いたタブレット。
その画面いっぱいに表示されている写真を、なんだなんだ皆で覗き込めば……果たして。
「これは……“ルミナスメイズの森”ですか?」
「それも、今さっき話題に出てた境界線ギリギリのところのな。正確にはソニアが撮った訳じゃなくて、聞き込みの過程で手に入れたらしい。ちなみに昨日の写真らしいぞ」
「なんだろう……これ。尻尾? それに、この色合い……」
手ブレが酷く、その上、薄暗い森の中を撮影したものだけあって、何を撮ったのかイマイチ不鮮明。
それでも、ユウリの人外じみた視力と洞察力は、なんとなくの推察を可能としていた。
木の陰から見える背中は黄色い毛並みと、そこに交じるタトゥーめいた紫のコントラストが鮮やか。
ピンと立った尻尾は細く、時計の針めいて先端が膨らんでいるようにも見えた。
顔こそ木に隠れているが、周囲の景色から推察できる身長と体型から、ピカチュウに代表されるねずみポケモンの類いではないかと少女は考える。
だが、しかし。
「……こんなポケモン、見た事無い……。モルペコに似てるかもだけど、絶対に違うって断言できる」
「ソニアからの情報だと、撮影者は咄嗟にスマホの図鑑アプリでサーチしてみたけど、どのポケモンとも合致しなかったらしい。と言っても、ここまで不鮮明な状態だとロクに解析できないだろうけど……」
「未知の……いえ、新種のポケモンという可能性もあり得る、という事ですか。まぁぼくたちとて、境界線の向こう側を完全に知っている訳ではありませんが、しかし……」
「……これ、ゴーストポケモンだ」
ぼそり、とした呟きに、全員の注目が向けられた。
視線を一身に浴びた当の本人──オニオンは、ビクリと身を震わせながらも、言うべき事を言わんとする。
「しっ、心霊写真とか、そういうのたくさん見てきたから、分かるんです。少しでも、ゴーストタイプの感じがあると……。だ、だから……このポケモンは、ゴーストポケモンです。間違いない、です」
「……いよいよきな臭くなってきましたね。ゴーストタイプの
「未知のガラル粒子に、未知のゴーストポケモンか……。近い内に“ルミナスメイズの森”に行ってみないといけなさそうだぞ。……ん? どうしたんだ、ユウリ」
じっと、タブレットに映された写真を眺めるユウリ。
いつもの“のうてんき”な笑みはどこにもなく、ただ目を丸くして、写真の中の情報を目に焼き付けんとしている。
そんな彼女の態度に、ホップたちは居住まいを正さざるを得なかった。
ユウリは時たま、“野生の勘”と言ってこういう態度を取る事がある。そしてそれは決まって、強敵(それがトレーナーであれ、ポケモンであれ)と対峙する時だ。
彼女の直感が、告げている。
(……
ユウリが自分の直感を疑った事は無く、そして直感が外れた事も無い。
ただの不鮮明な写真ひとつから、汲み取れるだけの情報を一通り得た後──少女は、ニンマリとした笑みを浮かべた。
「私も調査に行ってみたい! できればこの子と戦ってみたいな!」
「言うと思ったぞ」
「相変わらず予想を裏切りませんね、あなたは」
「の、呪われないようにね……?」
「わーすごい、めっちゃ呆れられてる」
それはまさしく、この2年で培われた信頼であった。
がっくりと項垂れつつ、カップを手にしたユウリは、幼馴染が淹れてくれた紅茶を口に含む。
その温かく芳醇な香りに癒やされる傍らで、ふと考える。
(でも……このポケモン、なんだかガラルのポケモンじゃない気がする。いや、根拠なんて何も無いんだけど)
ユウリが自分の直感を疑った事は無く、そして直感が外れた事も無い。
だからこそ。
(というかこれ、本当に
その疑問は、ほとんど確信に近いものだった。
【ユウリ】
やんちゃなせいかく/たべるのがだいすき
シェラ(ガラルのすがた)。もしくはシェラの方がユウリ(マハルのすがた)。
バトルとカレーライスの事しか考えていないフィジカルモンスター、ちぢめてフィジモン。
相棒のゴリランダーとがっぷり
この後【18:00】より追加投稿を行います。
ビトユウ派です。