当エピソードにはポケモンを食べる事を肯定する描写があります。
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焚き火に当てられ、すっかり乾いた服を着直しながら、ソラは1人と1匹の背中を眺めていた。
「これと……これ、あとこれもダメだな。ぜんぶ毒キノコだ。順に下痢と発熱、幻覚、そんで死ぬやつ。ポケモンが食べてもダメなやつばっかだ」
「ぬぅ……やはり、そういったものばかりを押し付けられていニャしたか。しかしリクさま、匂いを嗅いだだけで毒を判別できるとは、過去にもこれらを目にした経験が?」
「ま、
「笑い事ではニャいのでは……? っとと、釣り針が──……ううん、また
ニャースが採ってきた食材の匂いを嗅ぎ、その仕分けを進めるリク。
籠の中から取り出した食材を己の鼻に近付けて、毒を持っていたり、或いは腐って食べられないものはそこら辺に捨て、そうでないものだけを選り分けている。
一方のニャースは、彼から受け取った“ボロのつりざお”を川へと垂らし、獲物がかかるのをじっと待っていた。
時折、何らかのポケモンがかかる気配はあるのだが、その度に取り逃してしまい、傍らのマハルニャースからジト目を向けられている。
「……」
「けり?」
その光景を、ソラはじっと眺めていた。
頭の上のはるりんが、怪訝そうな鳴き声を漏らす中、仕分けが終わったらしいリクがこちらを振り向く。
「ふぃー……大体こんなもんか。ま、
「……ううん、大丈夫。本当になんともないよ。リクこそ……」
「あ、これか? あんたと同じさ。とりあえず巻いてるだけなんだけど、今は痛くも冷たくもねぇや」
軽く振られた彼の腕には、ソラ同様に包帯が巻かれている。
彼もバレゾーラの冷気を浴びて、酷い凍傷を負っていた筈なのに。
そこでやはり思い出すのは、この森のヌシ──ワムコンダが現れた時の事だ。
あの時、冷気の一切を“ふきとばす”ように吹いた風は、ソラたちに心地よさと安心感を与え、傷の痛みを和らげていた。
“どく”に苦しめられていたてれーなやマハルドードー、相手の冷気攻撃をまともに浴びたびぃタロやウェボムたちが、今はあっさり
あれがワムコンダのわざだったのかは分からないが、ともあれ、あの時吹いた風に回復効果があったと考えれば辻褄が合う。
「ま、傷が早く治って困る事なんか無いし、あの時何が起きたのかとかは、今は気にしなくてもいいだろ。それより今はメシだ。じいさん、食材は選り分け終わったから代わるぜ。さっきからてんで釣れてないからさ」
「
「にゃみ」
「こいつには、野生ポケモンの警戒もしてもらってるしなぁ。それに時間も時間だし、暗い川ん中じゃ、いくらこいつでも……」
「……ねぇ」
ソラ自身が思っていたよりも、その声は震えていた。
そこに、痛みも寒さも、ましてや恐怖も無い。
あったのは、ほんの少しの困惑と……それなりの躊躇い。
「ホントに、釣るの? もっと森の中を探せば、きのみとかキノコももう少し……」
「それは……難しいでニャしょうね。ニャーとはるりんさまとで赴いた時も、あちらこちらから
「21番エリアみたいに、町の近くとかだとそういう事も少ないんだけどな。ここは完全に野生ポケモンの世界、おいらたちは部外者だ。これ以上深入りしようとすれば、すかさず“ふくろだたき”に合うのがオチだな」
彼らの言葉は正しい。
そもそもプルガーシティを旅立つ直前、シェラからも「森の恵みをもらう時は、必要最小限に」と言い含められていたのだ。
自分から縄張りに踏み入ってきた部外者たちが、「自分たち全員の腹を満たしたい」と言ったところで、野生のポケモンたちからすれば知った事ではない。
森を堂々荒らし回らんとしたザクムたちヴォイド団を、ヌシポケモン直々に排除に動き出したのが、その証左だ。
いくら腹が減っているからと、無理に欲張ろうとすれば、ソラたちもまた彼らと同じ轍を踏む事になるだろう。
「……でも……」
「……。なぁ、ソラ。あんた、やっぱりさ」
リクの表情に、糾弾の色は含まれていなかった。
むしろ、逆。どこか、少女の心情を案じるような……不安と心配の色。
「
隠していた……否、隠そうとして隠し切れていなかった本質に、少女の喉が詰まる。
口を開いては閉じ、「ぁ」とか「ぅ」などと呻くように呟いて……やがて、決心したように息を漏らす。
「……食べた事は、あるよ。というか、地上にいた頃は普通に食べてた。トロピウスのフサとか、パルデア産のガケガニのハサミとか、カマスジョーとか……」
それは何も、禁忌という訳ではない。
地上のどの地方においても、いたってありふれた文化だ。
ラッキーのタマゴや、ミルタンクのモーモーミルクなど、ポケモンが生成したものを分けてもらう事もある。
ヤドンのしっぽや、ミガルーサの切り身など、自然に切り離された体の一部を食す事もある。
そして……ポケモン自身を食肉として、その命を頂く事もある。
ソラとて、何も
地上で暮らしていた頃から、ニャースが街で買ってきたポケモンの肉などを、日々の食事としてごく普通に頂いてきた。
……そう。
ソラが普段食べていたのは、
「でも、実際に目の前でポケモンを、その……」
「言いたい事は分かるよ。ポケモンが死ぬとこ……いや、違うな。食う為に、自分たちの手で
「……」
ゆるりと頷く。
当然の話だ。
何不自由なく生きていた子供が、他の生き物を殺す事に躊躇いを持つのは、そうおかしな事ではない。
それが喩え、そうするしか他に手段が無いとしても。対案も無く、ただ綺麗事を口にしているだけだとしても。
「あの、ひいさまをあまりお責めにニャらないでくだニャされ。地上では……」
「分かってる。おいらたちだって、何も普段からこういう事やってる訳じゃねぇさ。近所のおっちゃんおばちゃんから分けてもらったり、ドードリオ商会……あー、他の街から来た商人さんから買ったりするのが普通だよ。ソラは何もおかしくないさ」
「……それだけじゃないの」
ソラを思い悩ませる、最も大きなもの。
果たしてそれは、ウツシタウン防衛戦の際、“三司祭”の男と交わした問答にあった。
『あなた方だって、ポケモンを食べるでしょォ? ワタシはポケモンを実験台にして殺す。あなた方はポケモンを食べる為に殺す。そこに、なんの違いがありますかァ?』
『っ、それは……違うでしょう!? 生きる為に他の命を頂くのと、苦しませて殺す事が目的のこれとは……!』
『違いなんてありませんよォ。むしろ、生きる為に殺す、という方がくだらない。すべての命は“ヨミの神”へと捧げられ、かの神がいずれもたらすだろう新世界の糧となるのです。そちらの方がよほど有意義だ』
あの仮面の男が、尋常の倫理の通じない狂人である事は、やはり事実だ。
だが……それでもソラは、彼の言葉に
反論の句を告げず、少なくとも少女の視点では、自分は言い負かされた立場にあった。
一理あるというのは、何もヴォイド団の理念に感銘したとか、そういう話ではない。
少女が反論できなかった事、それは。
「食べる為、生きる為って言っても……結局は、わたしたちの事情で、ポケモンを殺す事なんだって、そう思っちゃった。そう思わされるだけの気迫が、あの男の人にはあった」
「ひいさま……」
「それに……あのザクムっていう人のやった事を、間近で見たばかりだから」
ウツシタウンに現れた男と同じ、“三司祭”の1人だというザクム。そして、彼のポケモンたるバレゾーラ。
彼らは何の躊躇いもなく、自分の部下だった
ソラにとってそれは、この上なくショッキングな出来事だった。
それもそうだろう。なにせ、少女の人生において初めて目の当たりにした、「誰かが死ぬ瞬間」だったのだから。
未だ名も知れぬ仮面の男と、ザクム。
“ヨミの神”なる存在を信奉し、この“マハルの地”の人やポケモンを害する事で、「その命を“ヨミの神”へ捧げる」と嘯く者たち。
彼らの為さんとする事は、地上の倫理観においても、
狂った価値観の下で為された殺戮に、なんの正当性も無い。それは正しい。それは事実だ。
だが、それでも、そうだとしてもだ。
これは最早、理屈ではないのだ。
「わたしは……あの人たちと同じになるのが、怖い。理由をつけて、他の命を奪う事が……そうする事を、正しいと思っちゃうようになるのが……怖いの」
こんな風にウジウジと悩んでいるのが間違っている事くらい、分からないソラではない。
自分のワガママ……いや、ワガママ未満の
そもそも、これまでは普通にポケモンを食べて生きてきた身の上で、今更その事実に思い悩むなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある。
至極、単純な話だった。
ぬるま湯で生きてきた子供が、ようやく現実に直面したただけの……どこにでもある、よくある話。
「……ごめんね、こんな事言い出して。割り切ればいいだけの話だ、って……分かってる。分かってるんだけど……ね」
ただでさえ空腹なところに、ネガティブな事ばかりを考えていては、いくらでも気が滅入ってしまうというもの。
とうとう体に力が入らず、その場にへたり込んだ少女は、最早周りの面々の顔色を伺う事すらできなかった。
頭上で身動ぎした際の揺れから、はるりんが自分の顔を覗こうとしている事は、なんとなく分かった。
手持ちポケモンにさえ心配させてしまった事が尚更情けなくて、体育座りのまま、自分の膝に顔を
「……じいさん、交代。“つりざお”くれ」
「あ……は、はいでニャス」
暫くの沈黙の後、リクはニャースから“ボロのつりざお”を受け取り、再び川に向かって腰を下ろした。
その淡々とした……彼らしくない態度に、怒らせてしまったか、失望させてしまったかなどと、少女が目を伏せた時だった。
「……おいらはさ、ソラ。あんたに生きてほしいと思ってるよ。勿論、じいさんにもだし、手持ちの皆にもな。当然、おいらだって死にたくねぇ」
穏やかな声だった。
冷たくも、熱くもない。責めも、諭しもない。
小さい子に絵本を読み聞かせる時のような、優しい声色。
「おいら、昔っからあちこち駆け回ってたって言ったろ? アネキのおつかいとか、無茶振りとか……そうでなくても、普通に探検とかしてさ。ニャースも連れて、“死出の森”の傍をよくウロウロしたもんさ」
「……」
「そうするとまぁ、色々あるもんでよ。野生ポケモンに追い回されて、死にかけたのもそうだし……ポケモン同士が縄張り争いとか、メシの取り合いとか……。何より、ポケモンがポケモンを殺して、自分のエサにして食うところもたくさん見た」
その言葉に、ソラは小さく頷く。
知識の上では知っている。
ポッポがキャタピーを襲うように。ヒドイデがサニーゴを襲うように。ポケモンの世界にも、捕食者と被捕食者の関係、食物連鎖のピラミッドは存在する。
それは“マハルの地”も……そして、この“ソコネ大森林”とて例外ではないだろう。
むしろ、野生ポケモンたちの支配する領域だからこそ、そうした食った食われたは、自然の
何よりも。
「野生ポケモンだって、人間を襲って殺す事はある。おいらたちが、この森のポケモンたちに襲われたみたいに、縄張りに立ち入った余所者を追い払う為だったり……あとは、それこそ」
「……人間を、エサとして食べる為」
「そういうこった。……なぁ、そいつらは悪い事をしてると思うか? おいらたち人間を襲って、殺したり食ったりするようなポケモンは、あいつらと……ヴォイド団と同じ事をしてるって思うか?」
「……そんなこと」
力なく、されど確かに首を振って否定する。
背中越しでも、それが伝わったのだろう。リクは「だよな」と軽く笑った。
考えるまでもない。悪ではないし、ヴォイド団と同じである筈が無い。
自分が生きる為に、或いは自分の仲間や子を生かす為に力を振るい、敵を、獲物を殺す。
そんな野生ポケモンたちの生き方が間違っているなどと、そんな傲慢な事をどうして口にできようか。
「おいらたちだって同じさ。おいらは生きたいし、あんたたちにも生きてほしい。だからおいらは、ポケモンをメシにする。それも、倒しやすい程度には弱い奴をだ。例えば、こんな“ボロのつりざお”でも釣れそうな相手とかな」
「……言っちゃっていいんだ、弱いポケモンを選んで殺すって」
「隠す意味が
「それって……」
「おう、
言い返せなかった。
仮面の男との問答と同じだ。この場において、ソラの側に理は無かった。
気付けば、ニャースが傍まで来て、自分に寄り添うようにして座っていた。
普段、自身をソラの召使いとして、一線を引いているきらいのある彼にしては、珍しい距離感だ。
「……ひいさま。ニャーも、ひいさまには健やかに生きてほしいと願っておりニャス。その為であれば、ニャーの取り分をひいさまにお譲りし、ニャーは
「……ダメだよ、そんなの。わたしのせいで、じいちゃんが飢え死にしちゃう」
「であれば
くぅ、と鳴った腹の音は、果たしてこの場の誰のものであったのだろうか。
いずれにしても、その音を耳にしてしまった時点で、最早ソラに勝ち目など残されてはいなかった。
目尻に、じわり、と滲むものがある。
お腹が空いて、寒くて、ひもじくて、疲れて、しんどくて、力が出なくて……嗚呼。
「お腹、空いたなぁ……」
まさしく、その呟きの直後だった。
「お──おっ、おおおっ!?」
勢いよく川の中へ沈むウキ。水面下へ引き摺られる糸。しなる“つりざお”。
半ば脱力しながら竿を手にしていたリクは、“ふいうち”めいたその勢いに、うっかり竿を手放しそうになった。
これは敵わないと思わず立ち上がり、足腰に力を入れて踏ん張り、竿を引き絞る。
見かねたニャースも慌てて駆け寄ると、跳躍して彼の腕に飛びつき、竿の保持に助力する。
「こりゃっ、大物だな……っ! じいさんがいちいち取り逃がすのも頷けるぜっ……!」
「言わニャんでよろしい、そういう事は……っ! それより、ここで逃がすと拙いでニャスよ……!?」
「かく言うおいらも、釣りはあんまり経験がな……! こうなったらニャース、頼んだ!」
「にゃぁおんぬ!」
かかったポケモンが逃げないよう、どうにか竿を振る傍らで、マハルニャースにも指示を飛ばす。
快諾の声を上げた青色の体が水中に消え、今まさに相棒たちが苦闘している相手を、水の中から水上に向かってかち上げた。
「こぉおー……ん」
焚き火しか光源の無い、暗い夜の中にあって、なおも目立つ赤いボディ。
ぬぼーっとした間抜けヅラは、誰もが知るそのポケモンの貧弱さを象徴していた。
「おっ、活きのいいコイキングだな。こいつはきっと旨いぞ!」
「ニャんと立派なコイキング……。この肉厚ぶりであれば、全員のお腹を満たしてニャお有り余りあるまでありニャスね」
釣り上げたのは、誰もが知るさかなポケモン、コイキングだった。
地上に打ち上げられ、ビチビチと跳ねるその体躯は、たかさ0.9m、おもさ10kg。
内蔵や骨などを取り除き、可食部分のみを取り出したとしても、一晩の食事として十分に耐える量の肉が得られるだろう。
いや、ニャースの言う通り、むしろ余ってしまうレベルだ。
人間以上によく食べるだろう、ポケモンたちの頭数を含めてもなお、これだけ大ぶりのコイキングを一晩で食べ尽くすのは、少し難しいかもしれない。
それは即ち……このコイキング1匹を捌くだけで、ソラたち全員がしっかりとお腹を満たせる、という事を意味している。
「よし……じいさん、ニャース、しっかり抑えといてくれ。まずは神経締めからだ」
「畏まりニャした。しかし……今になって聞くのもニャんですが、リクさまはポケモンを捌いたご経験は? 一応、ニャーにも心得は御座いニャスが」
「父さんが家にいた頃に教えてもらった。サバイバルの練習だってな。それに普段から家事の手伝いもしてたし、下拵え程度ならなんとか」
「
「待って」
今度は、声を震わせずに済んだ確信があった。
なんだと振り向いた一同の前で、ソラはゆっくりと立ち上がる。
それに伴って、頭上のはるりんも飛び立ち、こちらを心配そうに覗き込んでくるが、大丈夫だと首を振る。
「……どうした? ソラ」
「……」
傷は概ね治っており、痛みはほとんど無い。
焚き火にしっかり当たって、体も温まった。
お腹は空いているが、動けないほどではない。
動けない言い訳を、肉体面に求める事はできない。
ソラが動けずにいたのは、ひとえに精神面の問題だ。
だから。
「……わたしにも、やらせてほしいの」
葛藤はあらかた済ませた。答えも提示された。
後は、踏ん切りをつけるだけ。
だから、ソラは覚悟を決めた。
覚悟を決めて、
「包丁、貸して。それと、やり方分かんないから、教えてくれる?」
人生で初めて握った包丁は、思っていたよりも軽くて、重かった。
この後【18:00】より追加投稿を行います。