少年の手を離れ、旧い木製ボールが空中で開かれる。
中から現れた
「行け、お前の出番だ──フカシオ」
「シミィズ……」
ソラは一瞬、そのポケモンの正体を誤認した。
半ば一体化した顔と胴体。その丸々としたボディにくっついた手と足。頭部から伸びるは、鋭利な刃にも似たヒレ。
(フカマル……? いやでも、何かが違う)
そのポケモンは、地上でもよく知られるりくザメポケモン、フカマルに酷似……否、それそのものように見えた。
だが、その認識が誤りである事に、彼女はすぐに気付く。
(体が、透き通ってる……。まるで水晶……ううん、揺蕩う水面みたい)
通常、フカマルの体色は薄めの紺色であり、逆に腹部は赤い。
しかし、目の前のフカマルらしきポケモンは、一切の体色を持たない。だが、それは白色である、という事でもない。
全身が透き通っており、向こう側の景色が、その体越しにぼやけて見える。
一瞬、本物のフカマルのように見えたのは、透明な体を通して見えた景色が、体色のように映し出された為だ。
同時に、体が透明であるにも拘らず、骨や内蔵の類いは一切見受けられない。
その代わり、頭部と思しき部分に、赤く脈打つ
これではフカマルではなく、フカマルの形をしたユニランと言われた方が、まだ納得できる。
「なぁ、なんだあのポケモン……?」
「いやぁ、俺も分からねぇ。あんなの、初めて見るぜ」
その奇妙なポケモンの出現に、にわかに騒がしくなる周囲。
観戦してきたリクたちも、見た事の無いポケモンの正体を掴みかねて、不可解そうにしている。
「ねぇ。そのポケモン、フカマルのリージョンフォーム……ですか?」
「フカマル……? 違う。こいつは『フカシオ』、おれの相棒だ」
「ミズゥ……」
相棒と呼ばれ、微かに体を揺らすフカシオ。
正体定かならぬ奇妙な存在だが、しかし、その見た目が決して虚仮威しなどではない事は、見ればすぐに理解できた。
「まずは、そいつから片付ける。フカシオ、“たいあたり”だ」
「シィオ……!」
それはまるで、陸を泳いでいるかの如き動きだった。
川の流れのように滑らかで、それでいてホバーボートのように軽やかな疾駆を以て、瞬く間にはるりんへと接敵する。
「っ、いけない! はるりん、“なきごえ”よ!」
「ほー……──ほけっ!?」
時間が経過した事もあって、ようやく正気を取り戻したはるりん。
我に返った瞬間、自身の目の前まで敵が迫っている事に気付いた彼女は、驚いて迎撃の声を放つ。
「ほ、ほっけるーりっ!!」
耳をつんざくとりポケモンの叫声が、こちらを噛み砕かんとする相手ポケモンに真っ正面から浴びせられ──
「──っ!? 消えた……!?」
直後、フカシオの
透き通りながらも、フォルムを視認できる程度の揺らぎがあった体。その内部で赤く光るコア。そのすべてが、一切の色彩と光を失い、その場から消失したのだ。
一体、何が起きたのか。
それを理解するよりも早く──
「シィミズゥ……ッ!」
「ほけ──けりゃりぃっ!?」
はるりんの背後に出現したフカシオが、その丸々とした全身を叩き込んだ。
透明ながらも重たく頑強な体による押し潰しにより、今度こそ、こちらの1匹目が倒れ伏し、地に堕ちる。
「──はるりんっ!?」
「ガプリコで倒せなかったのは想定外だが、まず1匹。これで、そちらとの差は1匹だ」
淡々と告げる少年の前で、べしゃりと地面に叩きつけられる、小さなとりポケモンの体。
「ハルドリ、戦闘不能!」
「っ……! ごめんね。ありがとう、はるりん」
悲しんでいる場合ではない。
次のポケモンを繰り出す為にも、まずは傷ついたはるりんに休んでもらうべく、モンスターボールを突き出して……ふと、気付く。
(濡れてる……?)
はるりんの体が、濡れている。
血とか汗とか、そういう話ではない。真実、水によって彼女の翼が湿り、倒れた先の地面をも濡らしていた。
その様子に、ある1つの考えが浮かぶ。
ともあれ、考察も検証も後ですればよい。今は、彼女を休ませる事が先決だ。
「……お疲れ様。よく休んで」
はるりんを戻したボールを両手で抱え、胸の内にそっと抱き締める。
倒された事は悔しいが、それでも彼女は、こんな自分の為に頑張ってくれたのだ。
その気持ちを十分に労った後、ボールをホルダーに装着する。
それと入れ替わるようにして取り外した2つ目のボールを、力一杯に宙へ投擲する。
「次はあなたよ──
「ぴっ、ちゅー!!」
黄色を基調とした体毛に、黒色のアクセント。
頬の電気袋は桃色で、ピコピコと跳ねる大きな耳がチャームポイントのこねずみポケモン。
ソラが新しく迎え入れた、3匹目の手持ち。
それこそが、1番エリアで捕獲したピチューのちゆりんだ。
「ぴぃ、ちゅぅぅぅ……!」
「ミィズ……」
スタリと着地した小柄なねずみポケモンは、頬から電気を迸らせて、眼前のフカシオを睨んでいる。
彼女ははるりんと同時期に加入した手持ちポケモン。仲間の仇を討ちたくてウズウズしているのだ。
「いくよ、ちゆりん。まずは突撃!」
「ぴーっちゅ!」
地面を数回跳ね、最後の1回で跳ねるように駆け出す。
“でんこうせっか”……までとは行かないものの、でんきタイプ特有の足の速さは、やはりここでも発揮されている。
「避けろ、フカシオ」
「シィン……」
だがしかし、所詮はわざですらない、ただの突撃。
激突する寸前、またもやフカシオが姿を消した事で、ちゆりんの攻撃は不発に終わる。
その場でたたらを踏み、ふらつく体。
いくら周囲を見回せども、消失した相手の居場所を掴む事は叶わない。
「そこだ、もう1度“たいあたり”」
「アンシィ……!」
次に姿を表した場所──そこはちゆりんの頭上。
姿を消しながらも跳躍し、上から押し潰しにかかったのだ。
「ちゅ──」
回避は不能。
直撃すればひとたまりもない物量攻撃を前にして……。
「──今! “ほっぺすりすり”!」
「ち──ゆぅっ!!」
だからこそ、この一手が刺さる。
それ即ち、どこに現れるか分からないなら──現れて攻撃を仕掛けてきた瞬間、接触技による“カウンター”を返せばいい。
「シミィッ!?」
「ちゅうっ!」
その策は、果たして成功した。
こちらも“たいあたり”によるダメージを受けたものの、頬の電気袋を相手の体に擦り付ける為に、自身の体を捻った事で、致命的な直撃は避けられたのだ。
そして──
ソラの考察と予測は、二重の意味で的中する。
まず1つ。“ほっぺすりすり”の追加効果として、相手を必ず“まひ”状態にする事ができる。
じめんタイプにこそ通用しないものの、それ以外の相手であれば、(とくせいなどで無効化されない限り)ほぼ確実に動きを鈍らせる事ができる。
そして、2つ目。
先述した通り、このわざは、相手が本物のフカマル──ドラゴン・じめんタイプのままであれば、決して通用しなかった、という事実。
「やっぱり……! フカシオのタイプは
向こうが透けて見える透明な体。
骨も内蔵もなく、コアらしき物体によって維持されている存在。
そして、相手の攻撃を受けたはるりんの体が濡れていた事。
これらが意味する事は、ひとつ。
フカシオは、みずタイプのポケモンである、という事だ。
姿が見えなくなっていたのは、体を構成する水の透明度を上げて、本当に不可視になっていた為だろう。
それによって相手の捕捉から外れ、背後や頭上に回り込んでの奇襲で仕留めに来ていたのだ。
「でも、わざを受けて“まひ”した今なら、動きも鈍くなる筈!」
「……まさか、速攻で手品を破られるとはな。だが……」
ぐぐ、と。
体が痺れてまともに動けない筈のフカシオが、ゆっくりと立ち上がる。
その目には闘志の炎が未だ宿り、体を蝕む“まひ”状態など意にも介していないよう。
体を構成する水は波打ち、本物の筋肉のように収縮しているのが見て取れた。
「おれのフカシオは、“まひ”程度で膝をつくほど甘くない。──行け!」
「シ……ミィ、ズッ!」
先ほどのちゆりん同様、わざも何も無い、ただの突撃。
にも拘らず、その勢いはちゆりんのそれよりも早く、質量もまた大きい。
「っ!? 体が痺れてる筈なのに、この速度……!?」
「そちらとは
「……まだよ! ちゆりん、“なかよくする”で相手の勢いを削いで!」
面食らいはしたが、それで思考停止するほどソラとてヤワではない。
まずは相手の“こうげき”を削ぎ、勢いが衰えたところで“でんきショック”をぶつける。
そうでなければ、“こうかばつぐん”の筈の“でんきショック”だけでは、相手の速度を殺せないと考えたからだ。
「ちゅ──ちゅぴぃっ!」
手を擦り合わせ、ウィンクを飛ばす。
苦し紛れの命乞いのようにも見えるが、それでもわざである以上、相手の“こうげき”を下げる効果は確実にある。
だが──
その苛烈さ、断つ事は叶わず。
「効いてない……っ!? 透明な体──まさか、“クリアボディ”……!?」
「……お前のミスは2つ。ハルドリの“なきごえ”が通用していない事に気付いていなかった。そして──」
理屈は、ガプリコを倒した“エコーボイス”と同じだ。
どんなわざでも、それを繰り出した瞬間の位置──つまり、至近距離から叩き込む事で、与えられるダメージはより大きくなる。
ただし、そうして繰り出されるわざは──“たいあたり”ではない。
「フカシオは、
「キヨミズゥ……!」
フカシオの額に、不可視のエネルギーが集中する。
体内の赤いコア──フカシオの本体から供給されたサイコパワーが、破壊力を帯びて、今放たれようとしていた。
「っ、させない! “でんきショック”で相殺して!」
「ぴっ! ……ぴぃぃぃぃぃっ、ちゅぅぅぅぅぅ──っ!!」
指示を受け、電気袋に溜め込まれた電流が最大出力で以て迸った。
“かみなり”には未だ遠く、しかし相手に確実な痛打を与える事の叶う電圧の嵐が、力の限り放出される。
渾身の高圧電流と、怒涛のサイコパワー。
かたや“こうかばつぐん”、かたや地力の一撃。
それらがまったく同時にぶつかり合い、激しい閃光を周囲に撒き散らした。
「うわっ!?」
「きゃあっ!?」
「す、凄まじい力場でニャス!」
「ソラは……2人は、どうなったんだ!?」
荒れ狂うエネルギーの奔流が、コートの地面を巻き上げて砂煙を生む。
それから目を守る為、ソラも少年も、ともに腕で以て顔を覆い、しかし砂煙の向こうに意識を馳せる。
「ちゆりん……っ」
「……」
やがて力場も収まり、砂煙が晴れる中。
鮮明になりゆく視界の向こう、ぐらりと体を傾かせ、倒れるのは……
「ぴ、ち、ゆぅ……」
「……っ! ピチュー、戦闘不能!」
審判の叫びが、無情な事実を高らかに示す。
ゼンリョク同士のぶつかり合い、その敗者──
「っ!」
「……押し勝てたか」
悲鳴を押し殺すソラとは対照的に、名無しの少年はターバンを被り直し、安堵の溜め息をついていた。
「シ……ミミ……ッ!」
彼の眼前で、フカシオが荒い呼吸を繰り返しているのが見える。
いくら
「(……繋がってる。ちゆりんの頑張りは、無駄なんかじゃない)ありがとう、ゆっくり休んでて」
目を回したまま動かないちゆりんをボールに戻し、最後のモンスターボールを取り出した。
手に取った瞬間、中の相棒がガタガタとボールを震わせて、さながら「早く出せ」と言わんばかりに主張している。
「……うん、分かってる。行こう、皆の分まで」
改めて、前を向く。
息の荒い相棒から意識を逸らさず、しかし確かにこちらを見る少年の姿が、そこにあった。
「来い。最後の1匹だろ?」
「ええ。でも──この子で、勝ちます」
ボールをグッと握り込み、腕を後方へ引き絞る。
地面をスニーカーでガッシリ掴み、ゼンリョクの投擲を敢行。
速度をつけて投げ放たれたボールが、パカリと口を開く。
そこから飛び出し、拳を握り締めながらにバトルコートへ躍り出たのは。
「そうだよね? ──びぃタロ!」
「──びーっ!!」
マハル図鑑 No.194
【フカシオ】
ぶんるい:とうめいポケモン
タイプ:みず・エスパー
とくせい:クリアボディ(へんしょく)
ビヨンド版
体の ほとんどが 水で できている。水の 透明度を 変えて 姿を 消す 事が できる。
ダイブ版
本体は 体内の 赤い コア。サイコパワーで 水を 固めて コアを 守る 体に 変える。
《手持ち更新:ソラ》
NEW!
【ピチュー(♀)】(NN:ちゆりん)
とくせい:せいでんき
せいかく:ゆうかん/こうきしんがつよい
わざ:
でんきショック/ほっぺすりすり/しっぽをふる/なかよくする