ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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【!CAUTION!】
当エピソードにはポケモンを食べる事を肯定する描写があります。
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Lv.123「食べる、ということ」

 焚き火に当てられ、すっかり乾いた服を着直しながら、ソラは1人と1匹の背中を眺めていた。

 

 

「これと……これ、あとこれもダメだな。ぜんぶ毒キノコだ。順に下痢と発熱、幻覚、そんで死ぬやつ。ポケモンが食べてもダメなやつばっかだ」

「ぬぅ……やはり、そういったものばかりを押し付けられていニャしたか。しかしリクさま、匂いを嗅いだだけで毒を判別できるとは、過去にもこれらを目にした経験が?」

「ま、実家(ウチ)は薬師だからな。野草やらキノコやら、薬になるもの毒になるものの判別は、ガキの頃から叩き込まれたよ。あとは欠片を口の中に含んで、飲み込まずに味だけ覚えるとか。何回かうっかり飲み込んで死にかけたけどな、アッハハ!」

「笑い事ではニャいのでは……? っとと、釣り針が──……ううん、また逃げられ(バレ)てしまいニャしたね」

 

 

 ニャースが採ってきた食材の匂いを嗅ぎ、その仕分けを進めるリク。

 籠の中から取り出した食材を己の鼻に近付けて、毒を持っていたり、或いは腐って食べられないものはそこら辺に捨て、そうでないものだけを選り分けている。

 

 一方のニャースは、彼から受け取った“ボロのつりざお”を川へと垂らし、獲物がかかるのをじっと待っていた。

 時折、何らかのポケモンがかかる気配はあるのだが、その度に取り逃してしまい、傍らのマハルニャースからジト目を向けられている。

 

 

「……」

「けり?」

 

 

 その光景を、ソラはじっと眺めていた。

 頭の上のはるりんが、怪訝そうな鳴き声を漏らす中、仕分けが終わったらしいリクがこちらを振り向く。

 

「ふぃー……大体こんなもんか。ま、()()の具材としてはまずまずの量だな。……って、どうした? ソラ。まだ傷が痛むのか?」

「……ううん、大丈夫。本当になんともないよ。リクこそ……」

「あ、これか? あんたと同じさ。とりあえず巻いてるだけなんだけど、今は痛くも冷たくもねぇや」

 

 

 軽く振られた彼の腕には、ソラ同様に包帯が巻かれている。

 彼もバレゾーラの冷気を浴びて、酷い凍傷を負っていた筈なのに。

 

 そこでやはり思い出すのは、この森のヌシ──ワムコンダが現れた時の事だ。

 あの時、冷気の一切を“ふきとばす”ように吹いた風は、ソラたちに心地よさと安心感を与え、傷の痛みを和らげていた。

 

 “どく”に苦しめられていたてれーなやマハルドードー、相手の冷気攻撃をまともに浴びたびぃタロやウェボムたちが、今はあっさり小康(しょうこう)状態にまで回復しているのもおかしな話だ。

 あれがワムコンダのわざだったのかは分からないが、ともあれ、あの時吹いた風に回復効果があったと考えれば辻褄が合う。

 

 

「ま、傷が早く治って困る事なんか無いし、あの時何が起きたのかとかは、今は気にしなくてもいいだろ。それより今はメシだ。じいさん、食材は選り分け終わったから代わるぜ。さっきからてんで釣れてないからさ」

(わる)ぅ御座いニャしたね、釣りの腕はからっきしで……。それこそ、マハニャさま*1に潜って頂ければよいではありニャせんか」

「にゃみ」

「こいつには、野生ポケモンの警戒もしてもらってるしなぁ。それに時間も時間だし、暗い川ん中じゃ、いくらこいつでも……」

「……ねぇ」

 

 ソラ自身が思っていたよりも、その声は震えていた。

 

 そこに、痛みも寒さも、ましてや恐怖も無い。

 あったのは、ほんの少しの困惑と……それなりの躊躇い。

 

 

「ホントに、釣るの? もっと森の中を探せば、きのみとかキノコももう少し……」

「それは……難しいでニャしょうね。ニャーとはるりんさまとで赴いた時も、あちらこちらから()めつけられている感覚が御座いニャした。縄張りを荒らす意図は無いと示し、萎びていたり腐りかけのものを選り分けて、ようやく()()()()()()()()ので御座いニャス」

「21番エリアみたいに、町の近くとかだとそういう事も少ないんだけどな。ここは完全に野生ポケモンの世界、おいらたちは部外者だ。これ以上深入りしようとすれば、すかさず“ふくろだたき”に合うのがオチだな」

 

 

 彼らの言葉は正しい。

 

 そもそもプルガーシティを旅立つ直前、シェラからも「森の恵みをもらう時は、必要最小限に」と言い含められていたのだ。

 自分から縄張りに踏み入ってきた部外者たちが、「自分たち全員の腹を満たしたい」と言ったところで、野生のポケモンたちからすれば知った事ではない。

 

 森を堂々荒らし回らんとしたザクムたちヴォイド団を、ヌシポケモン直々に排除に動き出したのが、その証左だ。

 いくら腹が減っているからと、無理に欲張ろうとすれば、ソラたちもまた彼らと同じ轍を踏む事になるだろう。

 

 

「……でも……」

「……。なぁ、ソラ。あんた、やっぱりさ」

 

 

 リクの表情に、糾弾の色は含まれていなかった。

 むしろ、逆。どこか、少女の心情を案じるような……不安と心配の色。

 

 

 

()()()()()()()()事に……抵抗とか、あったりするのか?」

 

 

 

 隠していた……否、隠そうとして隠し切れていなかった本質に、少女の喉が詰まる。

 口を開いては閉じ、「ぁ」とか「ぅ」などと呻くように呟いて……やがて、決心したように息を漏らす。

 

 

「……食べた事は、あるよ。というか、地上にいた頃は普通に食べてた。トロピウスのフサとか、パルデア産のガケガニのハサミとか、カマスジョーとか……」

 

 

 それは何も、禁忌という訳ではない。

 地上のどの地方においても、いたってありふれた文化だ。

 

 ラッキーのタマゴや、ミルタンクのモーモーミルクなど、ポケモンが生成したものを分けてもらう事もある。

 ヤドンのしっぽや、ミガルーサの切り身など、自然に切り離された体の一部を食す事もある。

 

 そして……ポケモン自身を食肉として、その命を頂く事もある。

 

 ソラとて、何も菜食主義者(ヴィーガン)ではない。

 地上で暮らしていた頃から、ニャースが街で買ってきたポケモンの肉などを、日々の食事としてごく普通に頂いてきた。

 

 ……そう。

 ソラが普段食べていたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 

「でも、実際に目の前でポケモンを、その……」

「言いたい事は分かるよ。ポケモンが死ぬとこ……いや、違うな。食う為に、自分たちの手で()()()()()()()のがしんどいって事だろ?」

「……」

 

 

 ゆるりと頷く。

 

 当然の話だ。

 何不自由なく生きていた子供が、他の生き物を殺す事に躊躇いを持つのは、そうおかしな事ではない。

 

 それが喩え、そうするしか他に手段が無いとしても。対案も無く、ただ綺麗事を口にしているだけだとしても。

 ()()()()()()を知らずに生きてきた人間は、残酷になど容易くなれはしないのだ。

 

 

「あの、ひいさまをあまりお責めにニャらないでくだニャされ。地上では……」

「分かってる。おいらたちだって、何も普段からこういう事やってる訳じゃねぇさ。近所のおっちゃんおばちゃんから分けてもらったり、ドードリオ商会……あー、他の街から来た商人さんから買ったりするのが普通だよ。ソラは何もおかしくないさ」

「……それだけじゃないの」

 

 ソラを思い悩ませる、最も大きなもの。

 果たしてそれは、ウツシタウン防衛戦の際、“三司祭”の男と交わした問答にあった。

 

 

 

『あなた方だって、ポケモンを食べるでしょォ? ワタシはポケモンを実験台にして殺す。あなた方はポケモンを食べる為に殺す。そこに、なんの違いがありますかァ?』

『っ、それは……違うでしょう!? 生きる為に他の命を頂くのと、苦しませて殺す事が目的のこれとは……!』

『違いなんてありませんよォ。むしろ、生きる為に殺す、という方がくだらない。すべての命は“ヨミの神”へと捧げられ、かの神がいずれもたらすだろう新世界の糧となるのです。そちらの方がよほど有意義だ』

 

 

 

 あの仮面の男が、尋常の倫理の通じない狂人である事は、やはり事実だ。

 

 だが……それでもソラは、彼の言葉に()()()()()と思ってしまった。

 反論の句を告げず、少なくとも少女の視点では、自分は言い負かされた立場にあった。

 

 一理あるというのは、何もヴォイド団の理念に感銘したとか、そういう話ではない。

 少女が反論できなかった事、それは。

 

 

「食べる為、生きる為って言っても……結局は、わたしたちの事情で、ポケモンを殺す事なんだって、そう思っちゃった。そう思わされるだけの気迫が、あの男の人にはあった」

「ひいさま……」

「それに……あのザクムっていう人のやった事を、間近で見たばかりだから」

 

 

 ウツシタウンに現れた男と同じ、“三司祭”の1人だというザクム。そして、彼のポケモンたるバレゾーラ。

 彼らは何の躊躇いもなく、自分の部下だった助祭(したっぱ)2人と、その手持ちポケモンを攻撃し、死に至らしめた。

 

 ソラにとってそれは、この上なくショッキングな出来事だった。

 それもそうだろう。なにせ、少女の人生において初めて目の当たりにした、「誰かが死ぬ瞬間」だったのだから。

 

 未だ名も知れぬ仮面の男と、ザクム。

 “ヨミの神”なる存在を信奉し、この“マハルの地”の人やポケモンを害する事で、「その命を“ヨミの神”へ捧げる」と嘯く者たち。

 

 彼らの為さんとする事は、地上の倫理観においても、地下(マハル)の倫理観においても、紛う事なき悪行だ。そこに議論の余地は無い。

 狂った価値観の下で為された殺戮に、なんの正当性も無い。それは正しい。それは事実だ。

 

 だが、それでも、そうだとしてもだ。

 これは最早、理屈ではないのだ。

 

 

 

「わたしは……あの人たちと同じになるのが、怖い。理由をつけて、他の命を奪う事が……そうする事を、正しいと思っちゃうようになるのが……怖いの」

 

 

 

 こんな風にウジウジと悩んでいるのが間違っている事くらい、分からないソラではない。

 

 自分のワガママ……いや、ワガママ未満の勝手(エゴ)で、旅の仲間や、自分がその命に責任を負うべき手持ちポケモンたちを飢えさせるなど、あってはならない事だ。

 そもそも、これまでは普通にポケモンを食べて生きてきた身の上で、今更その事実に思い悩むなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 

 至極、単純な話だった。

 ぬるま湯で生きてきた子供が、ようやく現実に直面したただけの……どこにでもある、よくある話。

 

 

「……ごめんね、こんな事言い出して。割り切ればいいだけの話だ、って……分かってる。分かってるんだけど……ね」

 

 

 ただでさえ空腹なところに、ネガティブな事ばかりを考えていては、いくらでも気が滅入ってしまうというもの。

 とうとう体に力が入らず、その場にへたり込んだ少女は、最早周りの面々の顔色を伺う事すらできなかった。

 

 頭上で身動ぎした際の揺れから、はるりんが自分の顔を覗こうとしている事は、なんとなく分かった。

 手持ちポケモンにさえ心配させてしまった事が尚更情けなくて、体育座りのまま、自分の膝に顔を(うず)めてしまう。

 

 

「……じいさん、交代。“つりざお”くれ」

「あ……は、はいでニャス」

 

 

 暫くの沈黙の後、リクはニャースから“ボロのつりざお”を受け取り、再び川に向かって腰を下ろした。

 その淡々とした……彼らしくない態度に、怒らせてしまったか、失望させてしまったかなどと、少女が目を伏せた時だった。

 

 

 

「……おいらはさ、ソラ。あんたに生きてほしいと思ってるよ。勿論、じいさんにもだし、手持ちの皆にもな。当然、おいらだって死にたくねぇ」

 

 

 

 穏やかな声だった。

 

 冷たくも、熱くもない。責めも、諭しもない。

 小さい子に絵本を読み聞かせる時のような、優しい声色。

 

 

「おいら、昔っからあちこち駆け回ってたって言ったろ? アネキのおつかいとか、無茶振りとか……そうでなくても、普通に探検とかしてさ。ニャースも連れて、“死出の森”の傍をよくウロウロしたもんさ」

「……」

「そうするとまぁ、色々あるもんでよ。野生ポケモンに追い回されて、死にかけたのもそうだし……ポケモン同士が縄張り争いとか、メシの取り合いとか……。何より、ポケモンがポケモンを殺して、自分のエサにして食うところもたくさん見た」

 

 

 その言葉に、ソラは小さく頷く。

 

 知識の上では知っている。

 ポッポがキャタピーを襲うように。ヒドイデがサニーゴを襲うように。ポケモンの世界にも、捕食者と被捕食者の関係、食物連鎖のピラミッドは存在する。

 

 それは“マハルの地”も……そして、この“ソコネ大森林”とて例外ではないだろう。

 むしろ、野生ポケモンたちの支配する領域だからこそ、そうした食った食われたは、自然の(ことわり)として確かにそこにあるのだ。

 

 何よりも。

 

 

「野生ポケモンだって、人間を襲って殺す事はある。おいらたちが、この森のポケモンたちに襲われたみたいに、縄張りに立ち入った余所者を追い払う為だったり……あとは、それこそ」

「……人間を、エサとして食べる為」

「そういうこった。……なぁ、そいつらは悪い事をしてると思うか? おいらたち人間を襲って、殺したり食ったりするようなポケモンは、あいつらと……ヴォイド団と同じ事をしてるって思うか?」

「……そんなこと」

 

 

 力なく、されど確かに首を振って否定する。

 背中越しでも、それが伝わったのだろう。リクは「だよな」と軽く笑った。

 

 考えるまでもない。悪ではないし、ヴォイド団と同じである筈が無い。

 

 自分が生きる為に、或いは自分の仲間や子を生かす為に力を振るい、敵を、獲物を殺す。

 そんな野生ポケモンたちの生き方が間違っているなどと、そんな傲慢な事をどうして口にできようか。

 

 

「おいらたちだって同じさ。おいらは生きたいし、あんたたちにも生きてほしい。だからおいらは、ポケモンをメシにする。それも、倒しやすい程度には弱い奴をだ。例えば、こんな“ボロのつりざお”でも釣れそうな相手とかな」

「……言っちゃっていいんだ、弱いポケモンを選んで殺すって」

「隠す意味が()ぇからな。腹減って仕方ないって時に、わざわざ強敵をメシにする意味は無いだろ? 人間を襲う時のポケモンだって、きっと同じ気持ちだろうさ。その代わり、メシにしたならちゃんと美味しく、残さずキッチリ頂くのが、せめてもの礼儀ってヤツだ」

「それって……」

「おう、勝手(エゴ)だぜ。殺される側にしちゃ、たまったもんじゃねえわな。けど、ポケモンをメシにするのを嫌がってんのがあんたの勝手(エゴ)なら、ポケモンをメシにしてあんたを生かすのも、おいらの勝手(エゴ)だ。そんでこの場じゃ多分、おいらの勝手(エゴ)の方が、あんたのより強いぜ?」

 

 

 言い返せなかった。

 仮面の男との問答と同じだ。この場において、ソラの側に理は無かった。

 

 気付けば、ニャースが傍まで来て、自分に寄り添うようにして座っていた。

 普段、自身をソラの召使いとして、一線を引いているきらいのある彼にしては、珍しい距離感だ。

 

「……ひいさま。ニャーも、ひいさまには健やかに生きてほしいと願っておりニャス。その為であれば、ニャーの取り分をひいさまにお譲りし、ニャーは(ニャに)も食べずにいたとしても……」

「……ダメだよ、そんなの。わたしのせいで、じいちゃんが飢え死にしちゃう」

「であれば尚更(ニャおさら)、ひいさまにも召し上がって頂かねば。この老骨の為を思うニャらば……どうか、お腹をしかと満たしては頂けニャせんか?」

 

 

 くぅ、と鳴った腹の音は、果たしてこの場の誰のものであったのだろうか。

 いずれにしても、その音を耳にしてしまった時点で、最早ソラに勝ち目など残されてはいなかった。

 

 目尻に、じわり、と滲むものがある。

 お腹が空いて、寒くて、ひもじくて、疲れて、しんどくて、力が出なくて……嗚呼。

 

 

 

 

 

「お腹、空いたなぁ……」

 

 

 

 

 

 まさしく、その呟きの直後だった。

 

 

 

「お──おっ、おおおっ!?

 

 

 

《おっ! ひいてる ひいてる!》

 

 

 勢いよく川の中へ沈むウキ。水面下へ引き摺られる糸。しなる“つりざお”。

 半ば脱力しながら竿を手にしていたリクは、“ふいうち”めいたその勢いに、うっかり竿を手放しそうになった。

 

 これは敵わないと思わず立ち上がり、足腰に力を入れて踏ん張り、竿を引き絞る。

 見かねたニャースも慌てて駆け寄ると、跳躍して彼の腕に飛びつき、竿の保持に助力する。

 

 

「こりゃっ、大物だな……っ! じいさんがいちいち取り逃がすのも頷けるぜっ……!」

「言わニャんでよろしい、そういう事は……っ! それより、ここで逃がすと拙いでニャスよ……!?」

「かく言うおいらも、釣りはあんまり経験がな……! こうなったらニャース、頼んだ!」

「にゃぁおんぬ!」

 

 かかったポケモンが逃げないよう、どうにか竿を振る傍らで、マハルニャースにも指示を飛ばす。

 快諾の声を上げた青色の体が水中に消え、今まさに相棒たちが苦闘している相手を、水の中から水上に向かってかち上げた。

 

 

 

「こぉおー……ん」

 

 

 

《ポケモンを つりあげた!》

 

 

 焚き火しか光源の無い、暗い夜の中にあって、なおも目立つ赤いボディ。

 ぬぼーっとした間抜けヅラは、誰もが知るそのポケモンの貧弱さを象徴していた。

 

 

「おっ、活きのいいコイキングだな。こいつはきっと旨いぞ!」

「ニャんと立派なコイキング……。この肉厚ぶりであれば、全員のお腹を満たしてニャお有り余りあるまでありニャスね」

 

 

 釣り上げたのは、誰もが知るさかなポケモン、コイキングだった。

 

 地上に打ち上げられ、ビチビチと跳ねるその体躯は、たかさ0.9m、おもさ10kg。

 内蔵や骨などを取り除き、可食部分のみを取り出したとしても、一晩の食事として十分に耐える量の肉が得られるだろう。

 

 いや、ニャースの言う通り、むしろ余ってしまうレベルだ。

 人間以上によく食べるだろう、ポケモンたちの頭数を含めてもなお、これだけ大ぶりのコイキングを一晩で食べ尽くすのは、少し難しいかもしれない。

 

 それは即ち……このコイキング1匹を捌くだけで、ソラたち全員がしっかりとお腹を満たせる、という事を意味している。

 

 

「よし……じいさん、ニャース、しっかり抑えといてくれ。まずは神経締めからだ」

「畏まりニャした。しかし……今になって聞くのもニャんですが、リクさまはポケモンを捌いたご経験は? 一応、ニャーにも心得は御座いニャスが」

「父さんが家にいた頃に教えてもらった。サバイバルの練習だってな。それに普段から家事の手伝いもしてたし、下拵え程度ならなんとか」

(ニャ)る程……。では、本調理はニャーにお任せあれ。とりあえず、まずは解体を……」

「待って」

 

 

 今度は、声を震わせずに済んだ確信があった。

 

 なんだと振り向いた一同の前で、ソラはゆっくりと立ち上がる。

 それに伴って、頭上のはるりんも飛び立ち、こちらを心配そうに覗き込んでくるが、大丈夫だと首を振る。

 

 

「……どうした? ソラ」

「……」

 

 

 傷は概ね治っており、痛みはほとんど無い。

 焚き火にしっかり当たって、体も温まった。

 お腹は空いているが、動けないほどではない。

 

 動けない言い訳を、肉体面に求める事はできない。

 ソラが動けずにいたのは、ひとえに精神面の問題だ。

 

 だから。

 

 

 

「……わたしにも、やらせてほしいの」

 

 

 

 葛藤はあらかた済ませた。答えも提示された。

 後は、踏ん切りをつけるだけ。

 

 だから、ソラは覚悟を決めた。

 覚悟を決めて、命を預かる者(トレーナー)としての責任に、向き合う事にした。

 

 

「包丁、貸して。それと、やり方分かんないから、教えてくれる?」

 

 

 人生で初めて握った包丁は、思っていたよりも軽くて、重かった。

*1
リクのマハルニャースのこと。ともにニャースである為、そう呼ぶよう本人から言われた(らしい)。




この後【18:00】より追加投稿を行います。
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