ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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Lv.13「さいしょのいっぽ」

「図鑑のカメラにポケモンを収めろ! そいつの能力値(ステータス)を数値化して出力してくれる筈だ! あと、覚えてるわざとかもな!」

 

 ルスティカ博士の指示に頷きを返しながら、ポケモン図鑑を操作する。

 使い方はすぐに分かった。博士が設計しただけあって、UIも直感的で分かりやすい。

 

 すぐさま、デシエビの詳細な能力に目を通す。

 みずタイプ。特性は“げきりゅう”。“こうげき”主体、“すばやさ”高め、“ぼうぎょ”低め──

 

 

「グ、グゥゥゥゥ……! グル、ガオァアンッ!!」

 

 

《あっ! やせいの デルビルが とびだしてきた!》

 

 

 後方からも()が現れた事で、最高潮に達した敵愾心から、とうとうデルビルが動き出した。

 前方──つまりソラたちの側へ飛びかかってきたのは、周りすべてが敵に見える状況であってもなお、脅威度の低さを嗅ぎ取った為か。

 

 閉じられた牙から、紫色のガスが漏れる。

 先ほどと同じ攻撃を、今度は至近距離からお見舞いするつもりなのだろう。

 

 敵意在る相手が、こちらへ真っ直ぐ駆けてくる。

 その恐怖に、人間とポケモンの両方が身を竦ませるが、しかしそれも刹那の内。

 

「デシエビ! 右に避けて!」

「びっ!」

 

 

《やせいの デルビルは スモッグを つかった!》

 

《デシエビには あたらなかった!》

 

 

「グルゥッ!?」

 

 尻尾をバネのように縮ませ弾かせて、その勢いで右へ飛ぶ。

 牙の向こうから放たれようとしていたガス攻撃は、まんまと空振り、その横っ腹という大きな隙を晒してしまう。

 

「そこ! “はたく”!」

「し、びぃーっ!!」

 

 

《デシエビの はたく こうげき!》

 

 

「グキャンッ!?」

 

 如何に地力が弱く、如何に体躯が小さけれど、速度をつけた拳を、隙だらけの体に捩じ込むのだ。

 それが、ダメージにならない訳が無い。

 

 目論見通り、拳をまともに受けて吹っ飛んだデルビルだったが、しかしよろめきながらも着地には成功。

 すぐに態勢を立て直し、今度は牙での攻撃を試みてきた。

 

 

(来た! 図鑑の解析データを見る限り、デシエビは“ぼうぎょ”が低いから、受けるのは危険。それなら、高い“すばやさ”を活かして──)

 

 

「デシエビ、“しっぽをふる”! 相手を撹乱するの!」

「び! びーっ!」

 

 

《デシエビの しっぽをふる こうげき!》

 

 

 バチン! と尻尾で地面を叩き、その勢いで宙を跳ねる。

 またしても攻撃を空振らせ、着地と同時にもう1度、尻尾を使った跳躍を行う。

 

「グルッ……グゥ……!?」

 

 尻尾で跳ね回り、ターゲットを絞らせない。

 その素早い撹乱攻撃に、相手は翻弄されるばかりだ。

 

 

《やせいの デルビルの ぼうぎょが さがった!》

 

 

「上手い……! ソラの奴、ホントにバトルは素人なのか?」

「素人なのはマジだろーさ。指示はスジがいいが、内容がちと冗長だな。リアルタイムで指示するなら、内容はもっと簡潔にするべきだ。それにバトルの際は、流れ弾や巻き添えを食らっちまわないよう、フィールドの外を歩き回るのがセオリーだろ」

 

 

 ソラたちのバトルを、離れた場所から観戦しながら、リクと博士とが語り合う。

 彼らの手持ちポケモンたちも、各々のトレーナーの傍で、この戦いを見守っている。

 

 勿論、どうしても彼女たちが危険な事態になれば、介入するつもりだ。

 しかし、そういった事になるまでは、できるだけ彼女たちに任せよう。語らずとも、そういう意志が彼らにはあった。

 

「……けど、それを補える程度には地頭がいい。よく観察してるし、今ある情報から考える力が高ぇ。典型的な、理屈(ロジカル)で戦うタイプだな」

「でも、フルスリを捕まえる時はあんなにあたふたしてたじゃんか。ボールを投げた事すら無いって感じだったし」

()()が、一番の強さなんだろうよ」

 

 タバコを食むようにして()み、眼前で繰り広げられるバトルからは目を離さない。

 口角が吊り上がるのを止められない。久々に面白いものを見たと、その瞳が雄弁に語っていた。

 

 

 

「──()()()、と決めた時の行動力。そいつが未熟さを、一時的にでも凌駕する。中々無い素質だぜ、ああいうのは」

 

 

 

 そう言って見守る先では、今まさに状況が動こうとしていた。

 翻弄され続ける現状に痺れを切らしたデルビルが、口内に炎を溜め込んでいるのだ。

 

「グ、ゥウウウウ──ガァアアアッ!!」

 

 

《やせいの デルビルの ひのこ!》

 

 

「び!?」

 

 突然の飛び道具には対処し切れず、火球が直撃する。

 軽い炸裂音と爆炎がデシエビを包み、その衝撃で矮躯を壁へ叩きつけた。

 

「デシエビっ!?」

「……び、び……び」

 

 ヨロヨロと、叩きつけられたショックでふらつきながらも、なんとか立ち上がる。

 相手の反撃がクリーンヒットし、その身にダメージを負いながらも──

 

 

《こうかは いまひとつ のようだ……》

 

 

「──びび!」

 

 

 その闘志に、揺らぐところ無し。

 

 

「……っ!」

 

 奮い立つ姿に、ソラも自然と笑みを零す。

 

 ここまでのバトルで、相手の動きの癖はなんとなく分かった。

 この位置関係であれば、恐らくデルビルは──

 

 

「グルゥ……ガオガァアンッ!!」

 

 

 そう、そのように飛びかかってくる筈だ。

 だから後は、真っ正面から迎撃してやればいい。

 

「デシエビ、できるよね?」

「びび!」

 

 声をかければ、闘志たっぷりの答えが返ってくる。

 それには同じく頷きを返し、決め手となり得る必殺の指示を叫ぶ。

 

 

「──“みずでっぽう”!!」

「び、び──ッ!!」

 

 

《デシエビの みずでっぽう!》

 

《こうかは ばつぐんだ!》

 

 

「グ──ガ、ギャキャァンッ!?!?」

 

 飛びかかったところを狙われ、勢いよく放たれた水流の一撃を綺麗に食らう。

 

 みずタイプのわざは、ほのおタイプのポケモンに対して覿面に作用する。

 ここまでに重なったダメージと合わせ、水流を浴びたままに地面を転がったデルビルは──

 

 

「キュ、ウン……

 

 

 ぽてり、とその場に倒れ伏す。

 戦闘不能。体にダメージが蓄積された結果、これ以上のバトル続行は無理な程度に、動けなくなってしまった訳だ。

 

 

《やせいの デルビルは たおれた!》

 

 

「……や、ったの……?」

「び……び、びっ……?」

 

 

 自分たちだけの力で、相手に勝てた。

 その現実を認識し、噛み締め、理解するまでに、彼女たちはそれなりの時間を要した。

 

 初めてのバトルで、手持ちでもないポケモンを味方に、指示を出して、勝利した。

 初めてのバトルで、トレーナーでもない人間を味方に、指示を受けて、勝利した。

 

 凡そ信じ難い事実を前にして、彼女たちは呆然とする事しかできず──

 

 

「よ。お疲れさん」

 

 

 その肩を叩くルスティカ博士の声で、ようやく正気を取り戻した。

 ハッとした表情で彼女を見返せば、タバコを咥えたままに、ニカッとした笑顔が飛び込んでくる。

 

「は、博士……わたし、わたし……」

「初バトルでデルビルを倒すたぁ、中々やるじゃねぇの」

 

 そのまま彼女の手は、肩から頭へと移動する。

 ローリングの際だろうか。いつの間にか脱げていたフードの下に隠されていたラベンダー色の髪が、ワシャワシャと撫で回される。

 

 

 

「よくやった。才能あるぜ、あんた」

 

 

 

 すとん、と腰が抜けた。

 その場にへたり込み、ボロボロと涙を溢れさせる。

 

 褒められた。評価された。認められた。

 そのいずれもが、彼女の世界においては初めての事だった。

 

 初めてのバトルで勝利した。

 例えその程度の、ちっぽけな1歩でも。

 

 

「び……? び!」

「うん……。ありがとう……ありがとうね……!」

 

 

 デシエビが傍まで来て、へたり込んだソラの膝に手を当てて、呼びかけてくる。

 

 初めての勝利を、ともに分かり合えるポケモンがいる。

 それもまた、彼女にとっては未知の体験だった。

 

 

(よかったな、ソラ)……っと、ほい。これで治療は終わりだぜ」

「ニャー……ありがとうございニャス。それにひいさまも……ううっ、本当によかった……」

「ケテ~……」

 

 

 自身の姉にソラを任せて、リクはデルビルの攻撃でダメージを負っていたニャースに“キズぐすり”を使ってやる。

 ロトムも、駆体のスマホが壊れただけで、ロトム本体にはそれほどダメージは無いようだった。

 

「博士……! わたし、ちゃんとデシエビを……デシエビと、一緒に……っ」

「あーあー、そんなに泣くな。ちゃんと聞いてやるし、あんたの活躍はあたしも愚弟も、ちゃんと見てたからさ」

「はい……っ! グス……ん……?」

 

 涙をグシグシと拭い、ふと顔を上げてみた先で。

 

 

「グル……グゥン……」

「ろこ。こん、こぉん」

「グ、キュ……?」

 

 

 博士のロコンが、倒れたデルビルの頬を舐めているのが見えた。

 それはまるで、たった今のバトルや、ここに来るまでに負った傷を癒やし、労るような舌遣いであるように思えた。

 

「……博士、あのデルビルはもしかして、群れを……」

「多分な。なんかの理由で群れから弾き出されて、そんでこの町に来たんだろ。でも仲間から排除された時のトラウマで、見えるモンを片っ端から敵認定しちまった。よくある話だ」

「そう、ですよね……」

 

 襲われたとはいえ、そんな相手を自分たちは。

 そう言いたげな表情を的確に察して、博士はより一層、頭を撫でる手を強める。

 

 

「わぷっ……!?」

「気にすんな。言ったろ? よくある事って。トラウマ抱えたポケモンが暴れんのは、何もあいつが初めてじゃねぇし、そんで襲われた以上は、身を守る為に殴り返す権利がある。あんたはその権利を行使しただけ。何も悪くねぇよ」

「でも……」

「ま、見てろって」

 

 

 最後に頭をポンと叩いて離れ、2匹のポケモンへと近付いていく。

 

 労るように傷を舐められたデルビルは、段々と落ち着きを取り戻したらしく、耳を倒してシュンとしている。

 自身のパートナーが来たのを察したロコンは、彼女に向かって誇らしげに胸を張った。

 

 

「こぉん!」

「よーしよし、よくやったぞ相棒。……さて、デルビルくん。ちょいとお話しようじゃねぇの」

「グ、グル……?」

 

 

 敵意も失せ、すっかり落ち着いた様子を見せている。

 それを見て善しと頷き、その場へ腰を下ろした。

 

「ウチさぁ、愚弟……じゃない、身内が旅に出るってんで、研究所のパシ……人手が減る予定なんだわ」

「今、自分の弟の事をパシリって言った?」

「黙ってろ愚弟。……でだ、あたしの研究所で色々雑用してもらったり、後は番犬だな。そういうのを、あんたにやってもらいてぇんだが……どうだ? なに、ちゃんとメシも出してやる。悪いようにゃしねぇよ」

「グゥ……」

 

 バトルに負けて意気消沈しているらしいデルビルは、反抗する意志も無いようだ。

 おずおずとルスティカ博士の話を聞いている様子を見て、ソラは息を吐く。

 

 そうして気が緩んだところへ、後ろから背中を叩かれ、ビクリと体を跳ね上がらせる。

 

 見れば、ニャースたちの手当てを終えたリクが、姉譲りの明るい笑みを見せていた。

 その肩には、先ほど捕まえたウェボムがひっついている。

 

 

「何やってんだよ、ソラ。そいつ、捕まえなくていいのか?」

「むきゅっし!」

「捕ま、え……? ……あっ!」

 

 

 そこでようやく、当初の目的を思い出す。

 足元を見下ろせば、パチクリと目を瞬かせながらにデシエビがこちらを見上げていた。

 

 

「びびぃ……?」

「……うん、そうだね」

 

 

 小さく、息を吸い。深く、息を吐く。

 博士が用意した最後のモンスターボールを取り出して、前にかざす。

 

 

「……ねぇ。今のバトル、よかった?」

「しび? び!」

「そか。じゃあ、わたしの指示はどうだった?」

「びぃ! びびっ、び!」

「……よかった、か。なら、さ」

 

 

 先ほどはデルビルの乱入によって言えず仕舞いだった一言。

 互いに共感し得る相手だからこそ言える、新しい1歩を。

 

 

 

「……わたしの、友達(パートナー)になってくれる?」

「──びぃっ!」

 

 

 

 それが肯定を意味する事など、最早語るまでもなく。

 心の底から微笑みながら、その体に、ボールをそっと触れさせる。

 

 開いたボールの中に小さな体が吸い込まれて、やがて閉じる。

 1度震え、2度震え、3度震えて──

 

 

 

《やったー! デシエビを つかまえたぞ!》

 

 

 

 パチンと音が鳴り、震えの止まったモンスターボールを、そっと胸に抱く。

 心の内から湧き出してくる色んな感情を、飛び出す前にグッと呑み込んで。

 

 呟くのは、ポジティブな感情だけを溶かし込んだ一言。

 

 

「……これから、よろしくね」

 

 




この後【15:00】より1回目の追加投稿を行います。
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