「図鑑のカメラにポケモンを収めろ! そいつの
ルスティカ博士の指示に頷きを返しながら、ポケモン図鑑を操作する。
使い方はすぐに分かった。博士が設計しただけあって、UIも直感的で分かりやすい。
すぐさま、デシエビの詳細な能力に目を通す。
みずタイプ。特性は“げきりゅう”。“こうげき”主体、“すばやさ”高め、“ぼうぎょ”低め──
「グ、グゥゥゥゥ……! グル、ガオァアンッ!!」
後方からも
前方──つまりソラたちの側へ飛びかかってきたのは、周りすべてが敵に見える状況であってもなお、脅威度の低さを嗅ぎ取った為か。
閉じられた牙から、紫色のガスが漏れる。
先ほどと同じ攻撃を、今度は至近距離からお見舞いするつもりなのだろう。
敵意在る相手が、こちらへ真っ直ぐ駆けてくる。
その恐怖に、人間とポケモンの両方が身を竦ませるが、しかしそれも刹那の内。
「デシエビ! 右に避けて!」
「びっ!」
「グルゥッ!?」
尻尾をバネのように縮ませ弾かせて、その勢いで右へ飛ぶ。
牙の向こうから放たれようとしていたガス攻撃は、まんまと空振り、その横っ腹という大きな隙を晒してしまう。
「そこ! “はたく”!」
「し、びぃーっ!!」
「グキャンッ!?」
如何に地力が弱く、如何に体躯が小さけれど、速度をつけた拳を、隙だらけの体に捩じ込むのだ。
それが、ダメージにならない訳が無い。
目論見通り、拳をまともに受けて吹っ飛んだデルビルだったが、しかしよろめきながらも着地には成功。
すぐに態勢を立て直し、今度は牙での攻撃を試みてきた。
(来た! 図鑑の解析データを見る限り、デシエビは“ぼうぎょ”が低いから、受けるのは危険。それなら、高い“すばやさ”を活かして──)
「デシエビ、“しっぽをふる”! 相手を撹乱するの!」
「び! びーっ!」
バチン! と尻尾で地面を叩き、その勢いで宙を跳ねる。
またしても攻撃を空振らせ、着地と同時にもう1度、尻尾を使った跳躍を行う。
「グルッ……グゥ……!?」
尻尾で跳ね回り、ターゲットを絞らせない。
その素早い撹乱攻撃に、相手は翻弄されるばかりだ。
「上手い……! ソラの奴、ホントにバトルは素人なのか?」
「素人なのはマジだろーさ。指示はスジがいいが、内容がちと冗長だな。リアルタイムで指示するなら、内容はもっと簡潔にするべきだ。それにバトルの際は、流れ弾や巻き添えを食らっちまわないよう、フィールドの外を歩き回るのがセオリーだろ」
ソラたちのバトルを、離れた場所から観戦しながら、リクと博士とが語り合う。
彼らの手持ちポケモンたちも、各々のトレーナーの傍で、この戦いを見守っている。
勿論、どうしても彼女たちが危険な事態になれば、介入するつもりだ。
しかし、そういった事になるまでは、できるだけ彼女たちに任せよう。語らずとも、そういう意志が彼らにはあった。
「……けど、それを補える程度には地頭がいい。よく観察してるし、今ある情報から考える力が高ぇ。典型的な、
「でも、フルスリを捕まえる時はあんなにあたふたしてたじゃんか。ボールを投げた事すら無いって感じだったし」
「
タバコを食むようにして
口角が吊り上がるのを止められない。久々に面白いものを見たと、その瞳が雄弁に語っていた。
「──
そう言って見守る先では、今まさに状況が動こうとしていた。
翻弄され続ける現状に痺れを切らしたデルビルが、口内に炎を溜め込んでいるのだ。
「グ、ゥウウウウ──ガァアアアッ!!」
「び!?」
突然の飛び道具には対処し切れず、火球が直撃する。
軽い炸裂音と爆炎がデシエビを包み、その衝撃で矮躯を壁へ叩きつけた。
「デシエビっ!?」
「……び、び……び」
ヨロヨロと、叩きつけられたショックでふらつきながらも、なんとか立ち上がる。
相手の反撃がクリーンヒットし、その身にダメージを負いながらも──
「──びび!」
その闘志に、揺らぐところ無し。
「……っ!」
奮い立つ姿に、ソラも自然と笑みを零す。
ここまでのバトルで、相手の動きの癖はなんとなく分かった。
この位置関係であれば、恐らくデルビルは──
「グルゥ……ガオガァアンッ!!」
そう、そのように飛びかかってくる筈だ。
だから後は、真っ正面から迎撃してやればいい。
「デシエビ、できるよね?」
「びび!」
声をかければ、闘志たっぷりの答えが返ってくる。
それには同じく頷きを返し、決め手となり得る必殺の指示を叫ぶ。
「──“みずでっぽう”!!」
「び、び──ッ!!」
「グ──ガ、ギャキャァンッ!?!?」
飛びかかったところを狙われ、勢いよく放たれた水流の一撃を綺麗に食らう。
みずタイプのわざは、ほのおタイプのポケモンに対して覿面に作用する。
ここまでに重なったダメージと合わせ、水流を浴びたままに地面を転がったデルビルは──
「キュ、ウウン……」
ぽてり、とその場に倒れ伏す。
戦闘不能。体にダメージが蓄積された結果、これ以上のバトル続行は無理な程度に、動けなくなってしまった訳だ。
「……や、ったの……?」
「び……び、びっ……?」
自分たちだけの力で、相手に勝てた。
その現実を認識し、噛み締め、理解するまでに、彼女たちはそれなりの時間を要した。
初めてのバトルで、手持ちでもないポケモンを味方に、指示を出して、勝利した。
初めてのバトルで、トレーナーでもない人間を味方に、指示を受けて、勝利した。
凡そ信じ難い事実を前にして、彼女たちは呆然とする事しかできず──
「よ。お疲れさん」
その肩を叩くルスティカ博士の声で、ようやく正気を取り戻した。
ハッとした表情で彼女を見返せば、タバコを咥えたままに、ニカッとした笑顔が飛び込んでくる。
「は、博士……わたし、わたし……」
「初バトルでデルビルを倒すたぁ、中々やるじゃねぇの」
そのまま彼女の手は、肩から頭へと移動する。
ローリングの際だろうか。いつの間にか脱げていたフードの下に隠されていたラベンダー色の髪が、ワシャワシャと撫で回される。
「よくやった。才能あるぜ、あんた」
すとん、と腰が抜けた。
その場にへたり込み、ボロボロと涙を溢れさせる。
褒められた。評価された。認められた。
そのいずれもが、彼女の世界においては初めての事だった。
初めてのバトルで勝利した。
例えその程度の、ちっぽけな1歩でも。
「び……? び!」
「うん……。ありがとう……ありがとうね……!」
デシエビが傍まで来て、へたり込んだソラの膝に手を当てて、呼びかけてくる。
初めての勝利を、ともに分かり合えるポケモンがいる。
それもまた、彼女にとっては未知の体験だった。
「(よかったな、ソラ)……っと、ほい。これで治療は終わりだぜ」
「ニャー……ありがとうございニャス。それにひいさまも……ううっ、本当によかった……」
「ケテ~……」
自身の姉にソラを任せて、リクはデルビルの攻撃でダメージを負っていたニャースに“キズぐすり”を使ってやる。
ロトムも、駆体のスマホが壊れただけで、ロトム本体にはそれほどダメージは無いようだった。
「博士……! わたし、ちゃんとデシエビを……デシエビと、一緒に……っ」
「あーあー、そんなに泣くな。ちゃんと聞いてやるし、あんたの活躍はあたしも愚弟も、ちゃんと見てたからさ」
「はい……っ! グス……ん……?」
涙をグシグシと拭い、ふと顔を上げてみた先で。
「グル……グゥン……」
「ろこ。こん、こぉん」
「グ、キュ……?」
博士のロコンが、倒れたデルビルの頬を舐めているのが見えた。
それはまるで、たった今のバトルや、ここに来るまでに負った傷を癒やし、労るような舌遣いであるように思えた。
「……博士、あのデルビルはもしかして、群れを……」
「多分な。なんかの理由で群れから弾き出されて、そんでこの町に来たんだろ。でも仲間から排除された時のトラウマで、見えるモンを片っ端から敵認定しちまった。よくある話だ」
「そう、ですよね……」
襲われたとはいえ、そんな相手を自分たちは。
そう言いたげな表情を的確に察して、博士はより一層、頭を撫でる手を強める。
「わぷっ……!?」
「気にすんな。言ったろ? よくある事って。トラウマ抱えたポケモンが暴れんのは、何もあいつが初めてじゃねぇし、そんで襲われた以上は、身を守る為に殴り返す権利がある。あんたはその権利を行使しただけ。何も悪くねぇよ」
「でも……」
「ま、見てろって」
最後に頭をポンと叩いて離れ、2匹のポケモンへと近付いていく。
労るように傷を舐められたデルビルは、段々と落ち着きを取り戻したらしく、耳を倒してシュンとしている。
自身のパートナーが来たのを察したロコンは、彼女に向かって誇らしげに胸を張った。
「こぉん!」
「よーしよし、よくやったぞ相棒。……さて、デルビルくん。ちょいとお話しようじゃねぇの」
「グ、グル……?」
敵意も失せ、すっかり落ち着いた様子を見せている。
それを見て善しと頷き、その場へ腰を下ろした。
「ウチさぁ、愚弟……じゃない、身内が旅に出るってんで、研究所のパシ……人手が減る予定なんだわ」
「今、自分の弟の事をパシリって言った?」
「黙ってろ愚弟。……でだ、あたしの研究所で色々雑用してもらったり、後は番犬だな。そういうのを、あんたにやってもらいてぇんだが……どうだ? なに、ちゃんとメシも出してやる。悪いようにゃしねぇよ」
「グゥ……」
バトルに負けて意気消沈しているらしいデルビルは、反抗する意志も無いようだ。
おずおずとルスティカ博士の話を聞いている様子を見て、ソラは息を吐く。
そうして気が緩んだところへ、後ろから背中を叩かれ、ビクリと体を跳ね上がらせる。
見れば、ニャースたちの手当てを終えたリクが、姉譲りの明るい笑みを見せていた。
その肩には、先ほど捕まえたウェボムがひっついている。
「何やってんだよ、ソラ。そいつ、捕まえなくていいのか?」
「むきゅっし!」
「捕ま、え……? ……あっ!」
そこでようやく、当初の目的を思い出す。
足元を見下ろせば、パチクリと目を瞬かせながらにデシエビがこちらを見上げていた。
「びびぃ……?」
「……うん、そうだね」
小さく、息を吸い。深く、息を吐く。
博士が用意した最後のモンスターボールを取り出して、前にかざす。
「……ねぇ。今のバトル、よかった?」
「しび? び!」
「そか。じゃあ、わたしの指示はどうだった?」
「びぃ! びびっ、び!」
「……よかった、か。なら、さ」
先ほどはデルビルの乱入によって言えず仕舞いだった一言。
互いに共感し得る相手だからこそ言える、新しい1歩を。
「……わたしの、
「──びぃっ!」
それが肯定を意味する事など、最早語るまでもなく。
心の底から微笑みながら、その体に、ボールをそっと触れさせる。
開いたボールの中に小さな体が吸い込まれて、やがて閉じる。
1度震え、2度震え、3度震えて──
パチンと音が鳴り、震えの止まったモンスターボールを、そっと胸に抱く。
心の内から湧き出してくる色んな感情を、飛び出す前にグッと呑み込んで。
呟くのは、ポジティブな感情だけを溶かし込んだ一言。
「……これから、よろしくね」
この後【15:00】より1回目の追加投稿を行います。