ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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今日4話目の投稿です。ご注意ください。


Lv.23「祭りに向けて」

「……博士の研究って、そんなに理解を得辛いものなの?」

 

 夕暮れより少し経ち。

 宿屋の食堂で夕食を頂きながらに、ポツリとそう零す。

 

 今、食堂の一角でテーブルを囲んでいるのはソラ、リク、ニャースの2人と1匹。

 手持ちのポケモンたちは数も多く、また人間と同じものを食べられるとは限らない為、一先ずボールの中で待ってもらい、後ほど飼料(フーズ)を与える予定になっている。

 

 ともあれ、今この場にいるのは彼女たちだけで、他に客はおらず、魔女の老婆も奥で編み物をしている。

 そんな中で零されたソラの言葉に、リクは暫し、その意味を理解する為の時間を必要とした。

 

 

「何言って……って、ああそうか。夕方ん時におばちゃんが言ってた事だな?」

「うん。魔女さんは、博士のポケモン研究を『まだまだ理解者が少ない』って言ってたでしょ? それが引っかかって……」

 

 

 1度気にかかると、意識はズルズルとそちらへ引き摺られてしまう。

 その証拠に、魔女の言葉の意味を考えながら食べ進めていた手は徐々に鈍くなり、遂にはフォークとナイフを手に持ったまま、ピタリと静止してしまっている。

 

「ルスティカ博士、初めて会った時も、自分の事を『マハル唯一のポケモン博士』って名乗ってた。あれって本当なの?」

「んー……多分な。おばちゃんはじめ、仕事柄そういうのを勉強してて詳しいって人も多いけど、結局は『みんかんりょーほー』?ってヤツだし。ポケモンの事を専門的に、詳しく調べよう、っていうのは、おいらの知ってる限りだとアネキくらいだな」

「……それって、おかしくない?」

 

 曲がりなりにも、ソラはポケモン博士の娘である。

 触れ合いの記憶こそ希薄だが、それでも彼女には、父の残した知識があった。

 

 

「人間とポケモンは、同じ世界で一緒に生きてる。それはこの、“マハルの地”でも変わらない。なら、彼ら(ポケモン)がどういう存在なのかを調べて、人の為に活かすっていう考え方も、普通にあるものじゃないの?」

「ソラたちの元いた世界……地上だと、そうなのか?」

「はいですニャ。地上において、ポケモン研究は権威のある学問で、それをお手伝いする事……特に、旅を通してポケモン図鑑を完成させるお仕事は、ポケモントレーナーにとってとても名誉あるミッションで御座いニャした」

 

 

 リクの問いには、ニャースが肯定を返す。

 

 最も有名なのは、ポケモン研究の第一人者として知られるオーキド博士だろう。

 彼の背中に多くのポケモン博士が続き、今や世界中でポケモン図鑑が作成・開発され、その記録と収集が盛んに行われている。

 

 歴史上では、ヒスイ地方──今のシンオウ地方でも、遥か昔にポケモン図鑑の作成が行われていたという話さえ存在する。

 人間の文明と、ポケモンの研究は、ほぼイコールで結ばれているのだ。

 

 

「父さんがこの世界に来て、ルスティカ博士のお師匠さんが地上の事を知って、それで博士がポケモン研究を志すまでに、誰もポケモンの事を深く知ろうとしなかったなんて……」

「確かに、ソラの疑問は尤もだ。ただ、ひとつ大事な視点が抜けてるぞ」

 

 ぴっ、と。

 訝しむ少女の対面で、フォークを上に向け、ある場所を指し示す。

 

 

「マハルには、“獣の大地(ローランド)”がある。こないだ会ったガチゴラスみたいなのが、平然と歩いてるような場所だ。そんな場所に住んでるポケモンを、まともに調査できると思うか?」

「……あ」

 

 

 考えてみれば、すぐ分かる事だ。

 

 先に語ったヒスイ地方の図鑑作成だって、今よりも技術の発展していない開拓期に、人を知らず凶暴そのものだったポケモンたちを相手に行っていたのだ。

 “マハルの地”でのポケモン研究とは、それをこの、とても地上の常識では語れないような秘境の全域で行わなければならない。

 

 

「そもそも遠くの街とのやり取りだって、最近になってパソコンが導入されるまでは、相当な命がけだったって話だしな。アネキは『自分たちだって先進的だ』って言ってたけど、実際はソラたちの世界ほど、研究の下地が無いんだよ」

「じゃあ、わたしたちみたいに“マハルの儀”の巡礼者に依頼するっていうのは……」

「おいらたちは急ぐ旅じゃないし、依頼者が身内(アネキ)だったから引き受けたけど、普通はそうじゃないからな。修行や神様への謁見を目的に旅してる人を相手に『ついでに研究を手伝ってくれ』なんて言ったって、頷いてもらえる訳が無い」

 

 

 首を振り、スープを飲むリクの言葉は、言われてみれば確かに納得できるものだ。

 

 何も、マハルの民が無知蒙昧であるとは言わない。

 彼らとて文化と文明があり、“星見人”たちから得た知識と交えて、彼らなりの学問を築いてきている。

 

 それを加味してもなお、“マハルの地”は過酷なのだ。

 なにせ、地上からはとうに失われた秘境の数々が、そっくりそのまま、ひとつの地下世界に内包されている。

 

 そんな大自然を踏破し、そこに生きているポケモンたちを捕まえ、研究する。

 言葉にすれば簡単だろうが、それを成し遂げる事の、なんと難しい事か。

 

 

「だからアネキも、ソラと、ソラの父さんには感謝してるんだ。ソラの父さんが持ち込んだ知識のおかげで、ポケモン研究の下地ができた。そしてソラが、この世界を旅して、この世界を知りたいって思ってくれた。アネキの研究も、ここから始まるんだよ」

「……そっか」

 

 

 どこまでできるかは分からない。どこまで到れるかは分からない。

 “リンネの儀”に挑戦すると決めたはいいが、本当に踏破できるかどうかも未知数だ。

 

 けれど、ソラが「行きたい」と願ったからこそ、ルスティカ博士も相乗りを決めた。

 ほんの少しだけ、背負ったものの重さを肩に感じ……。

 

 

 

「……わたし、この世界を好きになりたい」

 

 

 

 ぽつりと呟かれたその一言は、まさしく、博士がソラに願った事だった。

 

 

「旅は辛いものだと思うし、怖い思いもいっぱいするかもしれないけど……。でもわたし、この世界を知りたい。知って、好きになってみたい。それが、博士の研究にも繋がるなら……わたし、頑張ってみるよ」

「……へへっ、ありがとな。それを聞いたら、アネキもきっと喜ぶよ」

「そうと決まれば、まずは腹拵えですニャ。しっかりご飯を食べて、しっかり寝て。明日からの、船出仕合に向けた特訓の準備を致しニャしょう」

 

 

 ニャースの言葉に2人して頷き、食事を再開する。

 先ほどまでの遅々としたナイフ捌きはもう無い。目の前の料理を、美味しく堪能する事ができている。

 

 そうして彼らの、旅の1日目は穏やかに過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 この数日、ソラはカロンタウンの宿を利用する傍ら、1番エリアや、次の街へと続く2番エリアで、野生ポケモンとのバトルを繰り返していた。

 それは、近く行われる船出仕合に出場する為の特訓であり、同時に、勝負勘を身につける為の訓練でもあった。

 

 ウツシタウンとカロンタウンを繋ぐ1番エリアは穏やかで、広々とした草原が広がっていた。

 けれども、ここから先はそうではない。ここからが本当の旅と言っても過言では無い、過酷な環境が続くのだ。

 

 その為に求められるのは、何よりもソラ自身のレベルアップ。

 

 

「2番エリアの先は険しい崖が続いていて、プルガーシティに向かうには洞窟を通る必要がある。今以上にゴツゴツとした狭い場所で戦う事になるから、今の内に狭い戦い方を覚えとく必要がある」

「うん、分かった!」

「いいですか? ひいさま。野生のポケモンは、人間の作ったルールなんて知ったこっちゃありニャせん。徒党を組み、群れで襲ってくる事もままありニャス。闇雲に戦うだけでは、すり潰されニャスよ!」

「今の、この状況みたいに……って事ね。行くよ、びぃタロ!」

「びぃっ!」

 

 

 彼女よりもマハルに詳しいリクや、社交場(シャトー)でのバトル経験のあるニャースから教えを受けつつ、野生ポケモンを相手に手持ちを鍛える事……3日。

 

 

 

「──わ、すっごい賑やか」

「この辺はマハルの端っこも端っこ、ド田舎だからなー。年に1度の祭りってなったら、そりゃどこもかしこも大騒ぎさ」

 

 

 

 お祭りの当日。

 カロンタウンという小さな町の至るところにランタンが吊るされ、中央の広場では、楽器を演奏する一座の乗った櫓を囲み、様々な屋台が並んでいる。

 

 時刻は、“マハルの地”における夕暮れ。

 町を2つに分かつ大きな川に、夕焼けのオレンジ色と、町の各所から吊るされたランタンの淡い光とが映し出され、なんとも幻想的な風景を作り出していた。

 

 

「しかし、斯様な賑わいを見せるとは……何のお祭りなので御座いニャスか?」

「こないだ、おばちゃんも言ってたろ? “リュウジンさま”に捧げる催しだよ。この“マハルの地”を作ったっていう神様に、おいらたちが今年1年も生きてこられた事を感謝するんだ」

「へぇ……それで、ポケモン勝負を捧げるんだ」

「おいらも詳しい話はよく知らないけど……父さん曰く、“リュウジンさま”は命を司る神様であると同時に、戦いの神様でもあるんだと。だから、おいらたちの戦い(バトル)を通して、“マハルの地”を見守ってるんだってさ」

 

 

 そんな解説もそこそこに、一同は船出仕合が執り行われる会場へ到着する。

 そこは町の中央広場であり、屋台に囲まれた櫓の上では、楽団一座による祭り囃子が奏でられていた。

 

 櫓が見下ろす先、モンスターボールを模したマークを中心として、2つの四角形が組み合わせられた大きな長方形のラインが、地面いっぱいに引かれている。

 このバトルコートこそが、船出仕合の舞台となるのだ。

 

 

「ここだな。ほら、行ってきな」

「だ、大丈夫で御座いニャスか? ひいさま。やはり、ニャーもお供を……」

「ううん、大丈夫。……頑張らなきゃいけないから、行ってくる」

 

 

 リクや博士のように、劇的な出会いを通して親交を深めた相手ならばともかく、初めて会う相手に対しては、やはり一定の苦手意識が拭えない。

 けれど、これから旅を続ける以上、色んな人との関わりは避けては通れない。

 

 故にソラは、思い切って1人で受付に向かう事にしたのだ。

 

 

(参加します、って言って羽根を見せるだけで大丈夫……うん、きっと大丈夫! 用事が終わったら、すぐに距離を取る! そうすれば、大丈夫! きっと、多分!)

 

 

 見るからに震えている背中に、リクたちの不安げな視線を浴びながら。

 それでも少女の不確かな足取りは、祭りの中心部へ確かに向かおうとしていた。

 

 

 

「……」

 

 

 

 そんな自身の姿を、ジロリと()めつけている存在に気付く事無く。

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