テレネット。その名を最初に耳にしたのは、この世界に来て最初の夜だ。
ウツシタウンのポケモン研究所、その2階でルスティカ博士と語らった時の事を、ソラは思い出す。
『な、「テレネット」ってポケモン、知ってっか? クモポケモンの一種なんだけどよ』
『テレネット……? いえ、初めて聞きました。マハル固有のポケモン……ですか?』
『マー、多分な。あいつらはおもしれー能力を持っててよ。あいつらが作るクモ糸は、電気を通すんだ。そんで最近になって、電気を特定のパターンに変換してそのクモ糸に流すと……そっくりそのまま、向こう側まで伝達する事も分かった』
『それって……まさか』
『そ。そいつを利用して、あんたら“星見人”が言うところの、“インターネット”ってのを再現する事に成功した奴が都会にいる。つっても最近の発見だもんで、ネット環境なんてご大層なモン、ここらじゃあたしの研究所にしか置いてねーけどな』
旅立つ切っ掛けになったやり取りだけに、よく覚えている。
それ故に少女は、思わず驚きの声を上げた。
「あなたたちが、博士の言うテレネットだったのね! まさか、こんな洞窟の中で出会えるなんて」
「てれぴ!」
相手側も、随分とこちらに慣れたものらしい。
ソラが始めて出会った未知のクモポケモン──つながりグモポケモンのテレネットは、彼女の言葉がネガティブなものでない事を感知して、「えっへん」とでも言いたげな反応を返してきた。
ともあれ、相手の正体は分かった。
更なる情報を求めて、図鑑データを読み進めていく。
「タイプはでんきとエスパー……むしタイプは入ってないんだ。能力は“とくこう”が高め、これはなんとなく分かってた。頭の輪っかは感覚器官で、目や耳が弱い代わりに、これで周囲の知覚と……相手の感情も読めるのね。これでわたしたちと意志疎通が取れてた訳だ」
「てれにぃ」
「Yesって言いたいの? ふふ、とても賢いのね、あなた。で、えっと……巣穴に張り巡らしたクモ糸に電気を流して、遠くの仲間とやり取りする。これは前に博士に聞いたのと同じ──いや、そういう事か!」
その記述に、ピンと来るものがあった。
こちらを追い立ててきたテレネットたち(大きさからして、恐らくは成体と思われた)が、どうして自分たちの存在を正確に捕捉できたのか。
恐らくは洞窟の壁や床などに、彼らの生成したクモ糸が設置されていたのだろう。
彼らが足で壁に触れ、電気らしき光を発していたのは、壁に仕掛けた糸に電気を流し、仲間に自分たちの情報を伝えていたのだ。
その事に気付いて、今いる場を見回す。
天井にぽっかり空いた穴から、反転した重力に従って落ちた先、一般的な家屋の一部屋分よりはやや狭いこの空間には──分かる範囲では、クモ糸が存在しない。
(まさしく、包囲網に空いた
ひとつの疑問が氷解すると、それ故に新たな疑問が浮上する。
視線を落とし、目の前のテレネットを見た。まだ幼い個体であるらしい彼女(図鑑で解析したところ、メスであると判明した)は、首を傾げながらにこちらを見返している。
「あなたはどうして、わたしたちを助けてくれたの? 穴の外にいるあいつらは、群れの仲間なんでしょ? なのにあなたは、わたしたちの存在をあいつらに教える素振りも見せない」
「……てれ、ぴぃ」
その問いを投げかけるや否や、いっそ分かりやすいくらいに態度が消沈し始める。
明らかなワケアリ。しかして、その詳細をどう聞き出したものか──
「──レパッシャァァァァァアアアアア!!!!!」
洞窟中に響き渡る、大絶叫。
その叫びを耳にしたソラの心の内を、再び恐れと怯えが侵略する。
「い、まの、声は……っ!?」
ただのテレネットの叫びではない。
声の中に孕む荒々しさと凶暴さ──最初に会った、あの一際大きな個体のものだ。
まさか、ここにいるのがバレた?
そんな危惧が頭を掠めるが、次第にどうやらそうではないらしい事を知る。
「テレニィッ!! パシャァ、ネティオッ!!」
「レ、レニィ……。レパ、レニット……」
「シャアァアアッ!!」
苛立ちから荒げたような声が、数度ほど木霊する。
同時に、その叫び声の中に交じって、弱々しく縋るような声も何度か聞こえてきた。
「……っ(明らかに苛立ったような声色と、震えた風な声……叱責されてる? 叱責してる側は多分……あの大きな個体)」
恐怖は未だ抜けないが、それでも頭は冷静さを維持できている。
それ故に、そして相手の声が反響している為に聞き分けられた、ポケモンたちの声の僅かなニュアンスから、なんとなくの関係性を読み取っていく。
「レパシャァッ! シャアッ、レニィ……!!」
「テッ、テレニ……」
それらの声はやがて、ザカザカと蠢く足の音とともに遠ざかっていく。
そうして再び戻った静寂に、ソラは腹の内から息を吐き出し、力の限り安堵した。
「よ、よかったぁ……。わたしたちがここにいる事はバレてないみたいね。というかこのまま、わたしたちの事なんて忘れてくれれば有り難いんだけ、ど……?」
そこで、異変に気付く。
「れ、れぴぃ……」
震えていた。
幼いテレネットが、足を折り畳んで縮こまり、カタカタと震えていた。
それが怯えを表すものであると理解する為に、さして時間を要する事は無かった。
びぃタロたちもまた、彼女の機敏に気付き、慰めようと寄り添っている。
「……怖いの? 今の声が」
「れに、てれぴ……」
その反応からは、肯定以外を読み取る事などできない。
彼女の様子に事の本質を見た気がして、ソラはそっと手を伸ばす。
その頬に触れると、テレネットは少しだけビクリとするものの、すぐに受け入れてくれた。
顔面を覆うバイザーめいた硬質のせいで勘違いしていたが、体表は意外にも体毛に覆われていて、ふわふわとした触感が手に優しい。
「……れぴ」
「大丈夫、大丈夫よ。わたしたちは、あなたを傷つけない。だから少し、あなたの話を聞かせて?」
「ぱしゅ……」
この短時間で、ある程度はあちらもこちらの人となりを理解していたらしく、外で起きている事に萎縮を見せながらも、ソラたちには隔意を発現していない。
こういうところ、やはり賢いポケモンなのだと思いつつ、いつかのびぃタロに対して行ったように、いくつかの質問を行う。
「今のおっきな鳴き声は、あなたの群れの仲間?」
「れぴ……」
「肯定ね。いつもあんな感じなの?」
「てりぃっ!」
「否定……って事は、最近ああなった?」
「れぱに……」
「これはYes。じゃあ、心当たりは?」
「にぃ、ち」
「No、か。……もしかして皆、あのおっきなテレネットに困らされてる?」
「……れぱしゅ」
「……群れのボス?」
「……」
コクリと頭部を縦に振るのを見て、Yesであると理解する。
つまり、こうだ。あの大きなテレネットは群れのボス──所謂“オヤブン”個体であり、元々は凶暴な個体ではなかった。
しかしある時、(少なくともこの子の視点では)突如として凶暴に豹変し、オヤブンとしての威光を振りかざして周囲を振り回している。
そして現状、誰も逆らえていない。
(……そういえばあの時、最初に会ったあの個体だけ、目の色が赤かった筈)
あの心胆を寒からしめる眼光は、容易に忘れる事などできない。
故に覚えている。あの個体のバイザーに灯る
あの色に宿る意味が、ただ強力な個体である事以外にあるのだとしたら。
(……ポケモンは、嘘をつかない。彼らの行動には、必ず目に見えて分かる理由がある)
父親の言葉を、口の中で転がす。この行為も、もう何度目になるだろうか。
未だ震えている小さなテレネットを今一度見て、薄く酸素を吸った。
「……ねぇ。最後にひとつ聞かせて」
どうして、その問いをしようとしたのか。それは、ソラ自身にも分からない。
普通に考えれば、取るべき行動はただひとつ。
テレネットたちの包囲網をどうにか掻い潜って、或いはここでじっと息を潜め続けて、リクたちと合流し、この洞窟を脱出する。
今から決断しようとしている行為に、何の意味も無い。
そればかりか、自分や自分のポケモンたちを、無闇に危険に晒すだけ。最悪の場合、自分の心に刻まれたトラウマが、もはや克服不可能なくらいに深まる可能性すらあるだろう。
相手の恐ろしさは、自分が一番よく分かっている。なにせ、その身で味わったのだから。
それを理解してなお選ぶこれは、賢い選択ではない。決して、正しい選択ではない。
それでも彼女は、聞かなければならなかった。問わなければならなかった。
「あなたたちのボスを、助けたい?」
「……れぱしぃっ!」
人間には、ポケモンの言葉は分からない。
けれど、びぃタロたちの励ましと奮起を、彼らの態度から読み取れたように、彼女の言葉を心で理解する。
──わたしの仲間を、助けて!
「うん、分かった」
ソラはただ、頷いた。それだけが必要だった。それ以外は、何も要らなかった。
「皆も、それでいい?」
「びぃーっ!」
「ほっけるり!」
「ちゃーむっ!」
「るび」
「れおにぃ!」
手持ちのポケモンたちも、同様に賛同の意を示していた。
彼らもまた、幼いテレネットの叫びを聞き取り、彼女たちを助けんとする意志を持っていた。
今のソラは、彼らを信頼できる。そして、幼いテレネットの事も信じられる。
ならば今は、それでいい。それだけが、彼女にとって重要な事だった。
「作戦があるわ。上手く行くかどうかは分からない。でも、やれるだけやってみましょう」
マハル図鑑 No.168
【テレネット】
ぶんるい:つながりグモポケモン
タイプ:でんき・エスパー
とくせい:テレパシー/プラス(エレキメイカー)
ビヨンド版
頭の 輪っかは 感覚器官。目や 耳の 代わりに 周りの 状況や 相手の 感情を 読む。
ダイブ版
住処の 洞窟に 張り巡らせた 糸に 電気を 流して 遠くの 仲間と 情報を 伝え合う。
《進化》
なし
劇中の図鑑説明は、両バージョンを混ぜた感じを想定しています。
正確には、