──彼らの
つながりグモポケモン、テレネット。
彼らは洞窟の奥に巣を作り、迷い込んだ獲物を狩って暮らす群生のポケモンである。
その性質上、捕食対象に対しては攻撃性を露わとするものの、平時は意外にも大人しく、むしろ“おくびょう”に近い。
自分たちでは勝てない相手や、狩る必要の無い相手を発見した場合、クモ糸を介して仲間と情報を共有し、物陰に隠れ潜んでやり過ごす。
そうして“ギムレの洞穴”という、辺境の洞窟でひっそりと暮らしていた彼らにある時、異変が起こった。
突如として(彼らの視点では、何の前触れもなく)、群れのボス──オヤブンテレネットが凶暴に変質し、自分たちの巣を徐々に拡大させ始めたのだ。
クモ糸に電気を流して、或いは
それらの力が強い個体が、仲間内での情報の集約・中継を担う……それはつまり、群れに対する命令権を持つ事を意味している。
それでも本来であれば、種族柄“おとなしい”性質である事が多い為、同族間での諍いはそうそう起きない。
だが、当の命令権を持つオヤブンが強い攻撃性を発露した時──その前提は、崩壊する。
巣を構成するクモ糸をより広域に、過剰に張り巡らせて、他のポケモンたちの縄張りを侵害するほどに、自分たちのテリトリーを拡大させる。
普段であれば近付かない浅層にまで部下を差し向け、発見したポケモンを手当たり次第に襲い、追い払わせる。
その、群れの仲間を兵士か何かのようにこき使う態度に対して、反感を示した部下に、制裁と言わんばかりの攻撃を加える。
まさしく恐怖政治。
豹変したオヤブンの態度に怯え、洞窟の陰に隠れてやり過ごそうとする個体や、制裁を恐れてオヤブンの意向に従おうとする個体など、もはや群れとしての秩序は乱れに乱れていた。
「……テレニィ……」
今、洞窟内をウロウロしているこの個体は、後者だ。
タイプ相性上、でんきタイプのわざも、エスパータイプのわざも、彼らテレネットにとっては“こうかいまひとつ”。
しかし、オヤブンの繰り出すわざはいずれも、部下である彼らに大きなダメージを与える事ができた。単純に、出力が高いのだ。
他の仲間が折檻されていたのを見て、この個体は反抗の意志を失くした。元々、持ってはいなかった。
だからこうしてオヤブンの命令に従い、粛々と洞窟の中を歩き回って外敵を探し、それを連絡する役目を粛々とこなしていた。
「レピィ……」
彼は……彼らは、荒れ狂った今のオヤブンに抗おうとは思わなかった。
元々“おとなしい”、“おくびょう”な気質のあるテレネットたちだが、だからこそ群れの中でも力の強いオヤブンの事は頼りに思っていたし、今まではそれで上手く回っていた。
前のような、力強くも優しいオヤブンに戻ってほしいとは思っているが、今の彼らにはどうする事もできない。
だが、無闇にテリトリーを広げ、他のポケモンたちを追い立てる今のやり方が、異常である事は理解していた。
それに、何よりも──
「……テリ?」
そこで、ふと。
前方の少し離れた地点で、何かが動いたような気がした。
それがなんであるかを正確に把握する事は難しい。
だが、同族でない事だけは確かだろう。となれば、オヤブンが言うところの「外敵」と考えるべきか。
であれば、急ぎ連絡するべきだ。
すぐに怒り狂ったオヤブンがすっ飛んできて、哀れな獲物を袋叩きにするよう命じるに違いない。
壁に貼り付いているクモ糸に足を触れ、電気を流す。
そうすれば、通電性のある糸の中を、パターン化された電気信号が走り、遠くの仲間たちに情報を……。
「──?」
ぱちり、と弾けたのを見た。
壁を走った筈の電流が、ある1点でスパークし、霧散する。
テレネットというポケモンは、視覚も聴覚もあまり発達していない。
ただ、頭部に浮かぶ
それ故に、暗い洞窟の中でも、それを見る事ができた。
流した電気信号が弾けて消えた原因。それは、壁に設置されていた筈のクモ糸が、中途のところで千切れていたのだ。
「シィィ……」
これでは、いくら電気を流したとしても、それがオヤブンや他の仲間に伝わる事は無い。
電気信号によって仲間と連絡を取り合う彼らの強みも、肝心の糸が途中で絶たれてしまえば無意味である。
何が原因でそうなったのかは分からないが、放置する訳にはいかないだろう。
急ぎクモ糸を紡ぎ直し、通信網の修復を──
「あなたたちに恨みは無いけれど……ホルビー、“どろかけ”!」
「るびっ」
「シ、ィイ──!?」
死角から飛来した泥の塊が、テレネットの顔面を横合いから打ち据える。
襲撃者の狙い通りに命中した泥は、頭上の
「テ、レレッ……パ、シャア……ッ!?」
目が回る。目が回る。知覚が狂う。
彼らはサイコパワーによって、周囲の状況を知覚する。
その源泉たる
ふらつく足。崩れるバランス。
細く長い3対6本の足は、その細さ故に、いざという時の踏ん張りが利かない。
「ちーゆっ♡」
そこに、最後の一押しさえあれば。
懐に潜り込んだ、小さな体。
ただそれだけで、既に狂わされていた思考回路は、混迷の坩堝に落とされた。
「レ、ニィ……──」
操り人形の糸が途切れるようにして、崩れ落ちるテレネット。
バイザーに映る青の
「……ごめんね。でも、こっちにも事情があるから」
仕事を終えたちゆりんとホルビーが駆け寄った先、物陰からこっそりと顔を出したのは、当然ながらソラだ。
そして、壁のクモ糸を破壊したのも彼女の指示によるものである。
「後はこの子を、すぐ見つからないように隠して……と」
目を回したまま動けなくなったテレネットを、ポケモンたちに頼んで物陰に寝かせてもらい、周りを見回す。
今のところ、他の個体が近くにいる様子は見受けられないが……。
「どう? 近くにあなたの仲間はいそう?」
「れぴ……ぴ!」
「いないのね、ありがとう」
ソラが意識を向けた先、彼女の背中には、幼いテレネットの子供がくっついていた。
小さくもしっかりとした足をソラのお腹に回して、がっしりとしがみついている。
その足の内の1本を壁へ伸ばし、クモ糸に流れる電気信号を読み取ったところ、どうやら他の個体からの連絡は届いていないらしい。
感覚器官である
「なら次は……シシコ、お願い」
「れぇおん!」
次いで飛び出したシシコが、口内に炎を溜め込む。
膨れ上がった頬を一気に細め、吐き出した火球が、少しの間、洞窟の中をぱっと照らした。
壁に着弾した“ひのこ”は、仕掛けられていたクモ糸をたちまちに焼け落ちさせる。
糸が燃えながら千切れた事で、延焼こそさほどしなかったものの、これでは到底、電気など通りようが無い。
その横では、ホルビーが泥を生み出しては巻き上げ、壁に貼り付けていた。
テレネットの放つ電気信号は、でんきタイプの能力を由来とする。その為、クモ糸の上から泥を塗り固めてしまえば、同様にネットワークを断ち切る事ができるのだ。
「てれに……にっ。れぴ!」
「これで、この辺りの通信網は潰せたのね? じゃあ、次に行きましょう」
できるだけ発見されにくく、いつでも物陰に隠れる事ができるよう、膝と腰を折り曲げ、姿勢を低くしながらに移動する。
相手は聴覚が発達していないとはいえ、気付かれるリスクは減らすに越した事は無い。
息を潜め、そろりそろりと、しかし決して愚鈍にはならない程度の速度を維持しつつ、洞窟の陰から陰を練り歩く。
……後には静寂だけが残り、その場で何が起きたのかを、他のテレネットたちが知る事は無かった。
この後【15:00】より1回目の追加投稿を行います。