「レパッ、シャァァァァァアアアアア!!!」
ビリビリと肌を震わせ、痛いくらいの衝撃を与える咆哮。
それを受けた時点で、ソラがびぃタロを抱え込み、逃走の為に走り出す事ができたのは、まったくの幸運……いや、本能から来る反射行動だったのだろう。
「び!?」
「ごめん、ちょっと我慢してて!(不味い……不味い不味い! 相手はほぼ確実にでんきタイプ! 今のわたしの手持ちじゃ、分が悪いってレベルじゃない!)」
みずタイプの
ホルビーとシシコは捕まえたばかりで
結論──今のソラの手持ちでは、推定でんきタイプの相手に太刀打ちする事は困難。
故に今は、ただ逃げるしかない。
(とっ、とにかく逃げなきゃ! これだけ広いなら、どこかに下へ繋がる別のルートがある筈! ソラたちと合流すれば、ほのおタイプのウェボムで有利に──)
「びびっ、びーいっ!」
抱き留めていたびぃタロがもぞもぞと腕を抜け出し、後方を必死に指差した。
直後、背後から放たれた閃光が前方を照らす。首だけを動かし、後ろを見ると──
「レネッチャァ──ッ!!」
謎のポケモン、その頭上の
十分なエネルギーと速度を得た光は、一筋の電撃となって放たれ、矢のようにソラへと飛来した。
「(“でんきショック”……違う。あの充填モーションと収束性──“チャージビーム”! でんきタイプ、中ランクのとくしゅわざ!)よっ、避け──」
「──びぃあーっ!!」
迫る殺意に足が竦むより先に、飛び出した相棒の口から、水流が噴き出した。
でんきタイプのわざを、みずタイプのわざで迎撃するのは難しい。
だが、「水は電気を通す」という自然法則ゆえの対処方法は存在する。
それを証明するべく、相手の“チャージビーム”に真正面からぶつかった“みずでっぽう”は、貫かれた際の勢いで周囲に散らされる。
それによって、電流は散らばった水飛沫の1つ1つへバラバラに拡散し、力を失った“チャージビーム”は中途で消滅した。
「パシ……ッ!?」
「い、まっ!」
散らばった水と、そこを行き交う電気が、さながら光るカーテンのような役割を果たし、一瞬なりとも目眩ましとして機能する。
後方で相手が怯んだ気配を感じながら、通路の奥へ奥へ。
そうして、見つけた曲がり角へ反射的に飛び込んだ、その刹那。
「テレ、ピィ……!」
崩れて消える閃光の向こうで、クモポケモンがその長い足を上げ、壁に触れていた。
その先端が微かに光を灯し、壁を伝っているように見えたのは、果たして目の錯覚か。
(っ、何? “そうでん”? それとも“でんじは”、“じばそうさ”……どれも違う。何かのわざの予兆?)
だが、その真偽を確かめている暇は無い。
兎にも角にも、今は相手から距離を取り、脱出と合流の目を探さなければ。
そんな思いを胸に、新たに見つけた曲がり角へ転がり込もうと──
「──パシャァッ!!」
──その曲がり角から現れたのは、先ほどのクモポケモンと同一の存在だった。
「──ッ!?(回り込まれた!? いや、違う!)」
緊迫と恐怖、焦燥感から見開かれたソラの目は、看破する。
目の前のポケモンは、確かに先ほどの個体と同じ種族だが……大きさが違う。
通路いっぱいを占領するほど足の長く巨大だった先の個体に比べ、こちらは自身とほぼ同程度か、少し小さいくらいの大きさ。
それでも、顔面のバイザーめいた硬質に映る青色の
それが意味するところは──少女にとって、ほぼ最悪に近い答えを孕んでいた。
(別個体! つまりこのポケモンは──
「レパシィ……! ネットァ──ッ!!」
「な──あっ、ぐぃっ……!?」
頭頂部、小ぶりな
次の瞬間、ソラの体を不可視のエネルギーが纏い、彼女は背後の壁へと叩きつけられた。
「びぃっ!?」
「ぁ、ぃ……だい、じょうぶ……っ」
物理的な衝撃が、背中と後頭部を介して全身を襲い、痛みが意識を狂わせる。
そうしている間にも、不可視のエネルギーはギリギリと音を立てて、少女の華奢な体を軋ませている。
「シィィィィィ……!!」
(痛い……痛い痛い痛い痛い痛い!? 手足が捩じ切られて、潰され……っ!?)
攻撃を受けかけた事はあった。攻撃を受ける寸前で、庇われた事もあった。
だが、敵意を持つポケモンの攻撃を、その身に直接受けた経験は、これが始めての事だった。
リアルな痛みと苦しみ。
そして、落下の時以上に色濃く肌へ突き立てられる、「死」の近付く実感。
押し潰される胸の奥で、心臓の鼓動がより強く、より鮮明に感じられた。
「けっ……りぃ──!!」
腰から下げたホルダーの中で、モンスターボールがガタガタと忙しなく震える。
やがて限界を迎えて独りでに開いたボールの中から、はるりんが自発的に踊り出た。
「レパッ!?」
「ほっ、ほけっきょーっ!!」
至近距離、かつ洞窟という閉鎖空間の中で発せられる、ノーマルタイプの叫声。
例えわざそのものの威力は低けれど、状況との相乗効果によって増幅された声量は、相手を面食らわせ、わざの維持を途切れさせるには十分なものだった。
「シッ……!?」
「──っ! はっ、ぜ、はぁっ、ぁあっ……!?」
“ねんりき”から解放され、その場に崩れ落ちるソラ。
全身を襲う苦痛に、もはや悲鳴すら出ない。その口が奏でるのは、吐き気を堪えながら酸素を取り込む、コイキングのような粗末な呼吸音。
「びーっ! びっ、びび! びー!」
「けり! けりきょっ! ほけーっ!」
「ぁ……ぅ、うぅううぅ──っ!!」
それでも、立ち止まっている暇は無い。
びぃタロに、はるりんに、手持ちポケモンたちに促され、痛みを噛み締めて“がむしゃら”に走り出す。
(どこかへ……! とにかく、どこかへ……っ!)
頭の中はめちゃくちゃで、先ほどまでのような思考力も、綺麗さっぱり失せてしまっている。
今、彼女の足を動かしているのは、ただ「この場から逃げる」という本能のみ。
「レパッ、テレニィ……!」
“エコーボイス”が反響する洞窟の中で、ようやく我に返ったクモポケモンが、またもや足を壁に当て、電流を走らせる。
果たしてその閃光は、ソラよりも早く壁を駆け巡り、彼女を通り過ぎて前方へ消えていった。
(な、なに……? もう分かんない……とにかく、どこかに隠れ──っ!?)
少女の顔を、絶望が埋め尽くす。
彼女の足が止まった理由など、語るまでもない。
「レニシャァ──ッ!!」
3体目。
最初の個体よりも小さく、先ほどの個体よりも大きな、中間サイズの個体が、通路の奥から新たに現れる。
青色の眼光に
「び、びぃーっ!!」
「けりぃあっ!!」
びぃタロとはるりんがともに飛び出し、それぞれのわざを繰り出しての牽制を試みる。
しかし、それらのわざが成立するよりも、相手の
「テリッ──パシャァァァァァッ!!」
閃光。
疾駆する雷の矢が、びぃタロへと食らいつく──寸前で、はるりんが彼の体を突き飛ばす。
「びっ!?」
「け──りぃっ!」
矢に貫かれ、全身が黒焦げになった矮躯が、べしゃりと地面に墜落する。
その一部始終を、ソラはただ、呆然と見ていた。
「あ……」
「び……びっ、びぃーっ!」
クモポケモンの意識が、今しがた仕留めたはるりんへ向いている隙を突き、形振り構わない水流が飛ぶ。
当然、倒せる訳は無い。けれども、顔面を打ち据える水の勢いに虚を突かれ、足高の体がバランスを崩す。
「びびっ! びーっ! びっ! びびび!」
「あ……ぇ、びぃ、タロ……」
今の内に逃げようと、そう袖を引っ張ってくる相棒の姿を、ソラはボーっと見下ろす事しかできなかった。
そんな彼女の足が動くきっかけは、後方から微かに聞こえてきた、別なクモポケモンの鳴き声。
「シィ……!!」
「──ひ、ぃいっ!?」
なけなしの理性が取った行動か、“ひんし”のはるりんを咄嗟に抱きかかえ、覚束ない足で駆け出す。
その後ろを、びぃタロが必死になってついていく。
「……はっ。はぁっ……! はぁ……!」
どこからか、クモポケモンたちの鳴き声が聞こえてくる。
通路の壁を、彼らの放つ電光が走ったような錯覚を覚える。
もう、どこまでが真実で、どこからが錯覚かさえ分からない。
(……怖い……)
ガチゴラスに襲われた。その時は、リクが助けてくれた。
フルスリに襲われた。その時は、ルスティカ博士がフォローしてくれた。
デルビルに襲われた。その時は町中で、相手は1匹。タイプの上でもこちらが有利だった。
だが今は、そのどれも該当しない。
助けてくれる者も、フォローしてくれる者もいない。ここは相手の巣の中で、複数で追い立ててきて、圧倒的にあちらが有利。
勝てる相手1匹に勝てたのが、なんだというのか。船出仕合で接戦を繰り広げたから、なんだというのか。
野生の世界では、
だからこそ、ソラは。
「怖い……っ! 誰か、助けて……!!」
ポケモンに襲われる、その本当の恐怖を、その身を以て味わわされていた。
「シャァァァァ……!!」
「っ!? あっちからも来て──!?」
今、自分が走っているのがどこかさえ、どこに向かっているのかさえ分からない中。
前方から聞こえてきた鳴き声に足が竦み、その拍子に石に蹴躓く。
「ぁ」
転ぶ。足が止まる。追いつかれる。襲われる。
死──否。
──その瞬間、全身が上方向へ引っ張られた。
この感覚には、覚えがある。忘れる筈が無い。
これはつまり──
足が地を離れ、天井が近付く。
転ぶ寸前の体勢のまま、上に向かって落ちる中、彼女が見たのは。
「あ、な」
それだけを呟いて、少女は意識を失った。