ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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Lv.42「荒ぶるオヤブン」

 ソラが目をつけたのは、この洞窟の持つ不思議な特性だ。

 具体的な原因やメカニズムは分からないが、この“ギムレの洞穴”内部には、重力の反転しているエリアが存在する。

 

 より厳密に言うのであれば、原因の推測はついていた。

 それは洞窟内の至るところから露出している、リバーテル結晶。

 

 一定の質量が集まると浮き上がるという、摩訶不思議な特性を持ったそれらが、何らかの要因によって強力な引力を有しているのではないか。

 明確な根拠(ソース)こそ無いものの、ソラはそのように推測していた。

 

 これによって、テレネットたちの住処になっているエリアは、“人の大地(ハイランド)”視点での重力が反転しているように感じられた。

 最初にソラたちが天井の穴に向かって落ちていったのは、転びかけてバランスを崩した事で、穴の向こうの反転した重力が、自身の体に適用されたのだとソラは考えている。

 

 

(光を生成したり吸収したり、かと思えば浮いたり重力持ったり……めちゃくちゃな鉱石もあったものね。地上世界に持って帰ったら大騒ぎ間違いなしだわ)

 

 

 ともあれ、これを利用しない手は無い。

 とは言っても、利用するのは最初の一手、つまり奇襲のタイミングだ。

 

 予め天井の穴の中に潜んでおき、オヤブンが接近したタイミングで上空から強襲する。

 初撃で倒せるほどこちらは強くなく、相手は弱くない。故に指示するのは、攻撃ではなく弱体化。

 

 そして本番は、ここからだ。

 

 

 

「散開! びぃタロとはるりんはバラバラに動いて、相手の狙いを乱して! ちゆりんはわたしの傍で、わたしに攻撃が来た場合の護衛!」

「び!」

「ほけっ!」

「ちゅー!」

 

 

 

 主の指示に従って、ポケモンたちが独自に行動し始める。

 

 今のソラの腕前では、ダブル以上のバトル──つまり、1度に複数のポケモンに指示を飛ばしながらの戦闘は難しい。

 (いわん)や、今回のバトルは速攻で決着をつける事が求められる。グダグダと戦っていれば、いずれ増援がやってきて、不利になるのはこちらの方だ。

 

 なので、それぞれの役割については予め打ち合わせを済ませてある。

 事前に相談した作戦に沿って動き、ある程度は、ポケモンたち自身の判断で動いてもらう事にしたのだ。

 

「れぴ……」

「あなたは、わたしの背中にいて。……あまり見たくないでしょう? 仲間とのバトルなんて」

「……ぴぃ」

 

 背中にピッタリくっついた幼いテレネットが、身じろぎしてソラのうなじに顔を(うず)める。

 やはりその幼さ故に、自分たちのボスと戦い、傷つけ合うところを見るのは辛いものがあるのだろう。

 

 それを理解しているからこそ、ソラは目の前のバトルに集中するべく顔を上げた。

 彼女が最初に目にしたのは、壁際を這うように飛ぶ若草色の翼だった。

 

 

「けりるーりっ!」

「レピッ、テリィァアッ!!」

 

 

 オヤブンの顔面スレスレを掠めながらにはるりんが飛び、相手の注目を攫う。

 振り向きざまに開かれた嘴からは、自慢の喉を活かした囀りが、わざとなって放たれた。

 

「ほっ、けーきょっ!!

 

 

《はるりんの ないしょばなし!》

 

《オヤブンの テレネットの とくこうが さがった!》

 

 

「テ、レニィ……ッ!」

 

 “チャージビーム”に“ねんりき”と、テレネットのわざはとくしゅ系に偏っている。

 それは彼らの“とくこう”が高い事からも示唆されており、それは逆に言えば、相手の“とくこう”を下げるわざが覿面に効く事を意味していた。

 

 幸いにして、テレネットは聴覚の弱い種族。

 洞窟という音の反響する環境であっても、他のテレネットが彼女の音わざを聞きつけるリスクは低い。

 

 逆に、至近距離にいるオヤブンは、天使の輪(エンジェルハィロゥ)が持つ知覚能力により、音わざの影響をモロに受けてしまう。

 彼らの種族特徴が、こちらの作戦と見事に噛み合っていた。

 

 あちらの攻撃がこちらに“こうかばつぐん”である以上、その威力はどれだけ下げても下げ過ぎるという事は無い。

 故に、はるりんの役割は、相手の撹乱と能力値下げ(デバフ)

 

 

「──びぃっ!!」

 

 

 そうして、相手の知覚が掻き乱された隙を突く。

 はるりんがオヤブンを引き付けている内に、相手の懐へ潜り込んだのは、グローブめいた1対の前脚を持つ、小さくも勇猛なファイター。

 

 

《びぃタロの ビルドアップ!》

 

《びぃタロの こうげきが あがった!》

 

《びぃタロの ぼうぎょが あがった!》

 

 

 接敵する刹那の内に吸い込まれた酸素は、彼の肺の中で活力へと転じる。

 “ビルドアップ”によって更なるパワーを得たびぃタロ。彼の存在にオヤブンが気付いたのは、わざを繰り出される直前になってから、ようやくの事だった。

 

「顎を狙って、“れんぞくパンチ”!」

「え、びぃあ──ッ!!」

 

 

《びぃタロの れんぞくパンチ!》

 

 

「レ、ギュッ!?」

 

 相手の懐の内から、上に向かってのアッパーカット。

 その初撃は、ソラが指示した通り、オヤブンテレネットの顎にクリーンヒットした。

 

 

《きゅうしょに あたった!》

 

 

 顎。それは生き物にとっての急所(ウィークポイント)

 下からかち上げられる形で顎に衝撃を受けると、それによって脳が揺れ、相手に大きなダメージを与える事ができる。

 

 基本的には人間に適用されるその理屈が、ポケモン、それもむし系のポケモン相手にどこまで通用するかは分からない。

 しかし、少なくとも──

 

 

《きゅうしょに あたった!》

 

 

 1撃、2撃。

 的確に打ち込まれた“れんぞくパンチ”は、2発連続でオヤブンの“きゅうしょ”に当たる。

 

 如何に彼我の実力(レベル)差や、こちらの地力不足があろうとも、“ビルドアップ”によって強化されたクリティカルヒットの威力は侮れない。

 このまま、3撃目も放とうとした、その矢先。

 

 

「っ! 下がって!」

「レッ──パシャァァァァァアアアアア!!!

「びぃ!?」

 

 

《2かい あたった!》

 

《オヤブンの テレネットの ねんりき!》

 

 

 オヤブンが、自身を取り巻く全方位に向けてサイコパワーを撒き散らす。

 それによって攻撃は中断され、矮躯故に軽いびぃタロはその風圧で吹き飛ばされるものの、難なく受け身に成功した。

 

「びぃタロ、平気ね?」

「びぃっ!」

「はるりんは?」

「けーりぃっ!」

 

 同じくサイコパワーのあおりを受けたはるりんもまた、風圧の勢いを利用して宙返りし、己の軌道をコントロールしてみせた。

 だがこれで、状況は一旦リセットされる。

 

 

「レ、ピィ……レパッ、シャァア……!!」

「っ……来る!」

 

 

 オヤブンテレネットの頭上に浮かぶ天使の輪(エンジェルハィロゥ)が激しく回転し、徐々に光を帯び始める。

 輪の上を巡る光は、速度を上げる内に電流へ変じると、やがて矢のような形を取りながら飛び出した。

 

「レピシャァアッ!!!」

 

 

《オヤブンの テレネットの チャージビーム!》

 

 

「ちゆりん!」

「ちゅーっ!」

 

 ソラの叫びとともに、彼女の傍についていたちゆりんが、雷の矢の前へと躍り出る。

 本来、びぃタロを狙って放たれた筈のそれは、間に割って入ったこねずみポケモンへと吸い込まれていく。

 

 

《こうかは いまひとつ のようだ……》

 

 

「ぢっ……!? ゆ、ぅう……うぅうっ!!」

 

 “こうかいまひとつ”に加えて、“ないしょばなし”の重ねがけにより下がった“とくこう”。

 元々低めの威力を、それらによって更に削減された“チャージビーム”では、同じでんきタイプのちゆりんを打ち貫ける道理無し。

 

 そればかりか、抗い切って弾けた電気の幾分かが、彼女の頬の電気袋へ吸収された。

 エネルギーの充填は万全。バチバチとスパークする頬が、いつでも反撃できる事を雄弁に語っていた。

 

「ぴっ、ちゃ──っ!!」

 

 

《ちゆりんの でんきショック!》

 

 

 お返しと言わんばかりに迸り、宙を駆ける黄色い電流。

 それに対してオヤブンは、天使の輪(エンジェルハィロゥ)を先ほどとは逆方向に回転させ、サイコパワーを放出しようとして……しかし。

 

「レ、ニィ、トッ……!?」

 

 

《オヤブンの テレネットは こんらんしている!》

 

《わけも わからず じぶんを こうげきした!》

 

 

 暴発。

 “ねんりき”になりかけのサイコパワーが独りでに荒れ狂い、その勢いで頭を左右に揺らしながら、洞窟の壁に向かって消費される。

 

 攻撃が無駄打ちに終わったところへ、ちゆりんの“でんきショック”が突き刺さる。

 

 

《こうかは いまひとつ のようだ……》

 

 

 結果自体は、先ほどと同じ。

 “チャージビーム”をちゆりん(ピチュー)に撃っても“こうかいまひとつ”なように、“でんきショック”をオヤブンテレネットに撃っても“こうかいまひとつ”。

 

 顔面に注がれて散る電流は、相手にとって大したダメージにはなりはしない。

 それでも相手の出方を牽制し、注目を逸らす事はできる。

 

 

「ほけっ、きょ──っ!!」

 

 

《はるりんの エコーボイス!》

 

 

 はるりん自身の判断によって繰り出されたのは、タイプ一致の音わざ。

 相手の集中力を削ぐ為の“ないしょばなし”とは異なり、こちらは攻撃する事を目的として放たれる叫声だ。

 

 本来は繰り返し繰り出し続ける事で威力の上がるわざだが、はるりん自身の“とくこう”と、タイプ一致による威力の向上が合わされば、その出力は初撃でも馬鹿にできない。

 岩さえ震わせ削る音波は、オヤブンテレネットの肉体に確実にダメージを与えていく。

 

「テ、リィィ……!?」

「行ける……! びぃタロ、追撃! もう1回、“れんぞくパンチ”よ!」

「びび!」

 

 音と音との切れ目をすり抜けて、びぃタロが駆ける。

 自らの小柄さを利用し、地面スレスレを這うように走りながら、再び相手の懐へ飛び込もうとする、が。

 

 

「レシャァアアアアッ!!!」

 

 

《オヤブンの テレネットの チャージビーム!》

 

 

 激しく帯電したオヤブンが、体に纏う電流を1点に収束し、再度“チャージビーム”を射出する。

 いつもは薄暗い洞窟を、なおも昼間ほどに明るく照らしながら進む先、それは当然、己に向かって突撃してくるびぃタロだ。

 

「──! 止まって、びぃタロ! 代わりに“みずでっぽう”!」

「び──!? び、びぃっ!!」

 

 前方より迫る雷撃、後方より飛ぶ指示。

 それらに挟まれながらも、どうにか無理やり減速し、口から水流を迸らせる。

 

 

《びぃタロの みずでっぽう!》

 

 

 やってる事は、最初に遭遇した時と同じ理屈だ。

 水という通電先をこちらで用意し、撒き散らされる水流で“チャージビーム”を拡散させる事で、威力を強引に打ち消す。

 

 しかし今回は、彼我の距離という問題があった。

 あの時よりも近い距離で行われたそれは、確かに電気エネルギーの幾分かを水流に逃がす事に成功したが、それでも突き抜ける事を許してしまう。

 

 

《こうかは ばつぐんだ!》

 

 

「──ぃ、あっ!?」

「びぃタロっ!?」

 

 

 水のカーテンの向こうから、雷の矢がびぃタロの左腕を貫く。

 見れば、今しがたの一撃によって彼の左腕が焦げ、状態異常ならざれど怪我としての火傷をしているようだった。

 

「大丈夫!? びぃタ……っ!?」

「び……いぃ、いぃいあっ!」

 

 痛みに呻きながらも、それでも立ち上がり、歯を食い縛って奮起する。

 そんな相棒の姿に、安堵と頼もしさを抱きつつも、ソラは己の頬を伝う汗を自覚していた。

 

 

(びぃタロの怪我は、後でキズぐすりや“チーゴのみ”を食べさせれば治療はできる……。けどやっぱり、地力(レベル)の差と“こうかばつぐん”がここに来て響いてきてる。はるりんが“ないしょばなし”を重ねがけしても、なおこれか……!)

 

 

 相手は、伊達に群れを率いるボスではない、という事だ。

 その証拠を提示せんと、オヤブンテレネットの体に纏わりつく電流が、その激しさを徐々に増しているのが見て取れた。

 

 

《オヤブンの テレネットの とくこうが あがった!》

 

 

 “チャージビーム”の副次効果。

 わざを繰り出す事でエネルギーが充填され、一定の確率で“とくこう”が上昇する。

 

 “ないしょばなし”で2段階下がった筈の“とくこう”が、差し引きで1段階減少にまで改善される。

 ことこの状況下において、1段階の上下は大きな差となるだろう事は明らかだ。

 

 

(……“みずでっぽう”はとくしゅわざ、“こうげき”主体のびぃタロとは相性が悪いし、相手に迎撃されるリスクもある。“れんぞくパンチ”はぶつりわざだけど、タイプ不一致だから連打しないと威力は期待できないし、第一、左腕を怪我した現状じゃあ……)

 

 

 ソラの頭の中で、目まぐるしく思考が巡る。

 今回の作戦は「増援や反撃が来る前に、速攻でケリをつける」為のもの。こうして時間が経てば経つほどに、こちらが不利になっていく。

 

(相手に反撃の暇を与えず攻撃できる、タイプ一致のぶつりわざがあれば……)

 

 そんな都合のいいものを、無意識に求めようとしたその時。

 ……ふと、少女の脳裏に、()()()のバトルが唐突に思い返されていた。

 

 

 

(……もしも、()()()()を使えたなら)

 

 

 

 デシエビというポケモンの種族特徴を鑑みるに、びぃタロが()()()()を覚えてもおかしくは無い。

 問題は、この土壇場も土壇場の状況で、新しいわざを身に付け、繰り出す事ができるかどうかである。

 

 そこまで考えて、すぐに首を振る。

 そんな事、普通に考えて無理だ。

 

 

「プラン変更! ちゆりんが前に出て、びぃタロは“みずでっぽう”で支援を──」

「レ、レピィ……! レパ、シィィィィィ……!!」

 

 

 バチリ、バチリ、と。

 これまで以上のスパークが、オヤブンテレネットの全身を駆け巡る。

 

 それは、先の“チャージビーム”で得られたエネルギーであると同時に、怒りによって()()が外れたからこそ引き出せた、限界以上のパワーでもあった。

 

 自らにここまでダメージを負わせ、あまつさえ倒れる事も逃げる事も無い。

 そんな外敵(ソラ)たちへの怒りと苛立ちが、電力とサイコパワーを高めていく。

 

 少女が想定していた以上の光と音を、迸らせながら。

 

 

 

「シャアッ!! レ、シャァアラァァァァァアアアアアアアアアア!!!!!

 

 

 

《オヤブンの テレネットの エレキネット!》

 

 

 ソラは一瞬、そのわざを“ほうでん”と見誤った。

 通常、“チャージビーム”とそう変わらない威力である筈のそれは、オヤブンの体を起点として、見える全方位に向けて解き放たれていた。

 

 

「不味っ、皆! 今すぐ退いて──」

「シャラァアアアッ!!!」

 

 

 少女の指示を掻き消すほどのスパーク音が、洞窟中を駆け抜ける。

 尋常の物理法則を無視した電撃は、中空で相互に繋がり合いながら、クモの巣のような形状のエフェクトを生み出していく。

 

 この場一帯を埋め尽くすほどの眩さを前に、もはや回避は叶わず。

 ソラのポケモンたちは、その奔流に為す術も無く呑み込まれた。




この後【15:00】より1回目の追加投稿を行います。
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