ルスティカ博士に曰く、今から10年前、数人の“星見人”がこの“マハルの地”に迷い込んできた。
その中の1人──“星見人”たちのリーダー格こそが、クレオメ博士だったという。
『それ以前に“星見人”が現れたのは、それより更に100年くらい前の事だ。“ヒスイ”とかいう土地から来た“星見人”によって、この世界にモンスターボールが普及したらしい。それから100年間、“星見人”は“マハルの地”に現れなかったそうだ』
そして100年目の年に、彼らは来た。
彼らと、この世界にとって幸運だったのは、当時のこの地には、“稀代の天才”と呼ばれるほどの学者がいた事だった。
『まぁ、あたしの師匠の事なんだが……とにかく、“星見人”たちがもたらした知識や技術は、それまでのマハルじゃあ、とても再現できないものばかりだった。だが、師匠はそれを土が水を吸うかの如く学び切り、その尽くを再現・発展させまくった』
『その内の1つが、テレネットの糸を利用したコンピュータ……ですか?』
『あとは、そのポケモン図鑑と、パソコンのボックス転送システムもだな。図鑑自体の設計はあたしがしたんだが、それにしたって着想は、クレオメ博士の残した知識が元だ』
彼らと“天才”の手によって、多大なイノベーションが“マハルの地”にもたらされた。
ソラが驚くほどに、この町が現代的な発展を遂げていたのは、そういう理由によるものである。
そうしてこの世界の発展に貢献した “星見人”──クレオメ博士ら「マハル理論」の調査チームは、“マハルの地”各所の調査に乗り出したという。
それはこの地についてのより多くを知る為であり、何よりも、元の世界に帰る方法を探す為でもあった。
『それでその人たちは……父さんは、今どこに?』
『……調査に乗り出してから暫くして、“星見人”の多くは姿を消した。自分たちの持つ知識を狙って、よからぬ連中が現れるのを恐れたそうだ。だが、ただ1人だけ、まったく別の理由で姿を消した奴がいたらしい』
それが誰の事なのか、ソラには容易く理解できた。
果たして、その予想に正解を告げるかの如く、博士が二の句を継ぐ。
『あんたの父親……クレオメ博士は、“星見人”の中で唯一、“リンネの儀”に挑戦したんだ。そうしてすべてのジムを攻略した博士は、周囲の制止を振り切って……“縫いの山脈”に消えた』
ぎし、とベランダの柵に腕を乗せ、寄りかかる。
空ではなく地表に目を向ければ、遥か遠く、果てしないほど遠い彼方に、うっすらと青色の壁めいたモノが見えた。
恐らくは、あれが“サイノ湖”なのだろうか。
“リンネの儀”に挑むにあたり、“
自分もいつかは、あの湖を渡るのだろう。
ここ、“
そして。
「……父さんも、あの湖を渡ってったのかな」
そんな呟きが漏れたのは、仕方の無い事だろう。
ニャースも、主の言葉を黙って聞いている。彼にしては珍しく、くしくしと、後ろ脚で頭を掻きながら。
「ねぇ、じいちゃん」
「はい」
「父さんは……今も、生きてるのかな」
意地悪な問いだと、自分でも思う。
けれども、どうしても問いたくなってしまった。
普通に考えれば、果てに向かったっきり帰ってこないとなれば、答えは1つだろう。
よりにもよってそれを、かつて彼に仕えていた者へ問うのだ。意地が悪いにもほどがある。
「そうでニャスなぁ……」
ぼんやりと、上を見上げる。
“縫いの霊峰”。かつての主が、今の主の父がいるかもしれない……或いは、散ったかもしれない場所。
そんな場所へ向かうべく、今の主は巡礼の旅に出る覚悟を決めた。
ともすれば、かつての主と同じ結末に至るかもしれないというのに。
けれど、彼女の意志は固い。きっと制止したとて、彼女は歩み続けるだろう。
そしてそれは、彼女の父も同様だったろう。その1点において、彼らは間違いなく親子だと断言できる。
ならば、答えるべきはひとつ。
「それは、ひいさま自身の目で確かめるべきですニャ」
「わたしの?」
「ええ」
尻尾を揺らし、朝の風に身を委ねる。
排気ガスなどちっとも無い、爽やかな風だ。
「仮に、おとうさまがお亡くなりになっているとして。ひいさまはきっと、人伝いに聞いたとして、決して納得はしニャいでしょう。必ず、その実証を己の手でしたがりニャス」
「……そうかな?」
「ええ、そうでニャスとも。ひいさまは、昔からそうでニャした」
瞼を閉じれば、幼い頃の彼女の姿が、ありありと思い出せる。
彼女を見てきた年月ならば、誰にも負けはしない。その自負が、彼にはあった。
「ひいさまは昔から、分からない事があればご自身で調べねば気が済まない方で御座いニャした。ニャーはその度に、おとうさまの研究室や書斎から、ひいさまがおねだりになられた本を探し出し、読み聞かせたものでニャス」
「むぅ……昔の事は言わないでよ。無茶振りばっかしちゃって、申し訳無いと思ってるんだから」
「いえいえ。実に仕え甲斐のある主でニャしたとも」
それは嫌味か。
そうジト目で見てくる主に、小さく笑う。
丁度、彼女の父も、そんな目で見てくる事があったと、そう思い出しながら。
「ですが、そのおかげでひいさまは、多くの知識をお蓄えになられニャした。それが、昨日のポケモン探しでも、大いに役立ちましたで御座いニャしょう?」
「そう……かな」
「勿論。そしてそれこそが、ひいさまの長所であり、生まれながらの気質で御座いニャス。ひいさまは、ご自身でお調べになり、確かめられた事で無ければ、真には納得しニャいでしょう」
だからこそ,とニャースは言う。
「ひいさまは、“リンネの儀”を完遂すべきで御座いニャス。ひいさまご自身の目で、おとうさまの……
彼が、自身の父をそのように呼ぶところを、ソラは初めて見た。
同時に、自身にとって大きな決断となり得る事を、その可否をこちらに委ねず「そうすべきだ」と忠言した事も。
「……」
確かに、そうだ。
もしも誰かが父の死を語ったとしても、ソラは決して、そこで旅を終わらせる事は無いだろう。
真実は、もう
そんなところに来てなお、真実を他者の手に委ねる事を、果たして許容できるのか──
「──わわっ!? ……って、びぃタロ?」
「びびっ!」
突如として、びぃタロが、独りでにモンスターボールの中から飛び出してきた。
彼はソラを挟んで、ニャースの反対側に飛び乗り、グッとファイティングポーズを見せる。
「びーっ! びび!」
「えーっと……やる気は十分、的な?」
「ニャハハ。びぃタロさまも、早く旅に出たくて仕方が無いようで御座いニャスな」
「び!」
“さみしがり”屋なあまり、ブルブル震えていた姿はどこへやら。
まるで自らの主を鼓舞するかのように、触角をピンと伸ばしている。
「びっ! び!」
「……うん、そうだね。じっとしてたって、何も始まんないもんね」
人差し指の腹で優しく撫でてやりながら、自然な微笑みを見せる。
思えば、この世界に来てから、笑う回数が増えたような気がする。というか、地上世界で笑った回数が数えるほどしか無い、とも言うが。
これはきっと、いい変化なのだろう。
もしも、これから始まる旅を通して、もっとよりよい自分になれるのだとしたら。
そして──その旅の果てで、己の求めるモノを見つける事ができるのだとしたら。
「……びぃタロ、じいちゃん、ロトム。頑張ろうね」
「びび!」
「ええ、勿論。どこまでもお供致しニャスよ」
「ケテー!」
そして、旅立ちの朝が来る。
「寝具よーし、キャンプセットよーし、キズぐすりよーし」
「あの……こんなに着替えを頂いてもいいんですか?」
「構いやしねぇよ。あたしの着れなくなったモンを押し付けてるだけだからな。もらっとけもらっとけ」
「アネキ、研究研究って言ってだらしない生活ばっかしてるから太っべぶはっ!?」
拳骨を落とされて転がり回る弟を他所に、ルスティカ博士は大量のモンスターボールをソラに渡す。
その量、縮小状態とはいえ、両腕で抱え込まないといけないほどだ。
「わっ、こんなに……?」
「旅のついでと言っちゃあなんだが、あんたらにはポケモン図鑑の完成も頼みてぇんだ。その分だよ」
つい、と指で指す先は、少女の傍でふわふわと浮くロトム図鑑。
なんの事だと首を傾げるリクとは対象的に、ソラは驚きから目を見開いた。
ポケモン図鑑の完成。
それは、地上世界の多くの地方で行われてきた、名誉あるミッションだからだ。
「それってつまり……この“マハルの地”に存在するすべてのポケモンを、図鑑に記録しろ……って事ですか?」
「つっても、この地にどんだけの種類のポケモンがいるかは、あたしにも分かんねぇんだけどな。その図鑑は、容量的に大体……そうだな、250種類くらいは記録できる計算だ。そんくらいを目標に頑張る、程度でいいぞ」
250種類。
口で言うのは簡単だが、しかし、途方も無い数だ。
それだけの数のポケモンが、この世界にいる。
その事実だけでも、少女の心は高鳴り、期待で胸が膨らんでいく。
「捕まえたポケモンで要らねぇ奴は、パソコンの転送システムでこっちに送ってくりゃいい。どの街にも、必ず1つはある筈だからな」
「それは……いいんですか?」
「人手が足りねぇんだよ、この研究所も、この町も。それこそ、“ねこのて”も借りてぇくらいにはな。だから気にせず、ジャンジャン送ってこい」
そういう事であれば、と頷いて了承する。
実際、バトルだけでなく、野生ポケモンの捕獲でも、ポケモンは経験を積む事ができる。
ポケモンを捕まえる事で図鑑を埋めながら、
「ほんでホイ、これ“おこづかい”な」
「え……ええっ!? アネキ! こんな額、どこに蓄えてたんだよ!?」
「研究資金だよバカタレ。あたしのポケモン研究を代行してもらうんだから、
「い、いいんですか? わたし、返せませんけど……」
「だから、バイト代っつってんだろうが。気にするんなら、ポケモン捕まえて送ってこい。仕事を手伝ってくれるポケモンってのは、いつの世もどんな場所でも儲かんだよ」
博士の言葉は事実だ。
地上であれば、アーマーガアの“そらとぶタクシー”を始め、ワンリキーやドッコラーが工事現場で、ラッキーやタブンネがポケモンセンターで働いていたりする。
ポケモンと手を取り合って生活するのは、地上も地底も変わらない。
故に、そこにビジネスが発生するのもまた、当然の帰結だろう。
「それに、行く先々の街でも、ポケモンを使った日雇いの仕事はいくらでもある。それこそ、その街の
「ジム……わたしが、挑む場所」
「そうだ。まずは、ここから一番近い街のジムを目指せ」
ロトム図鑑にタウンマップのアプリを起動してもらい、その内、“
ここウツシタウンの東にあるのは、ソラたちが最初に降り立った場所、“死出の森”手前の21番エリア。
向かうべきは、その反対側。ウツシタウンの西に広がる1番エリアの、更にその先。
「この町から西に行ったところにあるカロンタウンの、更に西へ行った先、プルガーシティ。そこに1つ目の
8つあるジムの内の、1つ目。
8人いるジムリーダーの内の、1人目。
それさえ倒せないのであれば、巡礼の完遂など夢のまた夢。
自然と作られた握り拳は、果たして武者震いか、重圧の現れか。
「……やってやる。やってやります、わたし」
「その意気だぜ、ソラ。その為にも、旅をしながら手持ちを鍛えて、ドンドン強くしていかなきゃな。勿論、おいらたちも協力するぜ。だよな?」
「にゃおにゃおん!」
「しゅみっ、むしゅー!」
リクの言葉に、マハルニャースとウェボムが続く。
ここから先、ともにマハルの果てを目指す事になる、頼もしい旅の仲間だ。
「雑用ならば、ニャーに万事お任せを。戦えないなりに、万全なサポートをお約束しニャしょう」
「ケテロットー!」
ニャースとロトム、この世界に来る前から、ずっと仕え続けてくれたポケモンたち。
例えバトルには参加できずとも、彼らもまた、心強い仲間になってくれる。
そして、最後に。
「びび!」
「……うん、分かってる。頑張るよ、わたし」
足元で、こちらを見上げながらに奮起する、デシエビのびぃタロ。
初めての
彼らのやり取りを見て、ルスティカ博士は満足げに頷いた。
(送り出す……ってのも、中々悪くねぇな。あたしを見送った時の母さんたちも、こんな気持ちだったのかね)
これから始まる旅で、彼らは多くを見て、多くと出会い、多くを経験するだろう。
悲しい事も、苦しい事もある。挫けそうになる事だってあるだろう。
けれど、彼らには仲間がいる。ポケモンがいる。
ならば──大丈夫。
「行ってこい、ガキンチョども。ポケットモンスターの世界へ!」
「──はい」
だから、大層な旅立ちの言葉は必要無い。
「世界の果てへ、行ってきます」
物語はまだ、
「……」
「シィオ?」
「……ああ、分かっている」
ざく、と土を踏む音がして。
それが、物語の始まりを告げる鐘の音である事を。
「──“リンネの儀”に挑む。“伝説のポケモン”を、この手で捕まえる為に」
まだ、誰も知らない。
《手持ち一覧:ソラ》
【デシエビ(♂)】(NN:びぃタロ)
とくせい:げきりゅう
せいかく:さみしがり/ものおとにびんかん
わざ:
みずでっぽう/はたく/しっぽをふる
《手持ち一覧:リク》
【ウェボム(♀)】
とくせい:もうか
せいかく:のうてんき/イタズラがすき
わざ:
ひのこ/たいあたり/にらみつける
【マハルニャース(♂)】
とくせい:テクニシャン
せいかく:すなお/すこしおちょうしもの
わざ:
みずでっぽう/ネコにこばん/フェイント/なきごえ
第1章はここまで。
次回から第2章です。
基本フォーマットに則るなら、ポケモンは「8つのジムを攻略してリーグに挑む」というストーリーラインとゴール地点の2つが確定してるので、そこに沿って書けば完結させやすい気がします。
本当にそうか?(書くだけ書いてロクに完結させてない過去作たちを見ながら)