ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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今日4話目の投稿です。ご注意ください。


Lv.38「そして少女は冴えない選択をする」

 テレネット。その名を最初に耳にしたのは、この世界に来て最初の夜だ。

 ウツシタウンのポケモン研究所、その2階でルスティカ博士と語らった時の事を、ソラは思い出す。

 

 

『な、「テレネット」ってポケモン、知ってっか? クモポケモンの一種なんだけどよ』

『テレネット……? いえ、初めて聞きました。マハル固有のポケモン……ですか?』

『マー、多分な。あいつらはおもしれー能力を持っててよ。あいつらが作るクモ糸は、電気を通すんだ。そんで最近になって、電気を特定のパターンに変換してそのクモ糸に流すと……そっくりそのまま、向こう側まで伝達する事も分かった』

『それって……まさか』

『そ。そいつを利用して、あんたら“星見人”が言うところの、“インターネット”ってのを再現する事に成功した奴が都会にいる。つっても最近の発見だもんで、ネット環境なんてご大層なモン、ここらじゃあたしの研究所にしか置いてねーけどな』

 

 

 旅立つ切っ掛けになったやり取りだけに、よく覚えている。

 それ故に少女は、思わず驚きの声を上げた。

 

「あなたたちが、博士の言うテレネットだったのね! まさか、こんな洞窟の中で出会えるなんて」

「てれぴ!」

 

 相手側も、随分とこちらに慣れたものらしい。

 ソラが始めて出会った未知のクモポケモン──つながりグモポケモンのテレネットは、彼女の言葉がネガティブなものでない事を感知して、「えっへん」とでも言いたげな反応を返してきた。

 

 ともあれ、相手の正体は分かった。

 更なる情報を求めて、図鑑データを読み進めていく。

 

 

「タイプはでんきとエスパー……むしタイプは入ってないんだ。能力は“とくこう”が高め、これはなんとなく分かってた。頭の輪っかは感覚器官で、目や耳が弱い代わりに、これで周囲の知覚と……相手の感情も読めるのね。これでわたしたちと意志疎通が取れてた訳だ」

「てれにぃ」

「Yesって言いたいの? ふふ、とても賢いのね、あなた。で、えっと……巣穴に張り巡らしたクモ糸に電気を流して、遠くの仲間とやり取りする。これは前に博士に聞いたのと同じ──いや、そういう事か!」

 

 

 その記述に、ピンと来るものがあった。

 こちらを追い立ててきたテレネットたち(大きさからして、恐らくは成体と思われた)が、どうして自分たちの存在を正確に捕捉できたのか。

 

 恐らくは洞窟の壁や床などに、彼らの生成したクモ糸が設置されていたのだろう。

 彼らが足で壁に触れ、電気らしき光を発していたのは、壁に仕掛けた糸に電気を流し、仲間に自分たちの情報を伝えていたのだ。

 

 その事に気付いて、今いる場を見回す。

 天井にぽっかり空いた穴から、反転した重力に従って落ちた先、一般的な家屋の一部屋分よりはやや狭いこの空間には──分かる範囲では、クモ糸が存在しない。

 

 

(まさしく、包囲網に空いた()って訳ね。ご都合っぽいけど、そのご都合に救われたんだから、世の中って分からないわ。……あれ? でも、そうなると……)

 

 

 ひとつの疑問が氷解すると、それ故に新たな疑問が浮上する。

 視線を落とし、目の前のテレネットを見た。まだ幼い個体であるらしい彼女(図鑑で解析したところ、メスであると判明した)は、首を傾げながらにこちらを見返している。

 

 

「あなたはどうして、わたしたちを助けてくれたの? 穴の外にいるあいつらは、群れの仲間なんでしょ? なのにあなたは、わたしたちの存在をあいつらに教える素振りも見せない」

「……てれ、ぴぃ」

 

 

 その問いを投げかけるや否や、いっそ分かりやすいくらいに態度が消沈し始める。

 明らかなワケアリ。しかして、その詳細をどう聞き出したものか──

 

 

 

「──レパッシャァァァァァアアアアア!!!!!」

 

 

 

 洞窟中に響き渡る、大絶叫。

 その叫びを耳にしたソラの心の内を、再び恐れと怯えが侵略する。

 

「い、まの、声は……っ!?」

 

 ただのテレネットの叫びではない。

 声の中に孕む荒々しさと凶暴さ──最初に会った、あの一際大きな個体のものだ。

 

 まさか、ここにいるのがバレた?

 そんな危惧が頭を掠めるが、次第にどうやらそうではないらしい事を知る。

 

 

「テレニィッ!! パシャァ、ネティオッ!!」

「レ、レニィ……。レパ、レニット……」

「シャアァアアッ!!」

 

 

 苛立ちから荒げたような声が、数度ほど木霊する。

 同時に、その叫び声の中に交じって、弱々しく縋るような声も何度か聞こえてきた。

 

 

「……っ(明らかに苛立ったような声色と、震えた風な声……叱責されてる? 叱責してる側は多分……あの大きな個体)

 

 

 恐怖は未だ抜けないが、それでも頭は冷静さを維持できている。

 それ故に、そして相手の声が反響している為に聞き分けられた、ポケモンたちの声の僅かなニュアンスから、なんとなくの関係性を読み取っていく。

 

 

「レパシャァッ! シャアッ、レニィ……!!」

「テッ、テレニ……」

 

 

 それらの声はやがて、ザカザカと蠢く足の音とともに遠ざかっていく。

 そうして再び戻った静寂に、ソラは腹の内から息を吐き出し、力の限り安堵した。

 

「よ、よかったぁ……。わたしたちがここにいる事はバレてないみたいね。というかこのまま、わたしたちの事なんて忘れてくれれば有り難いんだけ、ど……?」

 

 そこで、異変に気付く。

 

 

 

「れ、れぴぃ……」

 

 

 

 震えていた。

 幼いテレネットが、足を折り畳んで縮こまり、カタカタと震えていた。

 

 それが怯えを表すものであると理解する為に、さして時間を要する事は無かった。

 びぃタロたちもまた、彼女の機敏に気付き、慰めようと寄り添っている。

 

「……怖いの? 今の声が」

「れに、てれぴ……」

 

 その反応からは、肯定以外を読み取る事などできない。

 彼女の様子に事の本質を見た気がして、ソラはそっと手を伸ばす。

 

 その頬に触れると、テレネットは少しだけビクリとするものの、すぐに受け入れてくれた。

 顔面を覆うバイザーめいた硬質のせいで勘違いしていたが、体表は意外にも体毛に覆われていて、ふわふわとした触感が手に優しい。

 

 

「……れぴ」

「大丈夫、大丈夫よ。わたしたちは、あなたを傷つけない。だから少し、あなたの話を聞かせて?」

「ぱしゅ……」

 

 

 この短時間で、ある程度はあちらもこちらの人となりを理解していたらしく、外で起きている事に萎縮を見せながらも、ソラたちには隔意を発現していない。

 こういうところ、やはり賢いポケモンなのだと思いつつ、いつかのびぃタロに対して行ったように、いくつかの質問を行う。

 

 

「今のおっきな鳴き声は、あなたの群れの仲間?」

「れぴ……」

「肯定ね。いつもあんな感じなの?」

「てりぃっ!」

「否定……って事は、最近ああなった?」

「れぱに……」

「これはYes。じゃあ、心当たりは?」

「にぃ、ち」

「No、か。……もしかして皆、あのおっきなテレネットに困らされてる?」

「……れぱしゅ」

「……群れのボス?」

「……」

 

 

 コクリと頭部を縦に振るのを見て、Yesであると理解する。

 

 つまり、こうだ。あの大きなテレネットは群れのボス──所謂“オヤブン”個体であり、元々は凶暴な個体ではなかった。

 しかしある時、(少なくともこの子の視点では)突如として凶暴に豹変し、オヤブンとしての威光を振りかざして周囲を振り回している。

 そして現状、誰も逆らえていない。

 

 

(……そういえばあの時、最初に会ったあの個体だけ、目の色が赤かった筈)

 

 

 あの心胆を寒からしめる眼光は、容易に忘れる事などできない。

 故に覚えている。あの個体のバイザーに灯る単眼光(モノアイ)は、目の前の彼女のような青色ではなく、血のように、或いは炎のように濃い赤色だった事を。

 

 あの色に宿る意味が、ただ強力な個体である事以外にあるのだとしたら。

 

 

(……ポケモンは、嘘をつかない。彼らの行動には、必ず目に見えて分かる理由がある)

 

 

 父親の言葉を、口の中で転がす。この行為も、もう何度目になるだろうか。

 未だ震えている小さなテレネットを今一度見て、薄く酸素を吸った。

 

 

「……ねぇ。最後にひとつ聞かせて」

 

 

 どうして、その問いをしようとしたのか。それは、ソラ自身にも分からない。

 

 普通に考えれば、取るべき行動はただひとつ。

 テレネットたちの包囲網をどうにか掻い潜って、或いはここでじっと息を潜め続けて、リクたちと合流し、この洞窟を脱出する。

 

 今から決断しようとしている行為に、何の意味も無い。

 そればかりか、自分や自分のポケモンたちを、無闇に危険に晒すだけ。最悪の場合、自分の心に刻まれたトラウマが、もはや克服不可能なくらいに深まる可能性すらあるだろう。

 

 相手の恐ろしさは、自分が一番よく分かっている。なにせ、その身で味わったのだから。

 それを理解してなお選ぶこれは、賢い選択ではない。決して、正しい選択ではない。

 

 それでも彼女は、聞かなければならなかった。問わなければならなかった。

 

 

 

「あなたたちのボスを、助けたい?」

「……れぱしぃっ!」

 

 

 

 人間には、ポケモンの言葉は分からない。

 けれど、びぃタロたちの励ましと奮起を、彼らの態度から読み取れたように、彼女の言葉を心で理解する。

 

 

 

──わたしの仲間を、助けて!

 

 

 

「うん、分かった」

 

 ソラはただ、頷いた。それだけが必要だった。それ以外は、何も要らなかった。

 

「皆も、それでいい?」

「びぃーっ!」

「ほっけるり!」

「ちゃーむっ!」

「るび」

「れおにぃ!」

 

 手持ちのポケモンたちも、同様に賛同の意を示していた。

 彼らもまた、幼いテレネットの叫びを聞き取り、彼女たちを助けんとする意志を持っていた。

 

 今のソラは、彼らを信頼できる。そして、幼いテレネットの事も信じられる。

 ならば今は、それでいい。それだけが、彼女にとって重要な事だった。

 

 

 

「作戦があるわ。上手く行くかどうかは分からない。でも、やれるだけやってみましょう」

 

 

 




マハル図鑑 No.168
【テレネット】
ぶんるい:つながりグモポケモン
 タイプ:でんき・エスパー
とくせい:テレパシー/プラス(エレキメイカー)
ビヨンド版
 頭の 輪っかは 感覚器官。目や 耳の 代わりに 周りの 状況や 相手の 感情を 読む。
ダイブ版
 住処の 洞窟に 張り巡らせた 糸に 電気を 流して 遠くの 仲間と 情報を 伝え合う。

《進化》
なし



劇中の図鑑説明は、両バージョンを混ぜた感じを想定しています。
正確には、実機(ゲーム)で閲覧できる内容よりも詳しいデータが載ってるイメージ。
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