ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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今日2話目の投稿です。ご注意ください。


Lv.29「ゼンリョクバトル」

「甘い考えで最果てを目指すつもりなら、やめておけ。覚悟も無しに挑んだところで、お前もポケモンも、無駄に苦しむだけだ」

 

 淡々と、そこに悪意も嘲笑も無く。

 ただ冷たく告げるその声と、真っ赤な瞳に、ソラは心臓が射抜かれたかのような感覚に襲われた。

 

 

「……っ」

 

 

 ドクン、ドクンと。

 己の心臓の鼓動が、嫌でも耳に届く。

 

 尋常らしからぬ荒い呼吸が、自分の口から発せられているものだと自覚するのに、彼女は数秒を要した。

 

「あの男の子、やるなぁ」

「見た事が無いポケモンだけど、相当育てられてる。トレーナーの腕がいいんだろうな」

「女の子の方は……こりゃあ、勝ち目が無いかもな」

「いいとこは行ってたかもだけどなぁ。相手が悪いよ」

 

 観衆たちの無責任なコメントが、バトルコートを飛び交う。

 そこに悪意こそ無いものの、少女の集中を乱すには十分過ぎる言葉たちだ。

 

 

「まだだっ! まだ勝負はついてないぞーっ! ソラ! ここから逆転だー!」

「周りの声に掻き乱されニャいでください! ご自身のポケモンを、びぃタロさまだけを見るので御座いニャス!」

 

 

 それらを掻き消そうと、リクとニャースが必死に声を荒げる。

 少女の心を折らせまいと、荒ぶらせまいと、ひたすらにエールを送り続けている。

 

 

「……ふふ」

 

 

 魔女だけは、年の功か、何も語らず微笑むだけ。

 彼女の手元で、メザマメのミツと氷の入ったグラスが、カランと揺れた。

 

 

「……」

 

 

 ドクン、ドクンと。

 絶えず鼓動を繰り返す心臓が、そのビートを、少女の脳に色濃く伝えてくる。

 

「必要以上にポケモンを傷つける意味も無い。戦う気が失せたのなら……」

「……れでも」

「なに?」

 

 零された呟きを拾いかねて、問い返す。

 顔を上げた少女の顔は、前だけを真っ直ぐに見据えていて。

 

 

 

「それでも、わたしは……家族に、会いたいんです……!」

 

 

 

 その言葉に、少年は一瞬、息を呑んだ。

 

 

「……!」

「こんな事言われても、何がなんだかって感じでしょうけど……それでもわたしは、“リンネの儀”を完遂する事が、わたしの家族に会う事に繋がるって信じてる。その為にも、この世界の事をより多く、より詳しく知りたいんです」

 

 

 脳裏に思い描くのは、スマホロトムに残された動画の中の、教鞭を執る父の姿。

 どんなに“うっかりや”で、どんなにおっちょこちょいでも、動画の中の父はいつだって好奇心旺盛で、色んな事を知ろうとしていた。

 

 実際に父に会えた時、自分がどんな顔をしているか。それはまだ分からない。

 けれども、確かに分かる事はある。

 

 

「この“マハルの地”を巡り、この世界の事をたくさん知る。そうして霊峰に至った時……わたしはきっと、この世界の事を好きになっている。父さんも、きっと同じだっただろうから」

 

 

 父はきっと、この世界の事をより知ろうとした。

 父はきっと、この世界の事を好きになっていた。

 

 それはきっと、自分も同じなのだろう。

 

 

(……やはり、血筋は争えないのでニャスね。それは紛う事なく、ぼっちゃま譲りの好奇心ですニャ)

 

 

 観衆の中からソラを見て、ニャースは心の中でそう呟いた。

 

 1度知りたいと思った事はなんでも調べ、なんでも知ろうとする。

 その飽くなき好奇心は、彼女の父、クレオメ博士そっくりのものだった。

 

 

「わたしたち、まだやれます。そうよね? びぃタロ」

「……びぃっ!!」

 

 

 例え己の身が傷つき、痛もうとも。

 それが友であり主の言葉であれば、奮い立つのが己の役目。

 

 そう言わんばかりに、びぃタロもまた復帰し、気合一杯に拳を振るう。

 それに驚いたのは、向かい立つ名無しの少年だ。

 

 

「今のわたしじゃ、説得力のある言葉なんて何1つ吐けない。……でも少なくとも、この世界を知りたい、好きになりたいって感情は、確かにわたしの中にある。巡礼に挑む心意気としては……これでもまだ、不十分ですか?」

 

 

 観衆の声も、リクの声も、ニャースの声も、心臓の鼓動すら。

 今は、何も聞こえない。自分の心を乱す“音”たちを、例えこちらを慮ったものだったとしても、今だけは聞こえないフリをする。

 

 彼女の目と耳を支配しているのは、自分と、少年と、びぃタロと、フカシオ。

 バトルコートの上に立つ者たちの姿と声だけに、彼女は意識を割いていた。

 

 

「……いいだろう」

 

 

 少年が、腰のボールホルダーに手を添える。

 その手が、先ほど倒れたガプリコを収めたものでなく、「使わない」と宣言していたボールに添えられているように見えるのは、果たして遠目からの錯覚故か。

 

「それが上辺だけの言葉ではない事を祈るばかりだ。……フカシオ、まだ動けるな?」

「キヨミズゥ……!」

「来る……! びぃタロ、ここからが本番よ!」

「しぃ……びっ!」

 

 自らの相棒と言葉を交わし、相手に意識を向ける。

 

 受けた攻撃はともに大きく、されど戦闘続行は可能。

 腕試しの試合と言えど、これがポケモンバトルであるならば、ゼンリョクを出さない理由は無い。

 

 

「相手は手負い、もう当たる範疇だ。“ねんりき”で終わらせろ」

「っ、させない! “みずでっぽう”!」

 

 

 即座の命令に呼応して、フカシオのサイコパワーが高まる。

 その速度にやや遅れる形で、ソラが咄嗟の指示を叫んだ。

 

「シオミズ……!」

「びびぃっ!!」

 

 “なみだめ”によって下がった“とくこう”。タイプ相性による不利。

 それらを重ね合わせれば、到底“ねんりき”を打ち消せる筈も無い、チャチな水流。

 

 そこへ、重ねるように叫ぶ。

 

 

「──()()()!」

 

 

《びぃタロの みずでっぽう!》

 

 

「……! これは……」

 

 相手に当てるのではなく、周囲に撒き散らすようにして、“みずでっぽう”を放つ。

 どれだけ威力が下がろうとも、わざを出せる事には出せる。そして威力が下がった分、その勢いはシャワーの如し。

 

 あとは簡単な話だ。

 そのシャワーめいた勢いの“みずでっぽう”を振り撒けば、相手の視界を塞ぐ程度の事ならできる。

 

 

「衰えた威力を利用しての目眩ましか。だが……?」

「──びびっ!」

 

 

 そこで、少年は見た。

 自らが放った水のカーテンを飛び越えて、デシエビ(びぃタロ)がこちらへ接敵している事に。

 

「“しっぽをふる”!」

 

 

《びぃタロの しっぽをふる こうげき!》

 

《あいての フカシオの ぼうぎょが さがった!》

 

 

「びぃっ、びー!」

「シ、シオ……!?」

 

 フカシオの眼前に着地したその瞬間、着地の衝撃を利用して尻尾をたゆませ、更に飛び跳ねる。

 バネのように伸縮を繰り返す尻尾によって、びぃタロはフカシオの周囲をグルグルと飛び交い、翻弄する。

 

 それは、野生のデルビル相手に行った撹乱戦術と同じものだった。

 

 

(“アクアジェット”は素早い分、わざの出だし……()()()()()()の判断を乱せば、すぐには撃てなくなる!)

 

 

 ソラの読み通り、フカシオは自身の周囲をグルグル飛び回る相手の動きを読みかねて、どう攻撃したものかと逡巡しているようだった。

 そうしている間にも、わざの効果によって“ぼうぎょ”が下がっていく。

 

 

「ち……面倒だ。“ねんりき”で360度を吹き飛ばせ!」

「させない……! びぃタロ、相手の攻撃に合わせて!」

 

 

 サイコパワーが高まり、ちゆりんを一撃で仕留めた大技、その発動が近付く。

 “じゃくてんほけん”によって向上した“とくこう”と、何のタイプ相性も無いが故の、半減されないダメージ。

 

 それに対して、回避──ではなく、迎撃を選んだ主の叫びに、びぃタロは一瞬だけ動きを迷うも、すぐに応えた。

 相手の前面に着地すると同時、尻尾をグッと曲げてその場を踏み締め、己の武器たる拳をしかと構え──

 

 

「──“れんぞくパンチ”!」

「──びぃあっ!!」

 

 

《びぃタロの れんぞくパンチ!》

 

 

 まずは一撃。

 アッパーカット、と言うには前方かつ斜め上を狙った下段からの拳が、フカシオの顎に当たる部分を打ち据える。

 

「ミィ──!?」

「び──びぃっ!」

 

 次いで二撃。

 右の拳が相手を捉えると同時、畳み掛けるように左の拳が、今度は顔の側面を撃ち抜くフックを仕掛けた。

 

「シ、ミィ……」

 

 そこでようやく、練られようとしていたサイコパワーが霞み、揺らぐ。

 更なる三撃目は、真正面からのストレートを──

 

 

「“たいあたり”だ! 無理やりにでも押し倒せ!」

「──ズゥッ!!」

 

 

 主の叫ぶ声に、チカチカ眩む目を開いた。

 

 

《あいての フカシオの たいあたり!》

 

 

 体のふらつきを逆に利用して、強引に押し潰さんとする水の体。

 如何に体が水でできているとはいえ、サイコパワーによる補強の為された水は、硬く重たい。

 

 “たいあたり”もまた、ノーマルタイプのわざであるが故に、みずタイプとの相関は無く──つまりダメージ等倍。

 “ビルドアップ”の重ねがけによる強化があるとはいえ、当たればまず大ダメージの避けられないそれを前に。

 

 

「──押し込んで!」

「び──びぃいいいっ!!」

 

 

 繰り出す指示は、被弾覚悟のゼロ距離迎撃。

 “れんぞくパンチ”、その三撃目と四撃目を、迫る水の塊に向けて一気に放つ。

 

 

《4かい あたった!》

 

 

 かたや、もちものによるブーストの入った、シンプルな押し潰し。

 かたや、一撃一撃は小さいが、わざによって強化された連続攻撃。

 

 それらが、まったく同時に叩き込まれて──双方が、衝突の衝撃によって後方へ吹き飛ぶ。

 

 

「びぃっ!?」

「ミズゥ……ッ!?」

 

 

 地面に叩きつけられ、かは、と空気を吐き出して。

 それから数秒、ともに起き上がる兆しなし。

 

 

「ど、どうなったんだ……?」

「両方、倒れた……?」

 

 

 頓に騒がしくなる観衆。

 その中にあって、ソラも少年も、己のポケモンだけをじっと見据えていた。

 

「ソラ……びぃタロ……!」

「どうか、どうかご無事で……!」

 

 リクたちが固唾を呑んで見守る中、審判の男性もまた、ううむと困ったように思案する。

 しかし、どれだけ悩んでも結果は明らか。ならば、宣言するしかない。

 

 

 

「ふ、フカシオ、デシエビ。ともに、戦闘不のっ……!?」

「び……びぃっ、びびぃ……!」

「シィ……ミィ、ズゥ……!」

 

 

 

 誰かが、息を呑む音がした。

 ソラと少年だけが、驚きではなく、当然と言わんばかりの心地でいた。

 

 人々が見守る先、ボロボロになった筈のびぃタロとフカシオが、なおも立ち上がり、戦闘続行の意志を露わにしていたのだ。

 

 

「マジかよ……」

「あそこで、まだ立てんのか」

 

 

 どちらの側も、もう“ひんし”寸前で、いつ倒れてもおかしくない。

 もしかしたら、ちょっと小突いただけで気絶してしまいそうな、それほどのダメージを身に受けて。

 

 それでも、立っている。

 

 何故ここまでと、そう呟く者がいる。

 これはあくまで、旅立ち前の前哨戦。勝っても負けても、縁起に擬えていい門出となりますように。そう祈るだけの、ゲン担ぎでしかない。

 

 そんなもの、決まっている。

 

 

「やれる、よね。やれるね、びぃタロっ!」

「びぃあっ!!」

「面白い。……勝つぞ、フカシオ」

「キ、ヨォ……ミッズ!」

 

 

 どんな立場でも、どんな思想でも、どんな人間でも、関係無い。

 ポケモントレーナーであれば、目の前のバトルにゼンリョクを注ぐのは、当然の事なのだから。

 

 

「これで決めて! ──“れんぞくパンチ”!」

「終わらせろ。──“ねんりき”!」

 

 

 連撃の構えをしながら、相手へ突撃するびぃタロ。

 しかし、彼が相手の眼前へ到達するよりも、フカシオが練り上げたサイコパワーを放つ方が、幾分か早い。

 

 パンチを繰り出すよりも、数瞬前。

 空間を歪め、敵を吹き飛ばすほどのエネルギーが、今──

 

 

「シ、オミ……ッ!?」

 

 

 弾ける電気に体を侵され、膝をつく。

 練られていたサイコパワーも、たちまちに霧散した

 

 

《あいての フカシオは からだが しびれて うごけない!》

 

 

「っ!? ここでか……!」

「──そこ! 飛び込んで!」

 

 確かに、よく鍛えられたフカシオは、体の“まひ”からもすぐに復帰する事ができる。

 だが、今この場においては、それよりも──びぃタロが相手の眼前へ到達する方が、幾分か早い。

 

「し、びぃあ──っ!!」

 

 

《びぃタロの れんぞくパンチ!》

 

 

 一撃。右のフックが、頭部の側面を捉える。

 二撃。左のストレートが、頬に捩じ込まれる。

 三撃。右のアッパーが、顎をかち上げる。

 四撃。左の拳が振り下ろされ、鼻先を打ち据える。

 

 そうして、最後の伍撃。

 ググッと強く握られた右の拳を、居合いの如く腰に溜め、放つは渾身の右ストレート。

 

 

「行っ──けぇえええっ!!」

 

 

 少女の声に遅れて、大きな打撃音が響く。

 誰もが、それが決着の音であると理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《4かい あたった!》

 

 

 

──ただしそれは、びぃタロの勝利を意味してはいなかった。

 

 

 

「……え……?」

 

 

 グラ……と、小さい体が横に揺らぐ。

 体に刻み込まれた負担が、彼に意識を手放させ、“ひんし”という結果をもたらす。

 

 そうして見えたのは、びぃタロの体によって塞がれていた、向こう側の景色。

 そこに立つフカシオはまるで、タックルを放つ寸前のような体勢のまま、動きを止めていた。

 

 

《あいての フカシオの たいあたり!》

 

《びぃタロは たおれた!》

 

 

「わざを繰り出した瞬間こそ、最も威力が高くなる……。ゼロ距離での“たいあたり”だ、避けられる道理は無い」

 

 自らの勝利を確認し、少年は肩の力を僅かに抜く。

 その額からは、つぅ……と、一筋の汗が流れていた。

 

 

 

《ソラの てもとには たたかえる ポケモンが いない!》

 

 

 

 静まり返る周囲。

 彼らはバトルの勝敗を上手く認識できず、出すべき言葉を迷っていた。

 

 初めに我に返ったのは、審判だ。

 どちらが倒れ、どちらが立っているのか。それをやっとの事で理解し、今度こそ、正しい決着を高らかに。

 

 

 

「デシエビ、戦闘不能! よって勝者、名無しの少年!」

 

 

 




この後【18:00】より2回目の追加投稿を行います。
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