ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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今日3話目の投稿です。ご注意ください。


Lv.37「幼い邂逅」

「れっ、れぴぃ……ぴぉ……」

 

 如何にも気弱そうな態度を伴い現れた、クモポケモンの子供。

 声もか細く、見るからにビクビクとした雰囲気を隠しもしていない。

 

 それだけを見れば、無害なポケモンと思えるかもしれないが──しかし。

 

 

「な、んでっ、ここに──っ!?」

 

 

 1度芽生えた恐怖は、やすやすと取り除けはしない。

 その姿を認めた瞬間、ソラの全身をトラウマが駆け巡り、1歩でも遠ざかろうと体が反射的に動き出す。

 

 けれども彼女は、今の今まで壁際に座っていたのだ。

 この狭い空間の中で、後先考えずに立ち上がろうとすれば……。

 

 

「──()っつ、たぁ……っ!?」

 

 

 果たしてソラは、自分たちがいる穴の底の空間、そのカドに思いっ切り頭をぶつけてしまう。

 後頭部を抑え込み、再びその場にしゃがみ込む。鈍い痛みに悶絶していると、手持ちポケモンたちが心配そうに駆け寄ってきた。

 

「びーっ!? びびびぃ!?」

「ぴーっちゅ! ぴぃ!」

「ご、ごめん……大丈夫、大丈夫だから……って、え?」

「れ、れぱしゅ……!?」

 

 なんと、びぃタロたちに紛れて、そのクモポケモンまでもがこちらへ近付いてくる。

 悶絶しながらも身構えるソラだったが、どうしてか、目の前のポケモンからは敵意を感じる事ができなかった。

 

 

(びぃタロもはるりんも、この子を排除しようとしない……? まるで、この場にいるのが当然みたいに……)

「れっ、れぱ……にぃとっ!」

 

 

 青い眼光を儚げに揺らしながら、クモポケモンはソラを見上げる。

 刹那、その頭上に浮かぶ天使の輪(エンジェルハィロゥ)がにわかに光り出し、何らかのわざを発動しようとする。

 

 ……その光は、他の大型個体たちが“チャージビーム”や“ねんりき”を使用する際のような強いものではなく、むしろ逆。

 恐れと怯え、警戒を抱いていた筈のソラでさえ、自然と肩の力を抜いてしまうような、そんな淡く優しい色合いを帯びていた。

 

 

「てれっ、ぴゃあ……!!」

 

 

《やせいの ???の いやしのはどう!》

 

《ソラの たいりょくが かいふくした!》

 

 

「え……? あ……」

 

 放たれた光を浴びた端から、徐々に痛みが引いていく。

 岩壁で強打し、ズキズキと痛んでいた筈の後頭部が、あっという間に癒えていった。

 

 その光はポケモンたちにとっても有益なものらしく、びぃタロたちは心地よさそうに目を細めている。

 彼らの様子を見て、少女はひとつの確信を得た。

 

 

「……あなたなの? はるりんの傷を癒やしてくれたのは」

「てりっ」

「もしかして……わたしの怪我も?」

「れ、れぴぃ……」

 

 

 か細く鳴きながらも、その所作は、凡そ「頷いている」と認識できるものだった。

 

 普通に考えれば、穴の中へ真っ逆さまに落ちて、無傷で済む筈が無い。

 だからこそ最初に落ちた時、ロトムはエネルギーを全開にして助けてくれたのだ。

 

 にも拘らず、目を覚ました時、ソラの体には怪我らしい怪我が見当たらなかった。

 もしも頭の打ち所が悪ければ、頭部から出血をしている、どころの騒ぎじゃない事になっていてもおかしくないのに、である。

 

 であれば、そうなっていない答えはひとつ。

 穴に落ちてきたところを、救ってもらったのだ。目の前のポケモンに。

 

 

(なんだか、怯える気分でも無くなってきたわ。こんなにチョロかったっけ、わたし……)

 

 

 この子は、自分たちを助けてくれた。

 そう考えれば、“いやしのはどう”を浴びて精神的に落ち着いたのもあって、自然と隔意は解きほぐされていた。

 

「ありがとう。優しいのね、あなた」

れぴっ!? てれ、てりぃ……

 

 膝を曲げて視線を落とし、感謝の言葉とともに微笑みかけてみれば、小さなクモポケモンは身を震わせ、後退りながらに縮こまる。

 凡そ予想だにしていなかった態度に、ソラは不可思議そうに瞬きを数度。

 

 

(もしかして、怯えてる? わたしに?)

 

 

 ポケモンたちの感情や主張は、彼らの態度を見れば読み解ける。

 それが父・クレオメ博士の信念だったが、目の前で震えているこの子の感情は、流石に一目見ればすぐに分かった。

 

「びーいぃ。びあ、びびっ、びー」

「けりぃ。ほっけるり、るーり」

「ぱ、ぱしぃ……」

 

 最初に物陰から出てきた事を考えると、ソラが目を覚ますより前に、治療の過程で面識・交流があったのだろう。

 びぃタロやはるりんの呼びかけには、ビクビクしながらも受け答えしているようだったが、それでもやはり、人間(ソラ)への警戒は取り除けないらしい。

 

 両膝に肘をついて、両手で顎を抱え込む。

 彼らのやり取りをじっと観察しながら、ようやっと戻ってきた思考力を回す。

 

 

(おかしな話ね。ついさっきまで、あれだけ怖かった筈のポケモンが、今度はわたしの事を怖がってる。まるであべこべだわ)

 

 

 とはいえ、そのあべこべさに今は助けられている。

 それまで「ただ怖い」「ただ恐ろしい」だけだったポケモンの別の側面を垣間見て、思考をリセットする事ができたからだ。

 

 

「……あ、そうだ」

 

 

 そして、思考を一端切り替える事ができたからこそ、思い出せた事もある。

 

 パンと手を叩き、ボストンバッグを引き寄せて、中を改める。

 キズぐすりの一部などは、落下の衝撃で容器が割れ、中身が漏れ出すなどと色々目を覆いたくなる惨状と化していたが……。

 

 

「──あった。よかった、潰れてない!」

 

 

 安堵しながらに取り出したのは、袋に包まれた焼き菓子(ポフィン)だ。

 ニャースがカロンタウンの宿屋を借りて焼き、洞窟への突入前に、手持ちポケモンたちに振る舞ったそれは、残ったいくつかを包んでバッグの中に入れてあったのだ。

 

「れぱしゅ……?」

「ふふ、気になる? ちょっと待っててね……はいそこ、おねだりしない」

「けり!?」

 

 寄越せ寄越せと目を輝かせるはるりんたちを掣肘しつつ、袋の中のポフィンを、興味津々にこちらを見やるクモポケモンの前へ差し出した。

 “チーゴのみ”を混ぜ込んだそれは、ほんのり顔を出す苦味がいいアクセントとなり、甘いお茶によく合うのだ。

 

 

「よかったら、食べてみて。わたしたちを助けてくれた事への、お礼よ」

「ぴぃ……」

 

 

 恐る恐る、歩み寄ってくる。

 顔面をポフィンに近付け、それが無害なものであるかを見定めているのだろうか。頭上の天使の輪(エンジェルハィロゥ)がほんのり光を放ち、くるくると緩く回転し始めた。

 

「大丈夫、おかしなものじゃないわ。お菓子ではあるけど……なんてね」

 

 果たしてそのジョークが通じたのかどうか。

 ちっちゃな牙がゆっくりと開き、ソラの手の内に置かれたポフィンを、ちまっと齧り取った。

 

 もっそもっそと牙が左右し、口内で咀嚼が行われているのが見て分かる。

 やがて、嚥下したのだろう。牙の動きが止まり、頭部が微かに上下して……。

 

 

「……!! れ、ぱぁ……!!」

 

 

 喜んでいる。ソラの目には、それが明瞭に認識できた。

 頭の輪はグリングリンと波打つように揺れ動き、バイザーに映る眼光はへの字を描いている。

 

 ゆらゆらと小刻みに揺れる体躯からして、初めて食べたお菓子に対する「美味しい」という感情が、全身から溢れ出している。

 最初はどこか無機質に思えた見た目も、こうして見れば感情が態度に現れていて、一周回って分かりやすく、そして可愛らしいものだ。

 

 

「れぱ! てり、ぱしゅ……!」

「おかわりね? いいわよ、どんどん食べて頂戴」

「けりっ! けーりぃ!」

「はいはい、あなたも欲しいのね? はるりん。分かってるわ」

 

 

 手に持っていたポフィンを半分に裂き、片方をクモポケモンの前にそっと置いてやる。

 嬉しそうにありつく小さな姿を見ながらに、もう片方ははるりんの下へ。

 

「びぃタロを守ってくれてありがとね。仲間想いのいい子にご褒美です」

「りぃーっ♪ ほり、けりっ!」

「はい、あなたたちも。数はそんなに無いから、分け合って食べてね」

「ちゃー♪」

 

 袋に包んであった2個の内、最後の1つを他の4匹に分け与える。

 4匹で分け合う都合上、1匹がありつける量は少ないものの、ふわふわ美味しいお菓子は彼らの舌を癒やしてくれた。

 

 ソラもまた、美味しそうに焼き菓子を食べる彼らの様子に、少しばかり気分をリフレッシュする事ができた。

 1番エリアでのティータイムの時もそうだったが、どうやら自分で食べるよりも、自分のポケモンたちが食べているのを眺める方が楽しいらしい。

 

 

(……そういえば結局、この子はどんなポケモンなんだろう)

 

 

 そうして心地が落ち着いてみれば、今の今まで先送りにしてきた疑問が再浮上する。

 このクモポケモンは、ソラの知る限り、地上に近縁種の存在しない、“マハルの地”固有の種族だ。

 

 勿論、彼女は専門の勉強を積んだ博士ではなく、父親の残した資料を読み漁り、或いはインターネットで調べた限りの情報しか持っていない。

 その為、この世界にはまだまだ彼女の知り得ない地方、未知のポケモンが多く存在するだろうが、それは今は重要ではない。

 

 今重要なのは、このポケモンの正体だ。

 

 

「……そうだ、ポケモン図鑑。もう起動できるかな……?」

 

 

 先ほど、ロトムが“テレキネシス”の行使に電力(サイコパワー)を振り絞った影響で、バッテリーは底をついていた。

 図鑑のバッテリーには(ソーラー)充電が採用されている他、ロトム自身のエネルギーからも供給されている為、彼(または彼女)のコンディション次第では、或いは……。

 

「……あれ?」

「び?」

「バッテリーがそこそこ溜まってる……」

 

 この階層まで落ちてきた時にはすっからかんだった筈のバッテリーが、全体の半分ほどまで充電されていた。

 訝しみながらに起動すると、画面にロトムの顔が浮かび上がり、ふわりと“ふゆう”し始める。

 

 

「ケテロトー!」

「あ、よかった起きたのね。……さっきは本当にありがとう。あなたが助けてくれなかったら、今頃もっと酷い事になってたわ」

「ロトミ~♪」

 

 

 どういたしまして、とでも言わんばかりに、空中で1回転してみせるロトム図鑑。

 図鑑のバッテリーと相互に電力を供給し合う関係にあるようで、すっかり元気を取り戻している。

 

 

(……もしかして、リバーテル結晶? 洞窟の中にチラホラ見えるあの鉱石の光で、図鑑のバッテリーが回復したのかな)

 

 

 一般的に、地上でソーラーバッテリーと呼ばれる類いのものは、実は太陽光以外の光でも充電する事ができる。

 

 太陽の存在しない“マハルの地”における主要な光源は、地表から光を放ち、乱反射を繰り返して地下世界全体を照らすリバーテル結晶だ。

 であれば当然、この世界におけるソーラーバッテリーとは、結晶の放つ光が主なリソースとなるのだろう。

 

(まぁ、今は深く考えなくてもいいか)ね、ちょっとデータを解析させてね」

「れぴ?」

 

 ちまちまとポフィンを齧っていたクモポケモンがこちらを見上げ、不思議そうな目を向けている。

 見れば見るほど、慣れるほどに可愛らしいと思えてくるのは、ソラ自身の好奇心に由来する“てきおうりょく”故か。

 

 それはさておき、ロトム図鑑を相手に向けて、画面を見る。

 即座に解析されたポケモンのデータが、液晶画面に次々と表示されて──

 

 

 

「ええと……名前は『テレネット』。つながりグモポケモンで、タイプは──って、()()()()()?」

「れぱしゅ」

 

 

 

 顔を上げ、反応する仕草。

 それが肯定を意味している事は、なんとなく理解できた。

 

 だからこそ、困惑する。

 テレネット。地上ではその名を聞いた事の無い未知のポケモンでありながら──ソラは、その名を知っていた。




この後【21:00】より3回目の追加投稿を行います。
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