「──ぷ、はぁっ!? よ、ようやくどっか行ってくれた……」
「む、むきゅぅ……」
「ニャーの毛並みもボサボサでニャス……。酷い目に合いニャした」
……一方、混乱したズバットたちに襲われていたリクたち。
いくらか繰り返された衝突ののち、彼らがやっとの事で飛び去っていった事で、ホッと息を吐き出していた。
体中、至るところが切り傷擦り傷、或いは噛み傷に引っかき傷だらけ。
怪我というほどでは無いものの、ジクジクとした痛みが目に染みている。
「こ、ここどこだ……? ズバットで前がよく見えなかったし、めちゃくちゃに走ってたから、もう洞窟のどの辺なのか分かんないや……」
「ニャス……。ピリベルたちの鳴き声はまだ聞こえてきておりニャスが、反響に反響を重ねて、もうどこから聞こえてきているのニャら……」
事実、先ほどよりも勢いは落ちているものの、ピリベルの警戒アラームは今なお洞窟内を反響し続けている。
それに交じって聞こえてくるズバットたちの鳴き声と合わせると、恐らくさっきの群れの何匹かが不運にも
けたたましい音と音とが反響を繰り返し、最早、周囲の環境音さえまともに聞き取れない有り様だ。
辛うじて、
「──ソラ? あれ、ソラは!? びぃタロもいないぞ!?」
「っ!? ほ、本当ニャス! ひいさまが……ひいさまが、どこにもおりニャせん!?」
今になって気付いたのか。彼らをそう責めるのは、些か理不尽というものだ。
だが現実として、ソラとびぃタロ──彼らが最も守るべき相手は、気付かぬ内にすっかりはぐれてしまっていた。
「まっ、不味いニャス! 今すぐ戻りニャせんと、ひいさまが……っ!」
「落ち着け! そもそも今いるのがどこで、ソラたちとどこではぐれたのかすら分からないんだぞ!? 無闇に動いたら、より迷うだけだ!」
「でニャスが……!」
お互い、冷静さを失っているのは自覚できている。
だが、感情が自覚に追いつかない。なんとかしなければという焦燥感が、チリチリと首筋を焦がすようで。
「無事でいてくれよ、ソラ……!」
「──っ、きゃあああああ!?」
落ちる。落ちる。上へ落ちる。
落ちる方向が真逆という事を除けば、ソラの体は、通常の落下とほぼ同じ挙動を強いられていた。
自らを引っ張る動きに逆らう事ができず、空気が自身の体を吹き抜けていく感覚、内蔵の浮き上がる感覚が、代わる代わる訪れる。
時折、空中に投げ出された足が、穴の壁面にガリガリと引っかかる。
整備などされている筈が無く、剥き出しの尖った岩が肌を傷つけ、痛みを走らせる。
「……っ!」
「びきゅっ!?」
自分とともに落下の運命を辿ってしまったびぃタロを、胸の内に抱き留める。
どうにか空中で体を丸め、彼を庇うように抱え込んだ。
これなら最悪、
「──あ、ぎっ!?」
バチン!と、何かが弾ける音がする。
落下方向に張られていた
それと同時に感じるのは……全身を駆け巡る電流。
電流のショックが背中を伝い、痛みと熱がソラの頭の中で弾けた。
「な──きっ!? ぐ……み──っ!?」
それからも数度、
痛みとショックで感覚が狂う中、胸の内のこの子だけは傷つかせまいと、より体を丸めていく。
「びぃっ! び、びーっ!」
「だい、じょうぶ……大丈夫、だから……」
胸の中で、びぃタロが必死に藻掻き、こちらを案じるように叫んでいる。
電流のショックこそ苦しいが、何度も
これなら、天井にぶつかった時の衝撃も、それなりに軽減されるかもしれない。
「せめて、あなただけは……」
背中越しに、終点が近付いている事を、なんとなしに知覚する。
自分の体そのものを、彼を守るクッションとするべく、全身に力を入れる。
数秒と経たず訪れるだろう致命的なインパクトに、ギュッと目を瞑り……
「──ケテーッ!!」
その駆体を為すポケモン図鑑の中から、更に生身のロトムが飛び出してくる。
彼(或いは彼女)は、今まさに天井へ衝突せんとする己の主人を認めると、その目を光らせ、身に纏うオーラを激しくスパークさせた。
彼らスマホロトムは本来、スマホなどの精密機械の制御用に調整された個体であり、バトルの為の訓練はまったく積んでいない。
それでも、持ち主の身の安全を守る為のフェイルセーフとして、ただひとつ与えられたわざがある。
「ロッ──トォーッ!!」
「──ッ……?」
“テレキネシス”。
相手を宙に浮かせ、地面の影響を受けなくさせる、エスパータイプのわざ。
ありったけの
それによって少女は一時、落下前に起きたのと同じ、中空でふわりと体が静止する感覚を味わった。
そのまま、彼女の体はサイコパワーによって体勢が整えられて、ふわりとした動きで天井へと着地する。
その瞬間にわざが途切れ、肩に重力を感じた直後、力を使い果たしたロトムがフワフワと落ちてきた。
「ケッ……ケ、テェ……」
「あ、ロトム……。わたしたちを助けてくれたのね……ありがとう」
「ロトミ……」
体に纏うオーラも薄れ、滑り込むようにして図鑑の中へ戻っていく。
それを確かめた瞬間、ソラの全身から一切の力が抜けて、その場に落ちるようにして座り込んでしまった。
「びっ!?」
「ご、めんね……びぃタロ。ちょっと……体が痛くて、頭がクラクラしちゃって……」
強く抱き締め過ぎていた腕の力を緩め、心配そうに見上げているびぃタロに、貼り付けた笑みを返す。
至極当然の事ながら、ソラの人生において、ここまでの距離を落下したのは始めての経験だった。
おまけに、落下中に引っかかった
バクバクと絶えず鳴る心臓の鼓動は、自分が今も生きている事をこれ以上なく証明している。
だが、それでも。
(死ぬかと……思った)
漫画やアニメにでてくる台詞のような、比喩表現などでは決してない。
リアルな「死」に直面した事への恐怖が、確かに彼女の脳を蝕んでいた。
「びぃ……びっ!」
「っ。……あ、はは。ありがと、ね」
腕の中から抜け出してきたびぃタロが、右肩に乗り、頭をポンポンと撫でてくる。
彼なりの労り方に、狂いそうになっていた情緒が僅かなりとも落ち着きを見せ、笑いかけるだけの余裕も戻ってきた。
「はぁー……随分上の方まで来ちゃったね。いや……
頭上にぽっかりと空いた穴を見上げる。
今の今まで自分たちが落ちてきた穴の中には、ところどころ剥き出しになったリバーテル結晶が見え隠れしていて、ほんの微かに光を放っていた。
だが、それらの光を以てしても、最初に自分たちがいた場所を目視する事は叶わない。
どうやら、相当な距離を落ちてきてしまったらしい。
外から見た崖の高さと併せて推察するに、今いる場所は丁度、崖の真ん中くらいだろうか。
だが、それよりも。
ソラにはひとつ、気がかりな事があった。
(さっきまでは、何がなんだかって感じだったけど……なんでか、
それは、ここまで落ちてくる過程でも感じたものだった。
頭が冷静さを取り戻した事で、それがより鮮明に理解できる。言葉ではなく、感覚で。
(まるで……
自分でも、何を言っているのかよく分からない。
だが事実として、今感じている感覚は、そのように形容するしか無いのだ。
元より自分が迷い込んだのは、天井にも地上の広がる摩訶不思議な世界。
従来の重力の道理など、てんで通用しない場所である。このような違和感の1つや2つ、覚えて当たり前と言うべきだろうが……。
「……兎に角、今はリクたちと合流しないと」
ともあれ、その辺りの考察は後でもできる。そう思い立ち、震える足をどうにか御して立上がる。
今は、リクやニャースたちを探して合流し、ここを無事に抜け出す事こそが先決だ。
穴の周囲は広々としていて、奥にも通路があるように見える。
どうやら、ただ穴の中に落ちた訳ではなく、未開のエリアに迷い込んでしまったらしい。
「そうと決まれば……って、びぃタロ? どうしたの?」
「びー……びっ?」
肩に乗っていたびぃタロが何かに気付き、ソラの背中に手を伸ばす。
もぞりもぞりと、何かを
「びび!」
「これが、わたしの背中に……糸?」
手に取ったそれは白くしなやかで、ワイヤーほどに太く、表面が微かにべたついていた。
自分の背中に貼り付いていたというそれの正体を、少女はすぐに理解する。
「もしかして……クモ糸? ここまで落ちてくる時に背中にぶつかったのって、ひょっとしてクモポケモンの巣だったのかな」
実際、アリアドスやワナイダーなど、粘性の糸を生成して巣や罠を作るポケモンはそれなりに存在する。
両端の引き千切れたような跡から見て、これはそういったクモポケモンの生成する糸なのだろう。
大方、穴の内部に作られていたクモの巣を、落ちてくる過程で壊してしまったのだと推察できた。
(それになんか……ピリピリする?)
手の中でしなだれるクモ糸に触れていると、ほんの僅かに、肌がピリピリと痺れるような感覚を覚えた。
まるで、
「びび……」
「びぃタロが嫌がってる……って事は、やっぱりでんきタイプのポケモンのもの?」
落下の最中に何度も浴びた電流の正体は、恐らくはクモの巣に張り巡らされていた“でんきショック”によるもの。
落下の速度とソラ自身の重さにより、クモの巣が一瞬の内に引き千切れた事で、それらへの接触も一瞬で済んだ。そう見るべきか。
そうなると、次に問題になるのは……
(じゃあ……この糸で巣を作っていたのは、
でんきタイプのクモポケモンとなれば、最も有力なのはでんきグモポケモンのデンチュラだろう。
主な生息地であるイッシュ地方では、洞窟の内部に巣を作って暮らしている事からも、この状況と概ね一致する。
だが、問題は。
もしも、
このクモの巣を作っていたポケモンの正体が、デンチュラや、ソラの知る既存のクモポケモンではなく、新種──
「──シィィィィィ……」
“
「──っ!? な、に……?」
突如、背中に大きな何かの気配を感じ、粟立つ体。
先んじて相手の正体を見てしまったびぃタロもまた、体を震わせソラにしがみついている。
恐る恐る……否、確かな恐怖を実感しながらに振り向けば、リバーテル結晶の淡い光が照らす中、そこにいた巨大な存在──ポケモンの姿がありありと見えた。
「シィィィィィィィィィィ……!」
胸部から生える3対6本の足は、アリアドスはおろか、オニシズクモのそれよりも細く長く、巨体と思われていたその体躯のほとんどを足の長さが占めている。
そして足の長さに反して頭部と胴体は小さく、ぷっくり丸々とした頭頂部に、
むしポケモンによく見られる“ふくがん”の代わりに、顔面はバイザーめいた硬質に覆われており、そこから浮かび上がる真っ赤な
「クモ、ポケモン……新種、の……!?」
果たして、少女の呟きを認識したのか。
地上の誰もその名を知らないクモポケモンは、その身に電気を纏わせながら放出し、その場一帯を明るく照らし出した。
「レパッ、シャァァァァァアアアアア!!!」
甲高い叫声が洞窟に反響し、こちらへの敵意を明確に露出する。
嫌でも理解できる。
ここは──奴の
この後【21:00】より3回目の追加投稿を行います。