ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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今日4話目の投稿です。ご注意ください。


Lv.12「Start Line」

 果たして、真っ先に気付いたのはニャースだった。

 

 

「──ッ!? ひいさまっ!」

 

 

 先ほどまで沈黙を保ったまま見守っていた筈のニャースが、突如として飛び上がり、ソラとデシエビを庇う。

 直後、彼の背中に真っ赤な炎の球が直撃し、軽い爆発を起こした。

 

「ニャス……っ」

「な──じ、じいちゃんっ!?」

 

 炸裂の勢いで吹っ飛び、壁に激突して動きを止める。

 “ひんし”になるほどではないが、長らくバトルをしていない彼の老体には、大きなダメージが刻まれていた。

 

 突然の剣呑な状況と、ピリついた空気。

 それが再び、デシエビの体を怯えで震わせる。

 

 

「びび、び……っ!?」

「今のは……“ひのこ”。一体、どこの誰が──」

「グルルッ、グルゥ……!」

 

 

 ソラたちが来た方向──即ち、路地の出口を塞ぐようにして。

 獰猛な唸り声とともに、威圧的に現れたのは。

 

 

 

「グルッ──ガァアオンッ!!」

 

 

 

 あく・ほのおタイプ。攻撃性の高い野生ポケモン。

 ダークポケモン、デルビルがそこにいた。

 

 

「で、デルビル……っ!? なんで……」

「グル、グゥゥゥゥゥ……!」

 

 

 明らかに苛立ち、こちらへ襲いかからんという意志を剥き出しにしている。

 牙の隙間からチリチリと見える炎の気配が、絶対に逃さないと告げているようで。

 

 だが、同時に気付く事もある。

 

 

(デルビルは本来、群れで狩りをするポケモン。でも、周囲に他の個体がいる様子は無い……)

 

 

 隠れている、という訳でもない。

 

 デルビルは鳴き声を活かしたチームワークと連携で獲物を追い詰める。

 だが、目の前の個体はただ唸り、こちらへ敵意を向けているだけのように見えた。

 

 それに、今いる場所が場所だ。

 このような閉所であれば、わざわざ潜伏せずとも、逃げ道すべてを塞ぐように現れた方が効率的だろう。

 

 であれば、目の前のダークポケモンは1匹のみ。

 そこまで推測したところで、ソラはデルビルの顔や体にいくつかの細かい傷がある事に気付いた。

 

 

(もしかして……何かの理由で群れを追われた個体? だからこの町まで流れ着いて……でも、流れ着いたばかりだから苛立っている。それで、町に馴染めずにいて、路地裏まで逃げてきて……)

 

 

 そこで、ソラたちと遭遇した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 

「ガァアアッ!!」

 

 

《やせいの デルビルの ひのこ!》

 

 

 行き過ぎた警戒心が故に、デルビルは再度、火球を放つ。

 それが向かう先は、当然。

 

「っ──! ごめん!」

「びびっ!?」

 

 咄嗟に、デシエビを自分の胸に抱き留める。

 思い出すのは、先ほどウェボムを植木鉢から助けた時の、リクの挙動。

 

 

(普段は運動なんて、動画で見たエクササイズしかした事無いけど──っ!)

 

 

 低い姿勢で前方に向かって体を投げ出し、硬い地面の上で前転(ローリング)を試みる。

 果たしてそれは成功し、打ち付けた肩や背中の痛みを代償として、自分たちへ命中する筈だった“ひのこ”が、頭上を掠めて飛んでいく。

 

()っ……! 早く、人の多いところに出ないと──!?」

「グルルゥ、ガァオウッ!!」

 

 それでもやはり、慣れない“アクロバット”は少女の体に負担をかけ、崩れた態勢を立て直すのに、それなりのラグを必要とした。

 そしてそこへ、狩りに慣れた野生ポケモンの追撃がかかる。

 

 

《やせいの デルビルは スモッグを つかった!》

 

 

 口から吐き出されたのは、火球ではなく、着火によって火球を生成する前の状態──即ち、可燃性ガスの塊。

 毒性を持った空気弾が、“ひのこ”とそう変わらない速度で以て飛来する。

 

 どくタイプ。まともに受ければ、“どく”の状態異常を受けかねない危険なわざ。

 それは、今の少女にはとても回避し得ないものだった。

 

 故に。

 

 

「ケ……ケテーッ!」

 

 

 次いで飛び出したのは、なんとスマホロトムだった。

 転んだばかりで動けないソラの代わりに、スモッグを正面から受け止める。

 

 

「ロッ、ロト──ビーッ!?」

「ロトム!? な、なんで……!」

 

 

 当然の話だが、このロトムは、ニャース以上に戦えない存在だ。

 バトル用に育成された個体であればまだしも、スマホの操作・制御の為に調整された専用の個体である。

 

 盾になる事くらいはできるが、逆に言えば、1発受け止めただけでもアウトに等しい。

 (いわん)や、今動かしている体は、“フォルムチェンジ”に用いる事のできる専用の駆体ではなく、一般的なスマートフォンなのだ。

 

 

「ピ、ケテ……」

 

 

 例えロトムが耐えられても、スマホの側が耐えられない。

 グルグル目をヒビ割れた画面に表示しながら、ガス弾の着弾により、バチバチと火花の散るスマホロトムが地面に落下した。

 

「ひい、さま……お逃げ、を」

「ロッ、トー……」

 

 ニャースも、ロトムも、ともに戦闘不能。

 元々バトル向きのポケモンたちではないのだから、勝てないのは当然だ。

 

 後に残ったのは、同じくバトル素人のソラ。

 そして──彼女の胸に抱かれた、怯えるデシエビ。

 

 

「グルルルル……!」

「……っ」

「びひ……びっ……」

 

 

 デルビルは、それほど強いポケモンではない。

 それなりに経験を積んだトレーナーとポケモンであれば、難なく倒せる程度の相手である。

 

 けれども、この場にいるのはいずれも、バトルの経験に乏しい、或いはそもそもバトルに近しい生き方をしてこなかった者たちばかり。

 であればどうして、勝つ見込みがあるなどと言えようか。

 

 

(……怖い。ポケモンが、こんなに怖い生き物だったなんて)

 

 

 ガチゴラスもそうだった。フルスリもそうだった。

 こちらに対して、明確な意志を持って襲いかからんとする生き物。

 

 どんなに知識を蓄えようと、どんなに学びを重ねようとも。

 そんな相手に、恐怖を抱かずにいられる訳が無い。

 

 ポケモンたちを甘く見ていたのは、果たしていつからだったろうか。

 

 

(逃げなきゃ……逃げるって、どうやって? わたしより早くて、わたしより強くて、わたしより怖い相手を前に、どうやって──)

 

 

 瞳孔が揺れに揺れ、ブレにブレて、自然と下を見た。

 そこで、気付く。

 

 

 

「び、びびっ……」

 

 

 

 腕の中、守るように抱き留めていたデシエビが、震えている。

 こちらに敵意を向けてくる未知の敵に対して、自分と同じように恐怖している。

 

 

(……そうだ。この子も、怖いんだ)

 

 

 デルビルの敵意を剥き出しにした唸り声や、繰り出すわざ、そしてそれを受けたニャースたちの苦悶に、ソラの悲鳴。

 “ものおとにびんかん”なデシエビは、それらすべての音に対して敏感に反応してしまっているのだ。

 

 ソラたち同様、バトルした事も無いだろう、か弱いポケモン。

 敵意によって襲ってくる相手がポケモンであれば、敵意に怯えるのもまたポケモンなのだ。

 

 

(……ポケモンは、自分の心に正直だ)

 

 

 何度も何度も思い出す、父の言葉。

 

 ガチゴラスは、縄張りに近付いた者を排除する為に。

 フルスリは、自分と遊んでくれる相手に喜ぶが故に。

 そしてデルビルは、周りのものすべてを敵と恐れるが為に。

 

 彼らが攻撃的になる事には、必ず理由がある。

 ならば、彼らが怯える事にもまた、必ず理由がある。

 

 

(この子は“さみしがり”で、傍にいてくれる誰かを求めてる。味方がいないのは、怖い。わたしだってそうだ。なら、誰かが……わたしが、味方にならないと)

 

 

 で、あるのならば。

 

「……大丈夫」

 

 立ち上がり、デシエビをより一層抱き締める。

 自らを抱く少女の力がより強く、それでいてより優しくなった事に気付き、小さく幼いあまえびポケモンが見上げれば。

 

 

 

「──あなたの事は、わたしが守るから」

 

 

 

 その言葉は、その声は、その目は、その表情は。

 果たして、このちっぽけなポケモンからは、どのように映っていたのだろうか。

 

 それでも、分かる事がひとつだけあるとするならば。

 

 

「ガァオッ、ガァアン!!」

「来る……っ! 待ってて、ここから無事に逃がしてあげ──」

「──びぃっ!」

 

 

 もぞりもぞり。

 どうにかこうにか腕の中から這い出して、ぴょこんと抜け出し跳躍する、水色の矮躯。

 

 驚き、伸ばされた手すらすり抜けて、地面の上に着地して。

 目の前で唸るダークポケモンに対して、そのちっちゃなボクシンググローブめいた腕を出す。

 

 

「あ、あなた……」

「び……びびっ! びーっ!」

 

 

 共感できる相手が、共感してくれる相手が、自分を守ろうとしてくれている。

 それに応えないようでは、初めてできた味方すらフイにするようであれば──強くなるなど、夢のまた夢だ。

 

 心身ともに怯えたまま、それでもデシエビがそう奮起した。

 それだけは、誰にも変えられない事実だった。

 

 

「びびっ!」

「グッ、グルゥ……」

 

 弱々しくも確かな気迫に、デルビルが僅かにたじろぐ。

 警戒心が強く、周りのものすべてに敵意を露わにしている“はぐれ”のデルビルにとって、それはまさしく敵対の意志表明であり、自らが恐れる事そのもの表れであった。

 

 

「──……」

 

 

 自分の腕から抜け出していった姿を見て、一瞬だけ呆然とする少女。

 けれども、すぐにその意志を察し取り、今一度、自分の両頬を引っ叩いて、気を入れ直す。

 

 自分の失敗を挽回したい。自分の宣言した事を嘘にしたくない。

 そう決意したのは、他ならぬ自分自身なのだから。

 

 

 

「──行くよ、デシエビ!」

「びび、びーっ!」

 

 

 

 ポケモントレーナーとしての第1歩を、ここで踏み出す。

 その意志と覚悟を、パートナーと合わせて叫んだ。

 

 まさに、その直後。

 

 

 

「──受け取れ!」

 

 

 

 デルビルの遥か後方より、叫び声とともに飛来するナニカ。

 それが自分に対して投げ放たれた事を察して、ソラは咄嗟に手を伸ばし、どうにか落とさずキャッチする事に成功する。

 

 

「これ、は……!?」

 

 

 少女の手に収まったモノ。

 それは赤を基調としたデザインの、長方形型のデバイス。

 

 指がスイッチに触れるや否や展開し、現れた画面に様々な情報を表示する。

 それらのデータは、液晶画面の向こう側に立つデシエビの、能力やわざを解析したものだった。

 

 ()()が何なのかを理解して、弾かれるようにして前を見る。

 デルビルの向こう、路地裏の入り口に立つ2人の男女の姿が、そこにあった。

 

 

「リク! 博士!」

「はぁ、ひぃ……やぁっと見つけたぜ。まさか、こんなとこにいたなんて」

「大した根性じゃねぇか、ますます気に入ったぜ。元々その予定だったが、尚更()()()はあんたにくれてやる」

 

 

 ルスティカ博士がこちらを指差した。

 彼女の人差し指が示すモノ、それは当然──

 

 

 

「そいつは“星見人”の知識を元に、あたしが考案・設計し、師匠が開発した最新型情報デバイス──“ポケモン図鑑”! 1度出会ったポケモンの情報を記録・解析するハイテクマシンだ! バトルするなら、そいつを使いな!」

 

 

 

 ……かつて、()()を所持する事はひとつのステータスだった。

 その地方のポケモン博士より信任を受け、ポケモンという存在を編纂する使命を授かった者たちがいた。

 

 今やスマホのアプリとなり、一般に普及してこそいるが、それでもかつての栄誉は失われていない。

 

 ポケモン図鑑を手に、地方を股にかける者たち。

 人は彼らを、“図鑑所有者”と呼んだ。

 

 

「ポケモン、図鑑……これを、わたしに……!」

 

 

 今、この瞬間──ソラは、“マハルの地”の図鑑所有者となったのだ。




マハル図鑑 No.084
【デルビル】
ぶんるい:ダークポケモン
 タイプ:あく・ほのお
とくせい:はやおき/もらいび(きんちょうかん)
ビヨンド版
 縄張りに 入った 獲物を 群れで 追い詰める。味方か どうかは 鳴き声で 区別する。
ダイブ版
 群れで 暮らす 為 何らかの 理由で はぐれて 1匹に なると 生きるのに 苦労する。
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