ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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今日2話目の投稿です。ご注意ください。


Lv.36「僕たちがここにいるから」

「び!」

 

 

 ……暗がりから現れたのは、ちんまりとしながらも勇ましい、あまえびポケモンのデシエビ。

 紛れもなくソラの相棒である、びぃタロがそこにいた。

 

「あ、ぇ……びぃ、タロ」

「び。びび……びあ! びぃーび?」

 

 彼もまた、上へ落ちゆくソラを追って、この穴へ落ちてきたのだろう。

 体の至るところに傷が見えるが、至って健在な様子。

 

 彼は己の主にして相棒が目を覚ました事に気付いたようで、足代わりの尻尾を跳ねさせ、嬉しそうに駆け寄ってくる。

 だが……。

 

 

「ひっ……!?」

 

 

 喉が潰れたような呼吸音とともに、ソラは反射的にその場から後退る。

 想定外の反応に、びぃタロの側も、困惑しながら立ち止まってしまった。

 

「び……?」

「あ……ご、めん。ごめん、びぃタロ……」

 

 不安そうに、伺うようにこちらを見上げる相棒の姿に、罪悪感を抱かずにはいられない。

 ただ、それでも。

 

 

「ごめんね……本当に、ごめん……」

 

 

 ポケモンに襲われたという(なま)の恐怖は、そうすぐには拭えない。

 それが、短いなりとも連れ添った手持ちポケモンが相手であっても、である。

 

 

「は、はは……わたし、こんなに震えて……びぃタロが、手持ちの子が相手なのに……。はは、(なさけ)な……」

 

 

 強張って力む体と相反して、涙腺を堪える力が涙とともに抜けていく。

 そうなったらもう、止められない。ボロボロと零れ落ちる大量の涙が、少女の視界をグズグズに溶かしてしまう。

 

 分かっていたつもりだった。分かってなんていなかった。

 “マハルの地”という世界の過酷さと、ポケモンの恐ろしさを。

 

 ポケモンに対する恐怖心と、手持ちポケモンに怯えを向けてしまう罪悪感と、そんな自分への嫌悪感。

 それらがごちゃ混ぜになって、ソラの心をマグマのように溶かし、煮え滾らせ、狂わせていた。

 

 

「ごめん、ごめんね……本当に、今は、無理で……」

「びぃ……」

 

 

 不安そうに鳴くびぃタロが、ソラの心を、その心に刻まれた傷を、どれだけ理解しているかは分からない。

 けれども、自分が今やるべき事は、何よりも明解に理解できた。

 

 

「……び!」

「っ!? な、なに……?」

 

 

 突如、再びこちらへ接近し出すびぃタロ。

 今の精神状態と思考力では、彼の思惑を読む事はできず、何よりも「ポケモンがこちらへ近付いている」という事実が、心を恐怖で蝕んだ。

 

 後退ろうにも、背中はもう壁にくっついていて、それ以上下がる事はできなくて。

 そうして、とうとう間近にまでやってきた相棒は、ガタガタと震える主君の膝に、そっと触れる。

 

 殴られる訳でもなく(無論、彼が殴ってくるとは思っていないが、その恐怖を否定はできなかった)、ただ膝に手を添えられただけ。

 一体なんなのだと視線を落とした先で、友たる小さなポケモンは。

 

 

 

「──びびっ!」

 

 

 

 ソラに触れているとは反対の手で、己の胸をドンと叩いた。

 その表情は、人間のソラから見ても、明確に「どこか誇らしげな」と形容する事ができるものだった。

 

 

「……え、と……?」

「びっ! びびびっ、びーい! びあ、びーびび、びぃっ!」

 

 

 言葉の意味は、まったく分からない。

 彼が、こんなにも必死になって、何を主張しているのか。それを、人間のソラが正確に理解する術は無い。

 

 ……けれども、どうしてか。

 ふと、いつかに聞いた言葉が思い返された。

 

 ポケモンは、嘘をつかない。

 彼らはとても正直で──

 

 

「善意も悪意も、正しく表現する事ができる……」

 

 

 何度も、何度も、動画を通して聞き続けた、父の言葉。彼の信念。

 例え、親子として過ごした時間が僅かであろうとも、自分の前から消えたその背中に思うところがあろうとも、彼の言葉は確かにソラの血肉となっている。

 

 人間は、ポケモンの()()()を理解する事はできない。

 けれども、彼らの振る舞いを通して、()()()()()()()()を理解する事はできる。

 

 胸を叩き、誇らしげに何かを語るびぃタロ。

 出会ってから数日という短い期間だが、それでも最初の町からともに歩んできた彼が、必死に何かを語りかけている。

 

 その姿は、その有り様は、まるで。

 

 

 

──大丈夫! 僕たちが君を守るから!

 

 

 

 少なくともソラには、そのように()()()()

 

「あ……」

 

 デルビルに襲われ、震えていた(デシエビ)を抱きかかえ、味方になると決めたあの時のように。

 今度は彼が、自分(ソラ)の味方になろうとしてくれている。

 

 その事を理解して、大粒の雫が零れ落ちるでなく、一筋の涙が静かに頬を伝う。

 腰のホルダーに収められたモンスターボールが、一斉に震え出したのは、その直後の事だ。

 

 

「ちゅー!」

「るび」

「れぇお!」

「あ、なたたち……」

 

 

 今の今までボールの中にいた筈のポケモンたちが、びぃタロとともにソラを囲む。

 ちゆりんだけでなく、洞窟に入る前に捕まえたばかりのホルビーとシシコまでもが、示し合わせたかのように、こちらを鼓舞するように。

 

 ともに胸を張り、こちらへ語りかけんと声を放つ彼らの顔に、悲壮感や恐怖は無い。

 まるで、びぃタロの言葉に賛同の声を上げているかのよう。

 

 

「はるりる、り……!」

「……! はるりん!? 無事だったのね!」

 

 

 そこで、びぃタロの出てきた物陰から、はるりんまでもが現れる。

 クモポケモンの“チャージビーム”に貫かれ、黒焦げになっていた筈の彼女だが、未だ傷は残っているものの、健在な状態でそこにいた。

 

 弱々しくも堂々と羽ばたきながらこちらへ近寄ってきた彼女は、やはり他のポケモンたちとともに並び立つ。

 

 

「び!」

 

 

 それを待って、びぃタロは再度、力強く胸を張った。

 種族特徴ゆえに普段は曲げている背を、大きく反らせながら。

 

 その態度が意味するところを、ソラは今度こそ、ハッキリと理解できた。

 

 

 

──僕たちがついてるから、きっと大丈夫! だから、泣かないで!

 

 

 

「うんっ……! ありがとう、皆……! ありがとう……っ!」

 

 

 手で口を抑え、嗚咽を漏らす。

 

 恐怖を完全に振り切れた訳ではない。

 ポケモンに対する恐れと怯えは、今も心に突き刺さっていて、そう簡単に拭い去れるものではない。

 

 奮起したところで、あのクモポケモンたちをどうにかできる訳でもない。

 自分たちは奴らに敗北したも同然で、状況は何も進展しちゃいない。励まされた程度で苦境を打開できるほど、現実は甘くない。

 

 けれど、それでも、今この場に限っては、この子たち(ポケモン)を信じられると思えた。

 この子たちが傍にいてくれるなら、恐怖に怯え震えるしかない自分も、立ち上がれるのではないかと、彼らはそう思わせてくれた。

 

 

(わたしはまだ……頑張れる)

 

 

 ぐしゃぐしゃになった顔に両手を宛てがい、涙を無理やり拭う。

 思いっ切り息を吸って、力の限り吐き出して、煮え滾った心を冷却させる。

 

 えづくほどの激情を飲み下し、呼吸をゆっくり整える。

 そうして行うのは、両手を使ったいつものルーティーン。

 

 

「──っ!」

 

 

 自分の両頬をゼンリョクで引っ叩き、思考の淀みを痛みで吹っ飛ばす。

 ジンジンヒリヒリとした痺れが、今はどこか心地いい。

 

「大丈夫。わたし、まだやれるわ。やってやりましょう!」

「びびぃーっ!」

「ほっけるりー!」

「うん、本当にありがと。それじゃあ──」

 

 目の前に広がるポケモンたちを見回して、頷きをひとつ。

 

 

 

「これから……どうしよっか!」

 

 

 

 ポケモンたちが盛大にズッコケた。

 そんな彼らの仕草にクスリと笑えてしまう辺り、少しばかり気持ちも上を向き始めている証明か。

 

 

「実際、手詰まりと言えば手詰まりなんだよね……。どういう訳か、向こうはわたしたちが逃げた先を把握して、先回りしているみたいだし」

 

 

 それは決して、恐怖から来る思い込みではない筈だと、ソラは考えていた。

 

 ソラたちが逃げ回った先で、不運にも偶発的遭遇(ランダムエンカウント)を繰り返していたように見えて、その実、彼らは予めこちらの存在を認知していたように思う。

 でなければ、警戒や威嚇をする事なく、即座に攻撃を仕掛けてくるなど、野生ポケモンとしては少々不自然だ。

 

 あのクモポケモンたちは、何らかの能力によって、獲物の情報を共有している。

 それ自体は、そうおかしな話ではない。例えばデルビルの群れは、狩りの際に鳴き声を使い分けて連携するし、マニューラは樹木や石に爪でサインを刻み、それを仲間への暗号に用いる。

 

 だから問題は、彼らが()を用いて仲間とコミュニケーションを取っているのか。

 

 

「そもそも、あのポケモンって何者なんだろう。マハル固有の種族っていうのは分かるんだけ、ど……?」

「ほりん?」

 

 

 そこでふと目に入り、そして気付いたのは、はるりんの事だ。

 

 “こうかばつぐん”の“チャージビーム”をまともに受けて、“ひんし”になっていた筈の彼女は、どういう訳か今、こうして健常に振る舞っている。

 無論、完全に回復した訳ではなく、傷や疲労は目に見えて残っているようだが、そもそも回復している事自体が妙なのだ。

 

「ね、びぃタロ。わたしのバッグから、“げんきのかけら”を勝手に取って使ったりした? 別に怒ってる訳じゃないんだけど……」

「びー……びぃい?」

「り? けーりっ」

 

 顔を見合わせ、首を振るびぃタロとはるりん。否定、という事らしい。

 実際、落下した際に手放してしまったらしく、ボストンバッグはソラの近くに落ちているが、中を漁られたような形跡は見当たらない。

 

 

「じゃあ、どうして──」

「……ぴ……」

 

 

 聞き慣れないか細い鳴き声。

 それと同時に、物陰で何かが動くのを少女は見た。

 

 ビクリと跳ねた体をなんとか制御して、暗がりに意識を向ける。

 そこから、ひょっこりと、或いは恐る恐る姿を現したのは──

 

 

 

「てれに……」

 

 

 

 足の長さ、全長はともにソラの腰まで程度で、これまでに遭遇した()()らよりも、一回りは小さい。

 

 頭上で輝く天使の輪(エンジェルハィロゥ)も、他の個体と比べればこぢんまりとしていて、どこか弱々しく、心許ない印象を感じさせる。

 顔面のバイザーに映る青色の単眼光(モノアイ)も同様に、無機質ながらも幼さが垣間見えるよう。

 

 

「あ、なた……まさか……っ!?」

「れ、ぴぃ……」

 

 

 物陰から現れたのは間違いなく、ここまでソラたちを襲ってきたクモポケモンたちと同種の存在だった。




この後【18:00】より2回目の追加投稿を行います。
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