ソラが目をつけたのは、この洞窟の持つ不思議な特性だ。
具体的な原因やメカニズムは分からないが、この“ギムレの洞穴”内部には、重力の反転しているエリアが存在する。
より厳密に言うのであれば、原因の推測はついていた。
それは洞窟内の至るところから露出している、リバーテル結晶。
一定の質量が集まると浮き上がるという、摩訶不思議な特性を持ったそれらが、何らかの要因によって強力な引力を有しているのではないか。
明確な
これによって、テレネットたちの住処になっているエリアは、“
最初にソラたちが天井の穴に向かって落ちていったのは、転びかけてバランスを崩した事で、穴の向こうの反転した重力が、自身の体に適用されたのだとソラは考えている。
(光を生成したり吸収したり、かと思えば浮いたり重力持ったり……めちゃくちゃな鉱石もあったものね。地上世界に持って帰ったら大騒ぎ間違いなしだわ)
ともあれ、これを利用しない手は無い。
とは言っても、利用するのは最初の一手、つまり奇襲のタイミングだ。
予め天井の穴の中に潜んでおき、オヤブンが接近したタイミングで上空から強襲する。
初撃で倒せるほどこちらは強くなく、相手は弱くない。故に指示するのは、攻撃ではなく弱体化。
そして本番は、ここからだ。
「散開! びぃタロとはるりんはバラバラに動いて、相手の狙いを乱して! ちゆりんはわたしの傍で、わたしに攻撃が来た場合の護衛!」
「び!」
「ほけっ!」
「ちゅー!」
主の指示に従って、ポケモンたちが独自に行動し始める。
今のソラの腕前では、ダブル以上のバトル──つまり、1度に複数のポケモンに指示を飛ばしながらの戦闘は難しい。
なので、それぞれの役割については予め打ち合わせを済ませてある。
事前に相談した作戦に沿って動き、ある程度は、ポケモンたち自身の判断で動いてもらう事にしたのだ。
「れぴ……」
「あなたは、わたしの背中にいて。……あまり見たくないでしょう? 仲間とのバトルなんて」
「……ぴぃ」
背中にピッタリくっついた幼いテレネットが、身じろぎしてソラのうなじに顔を
やはりその幼さ故に、自分たちのボスと戦い、傷つけ合うところを見るのは辛いものがあるのだろう。
それを理解しているからこそ、ソラは目の前のバトルに集中するべく顔を上げた。
彼女が最初に目にしたのは、壁際を這うように飛ぶ若草色の翼だった。
「けりるーりっ!」
「レピッ、テリィァアッ!!」
オヤブンの顔面スレスレを掠めながらにはるりんが飛び、相手の注目を攫う。
振り向きざまに開かれた嘴からは、自慢の喉を活かした囀りが、わざとなって放たれた。
「ほっ、けーきょっ!!」
「テ、レニィ……ッ!」
“チャージビーム”に“ねんりき”と、テレネットのわざはとくしゅ系に偏っている。
それは彼らの“とくこう”が高い事からも示唆されており、それは逆に言えば、相手の“とくこう”を下げるわざが覿面に効く事を意味していた。
幸いにして、テレネットは聴覚の弱い種族。
洞窟という音の反響する環境であっても、他のテレネットが彼女の音わざを聞きつけるリスクは低い。
逆に、至近距離にいるオヤブンは、
彼らの種族特徴が、こちらの作戦と見事に噛み合っていた。
あちらの攻撃がこちらに“こうかばつぐん”である以上、その威力はどれだけ下げても下げ過ぎるという事は無い。
故に、はるりんの役割は、相手の撹乱と
「──びぃっ!!」
そうして、相手の知覚が掻き乱された隙を突く。
はるりんがオヤブンを引き付けている内に、相手の懐へ潜り込んだのは、グローブめいた1対の前脚を持つ、小さくも勇猛なファイター。
接敵する刹那の内に吸い込まれた酸素は、彼の肺の中で活力へと転じる。
“ビルドアップ”によって更なるパワーを得たびぃタロ。彼の存在にオヤブンが気付いたのは、わざを繰り出される直前になってから、ようやくの事だった。
「顎を狙って、“れんぞくパンチ”!」
「え、びぃあ──ッ!!」
「レ、ギュッ!?」
相手の懐の内から、上に向かってのアッパーカット。
その初撃は、ソラが指示した通り、オヤブンテレネットの顎にクリーンヒットした。
顎。それは生き物にとっての
下からかち上げられる形で顎に衝撃を受けると、それによって脳が揺れ、相手に大きなダメージを与える事ができる。
基本的には人間に適用されるその理屈が、ポケモン、それもむし系のポケモン相手にどこまで通用するかは分からない。
しかし、少なくとも──
1撃、2撃。
的確に打ち込まれた“れんぞくパンチ”は、2発連続でオヤブンの“きゅうしょ”に当たる。
如何に彼我の
このまま、3撃目も放とうとした、その矢先。
「っ! 下がって!」
「レッ──パシャァァァァァアアアアア!!!」
「びぃ!?」
オヤブンが、自身を取り巻く全方位に向けてサイコパワーを撒き散らす。
それによって攻撃は中断され、矮躯故に軽いびぃタロはその風圧で吹き飛ばされるものの、難なく受け身に成功した。
「びぃタロ、平気ね?」
「びぃっ!」
「はるりんは?」
「けーりぃっ!」
同じくサイコパワーのあおりを受けたはるりんもまた、風圧の勢いを利用して宙返りし、己の軌道をコントロールしてみせた。
だがこれで、状況は一旦リセットされる。
「レ、ピィ……レパッ、シャァア……!!」
「っ……来る!」
オヤブンテレネットの頭上に浮かぶ
輪の上を巡る光は、速度を上げる内に電流へ変じると、やがて矢のような形を取りながら飛び出した。
「レピシャァアッ!!!」
「ちゆりん!」
「ちゅーっ!」
ソラの叫びとともに、彼女の傍についていたちゆりんが、雷の矢の前へと躍り出る。
本来、びぃタロを狙って放たれた筈のそれは、間に割って入ったこねずみポケモンへと吸い込まれていく。
「ぢっ……!? ゆ、ぅう……うぅうっ!!」
“こうかいまひとつ”に加えて、“ないしょばなし”の重ねがけにより下がった“とくこう”。
元々低めの威力を、それらによって更に削減された“チャージビーム”では、同じでんきタイプのちゆりんを打ち貫ける道理無し。
そればかりか、抗い切って弾けた電気の幾分かが、彼女の頬の電気袋へ吸収された。
エネルギーの充填は万全。バチバチとスパークする頬が、いつでも反撃できる事を雄弁に語っていた。
「ぴっ、ちゃ──っ!!」
お返しと言わんばかりに迸り、宙を駆ける黄色い電流。
それに対してオヤブンは、
「レ、ニィ、トッ……!?」
暴発。
“ねんりき”になりかけのサイコパワーが独りでに荒れ狂い、その勢いで頭を左右に揺らしながら、洞窟の壁に向かって消費される。
攻撃が無駄打ちに終わったところへ、ちゆりんの“でんきショック”が突き刺さる。
結果自体は、先ほどと同じ。
“チャージビーム”を
顔面に注がれて散る電流は、相手にとって大したダメージにはなりはしない。
それでも相手の出方を牽制し、注目を逸らす事はできる。
「ほけっ、きょ──っ!!」
はるりん自身の判断によって繰り出されたのは、タイプ一致の音わざ。
相手の集中力を削ぐ為の“ないしょばなし”とは異なり、こちらは攻撃する事を目的として放たれる叫声だ。
本来は繰り返し繰り出し続ける事で威力の上がるわざだが、はるりん自身の“とくこう”と、タイプ一致による威力の向上が合わされば、その出力は初撃でも馬鹿にできない。
岩さえ震わせ削る音波は、オヤブンテレネットの肉体に確実にダメージを与えていく。
「テ、リィィ……!?」
「行ける……! びぃタロ、追撃! もう1回、“れんぞくパンチ”よ!」
「びび!」
音と音との切れ目をすり抜けて、びぃタロが駆ける。
自らの小柄さを利用し、地面スレスレを這うように走りながら、再び相手の懐へ飛び込もうとする、が。
「レシャァアアアアッ!!!」
激しく帯電したオヤブンが、体に纏う電流を1点に収束し、再度“チャージビーム”を射出する。
いつもは薄暗い洞窟を、なおも昼間ほどに明るく照らしながら進む先、それは当然、己に向かって突撃してくるびぃタロだ。
「──! 止まって、びぃタロ! 代わりに“みずでっぽう”!」
「び──!? び、びぃっ!!」
前方より迫る雷撃、後方より飛ぶ指示。
それらに挟まれながらも、どうにか無理やり減速し、口から水流を迸らせる。
やってる事は、最初に遭遇した時と同じ理屈だ。
水という通電先をこちらで用意し、撒き散らされる水流で“チャージビーム”を拡散させる事で、威力を強引に打ち消す。
しかし今回は、彼我の距離という問題があった。
あの時よりも近い距離で行われたそれは、確かに電気エネルギーの幾分かを水流に逃がす事に成功したが、それでも突き抜ける事を許してしまう。
「──ぃ、あっ!?」
「びぃタロっ!?」
水のカーテンの向こうから、雷の矢がびぃタロの左腕を貫く。
見れば、今しがたの一撃によって彼の左腕が焦げ、状態異常ならざれど怪我としての火傷をしているようだった。
「大丈夫!? びぃタ……っ!?」
「び……いぃ、いぃいあっ!」
痛みに呻きながらも、それでも立ち上がり、歯を食い縛って奮起する。
そんな相棒の姿に、安堵と頼もしさを抱きつつも、ソラは己の頬を伝う汗を自覚していた。
(びぃタロの怪我は、後でキズぐすりや“チーゴのみ”を食べさせれば治療はできる……。けどやっぱり、
相手は、伊達に群れを率いるボスではない、という事だ。
その証拠を提示せんと、オヤブンテレネットの体に纏わりつく電流が、その激しさを徐々に増しているのが見て取れた。
“チャージビーム”の副次効果。
わざを繰り出す事でエネルギーが充填され、一定の確率で“とくこう”が上昇する。
“ないしょばなし”で2段階下がった筈の“とくこう”が、差し引きで1段階減少にまで改善される。
ことこの状況下において、1段階の上下は大きな差となるだろう事は明らかだ。
(……“みずでっぽう”はとくしゅわざ、“こうげき”主体のびぃタロとは相性が悪いし、相手に迎撃されるリスクもある。“れんぞくパンチ”はぶつりわざだけど、タイプ不一致だから連打しないと威力は期待できないし、第一、左腕を怪我した現状じゃあ……)
ソラの頭の中で、目まぐるしく思考が巡る。
今回の作戦は「増援や反撃が来る前に、速攻でケリをつける」為のもの。こうして時間が経てば経つほどに、こちらが不利になっていく。
(相手に反撃の暇を与えず攻撃できる、タイプ一致のぶつりわざがあれば……)
そんな都合のいいものを、無意識に求めようとしたその時。
……ふと、少女の脳裏に、
(……もしも、
デシエビというポケモンの種族特徴を鑑みるに、びぃタロが
問題は、この土壇場も土壇場の状況で、新しいわざを身に付け、繰り出す事ができるかどうかである。
そこまで考えて、すぐに首を振る。
そんな事、普通に考えて無理だ。
「プラン変更! ちゆりんが前に出て、びぃタロは“みずでっぽう”で支援を──」
「レ、レピィ……! レパ、シィィィィィ……!!」
バチリ、バチリ、と。
これまで以上のスパークが、オヤブンテレネットの全身を駆け巡る。
それは、先の“チャージビーム”で得られたエネルギーであると同時に、怒りによって
自らにここまでダメージを負わせ、あまつさえ倒れる事も逃げる事も無い。
そんな
少女が想定していた以上の光と音を、迸らせながら。
「シャアッ!! レ、シャァアラァァァァァアアアアアアアアアア!!!!!」
ソラは一瞬、そのわざを“ほうでん”と見誤った。
通常、“チャージビーム”とそう変わらない威力である筈のそれは、オヤブンの体を起点として、見える全方位に向けて解き放たれていた。
「不味っ、皆! 今すぐ退いて──」
「シャラァアアアッ!!!」
少女の指示を掻き消すほどのスパーク音が、洞窟中を駆け抜ける。
尋常の物理法則を無視した電撃は、中空で相互に繋がり合いながら、クモの巣のような形状のエフェクトを生み出していく。
この場一帯を埋め尽くすほどの眩さを前に、もはや回避は叶わず。
ソラのポケモンたちは、その奔流に為す術も無く呑み込まれた。
この後【15:00】より1回目の追加投稿を行います。