ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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今日3話目の投稿です。ご注意ください。


Lv.33「クモの巣に絡め取られて」

「──ぷ、はぁっ!? よ、ようやくどっか行ってくれた……」

「む、むきゅぅ……」

「ニャーの毛並みもボサボサでニャス……。酷い目に合いニャした」

 

 

 ……一方、混乱したズバットたちに襲われていたリクたち。

 いくらか繰り返された衝突ののち、彼らがやっとの事で飛び去っていった事で、ホッと息を吐き出していた。

 

 体中、至るところが切り傷擦り傷、或いは噛み傷に引っかき傷だらけ。

 怪我というほどでは無いものの、ジクジクとした痛みが目に染みている。

 

 

「こ、ここどこだ……? ズバットで前がよく見えなかったし、めちゃくちゃに走ってたから、もう洞窟のどの辺なのか分かんないや……」

「ニャス……。ピリベルたちの鳴き声はまだ聞こえてきておりニャスが、反響に反響を重ねて、もうどこから聞こえてきているのニャら……」

 

 

 事実、先ほどよりも勢いは落ちているものの、ピリベルの警戒アラームは今なお洞窟内を反響し続けている。

 それに交じって聞こえてくるズバットたちの鳴き声と合わせると、恐らくさっきの群れの何匹かが不運にも出くわ(エンカウント)し、互いによりパニックを深めているのだろう。

 

 けたたましい音と音とが反響を繰り返し、最早、周囲の環境音さえまともに聞き取れない有り様だ。

 辛うじて、()()()()()()での会話ならば──

 

 

 

「──ソラ? あれ、ソラは!? びぃタロもいないぞ!?」

「っ!? ほ、本当ニャス! ひいさまが……ひいさまが、どこにもおりニャせん!?」

 

 

 

 今になって気付いたのか。彼らをそう責めるのは、些か理不尽というものだ。

 だが現実として、ソラとびぃタロ──彼らが最も守るべき相手は、気付かぬ内にすっかりはぐれてしまっていた。

 

「まっ、不味いニャス! 今すぐ戻りニャせんと、ひいさまが……っ!」

「落ち着け! そもそも今いるのがどこで、ソラたちとどこではぐれたのかすら分からないんだぞ!? 無闇に動いたら、より迷うだけだ!」

「でニャスが……!」

 

 お互い、冷静さを失っているのは自覚できている。

 だが、感情が自覚に追いつかない。なんとかしなければという焦燥感が、チリチリと首筋を焦がすようで。

 

 

「無事でいてくれよ、ソラ……!」

 

 

 

 

 

 

「──っ、きゃあああああ!?」

 

 

 落ちる。落ちる。上へ落ちる。

 

 落ちる方向が真逆という事を除けば、ソラの体は、通常の落下とほぼ同じ挙動を強いられていた。

 自らを引っ張る動きに逆らう事ができず、空気が自身の体を吹き抜けていく感覚、内蔵の浮き上がる感覚が、代わる代わる訪れる。

 

 時折、空中に投げ出された足が、穴の壁面にガリガリと引っかかる。

 整備などされている筈が無く、剥き出しの尖った岩が肌を傷つけ、痛みを走らせる。

 

 

「……っ!」

「びきゅっ!?」

 

 

 自分とともに落下の運命を辿ってしまったびぃタロを、胸の内に抱き留める。

 どうにか空中で体を丸め、彼を庇うように抱え込んだ。

 

 これなら最悪、()()()()()()()──

 

 

 

「──あ、ぎっ!?」

 

 

 

 バチン!と、何かが弾ける音がする。

 落下方向に張られていた()()に自身の体が引っ掛かり、落下の勢いと自身の重みによって、それが断ち切られた感触を背中に覚える。

 

 それと同時に感じるのは……全身を駆け巡る電流。

 電流のショックが背中を伝い、痛みと熱がソラの頭の中で弾けた。

 

「な──きっ!? ぐ……み──っ!?」

 

 それからも数度、()()に引っかかってはそれを断ち切り、その度に弾ける電気が彼女を苦しませる。

 痛みとショックで感覚が狂う中、胸の内のこの子だけは傷つかせまいと、より体を丸めていく。

 

 

「びぃっ! び、びーっ!」

「だい、じょうぶ……大丈夫、だから……」

 

 

 胸の中で、びぃタロが必死に藻掻き、こちらを案じるように叫んでいる。

 

 電流のショックこそ苦しいが、何度も()()にぶつかっては千切り続けた事で、落下の勢いが心做(こころな)しか鈍っているような気がした。

 これなら、天井にぶつかった時の衝撃も、それなりに軽減されるかもしれない。

 

 

「せめて、あなただけは……」

 

 

 背中越しに、終点が近付いている事を、なんとなしに知覚する。

 

 自分の体そのものを、彼を守るクッションとするべく、全身に力を入れる。

 数秒と経たず訪れるだろう致命的なインパクトに、ギュッと目を瞑り……

 

 

 

「──ケテーッ!!」

 

 

 

 上着(パーカー)のポケットから、独りでに飛び出すロトム図鑑。

 その駆体を為すポケモン図鑑の中から、更に生身のロトムが飛び出してくる。

 

 彼(或いは彼女)は、今まさに天井へ衝突せんとする己の主人を認めると、その目を光らせ、身に纏うオーラを激しくスパークさせた。

 

 彼らスマホロトムは本来、スマホなどの精密機械の制御用に調整された個体であり、バトルの為の訓練はまったく積んでいない。

 それでも、持ち主の身の安全を守る為のフェイルセーフとして、ただひとつ与えられたわざがある。

 

 

「ロッ──トォーッ!!」

 

 

《ロトムの テレキネシス!》

 

《ソラを ちゅうに うかせた!》

 

 

「──ッ……?」

 

 

 “テレキネシス”。

 相手を宙に浮かせ、地面の影響を受けなくさせる、エスパータイプのわざ。

 

 ありったけの電力(サイコパワー)を使い、ソラに与えられていた位置エネルギーを完全に消失させる。

 それによって少女は一時、落下前に起きたのと同じ、中空でふわりと体が静止する感覚を味わった。

 

 そのまま、彼女の体はサイコパワーによって体勢が整えられて、ふわりとした動きで天井へと着地する。

 その瞬間にわざが途切れ、肩に重力を感じた直後、力を使い果たしたロトムがフワフワと落ちてきた。

 

 

「ケッ……ケ、テェ……

「あ、ロトム……。わたしたちを助けてくれたのね……ありがとう」

「ロトミ……」

 

 

 体に纏うオーラも薄れ、滑り込むようにして図鑑の中へ戻っていく。

 それを確かめた瞬間、ソラの全身から一切の力が抜けて、その場に落ちるようにして座り込んでしまった。

 

 

「びっ!?」

「ご、めんね……びぃタロ。ちょっと……体が痛くて、頭がクラクラしちゃって……」

 

 

 強く抱き締め過ぎていた腕の力を緩め、心配そうに見上げているびぃタロに、貼り付けた笑みを返す。

 

 至極当然の事ながら、ソラの人生において、ここまでの距離を落下したのは始めての経験だった。

 おまけに、落下中に引っかかった()()から電流を幾度も浴びて、その度に味わったリアルな痛みと熱が、未だに頭を眩ませている。

 

 バクバクと絶えず鳴る心臓の鼓動は、自分が今も生きている事をこれ以上なく証明している。

 だが、それでも。

 

 

(死ぬかと……思った)

 

 

 漫画やアニメにでてくる台詞のような、比喩表現などでは決してない。

 リアルな「死」に直面した事への恐怖が、確かに彼女の脳を蝕んでいた。

 

「びぃ……びっ!」

「っ。……あ、はは。ありがと、ね」

 

 腕の中から抜け出してきたびぃタロが、右肩に乗り、頭をポンポンと撫でてくる。

 彼なりの労り方に、狂いそうになっていた情緒が僅かなりとも落ち着きを見せ、笑いかけるだけの余裕も戻ってきた。

 

 

「はぁー……随分上の方まで来ちゃったね。いや……()()()()()()()()、って言った方がいいのかな」

 

 

 頭上にぽっかりと空いた穴を見上げる。

 今の今まで自分たちが落ちてきた穴の中には、ところどころ剥き出しになったリバーテル結晶が見え隠れしていて、ほんの微かに光を放っていた。

 

 だが、それらの光を以てしても、最初に自分たちがいた場所を目視する事は叶わない。

 

 どうやら、相当な距離を落ちてきてしまったらしい。

 外から見た崖の高さと併せて推察するに、今いる場所は丁度、崖の真ん中くらいだろうか。

 

 だが、それよりも。

 ソラにはひとつ、気がかりな事があった。

 

 

(さっきまでは、何がなんだかって感じだったけど……なんでか、()()()()って感じがする。なんていうか、あるべき形に戻ったっていうか)

 

 

 それは、ここまで落ちてくる過程でも感じたものだった。

 頭が冷静さを取り戻した事で、それがより鮮明に理解できる。言葉ではなく、感覚で。

 

 

(まるで……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、みたいな……)

 

 

 自分でも、何を言っているのかよく分からない。

 だが事実として、今感じている感覚は、そのように形容するしか無いのだ。

 

 元より自分が迷い込んだのは、天井にも地上の広がる摩訶不思議な世界。

 従来の重力の道理など、てんで通用しない場所である。このような違和感の1つや2つ、覚えて当たり前と言うべきだろうが……。

 

「……兎に角、今はリクたちと合流しないと」

 

 ともあれ、その辺りの考察は後でもできる。そう思い立ち、震える足をどうにか御して立上がる。

 今は、リクやニャースたちを探して合流し、ここを無事に抜け出す事こそが先決だ。

 

 穴の周囲は広々としていて、奥にも通路があるように見える。

 どうやら、ただ穴の中に落ちた訳ではなく、未開のエリアに迷い込んでしまったらしい。

 

 

「そうと決まれば……って、びぃタロ? どうしたの?」

「びー……びっ?」

 

 

 肩に乗っていたびぃタロが何かに気付き、ソラの背中に手を伸ばす。

 もぞりもぞりと、何かを(まさぐ)られるような感覚にくすぐったさを覚えたのも束の間。ぴょこりと肩に戻ってきた彼は、手にしたものをこちらへ見せてきた。

 

「びび!」

「これが、わたしの背中に……糸?」

 

 手に取ったそれは白くしなやかで、ワイヤーほどに太く、表面が微かにべたついていた。

 自分の背中に貼り付いていたというそれの正体を、少女はすぐに理解する。

 

 

「もしかして……クモ糸? ここまで落ちてくる時に背中にぶつかったのって、ひょっとしてクモポケモンの巣だったのかな」

 

 

 実際、アリアドスやワナイダーなど、粘性の糸を生成して巣や罠を作るポケモンはそれなりに存在する。

 

 両端の引き千切れたような跡から見て、これはそういったクモポケモンの生成する糸なのだろう。

 大方、穴の内部に作られていたクモの巣を、落ちてくる過程で壊してしまったのだと推察できた。

 

 

(それになんか……ピリピリする?)

 

 

 手の中でしなだれるクモ糸に触れていると、ほんの僅かに、肌がピリピリと痺れるような感覚を覚えた。

 まるで、ちゆりん(ピチュー)の電気袋にうっかり触ってしまい、溜め込まれていた電気が指先で弾けた時のような……。

 

 

「びび……」

「びぃタロが嫌がってる……って事は、やっぱりでんきタイプのポケモンのもの?」

 

 

 落下の最中に何度も浴びた電流の正体は、恐らくはクモの巣に張り巡らされていた“でんきショック”によるもの。

 落下の速度とソラ自身の重さにより、クモの巣が一瞬の内に引き千切れた事で、それらへの接触も一瞬で済んだ。そう見るべきか。

 

 そうなると、次に問題になるのは……

 

 

(じゃあ……この糸で巣を作っていたのは、()()()()()()()()()()()?)

 

 

 でんきタイプのクモポケモンとなれば、最も有力なのはでんきグモポケモンのデンチュラだろう。

 主な生息地であるイッシュ地方では、洞窟の内部に巣を作って暮らしている事からも、この状況と概ね一致する。

 

 だが、問題は。

 もしも、()()ではなかった場合。

 

 このクモの巣を作っていたポケモンの正体が、デンチュラや、ソラの知る既存のクモポケモンではなく、新種──

 

 

 

「──シィィィィィ……」

 

 

 

 “()()()()()()()()()()()()であった場合。

 

 

「──っ!? な、に……?」

 

 突如、背中に大きな何かの気配を感じ、粟立つ体。

 先んじて相手の正体を見てしまったびぃタロもまた、体を震わせソラにしがみついている。

 

 恐る恐る……否、確かな恐怖を実感しながらに振り向けば、リバーテル結晶の淡い光が照らす中、そこにいた巨大な存在──ポケモンの姿がありありと見えた。

 

 

「シィィィィィィィィィィ……!」

 

 

 胸部から生える3対6本の足は、アリアドスはおろか、オニシズクモのそれよりも細く長く、巨体と思われていたその体躯のほとんどを足の長さが占めている。

 そして足の長さに反して頭部と胴体は小さく、ぷっくり丸々とした頭頂部に、天使の輪(エンジェルハィロゥ)のような物体が浮かび、薄く発光していた。

 

 むしポケモンによく見られる“ふくがん”の代わりに、顔面はバイザーめいた硬質に覆われており、そこから浮かび上がる真っ赤な単眼光(モノアイ)が、ソラとびぃタロをジロリと睨み下げた。

 

 

「クモ、ポケモン……新種、の……!?」

 

 

 果たして、少女の呟きを認識したのか。

 地上の誰もその名を知らないクモポケモンは、その身に電気を纏わせながら放出し、その場一帯を明るく照らし出した。

 

 

 

「レパッ、シャァァァァァアアアアア!!!」

 

 

 

 甲高い叫声が洞窟に反響し、こちらへの敵意を明確に露出する。

 

 嫌でも理解できる。

 ここは──奴の巣の中(テリトリー)であると。




この後【21:00】より3回目の追加投稿を行います。
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