ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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今日3話目の投稿です。ご注意ください。


Lv.44「再起の激流」

 ……()は、その光景をずっと見ていた。

 重力異常によって、今は床となっている壁に叩きつけられ、這い蹲ったままの状態で、ずっと。

 

 自分や仲間たちと引き離された自分たちの主が、敵のオヤブンに追い詰められながらも、自ら立ち上がり、啖呵を切っている。

 野生のポケモンに襲われ、身の危険を味わった事で、自分たちにさえ怯えを向けていた彼女が、である。

 

 ……思えば、最初に会った時からそうだった。

 未知の環境に投げ出され、周囲の刺激に敏感なあまり怯えていた自分を探し出し、寄り添ってくれた彼女。

 

 凶暴なデルビルに襲われた時も、震えて何もできなかった自分を庇い、抱き締め、笑みを向けてくれた。

 その時かけられた言葉を、()は生涯忘れないだろう。

 

 

 

──あなたの事は、わたしが守るから。

 

 

 

「……び……」

 

 ぐ、と体を持ち上げようとする。

 オヤブンテレネットの放った渾身の“エレキネット”は、()の体に決して小さくないダメージを与え、あまつさえ、残存する電流によって動きを阻害してすらいた。

 

 仲間(ちゆりん)に庇ってもらえていなかったら、今頃は“ひんし”のまま、動く事すらできずにいただろう。

 その仲間(ちゆりん)もまた、受けた傷から立ち上がれないでいるのだから。

 

 加えて、その直前に繰り出された“チャージビーム”の余波が、()の左腕を貫き、使い物にならなくしてしまっている。

 両腕で打ち出すが故の速度と威力を持った“れんぞくパンチ”も、このザマでは繰り出せたものではない。

 

 

「び……び、びっ……びぃっ……!」

 

 

 体がズキズキと痛む。

 オヤブンテレネットの放つ電熱を浴びて、傷という傷が焼けたように熱く、苦痛で頭を犯していく。

 

 立ち上がれない。動けやしない。

 仮に立ち上がれたとして、動けたとして、今の自分に何ができる?

 

 彼女を励まし、勇気づけ、自分たちが守るなどと奮起したのはなんだったのか。

 自分の実力不足が故に主を無用な危険に晒し、大した貢献もできず、今こうして、逆に彼女の側が敵に立ち向かっている有り様だ

 

 この重力異常を突破し、彼女たちの下へ馳せ参じ、敵の攻撃から主を守り抜いた上で、敵を打倒する。

 そんな都合の良いヒーローのような真似が、本当にできるのだろうか?

 

 

 

「ジパッ──レ、パッ、シャァアアアアアッ!!!

 

 

 

 グルグルと堂々巡りし続ける思考をぶち壊すかのように、轟音と閃光がその場を支配する。

 痛む体を押して見上げてみれば、オヤブンテレネットがより激しく暴走し、その身に纏う電光を解き放っていた。

 

 あれだけの電流の中に突っ込めば、今の自分ではひとたまりもない事くらい、容易に想像できる。

 自分にできる事は何も無いのか。()がそう歯噛みした、その直後。

 

 

 

「危ないっ!」

「れ、ぱ……!?」

 

 

 

 信じられないものを見た。

 電気の潮流が激しく渦巻く中、自分たちの主が唐突に駆け出し、幼いテレネットの子供を庇おうとしているではないか。

 

 そうなれば当然、オヤブンはいの一番に彼女を狙うだろう。

 現に今、これまで以上に怒り狂った相手は全身に電流を迸らせ、今にもわざを繰り出そうとしていた。

 

 このままでは、主の身に取り返しのつかない事が起きてしまう。

 だが、今の自分の有り様では、最早どうする事も──

 

 

 

──あなたの事は、わたしが守るから。

 

 

 

「……!!」

 

 

 気付けば、()は右腕と尻尾を使い、自らの身を起こそうとしていた。

 

 だって、そうだろう。

 自らの危険をも顧みず、その身を投げ出してまでポケモンを守ろうとする、その姿。

 

 それは寸分違う事なく──自分をデルビルから守ろうとしてくれた、あの時の彼女と同じ在り方なのだから。

 

 

「……び、びぃ……びぃぃぃぃぃ……!!」

 

 

 愚かだと笑う者もいるだろう。身の程知らずだと嘲る者もいるだろう。

 無謀なヒーロー気取りだと、そのように呆れる者もいるだろう。

 

 けれども()は、そうは思わなかった。

 心に深い傷を負い、周囲に恐れと怯えを抱きながらも、それでも慈愛を失わない彼女の在り方を、()は馬鹿馬鹿しいだなんて思う筈も無かった。

 

 それは尊いものだ。守るべきものだ。

 彼女が己の身を顧みずに走り出すからこそ、自分たちが傍にいなければならない。自分たちが、彼女を守らなければならない!

 

 だって、自分は──

 

 

 

「──び、ぃ……!?」

 

 

 

 その時、()の体を水が包み込んだ。

 溢れんばかりの水は体によく馴染み、動きを縛り鈍らせている電流を洗い流していく。

 

 そればかりか、もう動けない筈の体の底から、力が漲ってくるようだった。

 

 

──それは決して、ご都合的な奇跡などではない。

 

 

 ()のとくせいは“げきりゅう”。体力が大きく損なわれ、ピンチに陥ったその時、みずタイプの力が大きく強化されるというもの。

 

 “ひんし”に近いほど傷ついた体が、逆に己の持つポテンシャルを大きく引き上げたのだ。

 それ故に()は今、迸る水の勢いに背中を押され、立ち上がる事ができた。

 

 

「ぴ……ちゅ、ぅっ」

 

 

 そこへ、這いずりながらに近付いてきたのは、同じく満身創痍のちゆりん。

 彼女もまた、傷ついた自分ではどうする事もできない状況を歯痒く思いながらも、それでも主の力になりたいと願っていた者の1匹。

 

 彼女は仲間たる()が立ち上がり、動く事ができる事実を認めると、寝そべりながらに己の尻尾を振るい、()の足元を掬おうとする。

 果たしてちゆりんの意図を察し取った()は、彼女の尻尾の上に乗り──その勢いに身を委ねた。

 

 

「ち──ゆぅっ……!!」

 

 

《ちゆりんの しっぽをふる こうげき!》

 

 

 掬い上げた()の体を、そのまま尻尾を振り抜く事で頭上へと射出する。

 仲間の助けもあって跳躍に成功した()は、その身に纏った水を後方へ放出し、宙を舞う己の体に加速をかけていく。

 

 思い描くのはあの時、“船出仕合”で奴──フカシオが見せたみずタイプのわざ。

 あと1歩のところで自分に膝をつけた奴が身に付けていた()()()()を、今度は自分が会得し、繰り出す番だ。

 

 そうだ。奴と奴のトレーナーに敗北し、自分たちの主に悔しい思いをさせたあの屈辱を、繰り返す訳にはいかないのだ。

 あの時よりも強くなり、今度は奴らに必ず勝つ。その為にも──こんなところで、あんな奴相手に膝をついている暇は無い。

 

 だって、自分は──

 

 

 

『……わたしの、友達(パートナー)になってくれる?』

『──びぃっ!』

 

 

 

 自分の名は、びぃタロ。デシエビのびぃタロ。

 世界で唯一の主にして友、ソラに名付けられた、ソラだけの相棒(パートナー)なのだから──!!

 

 

 

「びあっ、びぃ──っ!!」

 

 

 

《びぃタロの アクアジェット!》

 

 

「レ、ジィッ──!?」

「……え?」

 

 

 激流を纏い、宙を駆け抜けたびぃタロ渾身の突撃が、オヤブンテレネットの胴体に突き刺さる。

 

 デシエビは元々、“とくしゅ”よりも“こうげき”の方が高く、ぶつりわざに秀でた種族。

 そこに“ビルドアップ”による“こうげき”の上昇と、少ないなりに積み上げてきた鍛錬と経験が加われば、決して無視する事のできない威力を発揮する事ができる。

 

 まだまだ駆け出しのトレーナーとそのポケモンなれど、その短い旅路にも実力は宿るもの。

 絶体絶命の状況下で、ようやく彼にも、本領を発揮する機会が巡ってきたのだ。

 

 

「ジィ……ギュ……ッ!?」

 

 

 深々と打ち込まれた一撃に、オヤブンテレネットがうめき声を漏らす。

 その衝撃で集中も途切れ、今まさに放たれようとしていた電撃は、ものの見事に霧散した。

 

 そんな敵の背中から飛び上がり、びぃタロはくるりと1回転。

 呆然とする己の主、ソラの前に立つと、まだ動く右手を挙げて彼女に応えた。

 

 

 

「……びぃ、タロ?」

「──び!」

 

 

 

──そうして視点(ターン)は、ソラの側に戻ってくる。

 

 

 ソラは、自分の身に降りかかる筈だった熱も痛みも無い事を訝しみ、顔を上げたところで、びぃタロの復帰を目の当たりにした。

 彼女の知識は、彼の纏う水流とそれを用いた突撃を、“アクアジェット”であるとすぐに見抜き、彼がそれを独自に編み出したのだと悟った。

 

 どうして、とか。もう動けるのか、とか。傷は大丈夫なのか、とか。

 そういう言葉も疑問も心配も、水底から湧き出る泡のようにいくらでも零れそうになる。

 

 でも、目の前の相棒(びぃタロ)は、憂いなんてひとつも無い顔で、こちらに応えている。

 

 

「──……」

 

 

 すぅ、と息を吸う。

 勝算なんて無い。あちらに傾いていた天秤が、ほんのちょっとこちらに傾きかけただけ。勝ち筋なんてある訳が無い。

 

 でもソラは、びぃタロを、自分のポケモンたちを信じている。

 どんなに相手が恐ろしくても、彼らだけは信じられると決めたから。

 

 ふと見下ろせば、腕の中に抱いていた幼いテレネットが、こちらを不安そうに見上げていた。

 彼女が案じぬよう、そっと微笑みかける。きちんと笑えている自覚が、ソラにはあった。

 

 

 

「──行くよ、びぃタロ! “ビルドアップ”!」

「びぃーっ!」

 

 

 

《びぃタロの ビルドアップ!》

 

《びぃタロの こうげきが あがった!》

 

《びぃタロの ぼうぎょが あがった!》

 

 

 指示を受けて、びぃタロの体に力が漲る。

 素早く吸い込まれた酸素は、彼の体を巡り、活力として表れる。

 

 それは“げきりゅう”による補正と合わせて、彼に更なる戦闘続行を可能とさせた。

 

 

「レ……レパ、ジィィィ……!! パッシィア……!!」

 

 

 だが、そうしている内に、オヤブンの側もまた態勢を立て直し、再び電力を発露し始める。

 何度立ち上がろうと関係無い、その度に打ちのめし、排除する。そんな意志が、ありありと感じられた。

 

 元よりこちらは、“エレキネット”の影響で“すばやさ”が落ちている。

 故に、あちらの方がわざの出だしが早くなるのは当然で、それに対処するべく、ソラが思考を巡らせた──その、刹那。

 

 

 

「そこだ、ウェボム! “ひのこ”っ!」

「むしゅっ、きゃーっ!!」

 

 

 

《ウェボムの ひのこ!》

 

 

 雷撃によって放たれる閃光とは、また異なるもの。

 真っ赤な火球による赤い光が、洞窟内を照らし、飛来した。




この後【21:00】より3回目の追加投稿を行います。
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