「……あの、すみません。船出仕合の出場申し込みをしていたソラですけど」
仕合の受付と思しき場所を見つけ、そこにいた人物に恐る恐る話しかけるソラ。
ビクビクとした怯えを必死になって隠していると、受付にいた朗らかな男性が、その通りの笑みとともに迎え入れてきた。
「ああ、待っていたよ。魔女の婆さんから聞いたけど、巡礼に挑むんだってね。まだ若いのに、信心深いのはいい事さ。まったく、こんなちっちゃい女の子でも旅に出るっていうのに、ウチの息子と来たらさぁ……」
「は、はぁ……」
流れるような言葉の羅列に、やはりと言うべきか、面食らってしまう少女。
田舎特有の距離感の近さ、とでも形容すべきだろうか。
ともあれ、そのパーソナルスペースの妙な狭さは、相手のガタイの良さも相まって、ソラにとっては「圧」にも等しいものであり……つまるところ苦痛であった。
(ちっちゃいって……わたし、14なんだけどな)
どちらにしても、人見知りかつ軽めの対人恐怖症を患っている少女的には、少々居心地の悪いものがあるのは事実だった。
しかしそこで怯え、止まっていては、続けられる旅も続けられない。
小さく呼吸を繰り返したのち、勇気を出して、相手の話をぶった切る事にする。
「あの、それで出場は……」
「おっと、すまないね。えーっと、巡礼者の証は……」
「これです。確認できますか?」
腰を僅かに捻り、肩から下げたボストンバッグを前面に向ける。
そこに吊るされたストラップ状の“かすがいのはね”を見せれば、受付の男性は驚いたように目を丸くした。
「お嬢ちゃん。その証、もっとよく見せてもらえるかい?」
「あ、はい。……どうぞ?」
バッグを持ち上げ、巡礼の証をより近くで見せてやる。
男性はそれをまじまじと凝視して、感嘆にも似た息を漏らしている。
「これは……驚いたな。まさか、本物の“かすがいのはね”かい?」
「え……分かる、んですか?」
「ああ。と言っても、
珍しい事もあるものだ、と言って顎を撫でる。
「どうやって手に入れたのかは知らないけど、本物の羽根で巡礼に挑むなんてなぁ。お嬢ちゃん、こんなに若くてちっちゃいのに、“リュウジンさま”への信仰心に篤いんだな。今どき、そんな子供はすっかり見なくなったよ」
「はぁ……そう、ですか」
このオッサン、また「ちっちゃい」って言いやがった。
その事実に微かな青筋を立てながらも、心は別の事を考えていた。
(博士もこの人も、「初めて見た」のに「本物だと分かる」って言うし、リクに至っては「どこかで見た事がある気がする」とすら言ってた。“かすがいのはね”って、一体なんなんだろう……?)
本物を見た事が無いのであれば、ソラが持っているそれも、通常の証よりも上等な羽根と塗料を使ったレプリカだと判断してもおかしくない。
にも拘らず、その羽根を見た者は既視感を覚え、その存在を知る者であれば「本物の“かすがいのはね”」だと確信する。
ルスティカ博士などは驚愕のあまり、狼狽しながらソラを問い詰めてしまったほどだ。
そもそも、“マハルの地”に由来するアイテムを、どうして父が入手し、ソラに贈る事ができたのか。
謎が謎を呼ぶ“かすがいのはね”の正体だが、しかし。
それを深く考察するには材料が足りず、同時に少女の思案は、続く男性の言葉ですぐに打ち消された。
「いやぁ、それにしても珍しい事は続くもんだ。まさか、
その言葉の意味を暫く理解できず、ぱちくりと、数度かの瞬きが続いた。
「……え? 2人も……って」
「ん? ああ、言ってなかったかい。実はちょっと前に、君と同じで船出仕合に出るっていう男の子が来てね。その子も“かすがいのはね”を持ってたってんで、随分驚いたものだが……まさか、2人目が来るとはね」
「男の子……」
リク、ではない。
彼はあくまでソラの付き添い兼サポーターとして旅に同行するだけであり、実際に
ましてや、本物の羽根など持っている筈が無い。
であれば、誰が?
忙しなく周囲に目をやる少女を見かねて、受付の男性が「ほら、あそこの彼だよ」と、ある1点を指差してやった。
「……」
男性の指差す先──広場の隅にポツンと立つ少年は、恐らくはソラやリクと同年代くらいのように見えた。
厚手かつ藍色のジャケットを着込み、手にはグローブ、足は黒い長ズボンに分厚いブーツと、徹底的に肌を隠している。
頭にはターバン風の被り物をしており、微かに見える髪の色は白く、顔の色も同様に白っぽい。
ソラが自身を見ている事に気付いたのか、少年は血のように赤い目をこちらに向け、ジロリと
「……っ」
「いやぁ本当、若いのに信心深い子が2人も、同じ年に巡礼の旅に出るなんてね。こりゃあ、今年の船出仕合は盛り上がりそうだ。はっはっは!」
それを知らず、恰幅の良い腹をデンと叩いて笑う男性。
彼が「仕合はもうすぐだから、準備しておいてね」と言って立ち去るのと入れ替わるようにして、リクとニャースがやってくる。
「お疲れ様で御座いニャス、ひいさま。ご無事に受付を終えられたようで何よりですニャ。あれだけ他人を怖がっておられたひいさまが、お1人で受付されると言われた時は……ううっ、ご成長なされニャしたね……」
「無事に……うん。少し怖かったところもあったけど、なんとか終わったよ。心配してくれてありがと」
「おいらは大丈夫だと思ってたけどな。……で、肝心の仕合はどういう形になるんだ? このところ巡礼者もめっきり減ったって言うし、ソラしか参加者がいないなら、“リュウジンさま”への奉納としておいらが出ない事も……」
「ううん。わたし以外にも、参加者がいるみたい。その……あそこの彼?なんだけど」
ソラが目を向ける先に、他の1人と1匹も追随して視線を動かす。
視線の先、つい先ほどまでこちらを睨んでいたターバン姿の少年も、今度はより増えた注目に面倒くささが勝ったのか、ふいっと顔を逸らして目を閉じていた。
「……見ない顔だな。この辺の生まれじゃないのか?」
「それが……受付の人が言うには、あの人も“かすがいのはね”を証として持ってたんだって」
「はぁ?」
思わずの2度見。
しかしどれだけリクが目線をぶつけようとも、向こうの少年はうんともすんとも言わず、不愉快そうに目を瞑って壁にもたれかかっている。
「ニャーたちはよく知らなんだですが……“かすがいのはね”というのは、そんなにポピュラーなものなのですかニャ?」
「いや……おいらもあれからアネキに色々聞いたりしたんだけど、“かすがいのはね”は“リンネの儀”に挑みたいと強く願うくらい、“リュウジンさま”への深い信仰心を抱く者の元に現れるらしい。だから幻の一品、って訳では無いんだけど……」
「巡礼に挑む者のめっきり減った今では、本物の羽根を見た事のある者もすっかりいなくなった……という事ですかニャ」
頷きを返す。
「地上で、父親からもらったっていうソラもだけど……あいつも、どうやって羽根を手に入れたんだろうな」
「……」
今一度、少年の方を見る。
よくよく見れば、彼の履く長ズボンのポケットから、チェーンのアクセサリーに取り付ける形で、“かすがいのはね”らしきものが吊るされていた。
博士でさえ実物を見た事が無いというそれを、地上というイレギュラーな場所で手に入れたソラとは違い、恐らくはこの“マハルの地”で手に入れただろう彼。
彼もまた、“リュウジンさま”なる存在への謁見を望み、それ故に信心深い人物なのだろうか?
(そもそも“リュウジンさま”って……どんな存在なんだろ)
この後【15:00】より1回目の追加投稿を行います。