「ところで、こんなにたくさん捕まえたようだけど……この子たちは、全員持ち歩くのかい?」
「いえ。何匹かは手持ちとして継続して持ち歩きますけど、その他の子たちはパソコンの“あずかりシステム”を使って、ルスティカ博士のところに転送するつもりです」
「へぇ、そりゃいい事だ。あの子の始めた研究は、まだまだ理解者も少ないからねぇ。手伝ってくれる
「にゃおに」
会話もそこそこに、魔女は棚から道具や薬品の一式を取り出した後、マハルニャースを両手で抱え上げた。
それから机の上に乗せてやり、老眼鏡で体の様子を確かめている内、唸るように「ふむぅ」と声を漏らす。
「だぁいぶ泥んこ、そして傷だらけだねぇ。この子がこんなになってるのを見たのは初めてだよ。相当バトルしてきたみたいだね?」
「そりゃ、おいらは巡礼者じゃないけど、巡礼に挑むソラをサポートするって決めたからな。おいらの手持ちだって、バッチリ鍛えなきゃ嘘だろ」
「ひぇっひぇ! 鼻垂れ坊主が介添人とは、偉くなったもんだね。しかし、ポケモンみぃんながこの調子だと考えると、ちと“てだすけ”がいるね。……メザマメちゃぁん! 来ておくれ~!」
「まみ~?」
宿の奥に向かって声を上げると、数秒して、ふわふわと“ふゆう”するポケモンが現れた。
どうやら魔女のポケモンであるらしいが、やはりソラの見た事の無い、マハル固有の種であるようだ。
その外見を一口で説明するならば、
緑色のさやの下部分から、ぴょっこりと露出した黒色のマメが、本体であるらしい。目と口を持つそれは、文字通りさやの隙間から顔を出して、こちらを伺っている。
「くろろ?」
「えっと、この子は……?」
「この子は『メザマメ』ちゃん。この子が出すミツは美味しくて栄養になるから、薬にも重宝するのさ」
「ついでにおばちゃんが、ソラが宿に入ってくる前から待ち構えてたのも、こいつの能力のおかげだぜ。メザマメのサイコパワーで、おいらたちの事を透視してたんだ」
「おやおや、ネタバレとは感心しないねぇ。ババアはミステリアスでなきゃいけないっていうのに。ほぉら、メザマメちゃん。ポケモンたちの手当てをするから手伝っとくれ」
「まみくろ~」
指示を受けたメザマメが、“ねんりき”で以てミツを絞り出し、皿の中に落とす。
それを魔女が、不可思議な手法で以て加工し、マハルニャースに対して塗布していく。
その治療の様子は、素人が傍目から見ても、非常に洗練されていると理解できるほどのもので、あっという間に1匹ぶんの手当てを終えてしまう。
魔女が「次はあんただよ」と言ってウェボムを机の上まで招くと、治療の終わったマハルニャースは机から飛び降り、リクの傍に戻った。
「凄い、こんなあっという間に……。あの、本当にお代は要らないんですか?」
「さっきも言ったけどね、別にロハって訳じゃあないよ。魔女はね、
「
「おや、まだ聞いてなかったのかい。その名の通り、各地の
そう言いながらに治療の手を止めると、人差し指を上に向け、自身も気持ち上を向く。
それが何を意味するのかは、問わなくても理解できる。宿の天井ではなく、遥か上空に根ざす“
「“リンネの儀”に挑むなら、終着点が“縫いの霊峰”だって事も知ってるだろう? その麓、エンピレオシティってところに
「……凄いところなんですね」
「そりゃあね。なんせ、
「あ、その話ならおいらも知ってるぜ。“リュウジンさま”に仕える神官とは別に、“リュウジンさま”に選ばれた4人のトレーナーだろ?」
椅子に座り、手当てを待つポケモンたちの相手をしながら、リクがそう補足する。
ソラも彼らの話を聞きつつ手伝おうとしたが、慣れない旅で疲れただろうからと制止され、大人しく座って待っている。
……一方、喋る事を盛大に驚かれていたニャースは、このやり取りの裏で、どうにか宿泊の手続きに成功していた。
今は、2人分の荷物を部屋に運んでいるようだ。
「“リンネの儀”を完遂したり、それか目覚ましい功績を上げたトレーナーを“リュウジンさま”が選んで、当代の四天王に指名するんだ。
「となると……地上の四天王と違って、巡礼者と戦う役目って訳じゃないのね。じゃあ、“チャンピオン”はいるの?」
「チャンピオン……? どうだっけ、おばちゃん」
「そりゃあ、大司教さまの事だねぇ。“リュウジンさま”の意志を代弁する、
聞けば聞くほど、名前こそ類似すれど、地上におけるポケモンリーグとは、大きく異なる形式のようである。
チャンピオンは宗教的なトップ、四天王は
「ま、お嬢ちゃんがしっかり巡礼を進めて、霊峰に挑戦するって段階になったら、いずれ会う事もあろうさ。なんたって、この“マハルの地”をお創りになられた神様に謁見する訳だからねぇ。その段取りも、彼らが管理しているのさ」
「……」
その語りを聞いて思い返すのは、やはりティータイム時のやり取りだ。
ルスティカ博士の言う通り、本当にクレオメ博士が“リンネの儀”に挑み、“縫いの霊峰”へ立ち入る段階まで到達していたのなら。
(……やっぱり、リクの言う通り。ジムリーダーや四天王、それに
話を聞けば聞くほどに、考えれば考えるほどに、この果てしない巡礼の旅に挑む意義と意欲が生まれてくる。
この旅は、なんとしてでも成功させなければならない。その為にも……
「ふふ、何か焦っているね? 若い証拠だ。でもやめときな。休める時に休むのが、いい結果を残すコツだよ」
「……っ。でも、わたしにはこの旅で知らなきゃならない事が……」
「何を抱えているのかは知らないけどね、使命があるのなら尚更休みな。休まずハイペースで強行する旅と、しっかり休んでゆっくり進む旅は、実のところゴールまでの時間にそう変わりは無いもんだよ。ババアが言うんだから間違いない。ババアは全知全能なんだ」
「すげぇなおばちゃん……」
リクの感嘆を笑って流し、治療の合間に、指を振って指示を出す。
その指示をしっかり汲み取ったメザマメは、“ねんりき”で以てキッチンのコップをこちらへ引き寄せ、中にミツを注ぎ込んだ。
そのまま、ミツで満たしたコップを、サイコパワーによってソラの手元へ。
ミツという割にさらりとした黒色の液体は、鼻を近付けるだけでも芳しい匂いを纏っていた。
「ま、それでも飲んで落ち着きな。メザマメちゃんのミツは滋養強壮によく効くんだ」
「後でおいらにもおくれ。ミルクを入れてあっためてから飲むのが美味いんだよな、それ」
「あたしゃ、氷だけ入れて
「あ、はい……。いただきます」
コップに口をつけ、ズ……と小さく啜る。
甘さの中に、ほんのりとほろ苦さを隠した滋味が、じんわり舌の上に染み込んでいく。
「は、ふぅ……」
ミツを飲み込み、コップから口を離せば、自然と脱力の息が漏れる。
ただそれだけの事でも、自分がどれほど体に力を入れたまま、ここまで来たのかがよく分かった。
道中、ニャースの用立てたお茶とお菓子で休憩こそしていたが、しかしそれも旅の途中の事。
やはり、ちゃんとした場所で落ち着いて休む、というのは旅において重要な事なのだ。
「……ありがとうございます。やっぱり、まだちょっと肩肘を張っていたのかもしれません」
「ま、無理も無いな。ソラは旅、これが初めてなんだろ? その上、1番エリアでもバトルしまくりで、疲れない方がおかしいからな」
「ひぇっひぇっひぇ。何事も始めたては楽しいけどね、加減も分からないものさ。自分に合ったペースを探すんだよぉ。あとは、そのペースを維持し続ければ上等さ。……ほい、っと」
ぽん、と治療の終わったポケモンの背中を叩き、老眼鏡を外す。
2人と話している間にもサクサクと手当てを進めていた魔女は、とうとう最後の1匹の治療を済ませ、道具を片付け始めていた。
「はい、これでおしまい。そっちの鼻垂れ坊主と違って、あんたはポケモンの扱いが丁寧だね。手当ても最小限で済んだよ」
「そんな……。加減を覚えるのも大変で、おっきいダメージを負わせちゃった事も何度かありましたし。手当てだって、リクやじいちゃんに教わってその場その場で……」
「最初はそんなもんさ。ポケモンたちに怪我を負わせたのを申し訳無いと思うなら、次は怪我をさせないようにすりゃあいい。ポケモントレーナーなんだろ? なら、何事も勉強と練習だよ」
なんでもないようにけらけら笑い、一通りを片付け終えて立ち上がる。
魔女に促されて、ソラたちもポケモンたちをボールに戻し出した頃、カウンターの方からニャースがやってくる。
「ひいさま、リクさま。荷物はお部屋に移し終えニャした。巡礼の参加者であれば、お代は結構との事でニャス」
「おやぁ、おや。喋るニャースとは珍しいねぇ。ババアも生きてきて長いけど、人の言葉を話すポケモンは滅多に見た事が無いよ。暫く滞在するんだろう? ちょいと調べさせてくれないかい?」
「申し訳ありニャせん、マダム。ひいさまのお傍付きとして、長く拘束される訳にはいきニャせんので」
紳士めいた所作で丁寧に断るニャースを、魔女は「そりゃ悪かったねぇ」と軽く流す。
本気の言葉では無かったらしい。
……と、そこで。
ソラは、彼女の言葉に引っかかるものを覚えた。
「暫く滞在……? いえ、1泊したら出発して、プルガーシティに向かう予定ですけど……」
「おやぁ? ルスティカちゃんから何も聞いてないのかい。いや、あの子はああいうのに参加するタチじゃなかったから、すっかり忘れていたんだねぇ。ほら、あれ」
そう言って指差したのは、壁に貼られたポスター。
一体何が書いてあるのかと目を凝らせば、そこには3日後の日付と……
「ふ、『
「この辺の風習さ。年に1度のお祭りなんだけどね、祭りの目玉のポケモン勝負に、“リンネの儀”に挑む子が参加すると、いいゲン担ぎになるんだよ。勝負に勝てば、これから挑む巡礼の旅も、きっといい結果に終わりますよ……ってね」
「それは……でも、負けたらどうなるんですか?」
「そりゃああんた、その弱さを鍛え直すいい切っ掛けになりましたね、だよ。むしろ、旅の中で致命的な傷を負わないよう、ここで厄落としができたってもんさ」
要は旅の前哨戦代わりに、祭りで腕試しをしていけ、という事らしい。
そこで勝てば旅は順風満帆、負ければ旅立ち前の厄落としと、どちらにしても旅にいい影響をもたらしますよ、という縁起担ぎ目的で参加すればいい訳である。
「最近は“リンネの儀”に挑む子もすっかりいなくてねぇ。祭りの勝負も、単に“リュウジンさま”へ捧げる為だけのものになってたんだよ。勿論、それも悪い事じゃないんだけどねぇ。よければ、参加してってくれると嬉しいねぇ」
「だってよ。どうする? ソラ」
「……決まってる」
グッ、とモンスターボールを握る。
ボール越しに、中のびぃタロもまた、こちらへ闘志を返しているような、そんな気がした。
「ゲン担ぎもそうだし、ジムリーダーとの勝負に向けて、対人戦の経験を積むのも悪くないわ。数日泊まって、手持ちを鍛えてから参加しましょ」
「おっ、いいね。その意気だぜ! なら、おいらも特訓に付き合うとすっか!」
「ひぇっひぇ! これは面白くなってきたねぇ。ババアはね、船出仕合を見ながら、メザマメちゃんのミツを
「くろめ~」
魔女に
新しく宿に来たお客の少女に、前からここに通っている少年。それと、彼女たちが連れている色んなポケモンたち。
どんな想いを胸に秘めているのかは分からないが、彼らの悲喜交交によって、自らの主が楽しそうにしているのならば、それが一番だと感じていた。
「く~……くろ?」
そんな少年少女たちの意気込みから、ふと意識を逸らし。
お得意のサイコパワーで以て、ふと入り口方面──カウンターで亭主(実のところ、ここの魔女の息子だ)が、誰かと話をしているのを知覚した。
見た事の無い人物であるからして、どうやらお初の客らしい。
背丈は、今ここにいる少年と同じくらい。他に誰も連れておらず、1人でこの宿まで来たようだが……。
「はい。じゃあ、これが鍵ね。夕飯はこの後……」
「いい。こっちで済ませる」
半ばひったくるように鍵を受け取り、淡々と階段を登っていく
そのズボンに取り付けられた、チェーンのアクセサリーに──
「……船出仕合、か」
“かすがいのはね”が、揺れていた。
マハル図鑑 No.077
【メザマメ】
ぶんるい:くろまめポケモン
タイプ:エスパー
とくせい:スイートベール(かんろなミツ)
ビヨンド版
その 体 からは 美味しい ミツを 出す 事が できる。ミツは 子供たちの オヤツだ。
ダイブ版
メザマメの 出す ミツを あまり 飲み過ぎると 夜に 寝れなくなる 為 注意が 必要。
この後【21:00】より3回目の追加投稿を行います。