切っ掛けは、なんだったか。
すっかり茹だり切った頭では、それすら思い出す事は叶わない。
ただ、自分が
彼らがコソコソと何をやっていたのかは知らないが、どうにも自分たちを観察し、何かを話し合っていたように思う。
しかし、そんな事はもうどうでもいい。
その人間どもの正体や目的がどうであれ、それらが
今の
余所者、外敵の排除。自分を、群れの仲間たちを、自分たちの暮らしを脅かすあらゆるモノを取り除き、排除する。
その為に、
元々のテリトリーなど関係無い。群れの仲間でないのなら、目に入るすべてが余所者、自分たちの敵だ。
他のポケモンたちを追い立て、糸という糸を張り巡らせて、今や洞窟内の大半が自分たちの巣となっている。
だが、それで
もっともっと巣を広げ、より多くの外敵を排除しなければ。そうでなければ、仲間や子供たちが危険に晒されてしまう。
……だというのに、群れの仲間たちはどうしてか、この取り込みに消極的だ。
誰も彼も、
そういう者たちには、
しかし、そうすると仲間たちは、より一層、
何故だ? どうして仲間たちは、自分に怯えている? どうして自分を恐れている?
自分は仲間たちの為、群れの為に、必死に戦っているのに。群れの皆が健やかに暮らせるよう、こんなにも尽くしているのに。
疑問と苛立ちは、ただでさえ薄れている理性をより煮え滾らせ、
靄のかかった心では、正しい景色など見えはしない。それがより苛立ちを呼び寄せ、後はもう悪循環だ。
それでも、彼は働く。群れの仲間たちを守る為に、こうして……
「……ジ、ジジ」
先ほど取り逃がしてしまった外敵(小さな人間と、それに付き従う数体のポケモンだ)を探し出し、制裁を加えるべく、
そして
「……ジィ……!」
糸が、焼けているのだ。
洞窟内の壁や床に仕掛けた糸は、彼らにとって、情報伝達を行う為の重要なもの。
これによって外敵がどこに現れ、どこに逃げているのかを正確に察知し、仲間とともに追い詰め、仕留める事ができる。
その為の糸が、燃やされている。
これでは、自分のいる場所に仲間を呼ぶ事も、仲間のいる場所に素早く向かう事もできないではないか。
まったくもって、由々しき事態である。
こんな有り様を気付かず放置していた仲間には、後で
今は、この焼かれた糸を修繕する事を第一に優先しなければならない。
「ジッ……ジィ──?」
だから、
本来、群れの仲間よりも優れたサイコパワーを以てすれば、奇襲を事前に予知し、迎撃する事が可能である筈なのに。
怒りと狂気に歪んだ真っ赤な世界は、
「はるりん、“ないしょばなし”! ちゆりんはその隙に“てんしのキッス”!」
「ほっけるりーっ!!」
「ぴっ、ちゅあーっ!!」
「レ、パァッ──!?」
頭上から降ってきた叫声に、オヤブンテレネットは頭を眩ませた。
テレネットは聴覚が発達していない代わりに、
逆に言えば、そのサイコパワーを掻き乱せるだけの出力であれば、例え音が主体のわざであろうとも、彼らに影響を及ぼす事ができる。
空気を震わせる
その隙を縫って落ちてきた
「レパッ、テレニッ……チャァッ!?」
くらくら歪んで揺れる、オヤブンテレネットの世界。
だから、頭上に落ちてくるもう1つの
「──“れんぞくパンチ”!」
「びぃあぁっ!!」
小さく、しかし重い拳の一撃が、背中に深々と突き刺さる。
「パシャッ!?」
「──びーっ!!」
2撃、3撃と続く殴打。
落下の勢いを利用したそれは、本来の膂力と質量から算出されるインパクトに、幾分かの威力を上乗せしていた。
“こんらん”していた頭と心に痛みと衝撃が走り、視界がチカチカ明滅する。
だが逆に、その痛みがほんの一瞬、オヤブンに判断力を取り戻させた。
「レ、ネェアーッ!!」
「びぃっ!?」
通常の個体よりも大きな胴体が、激しく左右に揺さぶられた。
それによって攻撃を無理やり中断され、背中から振り落とされた小さな体は、しかし無事に受け身を取って地面に着地する。
「──びっ!」
そこにいたのは、1匹の
少し前にオヤブンが手ずから見つけ、追い詰めるも取り逃がした、あの小さな人間のしもべだったポケモン。
それを認識した瞬間、知覚能力を眩ませている“こんらん”が、湧き上がる怒りによって、一時的に上書きされる。
ここに奴がいるという事は、奴を従えているあの人間も、近くにいる筈だ。
群れを率いる者として、1度見つけた外敵を取り逃す事は、決してあってはならない。
どこだ、どこにいる。
忙しなく首を動かし、頭上の
「やっぱり見つかるわよね……。賭けは半分アタリ、半分ハズレってとこかな。初手で、上手く
穴だ。
天井にぽっかりと空いた穴、そこから頭だけを突き出して、あの時の人間──ソラが、こちらを観察していた。
ソラはオヤブンが自身の存在に気付いた事を悟ると、すぐさま両手を伸ばして(オヤブンの視点での)天井を掴み、「よいせ」と穴から身を乗り出した。
すると、おかしな事が起こる。
それまで天井から落ちてくる気配の無かった彼女は、穴から身を乗り出した瞬間、ぐるりと体が回転し、地面に向かって落ちてくるではないか。
「ごめん、着地任せた!」
「──れぴ!」
そこでようやく、オヤブンはソラの背中に、群れの仲間──中でも取り分け幼かった個体がしがみついている事に気付く。
どうして彼女が、余所者の人間の背中にくっついているのかは分からない。
しかし彼女は、己の
「び!」
「けりーっ!」
「ちゆっ!」
「てれぴ!」
「うん。皆、ありがとう。おかげでようやく、あいつと同じ土俵に立てるよ」
少女の周囲に、彼女のポケモンたちが集まってくる。
“こんらん”の状態異常によって歪み狂った思考では、何が起きているのかを完全に把握する事はできない。
しかし、それでよかった。オヤブンテレネットにとって、重要な事は少ない。
「レ、ニィィィィィ……!!」
あれらは、敵だ。
巣を、群れを脅かし、仲間たちを傷つけんとする、余所者たちだ。
あの幼い彼女も大方、奴らの口車に騙され、唆されたのだろう。
後でしっかり
オヤブンは真紅の
怒りのままに放ったサイコパワーと電光が、洞窟内を照らすに留まらず、荒れ狂うエネルギーの圧力を以て、岩壁さえ削り壊していく。
すべては、外敵を排除する為に。
「来るよ!」
「レパッ──シャァァァァァアアアアア!!!!!」