ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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今日2話目の投稿です。ご注意ください。


Lv.120「Totem」

「──……え?」

 

 

 ……永遠にも思えた十数秒。

 まともに顔を上げる事すらできないほど、一帯を吹き荒んでいた風雪が、ようやく収まって。

 

 風から顔を庇っていた両腕が、冷たいを通り越して痛みを訴える中、ソラはようやく、視線を前に向ける事ができた。

 それでもなお、雪めいた“ほうし”がフワフワ舞う視界を、どうにか視認しようとして──

 

 

 

「びぃ……タロ? ウェボム、も……え……?」

 

 

 

 体のほとんどを凍てつかせながら倒れ伏す、自分の相棒たちを見た。見てしまった。

 

 

《びぃタロは たおれた!》

 

《ウェボムは たおれた!》

 

 

 弾かれるようにして、体が勝手に動き出す。

 

 寒さのあまり震える足では、歩くどころか立つ事さえままならず、半ば転げながらに相棒の下へ。

 凍傷になっているのか、紫に変色しかけている腕の痛みを無視して、凍った自分の腕よりもずっと冷たいびぃタロを抱き上げた。

 

 

「い、き……息は、ある。でも……」

「“こおり”、状態……けど、こんな酷いのは見た事()ぇ……っ! それに……これは、“ねむり”状態にもなってんのか……!?」

 

 

 視界の隅では、リクもまたウェボムに駆け寄り、その凍てついた体を腕の中に収めているのが垣間見える。

 

 “ひんし”、どころの話ではない。

 重篤な“こおり”状態に侵されたびぃタロとウェボムは、手足をピクリとすら動かせないほどに衰弱……否、体が硬直し切っていた。

 

 その上、苦痛に魘されているかのような表情からは、2匹がただの気絶ではなく、“ねむり”状態にもなっている事が伺い知れる。

 複数の状態異常が適用されているだけでも驚きだが、しかしそれ故に、2種の状態異常によって、彼らの体力が限界までこそぎ落とされている事は明白。

 

 てれーなたちを蝕む“どく”もそうだが、びぃタロたちの“こおり”と“ねむり”も同様に、このまま放置すれば命に関わるものだ。

 “どくけし”や“こおりなおし”、“ねむけざまし”は、すべてバッグの中にある。速やかに、適切な治療を施さなければ……

 

 

 

「……驚いたな。バレゾーラの一撃を受けて、まだ生きているか」

 

 

 

 影が差す。

 人1人分の影に頭上を奪われ、恐る恐る首を上に動かせば。

 

 

「タイプ相性もあるとはいえ、技量(レベル)も大して高くないポケモンが……普通ならば、命ごと凍てつき、砕け散る筈なのだがな。それに、その背後にいた貴様らも」

 

 

 ザクムが、ソラたちを見下ろしていた。

 

 彼の表情は仮面に隠されているが、それでも穴を介して見える眼差しには、言葉通りの驚きが含まれている。

 細められた赤い目が、()めつけるでも、蔑むでもなく、ただ静かにソラたちを……ソラたちの腕の中で眠る、びぃタロたちを見つめていた。

 

 

「……“グロウパンチ”に、“ひのこ”か」

「……ぇ……?」

「理解していないのか? バレゾーラの攻撃が到達する寸前、貴様らのポケモンが繰り出したわざだ。それらが、わざの威力を僅かに和らげ、貴様らを救ったのだ」

 

 

 ハッ、となって腕の中を見やる。

 全身のほとんどが凍てついたびぃタロだが、特に両腕……拳に集中して氷が纏わりついている事に、ソラはようやく気付いた。

 

 バレゾーラの繰り出した、こおりタイプとフェアリータイプの“重業(カサネワザ)”。

 猛烈な勢いを以て吹き荒れた超低温の“ほうし”は、本来であればソラたちに、助祭(したっぱ)たちと同じ末路を辿らせる筈だった。

 

 それを防いだのは、びぃタロとウェボムのわざだ。

 かくとうタイプの“グロウパンチ”、ほのおタイプの“ひのこ”が、それぞれのタイプ相性で以て、ほんの少し……本当に僅かに、こおり・フェアリータイプの凍てつく“ほうし”の威力を弱めるに至った。

 

 そこに、ソラたちの指示も判断も無かった。

 すべては、背後の相棒たちを守る為に動いた、びぃタロたちの独断だった。

 

 

「そんな……びぃタロ、わたしたちの、為に……」

「咄嗟の判断速度、わざの初速……何より、致命の一撃を耐えるほどの素質(ポテンシャル)。ここで命を散らしさえしなければ、ゆくゆくは一端のポケモンに育つ事もできるだろう」

 

 

 視界に、何かが飛んでくる。

 果たしてそれが、ザクムの振り上げた爪先だと、認識する前に。

 

 

 

「トレーナーが、貴様らのような無能で無ければなァッ!!」

「いっ──きゃあっ!?」

 

 

 

 顔面を蹴り飛ばされ、後ろへ吹き飛ぶソラ。

 びぃタロだけは傷つけまいと、自身の背中から落ちるよう無意識下で藻掻いた事だけが、少女にできたすべてだった。

 

 

「ソラ──ぐあっ!?

「ひいさま、リクさまっ!? おのれ、よくもひいさまたちを──へぶっ!?

「惰弱! 無能! 無知! 無力無駄無意味無価値無様ッ!!

 

 

 リクを裏拳で殴り飛ばし、飛びかかってきたニャースを“はたきおとす”。

 最早ポケモンの力を借りるまでもない。そう言わんばかりに、冷酷な司祭は己の手のみで全員を制圧した。

 

 痛みに喘ぐ間もなく、男の足がソラへと迫る。

 びぃタロごと踏みつけんとする足を、少女は冷たく痛む腕で受け止め、その踏み躙るほどの力に必死になって抵抗する。

 

 

「ぐ……ぅうう、うっ……!」

「貴様らが未熟で惰弱で無能で蒙昧が故に、己のポケモンを死に至らしめる気分はどうだ? 己に力が無い故に、自分どころか、自分の周りすべてを巻き添えにしてしまう気分はどうだ!? それが弱者だ! 弱き者だ! 弱き者は食い潰され……骨さえ、残らない!」

 

 

 甚振る趣味は無いと、そう言っていた筈のザクムは、まるで少女を嬲るように……いや、倒れて動けない少女を、これでもかと嬲っている。

 

 それまで冷酷に、冷静に、冷徹に振る舞っていた筈の男が、怒声を吐きながら。

 なんの前触れもなく、突如として声を荒げ出した彼は、誰がどう見ても怒っていた。何かに、苛立っていた。

 

 

「ただ弱き者ならば、まだいい。だが……弱き者が! 己の弱さを受け入れず! なお抗おうとする! それが許せない! 黙って死ね! 黙って食われ、殺され、甚振られ! 己が運命を受け入れろ! それがッ! 弱き者に許された! 唯一の権利だろう! ああ!?」

「ぐっ……がっ、ぁあっ……く、ぅう……っ!」

 

 

 何度も、何度も何度も“ふみつけ”て、少女の両腕は血まみれ泥まみれ。

 そこでようやく歯止めがかかったのか、ザクムは肩で息をしながら足を離し、仮面の奥から深い息を吐き出した。

 

 

「……少し、熱くなり過ぎた。だが、これで思い知っただろう。これが貴様らの宿命(さだめ)だ。食べる為、他者の命を奪うように。身を守る為、他者の命を奪うように。強き者の権利として、貴様ら弱き者は命を奪われる。」

「……」

「そして、我々ヴォイド団こそが強き者だ。貴様ら“マハルの民”こそが弱き者だ。“ヨミの神”がお目覚めになられた時、この世界の弱き者はすべて死に至る。そうして初めて、我々“ヨミの民”は、この世界に真の安住を……」

「……なんで」

 

 

 か細い声だった。

 それでもソラは、傷だらけのまま、声を振り絞った。

 

 

 

 

 

「なんで……()()()()()()()()()()()()()()……?」

「──」

 

 

 

 

 

 虚を突かれた。そんな動きだった。

 

 惨めったらしく、命乞いでもするのだろう。

 そう思っていたザクムが、少しも意識していなかった一言だった。

 

 少女の目を見る。

 恐怖を抱いている。痛みを感じている。自分が、自分の仲間たちが、自分のポケモンたちが死ぬ事を恐れ、震えている。

 

 恐れと痛みで揺れる瞳孔は、しかし、か細い芯の部分は少しもブレていない。

 彼女はまるで、授業で分からなかった点を、先生に質問するように。

 

 

 

「誰、か……大切な人を、亡くし──」

「バレゾーラ」

 

 

 

 それ以上は、聞きたくなかった。言わせたくなかった。

 背を向け、踵を返した男と入れ替わるように、白濁した巨体が傘を揺らす。

 

 

「殺せ」

「ブルゥチズ」

 

 

 冷気を孕んだ“ほうし”がハラハラ溢れ、ただそれだけで少女の傷口が疼いた。

 

 今度こそ、死ぬ。抵抗も、逃走も、反撃も迎撃も、何もできないまま。

 リクも、ニャースも、手持ちのポケモンたちも、ここで皆死ぬ。志半ばで、何も為せずに。

 

「ソ、ラ……っ!」

「やめて……やめてくだニャされ……どうか、ひいさまは、ソラさまだけは……っ!」

 

 リクたちの声が、どこか遠くに聞こえるようで。

 少女はただ、己の腕の中で眠る相棒を、抱きしめる事しかできないでいた。

 

 

「……皆、ごめん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ァア……ッム」

 

 

 

 風が揺れた瞬間を、その場の全員が知覚した。

 

 

「……な、に……?」

「……。来たか」

 

 

 腕を振り、攻撃を取りやめるよう指示するザクム。

 それを受けたバレゾーラもまた、彼の意図を十全に理解し、周囲を警戒し始めた。

 

 ……気付けば、冷気は収まっていた。

 あれだけ周囲一帯を満たし、一切を凍らせていた筈なのに。発生源たるバレゾーラは、依然としてここにいるのに。

 

 どこからか吹いてきた、まったく別種の風。

 それが冷たい氷の“ほうし”を洗い流し、ある種の清らかさと心地よささえ、この場にもたらしているようで。

 

 

(あ、れ……? 痛みが、和らいでる……? あれだけ痛くて、冷たくて……なのになんだか、あったかくて、ポカポカして……)

「なんだ……? この匂い。今の今まで、こんな匂いしなかったのに……どこからだ?」

 

 

 不思議な心地だった。

 

 それまでの恐怖も痛みも、今なお心に燻っている。

 なのに、荒ぶっていた心の内が、自然と凪いでいく。全身の痛みが、気にならなくなっていく。

 

 まるで……()()()()()()()()()()()()()()が、近付いてきているかのように。

 

 

 

「ァァアアア……ッム」

 

 

 

 声がする。

 この場の、誰のものでもない。そして、人間のものでもない。

 

 風に乗って訪れたそれは、耳元で囁きかけるような……ポケモンの鳴き声。

 

 

「自分の縄張りを侵されれば、いずれ現れると思っていたが……まさか、これほど早いとはな。おかげで、いくらか手間が省けた」

 

 

 大地が、揺れる。

 ズシン、ズシンと森を揺るがして。

 

 木々を覆う氷も、土に染み込んだ氷も、川に張った氷も。

 その一切が、揺れとともに割れ、砕け、欠片となってパラパラと剥がれていく。

 

 凍て尽くされて枯れ切った筈の枝が、まるで葉をつけているかのように揺れ、さらさらと音を奏でる。

 木々の隙間を縫って吹く風は、どこからか聞こえる鳴き声も相まって、まるで笛を吹いているかのよう。

 

 

「……怒って、おられる」

「……え? なんだって? じいさん」

(ニャに)かが……いいえ、()()()()が、怒っておられニャス。鳴き声の意味を理解せずとも……声が、声色が、ニャーたちに怒りを告げて……」

 

 

 ニャースの声が震えているのは、恐怖によるものだ。

 だがそれは、ザクムやバレゾーラに対するものではなく、ましてや死に対する恐怖などではなかった。

 

 老いた彼の経験が、本能が、囁いていた。

 

 

 

「よもや、これは……上位種の咆哮(アルファコール)……!?」

 

 

 

 この森の王が、()()にいると。

 

 

「アル、ファ……って、まさか」

「何か……来る」

 

 

 少女の、吐息にも等しい呟きと、ほぼ同時。

 凍って枯れ果てた樹木が2本、まるで道を開けるかのように、左右へ倒れた。

 

 樹木2本分のスペースが失われた事で、これまでずっと空を覆い隠していた樹冠のカーテンが、大きな穴を形成する。

 遥か上空に踊るルナトーンたちの放つ、淡い緑色の光が、その巨大なシルエットを爛々と、そして明確に照らし始めた。

 

 

 

 

 

「──ワァァア、イ、バアァアアア……!!」

 

 

 

 

 

 その姿を、最も見た目の近しいポケモンに例えるならば、恐らくはアーボックが最も適切だろう。

 

 太く長く硬質な尾の先端は、木々の深淵に隠れて見えず、その尾を支点として起こされた胴体は、巨漢の如く筋肉質。

 背中から生えた1対の翼は、その巨体に見合わぬほど小ぶりで、とても飛行に適したものではない風に見えた。

 

 そして、頭部。

 へびポケモンとこうもりポケモンを混ぜたような胴体とは裏腹に、スピアーのような、フライゴンのような……とにかく、むしタイプとドラゴンタイプの中間めいた、奇妙な顔立ちとしか言い様が無い。

 

 緑色の鱗が、夜の光を浴びてテラテラと鈍く光る。

 生暖かい息を吐き出しながら、“ふくがん”で以てこちらを()めつけるその姿には、微かに覚えがあった。

 

 

(21番エリアで戦った……確か、パタパム。ヴォイド団の使ってたあのポケモンが、進化したみたいな……)

「随分とお早い登場だな。だが、好都合だ。ここで貴様を仕留める事こそが、()れの任務なのだから」

 

 

 少年少女の困惑、そして無意識に全身を走る畏怖。

 それらすべてを置き去りにして、ザクムは乱入者を“にらみつける”。

 

 対する謎の巨大ポケモンもまた、この場にいる者すべてを見下ろし、小さな翼を広げた。

 

 目的は、ただひとつ。

 この森を、自身の縄張りを……自然(ポケモン)を脅かす不届き者を、その権限を以て調伏する事。

 

 

 

「“森林のヌシ”、『ワムコンダ』よ! その命、“荒廃”のザクムが貰い受ける。地の底の果てにて座する“ヨミの神”へ、貴様の(こうべ)を垂れるがいい!」

「イッ──アァームッ!!」

 

 

 

《ソコネだいしんりん ヌシポケモン》

 

《ワムコンダ しゅつげん!!》

 

 

 

 絶対者の咆哮が、森の隅々まで木霊する。

 それはまさしく、この森を支配する王──“ヌシポケモン”の威光を、余所者たちへと知らしめるものだった。




マハル図鑑 No.081
【ワムコンダ】
ぶんるい:へびりゅうポケモン
 タイプ:むし・ドラゴン
とくせい:かたやぶり/いかく(めんえき)
ビヨンド版
 空を 飛んでも イニシアチブを 取れない 事に 気付いて 大地を 這う 事を 選んだ。
ダイブ版
 翼が 小さくなった 代わりに どんな 地形も 自由に 這い回れる 巨大な 体を 得た。

《進化》
パタパム
→ ワムコンダ(Lv.42で進化)



《メルヘンパウダー》
 ぶんるい:とくしゅ
  タイプ:フェアリー
 いりょく:60
めいちゅう:90
 ようせいの こなを ばらまいて あいてに ダメージを あたえる。ねむり じょうたいに することが ある。*1*2*3



Totem(トーテム):「ポケットモンスター サン・ムーン」における「ぬしポケモン」の英語版呼称。

この後【18:00】より2回目の追加投稿を行います。

*1
相手全員が対象のわざ。

*2
粉・胞子のわざ。

*3
追加効果として、10%の確率で相手をねむり状態にする。

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