ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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今日2話目の投稿です。ご注意ください。


Lv.40「影を走り、舞台を整える」

 暴走する群れのボスを倒し、正気を取り戻させる。

 幼いテレネットから乞われたそれを実行するにあたって、ソラがまず試みたのは、彼らの通信網の破壊だった。

 

 つながりグモポケモンの名を持つ彼らの、野生下における最大の強み。それこそが張り巡らせたクモ糸による、群れ内部の通信ネットワーク。

 逆に言えば、肝心の糸を破壊し、ネットワークを食い破ってしまえば、彼らのアドバンテージは失われる。

 

 

(……って、口で言うのは簡単だけど、これが結構大変なんだよね)

 

 

 洞窟内を巡回するテレネットたちを掻い潜り、場合によっては彼らを1匹ずつ無力化し、ネットワークの要所となる糸を正確に破壊する。

 その為のルートも、壊すべき糸の選定も、こちらに協力してくれている幼い彼女がいなければ、到底なし得ない事だった。

 

 ……野生のポケモンのテリトリーに踏み入り、彼らの巣を破壊するという行為は、ポケモントレーナーとして、褒められた行いではないと分かっている。

 しかしこうしなければ、テレネットたちのオヤブンと相対したとして、すぐに増援を呼ばれ、囲まれてしまうのは目に見えていた。

 

 

(仕方の無い事……なんて言いたくないけれど。それでも、この子の願いを叶える為には──)

「……れぱに」

「──! 群れの仲間がこの先にいるの? 数は、1匹?」

 

 

 背中から肩へ頭部を乗り上げ、肯定の意を示すテレネットに対し、ソラも静かに頷きを返す。

 すぐに身を隠せる場所を見つけて、そこへ転がり込む。手持ちのポケモンたちも同様に。

 

 岩の陰からそっと顔を出してみれば、丁度向こうの通路から1匹の成体テレネットが歩いてくるのが見えた。

 このままでは、あちらがこちらの存在に気付くのも時間の問題。遠くの仲間に情報を流されたら非常に不味い。

 

 

「行って、シシコ」

「れおにお!」

 

 

 とん、と優しく背中を押され、岩陰から飛び出したシシコが、牙を剥いて相手を威嚇する。

 相手側のテレネットもまた、いきなり現れた外敵に対して、驚きつつもアクションを起こそうとするが、しかし。

 

 

「くるるる……れぇおっ!」

「レ、ニィトッ……!?」

 

 

《あいては きんちょうして きのみが たべられなくなった!》

 

 

 シシコのとくせいは“きんちょうかん”。

 その名の通り、敵対する相手を著しく緊張させる事で、戦闘中にきのみを食べる余裕を失わせる効果がある。

 

 通常であれば、それだけのとくせいだが、上手く応用すればこの通り。

 相手の前にいきなり現れるや否や、一方的に“きんちょうかん”を与える事で、相手に即座の行動を躊躇させる事ができる。

 

 そうして最初の一手を潰してしまえば、後はいくらでもやりようがある。

 

 

「今よ!」

「──ほたっ」

 

 

 イマイチ抜けた声を出しながら、ホルビーが()()()()()()()顔を出した。

 

 あなほりポケモンのホルビーは、その長い耳を使って、地面を掘り進める事ができる。

 “あなをほる”……と呼べるだけの威力こそ、今の技量(レベル)では発揮できないが、それでも相手の足元まで穴を掘り、その穴に相手を嵌め落とす事はできる。

 

「テ、リィ──!?」

 

 先にも語った通り、彼らテレネットを支える足は細い。

 如何に6本足で支えているとはいえ、その足元に穴を掘られ、足を嵌められてしまっては、バランスを取る事は難しくなる。

 

 がくりと、大きく左に崩れそうになり、それでも目の前の相手を攻撃しようとサイコパワーを──

 

「あの輪っかに“でんこうせっか”!」

「ほるっ」

 

 

《ホルビーの でんこうせっか!》

 

 

 放つ前に、それを上回る速度の一撃が叩き込まれた。

 ホルビーが穴掘り用に鍛えた太い耳は、わざを繰り出す速度も相まって、弾丸以上の質量と威力を以て、テレネットの天使の輪(エンジェルハィロゥ)を打ち据える。

 

「レパ、シャァ……ッ!?」

 

 サイコパワーの要にして感覚器官。

 そこを直接攻撃されたとあっては、流石に意識も大きく揺らぐ。

 

 あとは“ひのこ”の1発でも顔面に浴びせかければ、事は済む。

 

 

「レ、ニィィィ……!」

「っ、まだ動くの……!?」

 

 

 だが如何せん、実力(レベル)差というのは残酷だ。

 それだけで倒す事ができるほど、こちらは強くなく、あちらも弱くない。

 

 足を折り、半ば倒れかかった状態にあってもなお、相手は依然として健在だ。

 “でんこうせっか”によって揺らいでいたサイコパワーも、再び収束しつつある。

 

 繰り出されるだろうわざに身構え、シシコに回避と迎撃のどちらを指示すべきか逡巡した、その時。

 

 

「──?」

 

 

 ソラは、中空を泳ぐように彷徨う、一筋の光を見た。

 いつの間にか視界に現れていたそれは、不可思議な軌道を描き、テレネットに近付いていく。

 

 テレネットの意識もまた、その謎めいた光に向かう。

 その滅茶苦茶な軌跡をじっと見ている内、天使の輪(エンジェルハィロゥ)に充填されていたサイコパワーも、次第に霧散していって。

 

 

「テ、リィィ……」

 

 

 とうとう、その場に倒れてしまう。

 バイザーに映る眼光はグルグル渦巻いていて、“こんらん”している事が見て取れた。

 

「これって……まさか」

 

 突然の無力化に、呆気に取られてしまうソラ。

 ちゆりんはボールに引っ込めてあり、“てんしのキッス”を指示した覚えも無い。

 

 ただ、不規則な動きを見せたあの光。

 もしもこの推測が正しければ、その()()を繰り出したのは。

 

 

「……あなたなの? 今の光で、相手を“こんらん”させたのは」

「れぱしゅっ!」

 

 

《テレネットの あやしいひかり!》

 

《やせいの テレネットは こんらんした!》

 

 

 “あやしいひかり”。

 命中率100。ほぼ確実に相手に命中し、相手を“こんらん”させるわざ。

 

 それを繰り出し、相手を無力化したのは、今まさにソラの背中にしがみついている幼いテレネットの彼女だった。

 生態や能力から考えて、確かに覚えていてもおかしくないわざだが、まさか咄嗟に使ってくれるとは。

 

「わたしたちを助けてくれたのね。ありがとう」

「ぱしゅ……」

 

 肩越しに感謝を告げるも、彼女の雰囲気はどこか暗い。

 その理由を、ソラは何となく察していた。

 

 

(……本当なら、やりたくないに決まってるわよね。群れの仲間を傷つけるなんて)

 

 

 (いわん)や、彼女はまだ子供であり、群れの皆に育てられただろう事は想像に難くない。

 そんな彼女が、ともに暮らしてきた家族を傷つける事を、どうして喜べようか。

 

 だが、そうも言っていられない状況下である事も、彼女は分かっている。

 いくら群れの仲間とはいえ、彼らもオヤブンには逆らえない。幼子が説得したとして、そう簡単に離反する事は無いだろう。

 

 そして、もう1つ。

 彼女がそうしなければならない理由の一端が自分にある事を、ソラは理解していた。

 

 

(わたしと、わたしのポケモンたちだけじゃ、倒し切れなかった。この子たちの技量(レベル)不足……ううん。わたしの、トレーナーとしての力不足だ)

 

 

 前提として、この作戦の要はオヤブンの撃破……つまりは、暴走している群れのボスと戦って勝つ事にある。

 だが、今のソラの手持ちたちは、でんき・エスパータイプの相手に対して相性的に不利だ。

 

 それでも、びぃタロやはるりんは手持ちの中でも練度(レベル)が高く、それ故にオヤブン戦に駆り出す必要がある。

 となると必然、その前準備となるネットワークの切断と取り巻きの排除には、それ以外の面々──つまりはシシコやホルビーを起用しなければならない。

 

 勿論、彼らの能力あってこその作戦でもあるのだが……それでもやはり、びぃタロたちに比べて力不足である事は否めない。

 なにせ、洞窟に入る前に捕まえたばかりのポケモンたちなのだ。

 

 鍛錬も育成も、何も施してはいない。

 そんな状態の彼らを、ぶっつけ本番で、いきなり実戦に投入したのだから、完璧に事が運ぶ筈が無い。

 

 そしてソラは、その根源を──自分自身の、トレーナーとしての能力不足にあると認識していた。

 だからテレネットは、同族を無力化する手助けをした。ソラとソラのポケモンだけでは、押し切れないと判断したから。

 

 

「……ごめんね」

「れぱ?」

「あなたやあなたの仲間たちが、これまで通りの暮らしに戻れるよう……わたしも、ゼンリョクを尽くすから。だから、力を貸して」

「……れにっと!」

 

 

 その言葉の意味を理解できたのか──否、エスパータイプ故の感応能力によって、明朗に理解したのだろう。

 顔をソラの背中に擦り付け、まるで「気にしないで」とでも言いたげに声を上げた。

 

 幼いのに聡い子だ、と少女は小さく頬を緩ませる。

 非力を詫び、それでも尽力すると告げたのに、逆に励まされてしまったようで、なんだか申し訳ないやらくすぐったいやら。

 

 

「とりあえず、この辺りの糸も壊してしまいましょう。シシコ、ホルビー、よろしく」

「れおがお!」

「びるび」

 

 

 指示を汲み取った2匹は、それぞれ炎と泥によって周囲の糸を使い物にならなくしていく。

 

 これまでそれなりの回数、この作業をやってきたが、幼いテレネットが伝えてきたところの「ネットワークの要所」はあらかた潰してきたように思う。

 これで、テレネットという種族の持つ一番の強み──仲間間での情報伝達を阻み、オヤブンの下まで攻め込む段取りは概ね完遂されようとしていた。

 

 けれど、それだけでは足りない。

 この作戦の発案者であるソラは、その事をよく理解していた。

 

 

(びぃタロもはるりんも、相手のタイプに対して不利。それに群れのボスを務めるだけの個体が、他の個体よりも弱い筈が無い。例えネットワークを遮断したとしても──モタモタ戦っていたら、異変に気付いたテレネットたちが増援に来るリスクはある)

 

 

 ネットワークを断つのは、即座の包囲網を阻止する為の前提条件に過ぎない。

 この作戦の主題はあくまでも、暴走するオヤブンを倒し、正気に戻させる事にあるのだ。

 

 故に、取るべき手段はひとつ。

 

 

(──電撃戦(ブリッツクリーク)! 奇襲で強引にイニシアチブを握って、速攻で決着をつける! わたしたちが勝つには、これしかない!)

 

 

 言うは易く行うは難し。

 しかし少なくとも、それは14歳の少女に思いつく範囲で実行できる、唯一にして最善の手段だった。

 

 万全に戦うには些か不足だろうが、それでもびぃタロたちは、決してズブの素人ではない。弱いなりに実力はある。

 彼らの能力とわざ、そしてトレーナーであるソラ自身の能力を活かせば、完全な不可能では無い、そう思いたかった。

 

 

(ここに迷い込んだのはわたし。この子の願いを請け負ったのもわたし。びぃタロたちを手持ちに選び、戦わせて鍛え、この作戦に駆り出したのもわたし。全部、わたし。わたしの選択で、わたしの責任だ。トレーナーって、重いなぁ……)

 

 

 或いはそれが、ポケモントレーナーという存在に与えられた役割なのかもしれない。

 

 戦うだけであれば、ポケモンだけでもできる。

 作戦を立てて戦う事だって、知能の高いポケモンであれば可能だ。

 

 だが、彼らに()()()()()事は、人間(トレーナー)にしかできない。

 トレーナーがポケモンたちの行いを保証するからこそ、彼らは些事にかかずらう事なく、思いっ切り戦う事ができるのではないか。

 

 あくまでもひとつの側面に過ぎないだろうが、それでもソラは、トレーナーの本質の一端を見たような気がした。

 

 ならば彼女にできる事は、ポケモンたちの信頼に応える事。

 こいつは間違えないでいてくれる。そう思ってもらう事なのだろう。

 

 

「絶対……勝たなきゃね」

 

 

 そんな呟きとともに、この辺りのクモ糸の機能停止が概ね上手くいった事を確認する。

 それを成してくれたシシコとホルビーに頷きを飛ばしながら、次の目的地に移動するべく足早に──

 

 

 

「──ん?」

 

 

 

 なんとなく。

 本当になんとなくだが、違和感を覚えた。

 

 それが具体的にどういうものかは分からない。

 ただ、体──特に上半身にふんわりと絡みつくような、不快感にも近いナニカ。

 

 だがソラは、その感覚に心当たりがあった。

 それは半ば直感に近いものだったが、果たして上を見上げた時、その直感が的中した事を知る。

 

 

「……穴だ」

 

 

 洞窟の天井に、ぽっかりと空いた穴。

 

 正確には、ソラたちは現在、“人の大地(ハイランド)”から見て重力が反転した状態にある為、本来彼女が踏みしめるべき地面方向に穴が空いていると言うべきか。

 ともあれその穴は、体に“まとわりつく”妙な感覚に従って見上げなければ、そこに存在する事すら分からなかっただろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(わたしがテレネットたちの縄張り(テリトリー)に迷い込んだ時と、幼いこの子に出会った時。そのどちらも、切っ掛けは()()()()()()()()()()()()()()事。つまり……)

 

 

 その場で立ち止まり、ゆっくりと、右足だけを浮かせる。

 違和感が、より強まったような気がした。

 

 その様子を不思議そうに観察しているポケモンたちを他所に、少女は右足を持ち上げたまま、左足の踵を浮かし、爪先だけで立とうとする。

 バランス感覚が悪いとすぐにコケてしまいそうなものだが、地上にいた頃はネット上の動画を参考に、室内で日常的にエクササイズをしていたので、この程度で転ぶ事は無い。

 

 そうして、彼女の推測は確信に変わる。

 片足だけで爪先立ちをしようとした瞬間、体に感じる違和感──否、()()()()()()()()()()()()()()()()ような感覚が、より明晰になったのだ。

 

「やっぱり……! どういう仕組みか分からないけど、そういう事ね!」

「れぴ……?」

 

 肩に頭部を乗せ、コテンと首を傾げている幼いテレネット。

 彼女に笑いかけながら、ソラは改めて両足でその場に立ると、自分のポケモンたちに向き直った。

 

 

「半ば賭けみたいなものだけど……やれるだけ、やってみましょう。ぶっつけ本番でね」

 

 




この後【18:00】より2回目の追加投稿を行います。
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