「あらあら、さっきまでの威勢はどこに行ったのかしら? 我々は病人とて容赦はしないわよ! ヤンチャム、ドードーに“きりさく”!」
「ちゃおーん!」
「ベビノス、テレネットに“あわ”だ! ここを奴らの墓場にしてしまえ!」
「もぅばっぶ!」
知らず知らずの内、自分たちを取り囲むように増殖したブルッタケたちの“ほうし”を吸ってしまったソラたち。
そのカビ毒によって熱と倦怠感に苛まれたところへ、容赦なき追撃が仕掛けられる。
「っ……、くそ、かわせドードー!」
「てれーな……っ、“でんきショック”で迎撃!」
「ど……どぉ……っ!」
「れ、っぱ、れぱ……っしゅ!」
ヤンチャムが右手を振り上げ、そのちっちゃな指先を鋭利な刃物へと見立てる。
指示を受けたマハルドードーは回避を試みるが、その身を蝕む“どく”と熱が、いつもの鋭敏な動きを鈍らせ、尾羽根を微かに引き裂かれてしまう。
ベビノスが口から吐き出した無数の泡を前に、てれーなは電撃を放って対抗。
しかし彼女もまた、熱に浮かされた意識では集中力を発揮できず、めちゃくちゃな軌道を描いた電撃は、泡の弾幕を満足に薙ぎ払えない。
「れぷっ、れぴぷぷぷ……っ!?」
いくらかは撃墜したものの、撃ち漏らしたいくつもの“あわ”がてれーなに着弾。
体にへばりつく粘性のシャボン液が、彼女の“すばやさ”を鈍らせていく。
……タイプ一致とはいえ、素の威力の低い“あわ”では、“とくぼう”の高い
マハルドードーの側もまた、“どく”が体を蝕む状況下にあっても、大技をかする程度に済ませられるくらいの瞬発力は残っている。
その上で。
「て……て、りぃい……っ!」
「どどっ……どぉ、おお……」
ブルッタケたちの発する冷気、もといカビの霧。
その毒素が、じくじくと2匹の体を苛み、凌辱しつつあった。
「精彩を欠いているようだなぁ? 己の無力さを噛み締めて死ぬがいい! そのまま“はたく”だ!」
「ここで私たちが負けて、ザクム様の名に泥を塗る訳にはいかないわ。畳み掛けなさい、“つっぱり”よ!」
そして、そんなあからさまな隙を見逃してくれるほど、残酷の徒たちは甘くない。
こちらが疲弊した一瞬を縫い、更なる攻撃の波濤が迫る。
「べびぃっ!」
「ちゃちゃおっ、ちゃーっ!」
ほぼ同時に動き出した、2匹の敵性ポケモンたち。
いずれも各々の腕を振り抜き、相手を殴り倒さんと飛びかかってくる。
「く……てれーな、ジャンプして回避!」
「逃げろ、ドードー! 捕捉されるな!」
それに対して、ソラたちもまた対処を叫ぶ。
グツグツ煮える頭、マーブル模様に歪む視界を押してなお、目を逸らしては負けだと言わんばかりに。
「れっ……ぴ、ぃいいっ!」
「どっ、どっ、どどっ──ど、ぉおおっ!?」
「ちゃむんだっ!」
タイミングを合わせ、その身軽な体を跳躍させたてれーなは、なんとかベビノスの攻撃を回避する。
一方のマハルドードーは、やはり連続攻撃の完全回避には無理があったようで、頭痛に足を竦ませた拍子、その胴体に2撃をもらってしまった。
結果として吹き飛ばされた灰色の体は、よろめきながらも着地するが、ヤンチャムから大きく引き離される形に。
てれーなも同様に、跳躍による回避を成功させたはいいものの、ベビノスとの距離は開くばかりだ。
そうしている間にも、2匹の体を“どく”が脅かしていく。
そしてそれは、トレーナーであるソラたちもまた例外ではない。
「はぁ……はぁ、くそっ……! 指示を、ドードーに……!」
「く、ぅ……っ!(ダメ……。風邪で寝込んでるみたいな、頭がふわふわして、耳もおかしく……わたし、今、ちゃんと立ててるの……?)」
いくら“どく”とはいえ、即座に命に関わるほどの致死性は無いらしい。
それでも、体を蝕む“どく”というのは、ただそれだけで脅威であり……何より人間の体は、ポケモンほど丈夫にはできていないのだ。
上がり続ける体温に反比例するように、周囲の気温は下がる一方。
そんな状況で、まともな指示が……否、そもそも戦闘を続行できるのか、という前提自体が不明瞭になりつつあった。
相手のしたっぱたちやそのポケモンたちは、いたってピンピンしているが、彼らは元よりこの状況を作り出した側だ。
事前に解毒剤を飲んでおくなど、“ほうし”対策をしていない訳が無い。この状況に持ち込んだ時点で、彼らの優勢は決まっていた。
(やば……もう、意識、が……)
「もう限界のようね。なら、トドメを刺してあげる。ヤンチャム!」
「ベビノス、確実に仕留めろ! 先の失態をここで取り戻せ!」
とうとう足に力が入らなくなりかけた、その刹那。
したっぱたちの号令を受けて、ヤンチャムとベビノスが最後の攻勢を仕掛けてくる。
ぐにゃぐにゃ揺れる視界に迫る、2色の殺意。
指示を出さなければ。そんな思いだけが先行して、舌を動かす事さえままならない中──
「ひい、さま……っ、リクさま、これを──っ!」
突如、背後からかけられる声。飛んでくる何か。
力の入らない自分たちの手の内に、そのまま飛び込んできた
体を甚振る寒気ではなく、体を労る涼しさ。
手のひらに転がり込んできた
「──っ!! てれーな、“ねんりき”ばら撒いて!」
「っ、そうか──ドードー、“すなかけ”だ! てれーなに合わせろ!」
本能が理性をかき集め、致命へ至るギリギリのところで、喉の奥から声を捻り出す。
「れっ──れぇ、ぴぃいいいい……っ!!」
「どどどっ……どぉどぉっ!!」
攻撃目的ではなく、不可視の障壁を作るようにして、前方にサイコパワーを振り撒く。
そうして、てれーなが発した“ねんりき”に重ねる形で、マハルドードーは足元の地面を全力で蹴飛ばし、凍てついた砂を巻き上げた。
それら自体は、いとも容易く振り払える程度のものだ。
“どく”で弱まった2匹に出せる力では、相手側にさしたダメージを与える事はできない。
ダメージ、であればの話だが。
「っ、ちゃぁむ!?」
「もぅぎゃーっ!?」
如何に出力が低くとも、ヤンチャムにとっては“こうかばつぐん”。
そうでないベビノスに対しても、攻撃ではなく壁、押し出す事を目的としたサイコパワーは、彼らの接敵を妨害するには十分だった。
そして、そんな不可視の圧力に混ぜるようにして巻き上げられた、無数の砂粒。
それらが、障壁にぶつかり足を止めざるを得なくなった2匹へと降りかかり、その視界を塞ぎにかかる。
総じて、相手が仕掛けようとしていたトドメの一撃を、ものの見事に阻止する事に成功。
その一瞬の隙に、ソラとリクは。
「~~~っ!? すっ、ぱぁ~!? これ、ホントに“モモンのみ”が材料なの!? わたし、“すっぱい”味って苦手なんだけど!」
「“モモンのみ”以外にも、色んなきのみを混ぜてあるんだよ。良薬は口に苦かったり酸っぱかったり渋かったりするんだ、我慢してくれ!」
「おかげで解毒はできニャしたが……あまり常飲したくない味で御座いニャスね、これは……」
“どくけし”。その名の通り、“どく”を治療する薬。
地上においては他の薬と同様、患部に噴霧するスプレー形式だが、“マハルの地”における“どくけし”は、経口服用する
2人の背後に立つニャースが、熱に苦しみながらも取り出した3本の小瓶は、一先ず少年少女の“どく”を癒す事に至った。
同時に、その薬効が残っている間は、新たな“どく”が体内で活性化する事も無い。
しかし。
(暫くは効果が保つとはいえ、そう長くはない。早く決着をつけないと、また“どく”がぶり返しちまう!)
(マハルの“どくけし”が液体の飲み薬ってなると、てれーなにもドードーにもすぐには飲ませられない。あの子たちには、“どく”状態のまま戦ってもらう事になるけど……)
少女の脳裏をチラつくのは、やはり21番エリアでの戦闘だ。
あの時、“ふきとばし”によって交代を強いられた刹那に、ヴォイド団はトレーナーたるソラ自身への直接攻撃を指示していた。
如何にソラの判断や行動が早くとも、「場にいるポケモンを引っ込め、新たなポケモンを繰り出す」という動作には、どうしてもラグが付き纏う。
もし、その一瞬に攻撃を差し込まれたら?
トレーナーであるソラやリクを直接狙った、致死の一撃を。
「……れーっぴ!」
数秒の逡巡を吹っ飛ばしたのは、前方に立つてれーなの声だ。
“どく”が今も苦しいだろうに、彼女は震える足のまま気丈に振る舞い、あまつさえ背後の自分たちへと声をかけてきている。
「……てれーな」
そこに、懇願も糾弾も、ましてや助命も込められてない事を、ソラは感じ取る。
気のせい、ではない筈だ。だって彼女の呼びかける声は、びぃタロたちが自分へかけてくる鼓舞と、ほとんど同じだったから。
「ど、どぉっ……どど、どぉおお……!」
「ドードー、あんた……」
マハルドードーも、“どく”やら痛みやら、死の恐怖やらで足がガクガク震えまくっているのに、これまでのような逃げ出す素振りを見せていない。
それは、この危機的状況を前に、逃走を試みるだけ無駄だと悟った諦め故か。或いはどれだけ“おくびょう”であろうとも、
いずれにしても、彼もまた戦闘続行の意志を見せている。
どれだけ足を震わせていても、こちらの指示に応える姿勢を見せている。
彼らは、まだ戦える。
未熟でも、“どく”で苦しくても、バトルを投げ出す理由にはなりはしないと。
「そうだ……そうだよな。おいらたちも、“どく”にやられて、冷静さを欠いてたみたいだ」
「……うん(昨日今日に手持ちに加わったばかりのてれーなも、ドードーも、まだ戦う意志を見せてくれてる)」
それは当然、自分が生き延びる為でもあるだろう。
けれどもそこに、旅の仲間としての情も確かにあるのだと、ソラは信じる事にした。
(……周りを囲むブルッタケたちは、“ほうし”を出すだけで攻撃はしてこない。そういう指示をされてる? ううん、というよりは……そもそも、それほど乱暴な生態じゃない? もしかして、別にボスがいて、そいつがザクムの本当の手持ち?)
あり得ない話ではないだろう。
ビークインに対するミツハニー、ドラパルトに対するドラメシヤのように、ボス格のポケモンによって使役され、手持ちのように振る舞う種は存在する。
しかしそれは、あくまでボス個体に従っているだけで、トレーナーに従っている訳ではない。
もしブルッタケたちも
「策はある! リク、ドードー! まずは相手を足止めして!」
「分かった! よっし、行くぞドードー! “すなかけ”ぶちかませ!」
「どっ、どどぉっ!」
「ハッ! 威勢が戻ったと思ったら、結局は馬鹿の一つ覚えね! ヤンチャム、避けなさい!」
「ちゃーむっ!」
「ベビノス、もう1度“あわ”だ! 打ち消してしまえ!」
「ばぶぅ、もーぶ!」
所詮は破れかぶれの“わるあがき”。
したっぱたちからすれば、そう見えたのだろう。
先ほどとは違って見え見えの砂塵を、ヤンチャムはひらりと回避し、ベビノスは口から吐き出した泡の弾幕で、砂粒たちを打ち払う。
ぱちぱち弾けて宙を濡らすシャボン液に絡め取られて、力なく地に落ちる土の残骸。
「──“でんこうせっか! 突っ込め!」
「どっど、どぉ──っ!!」
そんな、泡と土の入り混じるカーテンを突っ切って現れた、灰色翼のくちばし2本。
「べび──もうっ!?」
「どどっど!」
ヤケクソ気味に突貫したマハルドードーは、その両足で豪快にベビノスを蹴り倒す。
“すなかけ”はブラフ。本命は、それに対処した隙にマハルドードーを突っ込ませる事。
その事に気付いた女したっぱが、ヤンチャムに迎撃を指示しようとした寸前。
「ヤンチャムに“なきごえ”!」
「どっ──どきゃぁあああああああああああああああっ!!!」
「ちゃぁあああっ!?」
「べぇぶぅっ!?」
2つある首、2つあるくちばしからまったく同時に解き放たれた叫び声は、“なきごえ”というよりも、むしろ悲鳴や絶叫に近かった。
“おくびょう”であるが故の、真に迫った叫喚。
とりポケモンとして持つ強い喉は、鳥肌が立つほどの絶叫をヤンチャムに浴びせかけ、その身を竦ませてしまう。ついでに至近距離にいたベビノスもビビり散らかしていた。
そして、それは。
「ぶるる……!?」
「るっちー!?」
「ちずーび!?」
周囲に根ざすブルッタケたちも、対岸の火事ではいられない。
それが音である以上、彼らもまたその影響を受け、無反応を貫き切れなかった。
それこそが、本命の一手に繋がると知らずに。
「……行けるわね? てれーな」
「ぱっしゅ」
苦しさを押して、気丈な声を返す幼子。
そこに謝罪も労りも野暮だと知り、ソラは周囲を見やった。
……
しかし、その度にトライ&エラーを繰り返し、少しずつコツを掴んでいった。“けいけんち”は、着実に積み重なっているのだ。
ならば後は、実践するだけ。
「“
「れっぴ、ぱぁ──っしゅ!!」
直後、その場にいたあらゆる者たちの視界が歪んだ。
それは何も、精神攻撃を受けたとか、意識が朦朧としたからだとか、そういう話ではない。
薄く、広く、ピザの生地めいて伸ばされた、微弱なサイコパワー。
微弱である為に、広範囲へと拡散され切った不可視の力場が、大気を揺らめかせ、蜃気楼めいた歪みを生み出しているのだ。
わざとわざとの組み合わせ、“
下手くそなアートめいたサイケデリックが、見る者誰もの心をざわつかせた。
「あれは不味い……! 下がれベビノス! 直視もするな!」
「ばぶぅ……っ!」
攻撃を目的としていない事は、理解できる。
その上で、何を狙った行動なのかまでは分からない。
術中に嵌る事の拙さを即座に看破し、ヤンチャムとベビノスに後退するよう叫ぶ。
果たして指示通り、敵性ポケモン2匹は難なく影響範囲外へと離脱する。
場を仕切り直すのが狙いだったのだろうか? そう思い、顔を前に向ければ──
「あなたたちは避けれるだろうね。けど──
この場一帯が、震えていた。
“じしん”? “ハイパーボイス”? それとも先ほどのようなサイコパワー?
いや、違う。
「ぶるるるるるる」
「ちーーーーずっ」
「ぶるったぶるった」
「かびぃぃぃぃぃ」
この場に存在するのは、何も少年少女とヴォイド団だけではない。
その事は、罠を仕掛けた
「……っ、そうか! 先ほどのわざは、我らのポケモンではなく、周囲のブルッタケたちを“こんらん”させる為の……!」
「このブルッタケたち、別にあなたたちの味方って訳でもないんでしょう? それに、秘薬で狂わされてる感じもしない……野生ポケモンに近い存在。それなら──てれーな、もう1回“あやしいひかり”よ。前に飛ばして!」
「れーっぴ!」
ふぅと吹けばそのまま消えてしまうのではないか、それほど弱々しい光は、これまた酔っ払いの如く情けない軌道を描きながら、したっぱたちの方へと向かう。
如何に“めいちゅうりつ”の高いわざと言えど、ここまでナメたような繰り出し方をされては、避けられない方がおかしい。
だが、したっぱたちはすぐに気付いた。
これもまた、自分たちに向けられたものではない。
周りに根ざし、“こんらん”によって意識も曖昧なあおカビポケモンたちの、その注目を集める為のもの。
「ぶ」「ぶる」「かびる」「ぶるる」「ちずかーび」「ちずーる」「ぶるかびー」「ぶるる」「ぶ」「ぶ」「ぶ」「ぶる」「ぶ」「ぶるる」「かーびー」「ちぃず」「ぶるかびちーず」
気付けば、今の今まで接近してきていた筈のマハルドードーが、いつの間にかいなくなっていた。
なんて事は無い。ブルッタケたちの注目がしたっぱたちに向いた隙に、ソラたちの下へとトンズラしていたのだ。
とくせい“にげあし”は、トレーナー同士の対決では適用されない。
けれども、彼の“おくびょう”さと危機への勘どころを持ってすれば、少しばかりこの場を離脱し、距離を取るくらいは造作でもない。
故に。
「「「「「ぶる、るぅ──っ!!!」」」」」
「な、馬鹿やめろ、こっち来るなァーっ!?」
“あやしいひかり”に惑わされ、いきり立ったブルッタケの群れ。
彼らの
いくら事前に“ほうし”対策をしていようと、それはあくまで「吸ってしまっても大丈夫」程度のものに過ぎない。
ここまで高密度の、それも攻撃的な波濤をモロに受けてしまってはひとたまりもない。
おまけにヤンチャムにとっては、“こうかばつぐん”の攻撃も混じっていた。
威力こそ低いが、複数体からの集中攻撃。自分たちの味方をする筈の面制圧が、逆に彼らへと牙を向く。
「ちゃ、ちゃぁ、お……」
「べっ、べび……もぅ……」
……やがて攻撃が止み、冷気が元の勢いへ戻りつつある中。
爆心地とでも言うべき猛攻の中心部には、もはや息も絶え絶えなポケモンが2匹。
それでもヴォイド団の秘薬によって、その耐久性は向上している。
まだ動ける。まだ戦える。まだやれる。ボロボロの体でなお、前方を
「“でんこうせっか”を重ねて、“つつく”だッ!!」
「ど、どぉおお──ッ!!」
「“でんきショック”、一点集中!!」
「れっ、ぱぁあああッ!!」
冷気の帳に、2つの穴が穿たれる。