今回から第3章大トリ、ソコネ大森林編です。
あんま書き溜めできてないけど許してクレメンス。
「──いた! あそこだ! 早く追わないと見失っちまうぞ!」
「はぁ……ひぃ……! も、森の中がこんなに歩きづらいなんて……!」
“ソコネ大森林”──ソラが“マハルの地”で初めて踏み入った森の内部は、「鬱蒼と生い茂る」なんて表現ではとても足りたものではなかった。
太く堅牢な木々の幹が、神殿の柱めいて乱立し、頭上では無数の枝葉が絡みに絡み合い、天井から降り注ぐ筈の光のほとんどをシャットアウトしている。
足元に広がる木の根も、幹に負けじと太く、うねうね曲がりくねっていて、気を付けて歩かないと蹴躓いてしまいそう。
その上、先の4番エリアと同様に背の高い草むらが、足元をロクに視認させてくれない。
結果、森の中の歩き方などまるで知らない余所者のソラたちは、真っ直ぐに歩く事さえ覚束ないまま、どうにか草むらを掻き分けて走っていた。
そして、何よりも。
(この、
地味ったおい黒色や茶色。毒々しい赤色。或いは、地上でもそうお目にかかれないショッキングピンク。
電柱めいて恐ろしく細長いもの。パラセクトと見紛うほど、傘の分厚く大きなもの。或いは、木の幹から大量に生えている小さな塊たち。
多種多様、という言葉すら陳腐に思えるほどに大量のキノコ、キノコ、キノコ、たまに粘菌。
ともすれば、同じ種のキノコはふたつと無いのでないかと錯覚してしまうくらい、バラエティ豊かなキノコたちが、そこら中で繁殖しまくっていた。
「ね、ねぇっ! ホントにこのキノコたち、うっかり触れても大丈夫なやつなの!? 毒とか無い?」
「今んとこは大丈夫! ヘンな匂いもしないしな! ただ、なるべく触らないようにして、もし手に胞子がついても舐めるなよ!」
「舐めないよっ!!」
そう叫びながらも、今のソラは数歩先を走るリクの後を追うので精一杯。
彼の嗅覚が、
兎にも角にも、彼が通った場所であればまず大丈夫だと判断し、なるべく正確に、リクの足跡に沿って走る。
チラリと視線を横に動かせば、巨大な木の幹や根を大量のキノコが覆い隠していたり、木々に混じって太く長いキノコが乱立していたり、そんな景色が嫌というほど目に入る。
おまけに足元も、ところどころを背の低いキノコが占拠していて、そのふかふかの感触を足裏へ返してくる中、どうにか転ばないように駆け抜けなければならなかった。
キノコを抜きにしても、空気が淀み湿気の多い森の中では、じっとり粘ついた空気が肌に張り付き、不快感と精神的な鈍重さを覚える始末。
そんな状況で、荷物を盗んだポケモンを追いかける……なんて事がまともにできる筈も無く、相手との距離はドンドンと引き離されていく。
「きっききー♪」
「ニャ、ニャんちゅう“すばやさ”……! あれだけの荷物を抱えてニャお、軽々と枝から枝へ飛び回れるとは……」
「わざわざ森の外まで盗みに来たんだ。自分の寝床までのルートは、あいつにとって庭みたいなモンなんだろうさ!」
ソラたちが必死に追いかけている相手──わるザルポケモンのヤマサルサ。
食料のたんまり入ったリュックを盗んでいった彼(リク曰く、尻尾が長いためオス個体との事)は、元々リュックを持ち運んでいたニャースよりも、ずっと小柄で身軽な体躯をしている。
にも拘わらず、そのちっちゃな片手でリュックをしょい込むと、反対の手で木の枝を掴み、軽々と他の枝へ飛び移り続けていた(器用にも、キノコには指1本すら掠めないまま、である)。
対するこちらと言えば、前述の通りの有り様。
薄暗い森の中という状況も相まって、見る見るうちに、ヤマサルサの姿は遠く、そして小さくなっていく。
「だ、だめ……はぁ、もう、追いつけな……っ!」
「くそっ、ダメか……! なら次の手だ、ニャース!」
「にゃあお!」
リクの声に従い、ボールから飛び出してきたマハルニャース。
彼はリクの肩の上に乗ると、ポケットから取り出したらしい
「小判と一緒に投げつけろ! とにかく当たればいい!」
「は、にゃーおっ!」
己の主から受け取ったそれ──白くネバネバとした小ぶりの球体を、自身が生成した小判に乗せ、諸共に投げ放つ。
“なげつける”こそ会得していないマハルニャースだが、小判投げには一家言ある身。
べっちゃり潰れた白い球体が、小判に張り付いている程度で、その投擲力が衰える事は無い。
「きっきき──ききゃっ!?」
暗がりを裂き、彼我の距離を一気に縮めながらに迫った小判は、見事ヤマサルサの後頭部に命中。
その上、小判にくっつけてあった白い球体も炸裂し、ベタベタ粘つく白いインクめいた液体を、相手の全身にぶち撒けた。
後頭部に受けた衝撃でグラつきながらも、どうにか掴んでいた木の枝から手を滑らせる事なく、枝の上に飛び乗ってバランスを保つヤマサルサ。
その背中から尻尾にかけてを、真っ白い粘性の液体がべったりと汚しに汚している。
「よっし、ナイスだニャース!」
「な、なにあれ……? イタズラのおもちゃ?」
「そんなんじゃないよ、あれさえあれば──?」
或いは、ソラへの説明の為に、ほんの一瞬でも目を逸らしたのがダメだったのだろう。
気付いた時には、もう回避できないくらいの距離にまで到達していた。
「ききーっ!!」
「ぶへぇーっ!?」
すこーんっ、と少年の額にクリーンヒットしたのは、ニャースが料理に使っていたキャンプ用の小鍋。
盗んだリュックサックから抜き取られたそれは、マハルニャースが繰り出したような
小気味いい音を伴い、もんどり打ってひっくり返ったリクの姿は、先日ルスティカ博士からスプーンを投げつけられた時のそれにも酷似していて。
リクがその場で1回転して地面に叩きつけられた結果、ソラやニャースの足は止まり、全員の動きが静止してしまう。
つまり、どうなるかと言うと。
「や、
「リクっ!? 大丈夫──って、ああっ!」
「きゃっきーっ!」
ガッチャガッチャと、金物同士のぶつかる甲高い音を降り注がせながら。
食料のいっぱい詰まったリュックを手に、わるザルポケモンは森の奥へと飛び去り、そのまま見えなくなってしまった。
「に、逃げちゃった……! どうしよう……あのリュックの中には、旅の為の食料が……っ。このままじゃ、何も食べるものが……」
「
額を抑えながら起き上がるリク。
ぷっくりできたタンコブを痛そうに撫でる彼だが、少なくともその表情に、絶望は浮かんでいない。
「“ベタベだま”……?」
「“おしろいグサ”って草を潰して、その汁で作るんだ。……ほら」
「にゃあみ」
促され、マハルニャースが自身の右手を見せる。
そこには、先ほどヤマサルサの背中を汚していたのと同じ、白いペンキめいた液体がベッチョリとまぶされていた。
「見ての通り、“おしろいグサ”の汁はしつこくてな。専用の洗剤じゃないと中々落ちないんだ。おいらが小さい頃は、川辺に生えてた“おしろいグサ”の汁で落書きしたり、顔に塗ってお化粧ごっこして、結局どっちも洗っても落ちなくて怒られたりしたもんだ」
「つまり、その
「当分は、川で水浴びしても落ちないだろうな。草の汁にしては珍しくあんまり匂いもしないんだけど、その分あの白色は目立つ。あんな風に、あちこちに跡を残してくれる筈だ」
リクが指差したのは、ヤマサルサが移動の際に留まっていた木だ。
その幹には、体が擦れた拍子に付着したらしい“ベタベだま”の白色が、爛々と目立っていた。
「あの跡を追ってけば、きっとあいつの元まで辿り着ける。リュックの中のメシを全部食べられる前に、早く追いかけないとだ」
「
うんうんと腕を組みつつ、ニャースがそう声を上げる。
彼がぐるりと周囲を見渡せば、目に見える景色のすべてが、樹木や背の高い草むらで覆われ尽くしている。
先にも語った通り、それは最早「鬱蒼と生い茂る」などというレベルではなかった。
樹冠が頭上の光を遮り、代わり映えのしない木と草だけの世界では、前後左右の区別などつきはしない。
加えて、むわりと色濃い草木や土、キノコの胞子たちの匂いが、リクの嗅覚すら狂わせている。
それらひとつひとつを“かぎわける”事はできるが、それも彼我の距離次第。遠くの匂いを正確に嗅ぎ取るのは困難を極めるだろう。
そもそも、自分たちは……
「ここは、どこで御座いニャスか……?」
「「……あ」」
「……どう? てれーな」
「れぴぃー……れっぴ!」
「こちらを伺っているポケモンは多くいるそうでニャス。でニャスが、いずれもまだ警戒止まりで、すぐにこちらをどうかしようという感じでは
「だってさ。ドードーも、ビクビクし過ぎずに頼むぜ。いざとなったら、あんたの足が便りなんだからな」
「どどぉ……」
話し合った末の結論として、ソラたちはとりあえず、食料を奪っていったヤマサルサを追う事になった。
森の出口を探している内、空腹が限界に至り、動けなくなってしまっては、それこそ笑い話にもならない。
かと言って、腹を満たす為に森の恵みを戴くのは、シェラも警告していた通り、最終手段にするべきだ。
であれば一先ずは、ヤマサルサが盗んだ食料の奪還を最優先としよう……という訳である。
森を抜ける為に必要な食料さえ確保してしまえば、後は落ち着いて出口を探せばいい。
幸い、マハルニャースの投げた“ベタベだま”のおかげで、後を追うのは容易だ(或いは、出口を探すよりも)。
自分たちのものを取り返すだけだから、相手を無用に傷つけるつもりも無い。森を荒らす事にはならないだろう……そう思いたいところである。
「れれっぴ……」
「ごめんね、てれーな。大変だし怖いだろうけど、少しだけ頑張って。大丈夫、いざとなったらわたしたちがあなたを守るわ」
「れっぴ」
ソラが身につけているヒバニーのパーカー、そのフードの中で、てれーなが身動ぎする。
テレネットの中でも幼い個体である彼女は、小柄な体躯ゆえに、細長い足を器用に折り畳んでしまえば、フードの中にもすっぽりと収まる事ができた。
彼女の役割は、周囲の探知と索敵だ。
ふよふよ浮かぶ頭上の
こんな、右も左も分からない鬱蒼レベル100な森の中をまともに歩こうとするならば、彼女の能力は必要不可欠。
そして、もしもてれーなが、こちらへ飛び出してくる野生ポケモンを見つけた場合は……
「あんたもな。逃げるのはいいけど、その時はおいらたちも一緒だ。皆で生きる為にも、あんたの“にげあし”を頼りしてるんだ、頼むぜ」
「どっ……どぉ~……」
ニャースを最後尾、ソラを真ん中に置き、先頭を歩くのはリクとマハルドードーのコンビ。
ビクビクオドオドと、矢鱈目鱈に周囲を気にするふたごどりポケモンを、トレーナーたる少年が甲斐甲斐しく撫でてやりながら、どうにか前を歩かせている。
もしも森のポケモンたちが襲ってくるようであれば、すぐにマハルドードーのとくせい──必ず戦闘から逃げられる“にげあし”によって、安全にその場から離脱する算段だ。
図らずもそれは、シェラが彼をリクに譲り渡した意図通りの出番が、早速やってきた形になる。
「にしても……思ってたより襲ってこないね、野生ポケモン。縄張りに無断で踏み入ってるのは、私たちの側なのに」
「恐らく、ここはまだ浅層ニャんでしょうな。森の奥であれば、相応に強いポケモンが住んでおりニャしょうが、この辺りのポケモンはそれほど強くニャい。それ故に、様子見をしておられるのでニャしょう」
「そっか……。てれーなの群れのオヤブンさんも、基本は“ギムレの洞穴”の奥に住んでるんだもんね」
ソラの言葉に、フードの中のてれーなが、揺れながらに肯定を示す。
いくら野生の世界と言えど、そこに住むポケモンすべてが仲良しという訳ではない。
数多くのポケモンが暮らすエリアとは、逆に言えば、それだけ多くの「群れ」や「縄張り」が存在するという事だ。
森や洞窟などの
それは弱いポケモンが強いポケモンに追いやられ、そうした場所に住まざるを得ない為でもあり、逆にその弱さが故に、人間と適度に共存していく事が可能な為でもある。
「でニャスから、こちらから向こうを攻撃したり、向こうの縄張りを損害するような
「……そう、だね。そんな事をするつもりは無いけど、気を付けないと」
……一般に、森と言われて想像するような情景とはまったく異なる、深い闇と湿度に満ちた世界。
地上では考えられないほど大量の、そして奇怪なキノコに覆われたここは、まさしく「キノコの森」と呼ぶべき異形の領域だった。
ガラル地方には、“ルミナスメイズ”というキノコの多い森があると聞いた事がある。
だが、ネットのキャプチャなどで見たそのメルヘンチックな光景と、今まさに自分を取り囲む怪奇の温床は、これっぽっちも似通ってはいない。
それだけの事実さえ、少女の心に不安を灯す。
地上と隔絶した、
暗く、昏く、見通せない木陰の向こう。枝葉とキノコの傘に秘匿された闇のヴェール。
そこに、どれだけの野生ポケモンたちが隠れ潜んでいるのかは、分からない。
だが──そこから爛々と放たれる、こちらを値踏みする視線の数々。
或いは、こちらに
(わたしたちは、この森にとっての異物。外からいきなりやってきて、住処を土足で踏み荒らす……余所者)
喉がキュッと詰まるほどの、色濃いアウェー感。
それそのものが形を成したと言えるこの森の気配たちに、か細い少女は押し潰されるほどの“プレッシャー”を感じてしまいそうで。
「そう気負わない方がいいぞ、ソラ。こっちが無闇に警戒し過ぎると、それがかえって向こうを刺激しちまう事もある」
軽く振り返りつつ、前方のリクがそのように声をかけてきた。
彼もまた、いつもより気を張っているように見えるが、少なくともソラよりは自然体であるように見える(むしろ、傍らのマハルドードーの方がめっちゃビクついている)。
聞いた話では、ルスティカ博士の研究の手伝いとして、“死出の森”の浅層近くをうろついた経験は少なくないらしい。
それ故に、こうした場所の歩き方を、ソラ以上に心得ているのだろう。
「もうちょっと気楽に行こうぜ。おいらたちは別に、この森を荒らしに来た訳じゃないんだからさ。ピクニックみたいなモンさ。……あ、そこのキノコ踏むなよ。胞子が臭くて、ポケモンを刺激しやすいやつだ」
「あ……うん、ありがと。……でも、やっぱり不安でしょうがないよ。いつどこから何が飛び出してくるかも分からないし……」
「うーん。じゃあ、なんか楽しい話でもするか? つっても何話したもんかな……」
腕を組み、少し考え込むリク。
こんな状況で楽しい話と言われても。少女がそう告げようとした矢先、ぱちん、と指を鳴らす軽い音がした。
「そうだ、いいのがあるぜ。これはアネキから聞いたんだけどよ……」
いたって明るく、軽い調子のまま。
鳴らした指の形のまま人差し指を上に向けて、少年は背中越しに語り出す。
「この森には、野生ポケモンたちのボス……“