洞窟の入り組んだ通路を抜けると下り坂であった。
「うわぁ……! まだ旅も始まったばかりだっていうのに、ここまで凄い景色ばっか見てきてるわね、わたし」
「ここまで来たのはおいらも初めてだけど、アネキの話だと、このなだらかな丘を降りてった先がプルガーシティだってさ。谷の中に街があるらしい」
「それなら、街まではだいぶ楽に着けそうニャスね。ひいさまもリクさまもお疲れでニャしょうが……ニャー自身も、随分とヘトヘトになってしまいニャした」
“ギムレの洞窟”を抜けた先、そこに広がっていたのは、砂利道と草むらの入り交じる丘陵地帯だった。
ウツシタウンとカロンタウンを繋ぐ1番エリアに比べれば、そこまで広くはない。
しかし、エリア全体が谷間に向かって緩やかな下り坂のようになっている為、今いる場所との高低差によって、思ったよりも広く感じられる。
そして周囲には、2番エリア側の入口周辺と同様、人間大のリバーテル結晶たちが独りでに浮き上がり、ぼんやりと淡い光を放っていた。
それらが放つ光は、時間とともにゆっくりと、しかし確実に強まっている。
「……これ、半日以上は洞窟の中にいたって事だよね……わたしたち」
「だな。入ったのが昨日の昼過ぎだったから……今が夜明け頃って事を考えると、半日どころか一晩中って感じだな」
そんな会話の最中、遠いどこかから、ソルロックたちが光を帯びながらに空へ浮かび上がっていくのが見えた。
同時に、空を舞っていたルナトーンたちが、彼らと入れ替わるようにして地表の彼方へと消えていく。
周辺はいっそ恐ろしいくらいに静かで、遠くからとりポケモンらしき囀りが、僅かに聞こえてくる程度。
……そう、今は夜明けの真っ只中。もう少しすれば新たな朝がやってくる時間帯。
ざっくりとした概算だとしても、ソラたちは13時間ほどを“ギムレの洞窟”内部で過ごしていた事になる。
「あなたたちも、ありがとう。わざわざ出口まで送ってくれて」
「れぱっ!」
「ジィ、パシュ」
ソラたちの背後、彼女が振り向いた先にいるのは、テレネットたちのオヤブンと、幼いテレネットの子供だ。
一行はあの後、1~2時間ほどをかけて元のテリトリーを回り、テレネットたちの巣の構築……つまり、糸のネットワークの再構築に協力して回った。
本来のテリトリーの外に張り巡らされた糸の方は、その大方をソラたちの手によって既に破壊されていたので、後は時間の経過とともに劣化・欠落していくと思われた。
テリトリーに踏み込む道中で無力化したテレネットたちについても、謝罪した上できちんと手当てを施し、和解している。
オヤブンの横暴に怯え、巣の陰に引き籠もっていた個体たちは、未だにこちらを懐疑的な目で見ていたが……そこは、彼らのこれから次第だろう。
ともあれ、無事に後始末も済ませる事ができた為、元々の目的通り、“ギムレの洞穴”を抜ける事にした一同。
しかし、洞窟内は深く入り組んでいる上、ところどころ重力に異常の生じているエリアもある為、元いた浅層に戻るのは至難の業だった。
そこで名乗り出てくれたのがテレネットたちであり、彼らは自分たちを助けてくれた礼として、こうして出口までのルートを案内してくれたのだった。
「元はと言えば、わたしが不注意であなたたちの巣に踏み込んだのが切っ掛けなのに、ここまでよくしてもらって……。改めて、ご迷惑をおかけしました」
「ジィ……レパ、ジジッ」
頭を下げるソラに対して、オヤブンテレネットはその大きな頭部を横に振る。
気にするな、と言いたいらしい。
踏み込んだ側と、踏み込まれた側。追われる側と、追う側。
そんな敵対的な関係から始まったのに、今ではすっかり分かり合えたような気すらしてしまうのだから、ポケモンというのはつくづく不思議な存在だなと少女は思う。
(初めての冒険にしては、とんでもない体験しちゃったな)
凶暴化したポケモンに襲われ、幼いポケモンを助けようと奮闘し、窮地に陥りながらも勝利し、事態を解決する。
まるで物語の主人公のようだ、と思わなくもない。
無論、地上世界を探せば、自分たちよりも鮮烈で過酷な冒険を経験した者たちなど、数え切れないほどいるだろう。
実際の物語の主人公たちに比べれば、自分の身に起きた事など、ありふれていて大した事も無いのかもしれない。
でも、ソラはそれでよかった。それを不快だとも思わなかった。
どんなにありふれたものだったとしても、この経験をしたのは世界でただ1人、自分だけなのだから。
「では、ひいさま。そろそろ参りニャしょうか。色々あり過ぎてお疲れでニャしょう」
「あー……うん、そうね。正直、眠気と倦怠感がちょっとずつ出てきてるような気がする」
「しょうがねーさ。ここまでは良くも悪くも心が昂ってて、そういうのをあんま感じなかったんだと思うぜ。それが緊張が解けたんで、段々表に出始めてんだ」
テレネットたちの“いやしのはどう”を浴びた事もあって、単純な怪我や痛み、疲労そのものは取り除かれている。
だが、徹夜ゆえの心身への負担は、知らず知らずの内に積み重なっているもの。ソラたちも正直、早く街の宿屋で寝たいのが本音だった。
朝日──上下の地表が放つリバーテル結晶の光と、ソルロックたちの光を浴びながら、伸びをひとつ。
それから膝を折り曲げてその場に座り、幼いテレネットと同じ高さで視線を交わす。
「じゃあ……ここで、お別れね」
「れぴっ」
こちらが視線の高さを下げてもなお、幼い彼女は上目遣いを返してくる。
その所作に健気さを感じてしまい、ついつい手を伸ばして、その顔を撫で回すソラ。
最初に穴の中で撫でた時と同じ、ふわふわの体毛が柔らかくてクセになってしまいそう。
撫でられている幼子の側も、バイザー内の眼光を気持ちよさそうに細めていた。
「あなたにはたくさん助けてもらったわ、本当にありがとう。もしもあなたがいなかったら……きっとわたし、こんな風な気持ちで洞窟を後にする事は、できなかったと思う」
「……ぱしゅ、れぱっ!」
自らを撫でる手に頬を擦り付けながらも、テレネットは首を横に振り、何かを主張するように……或いは、否定するような声を上げる。
言葉は通じずとも、ソラには彼女の伝えたい気持ちが感じられた。
「ふふ、そうね。ボスさんや、群れの皆が元通りになってよかったわ。これでまた、今まで通りの暮らしができそうね」
「れぱ!」
今度こそ、嬉しそうな声が返される。
一方的に助け、一方的に恩を売ったのではないのだと。こちらもまた助けてもらい、恩義を感じているのだと。
目の前の幼く小さな彼女は、そのように主張したかったのだ。
「……いつか、また会いましょう。その時は、お互い立派に成長できてるといいわね」
「れぱっしゅ!」
快哉な声とともに、互いに笑い合う。
どこか機械的にも見える相貌を持つテレネットだが、ソラには、彼女が満面の笑みを浮かべているように感じられた。
最後に頭をそっと撫でて、それから立ち上がる。
リクとニャースに視線を飛ばした後、誰からともなく歩き出し、次の街に向かって長い下り坂を進み始めた。
歩きながらに振り向いてみれば、大小異なる2匹のテレネットたちは、未だに洞窟の入口に佇んでいた。
その様子に小さく微笑んだ後、少女は大きく手を振り、別れの言葉を叫ぶ。
「またね! あなたと友達になれてよかった!」
生まれも、育ちも、姿形も違っていて、言葉も通じない。
それでもソラは、あの小さく幼いポケモンと友達になれたような気が……いや、その確信があった。
「れぴぃ……」
「テレ、ピォオン」
どんどん遠く、小さくなっていく人間たちを見送る内に、幼いテレネットはどこか寂しそうに首を落とす。
オヤブンテレネットは彼女の心境を知覚し、しかしあえて触れる事なく、ともに巣に戻ろうと促した。
それに頷き、踵を返しながらも……
「れ、ぱぁ……!」
幼子は、もう見えなくなった少女の背中に思いを馳せていた。
バイザーの中の瞳は、どこかキラキラと輝いているようで──
この後【18:00】より2回目の追加投稿を行います。