「レパァ……──ッ!?」
オヤブンテレネットの遥か後方、薄暗い通路を明るく照らし、火球がこちらへ迫る。
“ふいうち”気味に飛来したほのおの塊は、オヤブンの背中に見事に着弾し、先ほど同様、わざの出だしを潰すに至った。
「今のわざ、それに今の声──まさか!?」
「その通りだぜ、ソラ!」
暗闇の向こうに見える3つの影。
その中で最も背の高い1つが、ソラの言葉に応えながらに飛び出してきた。
「遅れてごめん! 今、助けに来たぞ!」
「リク! じいちゃん! それにウェボムも!」
現れた者たちの正体は勿論、リクにウェボム、そしてニャースだ。
彼らはソラたちの反対側、オヤブンテレネットを挟んだ向こう側に立ち、ソラの姿に安堵の表情を浮かべていた。
「ひ、びい゛ざま゛あ゛あ゛あ゛!!! ごっ、ご無事で御座いニャスかぁ!?」
「なんとかね。わたしたちの事、探しに来てくれたんだ?」
「当然でありニャス! ニャーはひいさまをお守りする使命を帯びた身、ひいさまにもしもの事があれば……う、う゛う゛~~~っ!」
滝のように涙を流し、顔をグシャグシャにするニャース。
彼の体は見るからにボロボロで、相当な無茶をしてここまで来たのが目に見えて分かった。老骨の身であり、バトルは不得手であると自ら公言しているにも拘らず、だ。
彼だけではない。リクやウェボムもそうだ。
電気を帯びて輝くリバーテル結晶の光に照らされて、彼らの体に刻まれた傷や汚れが、色濃く目立っている。
「でも、どうしてここが分かったの? 戦闘の音を聞きつけたにしても、相当入り組んでいる筈なのに……」
「簡単さ。
そう言ってリクは、自分の鼻をつついてみせた。
「最初は、ソラの持ってるポフィンの匂いを辿ってたんだけど……途中で嗅ぎ取れなくなってさ。途方に暮れてた時に、何かの焼ける焦げ臭い匂いがしたんだ。それを辿ってる内に、テレネットたちのテリトリーに気付いたんだ」
「! それって、わたしたちが焼いた糸の……!」
そう。テレネットたちを分断するにあたって、ソラがシシコたちに指示して壊したネットワークの糸。
その焼ける匂いを、驚異的な嗅覚を持つリクが辿る事で、彼らはここに辿り着く事ができたのだ。
「まぁその道中、テレネットたちに襲われたり、足場とか重力とかめちゃくちゃになってて大変だったけど、どうにか突破して今に至るって訳さ」
「その傷……まさか、テレネットたちと戦闘して……!?」
「無理やり振り切ってきただけでニャスけどね。ですが、この程度の負傷、ひいさまをお助けする為であればかすり傷も同然ニャス!」
「おいらのニャースも今はダウンしてしまってるけど、これからはおいらたちが加勢するぜ!」
「むっきゅー!」
ここに来るまでの間、彼らの身にどれだけの事が降り掛かったのかを、ソラが想像する術は無い。
けれども、胸を張って叫ぶ彼らの表情に、憂いや苦痛はひとつも感じられなかった。
仲間を助けるのは当然の事であり、その為にゼンリョクを尽くしたのだと。言外にそう語っているようで。
ソラが無事である事を純粋に喜ぶ彼らの姿に、様々な感情が“だくりゅう”の如く心を埋め尽くす。
(わたしなんかの為に、あんなに無茶して……)
感情がごちゃ混ぜに渦巻く心に一旦、蓋をする。
何を言うにしても、話は後だ。今は、目の前の決着を優先しなければならない。
「……れぴ?」
「大丈夫。彼らはわたしの仲間よ。とっても頼りになるの」
「ぴ!」
ソラの言葉を正しく受け取ったらしく、テレネットの子供は彼女の胸の内で頷き、頭上の
そしてその波動を受け取ったのか、突然の乱入にも拘らず、背後のテレネットたちはリクたちを前にしても静観の態度を維持している。
彼らの、そしてソラたちの視線の先、自分が挟撃されている事を認識したオヤブンテレネットが、より強い怒りに呑まれつつあるのが見えた。
新たな乱入者の存在と、彼らが現れてもなお動こうとしない仲間たちに、情動を狂わされているのだ。
「レ、パシィィィ……ッ! レパッ、ジィイイッ!!」
……しかし、更なる苛烈さを見せるその巨体が、僅かにふらついているところを、ソラは見逃さなかった。
顔面のバイザーに映る目の光も、微かなノイズが走り、点滅している瞬間さえあった。
如何に群れを率いるオヤブン個体とはいえ、その体力は無限ではない。
ここまでに積み重ね、与えてきたダメージは、決して小さなものではないのだ。
(……船出仕合の時と同じだ。無駄じゃなかった。わたしのやった事は、ちゃんと繋がってたんだ)
その事実が、ほんの少しの勇気をくれた。
数回の小さな呼吸の後、徐ろに顔を上げる。
事態は一刻を争う。故に、紡ぐ言葉も簡潔に。
「その大きなテレネットだけを無力化したいの! 協力して!」
「おう! やれるな、ウェボム!」
「むきゃっしゅ!」
それ以上のやり取りは要らなかった。
彼らが動き出すと同時、オヤブンテレネットは叫びとともに、戦闘再開の号砲を上げる。
「レッ──シャアァアアアッ!!」
どれだけ消耗が重なろうと、依然、その身に宿るサイコパワーは健在である。
放たれた“ねんりき”が空気を押し潰し、目の前のびぃタロを蹂躙せんとした──その直前。
「れぴ……ぴぃっ!」
ソラの胸の内に抱えられていた幼いテレネットもまた“ねんりき”を放ち、同質の力による迎撃を試みた。
中空でぶつかり合うサイコパワーとサイコパワー。
しかし、幼子が群れのボスに出力で勝てる筈も無く、あっという間に霧散してしまう。
だが、霧散するまでの一瞬は確かに稼がれた。
「状況はまだ飲み込めてないけど、どうやら味方みたいだな。ウェボム、この隙に“ミサイルばり”だ!」
「むっ──きゃーっ!!」
リクの前に飛び出し、開かれた小さな口。
その内部で生成された細い針のような物質が、勢いよく射出される。
それはむしタイプのわざであると同時に、“れんぞくパンチ”同様、複数回に渡って繰り出される連撃系のわざ。
“ねんりき”の行使に意識を割いているオヤブンが、背後から迫る針の弾幕を避けきれる筈も無く。
「レ、ジィ──!?」
一撃、二撃、三撃。
むしタイプのわざである“ミサイルばり”は、エスパータイプのテレネットに対して有効に作用する。
それだけではない。
意識の外から撃ち込まれたそれらは、相手の脆弱な部分を的確に貫き、より大きなダメージへと昇華する。
「ジッ──ギィィィッ!?」
“こうかはつぐん”に加えて、“きゅうしょ”にも一撃。
それでも完全に屈した訳ではなく、むしろ
それは先ほどソラたちを一掃した時と同じく、この場一帯に振り撒くに足るエネルギーを滾らせていた。
「レパシ、ジィィィ……!!」
「……! また“エレキネット”を使う気!?」
焦りを滲ませ、びぃタロに目をやる。
彼の体には、未だ先の“エレキネット”の影響が残っており、即応は難しい状態にある。
一瞬の逡巡の内に、相手の纏う電圧は頂点に達しつつあった。
少女は、オヤブンの背後から飛び立つ、薄緑色の翼を見た。
「ほけっ──きょぉぉぉぉぉおっ!!!」
ここに来て、これまでダウンしていた筈のはるりんが再び場に躍り出た。
“エレキネット”を浴びて倒れる前、彼女が最後に使ったわざは“エコーボイス”。今、新しく繰り出したわざも“エコーボイス”。
“エコーボイス”は連続で繰り出せば繰り出すほどに、威力の上昇するわざ。まだ2回目と言えど、決して馬鹿にはできない威力だ。
「ギ、ィイイイイイイイイイイ!?!?」
それ故に、彼女の叫びはこの場一帯を激しく震わせ、最も近くにいた──わざの対象となったオヤブンテレネットは、特にこのわざの余波をモロに浴びてしまう。
ウェボムが“ひのこ”を放った先ほどのように、チャージされていた電流の勢いが衰え、即時の発動は叶わなくなった。
「け、りぃ~……」
はるりんの側も、今しがたのわざを繰り出した事で体力が尽き、フラフラと再び地面へ落ちていく。
その一部始終を見届けて、ソラは彼女に向かって頷きを送る。
「……ありがとう、はるりん、皆。行けるわね? びぃタロ」
「びぃっ!」
はるりんが、リクたちが作ってくれた機会を逃す事無く、3回目の“ビルドアップ”を果たす。
びぃタロの“こうげき”は、通常時の150%も上昇し、2倍以上のパワーに満ち溢れていた。
「ジジッ──ジィ……レ、パァァァァァ……!!」
対するオヤブンテレネットも、“エコーボイス”によって乱れた分のエネルギーチャージを取り戻し、いつでも大技を撃てる態勢へと移行していた。
狂乱に囚われている今の彼は、もはや何が敵で何が味方かなど考えてはいない。
目的はただひとつ。知覚できる範囲すべてを薙ぎ払い、逆らう者を排除する。
「レパッ、シャァアアアアアアアアアア──ッ!!!!!」
狭い洞窟を埋め尽くさんとする、真っ赤な電流の嵐。
それはソラやリクたちだけでなく、群れの仲間である筈のテレネットたちすら呑み込み、一切を焼き焦がさんと暴れ狂う。
──このまま静観していれば、の話だが。
「無駄よ。あなたのわざは、わたしたちには届かない」
ソラが、力強く指を指す。
雷の嵐の向こう側、オヤブンテレネットのバイザーに映された赤い
先の“エレキネット”による“すばやさ”の減少がある以上、びぃタロが相手よりも先んじて攻撃する事は叶わない。
リクのウェボムもまた、激しい電流の壁を突破できるだけの火力は持たない。
だが、ここに。
相手よりも先に行動でき、電流の壁を打ち破って攻撃を届かせる事のできる、この場で唯一のわざが存在する。
「だってこのわざは、
「──びぃあっ!!」
青が、虚空を走る。
その瞬間、びぃタロが纏った水流の量も勢いも、先ほどのそれを遥かに上回っていた。
「ジ、パァ……ッ!?」
「びびっ、びぃ──っ!!」
“げきりゅう”による威力上昇、足す事の、“ビルドアップ”3積み分の“こうげき”上昇。
平時のそれから大きく跳ね上がった出力は、本来苦手である筈の電気の壁すら突き抜け、それらがソラたちに浴びせかけられるよりも早く、相手の下へ辿り着き──
「びっ、びぁああっ!!!」
バイザーめいた硬質に叩き込まれる、渾身の右ストレート。
その一撃が、硬質に幾分かのヒビを生み、赤い
「レパッ……レ、パ、ァア……──」
すべてを呑み込みかけていた電流も、その身に纏っていた真紅のエフェクトも、一切が綺麗さっぱり、弾け飛ぶようにして霧散して。
いっとき、“ギムレの洞穴”を恐怖で支配せんとしていた巨躯のクモポケモンは、糸の切れた操り人形のようにその場へ崩れ落ちた。