バチッ!というスパーク音が、岩だらけの山道に響き渡る。
昼下がりの空を、弾けた閃光が一瞬だけ白く塗り潰し、すぐに元の空へと戻す。
ポケモンについて詳しい者であれば、それらがでんきタイプのわざによって発生した事象だと理解する事ができるだろう。
それを証明するかのように、再度の閃光ののち、小規模ながら爆発音と黒煙が発生する。
「ら、らいお……」
黒煙から抜け出すように転がり現れたのは、わかじしポケモンのシシコ。
その体表では、バチバチと小さな電気が弾けては消えており、“まひ”状態に陥っているのは一目瞭然だ。
「りっ、りぃおん……!」
「ぴーちゅっ!」
己の体をそんな状態にした相手へと、弱々しくも鋭い視線を返す。
果たしてそこにいたのは、頬の電気袋を帯電させたこねずみポケモン──ピチュー。
「れおっ、にぃ……っ!」
シシコは口から炎を迸らせ、それを小さな火球として吐き出す。
狙うは当然、ピチューの体ど真ん中。当たればたちまち炸裂し、あの矮躯を“やけど”させる事だろう。
だが、そんな結末は訪れない。
「──右に避けて、ちゆりん!」
「ぴっ──ちゅーりっ!」
耳へ飛び込んできた少女の声に、ピチュー──ちゆりんは即座に反応し、右に向かって跳ね跳んだ。
その横を火球がすり抜けて飛んでいき、岩肌に当たって炸裂する。
「りお……っ!?」
「隙あり! “でんきショック”で──とどめっ!」
「ぴぃぃぃっ、ちゅーっ!!」
電気袋より溢れ出した高圧電流を、ちゆりんは迷う事なく解き放ち、シシコへ向かって投射する。
回避しようにも体はボロボロで、おまけに“まひ”すらしている始末。とてもじゃないが、避けられそうにはない。
投射された電流が直撃したが最後、暴れ狂う電流は再びの爆発を起こし、わかじしポケモンの周囲を黒煙で覆い隠した。
しかし、それも数秒の内。すぐに煙は晴れ、そこには……。
「らぁ……い、ぉお……」
目をグルグル渦巻かせて倒れ伏す、哀れな野生ポケモンの姿があった。
相手がもう立ち上がらない事をよくよく確認して、ちゆりんは振り返り、己の主へと呼びかける。
「ぴっちゅ!」
「うん、分かってる。──それっ!」
ひゅ、と空気を裂く音を伴って飛翔するは、赤と白の色合い鮮やかなモンスターボール。
滑らかに、それでいて真っ直ぐと飛来したそれは、着弾と同時、標的──シシコを、己の内部へと格納する。
コロリ、とゴツゴツ石ころだらけの道に落ち、1度だけブルリと震え。
やがてパチン!という軽い音を放った後、ボールはそれっきり動かなくなった。
「やった! ありがと、ちゆりん!」
「ぴっちゅっちゅー♪」
お褒めの言葉をもらい、嬉しそうに胸を張るちゆりん。
そんな彼女に笑いかけながら、パタパタと戦闘の起きていた場へ近付き、地面に落ちたモンスターボールを拾い上げる1人の少女。
その正体は勿論、ソラである。
駆け寄ってきたちゆりんを片手で抱き留め、いい子いい子と撫でてやる。
そうして、手に取ったボールを天へ突き上げた。
「よっし。シシコ、ゲット! これで2番エリアのポケモンは大体捕まえたかな?」
「多分な。少なくとも、オイラが知ってる範囲のは大体見たと思うぜ」
そこへ声をかけてきたのは、今まで観戦に徹していたリク。
ニャースは彼らに代わって、周囲から新しい野生ポケモンが近付いてこないか、見張りを担当している。
ここ2番エリアは、カロンタウンより繋がる道の内、ウツシタウンに続く1番エリアとは真逆──西方面に広がる山岳地帯だ。
カロンタウンを出発してから数時間歩いてきたが、進むにつれて植物が見られなくなり、ゴツゴツとした岩肌や、石ころばかりが目立つようになってきた。
船出仕合に向けた特訓では、ここまでは進んでこなかった為、ここから先は初めてのエリアになる。
それを表すかのように出現し、交戦したのが、今しがた捕まえたばかりのシシコである。
なお、それ以外にも野生ポケモンは多く生息しており、大体は先の特訓期間中に捕獲し、ボックスシステムを利用してルスティカ博士へ送信済み。
ちゆりん以外の1番エリア出身のポケモンたちも、今頃はウツシタウンで博士の研究や、町の仕事を手伝っている頃だろう。
「にしても今の捕獲、ボールが1度しか揺れなかったな。なんかの不具合か?」
「ああ、それは多分“ほかくクリティカル”よ。狙って出せる訳じゃないけど、たまにボールがポケモンに上手く命中すると、いつもより捕獲が成功しやすくなるの」
「へぇー! そんなのがあったのか。さっすがポケモン博士、なんでも知ってんな」
「なんでも、じゃないけどね。基礎的な知識なら、色々調べて知ってるってだけで」
そんな会話をしていると、ニャースがこちらへ近付いてくる。
見張り役の彼がこちらへ来たという事は、周囲にポケモンや怪しい影は無いという事だ。
「お疲れ様ですニャ、ひいさま。お怪我などは御座いませんかニャ?」
「うん、大丈夫だよじいちゃん。そっちは?」
「ええ。近くに敵影などはありませんでしたニャ。ですが……」
「ですが?」
首を傾げるソラに対して、ニャースは困った風な顔をして、遠くを指差してみせた。
それは、これから向かう先……西方面に切り立つ、大きな崖のある方向だった。
「なんというか、妙なものがありニャして……」
「それって……どういう?」
「見てもらった方が早いでニャしょう。と言っても、ニャーの視力ゆえに見えたもの。ロトム図鑑を使ってみてくださいニャし」
「うーん……? まぁ、じいちゃんがそう言うなら。出てきて、ロトム」
「ケテー!」
ソラの呼びかけに応え、パーカーのポケットから飛び出してくるロトム図鑑。
カメラ機能を起動し、映し出された景色にズームをかけながら、ニャースの指した方向を見てみると……。
「……岩が……浮いてる?」
「はいですニャ。それも、複数。大きめの岩がフワフワと“ふゆう”して、しかし落ちる様子を見せニャせん。危ないのやら安全なのやら、それを測りかねておりニャして……」
「でも、あれ……」
更にズームをかけて、細かく観察する。
確かにニャースの言う通り、崖の周囲には、成人男性よりも2回りほど大きな岩が、いくつも浮いている。
その大きさはまちまちだが、少なくとも、人より小さなものは見受けられない。
そして、何よりも。
そうして浮いている岩たちは、ぼんやりと、淡い緑色の光を帯びていた。
「あれ……もしかして、リバーテル結晶?」
「ん、アネキから聞いてないのか? リバーテル結晶ってよ、ある程度の大きさになると
その言葉に、ギョッとしてリクを見やる。
頭の後ろで手を組んで、彼はなんでもないように解説を続ける。
「理由とかは分かってねーんだけどさ。ある程度の大きさと密度、そんで空気に触れると、ああして浮き上がるらしいぜ。不思議だよなー」
「って事は……あれ、人が乗っても大丈夫なの?」
「らしいぜ? と言っても、砕けたりして量や密度が減ると落ちてくるって話だから、そこは気を付けなきゃな。それにただ浮いてるだけだから、今んとこ動力に使えた試しは無いそうだし」
聞けば聞くほど、摩訶不思議な話である。
単に石が浮くだけであれば、イッシュ地方の“でんきいしのほらあな”のように、地上でも似た現象は起きている。
しかしそれは、あくまで帯電した石と石が磁石のような作用を起こしているが故の事であり、石そのものに浮く特性がある訳ではない。
リバーテル結晶の持つ不思議な作用は、ソラの知識の外に存在するものだった。
「(そういえば、この世界のソルロックとルナトーンの体内にも、あの結晶があるのよね。彼らが浮いてるのってもしかして……)それはそうと、あの浮いてる岩が見えた……って事は」
「応。次の街へ続く道、“ギムレの
ソラたち一行が、巡礼の最初の目的地として向かうのは、風の街プルガーシティ。
だが、カロンタウンからそこへ向かうには、先述した切り立つ崖が障害として立ちはだかる。
登るのも降りるのも難しく危険な崖を、そのまま越えるのは至難の業。
しかし崖の麓に空いた穴──即ち“ギムレの洞穴”を通る事で、プルガーシティへ続く3番エリアに出る事ができるのだ。
「では、ひいさま。洞穴に入る前に今一度、ポケモンたちのコンディションを整えておくべきかと思いニャス」
「それもそうね。それじゃあ……」
腰のホルダーからモンスターボールをすべて取り外し、一斉に投げ放つ。
ボールから出たままのちゆりんを除き、飛び出してきたポケモンたちは……。
「びっ!」
「けるりるり~♪」
「れ、れお……?」
「るび」
デシエビのびぃタロ、ハルドリのはるりん。
そして今しがた捕まえたばかりのシシコと、同じく道中で捕まえた野生ポケモン、あなほりポケモンのホルビー。
ホルビーとシシコは手持ちとして確定させず、プルガーシティに到着し次第、パソコンで博士に送る予定になっている。
しかし、それまでの道中に何があるか分からない為、何よりポケモンを傷ついたまま持ち歩かない為にも、ここで手当てをしておく事にしたのだ。
「はい、ちょっと沁みるわよ」
「れお……りっ!?」
「ごめんね、暴れないでね。……はい、これでまず“まひ”は治った」
シュッ、とスプレー式のまひなおしを塗布して、シシコの“まひ”を治す。
元はと言えば、ちゆりんの“ほっぺすりすり”によって与えられた状態異常なのだが、自分たちが与えたものだからこそ、ここでしっかり治しておく。
「リク。キズぐすりってまだ残ってる?」
「あるぞー。ほら、これ」
「ん、ありがと」
受け取ったのは、陶器の瓶に入れられた軟膏。
これを指で軽く掬い、先のバトルで負った傷に塗りつけていく。
軟膏が傷に沁みて悶えるシシコだったが、腕の内に抱きかかえられ、かつ頭を撫でられながらの治療に、徐々に落ち着きを取り戻したようだ。
一通り塗り終われば、見る見る間に傷は治癒の兆しを見せ始める。
あとはポケモン自身の自然治癒力によって、あっという間に回復していくだろう。
よしよしと、頭からうなじ、背中にかけてを優しく撫でる。
その内、ゴロゴロと喉を鳴らし出した。先のバトルも合わせて、ソラの事をトレーナーとして認めたのだ。
「それにしても凄いわね……。わたしと同じくらいの年なのに、薬を
「ま、こればかりは環境の差だな。おいらの家……ってかウツシタウン全体が薬作りを生業にしてるからさ、あの町の子供は自然と覚えるんだ」
シシコを放してやり、今度はホルビーの手当てを進めながら、そんな事を話す。
そう。旅にあたってソラたちが持ち歩いているキズぐすりやどくけし、まひなおしなどの薬類は、そのすべてがリクの家で作られたものである。
そして今語られていた通り、リクもまた、その技術を身につけている。材料と道具さえあれば、どこでもキズぐすりを
「前にも言ったけど、おいらは結構鼻が利くからさ。薬草やきのみの匂いを嗅ぎ分けて、薬を作るのが上手いって、よく褒められたもんさ」
「そのおかげで、こうやってポケモンの手当てが楽にできるんだから、本当に助かるわ。……はい、あなたはこれでおしまい」
「るびる」
ぽん、と背中を叩いてやると、ホルビーはのほほんとした顔で腕の中から飛び降り、周囲をボケーっと眺め出す。
バトルした時からそうだったが、どうにも“のんき”な性分らしい。
「それにしても、よかったのでニャスか? ニャーたちに薬の作り方を教えてしまっても……」
「そりゃ旅なんだからさ、1人でも作り方を知ってる奴が多い方が得だろ? それに──わぷっ!? こらこら、暴れんなって」
「むきゅーっ! きゅっ、きゅ!」
自分の手当てに集中しろ、とウェボムが飛び跳ねて主張する。
彼女の全身を使ったアッパーカットを喰らいつつも、なんとか抱き留めて治療を再開し、リクは改めてソラを見やる。
「それに、ソラたちは悪用なんかしないだろ?」
「……随分、信頼してるのね」
悪い気分ではないが、少しこそばゆい。
そんな感情を喉の奥に押し込んで、他の手持ちポケモンたちの手当てを進めていく。
「──よし。これで全員の手当ては終わったな」
「そうね。皆、ボールに戻って──」
「りるり!」
ぱたぱ、と翼をはためかせ、はるりんが何かを強く主張する。
突然なんだと見てみれば、びぃタロやちゆりん、他のポケモンたちも、じっとこちらを見上げてきているではないか。
「ははっ、バトルを頑張ったおやつが欲しいんじゃないか?」
「出発前に、ニャーが宿屋の台所をお借りして焼いたポフィンがまだ残っていた筈で御座いニャス。それをお与えになりニャスか?」
「……そうね。お願い」
鼻から息を吐き、肩を竦める。
確かに、本格的に突入する前の休息としては悪くないだろう。
そう納得し、ニャースが鞄からポフィンの入った袋を取り出すのを見ながら、ソラは遠くの岸壁を見やる。
(“ギムレの洞穴”……か。地上にもポケモンの住む洞窟はたくさんあるけど、一体どんなところなのかな)
「りーるりっ!!」
「こーら、好き嫌いしてはいけニャせん! ちゃんと“にがい”味のも食べるニャス!」
後ろのやり取りを聞き流しつつ、新たな未知を目前に、胸を高鳴らせる少女。
……それがまさか、あんな事態になるなどと。
この時は、誰も予想だにしていなかった。
マハル図鑑 No.040
【シシコ】
ぶんるい:わかじしポケモン
タイプ:ほのお・ノーマル
とくせい:とうそうしん/きんちょうかん(じしんかじょう)
ビヨンド版
群れを 離れて 独り立ち する までの 期間が 短い ほど 将来 優秀に 育つ という。
ダイブ版
すぐ 熱くなる 性格だが 1度 認めた 相手には とことん 懐き 従順に 振る舞うぞ。
マハル図鑑 No.046
【ホルビー】
ぶんるい:あなほりポケモン
タイプ:ノーマル
とくせい:ものひろい/ほおぶくろ(ちからもち)
ビヨンド版
穴を 掘る 為に 鍛えた 耳は それ 自体が 武器となり 天敵と 戦う 時に 重宝する。
ダイブ版
パタパムの 鳴き声を 聞くと すぐ 穴を 掘って 隠れるが 大抵は その前に 捕まる。
この後【15:00】より1回目の追加投稿を行います。