フルスリの一件から、暫し経って。
それぞれの纏う雰囲気も元の調子に戻り、一行は残り2匹のポケモンを探すべく、町を散策していた。
「さって。んじゃ、次の奴だが……」
「ウェボムと、デシエビですよね。フルスリの近くにいなかったって事は、皆、別行動を取ってるのかな……」
「だろーな。アネキの研究室から逃げ出した時も、バラバラに飛んでってたしなぁ」
時刻は、そろそろ昼も近い頃。
人もポケモンもすっかり起き出して、各々の仕事や日常を過ごしている風景が、町のあちこちで見える。
「そうなると厄介だな……。もう昼も近ぇから、町ん中もだいぶ往来が多くなってる。ただでさえ小型なのに、潜られっと面倒だ」
「何か、よく分かる特徴とかは無いんですか? きのみ好きのフルスリが、きのみ屋の近くにいたみたいな」
「そ、れは、だ、な……」
ふと、道も中途のところで立ち止まったルスティカ博士。
なんだろうかと他の面々も足を止めて彼女を伺うと、苛立った風に頭をガシガシ掻き毟り、やがてポケットからタバコを取り出した。
主の意図を察したロコンが、面倒くさそうに“ひのこ”を吐き、タバコに火をつける。
薬草の匂いが漂うウツシタウンの路地に、タバコの煙の匂いが混じり始める。
「スゥゥゥゥゥ……フゥゥゥゥゥ……」
「……もしかして博士って、タバコ吸わないとやってられない人……?」
「むしろ朝に吸ったっきり、ここまで吸ってなかったのが凄いくらいだよ」
「子供の教育にはよろしくない光景でニャスね……」
ひそひそ声を他所に、
心なしか、フルスリを追っていた時よりも顔色がいい気がする。
「で……ああそうだ、残り2匹の特徴だったか」
「おーう。そういうのがあった方が見つけやすいだろーし、なんか無いの? アネキ」
「そうだな……。ウェボムは罠を張って、獲物を捕まえる習性を持つ。その為のクモ糸を張る都合上、閉所を好む傾向にある」
タバコを指揮棒のようにして、周囲を指し示す。
言われてみれば確かに、先ほどから人やポケモンが多く往来しているメインストリートではなく、比較的そういったものが少ない路地を選んで歩いているように思えた。
「あとは、牙と牙を打ち付けて火花を起こす。ウェボムのクモ糸は燃えやすいから、それで着火するんだ」
「燃えやすい……という事は、普通のクモ糸じゃないんですか?」
「腹ン中で生成する特殊な成分によるものだってよ。そいつを練って作った糸を、口から吐いて使うんだ」
タバコを吸いながらに解説する博士と、それを熱心に聞くソラ。
その横で、リクが不思議そうに周囲を見回しているが、彼女たちがそれに気付く事は無い。
「んで、デシエビか……。あいつは本来、水棲ポケモンなんだよな。だから水場が一番落ち着くと思うんだが……こっから一番近い川は、町の外にあんだ」
「ええっ!? それじゃあまさか、町の外に出ちゃって……」
「いんや、それは無いだろ。お前ら相手に譲渡するだけあって、あいつらはそんなに育ってねぇんだ。そんな弱ぇ奴らが、安全な町を飛び出すなんざ考えづらい」
少し日差しが強くなってきた為、近くの軒下に移動する。
壁にもたれてタバコを吸う博士の傍らで、少女もまた、屋根の下で思考を巡らせる。
(確かに……研究室から逃げ出していった時も、他の2匹が暴れているのに驚いて、って感じだった。あんな“おくびょう”そうな子が、町の外にたった1匹で出ていくなんて……)
そこで、仄かな違和感を抱く。
(“おくびょう”……? いや、確かにあの場面だけを見るとそう思うかもしれないけど、それにしては何かが
「……なぁ、なんか匂わねー?」
思考の海に沈む間際、リクのそんな言葉が意識を浮上させた。
「ほえっ!? に、匂いって……」
「“キズぐすり”の匂いじゃねーの? どっかの家が新しいの作ってんだろ」
「もしくは、博士のタバコの匂いニャスね。この町、色んな匂いが混在していて、ニャーの鼻も役に立たないニャス」
「いや、そうじゃなくて……。この、ちょっと焦げたフウな匂いは──!」
瞬間、目を見開いた。
反射的にソラの方へ振り向いて、力強く指をさす。
「後ろだ、ソラっ!」
「へ? 後ろって、何が──」
後ろなどと言われても、今いるのは軒下。
つまり、振り向いても壁しか無い訳で──
「しゅみ」
……屋根の上から、糸でぶら下がりながら降りてきたウェボムが、そこにいた。
「くぁwせdrftgyふじこlp!?!?!?」
とても言葉では表現し切れない悲鳴を伴って、ソラの体が“とびはねる”。
少なく見積もっても30cmは浮いていた、とはルスティカ博士の談である。
「しゅみ、しゅみー♪」
「えっ、は、何、えと、待っ、な、えっ、ひゃあっ!?」
自身と屋根とを繋ぐ一筋のクモ糸をプランプランと揺らしまくり、まるで振り子のように自らの体を振り回す。
字義通り、目と鼻の先で踊るほのおグモポケモン──即ち、むしポケモンの奇行を前に、情緒と感性若き少女は“こんらん”の極みにあった。
「うおっ!? っと、そんなとこにいやがった……いや、隠れてたのか?」
「多分な。屋根の上に隠れて、おいらたちが油断した隙に降りてきたんだ」
「かっ、解説なんてしてる場合でニャスか!? ええい、ひいさまをお守りせねば──っ!」
今やウェボムは、振り子めいた動きから円を描くような動きへと変わり、ソラを囲む風にして回転中だ。
パニクって捕獲どころではない主を助けるべく、ニャースが飛び出し、ツメを振りかざすが……
「むっしゅー♪」
「ニャんとォ!?」
バトルに不慣れだったのもあるだろうが、ニャースが繰り出した“ひっかく”はやすやすと回避され、糸を断ち切るだけに終わる。
そしてウェボムは糸が切られた事を利用し、回転の勢いのままに自ら吹っ飛んだ。
「わぷほっ!?」
「アネキぃ!?」
「むきゅっ、きゅー!」
吹っ飛んだ先は、なんとルスティカ博士の顔面だ。
彼女は、顔いっぱいに貼り付いたほのおグモポケモンを振り払おうとして失敗し、視界不良が故にすっ転ぶ。
当のウェボムは転ぶ寸前で離脱すると、近くに着地。
膨らんだお尻をフリフリ振って、見るからにご機嫌な様子だ。
「きゅー♪ むしっしー♪」
「痛ってェー……。この野郎、おちょくりやがって……!」
「ひいさま、大丈夫で御座いニャスか!?」
「う、うん。なんとか……」
顔はうっすらと青いが、それは先ほどフルスリに飛びかかられた時とは、また異なる要因によるもの。
その証拠に、口元は微かにヒクついて、苦々しい笑みを浮かべていた。
「……あの子、相当に“イタズラがすき”みたいね。分かってやってる分、フルスリとどっちがマシかなぁ……」
「どっちも問題児だっての……! おら、とっとと捕まえんぞ」
「なら、まずは動きを止めなきゃだ。ニャース、行けるか?」
「はにゃお!」
リクの指示で駆け出すマハルニャース。
カントーを中心に見られる原種とは違い、その動きはヘビめいてしなやかで、するりと川を流れるように自然な所作でウェボムへ接近する。
「むき?」
「にゃおっ!」
細い尻尾による叩きつけが、小ぢんまりとした胴体を狙う。
しかし、十分に手加減した攻撃である為か、ヒットの寸前、ぴょこりと回避されてしまう。
「にゃむ……っ! にゃあおん!」
「きゅっ、きゅっ、きゅーっ♪」
着地の瞬間を狙った爪撃を、バックステップで回避。
リーチの長い尻尾による追撃を、その場で跳ねて回避。
流れるようなヤクザキックを、後ろに跳ね跳んで回避し、後方の壁に張り付く。
傍目から見ると、2匹のポケモン同士で踊っているようにも見える、軽やかな攻防。
こちらは相手を“ひんし”にする訳にもいかず、攻撃の威力を手加減する必要があるのがまた、一行をやきもきさせていた。
「チッ、評判通りのすばしっこさだな……。このままだと逃げられちまう」
「は、博士のロコンを出せたりはしないんですか?」
「2匹で追い込むのは悪くない案だが、生憎、この場が場だ。この路地の絶妙な細さだと、ここにもう1匹投入するだけで、逆にこっちの機動性に難が出る」
「くっそ、中々やるじゃんか。ニャース、回り込めるか!?」
「にゃおぬん!」
主の指示に頷き、マハルニャースが地面を蹴った。
動きを止めたウェボムを狙い、飛び掛かると見せかけて、まったく見当違いの方へ跳ねる。
その先の壁を走るように蹴って、その勢いでグルリとカーブ。
相手の後ろに着地すると同時、尻尾の薙ぎ払いを仕掛けた。
「むきゃっ!?」
視覚外からの“フェイント”には流石に対処し切れず、ゴム毬のように跳ねる小さな体。
そこを追撃するべく飛び掛かるも、空中で態勢を整えた相手は、それを寸でのところで回避する。
……が、咄嗟の回避故に、その軌道は精彩を欠いていた。
攻撃を回避し、飛び退いた先で、ぐらりとバランスを崩し……
「きゅっ……きゅ?」
どこかの家が軒下に置いてた棚にぶつかり、さして固定もされていない木製の棚が大きく揺れる。
その結果、棚の上に置かれていた植木鉢が、置き場所から転がり落ちて──
「あっ、危ない!」
「──ッ!!」
何よりも、誰よりも早く、リクがその場を飛ぶように抜け出した。
地面にぶつかるも同然の勢いでスレスレを飛び込み、何がなんだか分かっていないウェボムを抱きかかえ、そのままローリング。
彼の後ろでは、ウェボムがいた場所目がけて落下しかけていた植木鉢を、マハルニャースがなんとかキャッチに成功していた。
「ほっ、よかった……」
後1歩遅ければ、あの重たく大きな植木鉢が直撃していたかもしれない。
その未来が避けられた事に、ソラはホッと安堵する。
……そしてふと、自分の足元を見た。
ウェボムと遭遇してから、1歩も動いていない、自分の足を。
(……あれ。わたし……)
呆然とするソラの様子に、気付く者は今はおらず。
一方のリクは、前転の際に髪についた土を払いつつ、胸の内に抱き込んだウェボムに視線を向ける。
もぞもぞと腕の中から顔を覗かせるほのおグモポケモンは、その“つぶらなひとみ”を、自分を抱く人間へと返していた。
「むき?」
「ったく……後少しで危ないところだったってのに、ポカンとしてんなぁ。随分と“のうてんき”なんだな、あんた」
「きゅみっ、むきゅー♪」
「うおっ!? おいおい、ひっつくなって! な、なんだぁ?」
リクの腕を這い出し、肩を通って頭の上へ。
頭頂部にがっしとしがみつきながら、キャイキャイと喜ぶ様は、誰がどう見ても“なついている”状態だ。
「アネキぃ、どうしよこれ……」
「あっはっは! だいぶ“なつかれて”んじゃねぇか。よっぽど気に入られたんだろーさ」
「気に入られた、って言われてもなぁ……」
「──じゃあさ。その子、リクの手持ちにしちゃう?」
その言葉をかけたのは、他でもない、ソラだった。
彼女の告げた一言に、姉弟揃ってギョッとした表情を返す。
「ほらこれ、その子のボール。この中に入れれば、ウェボムはあなたの手持ちになる」
「なる、って……いいのか?」
「だってその子、もうリクに“なついてる”でしょ? 危ないところを身を挺して守ってくれたんだし、離れさせるのはかわいそうだよ。それに……」
ふるふる、と。
首を横に振って、口から出かけた言葉を、喉の奥へと押し留める。
「それに……なんだ?」
「……ううん。リクだって、3匹の中から1匹、手持ちにもらう予定だったじゃん。それとも、他の子がいい?」
「んー……」
視線を上にやり、頭の上に乗っかったウェボムへ意識を向ける。
それに気付いたのか、あちらもまたこちらを見下げ、いたって穏やかな様子の目をくりくりと丸めている。
「きゅー……?」
「……ま、そーだな。“イタズラがすき”なのは玉に瑕だけど、あの“すばやさ”と立ち回りの良さは、味方に回すと頼もしそうだ」
頷きをひとつ。
受け取ったモンスターボールを、頭上のパートナー候補がよく見えるよう、高らかに掲げてみせる。
「な。もしその気があるならよ……おいらと一緒に行くか?」
ニカッと、歯を剥いて笑う。
考えれば考えるほど、しっくりと来る。
こいつが旅のパートナーであれば、きっと面白い事になる。
果たして、それは。
「飽きない旅にしようぜ。──どうだ? ウェボム」
「──むしっきゅ!」
自ら進んで開閉スイッチを押された事で、ともに同じ気持ちである事が証明された。
開いたボールの内部へと、ウェボムの小さな体が吸い込まれていく。
そうしてボールが閉じ切った後、リクの手の内で1度震え、2度震え、3度震えて──
パチンと大きく震えたところで、モンスターボールを強く、強く握り締める。
勝者がトロフィーを掲げるように、ボールを握り締めた手を、そのまま高く天へと伸ばす。
「──っしゃ! ウェボム、ゲットだ!」
「にゃおはにゃおんっ!」
マハルニャースと一緒になって、喝采を叫ぶ。
逃げ出したポケモンの内、2匹目を無事に捕獲できた事。そしてそのポケモンが、自分の新たな
それらへの喜びが、自然と笑顔を作り出した。
「よ、おめっとさん。これであんたの手持ちは、ニャースに次いで2匹目だな」
「サンキュー! こいつもしっかり育てて、ソラの巡礼をばっちりサポートしてみせるさ」
その言葉に、少女の体がピクリと揺れる。
彼女の変化に気付けたのは、果たしてどれだけいただろうか。
「しかし愚弟、最初にウェボムを見つけた時、どうやって気付いたんだ?」
「あー、あれか。アネキ、ウェボムは牙を使って火花を出すとか、お腹の中に糸の成分があるとかって言ってたじゃん? あの時、なんかの焦げるみたいな匂いがソラの後ろからしてさ。それで、もしかしたら……って」
「はー……そこら中から薬の匂いがしてるってのに、よー気付くわホント。時々、あんたの嗅覚はポケモン以上なんじゃねぇかって思う時があるよ」
和気藹々と言葉を交わす姉弟を前に、小さく、誰にも聞こえないくらいの深呼吸をひとつ。
それから、精一杯の笑顔を作り、できるだけ明るい声を出す。
「……あ、あのっ。最後の1匹、なんですけど。固まって動くんじゃなくて、手分けして探しませんか?」
「あん? まぁ、別にいいけどよ……なんか案でもあるのか?」
「あー……いや、ホラ。あの子、3匹の中でも一番小さな子だったじゃないですか。だから、バラバラになって探した方が、より広い範囲を調べられるんじゃないかなぁ……って」
「んー、いいんじゃないか? アネキ。おいらはソラに賛成だぜ」
「……ま、いいか。確かに一理はあるからな。ただ、無理はすんなよ」
2人の同意を得られた。
そう判断するや否や、少女はやや強引な勢いで以て体を反転させた。
「はい、勿論! じゃあ、わたしはこっちから。じいちゃん、ロトム、行くよ」
「……ええ、畏まりましたニャス」
「ケテロー!」
足早に走り去っていくソラの後ろを、ニャースとスマホロトムが追随する。
その後ろ姿を見送って、リクは不可思議そうに目を瞬かせた。
「んー……ソラ、なんかあったのか?」
「にゃお?」
「……まぁ、そうだな」
弟と
ルスティカ博士は、ただタバコの煙を吐き出した。
(焦ってんな、あいつ。ま、無理も無ぇだろうが……)
ただ、引っかかるのは。
去り際の、あの瞳。
(けど、それだけでも無さそう……か?)
タバコを噛むように咥え、少しばかりの思案。
それから、少女の去っていった方向を訝しむように見つめる弟の頭をポンと叩いた。
「あたしらも行くぞ。あいつがあっち行ったんなら、あたしらはこっちだ」
「あ、ああ……分かった、アネキ。それなら今捕まえたばっかのウェボムも出して──」
「──おーい! ルスティカ博士―!」
そんな叫び声とともに、自分たちが進もうとしていた方向から、誰かが走ってくる。
見ればそれは、商人風の装いをした、小太り気味の1人の男性だった。
その脇には、やや大きめの箱が抱え込まれている。
「はぁ、はぁ……ああ、よかった。研究所にいないもんだから、どこに行ったのかと探しましたよ」
「なんだ、誰かと思ったら“ドードリオ便”のおっちゃんじゃねぇか。なんか届けもんか?」
ドードリオ便とは、この“マハルの地”で盛んに営まれている商売の1つだ。
その名の通り、ドードリオを使って遠くの街へ荷物を運搬したり、或いはドードリオの引く荷車に客を乗せ、別の街まで運ぶ運送サービスである。
地上で言う、アーマーガアやイキリンコによる“そらとぶタクシー”と類似しているが、そこはやはり“マハルの地”特有の事情がある。
なんせ地上よりもポケモンや自然の比率が高く、“
その為、無闇に“そらをとぶ”と、荷物にも客にも危険が及ぶとして、地上の走破性と速度に優れたドードリオが採用されている。
そして今、ルスティカ博士とリクの前に現れた小太りの男性は、よくウツシタウンに出入りしている“ドードリオ便”の御者であった。
「ええ、まぁ。ワルハラシティのある方より、あなたに特急で送ってくれと」
「ワルハラ……って、こっから西行ったトコの大都会じゃんか! アネキ、誰か知り合いがいるのか?」
「というか、あたしがポケモンの勉強しに行った街がまさにそこだ。ってぇ事は……まさか、もう完成したのか?」
半ばひったくるようにして御者から箱を受け取り、その場でバリバリと開封する。
果たして、梱包材に包み込まれていたモノの正体とは──
「……! こいつぁ……!」
この後【18:00】より2回目の追加投稿を行います。