ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

36 / 125
今日4話目の投稿です。ご注意ください。


Lv.34「Escape」

「レパッ、シャァァァァァアアアアア!!!」

 

 

《あっ! やせいの ???が とびだしてきた!》

 

 

 ビリビリと肌を震わせ、痛いくらいの衝撃を与える咆哮。

 それを受けた時点で、ソラがびぃタロを抱え込み、逃走の為に走り出す事ができたのは、まったくの幸運……いや、本能から来る反射行動だったのだろう。

 

 

「び!?」

「ごめん、ちょっと我慢してて!(不味い……不味い不味い! 相手はほぼ確実にでんきタイプ! 今のわたしの手持ちじゃ、分が悪いってレベルじゃない!)

 

 

 みずタイプのびぃタロ(デシエビ)、ひこうタイプのはるりん(ハルドリ)は、どちらもでんきタイプのわざに弱い。

 ちゆりん(ピチュー)はでんきタイプである為、相手のわざを防ぐ事ができるが、それはこちらから相手に攻撃する場合も同じ。

 ホルビーとシシコは捕まえたばかりで練度(レベル)も低く、瞬殺されるのがオチだ。

 

 結論──今のソラの手持ちでは、推定でんきタイプの相手に太刀打ちする事は困難。

 故に今は、ただ逃げるしかない。

 

 

(とっ、とにかく逃げなきゃ! これだけ広いなら、どこかに下へ繋がる別のルートがある筈! ソラたちと合流すれば、ほのおタイプのウェボムで有利に──)

「びびっ、びーいっ!」

 

 

 抱き留めていたびぃタロがもぞもぞと腕を抜け出し、後方を必死に指差した。

 直後、背後から放たれた閃光が前方を照らす。首だけを動かし、後ろを見ると──

 

 

「レネッチャァ──ッ!!」

 

 

《やせいの ???の チャージビーム!》

 

 

 謎のポケモン、その頭上の天使の輪(エンジェルハィロゥ)に光が走り、輪の上で回転しながら弧を描く。

 十分なエネルギーと速度を得た光は、一筋の電撃となって放たれ、矢のようにソラへと飛来した。

 

(“でんきショック”……違う。あの充填モーションと収束性──“チャージビーム”! でんきタイプ、中ランクのとくしゅわざ!)よっ、避け──」

「──びぃあーっ!!」

 

 迫る殺意に足が竦むより先に、飛び出した相棒の口から、水流が噴き出した。

 

 

《びぃタロの みずでっぽう!》

 

 

 でんきタイプのわざを、みずタイプのわざで迎撃するのは難しい。(いわん)や今の力量であれば、相殺など論外だ。

 だが、「水は電気を通す」という自然法則ゆえの対処方法は存在する。

 

 それを証明するべく、相手の“チャージビーム”に真正面からぶつかった“みずでっぽう”は、貫かれた際の勢いで周囲に散らされる。

 それによって、電流は散らばった水飛沫の1つ1つへバラバラに拡散し、力を失った“チャージビーム”は中途で消滅した。

 

 

「パシ……ッ!?」

「い、まっ!」

 

 

 散らばった水と、そこを行き交う電気が、さながら光るカーテンのような役割を果たし、一瞬なりとも目眩ましとして機能する。

 後方で相手が怯んだ気配を感じながら、通路の奥へ奥へ。

 

 そうして、見つけた曲がり角へ反射的に飛び込んだ、その刹那。

 

 

「テレ、ピィ……!」

 

 

 崩れて消える閃光の向こうで、クモポケモンがその長い足を上げ、壁に触れていた。

 その先端が微かに光を灯し、壁を伝っているように見えたのは、果たして目の錯覚か。

 

(っ、何? “そうでん”? それとも“でんじは”、“じばそうさ”……どれも違う。何かのわざの予兆?)

 

 だが、その真偽を確かめている暇は無い。

 兎にも角にも、今は相手から距離を取り、脱出と合流の目を探さなければ。

 

 そんな思いを胸に、新たに見つけた曲がり角へ転がり込もうと──

 

 

 

「──パシャァッ!!」

 

 

 

──その曲がり角から現れたのは、先ほどのクモポケモンと同一の存在だった。

 

 

「──ッ!?(回り込まれた!? いや、違う!)

 

 

 緊迫と恐怖、焦燥感から見開かれたソラの目は、看破する。

 目の前のポケモンは、確かに先ほどの個体と同じ種族だが……大きさが違う。

 

 通路いっぱいを占領するほど足の長く巨大だった先の個体に比べ、こちらは自身とほぼ同程度か、少し小さいくらいの大きさ。

 それでも、顔面のバイザーめいた硬質に映る青色の単眼光(モノアイ)は、敵意をギラギラと示している。

 

 それが意味するところは──少女にとって、ほぼ最悪に近い答えを孕んでいた。

 

 

(別個体! つまりこのポケモンは──()()()()()()()()!?)

「レパシィ……! ネットァ──ッ!!」

 

 

《やせいの ???の ねんりき!》

 

 

「な──あっ、ぐぃっ……!?」

 

 頭頂部、小ぶりな天使の輪(エンジェルハィロゥ)が唸り、光を放つ。

 次の瞬間、ソラの体を不可視のエネルギーが纏い、彼女は背後の壁へと叩きつけられた。

 

「びぃっ!?」

「ぁ、ぃ……だい、じょうぶ……っ」

 

 物理的な衝撃が、背中と後頭部を介して全身を襲い、痛みが意識を狂わせる。

 そうしている間にも、不可視のエネルギーはギリギリと音を立てて、少女の華奢な体を軋ませている。

 

 

「シィィィィィ……!!」

(痛い……痛い痛い痛い痛い痛い!? 手足が捩じ切られて、潰され……っ!?)

 

 

 攻撃を受けかけた事はあった。攻撃を受ける寸前で、庇われた事もあった。

 だが、敵意を持つポケモンの攻撃を、その身に直接受けた経験は、これが始めての事だった。

 

 リアルな痛みと苦しみ。

 そして、落下の時以上に色濃く肌へ突き立てられる、「死」の近付く実感。

 

 押し潰される胸の奥で、心臓の鼓動がより強く、より鮮明に感じられた。

 

 

 

「けっ……りぃ──!!」

 

 

 

 腰から下げたホルダーの中で、モンスターボールがガタガタと忙しなく震える。

 やがて限界を迎えて独りでに開いたボールの中から、はるりんが自発的に踊り出た。

 

「レパッ!?」

「ほっ、ほけっきょーっ!!

 

 

《はるりんの エコーボイス!》

 

 

 至近距離、かつ洞窟という閉鎖空間の中で発せられる、ノーマルタイプの叫声。

 例えわざそのものの威力は低けれど、状況との相乗効果によって増幅された声量は、相手を面食らわせ、わざの維持を途切れさせるには十分なものだった。

 

「シッ……!?」

「──っ! はっ、ぜ、はぁっ、ぁあっ……!?」

 

 “ねんりき”から解放され、その場に崩れ落ちるソラ。

 全身を襲う苦痛に、もはや悲鳴すら出ない。その口が奏でるのは、吐き気を堪えながら酸素を取り込む、コイキングのような粗末な呼吸音。

 

 

「びーっ! びっ、びび! びー!」

「けり! けりきょっ! ほけーっ!」

「ぁ……ぅ、うぅううぅ──っ!!」

 

 

 それでも、立ち止まっている暇は無い。

 びぃタロに、はるりんに、手持ちポケモンたちに促され、痛みを噛み締めて“がむしゃら”に走り出す。

 

 

(どこかへ……! とにかく、どこかへ……っ!)

 

 

 頭の中はめちゃくちゃで、先ほどまでのような思考力も、綺麗さっぱり失せてしまっている。

 今、彼女の足を動かしているのは、ただ「この場から逃げる」という本能のみ。

 

 

「レパッ、テレニィ……!」

 

 

 “エコーボイス”が反響する洞窟の中で、ようやく我に返ったクモポケモンが、またもや足を壁に当て、電流を走らせる。

 果たしてその閃光は、ソラよりも早く壁を駆け巡り、彼女を通り過ぎて前方へ消えていった。

 

(な、なに……? もう分かんない……とにかく、どこかに隠れ──っ!?)

 

 少女の顔を、絶望が埋め尽くす。

 彼女の足が止まった理由など、語るまでもない。

 

 

 

「レニシャァ──ッ!!」

 

 

 

 3体目。

 最初の個体よりも小さく、先ほどの個体よりも大きな、中間サイズの個体が、通路の奥から新たに現れる。

 

 青色の眼光に()めつけられて、ソラは自分の呼吸が止まった事を確信した。

 

「び、びぃーっ!!」

「けりぃあっ!!」

 

 びぃタロとはるりんがともに飛び出し、それぞれのわざを繰り出しての牽制を試みる。

 しかし、それらのわざが成立するよりも、相手の天使の輪(エンジェルハィロゥ)が輝く方が早かった。

 

 

「テリッ──パシャァァァァァッ!!」

 

 

《やせいの ???の チャージビーム!》

 

 

 閃光。

 疾駆する雷の矢が、びぃタロへと食らいつく──寸前で、はるりんが彼の体を突き飛ばす。

 

「びっ!?」

「け──りぃっ!」

 

 

《こうかは ばつぐんだ!》

 

《はるりんは たおれた!》

 

 

 矢に貫かれ、全身が黒焦げになった矮躯が、べしゃりと地面に墜落する。

 その一部始終を、ソラはただ、呆然と見ていた。

 

「あ……」

「び……びっ、びぃーっ!」

 

 

《びぃタロの みずでっぽう!》

 

 

 クモポケモンの意識が、今しがた仕留めたはるりんへ向いている隙を突き、形振り構わない水流が飛ぶ。

 当然、倒せる訳は無い。けれども、顔面を打ち据える水の勢いに虚を突かれ、足高の体がバランスを崩す。

 

 

「びびっ! びーっ! びっ! びびび!」

「あ……ぇ、びぃ、タロ……」

 

 

 今の内に逃げようと、そう袖を引っ張ってくる相棒の姿を、ソラはボーっと見下ろす事しかできなかった。

 そんな彼女の足が動くきっかけは、後方から微かに聞こえてきた、別なクモポケモンの鳴き声。

 

 

「シィ……!!」

「──ひ、ぃいっ!?」

 

 

 なけなしの理性が取った行動か、“ひんし”のはるりんを咄嗟に抱きかかえ、覚束ない足で駆け出す。

 その後ろを、びぃタロが必死になってついていく。

 

「……はっ。はぁっ……! はぁ……!」

 

 どこからか、クモポケモンたちの鳴き声が聞こえてくる。

 通路の壁を、彼らの放つ電光が走ったような錯覚を覚える。

 

 もう、どこまでが真実で、どこからが錯覚かさえ分からない。

 

 

(……怖い……)

 

 

 ガチゴラスに襲われた。その時は、リクが助けてくれた。

 フルスリに襲われた。その時は、ルスティカ博士がフォローしてくれた。

 デルビルに襲われた。その時は町中で、相手は1匹。タイプの上でもこちらが有利だった。

 

 だが今は、そのどれも該当しない。

 助けてくれる者も、フォローしてくれる者もいない。ここは相手の巣の中で、複数で追い立ててきて、圧倒的にあちらが有利。

 

 勝てる相手1匹に勝てたのが、なんだというのか。船出仕合で接戦を繰り広げたから、なんだというのか。

 野生の世界では、人間(トレーナー)はいつだってアウェーの側だ。

 

 だからこそ、ソラは。

 

 

 

「怖い……っ! 誰か、助けて……!!」

 

 

 

 ポケモンに襲われる、その本当の恐怖を、その身を以て味わわされていた。

 

 

「シャァァァァ……!!」

「っ!? あっちからも来て──!?」

 

 

 今、自分が走っているのがどこかさえ、どこに向かっているのかさえ分からない中。

 前方から聞こえてきた鳴き声に足が竦み、その拍子に石に蹴躓く。

 

 

「ぁ」

 

 

 転ぶ。足が止まる。追いつかれる。襲われる。

 死──否。

 

 

 

──その瞬間、全身が上方向へ引っ張られた。

 

 

 

 この感覚には、覚えがある。忘れる筈が無い。

 これはつまり──()()()()()

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()感覚。

 

 

 足が地を離れ、天井が近付く。

 転ぶ寸前の体勢のまま、上に向かって落ちる中、彼女が見たのは。

 

 

 

「あ、な」

 

 

 

 それだけを呟いて、少女は意識を失った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。