ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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Lv.28「少年の実力」

「びびっ! しぃーびっ!」

 

 コートに立つや否や、グローブめいた1対の前脚を振り、シャドーボクシングに興じるびぃタロ。

 “さみしがり”で“ものおとにびんかん”な性格は変わらないが、リクたちに鍛えてもらったおかげで、バトルに対する度胸はバッチリついた。

 

「こっちの手持ちはびぃタロだけ。でも、相手も残りは1匹。はるりんとちゆりんから繋いでもらった分、しっかり勝つよ、びぃタロ!」

「しびぃっ!」

 

 ソラの呼びかけに、腕を振り上げて応える相棒。

 気合は十分。こちらも気持ちを昂らせ、前を向いてみれば……。

 

 

「……フン」

 

 

 コートの向こう、名無しの少年がこちらを()めつけたまま、鼻を鳴らすのを耳にした。

 幼いながらに悪意を目の当たりにしてきたソラにとって、それは悪意を込めた嘲笑というよりは、呆れや、苛立ちを帯びたものであるように思えた。

 

「ポケモンに、愛称(ニックネーム)か」

「……いけませんか? この子たちは、わたしの大切な友達です。そこに文句を言われる筋合いは無いわ」

「別に。愛称をつけるもつけないも個人の勝手だ。だが……」

 

 言葉を切り、ターバンを深く被り直す。

 被ったそれが陰になって、真っ赤な瞳がより色濃く感じられた。

 

 

「“リンネの儀”は、楽しいピクニックじゃない。厳しい環境に、凶暴なポケモン……多くの壁が立ち塞がる。()()などと、甘ったれた気分で乗り越えられるとは思わない事だ」

 

 

 その血のように赤く、ナイフのように鋭い眼力に、思わず気圧されそうになる少女。

 気を強く保つ為、奥歯をグッと噛み締め、鼻から息を吸う。

 

「……それでも、わたしには霊峰を目指す理由があるんです。諦めるつもりはありません」

「なら、おれが思い知らせてやる。──“アクアジェット”!」

「キヨイ……!」

 

 

《あいての フカシオの アクアジェット!》

 

 

 指示に応じ、フカシオの目がサイコパワー特有の水色の光を放つ。

 自身の体を構成する水を、勢いよく背中から噴射したその直後には、既にびぃタロの数歩前まで到達していた。

 

「っ! びぃタロ、“ビ──」

「遅い」

 

 咄嗟に指示を飛ばすが、しかし相手の方が早い。

 反撃すら許さぬ速度を以て、水であるにも拘らず硬化した体による突撃が、あまえびポケモンの矮躯を吹き飛ばした。

 

「び──ぃいっ!?」

 

 

《こうかは いまひとつ のようだ……》

 

 

「っ! びぃタロっ!?」

 

 吹き飛び、地面に叩きつけられた衝撃で、コートの上を数回跳ねる。

 ズザザ、と砂利を引き摺る音とともに地面を滑り、コートの端ギリギリの地点でようやく動きが止まるも、その体には大きな痛痒(ダメージ)が刻まれていた。

 

 痛みに目をチカチカとさせ、それでも立ち上がるびぃタロ。

 その様子にホッと一安心しながらも、ソラはたった今しがたの光景に疑問を覚えた。

 

 

(みずタイプのポケモンに、みずタイプのわざは“こうかいまひとつ”……。なのに、この威力は何!?)

 

 

 タイプ。

 全部で18種類存在し、すべてのポケモンが1種、または2種持つ、属性上の概念。

 

 タイプはわざにも存在し、わざのタイプが、わざを受けるポケモンのタイプの弱点を突くものだった場合、“こうかばつぐん”となりダメージが2倍になる。

 反対に、わざを受けるポケモンのタイプが、わざのタイプに耐性を持つものだった場合は、“こうかいまひとつ”としてダメージが半減する。

 

 みずタイプのわざは、みずタイプのポケモンに対して“こうかいまひとつ”。

 ならば、みずタイプのわざであり、元々威力の低い“アクアジェット”は、みずタイプのポケモンであるびぃタロ(デシエビ)に、大したダメージを与える事ができない筈なのだ。

 

 にも拘らず、フカシオの一撃は、びぃタロに多大な痛打を実現した。

 フカシオもまたみずタイプのポケモンである以上、自身とタイプの一致するわざを繰り出す事による威力の向上はあるにせよ、それでもだ。

 

 

(何か、カラクリがある筈。とくせいでないなら、フカシオに何かを持たせて──?)

 

 

 そこで、ソラは見た。

 フカシオが、“アクアジェット”を繰り出す前に立っていた場所、そこに何かが落ちている事を。

 

 それは何かを記した巻物(スクロール)のようであり、今にも焼け焦げ、焼失する寸前だった。

 表面がバチバチと帯電し、それが発火の原因と思われたが……。

 

 

「……まさか」

 

 

 その()()()の正体を、ソラは知っていた。

 

 確かに彼女は、この地下世界に迷い込むまで、ポケモンバトルをした事が無かった。

 しかし、スマホロトムやインターネットを通して、世界中どことでも繋がる事のできる現代の地上世界では、ポケモンバトルはネットを介して見る娯楽でもあった。

 

 だから、彼女は知っている。

 例え、地上のそれと形状が違っても、同じ効力を持つだろう事は、容易に推測できたのだ。

 

 配信や動画サイトで観戦したポケモンバトルのいくつかで、一部のポケモンたちに持たされていた、そのどうぐの名を──

 

 

 

「“じゃくてんほけん”……!?」

 

 

 

《あいての フカシオは じゃくてんほけんで こうげきが ぐーんと あがった!》

 

《あいての フカシオは じゃくてんほけんで とくこうが ぐーんと あがった!》

 

 

「……意外だな。このどうぐの事を知っているのか」

「ええ。アローラのバトルツリー配信で見た事があるので……って言っても分かんないか。“こうかばつぐん”のわざを受けた時に、それを消費する事で、持たせたポケモンの“こうげき”と“とくこう”を2段階上げる……ですよね」

「そうだ。お前のピチューが“ほっぺすりすり”を使った時点で、既に発動していた。だが……」

 

 

 少年が目を細める。

 

 “じゃくてんほけん”によってぐーんと上がった“こうげき”は、通常の2倍に匹敵する。

 つまり、タイプ相性によって半減された“アクアジェット”の威力を、通常通りにまで引き戻す事ができるのだ。

 

 十分に鍛えられたフカシオであれば、通常程度の威力で十分。

 一撃で倒せる、とまでは行かないだろうが、それでも致命打を与える事はできる。

 

 少なくとも少年は、そのつもりだった。

 

 

「……び、びぃっ……!」

 

 

 びぃタロは、未だ立っている。

 受けた衝撃にふらついていたのも、最初の話。すぐに気力を取り戻し、有り余るガッツをこれでもかと主張している。

 

 “こうかいまひとつ”だったとはいえ、威力の増大したわざを受けたポケモンのそれではない。

 そのトリックを、少年はすぐに看破していた。

 

 

「……“ビルドアップ”。ギリギリで間に合っていたか」

 

 

《びぃタロは ビルドアップした!》

 

《びぃタロの こうげきが あがった!》

 

《びぃタロの ぼうぎょが あがった!》

 

 

「……本当に、ギリギリでしたけどね。ちゆりんが先んじてフカシオを“まひ”させてくれていたおかげで、ほんの少しだけ、“アクアジェット”の勢いが削がれていたんです」

 

 フカシオが“アクアジェット”を繰り出す刹那、ソラがびぃタロに指示していたわざ。それこそが“ビルドアップ”。

 “こうげき”と“ぼうぎょ”を同時に上昇させるそのわざが間に合ったおかげで、致命打を受けずに済んだのだ。

 

 

「運はいいらしい。だが、そこまでだ。……フカシオ、もう1度“アクアジェット”」

「ミズタマァ……!」

「っ、来る! 跳ねて、びぃタロ!」

 

 

 再度、“ねんりき”の応用による、水流を纏った突撃が来る。

 その速度は脅威に値するが、しかし事前にそういうわざがあると分かっていれば、尻尾で跳ねての回避を試みる事はできる。

 

 

《あいての フカシオの アクアジェット!》

 

《こうかは いまひとつ のようだ……》

 

 

 結論から言えば、直撃()免れた。

 “とびはねる”とまでは言わないものの、尻尾による跳躍は間に合い、びぃタロの下を水の奔流が通り過ぎていく。

 

 だが、フカシオは体のほとんどが水で構成された、サイコパワーの塊。

 それが“アクアジェット”──水の噴射によって突撃するという事は、水流そのものが襲ってくると同義。

 

 

「び、びぃ──!?」

 

 

 荒れ狂う水、その一端が体を僅かに掠める。

 ただそれだけの現象が、“じゃくてんほけん”の力によって、大きなダメージへと転換される。

 

「っ!(軽い……けど、重い! 掠めただけで、あんなに苦しそう……)

 

 水が掠めた衝撃で宙を舞い、痛みを堪えながらに着地したびぃタロを見て、思わず歯噛みする。

 そこで浮かぶのは、ここまでの経過を見ていれば当然の疑問。

 

 

(でも、どうして“ねんりき”を使わないの……? “じゃくてんほけん”で“とくこう”も上がっている以上、びぃタロが受ければひとたまりもない筈……)

「何故、“ねんりき”を使わない? そういう目をしているな」

 

 

 果たして、少女の疑問を見透かしたかのような声が放たれる。

 顔を上げれば、少年が淡々とした態度でこちらを見ていた。

 

「1つ。フカシオを出した時点で、ハルドリは既に“ひんし”寸前。わざわざ大技を使わずとも、“たいあたり”ひとつで事足りた。2つ。ピチューはハルドリの戦闘不能に憤り、こちらへの戦意を露わにしていた。恐らくは、“ゆうかん”なせいかく」

 

 そう語る間にも、フカシオは徐々にびぃタロを追い詰めていた。

 尻尾で跳ねる、その俊敏な動きを以てしても、やはりサイコパワーに後押しされた水流を捌き切るのは、難しいものがあった。

 

「“ゆうかん”なポケモンは、“すばやさ”が低い傾向にある。だから“ねんりき”でも十分に仕留められるし、相手がでんきタイプである以上、その通りに早期に倒す必要があった。だが……」

「キヨッ……!?」

 

 

《あいての フカシオは からだが しびれて うごけない!》

 

 

 パチン!という音を放って、フカシオの体がスパークする。

 ちゆりんの“ほっぺすりすり”によって与えられていた“まひ”の効果が、ここに来て炸裂したのだ。

 

 弾ける電流が全身を駆け巡り、水で形作られた体に不具合を起こす。

 咄嗟に“アクアジェット”を中断し、足でブレーキをかけ、勢いを殺しながら静止する。

 

 

「っ! 今! “みずでっぽう”!」

「遅い。……“なみだめ”」

 

 

 ソラが指示を叫ぶのとほぼ同タイミングで、少年もわざの名前を口にする。

 びぃタロが口の中の波濤を吐き出すよりも先に、フカシオの仮初の目が儚く潤んだ。

 

「キヨミズ……っ」

「び……!?」

 

 

《あいての フカシオの なみだめ!》

 

《びぃタロの こうげきが さがった!》

 

《びぃタロの とくこうが さがった!》

 

 

 全身が水でできているなら、その水を排出し、涙を装って相手に隙を生む事もまた可能。

 事実、“ビルドアップ”で上昇していた“こうげきは”平時の状態に戻り、“とくこう”にいたっては平準よりも下がってしまった。

 

 そして、“みずでっぽう”は“とくこう”に由来するとくしゅわざ。

 

 

《びぃタロの みずでっぽう!》

 

《こうかは いまひとつ のようだ……》

 

 

 威力の削がれた“みずでっぽう”は、フカシオの顔面に当たるや否や、逆に体内へ吸収されて終わる。

 そうしている間にも、相手は“まひ”状態から復帰し、元の戦闘態勢を取り戻した。

 

 

(“まひ”からの復帰が早い……。これじゃあ、隙なんて一瞬の内だわ)

「話が途中だったな。お前のデシエビは、場に出た時から今に至るまで、頭の触角がひっきりなしに震えている。多くの場合、触角はセンサーの役割を果たしている。それが絶えず震え、周囲を探知しているのは……生来のもの」

 

 

 少年が指差す、びぃタロの頭部。

 彼の語った通り、触角はぴりぴりぴくぴくと、まるで怯えているかのように小刻みに揺れていた。

 

 その理由を、ソラは知っている。

 そして、少年もまた理解している。

 

 

「“ものおとにびんかん”なポケモンは、得てして反射神経に優れている。そんな相手に、“ねんりき”のような大味なわざを、健常な内にぶつけるのはリスキーだ。だから、こうしてチマチマと削っている」

「……っ。ヒットアンドアウェイで、こっちの体力を着実に消耗させている……って事ですか」

「幸い、その為の火力はお前のピチューがプレゼントしてくれたからな」

 

 

 言わずもがな、ピチュー(ちゆりん)のでんきわざによって起動した“じゃくてんほけん”の事だ。

 

 所作を観察しただけで、相手の性格や、それに付随する能力傾向すら看破する。

 それだけでも驚嘆に値するところを、更に彼ら自身の実力が上乗せされている。

 

 弱点を突いたわざによって相手の策が発動し、“まひ”も対して機能していない。

 相手のカラクリを見抜き、有利になったと思っていたソラだったが、その実、逆に相手に利を与える結果となってしまっていた。

 

 

「そろそろ終わらせる。“アクアジェット”だ」

「セイ、リュウウウ……!」

 

 

《あいての フカシオの アクアジェット!》

 

 

 もう何度目になるかも分からない突撃。

 だが、そんな単純な攻撃だからこそ、それを突き止め尖らせた先、その対処に限界が生まれる。

 

「~~~っ! まだよ、“ビルドアップ”!」

「しぃ、び──っ」

 

 

《びぃタロは ビルドアップした!》

 

《びぃタロの こうげきが あがった!》

 

《びぃタロの ぼうぎょが あがった!》

 

 

 再び行わせる、肉体強化のわざ。

 “なみだめ”で下がった分と合わせて、“こうげき”は1段階、“ぼうぎょ”は2段階上昇した状態だ。

 

 指示を出す側、指示を受ける側ともに、今度はコツを掴んだのか、先ほどよりもスムーズに発動する事ができた。

 その結果、“アクアジェット”が突撃するよりも早く、余裕を持って防御力を高める事に成功する。

 

 だが、それだけだ。

 

 

《こうかは いまひとつ のようだ……》

 

 

「び、ぃ──いぃ……っ!」

 

 押し寄せる水の塊を真正面から受け止め、尻尾で後退る。

 

 タイプ相性。“ビルドアップ”による“ぼうぎょ”上昇。“じゃくてんほけん”による“こうげき”上昇。

 諸々合わせて、通常、想定される通りの威力──つまり通常時の半分のダメージにまで抑え込む事ができた。

 

 それでも、びぃタロの受ける痛みは大きい。

 その理由は果たして、観戦している者たちにも理解できた。

 

 

「……強い」

「ええ。ひいさま、びぃタロさまがともに未熟なのもそうで御座いニャスが……そこへ上乗せするように、相手の力量(レベル)が高いのですニャ」

「ああ……。見た事の無い奴に、見た事の無いポケモン。でも、見ているだけでも分かる」

 

 

 ごく、と唾を飲む音が聞こえる。

 それが誰のものだったのかは、このざわめきの中では、本人にすら分からない。

 

 

 

「あいつら……相当鍛えてやがんだ。巡礼に出るより前から……!」

 

 

 

 リクがそう口にした直後、彼の視線の先では、びぃタロが無様に地面を転がる光景が展開されていた。

 散々に体力を消耗させられたところへ、フカシオの“たいあたり”で蹴飛ばされたのだ。

 

 

「ああっ、びぃタロっ!?」

「し……び、びぃ……っ」

「……これで分かった筈だ。まともに巡礼の旅に出るなら、おれ程度の実力は()()()だと。おれのフカシオに翻弄されるようでは、ジムリーダーの1人も倒せまい」

 

 

 赤い目だ。

 ずっと、ずっと、少年の真っ赤な視線が、いやに印象に残っていた。

 

 あの目で()めつけられると、まるで心の弱い部分を見透かされているような、そんな気持ちになってしまう。

 それは錯覚か、或いは……。

 

 

 

「“リンネの儀”は遊びじゃない。半端な気持ちで、『霊峰を目指す』なんて口にするな。()()()()()()()()()()なんて、ロクに知らない癖に」

 

 

 

 その冷ややかな眼差しは、少女の知らない()()()を確かに物語っていた。




この後【15:00】より1回目の追加投稿を行います。
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