ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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今日3話目の投稿です。ご注意ください。


Lv.41「強襲の一手」

 ()は、苛立っていた。最早、その理由さえ分からないほどに。

 

 切っ掛けは、なんだったか。

 すっかり茹だり切った頭では、それすら思い出す事は叶わない。

 

 ただ、自分が()()なる少し前、自分たちの巣の近くで、妙な風体の人間を数人ほど見かけたような気がした。

 彼らがコソコソと何をやっていたのかは知らないが、どうにも自分たちを観察し、何かを話し合っていたように思う。

 

 

 しかし、そんな事はもうどうでもいい。

 その人間どもの正体や目的がどうであれ、それらが()()()である事だけは間違いないのだから。

 

 今の()を駆り立てるものは、ただひとつ。

 余所者、外敵の排除。自分を、群れの仲間たちを、自分たちの暮らしを脅かすあらゆるモノを取り除き、排除する。

 

 

 その為に、()は精力的に働いた。

 

 元々のテリトリーなど関係無い。群れの仲間でないのなら、目に入るすべてが余所者、自分たちの敵だ。

 他のポケモンたちを追い立て、糸という糸を張り巡らせて、今や洞窟内の大半が自分たちの巣となっている。

 

 だが、それで()が満足する事は無い。

 もっともっと巣を広げ、より多くの外敵を排除しなければ。そうでなければ、仲間や子供たちが危険に晒されてしまう。

 

 

 ……だというのに、群れの仲間たちはどうしてか、この取り込みに消極的だ。

 誰も彼も、()の命令に抵抗を示し、中には己の仕事を放棄したり、あまつさえ自分に反抗しようとする者まで現れた。

 

 そういう者たちには、()が根気強く()()する事もあった。

 しかし、そうすると仲間たちは、より一層、()に対して怯えるようになっていった。

 

 

 何故だ? どうして仲間たちは、自分に怯えている? どうして自分を恐れている?

 自分は仲間たちの為、群れの為に、必死に戦っているのに。群れの皆が健やかに暮らせるよう、こんなにも尽くしているのに。

 

 

 疑問と苛立ちは、ただでさえ薄れている理性をより煮え滾らせ、()の心に深い靄を生み出していく。

 靄のかかった心では、正しい景色など見えはしない。それがより苛立ちを呼び寄せ、後はもう悪循環だ。

 

 ()()()()()()()()視界に映る世界は、もう誰が味方なのかも分からない。

 それでも、彼は働く。群れの仲間たちを守る為に、こうして……

 

 

 

「……ジ、ジジ」

 

 

 

 ()は現在、洞窟内のパトロールに出ていた。

 

 先ほど取り逃がしてしまった外敵(小さな人間と、それに付き従う数体のポケモンだ)を探し出し、制裁を加えるべく、()()命令に従う仲間たちを駆り出していた。

 そして()自身もまた、あの憎き余所者どもを叩き潰すべく、巣の中を巡回していたところで……異変に気付く。

 

 

「……ジィ……!」

 

 

 糸が、焼けているのだ。

 

 洞窟内の壁や床に仕掛けた糸は、彼らにとって、情報伝達を行う為の重要なもの。

 これによって外敵がどこに現れ、どこに逃げているのかを正確に察知し、仲間とともに追い詰め、仕留める事ができる。

 

 その為の糸が、燃やされている。

 これでは、自分のいる場所に仲間を呼ぶ事も、仲間のいる場所に素早く向かう事もできないではないか。

 

 まったくもって、由々しき事態である。

 こんな有り様を気付かず放置していた仲間には、後で()をする必要があるだろうが、それはあくまで後での事だ。

 

 今は、この焼かれた糸を修繕する事を第一に優先しなければならない。

 

 

「ジッ……ジィ──?」

 

 

 だから、()──テレネットたちのオヤブンは、気付かない。

 本来、群れの仲間よりも優れたサイコパワーを以てすれば、奇襲を事前に予知し、迎撃する事が可能である筈なのに。

 

 怒りと狂気に歪んだ真っ赤な世界は、()()()()を捉える事ができなかった。

 

 

 

「はるりん、“ないしょばなし”! ちゆりんはその隙に“てんしのキッス”!」

「ほっけるりーっ!!」

「ぴっ、ちゅあーっ!!」

 

 

 

《はるりんの ないしょばなし!》

 

《ちゆりんの てんしのキッス!》

 

 

「レ、パァッ──!?」

 

 頭上から降ってきた叫声に、オヤブンテレネットは頭を眩ませた。

 

 テレネットは聴覚が発達していない代わりに、天使の輪(エンジェルハィロゥ)から発せられるサイコパワーで周囲を知覚する。

 逆に言えば、そのサイコパワーを掻き乱せるだけの出力であれば、例え音が主体のわざであろうとも、彼らに影響を及ぼす事ができる。

 

 

《オヤブンの テレネットの とくこうが さがった!》

 

《オヤブンの テレネットは こんらんした!》

 

 

 空気を震わせるはるりん(ハルドリ)の声が、相手の知覚を狂わせる。

 その隙を縫って落ちてきたちゆりん(ピチュー)の接吻が、天使の輪(エンジェルハィロゥ)のフチに落とされて、無数のポッポ(イキリンコという説もある)のエフェクトが、オヤブンの視界を埋め尽くした。

 

 

「レパッ、テレニッ……チャァッ!?」

 

 

 くらくら歪んで揺れる、オヤブンテレネットの世界。

 ()()が叫び、()()が自分に触れ、()()が目の前まで落ちてきたのは分かる。だが、それ以上の事が分からない。

 

 だから、頭上に落ちてくるもう1つの()()に気付かない。気付けない。

 

 

「──“れんぞくパンチ”!」

「びぃあぁっ!!」

 

 

《びぃタロの れんぞくパンチ!》

 

 

 小さく、しかし重い拳の一撃が、背中に深々と突き刺さる。

 

「パシャッ!?」

「──びーっ!!」

 

 2撃、3撃と続く殴打。

 落下の勢いを利用したそれは、本来の膂力と質量から算出されるインパクトに、幾分かの威力を上乗せしていた。

 

 “こんらん”していた頭と心に痛みと衝撃が走り、視界がチカチカ明滅する。

 だが逆に、その痛みがほんの一瞬、オヤブンに判断力を取り戻させた。

 

「レ、ネェアーッ!!」

「びぃっ!?」

 

 

《3かい あたった!》

 

 

 通常の個体よりも大きな胴体が、激しく左右に揺さぶられた。

 それによって攻撃を無理やり中断され、背中から振り落とされた小さな体は、しかし無事に受け身を取って地面に着地する。

 

 

「──びっ!」

 

 

 そこにいたのは、1匹のデシエビ(びぃタロ)だった。

 少し前にオヤブンが手ずから見つけ、追い詰めるも取り逃がした、あの小さな人間のしもべだったポケモン。

 

 それを認識した瞬間、知覚能力を眩ませている“こんらん”が、湧き上がる怒りによって、一時的に上書きされる。

 

 ここに奴がいるという事は、奴を従えているあの人間も、近くにいる筈だ。

 群れを率いる者として、1度見つけた外敵を取り逃す事は、決してあってはならない。

 

 どこだ、どこにいる。

 忙しなく首を動かし、頭上の天使の輪(エンジェルハィロゥ)を回転させ、活性化したサイコパワーを周囲に振り撒いて──見つけた。

 

 

 

「やっぱり見つかるわよね……。賭けは半分アタリ、半分ハズレってとこかな。初手で、上手く不利な効果(デバフ)を撒けただけでも善しと考えましょ」

 

 

 

 穴だ。

 天井にぽっかりと空いた穴、そこから頭だけを突き出して、あの時の人間──ソラが、こちらを観察していた。

 

 ソラはオヤブンが自身の存在に気付いた事を悟ると、すぐさま両手を伸ばして(オヤブンの視点での)天井を掴み、「よいせ」と穴から身を乗り出した。

 

 すると、おかしな事が起こる。

 それまで天井から落ちてくる気配の無かった彼女は、穴から身を乗り出した瞬間、ぐるりと体が回転し、地面に向かって落ちてくるではないか。

 

 

 

「ごめん、着地任せた!」

「──れぴ!」

 

 

 

 そこでようやく、オヤブンはソラの背中に、群れの仲間──中でも取り分け幼かった個体がしがみついている事に気付く。

 

 どうして彼女が、余所者の人間の背中にくっついているのかは分からない。

 しかし彼女は、己の天使の輪(エンジェルハィロゥ)を輝かせると、落下しゆく少女の体を“ねんりき”によって制御し、上手く地面に着地させてしまう。

 

「び!」

「けりーっ!」

「ちゆっ!」

「てれぴ!」

「うん。皆、ありがとう。おかげでようやく、あいつと同じ土俵に立てるよ」

 

 少女の周囲に、彼女のポケモンたちが集まってくる。

 

 “こんらん”の状態異常によって歪み狂った思考では、何が起きているのかを完全に把握する事はできない。

 しかし、それでよかった。オヤブンテレネットにとって、重要な事は少ない。

 

 

「レ、ニィィィィィ……!!」

 

 

 あれらは、敵だ。

 巣を、群れを脅かし、仲間たちを傷つけんとする、余所者たちだ。

 

 あの幼い彼女も大方、奴らの口車に騙され、唆されたのだろう。

 後でしっかり()()()()()なければならないが、それよりも今は、やるべき事がある。

 

 オヤブンは真紅の単眼光(モノアイ)を輝かせ、目の前の余所者たちを()めつけた。

 怒りのままに放ったサイコパワーと電光が、洞窟内を照らすに留まらず、荒れ狂うエネルギーの圧力を以て、岩壁さえ削り壊していく。

 

 すべては、外敵を排除する為に。

 

 

 

「来るよ!」

「レパッ──シャァァァァァアアアアア!!!!!」

 

 

 

《オヤブンの テレネットが しょうぶを しかけてきた!》

 

《オヤブンの テレネットは やせいの ちからに みちあふれている!》

 

 

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