「
ともあれ、まずは朝食を終えてからという事で、大皿に乗せられたジャイアントオムレツを、ポケモン含めた皆で完食してより暫し。
宿屋裏の庭まで移動したソラたちは、そこで改めて、シェラが連れてきたマハルドードーと対面した。
「どっどぉ……」
……確かにシェラはかつて、マハルドードーは本来“おくびょう”な種であり、
だが、それにしたって目の前の個体は、“おくびょう”という域を通り越しているようにすら思えるほど、挙動不審が過ぎている。
先ほど皆でオムレツを食べていた時も、終始シェラの後ろに隠れてばかりで、彼女手ずから食べさせてあげないと、食事の席につこうとさえしない始末。
今だって、ソラたちを見つめる目は怯え一色に彩られていて、どうにかしてこの場を離れようと足を動かしては、その度シェラに押し戻されていた。
「ただ、見ての通り“おくびょう”な子でさ。数いるドードーちゃんたちの中でも、この子の“びびり”っぷりはトップクラス!
「はぁ……。それで、どうしてこの子をわたしたちの旅に?」
「前々から
聞けばこのマハルドードー、生まれてこの方、プルガージムの外に出た事が無いらしい。
それは生来の怖がりな気質が原因なのだが、そのせいで街の住民に対しても人見知りを発揮し、仲のいいポケモンもあまりいないそう。
特に、前述した“やんちゃ”なせいかくの姉(現在はシェラの手持ちとして育成中)とは、相性が最悪と言っていい。
“ちょっとおこりっぽい”姉に振り回されて、人見知りが更に悪化した事もあるとかなんとか。
「今のドードーくんに必要なのは、形式ばった修行よりも、広い世界を見て回る経験だと思うんだよね♪ その点、ソラちゃんたちはまだ旅を始めたばかりで、これからマハル1周に挑戦するワケだし、ドードーくんの修行の旅としてはもってこいのシチュだよね☆」
「成る程、おいらたちと一緒に旅をさせる事で、嫌でも色んなものに触れ合わせたいと。……なんてーか、シェラさんも中々スパルタだよな」
「“なまけ”ながらラクに生きていけるほど、マハルは甘い世界じゃないからね☆ この世界をグルリと1周して、最果てに行こうとするなら尚更だよ♪」
さらりと告げられたその言葉には、調子の軽さに反して、ズシンと心に“のしかかる”ような重さがあった。
弛緩しかけていた空気にピリリとしたものを感じて、微かに身動ぎする少年少女。
彼らのそんな反応を狙っていたのか、シェラはニンマリと満面の笑みを膨らませ、その手をマハルドードーの背に這わせる(そして今まさに逃げようとしていたマハルドードーは、その場から1歩も動けなくなる)。
「
「はい。そして“龍脈”の流れが
「よく覚えてたねー、えらいえらい☆ で、そうした『“龍脈”がトクベツ濃い領域』っていうのが、この“マハルの地”にはいくつもあるんだ。その内のひとつが……この先、西に向かった場所にある、“ソコネ大森林”」
そう言ってシェラが指差す先は、プルガーシティに入る為の門のひとつ。
ソラたちが“ギムレの洞穴”を通り抜け、“3番エリア”から街に入った時に潜った門とは、真反対の位置にある門──その、更に外。
門の先に広がる“4番エリア”の向こう側に、鬱蒼と生い茂る緑が垣間見える。
今いる場所からは、距離もあってあまり視認する事はできないが、ソラは己の脳裏に、初めてこの世界に来た際に見た“死出の森”を彷彿とせざるを得なかった。
「ソラちゃんたちが次に向かうべき場所、2つ目の
「それは……先の話と照らし合わせるニャらば、かなり危険なルートになりニャスな。巡礼者でない普通の方々も、同じルートを通って街を行き来しておられるのでニャスか?」
「ああ、安心していいよ☆ 森の中には、ちゃんとした一本道が作られてるからね♪ 普通の人たちも、巡礼者も、みーんなその道を通ってパタラシティまで行くコトになってるの」
曰く、その森の中の道こそが、人間とポケモンの境界線だという。
プルガーシティとパタラシティの
ひとたび道を逸れれば、そこはもう、
故に2つの街の
仮に更なる拡張を試みれば、それは“ソコネ大森林”そのものを敵に回すにも等しいからだ。
故に人間は、森の中を通る1本の道のみ、通る事を許されている。
それが人間とポケモン、互いが共存していく為に設けられた、ひとつのルール。
けれど、とソラは呟く。
「……それでも、その道さえ通れば安全という訳ではない」
「まぁね。何かの拍子に道を逸れざるを得なくなるかもしれないし、ふとしたトラブルで迷っちゃうかもしれない。そもそも野生のポケモンちゃんたちを縛るコトなんてできないんだから、ちゃんと道を歩いていたとしても、向こうから襲ってくるかもしれない」
だからこそ、とシェラは連ねる。
「──それを乗り越え、学び、力をつけ、先へ進む。真なる巡礼とは、厳しい環境をなお踏破し、己の足で最果てへ向かう
歌うように、祈るように。
それは数日前、ウツシタウンで教えてもらった、“ヨミの民”に纏わる神話の一節──“リュウジンさま”の残した予言にも似ていて。
「ふゥむ……要するに、厳しい環境に身を置いて、心身ともに強くニャれ。それでこそ巡礼の意味がある……そういう事ですかニャ?」
「大体そんな感じかな♪ 逆に言えば、この先の森くらいは難なく通り抜けられるか、もしくはトラブルがあっても対処できるくらい強くなれないと、この先厳しいかもネー☆ 巡礼の過程には、“ソコネ大森林”よりもっと厳しい領域もたっくさんあるんだから」
旅の中で強くなれ、というのは地上におけるジム巡りと大方似たものであるし、そこまでおかしな話ではない。
問題は、この“マハルの地”が、或いは地上よりもポケモンの勢力が強く、未知にして危険な領域を多く踏破しなければならない……という事だ。
危険な領域を乗り越え、旅の中で力をつけろ。
そうでなければ、最果てに至り、地上に戻るなど、夢のまた夢である。
“ギムレの洞穴”
今更ながらに不安が顔を出してきたソラたちを見て、シェラはクスリと笑うと、「だからね」と言いつつ、マハルドードーの背を撫でた(マハルドードーは、この場から逃げようと必死に足を動かしているが、無駄だった)。
「だからシェラちゃんは、このドードーくんをソラちゃんたちに託したいの。確かにこの子は“おくびょう”で怖がりだけど、才能と素質は保証するよ☆ それに“おくびょう”だからこそ、ソラちゃんたちの旅にきっと役立つハズだからね♪」
「“おくびょう”だからこそ……? どういう事だよ、シェラさん」
「……もしかして、
「察しがいーねい☆ ポケモン図鑑持ってるでしょ、それでこの子をスキャンしてみてよ♪」
促されるままにポケモン図鑑を起動すると、中に入っていたロトムが「ケテーッ!」と、いつもの調子で叫び出す。
いきなり飛び出してきたロトム図鑑の登場にさえ驚くマハルドードーを、どうにかカメラの画角に収め、その
「“おくびょう”なだけあって、やっぱり“すばやさ”が高いわね。それと、同じくらい“とくこう”も高くて……あっ、やっぱりとくせいが“にげあし”なんだ!」
「“にげあし”?」
「こちらの逃走を“てだすけ”してくれるとくせいでありニャスな。強い野生ポケモンに襲われた時や、相手のわざやとくせいなどの効果によって逃げられニャい時でも、このとくせいを持つポケモンがいれば、その戦闘から必ず“にげる”事ができるので御座いニャス」
野生ポケモンとの戦闘で、必ず“にげる”事ができる。
裏を返せば、戦闘そのものに対してはまったく寄与せず、特に対人戦ではほとんど役に立たないとくせいと言っていい。
だが、こと旅においては、これほど頼りになるとくせいはそう無いだろう。
野生との戦闘で必ず逃げられるとは即ち、どんな危機的状況からでもすぐに離脱し、生き延びる事ができる、という事を意味するのだから。
「シェラさんの言う通り、頼りになる子みたいね、あなたは」
「でぃいっ!? でぃっだ、どーど~~~っ!」
ソラが微笑みながら近付いた瞬間、いっそオーバーリアクションとしか言い様が無いほどに跳ね上がった。
流石の跳躍力に、シェラも完全には応対し切れず、結果としてマハルドードーは、またもや彼女の後ろに回り込んでしまう。
困った顔をしながらも、少女が少し前に手を伸ばせば、それだけで大げさにビクつかれ。
ガクガクと身を震わせるふたごどりポケモンは、その双頭のいずれもが怯えの表情を露わとしていた。
「ま、まさかこんなに怖がられるとは……」
「いやぁ、ごめんねソラちゃん。なんだか今日は、トクベツ人見知りが激しいみたい☆」
そう笑うシェラだが、彼女の目に若干の「どうしよう」が浮かんでいる事は、容易に見て取れた。
ソラの側もまた、初見のポケモンにこうも怯えられるのは初めての経験である為、どう接したものかを決めあぐねているのが現状だ。
デシエビだった頃の
ポケモンは嘘をつかない……とは父の言だが、今回に限っては、それゆえ対応に困ってしまっている。
こちらの存在を恐れ、怯えているマハルドードーの態度に嘘は無い。無いからこそ、対話を拒絶されてはどうしようも無かった。
「多分、わたしの事をお姉さんと重ね合わせちゃってるのかな……。正確には、わたしがお姉さんと同じ女の子だから、性別が同じって時点で警戒しちゃってるのかも」
「うーん、だからシェラちゃん相手にも距離を取っちゃってるのかぁ。道理で修行にもあんまり乗り気じゃないワケだ☆」
「いやぁ、シェラさまの場合は、シェラさまご自身のスパルタっぷりが……いや、ニャんでも御座いニャせん、はい」
「でも実際、どうすんだ? あそこまで怖がられっちまうと、旅に同行させ、よう、が──?」
段々と語気が弱くなるにつれ、リクの視線が、自身の腰回りへと下げられる。
不意に軽くなったボールホルダーには、独りでに開かれたままのモンスターボールがひとつ、所在なさげにぶら下がっていた。
リクの2匹いる手持ちを収めたボールの内、もうひとつのモンスターボールは閉じたまま。
ではこの状況で、勝手に外へ飛び出す手持ちとなると──
「しゅ~み♪」
「どでっどでぃだだだだだっだだっだァ──ッ!?!?!?!?!?」
いつの間にかボールを抜け出していたイタズラ好きの彼女は、誰もが気付かない内に(或いは、シェラだけは気付いていたかもしれないが)、マハルドードーの背中にピッタリひっついていたのだ。
それを知覚した瞬間、マハルドードーのパニックはピークに達した。
シェラの背後から飛び出し、あちらこちらを飛んで跳ねて駆け回り、己の背中にへばりつく小さな彼女を、必死になって振り払おうとする。
その速度たるや、ソラたちはぶつからないよう体をよじらせるのに精一杯で、その走る影を正確に捕捉する事ができないくらい。
「はっ、や……!? 本気になったマハルのドードーって、こんなに速いんだ……!」
「特にこの子は、“にげあし”に関してはピカイチだからね☆ でも流石に、ソラちゃんたちが怪我しちゃうかもだから、そろそろ止めないと──」
「いや、ここはおいらに任せてくれ。──ニャース!」
「にゃおんぬ!」
リクが空中に放ったボールから、マハルニャースが躍り出る。
いくら彼とて、パニックに駆られて走り回るマハルドードーを、完全に捉える事はできない。
動きを止めようと前に出れば、たちまち撥ね飛ばされるのがオチというものだ。
だが、問題は無い。
どれだけ素早い相手であろうとも、その動きを確実に止める事のできるわざが、この世界には存在する。
「“ねこだまし”!」
「ふっ──にゃぁおん!」
相手よりも先に行動し、かつ相手を“ひるみ”状態にするわざ。
先のナミノルロスとの戦いで身につけたそれを、マハルニャースは淀みなく実行する。
「でぃどるぅっ!?」
「しゅみっきゅ!?」
驚異的なスピードから繰り出された柏手が、庭を走り回るマハルドードーの、顔面スレスレを掠めた。
結果、不意に横合いから飛んできた手の音に身が竦み、一時的なれども本能がパニックを上回った事で、足の筋肉が急ブレーキをかける。
……スピードを出していた物体が、急に止まる事はできない。
全身全霊でずっこけたマハルドードーと、その弾みで彼の背中からかっ飛んでいったウェボムは、仲良く庭の地面に“ダイビング”をかましたのだった。
あまりに力技が過ぎる。
あんぐりと口を開けるソラを横目に、リクはずっこけたままの態勢で這い蹲るマハルドードーの前まで近付き、よいせとその場に腰を下ろした。
「悪かったな。おいらのポケモンが、あんたに迷惑かけちまった。
「でぃぃど……?」
顔面からすっ転んだ痛みからか、
どうやら、痛みやら悲しみやらで気分が落ち込んだ事で、一周回ってパニックは鳴りを潜めたらしい。
リクはその様子を見て、よしと頷き、そっと手を差し伸べる。
その手を暫し懐疑的に見つめていたふたごどりポケモンだったが、やがて片方のくちばしを手の上に乗せて掴んでもらい、立ち上がるのを手伝ってもらう事にしたようだ。
「よいせ……っと。しかし、すっげぇ走りっぷりだったな、あんた。ウチのニャースも、すばしっこさには自信があった筈なんだが、あんたはそれ以上だったぜ」
「にゃみーぬ!」
「で、でっどぉ……?」
「最初は、あんなにビクビクしてて大丈夫か? ……なんて思ってたが、ありゃおいらが間違ってた。あんたの“すばやさ”と、何よりあの逃げっぷり! あれは間違いなくあんたの強みだし、おいらたちに必要なものだ」
よしよしとくちばしを撫でる手が、自然と頭へ移動し、もう片方の頭へも移動する。
あれだけ怯えまくっていた筈のマハルドードーは、気付けばリクにされるがまま、しかし撃発する事なく、彼の手に身を委ねていた。
「おいらはバカだから、ついつい駆け出しちまうし、ソラもあれで思い切りがよすぎて、すげぇとこまで突っ走っちまうところがあるからな。そういう時、あんたの“おくびょう”さがきっと役に立つ。誰より危険に敏感なあんたは、おいらたちを生かしてくれる」
「でぃ、でぃだっだぁ……」
「あんたと同じだ。おいらたちも、まだ駆け出しで未熟なんだよ。だからさ、おいらたちと一緒に旅に出て、色んなもんを見に行かないか? 見えるもん全部を怖がってちゃ、もったいないぜ?」
「でぃ、でぃ……」
視線が下を向き、何かを考え込むように瞳孔が這い回る。
どうやら“おくびょう”であると同時に、“かんがえごとがおおい”タチでもあるらしい。
そんな彼も、彼なりに思うところがあったのだろうか。
やがて双頭を上げた時、そこに怯えも警戒も未だ残ってこそいたが、それでも彼の目は、リクをしっかりと捉えていた。
「……でぃーだ」
「うし、なら決まりだ。──シェラさん! このドードー、おいらの手持ちにしてもいいよな? おいらも、ソラたちと一緒に旅をするんだからさ」
「そうだねぇ──ま、よしとしよっか♪ 多分、リクくんの方が相性がよさそうだしね☆」
「サンキュー! そういう訳だ、これからもよろしくな、ドードー!」
「にゃーお!」
「むっきゅ!」
マハルニャースと、いつの間にか復活していたウェボムが、リクとともに新たな仲間を迎え入れる。
もう逃げられないと悟ったのか、それとも心のどこかで、本当は1歩を踏み出したいと願っていたのか。
「……でぃだっだ!」
マハルドードーの頷きには、確かな重々しさがあった。
「いやはや、一時はどうなる事かと思いニャしたが……丸く収まってよかったで御座いニャス」
「そうだねぇ♪ リクくんって結構面倒見がよくて、引っ張ってってくれそうなカンジがするもんね☆ 意外と兄貴分気質なのかな?」
「兄貴分、か……」
羽根を撫でくり回すリクと、それを粛々と受け入れるマハルドードー。
2つの影を見やり、ソラはぼんやりと思う。
(思えば、リクが手を引っ張ってくれたからこそ、わたしはこうして旅に出る事ができたんだよね)
良くも悪くも屈託が無くて、グイグイと関わりに来る。
或いはそれこそが、彼の強みなのだろうか。
そう考えている内に、シェラが「さって!」と大声を出しながら手を叩く。
その所作と音に誰もの注目が集まり、大神官は頷きを落とした。
「これで、旅の準備はバッチリだね☆ ソラちゃんたちなら、この先に何があっても、きっと大丈夫! シェラちゃんが太鼓判を押してあげる♪ いつかきっと、キミたちは最果てに辿り着けるよ」
「……ありがとうございます。シェラさんに教えてもらった事、絶対に忘れません」
「うんうん♪ なら、別れの前にひとつ、シェラちゃんから“とっておき”のアドバイスをあげましょう!」
天高らかに掲げた人差し指。
その切っ先に注目を集めながら、いつものようにニカリと笑ってみせた。
「この世界で強くなる為のワンポイント・レッスン♪ わざとわざとの組み合わせ──シェラちゃんのお師匠様が“
《手持ち更新:リク》
NEW!
【マハルドードー(♂)】
とくせい:にげあし
せいかく:おくびょう/かんがえごとがおおい
わざ:
つつく/でんこうせっか/なきごえ/すなかけ
この後【18:00】より追加投稿を行います。